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2014年02月19日

仲田龍氏の死を悼む

プロレスリング・ノアの仲田龍さんがお亡くなりになった。彼と私は同学年。彼は中学時代から全日本プロレスでリング設営のバイトを初めて80年春に全日本に入社、私は高校時代に新日本プロレスのファンクラブを主宰していて、大学に入学した80年春からゴングのスタッフになった。まだ小僧だった彼と私は“同級生”という感覚で付き合い、この業界で同じ時代を生きてきただけに辛く、悲しいことだ。

もちろん、仕事の中ではずっと関係が良好だったわけではなく、SWS騒動の時には私のことを「敵だ!」と言っていたが、私は私なりの信念を貫いて仕事をしていたから「小佐野クンは敵ながらアッパレ!」とよく笑っていた。どんな状況になっても…お互いに小僧の頃から知っているから、彼にとって私は「小佐野クン」だったのだろうし、私にとっては「龍ちゃん」だった。

この2~3年はスキャンダルに見舞われてしまい、表の仕事からは退いていたものの、私にとっての龍ちゃんは何も変わらなかった。若い頃にお世話になったベテランの記者に常に気を配っていたし、レスラーでも関係者でもこの世界の先輩には常に敬意を払っていた。フリーになった私の取材にも昔と変わらず便宜を図ってくれた。そんな昔気質の龍ちゃんが私は好きだった。

私にとって一番楽しかった時代は週刊ゴングの全日本担当記者時代。龍ちゃんが馬場さんの秘書でもなく、リング屋さんとリングアナをしていた時代だ。あの当時はお互いに責任も複雑な人間関係もなく気楽に遊んでいたものだ。

ご冥福をお祈りします。

投稿者 maikai : 10:53 | コメント (0)

2014年02月01日

馬場さんが亡くなって15年…

 昨日1月31日はジャイアント馬場さんの祥月命日。馬場さんがいつも食事をしていたキャピトル東急ホテルの『オリガミ』で馬場さんを偲ぶ食事会が催され、私も参加させていただいた。

 馬場さんが亡くなって15年…誰もが年齢を重ねた。振り返ると亡くなった1999年1月は、私にとっては週刊ゴングの編集長から編集企画室長に異動となった時期。最初に手掛けた本が馬場さんの追悼号になってしまった。刷り上がった本を届けにご自宅に伺った時に元子さんが「馬場さんはあなたにプレゼントをあげちゃったのね」と仰ったことを思い出す。その元子さんは今も馬場さんと一緒に生活している。元子さんと話をしていると、常に隣に馬場さんがいることを感じるのだ。

 15年という年月は長い。お会いできなくなってしまった方もいるというのが現実だ。毎年1月31日の馬場さんの名の下に集うたびに命の尊さを教えていただいているような気がする。また1年、健康に過ごそうと思い、参加した方々の健康を思うのである。

投稿者 maikai : 12:45 | コメント (0)