ガチ☆ボーイ

今回も、かつて別のSNSに投稿(公開当時)した文章を再録します。監督は以前紹介した『タイヨウのうた』でデビューを飾った小泉徳宏で、これが2作目。最新作は今月封切の『ちはやふる』です。脚本は『怪物くん』や『妖怪人間ベム』、『信長協奏曲』で知られ、4月スタートのNHK朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』を担当する西田征史。本作では役者としても熱演! また、ブレイク前の向井理も重要なキャストとして体を張っています。いまから考えると感慨深い顔ぶれですね。

本日公開スタートの映画「ガチボーイ」を見てきた。

事故により、記憶傷害(寝てしまうと前日の記憶が残らない)をかかえてしまった青年(佐藤隆太)が、“生きている”という実感を得るために学生プロレスに打ち込むというストーリー。

主人公は物を覚えることがまったく出来ないため、救いのない境遇ではあるもののの(事故にあうまでは司法試験を通過するほどの天才だった)、毎朝事故後の生活行動をつづった日記を読んでまで、周囲の人々に溶け込もうとするひたむきな姿には心を打たれる。

プロレスのシーンも非常にハード。出演者たちが本当に体をいじめ抜いているところも感動を呼ぶ。

2時間近く、ほとんど中だるみなく最後まで飽きずに見ることが出来た。面白い映画だと思う。

あと、主人公の妹役の仲里依紗の可愛らしさは“ガチ”ですね。

ALWAYS 三丁目の夕日

今回も以前、SNSに投稿した映画鑑賞録を投稿します(一部カット)。10年くらい前だったと思います。特撮技術で知られた山崎貴監督の作品はこれより数年前、映画館で『リターナー』を見ていますが、悪くはないものの邦画SFの難しさも感じさせましたね。オリジナリティがなさすぎるというか…。結局、漫画が原作の本作でブレークすることになりました。あと、このころの堀北は将来性にあふれており、期待していたのですが…いつからアンドロイドみたい(表情に乏しい)な演技になってしまったのか。

昨日までかなりタイトなスケジュールで仕事を行い、ようやく11月分の仕事をほぼやり終えた。何となく映画を見たい気分になったので、ファーストデイだったこともあり、地元の映画館にALWAYS 三丁目の夕日を観に行った。いわゆるシネコン系の映画館は初めてだったが、ゆったりとしたシートで見やすかった。

午後に打ち合わせが控えていた(映画開始直前には、携帯に午後の取材同行の打診の電話が留守電に入った)ので、早朝9時20分開始の回を選んだ。

さて、映画だが……かなり評判の良い作品だったので期待したのだが、まあ70点というところか。スカパーの日本映画専門チャンネルで、10年前に放送された同作品のアニメのあとに映画のメイキングが流されていたので、当時の学校の教室の風景や上野駅の光景などもクロマキーによる合成や、リアルな模型を使用していたのを知っていたが、なかなかリアルで良かった。

原作のよさを残しつつも、「リターナー」の監督らしく随所に細かい仕掛けを施しており、当時を生きた人であれば充分楽しめたのではないだろうか。

あと、集団上京で鈴木オートに入社する少女役の堀北真希と、子役の2人の演技が素晴らしかった。堀北は最近の売り出され方を見ても、今後ビッグな女優に成長する可能性が高いので注目したい。また、出てくる子どもがみな何となく当時の子どもっぽいのにも笑えた。監督のこだわりが感じられる。

堤真一の演技がやや仰々しいのが気になったが、映画自体はまあ及第点といったところ。少しあっさりとまとめられ過ぎの感があったのがややマイナス。この手の作品は思い切り情に訴え、観客を「泣かせ」に走ってもいいのでは?泣けるという話をよく聞いたが、個人的にはあまりピンとこなかった。

逆境ナイン

今回も以前、SNSに投稿した映画鑑賞記となります。10年くらい前、今はなき単館系のミニシアターでやっていたものです。ばかばかしさもこれくらい突き抜ければB級の傑作映画へと昇華できるという見本みたいなものでした。ただ、ギャグは正直、スベッてました。当時まだ10代の堀北真希がヒロインというのも貴重。

本日、8月1日は「映画の日」。通常1800円のチケットが1000円で鑑賞できる。ということで遅ればせながら渋谷のアミューズCQNで「逆境ナイン」を見に行ってきた。

この映画を見終わって、感想を一言述べるとすれば、「やられた!」である。

当初は下らないバカ映画ぐらいにしか思っていなかったが、あそこまでとことん下らなさ(熱さ?)を追求してくれると、逆に清々しさすら感じる。CGも画面にあっており、飽きることなく最後まで楽しめた。原作の良さを生かしつつ、原作を超えた部分もあったのでは?

特に、終盤(不屈がリリーフに立って以降)には観客全員がスクリーンに釘付けとなっていたのが分かった。つまらない映画だと視線が画面以外の部分に散っていることがあるが、そんなことは無かった。

ラスト近くでは不覚にも「感動」してしまった。この映画で感動できるとは夢にも思わなかった(ただどのシーンで感動したのかは覚えていない…)。

本編終了後のエンドロール。通常、どんな映画でもこれが流れると慌しく席を立つ光景が見られるが、「逆境ナイン」に関してはそんなこともなく、場内が明るくなるまでみなが画面に集中していた。これって、凄いことだと思う。

出演者の演技(特に主役の玉山鉄二は素晴らしかった。イケメンの俳優にあそこまでやられたら文句は言えない)もよかったし、非常に満足できた。久々に映画を楽しんだ、という感じを持たせてくれた作品だった(いつもは買わないパンフも買ってしまった)。

DVDでは絶対に面白さは伝わりきれないと思うので、まだ未見の人は上映館を探して観ることをお勧めしたい。

スクラップ・ヘブン

10年くらい前にSNSに投稿した文章を再録します。単館系の邦画が元気だった時代で、渋谷シネアミューズにも結構通った記憶があります。閉館してもうだいぶ経ちましたね…。李監督はこの後、『フラガール』でブレイク。加瀬亮も売れっ子になりましたね。

渋谷シネアミューズにて李相日監督、加瀬亮・オダギリジョー・栗山千明主演の「スクラップ・ヘブン」を鑑賞。予告編で見て面白そうだな~と思ってので見に行った。監督も役者さんもいま注目の若手で固められた話題作ということもあり、映画館も平日の真昼間にもかかわらずかなりの人手で、7割くらい埋まっていた。

公開されたばかりなので内容については細かく触れないが、「ディープなテーマをシニカルに笑い飛ばす、新世代バディムービー!!!」……と公式サイトでは謳っているものの、シニカルに笑い飛ばせるか、あるいはカタルシスを得るような痛快なムービーか、と問われると、そこまでリラックスして楽しめるような映画でもないような……。

少なくとも自分には、グッと来るものはあまり感じられなかった。題材も、主人公が二十歳前後(という設定)の若者であれば判らないでもないが、30前後の人間というのもちょっとどうかな、と……。

監督や主人公の二人は同世代なので、この世代の抱える閉塞感と言うか、鬱屈したものを吹き飛ばしたいという思いを表現したかったのかもしれない。でも、少し青すぎるような気がしないでもない。

若いと言って済ませられる(無論、社会全体から見ればまだまだペーペーかもしれないが)ような年でもないし。あくまでも自分の考えだけど。
まあテーマがテーマなので、館内は割りと緊張感を持って見ている人が多かったようだ。やや息苦しくなるくらいの雰囲気だった。ただ、終了時にすぐに席を立つ人が目立っていた(余韻を楽しんでいなかった)ので、鑑賞前の期待度ほどでは無かった、と感じる人が多かったのかも知れない。

役者はよかった。オダギリジョーはいまや日本でもトップクラスの役者なので安心して見ていられるし、加瀬亮もこの人の出ている作品をもっと見てみたいと思わせる俳優だった。ただ、栗山千明の出番が少なかったのはやや残念。雰囲気のある女優さんなので、もう少し動くところを見てみたかった。

作り手や演者が若いので、全体的にはスタイリッシュな映像となっている。「現在」の邦画を満喫したい人にはオススメだ。

大江戸死体考-人斬り浅右衛門の時代

今回取り上げるのは『大江戸死体考』(氏家幹人著、平凡社新書)。いまから10年くらい前、江戸情緒や当時の人々の生活風景に興味を最近持つようになり、その上で読んでおいたほうがいいかな、と思い購入したもの。その当時にやっていたSNSに投稿したものを加筆・修正のうえ再録します。

さて、その内容は表題どおり結構グロいものの、読後感は特に悪くなかった。

江戸時代は、死体を目にすることが稀ではなかった時代でもある。当時の処刑時の情景や、縊死などの異常死がありふれていたことなど、江戸時代の人の“死”に対する感情や状況が豊富な資料を読み解いた著者によってみずみずしく描かれている。

重罪人が獄死した場合には塩詰めにして保存し、また吟味の末に“磔刑”となった場合には死体をさらに磔にする、という残酷な方法が当たり前のようにとられていたという事実はショック(『大塩の乱』を起こしたことで有名な大塩平八郎や、シーボルトに地図を渡した高橋景安がこの方法をとられている)だが、治安を守るためにはあくまでも法に則る、という幕府の徹底さもうかがえる。

処刑(斬首)を行い、さらに刀の切れ味を試すべく死体の試し切りを行った人斬り浅右衛門の話や、処刑された死体を浅く埋め、それが犬などに食い荒らされ悲惨な情景を生んだ小塚原の話…すでに知っていたことではあったが、改めて読むとやはり背筋すら凍る情景が、当時の江戸では決して珍しいものではなかったこともわかりる。

それに比べて、明治以降は斬首や塩詰めの禁止など、政府の方針が“やさしく”なっていることも著者は指摘している。人権的な感覚が、西欧の刑罰や規則を取り入れるごとに生まれていったということなのかもしれない。

確かに、この書では残酷な描写をオブラートに包むことなく説明されている。しかし、いまだにホラームービーが封切りされていることを鑑みれば、人間はどこかで“残酷”を求めているのだ、と著者はいう。しかし、現代との違いはホラーがあくまでも“作り物”であるのに対し、江戸時代は目を覆わんばかりの残酷な情景が普通に、ごく日常的に身の回りに存在したことにある。

それを否定したり、見ないようにすることでなく、正面で捉えることで“江戸時代”がどういう時代だったのか、その一端を明らかにしているのが本書。時代劇に描かれているような平和な一面だけではない、ということを
知ることが出来ただけでも、収穫は大きなものがあった。

なお、最後に記しておくが、私は基本的にはホラー映画の類は見ない。怖いとかというわけではなく、単純に興味がないから。いわんや、死体嗜好でも残酷な描写が好きなわけでもなく、単に江戸文化について知りたいというだけでこの書を手に取っただけなので、ゆめゆめ誤解されることのござらぬように…。

楽しく飲み、食い、創る