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2012年06月30日

タカン&スタンの「ウイーッ!」

タカン&スタン.JPG

 昨日はサムライTVの対談番組『Versus』で髙山善廣vsスタン・ハンセンの構成を担当。ハンセンと会うのは昨年12月に小橋との対談の進行役を務めて以来だ。現役時代は取材しづらい、気難しい人だったが、引退してからは好々爺といった感じで昔の話もフランクにしてくれるようになった。

 さて、髙山は子供の頃からの大のプロレスファン。ただし、小学校の頃は土曜日夕方の全日本オンリーで金曜夜8時は『太陽にほえろ!』で新日本は観ていなかったというから、新日本時代のハンセンは田園コロシアムでのアンドレ戦がギリギリ、猪木とのNWF王座を巡る抗争はリアルタイムでは観ていないという。だが、やはり「子供の頃にファンだった!」というのは大人になってからも拭えない感情で、すでに対戦もしているのにハンセンを前にするとファン目線。私は資料的なものを用意しただけで、口を挟む必要はまったくなかった。

 ハンセンが大爆笑したのは髙山扮するタカン・ハンセンの映像。タカン・ハンセン&鈴木みのる扮するブルーザー・ミノディの超獣コンビと高木三四郎扮するテリー三四郎&菊タロー扮するジャンボ菊の激闘(?)に「こんなに笑ったのは久しぶりだ!」と大喜び。ジャンボ菊のやられた時のヒクヒクぶりや試合に巻き込まれるジョーさん(和田京平レフェリー)も大ウケだった。

 もちろん試合スタイルに関する話や恩人でもあるファンクスとのシュートな関係についてなどシリアスな話も。放映は8月予定。詳細が決定したら改めてお知らせします。

 さて、写真撮影にも気さくに協力してくれるが、絶対にウェスタン・ラリアットのポーズはしないというのが、現役を引退したハンセンのこだわり。ということで、タカン&スタンの「ウィーッ!」をお届しよう。

投稿者 maikai : 10:00 | コメント (0)

2012年06月28日

7・1両国を前に…新日本vs全日本社長対決

 昨日は新日本プロレス菅林直樹社長と全日本プロレス内田雅之社長の対談があり、スカパー東京メディアセンターへ。進行役を務めさせてもらった。この対談はサムライTV『速報!バトル☆メン』(毎日22時~23時)の明日29日(全日本特集の日)と明後日30日(新日本特集の日)の2回に分けて放送されることになっている。当然、話題は7・1両国における新日本&全日本40周年記念大会だ。

 顔を合わせた両社長の印象は…共にレスラー出身者ではなく背広組の社長ということもあってか、通じ合っているのがよくわかる。ただ会社同士はこの記念イベントを成功させるべく力を合わせてもリング上の選手たちにとっては対抗戦。謙虚なことで知られる菅林社長だが、昔の仁義なき興行戦争を繰り広げていた時代に営業で全日本と張り合ってきた人物だけに、対抗戦ということでは強気な発言が随所に。一方、コワモテのように見えて(?)実はおっとりしている内田社長も“闘い”に関しては一歩も退かなかった。

 とはいえ、ギスギスしたムードではなく、基本的にはプロレスが心底好きな社長同士の会話。「ウチの選手に怒られちゃうけど、武藤さんのファンなんですよ」(菅林)とか「新日本の選手は華があってカッコイイ!」(内田)などと、まるでファン同士の楽しい会話のようだった。恐らく放送を見たら、両社長に親近感を抱くファンは多いのではないだろうか。私自身、両社長とは同年代だけに見ている時代が一緒ということもあって、楽しい時間を過ごさせてもらった。ということで…観てください!

投稿者 maikai : 14:37 | コメント (0)

2012年06月24日

リニューアルしました!

 管理人さんのN君に頑張ってもらって、何年かぶりにこのMaikaiホームページをリニューアルしました。ハワイコールズも2年8ヵ月ぶりに更新しました! よろしかったらご覧ください。

 またトップページにはツイッターで最新活動情報を発信するようにもしました。でも、まだツイッターの使い方がよくわからん…。

 しばらくアタフタすると思いますが、これからもよろしくお願いいたします。

投稿者 maikai : 16:10 | コメント (3)

2012年06月23日

ドカ盛りの時代

 一昨日は後楽園ホールで大日本プロレス、昨日は新宿FACEでWrestling New Classic(WNC)だったが、どちらも内容テンコ盛りだった。

 まずは大日本。メインはアブドーラ・小林と沼澤邪鬼の蛍光灯444本使用デスマッチ TOKYO DEATH CITYによるデスマッチ・ヘビー級戦。何が“TOKYO DEATH CITY”というと、蛍光灯スカイツリー、東京タワー、雷門、さらにアブ小お手製の蛍光灯・東スポが用意されたのだ。「おちゃらけ」「強さが足りない」「ゆるい」と散々の言われようの小林だが、きっちりとV3。「やっぱり心が折れる瞬間っていうのがあるんですよ。それをうまく乗り越えることができました」の言葉に王者の重みを感じた。そのアブ小は昨日の夕方渡米。現地時間23日にデラウエア州タウンゼンドで開催されるCZW『第11回トーナメント・オブ・デス』に出場、1回戦で“ブルドーザー”マット・トレモントとウルトラヴァイオレント・バッツ・マッチで対戦することが決定している。昨年の大会では竹田誠志が準優勝(優勝はMasada)、アブ小は一昨年の第9回大会ではベスト4に残っているだけに今回は優勝して世界に向かって愛を叫ぶつもりだ。

 このデスマッチの前にはダブル・メインイベントの第1試合として世界ストロングヘビー級王者の佐々木義人が岡林裕二相手に防衛戦。自らの額が割れるヘッドバットの乱打からのラリアットでV2に成功した。これにより7・15札幌テイセンでは関本が義人に挑む。山川竜二の後楽園ラストマッチ(伊東竜二&山川vsシャドウWX&佐々木貴=観客凶器持ち込みタッグデスマッチ)は楽しい雰囲気から一変、シャドウWXがシビアな攻めで山川をKO。7・5新木場でこの2人はデスマッチで戦うが、シャドウWXの山川への想いが伝わってくるような攻めだった。第4試合の関本大介&大谷将司vs石川晋也&忍のストロングBJタッグマッチは、関本が忍を豪快に料理したが、その忍が弾けた。忍は7・15札幌テイセンでストロングヘビー級奪取に失敗した岡林と組んで石川修司&入江茂弘のBJWタッグ王座に挑戦することが決定した。

 その石川と宮本裕向、木高イサミがトリオを結成して竹田&星野勘九郎&稲葉雅人と激突した有刺鉄線ボード・デスマッチは、ユニオンの7・18新木場で宮本が保持するDDTエクストリーム王座に挑戦する石川が宮本に突っ掛けて仲間割れ。第2試合ではMENSテイオーの独特の世界が広がる6人タッグマッチ、オープニングではバラモン兄弟が橋本和樹&塚本拓海相手にストロングスタイルで戦って(もちろん途中まで)いきなり客席を温めてくれた。

 そして昨日のWNC。オープニングはWNCと大日本プロレスの若手による8人タッグの対抗戦。第2試合は高橋星人vsレザー・フェースの宇宙人vs怪物のシングルマッチ。第3試合では木藤拓也&清水基嗣がウルティモ・ドラゴン&リン・バイロンをクズプロに引き込もうとしたが失敗。リンの空中殺法を買うウルティモの提案で7・15後楽園でのウルティモvsリンの一騎打ちが決定した。

 注目のノアとの初接点、大原はじめvsマイバッハ谷口のハードコアマッチはテーブルの上への断崖式チョークスラム→マイバッハボムでマイバッハの勝利。試合後、マイバッハとTAJIRIが接触する場面も生まれた。「面白いことが浮かんだ」と大会終了後にTAJIRIはニヤリ。あのマイバッハをどうTAJIRI的世界に取り込もうというのか興味深い。なお、7・15後楽園ではTAJIRI&丸藤正道のコンビが実現。対戦相手がFCFのスターバック&大原はじめだから、これも注目カードだ。

 華名&朱里vs真琴&紫雷美央の女子タッグマッチでは真琴が華名から初フォールを奪ったが、とにかくギクシャク。特に朱里の弾け方次第では急展開を迎えそうだ。朱里は7・15後楽園で浜田文子との対戦が決定した。

 セミでは「今のWNCは甘い!」とするAKIRAが児玉ユースケを血祭りに。メインではTAJIRIと山川が15年ぶりにタッグを結成した。

 WNCもそれぞれのカードに意味があり、そして次に向かっての展開が生まれるから常にテンコ盛りなのだ。

 振り返ると…昔のプロレス興行の売りはメインイベントの1本だけだった。極端に言えば、他の試合はすべてメインの引き立て役で、メインさえしっかりしていればよかった。休憩前のカードは“ションベンタイム用の試合”などと言われていた。だが、ファンの価値観、楽しみ方が多様化した今は、それでは通用しない。ファンがどれを「面白い!」とチョイスするかは自由だが、オープニングからメインまですべての試合に意味合いを持たせた「これでもか!」のドカ盛りの時代と言っていいかもしれない。

投稿者 maikai : 11:18 | コメント (0)

2012年06月21日

邪道に導かれる初代・虎

 初代タイガーマスクが遂に禁断の果実に手を出してしまった。昨日は後楽園ホールでリアルジャパンプロレスの興行。メインは初代タイガーvs大仁田厚のデンジャラス・スペシャル・ランバージャック・デスマッチだった。

3・16後楽園でのタッグでの初遭遇(初代タイガー&サスケvs大仁田&矢口壹琅)では初代タイガーが矢口をタイガー・スープレックスで仕留めたが、5・11新宿FACEの大仁田興行における初代タイガー&サスケ&グラン浜田vs大仁田&矢口&保坂秀樹の有刺鉄線ボード・ストリートファイト・トルネード・エニィウェアフォール・デスマッチではルールを把握していない初代タイガーが毒霧を浴び、大仁田&矢口の合体パワーボムにピンフォール負け。大仁田は改めて電流爆破を要求し、初代タイガーは「後楽園では電流爆破は無理」として①金網②ランバージャック③ネイルの3つのデスマッチを提案。これに対する大仁田の返答が冒頭の長ったらしい名称のランバージャックだ。

 様々な言葉をトッピングした長ったらしい名称は昔から大仁田が得意とするところ。「そうすると豪華な感じがしてファンが興味を持つんだよ」というのがFMW時代からの持論だった。ルールは①双方がヘルパー選手3人を場外に配置②ヘルパー選手は敵陣地には入れないが自分の陣地内での攻撃はOK③フォール、ギブアップ、KOの完全決着戦ですべての反則が認められるというもの。

 そして勝ったのは初代タイガー。この試合形式は、ヘルパー選手がどんな形で介入するかが焦点になってしまい、結果的にゲーム性が際立ったことで大仁田本来のデスマッチの魅力には欠ける試合になってしまった。大仁田にしても初めての試合形式だっただけに策に溺れたと言ってもいいかもしれない。ただし、負けたとはいえ、また一歩、初代タイガーを追い詰めたのは事実である。

 試合後、邪道軍団でリングを占拠した大仁田。完全にリアルジャパンの会場の空気を制圧したことで試合の勝敗などは吹っ飛んでしまった。もうひとつ、初代タイガーが有刺鉄線バットを手にしてしまったことも大きい。初代タイガーはファイト・スタイルは別として、大仁田のプロ意識の高さ、お客さんを興奮させるパッションは認めている。だから当初は拒絶していたデスマッチを自ら提案してみたり、大仁田の要求を飲んだり、気付いてみれば大仁田ペースで物事は流れている。そして、とうとう初代タイガーは自ら有刺鉄線バットを持ち、大仁田を殴打し、それによって勝利してしまったのだ。恐らく冷静になった初代タイガーは後悔していることだろう。だが、もう遅い。

 大仁田は99年に長州力との電流爆破をぶち上げて、ひとりで新日本に殴り込んだ。佐々木健介に反則負け、蝶野正洋との電流爆破は両者KO、グレート・ムタとの有刺鉄線バリケードマット時限装置付き電流地雷爆破ダブルヘル・デスマッチ(この名称も長い!)はグレート・ニタとして敗戦…と、決して勝率はよくなかったが、徐々に新日本を侵食し、00年7月30日の横浜アリーナで遂に長州を電流爆破のリングに引っ張り上げた。あの大国・新日本相手に1年8ヵ月かけて悲願を達成したのだ。

その大仁田を舐めてはいけない!

投稿者 maikai : 11:56 | コメント (1)

2012年06月20日

どうして力道山はいきなり仕掛けたんですか?

Gスピ24号.jpg

 6月27日(水)発売のGスピリッツ第24号の総力特集は、58年前の1954年12月22日に東京・蔵前国技館において行われた力道山と木村政彦の日本ヘビー級王座決定戦…昭和版巌流島の決闘と呼ばれた世紀の一戦を検証している。

 昨年9月に増田俊也氏が木村政彦の生涯を綴った『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)を出版。同書は発売半年で18刷のベストセラーになり、第43回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。この本によって力道山vs木村政彦は時空を越えて再びクローズアップされた。

「プロレスラーが史上最大のセメントマッチを解説する」とは、刺激的なタイトルだとは思うが、この試合をプロレスラーの視点で分析したら、何が導き出されるのかという検証だ。

 協力してもらったのはユセフ・トルコ、ザ・グレート・カブキ、キム・ドク、藤波辰爾、ケンドー・ナガサキ、グラン浜田、大仁田厚、渕正信、初代タイガーマスク、天龍源一郎、前田日明、武藤敬司、船木誠勝、馳浩、ウルティモ・ドラゴン、鈴木みのる、ザ・グレート・サスケ、髙山善廣、望月成晃、TAJIRI、CIMA、柴田勝頼、曙、定アキラ(敬称略・キャリア順)という錚々たる人たち。

 この中で私はカブキ、藤波、大仁田、渕、天龍、前田、武藤、馳、鈴木、TAJIRI、曙の11選手を取材。試合の映像を一緒に観ながら話を聞かせてもらった。そこには力道山vs木村についてとどまらず、それぞれのレスラーのそれぞれの経験や成り立ちからくる独自のプロレス観が自然に滲み出ていることに注目してほしい。真剣にプロレスに取り組んできた人たちの言葉は…深い。

投稿者 maikai : 14:57 | コメント (3)

2012年06月18日

ブレーキの壊れたダンプカー

 昨日は後楽園ホールで全日本プロレス6月シリーズ開幕戦のGAORA中継解説。7・1両国における新日本との40周年記念興行、そして7月に開催される『ジュニア・ハイパー・リーグ戦』に向かっての様々な戦いが繰り広げられた。ジュニアの祭典に向けてSUSHIが帰国(?)し、アジア・タッグ前哨戦では大日本プロレス会長のグレート小鹿が25年ぶりに古巣・全日本のリングに上がって王者チームの関本&岡林と合体。その小鹿を曙が200キロでプレスして前哨戦を制した。

 5ヵ月ぶりの復帰戦を迎えた船木誠勝は田中稔と組んで武藤敬司&カズ・ハヤシと対戦。カズに新技・腕極め式ツームストン・ドライバーを炸裂させて快勝、永田裕志へのリベンジを改めて口にした。ちなみに試合前に武藤に話を聞いていると「いや、俺だって復帰戦なんだぜ…」とポツリ。そうそう、3・20両国で秋山準の三冠王座に挑戦して以来の試合だったのだ。武藤は武藤なりに7・1両国を睨んでいるようだ。

 世界タッグは大森隆男&征矢学のGET WILDが真田聖也&ジョー・ドーリングから奪回に成功。ただし、ワイルドさが足りない試合だった。ワイルド・ブームに火をつけたのはお笑い芸人のスギちゃんより先なのだから、ここが本当の踏ん張りどころだ。

 さて、そんな中で最も熱かったのは三冠前哨戦であり全日本vsノアとなった太陽ケア&諏訪魔vs秋山準&潮﨑豪だ。試合はケアが王者・秋山をTKOでフォールして三冠奪回にいい空気を作ったが、諏訪魔vs潮﨑が凄かった。ノアの6・3名古屋に殴り込んでいる諏訪魔は最初から暴走モード。かつて諏訪魔はジャンボ鶴田二世と呼ばれたが、今の諏訪魔はスタン・ハンセンを彷彿とさせる。そのスタイルは“ぶっ壊すプロレス”であり、イメージは、それこそ昔のハンセンのニックネーム同様に“ブレーキの壊れたダンプカー”だ。その暴走をまったく怯むことなく真正面から受け止めた潮﨑の肝っ玉とタフさも大したものだった。ソフトなイメージのある潮﨑だが、諏訪魔が新人の頃に川田利明、佐々木健介、鈴木みのるにぶっ潰されて成長してきたように、潮﨑もノア期待のヘビー級の新人として小橋建太のパートナーになってノアのトップクラス、健介、みのる、藤波辰爾、天龍源一郎らに叩きつけられて成長したのだ。

 考えてみれば2人は潮﨑が2ヵ月半先輩の04年デビュー組。諏訪魔は三冠を2回、潮﨑もGHCを2回腰に巻いており、まさに同世代のライバルである。2人の縁は点で終わるはずがない。 

 また、諏訪魔に関しては7・1両国のカードにも注目したい。本人「誰でもいいよ!」と言っているが、当然、頭にあるのは新日本の選手との対抗戦のはず。諏訪魔の団体の枠を越えた暴走は魅力的だぞ!

投稿者 maikai : 12:04 | コメント (1)

2012年06月14日

Forever M

 昨日は三沢光晴さんの命日。月日が経つのは早いもので、あの広島から3年だ。しかし、三沢光晴という存在は時間の経過に埋没することはない。後楽園ホールは大ミサワコールに包まれた。

 会場入口の横に献花台が設置され、中に入ると東側バルコニーに遺影。『スパルタンX』が流れる中で当日のカード発表が行われた。第1試合に出場した菊タローのリングシューズは三沢カラ―のグリーンを基調にしたもの。欽ちゃんキックからキリモミ式のフライング・ラリアットという三沢ムーヴもやってのけた。休憩明けには『行け!タイガーマスク』の2代目タイガーマスク時代の入場テーマ・バージョンが流された。

 セミファイナルのGHCジュニア・タッグ選手権では丸藤正道vs鈴木鼓太郎の元付き人対決が実現し、最後は鼓太郎が大健闘の石森をランニング・エルボー、ローリング・エルボーからのタイガー・ドライバーでフォール。鼓太郎のエルボーは三沢さん直伝だ。若手時代、先輩に「お前のエルボーはショッパイ!」と言われて、三沢さんに「エルボーは円運動なんだ」と直接教わったであり、30分の熱闘にピリオドを打ったタイガー・ドライバーは「お前のタイガー・ドライバーはいいなあ」と三沢さんにお墨付きを貰って使い始めた技だった。

 メインでは三沢さんの先輩で、メキシコ修行で苦楽を共にした越中詩郎が6年半ぶりのノア・マット登場。リングインするや秋山準、潮﨑豪、齋藤彰俊を指さして「ヘシ折ってやる!」のポーズ。ド演歌ファイター、サムライは相変わらず元気がいい。コーナー最上段から、エプロンから、さらには森嶋との競演でヒップアタックを爆発させて大コシナカコール発生。彰俊との平成維震軍対決も新鮮だった。さらに遡れば、越中と彰俊は新日本vs誠心会館で喧嘩抗争を繰り広げた中でもあるのだ。張り切り過ぎた越中は試合中に左足を痛めてしまったが、これが越中というプロレスラーの生き様である。

 秋山はGHCタッグ・ベルトだけでなく、三沢さんが全日本プロレス時代に新時代を築いた三冠のベルトも携えて入場。普段はPWFヘビーのベルトを巻く秋山だが、この日は三沢さんと同じくインターナショナル・ヘビーのベルトを巻いて登場した。

 全試合終了後には10カウントの弔鐘、その後に『スパルタンX』と共にかつての三沢さんの映像が。タイガー・ドライバー91、断崖タイガー・ドライバー、急角度のエメラルド・フロウジョン、花道から場外へのタイガー・スープレックスに思わずどよめきが…。

今、四天王時代のプロレスを批判する声が少なくないのも事実だ。だが、あのギリギリのプロレスは最高レベルの受け身の技術と戦う者同士の信頼感に裏打ちされたものだった。プロレスが揺らいでいた時代、彼らは大げさではなく命懸けでプロレスを守った。三沢さんの凄いところは、それを「ファンのため」とは言わずに「自分が後悔したくないから」という言葉で貫いたことだ。その後、四天王が身体をボロボロにしてしまったことで、プロレスはどうあるべきかを改めて考える風潮が生まれたが、あの時代にストーリー性や言葉に頼らないでファンを満足させ、完全決着を目指す純度の高い四天王プロレスは必然であり、必要だった。アンチ・プロレスに対する切り札でもあった。あれがなければプロレスを守ることができなかった。そのことを絶対に忘れてはならない。Forever M

投稿者 maikai : 12:21 | コメント (2)

2012年06月12日

明日の三沢さんの命日には…

 明日6月13日は三沢光晴さんの命日。その明日のBS日テレの『徳光和夫のトクセンお宝映像!』(20時~20時54分)は奇しくも“王道16文 甦るジャイアント馬場”と題した馬場さんの特集だ。

 かつての全日本プロレス中継のディレクターで、ミル・マスカラスの『スカイハイ』などのテーマ曲ブームの生みの親・梅垣進氏によると「試合はダイジェストですが、貴重なVTRもあります。竹内さんの解説も出てきます」とのこと。また、かつて付き人を務めた小橋建太が馬場さんとの秘話を語っているという。

 ジャイアント馬場、三沢光晴…明日は偉大なる故人を偲びたい。

投稿者 maikai : 11:21 | コメント (1)

2012年06月11日

田口隆祐が見せたもの

 毎年のことだが、昨日のスーパージュニア最終戦の後楽園ホールは超満員札止めで熱気ムンムンだった。バルコニーの立見のお客さんの数も半端ではなく、私がファンだった頃の70年代後半を思い出した。当時、高校生だった私は新日本プロレスのファンクラブを主宰していて観戦数も多かったから、もっぱら買うチケットは立見。バルコニーに陣取って、会報用の写真を望遠レンズで撮っていたものだ。バルコニーは立見の特等席で、人が二重三重になってしまうので、早めに行かないと前のポジションが取れなかった。そんな時代を思い出した。

 今回のジュニア戦争を勝ち抜いたのはAブロック=ロウ・キー、プリンス・デヴィット、Bブロック=PAC、田口隆祐。今年のMVPはドラゴンゲートから参戦したPACだろう。彼の難易度が高くも正確な空中殺法は本当に素晴らしかった。華やかだが、重厚さ、パワーが感じられ、決して軽業師ではないのだ。ここが重要なポイントである。

 スーパージュニアというと、どうしても怪我が心配だが、昨日の決勝トーナメントでアクシデントが発生してしまった。ロウ・キーvsデヴィットで、デヴィットが左膝を故障…試合をストップしたタイガー服部レフェリーは「膝が抜けたみたいだ」と言っていた。この状況での負傷リタイアは不運というしかない。

 ロウ・キーvs田口の優勝戦では、ロウ・キーのローリング・チョップが田口の顔面に入り、左目が大きく腫れ上がるアクシデント。あわやKO負けという状況で、本人も試合後に「戦意喪失しかけた」と言っていたが、こうしたアクシデントが起こった時にどう対処して戦うかがプロレスラーとしての真の力の見せどころであり、魂の見せどころだ。田口はこの局面で田口隆祐というプロレスラーをきっちりと見せつけてくれた。己に勝ち、試合に勝ち、タグダンスも披露した。どんな状況でもファンキーウェポンで在り続けたのだ。最終的に感動を呼び起こしたのは難しい空中技でも、派手な大技でもなく、田口の心だった。

投稿者 maikai : 10:41 | コメント (1)

2012年06月08日

『ジャイアント馬場 甦る16文キック』第2巻発売!

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 今日6月8日、小学館のDVD付きマガジン第2巻が発売になった。今号のDVDに収録されているのは、1974年12月2日、鹿児島県立体育館において馬場が日本人として初のNWA世界ヘビー級王者になったジャック・ブリスコ戦、75年12月15日、仙台・宮城県スポーツセンターにおけるジャンボ鶴田との初シングル戦の2試合だ。

 マガジン編ではブリスコ戦を菊池孝氏が、『全日本プロレス・オープン選手権大会』公式戦として実現した鶴田戦は私が解説を書いている。また『今だから明かせるスポーツ秘話 馬場さん回想録』には日本プロレス時代の馬場さんの試合を8年間実況し、全日本プロレスになってからも特別リポーターやインタビュアーとして馬場さんにマイクを向けた徳光和夫アナウンサーが登場。徳光アナを取材し、執筆しているのは週刊プロレスの馬場&全日本担当記者として活躍した市瀬英俊氏。菊池さん、市瀬君と馬場さんのDVDムックを一緒に作るというのは感慨深いものがある。

 ということで、御試聴&御一読のほど、よろしくお願いします!

投稿者 maikai : 17:01 | コメント (1)

2012年06月07日

TAKAの職人芸

 今年も新日本のスーパージュニアが盛り上がっている。10日には決勝を迎えるが、5・27開幕戦、そして昨日と15日間に3回も後楽園ホールで興行を打つのだから凄い。正直、今は後楽園を満員にするのは容易いことではないのだ。メンバーもバラエティだ。アメリカ=ロウ・キー、ブライアン・ケンドリック、ロシア=アレックス・コズロフ、メキシコ=アンヘル・デ・オロ、アイルランド=プリンス・デヴィット、イングランド=PAC、キューバ=ロッキー・ロメロと国際色も豊かで、昔の日本プロレスのワールド大リーグ戦の趣もある。

 昨日のメインはデヴィットvsPACのアイルランドvsイングランドであり、新日本vsドランゴンゲート対抗戦。PACのセコンドにはWORLD―1インターナショナルの盟友・吉野正人が付き、他にもCIMA、望月成晃らのドラゲー勢が姿を見せていた。試合は身体能力抜群の2人だけに「本当にこれを生身の人間がやっているの?」と思ってしまうような高度な攻防。ノンストップの動きの中にもメリハリがあるから、本当に目が離せない。フィニッシュとなったPACのフレーミングスタープレスの正確さは見事というしかなかった。動きっ放し、15分を越える試合で、難易度の高い空中技でミスがないというのがPACの凄いところだ。

 さて、そのメインよりも個人的に印象に残ったのは田口隆祐vsTAKAみちのくの日本人対決だ。かつては宇宙人と呼ばれた空中殺法の使い手TAKAだが、いまやすっかり組み立てとインサイドワークで勝負するレスラーになっている。それは多分、連日ハードな移動をこなし、常に自分より大きな相手と戦うというWWEでの過酷な生活から身に付けた“生きるための知恵”だろう。

昨日のTAKAは現在の空中戦&大技のジュニアの対極に位置するTAKAの面目躍如となった。田口も巧いレスラーだけに丁々発止の駆け引き。5分過ぎまで技らしい技は…実は、お互いに放ったドロップキックだけ。それでも観客を飽きさせないのは相手の攻めを切り返す巧さ、緩急の妙が両雄にあるから。中盤以降には「飛ばない」というTAKAもきっちりと宇宙人プランチャを決めてみせた。そして最後も切り返しの妙で田口をきっちりとフォール。技の無駄使いをしない、無駄な動きをしない、リスクのあることは極力やらない、それでも客を飽きさせない…そんなTAKAの職人芸を見せつけられた気がした。いや、お見事でした!

投稿者 maikai : 11:44 | コメント (1)

2012年06月06日

その歩みは26年目に突入!

天龍&健介=12年06月05日.JPG

 昨日は7月27日に後楽園ホールで開催される天龍プロジェクト第8回大会『R-2』の記者会会見。天龍にとっては、レボリューション…天龍革命をスタートさせてから26年目に突入しての初仕事だ。1987年6月4日、シリーズ中のオフの日にジャイアント馬場の承諾を得て、名古屋のシャンピアホテルで阿修羅・原と話し合って握手。全日本プロレス活性化を目指す龍原砲が誕生した。あれから25年…四半世紀もの時が経過したのである。

 その時、私は週刊ゴングの全日本プロレス担当記者だったが、新聞と違ってすべての試合に同行取材するわけではなかったから、残念ながらこの握手の瞬間を取材することはできなかった。その前日に東スポの担当記者だった柴田惣一氏から「どうやら馬場さんと天龍さんの間で話がついて、明日、天龍さんが行動を起こすはずだから来た方がいいよ」という連絡をもらったものの、会社から出張の許可が下りなかった。天龍がアクションを起こすといっても、その程度にしか思われなかったというのが当時の現実である。だが、その後は日本マットの主役になった。私は日本全国各地に出張して天龍と天龍同盟の動向を追った。

 それにしても、その頃は25年後も天龍さんを取材しているとは思わなかった。私自身も、まさかフリーになって活動しているとは当時に想像できるはずがない。それ以前の話として、25年後に週刊ゴングがなくなっているなんて想像できるはずがなかった。それが人生である。

「ジャンボの背中は見飽きたし、輪島のお守りにも疲れた。ジャンボ、輪島を本気にさせて“全日本は面白い!”って、みんなに言わせてやるよ。最終目標は全日本で光る存在になって阿修羅と2人で新日本に上がることだよ。全日本の代表として長州、藤波と闘うのが夢だね」と語った25年後、天龍は杖なしで会見場に現れた。まずは後楽園ホールを満員にすることから天龍革命を始めたように、25年後の天龍もまた12月29日の復帰に向けて杖なしで歩くことから根気よく確実に前進している。

投稿者 maikai : 12:17 | コメント (1)