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2012年02月12日

それぞれの独立記念日

 昨日は健介オフィスが07年2月11日に旗揚げしてから丸5年、団体名をダイヤモンドリング(以下、DR)に改めてのスタートの日。そのメインのリングに立ち、同じ04年デビューの鷹木信悟に勝利した中嶋勝彦は「5年経って、ようやく自立出来たかなと思います。メインを任されて、結果も出せて…やっと親孝行出来たかなと…」と涙ぐんだ。また「皆さんにとっては、アッという間の5年間かもしれないですけど、僕にとっては1年1年が凄く濃くて…」という言葉も印象的だった。

 佐々木健介がWJプロレスからフリーになったのは03年12月。そして勝彦が健介&北斗夫妻のもとに飛び込んだのは04年4月、16歳になったばかりの頃だ。勝彦が飛び込んでこなければ、健介&北斗夫妻は団体を創るという発想を持たなかったのではないかと思う。北斗がマネージャーとして付いて、身軽なフリーとして十分やっていけたはずなのだ。それが勝彦を受け入れたことで健介ファミリーとしての活動になり、05年11月には法人化して株式会社健介オフィスに。06年8月には道場が完成し、07年2月11日に後楽園ホールで健介オフィス旗揚げ戦を行った。

 勝彦が健介と共にした時間は健介オフィスができる前からの約8年間。来月3月11日に24歳の誕生日を迎える勝彦は、早生まれだから…例えるなら高校2年生になったばかりの時期から大学を卒業、社会に出て3年を迎えようとする少年~青年期を健介の傍で過ごしたことになる。大人になってからの8年はアッという間だが、この大人に成長する過程の8年は長い時間だし、濃密なはずだ。

 かつては「史上最年少の」というフレーズが使われた勝彦も今ではキャリア8年の逞しい若武者、DRの若きエースに成長した。今年の目標を「佐々木健介に勝つこと!」と高らかに宣言した勝彦。昨日のDR旗揚げ戦は勝彦にとって独立記念日だったと言っていい。

 勝彦と違う意味で“独立”の日を迎えたのは起田高志。起田は昨年7月に右頬骨を骨折して手術。選手として活動を続けるのは難しいとのことで引退を決意し、昨日のDR旗揚げ戦での引退式となった。起田は07年に健介オフィスに入門。同年2月11日の後楽園ホールにおける雑用&セコンドが初仕事だった。その1年後の08年2月11日にデビューしたが、デビュー1週間前の2月4日、ちょうど私の解説日のサムライTV『S-ARENA』に山口竜志(怪我で引退)、同日にデビューする宮原健斗と3人でスタジオにやってきたから、常に注目していた選手のひとりだ。

 志半ばでの引退だけにどう言葉をかければいいものやらと思っていたが、吹っ切れたいい顔をしていたのでホッとした。今後は青森の実家に戻って新たな仕事を始めるという。健介オフィスで培った精神力とガッツで第2の人生でも頑張ってもらいたいと思う。お疲れさまでした。

投稿者 maikai : 2012年02月12日 16:34

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