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2015年02月16日

18日はトークイベントだョ!全員集合

明後日18日(水)にヤマモこと山本雅俊さん、スポーツ実況アナウンサーの大御所・志生野温夫さんと東京・新大久保でトークイベントをおこなう。

ヤマモさんとは20年以上のお付き合い。私が週刊ゴングの編集長になった1994年8月、ヤマモさんは当時、JWPの代表だった。昔のファンならご存知だろうが、その頃の週刊ゴングでは女子プロレスは添え物に過ぎない扱いだった。そんな中で私は比較的、女子プロに好意的な人間だと思われていた。というのも天龍さんや、三沢のみっちゃん(三沢光晴)とのプライベートな付き合いの中でLLPWの風間ルミ、神取忍、イーグル沢井、半田美希、穂積詩子らと飲み友達になっていたからだ。彼女たちに誘われて取材に関係なく後楽園ホールに試合を観に行ったりしていたから、ヤマモさんや当時は全女にいたロッシー小川さんは私は「女子プロを扱ってくれる可能性のある新編集長」だったのだろう。その頃の女子プロ界の人間関係からすると、LLPWとJWPは犬猿の仲だったが、ヤマモさんはLLPWシンパ(?)の私に女子プロの魅力を何とか私に伝えようと熱意を持って接してくれたのである。

それから時が経ち、今現在、私とヤマモさんは新木場で開催されている長瀬館長がメインで活躍するWISH主催『FIGHT OF THE RING』というプロレスイベントで会場内の実況&解説をコンビで務めている。大会後にちょっと飲みながらのトークは元々がプロレスファンの2人だから、あっという間に時間が過ぎてしまう。そんな空気感を今回のイベントでファンの方たちと共有できたらいいと思う。

志生野さんとはほとんど初対面。しかし妙な縁があって、私はGAORAで鍵野威史アナウンサーとのコンビで全日本プロレス中継の実況&解説をやっているが、志生野さんは鍵野さんの師匠なのだ。そういう縁もあって当時は鍵野さんも駆けつけてくれるという。志生野さんには全日本女子プロレスの黎明期についてぜひお伺いしたいものだ。

そして私だが、ヤマモさんは天龍さんのこと、週刊ゴング編集長時代のライバル誌…つまりは週刊プロレス、ターザン山本氏!との戦争、プロレス・マスコミの人間模様、仁義なき企業戦争をしていた頃の馬場さん、猪木さんの関係や取材秘話を聞きたいようだが、隠すことは何もないので、聞かれたことには何でも答えるつもり。特に天龍さんの話題については、、天龍源一郎の人となりを発信するのは、28年間天龍番をやってきた私の使命だと思っている。ということで、18日はぜひ足を運んでください。詳細は以下の通りです!

18:30開場 19:20開始 (本編開始前に18・50頃より第0トーク)
出演=志生野温夫 小佐野景浩 山本雅俊
会場 =『スタジオGP』 JR山手線・新大久保駅から徒歩7分(新宿区大久保1-14-14 フロンティアビル2F)
チケット=前売り2,500円 当日3,000円
※チケット購入はメールで miyabitti2002@kud.biglobe.ne.jp (VERY SMART) 御名前、枚数、携帯番号を必ず明記して下さい。

会場・スタジオGPのアクセス詳細
◆新大久保駅(JR山手線)より徒歩7分 。改札を出たらスグ右手へ(明治通り方面)へ。そのまま直進 →1軒目の「オムニ食堂」、100円ショップ「キャンドゥ」を通り過ぎ更に直進 →2軒目の「オムニ食堂」と「ほほえみ薬局」の間を右折 →右折してスグ左手に1Fに黄色看板「駒忠」居酒屋があるビルの2F

投稿者 maikai : 10:16 | コメント (0)

2015年02月01日

馬場さんの十七回忌に思ったこと

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去年の12月16日以来のダイアリー更新となります。昨日1月31日にはジャイアント馬場さんの十七回忌でした。1999年1月31日午後4時4分、馬場さんがお亡くなりになってから16年…後楽園ホールで追善興行が開催されたが、その前の午後4時からは東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急において『十七回忌 ジャイアント馬場を偲ぶ会』が催された。

そこで私は司会進行役の大役を務めさせていただいた。本来ならば木原文人リングアナの役目だが、後楽園の試合準備のために偲ぶ会には出席できず、馬場元子さんからご指名いただいたのだ。1984年5月に月刊誌だったゴングが週刊化される時に初代全日本プロレス担当記者になって以降、馬場さんにはお世話になってきた。取材拒否2回、取材拒否警告1回を受けるという、馬場さん夫妻にとっては厄介な記者だったとは思うが、それでも本当に可愛がっていただいた。

「どんな記事を書いても構わんが、レスラーの人間性を傷つけるようなことは書くなよ」「お前にいいことを教えてやる。プロレスはな、面白いものなんや、楽しいものなんや」…取材を通して、あるいはキャピトル東急の『オリガミ』でご馳走になりながら、いろいろなことを馬場さんに教えていただいた。

今の私は社会的な肩書があるわけでもないのに、元子さんは「馬場さんはあななたの声が好きだったから、司会をやってもらえたら喜ぶと思うの」と言ってくださった。馬場さんと初めてお会いした時に22歳の若造だった私も53歳になった。この年になり、十七回忌という節目でようやく少しは馬場さんに恩返しができたのかなと思う。

投稿者 maikai : 15:38 | コメント (0)