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2013年01月24日

小橋建太と日本武道館

 小橋建太の引退試合が5月11日、日本武道館に決定した。試合開始時間=17時しか決定事項はないが「1日も早くファンのみんなに知らせたかった」というのがいかにも小橋らしい。日本武道館を押さえるのは大変だが、5月11日の土曜日を取ることができたのは「小橋さんの引退試合ならば…」と日本武道館側が配慮してくれたのだという。

「日本武道館の花道を、コバシコールを受けながら歩きたい」と小橋。日本武道館は小橋にとって夢舞台だった。デビュー1ヵ月の88年3月27日の日本武道館は、同日デビューの菊地毅は第1試合で百田光雄と対戦したが、小橋は試合が組まれなかった。全選手出場が前提の今とは違い、その昔は日本武道館の試合に出場するのはステータスだったのだ。だが、その3ヵ月後の6月10日の日本武道館(メインはインター・タッグ王者ウォリアーズとPWF世界タッグ王者ジャンボ鶴田&谷津嘉章の五輪コンビのダブルタイトル戦で、五輪コンビがタッグ王座統一)では同期の菊地、北原辰巳(現・光騎)より上の第3試合に出場することができた。結果は高木功(現・嵐)と組んで大熊元司&永源遙とタッグマッチ20分1本勝負で対戦して、大熊のダイビング・ヘッドバットに敗れた。

 初メインは93年6月1日。四天王時代に突入したから初の日本武道館で三沢光晴と組み、川田利明&田上明の世界タッグに挑戦した。四天王がメインで初めて揃い踏みした記念すべき試合だ。シングルでの初メインは94年9月3日、スティーブ・ウイリアムスに挑戦した初の三冠戦で、王座奪取はならなかったが40分を越える熱闘に。そして96年7月24日、田上明を破って遂に日本武道館で三冠奪取。以後、スタン・ハンセン、川田、三沢、秋山、ベイダーらと三冠を巡って日本武道館で死闘を展開した。

 ノアになってからは03年3月1日に三沢からGHC王座を奪取した試合も含めて絶対王者として日本武道館で8回のタイトルマッチをやっている。まさに小橋の全盛期だった。

 日章旗を掲揚している日本武道館の天井は独特の雰囲気がある。かつてジャイアント馬場さんは試合前の練習でリングに寝転んで天井を見上げて「俺もいつかは試合で大の字になって、この天井を見ながら引退するのかなあ」と言っていたが、小橋も同じような心境なのか…。

「馬場さんにも三沢さんにも本当に感謝しています。引退の花道をしっかり歩いて帰る、しっかり引退する。それが恩返しだと思います」

 馬場さんの75回目の誕生日だった2013年1月23日、小橋建太は晴れやかに引退の日を発表したのだった。

投稿者 maikai : 11:14 | コメント (0)

2013年01月20日

OKUMURA!

 先週はルチャ・リブレに触れる機会が多かった。まず、1月16日に新宿FACEで開催された東京愚連隊興行。“世界一性格の悪い神の子二代目”ドス・ミル・トレセ・イホ・デル・ベルウッドが器用に(?)ルチャのムーブをこなし、クルクルッとティヘラも披露。そして最後はラ・ミノティカ(ミスティカのラ・ミスティカと同じ)で勝利したのだから、いいものを見せてもらった。翌17日は後楽園ホールでドラゴンゲートの今年初の東京大会。ドラゲーは選手それぞれがオリジナルなスタイルを確立しているが、根っこはルチャ・リブレ。いつもながら、彼らのコンディションの良さ、身体能力の高さ、観客を引き込むプロレス頭には感心させられる。

 そして昨日は毎年恒例となった新日本&CMLLコラボ興行3連戦2日目の後楽園へ。新日本の選手たちのほとんどはメキシコを経験しているからルチャドールたちも違和感なくファイトできるし、普段とは違う新日本の選手たちのムーブも見られるから新鮮。またルチャドール同士の対決ではデビュー30周年を迎えた小柄なアトランティスが182センチ、95キロの大型のエウフォリアを必殺アトランティーダで見事に担ぎ上げてギブアップさせたシーンには唸らされた。中邑真輔にラ・ソンブラが挑んだメインのIWGPインターコンチネンタル戦もスリリングな好勝負に。桜庭和志の次はソンブラ…中邑はどんなスタイルの相手とでもクオリティの高い試合をする。これから中邑がさらにどう変化・進化していくのか楽しみだ。

 さて、昨日は嬉しい再会があった。CMLLのメンバーとして参加しているOKUMURA…奥村茂雄と久々に話をする機会があったのだ。彼のファイトを初めて見たのは95年の東京プロレスだったと思う。「基礎がしっかりできているインディーの若いコだな」というのが第一印象で、本人と話をしてみたら“イス大王”こと栗栖正伸さんのジムの出身だった。東京プロレスではカブキさんに指導を受けていたと思う。それから開国路線で広く門戸を開放した馬場・全日本にも上がったし、WARにも上がって荒谷信孝(望誉)と組んで“打倒!天龍”を目指したことも会った。00年には分裂騒動後の馬場元子・全日本に入団している。私にとっては何かと縁のある選手だった。

 だが、彼がメキシコを主戦場として年に何回かCMLLの選手として里帰りしても、ほとんど話す機会がなかった。05年1月末に馬場さんの七回忌法要及び七回忌追善興行に参加するために帰国した時以来かもしれない。

 04年3月に全日本を退団した奥村は、同年5月にすべてをリセットして「1年頑張れるなら…」とネコさん(ブラック・キャット)さんのツテでメキシコに渡った。それまでのキャリアからすると奥村はカナダにルートを持つなどのアメリカン・プロレス志向だったはず。それが基本からまったく違う、無縁の世界だったルチャ・リブレに飛び込んで一から取り組んだのだから、その覚悟は相当だったと思う。そしてしっかりとメキシコに根を張り、今も頑張っている姿には頭が下がる思いだ。

「気付いたら8年8ヵ月経ってしまいました。去年は153試合やりました。もう少し頑張っていれば永住権も取れそうです」と奥村。ふと考えたら、奥村がメキシコに旅立った4ヵ月後に私は日本スポーツ出版社を退社したのだった。そうか、私もフリーになって8年4ヵ月になるのだ。自分のことだとそんなに時間を感じないが、奥村と話をしていて年月の重さに気付かされた。このダイアリーも時々チェックしてくれているとのことなので、ここはメッセージをひとつ。君はメキシコで、私は日本で…04年から踏み出したそれぞれの新しい道を今後も頑張っていきましょう。昨日はパワーをくれてありがとう。ムーチャス・グラシアス!

投稿者 maikai : 13:08 | コメント (0)

2013年01月14日

この屈辱と怒りがバネに!

 昨日のレジェンド・ザ・プロレスリングで坂口征夫は難しいポジションに置かれていた。征夫は高校卒業後にプロレスラーを目指すも挫折し、総合格闘家の道に進むなど回り回って去年の7月、39歳の誕生日を目前に控えてDDTでプロレス・デビューした。つまり新人レスラーである。にもかかわらず昨日のメインに据えられたのは坂口征二の長男だからだ。レジェンドというイベントで坂口二世というのはまさにブランドであり、売りになる。かくしてメインで長州力&藤波辰爾の2大レジェンドと組んで蝶野正洋&天山広吉&獣神ライガーという破格のカードが用意された。入場はテーマ曲に乗ってひとりずつだったが、征夫は何と他の5人を差し置いてトリで入場。プロの興行としては一番の売り物は征夫だから、当然の演出だが、これはある意味では残酷でもある。試合の中身が伴わなければ、まさに客寄せパンダで終わってしまうのだ。

 レジェンドたちのプロレスは「お互いに持ち味を発揮しましょう」ではなく、相手を支配して「どうだ!」と力関係をわからせるスタイル。だから興行的には主役の征夫でも相手チームには立ててやろうという気持ちはないし、長州と藤波も必要以上には助けてはくれない。長州がコーナーから発していたのは「征夫、下向くな!」というプロの表現者としてのアドバイスだけ。闘いの部分は本人に任せていた。

 私の目から見た征夫は、いつもは綺麗に決まるドロップキックが不完全だったのは残念だったが、天山に鋭いミドルキック、ライガーに飛びつき十字、蝶野の厳しいSTFに耐えて下から三角絞めと今持っている自分の持ち味を出すことは出来たと思う。ただプロレス特有の6人タッグで3人掛かりで回されると対処できないし、総合とは間合いが違うからスムーズに闘えない。さらに受けるのか、防御するのか…ところどころで躊躇があったようにも感じた。

 恐らく本人は他の5人のリズムに乗り切れない孤独感、そして屈辱感を味わっただろう。試合後に蝶野に「お前には時間がないんだ」、ライガーには「今度はシングルで潰す!」と挑発され、向かって行こうとしたものの長州に「(リングから)降りろ!」と制止され、試合後のコメントも長州、藤波が言葉を挟む形で感情を剥き出しにすることはできなかったのだ。

 また試合後の蝶野とライガーの言葉はリング上以上に辛辣だった。子供の頃から征夫を知っている蝶野とライガーは、征夫がここにくるまでの紆余曲折を知っているだろうし、今回、彼がメインに据えられた事情も知っているだろうが「厳しさを自分で知るしかない。駄目なら駄目で諦めるしかない。邪魔になるなら2世レスラーはいらない」(蝶野)、「総合やってきたからってプロレスのリングに立って“はい、メイン!”って通じるのか? 何も出来てねぇ。坂口って名前を名乗るなよ。一からやれよ、一から。征夫なんて次、このリングで潰してやりますよ」(ライガー)とほとんど全否定するようなコメントを残している。これは征夫に発奮を促すものか!? 現実問題として3人の立場がそれぞれに違うだけに蝶野、ライガーと征夫が再び相まみえる機会があるのかどうかはわからないが…昨日の試合はプロレスラー、坂口征夫にとってバネになるに違いない。この屈辱と怒りを忘れるな!

投稿者 maikai : 17:37 | コメント (0)

2013年01月09日

動き出した黒のカリスマ

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 昨日は全日本プロレス事務所での記者会見、サムライTV『速報!バトル☆メン』出演と、ずっと蝶野正洋と一緒だった。1・3後楽園のリング上における公開契約で内田雅之社長にビンタをかまして全日本のアドバイザーに就任した蝶野は、アドバイザーの立場から1・27大田区へのテコ入れとして蝶野&諏訪魔&ジョー・ドーリングvs大森隆男&浜亮太&中ノ上靖文の6人タッグを追加発表した。

「大田区を東京における基盤、全日本のホーム的な形にしていくべきではないかと。そのためのテコ入れのカードです」「立場的に“これはやるべきだ”という提案はドンドンしていきます」「自分の欲はなるべく抑えます」と記者会見ではアドバイザーに徹した発言を連発していたが、それが本音とはとても思えない。むしろ自分が参入することで全日本に何が起こるのかを楽しんでやろうという空気なのだ。昨年10月に自分を拒絶した諏訪魔と大田区であえて組むというのも蝶野なりの実験だろう。そこで諏訪魔がどう出るか? そこから何が生まれるのか? プロレスラーの性として見極めたいのだろうし、その反応にアドリブで対処して、全日本の新たな方向性を示そうという腹積もりなのではないか。

 そういえば昨年の全日本10周年パーティの時、武藤は諏訪魔に接近する蝶野について「テレビ解説までは拒否しない。でも、それ以上、俺のエリアに踏み込んだらドンパチになるかもしれねぇな。諏訪魔にしたって俺が創り上げたモノだからな」と不快感と危機感を口にしていた。それこそ蝶野が今後、アドバイザーとして強権を振るって全日本を乗っ取ることだって考えられなくはないのだ。

 かつてnWoブームを巻き起こした蝶野の感性に全日本のレスラー及び関係者は付いていけるのか? 動き出した黒のカリスマから目が離せない。

投稿者 maikai : 13:04 | コメント (0)

2013年01月08日

プロレス大賞授賞式雑感

 昨日は八重洲富士屋ホテルで東京スポーツ新聞社制定『2012年度プロレス大賞授賞式』が催された。キンキラキンの和装(貸衣装ではなく、この晴れ舞台のためにオーダーメイド!)でキメた敢闘賞のアブ小、グラレスラーにふさわしくビキニ姿で受賞者&出席者を悩殺した女子プロレス大賞2連覇のゆずポン…と、まさに華やかなプロレス界の新年会。また、99年度のベストバウト受賞(5・3武藤戦)以来、天龍が13年ぶりに出席して坂口征二&征夫親子、大日本のグレート小鹿会長、森嶋猛、中邑真輔、全日本の内田雅之社長らと談笑する場面が見られた。

 その他、2010年の『チャンピオン・カーニバル』でGAORA中継のナビゲーターを務めたタレントの上林英代さんが“ミス東スポ2013”としてパーティに華を添えていて、思わぬ形で再会。考えてみれば、08年の『チャンピオン・カーニバル』にグラビア・アイドルとしてゲスト解説席に座ったゆずポンが史上初のプロレス大賞2連覇を達成してステージに上がっているのだし、人生とは面白いものだ。

 ということで、この授賞式をもって正月は一段落といった感じ。今夜は新年初のサムライTV『速報!バトル☆メン』出演の仕事が待っている。ゲストとして蝶野正洋も登場するのでお楽しみに!

投稿者 maikai : 10:09 | コメント (0)

2013年01月07日

残った者も、去った者も…新たな出帆

 昨日はノアの2013年オープニングマッチ。秋山、潮﨑、金丸、鼓太郎、青木の5人が退団した後の初試合だけにファンの審判が注目されたが、超満員。私は他の取材スケジュールが入っていたため、第6試合の丸藤vs髙山の途中で会場をあとにしなければならなかったのだが、そこまでのファンの盛り上がりは上々で、いい気分で後楽園ホールを出ることができた。試合前のバックステージでも「今年もよろしくお願いします!」と丸藤が笑顔を見せるなど、危機感よりも新たな船出へのワクワクした空気が勝っていて本当によかったと思う。

 去った人たちは自分の選択が正しかったと胸を張れるように新たな道を必死に生きればいいし、残った人たちは必死にノアを再建して、去った人たちが後悔するぐらいに活性化していけばいい。そして、いつかどこかで両者が交わる時が来たとしたら、それはそれでドラマが生まれる。それぞれが己の信じた道を邁進すれば、きっと何かが生まれるはずなのだ。

 昨日の大会を観たことで、ノア・ファンの人たちの中にひとつの区切りがついたと思う。その意味では2013年1月6日はノアの選手たちだけでなく、ノアを去った選手たちにとっても新たな出帆だったのではないか。これまで応援してきたファンはどちらの生きざまも観ている。だから、その気持ちを裏切らないようにどちらも頑張ってほしい。

投稿者 maikai : 17:53 | コメント (0)

2013年01月05日

タナと真輔の時代

 昨日は新日本の東京ドーム大会。まず毎回、話題になるのは観客動員数だ。前売りチケット数が2012年大会を上回っているとのことで、実際にスタンド席から見渡しても明らかに前年を上回っていたが、発表は43000人から1万4000人減の29000人。菅林社長の説明によると昨年まではスポンサーへの招待券、会場に来てくれる来てくれないにかかわらず手売りしたチケット数も含めた数字だったが、今回は有料入場者の実数を発表したためだという。肝心なのは表面上の数字よりも、実際にどれだけ多くのファンが足を運んでくれて、どれだけの人が満足して帰路についたかということ。こうして敢えて少ない数字を発表したことについては、今後への自信でもあるだろうし、いつかバックスクリーンギリギリまでスタンド席が満杯になった時代を再現してやろうという前向きな意気込みを感じる。

 さて大会の中身は、近年の中でも濃密だったと思う。ここ何年間かは様々なスタイルのプロレスが観られるバラエティー大会という印象が強く、それはそれでお祭りとして楽しめたし、プロレス・ビギナーの入口として良かったと思うが、今年はちょっと趣が違った。それは時代を賭けた世代闘争の棚橋弘至vsオカダ・カズチカのIWGP戦、総合格闘技の匂いをも漂わせた中邑真輔vs桜庭和志のインターコンチ戦がダブル・メインイベントに据えられたからだ。

「棚橋、中邑で今を創ってきた自負があるから…」とは試合後の棚橋の言葉。確かに昨日の東京ドームは“新時代到来!”と言うよりも、ユークスの子会社となり、選手が次々に離脱するなどの混迷を極めた05年暮れからの新日本を引っ張ってきたのは棚橋&中邑という当時の若い力であり、そこから今日の時代が生まれたことを証明したような大会だったと思う。

 まず中邑vs桜庭が素晴らしいプロレスだった。序盤のグラウンドの攻防に「プロレスをやってくれ!」という声も飛んでいたが、これこそベーシックなプロレス。武藤敬司&大谷晋二郎vsテンコジのスタートでの小島を支配しようという武藤のグラウンドの攻めもそうだが、中邑vs桜庭の攻防の中にはプロレスの原点があったし、新日本の原点でもあるアントニオ猪木のストロングスタイルの香りがあった。桜庭のサクラバロックもプロレス的には基本技のダブルリストロックと同じ。昔は逆腕固めとして若手の試合の極め技でもあったのだ。緊張感がありながら違和感がない試合になったのは中邑にも桜庭にプロレスvs総合格闘技という意識がなかったからだろう。新日本に参戦して以来の桜庭は、どこかプロレスとちゃんと向き合っていないような感じもあったが、昨日は本当に素晴らしかった。桜庭は大晦日の『DREAM&グローリー』で総合復帰を示唆する発言をしていたが、両立も可能だろうし、できればプロレスに没頭する姿を見てみたい。

 そしてトリの棚橋vsオカダ。中邑vs桜庭の緊張感溢れる攻防の直後だけに、序盤から中盤にかけてのオカダの首攻めvs棚橋の足攻めの攻防は理に適っているものの、まったりと見えてしまったのは割りを食ってしまったように感じられた。しかし終盤に向けての両者のファイトは鬼気迫るものがあった。30分過ぎのオカダのドロップキックは“本物”だったし、レインメーカーを封じ込めた棚橋も見事だった。最後は大舞台を数多く経験している棚橋の“ここ一番での強さ”が勝敗を分けたのではないか。

「オカダは時代を変えると言ったけど、時代は変えるものではなく動かしていくもの。プロレスはひとりじゃ出来ないし、今日だったら俺とオカダで動かしていく。そういう意味のある試合になりました」という棚橋のコメントには、新日本のエースにふさわしい重さがあった。

 棚橋弘至が全国のファンと愛を紡ぐ新日本のエースなら、ギラギラした刃を持つ中邑真輔は新日本の強さの象徴。今、本当の意味でタナと真輔の時代が確立されたと言っていいかもしれない。

投稿者 maikai : 12:55 | コメント (1)

2013年01月04日

ケア壮行試合で甦った伝説のユニット

 私の2013年仕事始めは1月2日&3日の後楽園ホールにおける全日本正月2連戦のGAORA中継解説。いろいろなことがあったが、ひとつ書くとするなら太陽ケアの壮行試合。94年6月、18歳でハワイからやってきて同年11月にデビューしたケアが、経営学を学ぶためにプロレスを一時離れるというのだ。本人に聞いたところ、通うのはハワイ大学のマウイ校で、早くも1月8日からプログラムがスタートするという。プロレスをリタイアする気はなく、休みの時にはハワイのインディー団体に上がるプランもあるという。HCWは崩壊してしまったが、新たなインディー団体があるようで、ケアの友達がそこでファイトしていて、連絡は取り合っている。ただ、団体名や活動内容、主な選手を聞いたら、ケアいわく「ワカラナイ(笑)」。夏休みなどの長い休みには日本でもファイトするチャンスがあるかもしれない。

 さて、壮行試合の1日目は鈴木みのるが2011年7月31日以来、1年5ヵ月ぶりに全日本に参戦してMAZADAを交えてGURENTAIを再結成。試合後にはGURENTAIの同志の髙山善廣、NOSAWA論外もリングに上がった。GURENTAIはケアのキャリアの中で大きなウェートを占めている。08年のカーニバルで全敗を喫してしまったケアに最初に誘いをかけたのはブードゥー・マーダーズだったが、鈴木みのるの「お前は誰のために戦っているんだ? 一緒にプロレス界の中心に行こう」という呼びかけに鈴木&東京愚連隊への合流を決意。そこからGURENTAIが生まれた。鈴木は日本語が苦手なケアに構わず日本語で喋っていた。それが分け隔てない仲間の証。GURENTAI時代のケアは本当に楽しそうだった。本当に心で結ばれていた仲間だった。だから昔と同じようにボニー・タイラーの『ヒーロー』で入場した時、GURENTAIとして3人一緒にコールされた時、試合後に鈴木が「数年前、全日本プロレス、プロレス界を改革するために立ち上がったグループ…それがGURENTAIだ」と、久しぶりにメンバー紹介した時にはグッと胸に迫るものがあった。

 心で結ばれた仲間という点では昨日の2日目にTAKAが駆けつけて再結成されたRO&Dも同じ。RO&DはTAKAがお喋りマシーンになることで日本語が喋れない外国人選手の人間性を伝え、日本のファンの共感を呼んだユニットだ。再結成と言ってもケアとTAKAの2人だけ。大人気を誇ったジャマール(ファトゥ)は09年12月に他界してしまったし、初期メンバーのギガンテス、グラジエーターもとっくにこの世を去っている。現在、ディーロ・ブラウンはTNAでエージェントとして手腕を振るい、ブキャナンはパートタイムでファイトしている程度。バリバリでやっているのはTAKAとケアの2人だけになってしまったのだ。

「今から6年前、この全日本プロレスで大暴れした最強外国人チーム、俺たちの名前を憶えているか!? 憶えている人は俺たちの名前を呼んでくれ!!」のTAKAの声に客席は「R! O! D!」の大合唱。06年9月に解散したが、RO&Dは全日本プロレスのファンの記憶の中でずっと生き続けていたことを証明した瞬間だった。

 ケアの新たな旅立ちは、伝説のユニットを甦らせてくれた。いつの日か、ケアが日本のリングに戻ってきた時には鈴木、TAKAに「ジャイアント馬場最後の弟子、ハワイの太陽…太陽ケア!!」と紹介してほしいと思う。

Kea、Pomaika’i!

投稿者 maikai : 15:00 | コメント (0)

2013年01月01日

謹賀新年

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明けましておめでとうございます。2013年が皆様にとって良い年でありますように。

東京のプロレス・ファンの方とは明日2日、全日本プロレスの後楽園ホールでお会いしましょう。GAORA中継の解説が私の仕事始めです!

投稿者 maikai : 11:04 | コメント (2)