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2012年12月30日

おかえりなさい!

 昨日の午後3時過ぎ、まだ客席もセットされていない後楽園ホールで天龍源一郎はすでにリングの上にいた。嵐を練習パートナーに何度も受け身を取り、それをザ・グレート・カブキが見守る。カブキの細かいアドバイスに頷く天龍。きっと36年前に大相撲から全日本に入団してきた当時もこういう光景だったのだろう。

 先日、一緒に出演したサムライTV『速報!バトル☆メン』でも、大会2日前の記者会見でも「絶好調!」を強調した天龍だが、そんなわけはない。

「メスを入れた時点で絶好調は有り得ないんだから。でも今日がなきゃ、明日も明後日もないわけだからさ、年内にケジメをつけたかったんだよ。こうやってリングに上がると、やっぱり自分自身、歯痒いよ。(一緒にメインのリングに上がる)7人に“何だよ”って思われたくなし、組む3人に必要以上に気を使わせているのがわかったら物悲しいしね。でも、とっくに気負いはないよ。心の中では、やるだけのことはやったというのがあるよ。あとは今のままの天龍源一郎を見せるだけ。小手先のテクニックじゃなくて真っ向から行く姿を見せるしかない。“ドブの中でも前のめりに…”ってやつだよ」と試合前の天龍。「今度、何かあったら車イスですよ」と言われていたなか、主治医、リハビリ医も待機しての“覚悟の復帰戦”だった。

 そして401日ぶりの実戦のリング。一歩一歩階段を踏みしめてリングに上がった天龍は1741人の超満員の観客、そして対峙する永田裕志、中西学、天山広吉、小島聡、同じコーナーの鈴木みのる、髙山善廣、森嶋猛に“今現在の精一杯”を見せつけた。少しロープに走ってその感触を確かめ、その後は水平チョップと右の拳を骨折しそうになったほどのグーパンチ。これが今の天龍にできるすべてだ。永田のミドルキックに転倒、小島のDDTに脳天を打ち、4人掛かりのストンピングを浴び、中西のブレーンチョップ、天山のダイビング・ヘッドバットにさらされた。さらに小島の逆片エビ、中西の逆エビの猛攻を食らったが「シューズの爪先に食らいついてでも立ち上がってやろうと思っている」の試合前の言葉通りに小島のローリング・エルボーをカウンターのグーパンチで迎撃して自力で窮地を乗り切った。コーナーに戻ってへたり込む天龍に鈴木みのるが「立て!」と檄。昨年の35周年の時もそうだが、鈴木は憎まれ口を叩く一方で献身的に天龍をサポートしてくれるいい男だ。天龍が永田にコブラツイストを決めると鈴木が中西、髙山が小島、森嶋が天山にコブラツイスト!

 そして試合のクライマックスは天龍が永田に放った背面のダイビング・エルボーだ。この技は自らの腰にもダメージを受ける。トップロープではなくセカンドロープからの一撃だったが、それこそ覚悟の技と言っていい。最後は永田が延髄斬りから腕固めをガッチリ決めてレフェリー・ストップの裁定が下ったが、その永田は試合後に「天龍さんみたいな人を目指して来年も頑張ります」と言っていた。

 対戦した新日本第3世代がヘンな手心を加えずに厳しく攻め、味方の3選手も過剰にアシストすることなくそれぞれの持ち味を出したからこそ、天龍は闘いの場に戻って来ることができたと思う。また、リングで練習するために道場を提供した全日本プロレス、天龍不在中に天龍プロジェクトを支えた選手、関係者…本当に多くの人たちの尽力があった。試合後、天龍は思わず愛娘でもある紋奈代表をリングに呼び込んで「お前、男前だよ!」と大観衆の前で感謝の言葉を口にしたが、本当に彼女の力は大きかった。マネジャーとして常に行動を共にして支え、一生懸命にチケットを売っていた。全身全霊で天龍を支えた。昨日の天龍の復帰戦は、紋奈さん、裏方に回っているまき代夫人…嶋田家の総力戦だった。

 昨日、練習からずっと見ていて、天龍に一番ふさわしい場所はやっぱりリングの上だと痛感した。だから試合をして、ちゃんと自分の足でリングを降りただけで私は十分だと思う。「天龍さん、おかえりなさい!」というのが素直な気持ちだ。

 しかし本人は「これから結果がついてくるように自分を励まさないと。じゃないと“もういいだろう、天龍!”って言われるからね」と言う。天龍はこれからも神棚に有り難く祀られるのではなく、リアルタイムを生きる決意を固めているのだ。

投稿者 maikai : 14:33 | コメント (0)

2012年12月27日

プロレス最強は誰だ?

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 昨日発売になったGスピリッツ第26号は手に取って頂けただろうか? 年末年始のお休みにジックリと読んで頂ければ幸いだ。今日は、もう1冊宣伝を。それは22日に竹書房から発売になった『プロレス最強は誰だ?』(税込600円)。これは編集サイドがリストアップした53人のレスラーについて私、元週刊プロレス編集次長の鈴木健.txt君、元週刊ファイト副編集長の波々伯部哲也さん、ミステル・エキス(誰だかわかりません)の4人からなるプロレス評議会メンバーがそれぞれに6項目で戦力を分析、そのポイント数でランキングが決まる。果たして結果は…。

 この本のウリは、ランキングはもちろんとして、強さ&エピソードを盛り込んだそれぞれのレスラーについての記事。これは上記4人の他、門馬忠雄さん、元週刊プロの市瀬英俊君も執筆陣として加わっている。つまり東スポ、週刊ゴング、週刊プロレス、週刊ファイトのOBが揃ったのだ。ということで、ぜひ、読んでみてください。

投稿者 maikai : 11:31 | コメント (0)

2012年12月26日

天龍源一郎 丸49年でのリセット

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 昨日は11月20日以来、久々にサムライTV『速報!バトル☆メン』 に出演。体調不良でお休みの三田さんに代わって山口雅史さんがMCを務めた。ゲストは天龍さんということで、はからずも天龍プロジェクト実況トリオの形に。いつも天龍プロジェクトの中継は実況=山口さん、解説=私、そして天龍さんが辛口の天龍節を炸裂させるのだ。ちなみに12・29後楽園の天龍さんの復帰戦は来年1月27日(日)22:00~24:00にサムライTVで放映される予定なので、お見逃しなく!

 さて、交通渋滞に巻き込まれながらも20時半前には紋奈代表とスタジオにやってきた天龍さんは「今日は阿修羅・原とサムソン冬木に任せたよ」とニヤリ。どちらが原さんなのか、冬木さんなのかはわからないが、どうやら山口さんも私も天龍同盟のメンバーということのようだ。

 復帰戦を4日後に控えてピリピリしているかと思いきや、穏やかな表情で「絶好調!」を強調していたのが印象的だった。実際はリングに上がってみなければわからないのが本当のところだと思うが、あくまでも明るく前向きに語る天龍さんは、常にピリピリしていた若い頃よりも心が強靭なような気がした。

 天龍源一郎が故郷・福井県勝山市をあとにして上京したのは1963年12月28日。翌12月29日には大相撲の二所ノ関部屋にいた。それから丸49年…62歳10ヵ月にして再出発するのだ。天龍本人いわく「リセット」。ここからまた新たな旅が始まる。

投稿者 maikai : 16:25 | コメント (0)

2012年12月25日

DDT、新日本、そしてノアのディファ有明2連戦

 23日=DDT後楽園→ノア・ディファ有明→新日本・後楽園のトリプルヘッダー、24日=ノア・ディファ有明とこの2日間は4大会を取材。DDTには新日本マットで矢野&飯塚のベルト泥棒と抗争を展開した天山広吉&小島聡のテンコジ警察が高木三四郎の要請を受けてモンスター・アーミー退治に出動、テンコジvs火野裕士の絡みが実現した。新日本の今春のストーリーをDDT流にアレンジして年末に導入するあたりは、相変わらず高木社長の頭は冴えている。実はスケジュールが合わなくてDDTの会場に足を運んだのは8・18日本武道館以来だったが、久々に観たEXTREME級王者の石井慧介、高尾蒼馬、ユニオンの妻木洋夫などの若い世代が逞しく感じられ、嬉しい気分にさせてもらった。

 新日本の2012年最後の興行となった後楽園は好試合続出。特に田口隆祐vsオカダ・カズチカ、真壁刀義vs石井智宏、中邑真輔vsKUSHIDAは、それぞれタイプが違う試合だが、どれもメインを張れる濃密な内容だった。今年の新日本の充実ぶりを改めて見せつけてくれた大会だった。

 そしてノアのクリスマス2連戦だ。秋山準、潮﨑豪、金丸義信、鈴木鼓太郎、青木篤志がこの2連戦を最後に退団するということで会場の空気は微妙。去っていく選手にも、ノアにも思い入れがあるファンがほとんどだと思うが、中には離脱組に厳しい言葉を投げかけるファンもいて、いつものクリスマス興行とは明らかに違うのだ。23日大会では杉浦貴vs潮﨑が殺伐とした闘いになってしまい、厭な気持ちになった人もいるだろうが、これがリングの中での2人だけの会話だから仕方ない。両者の心の奥底はわからないが…杉浦にしてみれば、ノアを応援してくれるファンのために「この野郎!」を示さなければならなかったという面もあっただろうし、潮﨑は杉浦のシビアな攻めを逃げることなく真正面から受け止めた。翌日の潮﨑の「自分をぶつけてきてくれたと思うし、それはもう本当に試合をやってくれて感謝してます」は本音だったと思う。

 この初日大会で救われたのは、メインの丸藤正道vs秋山が清々しい試合になったこと。試合後、2人は握手を交わし、丸藤は「勝ち逃げは絶対に許さない。何ヵ月後、何年後になろうとも、お前が試合したくなるリングにして俺は待っている」と誓いとも取れる言葉を投げかけた。この2人を見ていて、私は08年夏のことを思い出した。当時、GHC王者だった秋山は「現在のノアのエースは小橋建太で、未来のエースは丸藤正道」と言っていたのだ。

「三沢さん、小橋さん…そういう人たちを見ていると、丸藤にはそういう資質も資格もあると思いました。僕が“ああ、こいつは!”と最初に思ったのは、ウチの娘が3歳か4歳の時に丸藤にサインを頼んだら、しゃがんで同じ目線でサインをして話をしていた。その時に“こういうのが自然にできる人間って凄いな”って。そして何より、こういう職業だから勝つ奴がいて、負ける奴もいて…丸藤には負けた人間にもちゃんとリスペクトの気持ちがある。敗者の気持ちがわかる人間ですよ。僕の“ああ、こいつは!”って思うのは、大きく言えばその2点ですね。チャンピオンは強ければなれる。でもチャンピオンとエースは意味合いが違いますから」と、当時の秋山は丸藤を高く評価していた。それは今もずっと変わらないと思う。

 昨日のノア2012年最終興行となったクリスマス大会は選手たちが努めて明るく振る舞っていたのが印象的だった。第1試合では秋山が例年通りにMr.クリスマスになって青木と対戦。明るく最後のリングを務めた。第2試合では勝った鼓太郎が平柳玄藩に肩を貸して一緒に花道へ。ここ最近はS・A・TとNO MERCYに分かれていた2人だが、かつては金丸を加えてDISOBEYでジュニアの悪トリオとして好き放題やっていただけに、共に感慨深いものがあっただろう。前日、杉浦にKOされた潮﨑は石森に豪腕ラリアットで勝利して笑顔で緑のマットに別れ。丸藤&杉浦vs齋藤彰俊&金丸は、杉浦と金丸の絡みが心配されたが、彰俊がスギちゃんに扮した“ワイルド彰ちゃん”として登場したことで空気が和み、杉浦もこの日は殺伐ファイトを封印。試合後、丸藤と杉浦はそれぞれ金丸と握手を交わした。

 丸藤は金丸について「しばらく会うことはないかもしれないけど、個人的に越えてない壁だから。俺はシングルで勝ったことはないからね」と、これで終わったわけではないことを示唆。杉浦は「グッバイ。さよなら」としかコメントしなかったが、金丸は一緒にGHCジュニア・タッグを取った先輩。そこに何も感情がないわけがない。

 これまで私は長州らジャパン軍の全日本離脱、天龍の全日本離脱、SWS分裂騒動、ターザン後藤らのFMW離脱、冬木軍のWAR離脱、全日本分裂騒動などを取材してきた。もちろん仕事として真相究明の取材をしてきたわけだが、いつも心の中で思っていたのは…綺麗事だと言われるかもしれないが、最終的にはそれぞれが成功してほしい、みんなが幸せになってほしいということだった。来年1・6後楽園からスタートするノアに頑張ってもらいたいし、新たなスタートを切る秋山ら5選手の前途も明るいものであってほしいと願うばかりである。

投稿者 maikai : 14:47 | コメント (0)

2012年12月21日

Gスピリッツ第26号の特集は『第3極』!

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 先の衆院選では民主党、自民党の2大政党に対する第三極が注目された。振り返ると…プロレス界もジャイアント馬場とアントニオ猪木のBI支配、あるいは全日本プロレスと新日本プロレスの2大メジャーに挑む第三極が存在した。そこでGスピリッツの年内最終号となる12月26日(水)発売の第26号は『日本プロレス界の第3極』を徹底検証! 今年のGスピリッツは第23号=金曜夜8時の新日本プロレス、第25号=全日本プロレス創立40周年スペシャルと、40周年を迎えた新日本&全日本を特集してきたが、そのスピンオフ企画でもある。そこには打倒2大メジャーを目指した男たちの濃密な政治的ドラマ、人間ドラマがある。主な内容は以下の通りだ。


【総合特集 第3極の誕生と消滅】
~なぜ誰も2大メジャー団体を倒せないのか?~

<ワールド・プロレスリング~ジャパン・プロレス>
大塚直暉(元ジャパン・プロレス社長)

<旧UWF>
浦田 昇(元UWF社長)

<旧UWF~格闘技連合~ユニバーサル・レスリング連盟>
グラン浜田

<格闘技連合~FMW>
大仁田 厚

<新生UWF~SWS~プロフェッショナル・レスリング藤原組>
富永 巽(元SWS代表)

<UWFインターナショナル~FFF~キングダム~PRIDE>
鈴木 健(元UWFインターナショナル取締役)


■特別企画 ビル・ロビンソンが選ぶ「地域別ベストレスラー」と「我が生涯のベストバウト」

【リビングレジェンド対談】
50年ぶりの再会 ユセフ・トルコ×猪狩定子

■連載
ブラック・シャドー&ブルー・デモン
 “黒”と“青”の義兄弟物語
NWA世界ウェルター級王座の謎
激レア本人使用マスクを大公開

【実録・国際プロレス 総括――東京12チャンネル時代】
田中元和(元『国際プロレス・アワー』プロデューサー)

★ミル・マスカラスが「悪魔仮面」と呼ばれた時代
世界王者ドリー・ファンク・ジュニアとの再戦

投稿者 maikai : 13:26 | コメント (3)

2012年12月18日

『燃えろ!新日本プロレス』vol.32の主役は天龍!

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 12月20日(木)発売の『燃えろ!新日本プロレス』vol.32のDVDは新日本vsWAR対抗戦特集。①木村健悟&越中詩郎&青柳政司vs天龍源一郎&石川敬士&北原光騎の反選手会同盟vsWAR(92年11・23両国)②長州力vs天龍源一郎(93年1・4東京ドーム)③橋本真也vs冬木弘道(93年3・23東京体育館)④馳浩vs天龍源一郎(93年9・23横浜アリーナ)⑤アントニオ猪木vs天龍源一郎(94年1・4東京ドーム)の5試合が収録されており、マガジン編の解説は私が担当させてもらった。

 新日本とWARの対抗戦は、すでにSWS解散が決まって新団体旗揚げを目前にした6月初旬、週刊ゴング第418号で番記者の私がインタビューした際に「最後に…“長州、俺は引退試合をお前とやるから、お前じゃなきゃダメだから、それまで辞めるなよ!”…これ、書いといてよ」と天龍がぶち上げたのが発端だった。これを新日本担当記者だった金沢克彦君が直に長州に伝えると「俺個人の闘いには天龍個人も入っている。交流戦云々じゃなく、個人対個人でやりたい」と返答。一気に開戦の気運が高まったのだ。そして天龍に「長州が出るまでもないって!」と噛みついたのが反選手会同盟の越中。かくして新日本とWARの対抗戦は、反選手会同盟vsWARからスタートする。①は、遂に天龍WAR軍が新日本マットに初登場した試合。試合後に天龍、アントニオ猪木、長州の3人が並び立つ歴史的場面が生まれる。

 ②の長州と天龍の遭遇は90年2・10東京ドームの長州&ジョージ高野vs天龍&タイガーマスク(三沢光晴)以来、一騎打ちとしては全日本の86年9・3大阪城ホール以来、実に6年4ヵ月ぶりとなった試合だ。感情が先走ったギクシャク、ゴツゴツした闘いは2人ならではのものである。

 ③の橋本vs冬木のチョイスはなかなかマニア向け。この当時の橋本は前年12月の右膝の手術から復帰したばかりで“打倒!天龍”で巻き返しを狙っていた時期。対する冬木も前年秋の敗血症から復帰したばかりで、受けのスタイルから攻めのスタイルに転換しようとしていた時期だった。2人の意地が見て取れる喧嘩試合だ。

 ④の天龍&馳のチョイスも心憎い。越中、長州、橋本、蝶野らをシングルで撃破した天龍に、G1準優勝の馳がテクニックで挑んでいく。天龍もジャイアント・スイング返しのパッケージ・ホールドや新開発のWARスペシャルを使うなど、他の対抗戦とは趣が違う一戦である。

 そして猪木vs天龍。これは92年7月のWAR旗揚げ戦後に「長州が尊敬する人…アントニオ猪木とも肌を合わせてみたい」と語った天龍の夢が実現したもの。猪木は「KOか、ギブアップの格闘技戦ルール」を主張、天龍は「プロレスこそ格闘技の集大成だと言ったのは猪木さんのはず」とプロレス・ルールを主張して平行線に。12・21京王プラザの調印式で猪木は「格闘技ルールじゃないとサインできない」と保留、天龍は坂口社長に一任し、試合当日14時からの調印式では猪木は立ったままサインして退出。天龍もサッとサインして立会人の坂口社長が取り残されるという悶着があった上での大一番だ。この試合で天龍は“馬場&猪木を唯一ピンフォールした日本人レスラー”になる。

 12月29日の後楽園ホールで復帰する天龍の20年前のファイトを見てほしい。そこには今現在と変わらない必死に生きる姿がある。

投稿者 maikai : 19:01 | コメント (0)

2012年12月11日

2012年度プロレス大賞選考会議

 東京スポーツ新聞社制定『2010年度プロレス大賞』選考会議は選考委員長=柴田惣一(東京スポーツ運動部選考委員)、特別選考委員=嶋田隆司(キン肉マン作者)、選考委員=大沢裕治(東京スポーツ運動部長)、平塚雅人(東京スポーツ運動部次長)、楠崎弘樹(東京スポーツ運動部部長)、水沼一夫(東京スポーツ運動部)、小坂健一郎(東京スポーツ運動部)、大島啓(東京スポーツ運動部)、岡本佑介(東京スポーツ運動部)、細島啓輔(東京スポーツ写真部次長)、秋山直毅(東京スポーツ写真部主任)、前田利宏(東京スポーツ写真部)、奥村展也(サンケイスポーツ新聞社)、仁木弘一(スポーツニッポン新聞社)、藤澤浩之(デイリースポーツ新聞社)、大西洋和(東京中日スポーツ新聞社)、小谷野俊哉(日刊スポーツ新聞社)、佐藤正行(週刊プロレス編集長)、門馬忠雄(プロレス評論家)、小佐野景浩(プロレスライター)、三田佐代子(サムライTVキャスター)の計21名で行われた(※敬称略)。

【最優秀選手賞(MVP)】オカダ・カズチカ
 MVPには初受賞となったオカダの他、昨年受賞者の棚橋弘至、森嶋猛の3人がノミネートされた。約2年の海外修行を経て1・4東京ドームに“レインメーカー”として凱旋帰国したオカダは、最初こそファンの大ブーイングを浴びたが、2・12大阪で棚橋を撃破して初挑戦、25歳の若さでIWGP王者になってプロレス界を活性化させ、新しい時代の空気を作ったことがまず大きかった。その後の防衛戦の内容もよく、6・16大阪で棚橋に王座奪回されるも、失速することなくG1に優勝、IWGP挑戦権利書をかけた試合など、通年の活躍が評価された。投票の結果はオカダ=16、棚橋=2、森嶋=3でオカダに。
 私自身は最後まで棚橋かオカダかで迷った。今年の新日本人気はオカダだけによるものではなく、パッケージとしての充実ぶりが大きかったと感じている。その新日本の顔は紛れもなく棚橋であり、棚橋が安定していればこそという思いがあったからだ。だが、最終的に投票したのはオカダ。やはり年初めのオカダの大仕事がなれば、新日本人気、プロレス界復活の気運は盛り上がらなかったと思う。IWGP&G1制覇の実績はやはりMVPにふさわしいものだろう。25歳でのMVPは82年度MVPのタイガーマスク(佐山聡)以来の快挙である。

【年間最高試合賞(ベストバウト】オカダ・カズチカvs棚橋弘至(IWGPヘビー級選手権=6月16日、大阪・ボディメーカーコロシアム)
 これは毎年揉める賞。多種多様なスタイルの試合があるし、年間最高試合の解釈によっても違ってくる。最終的には選考委員の個人的な好みも反映されるからだ。私は2・12大阪の棚橋vsオカダをノミネートした。純粋に見た場合には、棚橋が奪回した6・16大阪の方が上だと思っているが、年間最高試合=その年を振り返った時の代表試合として考えるならば、オカダがIWGPを奪取したあの試合こそが、今年のマット界の流れを左右した試合だと思ったからだ。もうひとつ、投票とは別にノミネートだけさせてもらったのは8・26大田区における秋山準vs船木誠勝の三冠戦。4分37秒決着は三冠史上最短。そのわずかな時間でファンを納得させる緊張感ある試合、濃密な試合はこの2人にしかできないものだと思う。その他、各選考委員に「ノミネートだけはしておきたい!」という思い入れの試合があるから、実に多くの試合がリストアップされた。
 投票数と共に列記すると棚橋vs鈴木みのる(IWGP戦=10・8両国)=1、棚橋vsオカダ(IWGP戦=2・12大阪)=1、飯伏幸太vsケニー・オメガ(KO-D無差別級戦=8・18日本武道館)=3、中邑真輔&オカダvs諏訪魔&近藤修司(7・1両国)=2、太陽ケアvs諏訪魔(カーニバル決勝=5・7後楽園=1、オカダvs棚橋(IWGP戦=6・16大阪)=6、大仁田厚vs曙(ノーロープ有刺鉄線バリケードマット・ダブルヘル・メガトン電流爆破デスマッチ=8・26横浜)=5、桜木裕司vs菊田早苗(10・27ディファ有明)=1、秋山vs船木(三冠戦=8・26大田区)=0、葛西純vsMASADA(デスマッチ・トーナメント決勝=8・27後楽園)=0、田中将斗vs石井智宏(初代NEVER無差別級王座決定トーナメント準決勝=11・19渋谷)=0、KENTAvs杉浦貴(グローバル・リーグ戦決勝=11・23後楽園)=0、ケインvsダニエル・ブライアン(8・9両国)=0、桜庭和志&柴田勝頼vs澤田敦士&鈴川真一(11年12・31さいたまスーパーアリーナ)=0。0票はノミネートのみの試合だ。
 最終的にオカダvs棚橋(6・16大阪)、大仁田vs曙、飯伏vsケニーの上位3試合の決選投票に。オカダvs棚橋は今年の新日本を代表するタイトルマッチ、大仁田vs曙は一般マスコミにも注目された。そして飯伏vsケニーの極限の試合は、以前ダイアリーでも書いたが、スタイルは違ってもかつての四天王プロレスを思い出せてくれるものだった。
 そして私が投票したのはオカダvs棚橋。私がノミネートした2・12大阪は私の1票のみの結果に終わったが、いずれにしても2012年を代表するのはこの2人の試合だというのが私の考えだ。結果はオカダvs棚橋=12、飯伏vsケニー=8、大仁田vs曙=1でオカダvs棚橋に。この決選投票に入る前に飯伏vsケニーについては賛否両論が飛び交った。ただし否の意見にしても、誰もが凄さを認めた上でのものだったことを記しておきたいた。私はオカダvs棚橋と比較しての否の立場だったが、試合後に「こういう激しい試合はもういいかな。違った形でもっと凄い試合をやります」と言ってスタイルを変えてきている飯伏に好感を持っている。

【最優秀タッグチーム賞】GET WILD(大森隆男&征矢学)
 その他にノミネートされたのは新日本に喧嘩を売った桜庭和志&柴田勝頼、生まれながらのタッグチームにして、ハチャメチャながらコンビとしての力量を高く評価されているバラモン兄弟の2チーム。さらにドラゴンゲートで思わぬ大人気となってこの1年を大いに盛り上げたジミーズ(ジミー・ススム、ジミー・カゲトラ、ジミー神田、堀口元気H.A.Gee.Mee!!、斎藤ジミー了、Mr.キューキュー・豊中ドルフィン)だった。該当なしの厳しい声もあるなかでGET WILD=8、桜庭&柴田=4、バラモン兄弟=3、ジミーズ=6となり、GET WILDとジミーズの決選投票に。
 GAORAの全日本プロレス中継解説者の私としては、心情的には当然GET WILDなのだが、ここはジミーズに投票。GET WILDはキャラクターを練り上げているし、面白会見で話題を提供するなどコンビとしての取り組みは素晴らしいが、試合にムラがあるのが難点。彼らが最優秀タッグチームになるには、もう一歩というのが私の考えだった。ジミーズはタッグチームではなくユニットだが、ススム&カゲトラはツインゲート統一タッグ王者だったし、ZERO1でもNWAライトタッグ王者になった。そして現在は堀口&斎了&キューキューがトライアングル・ゲート王座を持っている。ブードゥー・マーダーズが06年にユニットとして同賞を受賞した前例があり、問題はないという判断だ。今年はあまりドラゲーの会場に足を運べなかったが、いくたびに楽しみだったのがジミーズ。仕事ができる男たちが揃っているから、きっかけ次第でブレイクするのは当然…とは言っても、罰ゲームのような形からスタートしてブレイクしたのだから凄い。そこを評価させてもらった。
 結果はGET WILD=13、ジミーズ=8でGET WILDが受賞。もちろんこれに文句はない。これからタッグチームとして完成していってくれることを期待している。大森&征矢、2013年もワイルドに行こうぜ!

【殊勲賞】森嶋猛
 MVPでは票が伸びなかったが、殊勲賞部門では1回の投票で決まった。1・22大阪でGHC王者になってから、小橋建太も杉浦貴もKENTAがいない時も「やる気、元気!」で明るいムードを作ってハイテンションで突っ走り、年間最多防衛記録のV8も達成した。その頑張りを選考委員の誰もが評価した形だ。もちろん私は森嶋に投票した。ノミネート&投票の結果は以下の通り。
 森嶋猛=13、船木誠勝=3、アブドーラ・小林=3、KENTA=1、高木三四郎=1(今やメジャーもできない日本武道館大会を成功させた手腕が評価の対象に)。

【敢闘賞】アブドーラ・小林
 ノミネート&1回目の投票は小林=9、CIMA=6、柴田勝頼=1、後藤洋央紀=2 大仁田厚=3。よって小林とCIMAの一騎打ちになった。プロレス大賞を目標にデスマッチというひとつのジャンルを引っ張り、愛を叫んでファンをハッピーな気持ちにさせてデスマッチ王座V7の新記録を作った小林か、ドリームゲート王者として愛知県体育館、神戸ワールド記念ホール、大阪ボディメーカーコロシアムといった大会場で常に満員の観客を沸かせてきたCIMAの決選投票だったが、結果は小林=14、CIMA=7。私は悩んだ末、アブ小に1票を投じた。

【技能賞】中邑真輔
 この賞も白熱した。CIMA=6、中邑真輔=8、矢野通=1、アントーニオ本多=1、船木誠勝=5となり。CIMA、中邑、船木の3人で2回目の投票。CIMA=6、中邑=9、船木=6と誰も過半数にならず伯仲。私は船木押し。それはベストバウトにノミネートだけさせてもらった秋山戦もそうだし、27分11秒の長期戦になった横浜での諏訪魔相手の三冠初防衛戦も“船木にしかできない試合”だと評価していたから。諏訪魔戦は、秋山戦とは打って変わって長期戦を組み立て、あの諏訪魔の破壊的な攻撃を真正面から受け止めたことを評価したのである。それは、誰にでもできることではないと思うのだ。
 議論の末の投票も上記のまま変わらず、最終的には1回目の投票を尊重してCIMAと中邑の決選投票になり、CIMA=9、中邑=12で中邑に凱歌が上がった。決選投票では中邑に入れた。中邑はここ何年も技能賞にノミネートされるが、それも当然で、誰が相手でも持ち味を発揮していい試合をするのだ。そしてくねくねの独特のスタイル、コスチューム、仕草、発言…その自己プロデュースも素晴らしい。新日本人気はパッケージによるものと前述したが、その中での中邑の役割は大きい。投票の結果は中邑=12、CIMA=9の僅差で中邑に。中邑の場合はどうしてもハードルが高くなってしまっていたためか、03年の新人賞以来の受賞である。

【新人賞】橋本大地
 去年、鈴川真一に競り負けた大地が今年は15票を獲得して、堂々の新人賞に。私がノミネートしたのはデビューまで1年9ヵ月、シングル初勝利まで2年8ヵ月を要した全日本の中之上靖文だが、残念ながら2票止まりだった。その他はドラゴンゲートでマッド・ブランキーで頭角を現したキャリア2年9ヵ月の谷崎なおき=2、今年4月にデビューした女子の夕陽=2だった。

【女子プロレス大賞】愛川ゆず季
 昨年に続きゆずポンが連続受賞。白いベルトを守り、シングルのリーグ戦にも優勝。団体のエースとしての自覚、プロレスラーとしての強さを兼ね備えてきただけに、投票が終われば納得の連続受賞だった。
 私が投票したのは紫雷美央。WAVEやアイスリボン、男子のユニオン、SMASH、WNCと幅広い活動で発信力を発揮したことを評価した。SMASH時代はテレビ解説をやっていた私もキトタクとの愛の劇場に巻き込まれてイジられたが、その頭の回転の速さと自分の見せ方のうまさには本当に感心させられたものだ。
ノミネート&投票結果は愛川=13、美央=5、旧姓・広田さくら=2、里村明衣子=1だった

 その他、特別功労賞=坂口征二、レスリング特別表彰は米満達弘(男子大士フリー66キロ級)、小原日登美(女子フリー48キロ級)、吉田沙保里(女子フリー55キロ級)、伊調馨(女子フリー63キロ級)のロンドン五輪レスリング金メダリスト4人。

 以上、約1時間50分(去年より長い)に及ぶ選考会議の詳細でした。

投稿者 maikai : 06:59 | コメント (0)

2012年12月10日

あと一度だけ…

 昨日のノア両国大会はいろんなことがあった。だが、やはり一番は小橋建太の引退表明だ。「ここにきて、私自身、完全な復活は無理だと判断し…」のあとは言葉に詰まり、目を潤ませた小橋。そしてファンの祈るような小橋コールのあとに出た「引退することを決意しました」の言葉。ファンだけではない、小橋の凛とした挨拶に涙したマスコミ関係者も少なくなかった。それはみんなが「小橋建太に世代交代はない」「男は40からが全盛期」と言い続けて、たゆまぬ努力を続ける彼の姿を見てきたから。彼の「一生懸命」「ファンのみんなのために」に嘘がなかったからである。

 昨日は、たまたま会場入りする小橋と出くわした。こちらの姿を認めてサッと右手を上げて笑顔を見せた小橋。眼光も穏やかだった。その時、ふと25年前の1987年6月20日、全日本に入門してきた日の小橋を思い出した。小橋が入門挨拶のため全日本の事務所に来た時、たまたま居合わせたのが私と日刊スポーツの川副宏芳記者だった。あまりにいい身体をしていたので、全日本入りが囁かれていた大相撲の玉麒麟(田上明)と勘違いして上半身裸になってもらって写真を撮り、話を聞いたら一介の新弟子だった。「何も無かった自分がここまで来れたのは、皆さんの応援があったからだと思います」と言っていたが、本当にその通りだと思う。87年同期はレスリング全日本学生選手権優勝の菊地毅、シューティング82㎏王者だった北原辰巳(=光騎)、そして田上明…小橋だけが何も無かったのだ。そして何も無いから人一倍頑張った。

 何度も膝を手術してリングに戻り、癌をも乗り越えた。努力すれば、頑張れば道はひらけることを体現してきた小橋。神様に祈りたい。あと一度だけ、小橋に“小橋建太の身体”を与えてほしい。プロレスラーとして完全燃焼できる機会を作ってほしい。小橋は引退試合に向かうべく、普通の生活に戻って汗を流している。

投稿者 maikai : 10:45 | コメント (2)

2012年12月04日

きっと天龍源一郎が見せてくれるもの

 12月29日、後楽園ホールにおいて1年1ヵ月ぶりに復帰戦を行う天龍源一郎。復帰戦のカードは天龍&髙山善廣&鈴木みのる&未定vs永田裕志&中西学&天山広吉&小島聡の8人タッグマッチが発表されていたが、未定だった最後のパートナーがノアの森嶋猛に決定した。

 天龍と森嶋の関係、天龍とノアの選手たちの関わりについては9日更新の週プロモバイル『サンデー・小佐ポン』で書かせてもらうとして、今、記しておきたいのは天龍の現状だ。ジムでの練習、リングを使っての練習を始めたということは漏れ聞いていて嬉しく思っていたのだが、11月半ばに手術した傷口が化膿してしまったという。2月23日と3月8日の2回に分けて腰部脊柱管狭窄症の手術を行って成功したものの、傷口が化膿して7月24日に再手術。その結果、リハビリが遅れただけに、今は激しい練習をするよりも「12月29日にリングに上がること」を第一に考えて自重している状況。これは本人にとっては辛いし、苛立つ状況だろう。リング上の黴菌を考えて復帰戦ではTシャツを着ることになるようだが、観客に体を見せられないのも天龍にとっては不本意なはず。会見では上半身裸になって背中の30センチの傷痕、筋肉が落ちていない肉体を報道陣に公開した。

「手術前からしたら、随分とよくなりましたけど、現状としては天龍源一郎のパフォーマンスを発揮するのに6割ぐらい」「テレビを観ていいたら、歌い手さんが年齢を重ねると共に違うテクニックで歌うのを覚えたと。“ああ、プロレスもこれはこれで味のある趣で見せられるものだな”という。昔の天龍源一郎を見せるのか、今の天龍源一郎を見せるのか…リングに上がらなきゃわかりませんけど、精一杯戦うことは自分の身上として、約束させていただきます」

 天龍が手術に踏み切り、1年以上も休んだのは天龍源一郎であるためであり、100%のパフォーマンスを見せられるようになるため。しかし12・29後楽園で100%を見せるのは難しいというのが現実だ。

 それでも私は確信している。天龍は100%のパフォーマンスを越えたものを見せてくれると。若さ、強さ、技術…プロレスのまつわる諸々の、その先にある本当に大事なものをきっと見せてくれると思うのだ。天龍源一郎に昔も今もない。そこにいる天龍源一郎が天龍源一郎そのものである。

「世の中には自分の居場所がなくてもがいている人もいるだろうから、俺は自分の居場所を求めて必死にやりますよ」

 12月29日、天龍源一郎を見よ!

投稿者 maikai : 10:18 | コメント (1)