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2012年02月27日

最高だった大日本!

デスマッチ王者アブドーラ・小林に竹田誠志が挑戦するアルティメット・オープンフィンガー五寸釘デスマッチ+ストロングBJによるリーグ戦『一騎当千strong climb』の2本立て…のっけから書いてしまうが、昨日の大日本プロレス後楽園ホール大会はベストな興行だった。

『一騎当千』では、バラモンシュウが佐々木義人に勝利した瞬間にバラモン・コールが大爆発。悪態をつきまくり、やりたい放題のバラモン兄弟だが、憎めないのは滲み出る彼らの素の性格によるものか? とにかくバラモン兄弟の人気は半端ではないのだ。そして関本大介vs岡林裕二の真っ向勝負は、まさにストロング・スタイル。あの体だから力比べひとつにしても迫力があり、止まっていても絵になる。その上での躍動感溢れる攻防はプロレス本来の魅力を存分に見せてくれた。

 メインのデスマッチは説明するまでもなく、凄いもの。竹田がアブ小をジャーマンで五寸釘ボードに叩きつければ、アブ小もスリング・ブレイド、パワーボムで竹田を五寸釘ボードへ! 最後は竹田の上に五寸釘ボードを被せて、その上からダイビング・バカチンガー・エルボーを投下。16分2秒の死闘を制した。

 デスマッチと『一騎当千』は対極にあるものだ。だが、表現方法は違ってもプロレスラーの凄さをお客さんに伝えるという根っこの部分は一緒。そして戦いに真摯に取り組む姿勢も一緒。だから試合を見終わった後の満足感は変わらないし、それでいて、それぞれが独立して成立しているところが素晴らしい。どちらかが、どちらかに食われることなくきっちりと2本立てとして成り立っているのである。

 試合後、アブ小が「俺、プロレスファンなんでテレ朝とか観るんですよ。5チャンネルのチャンピオン(オカダ・カズチカ)は金の雨を降らすらしいな。でも、このリングにはお金以上のものがいくらでもあるんだよ。UFCみたいな金をかけたイベントより、こっちの方がよっぽどいいんだよ!」とアピールすると…何と「プロレス最高!」コールが発生した。アブ小の「ちょっと待て! “ダイニッポン”じゃねぇのか!?」のダメ出しでコールは大日本コールに。この反応がすべて。そう、この日の大日本は最高だった!

投稿者 maikai : 12:36 | コメント (1)

2012年02月26日

もう一回、ひとつになろうぜ

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 2月19日に被災地・宮城県の仙台サンプラザホールで開催された『ALL TOGETHER~もう一回、ひとつになろうぜ~』は全日本プロレス・スペシャルとしてGAORAでも放送される。その実況収録が昨日行われ、ゲスト解説として真田聖也、大森隆男、征矢学の3選手も参加してくれた。

 真田&征矢はかつてサムライTV『S-ARENA』に出演して“伝説のMCぶり”を発揮してくれたが(笑)、それも昔のこと。今は喋れるレスラーに変貌したのだ!

 メインで潮﨑豪、内藤哲也と組んで棚橋弘至&諏訪魔&森嶋猛と激突した真田は、独特の穏やかな口調で内藤へのライバル意識、棚橋への想い、森嶋の感触を語ってくれた。

 大森は全日本入門の同期でかつては一緒にアジア・タッグを3年間保持(12度最多防衛記録は破られていない)した秋山準との久々のコンビ結成への素直な想いを語り、小橋建太との久々の対決についても自然体で語ってくれた。ワイルドハートながらジェントルな大森の解説に注目してほしい。

“暴走キングコング”真壁刀義とワイルドなチームを結成して杉浦貴&高橋裕二郎のグレコローマン・コンビと激突した征矢は、のっけからワイルドにシャウト! 男くさい野性的な解説を楽しんでほしい。

 初回放映は3月1日(木)23:30~25:30。再放送は3月4日(日)12:00~13:55、3月6日(火)15:00~17:00となっているので、お見逃しなく!

投稿者 maikai : 11:18 | コメント (1)

2012年02月15日

谷口周平…今、変わる時

 プロレスラーはちょっとしたことがきっかけとなって大きく変わることがある。遡れば、天龍源一郎が“全日本第3の男”になったのは「日本に居てもしょうがないから、この試合を最後にまたアメリカに行こう」と思っていたビル・ロビンソンと組んでジャイアント馬場&ジャンボ鶴田のインタータッグに挑戦した試合(81年7・30後楽園)だったし、長州力はメキシコ遠征から帰ってきてもポジションが変わる兆しもなく「もう、いい加減にしてくれ」と82年10・8後楽園のリング上で藤波辰巳に噛みついたことが革命戦士としてブレイクするきっかけになった。

 昨夜のノア後楽園の谷口周平には、そんな劇的変化が生まれそうな雰囲気があった。1月ツアーでパートナーの潮﨑豪とギクシャクして遂に決別、昨日はその潮﨑と一騎打ちを行ったが、遂に覚醒したのである。

 高校、大学、自衛隊でレスリングをやって国体に3度優勝。アテネ五輪出場が叶わなかったことから05年5月にノアに入門して、同年12月24日にデビューした谷口は、ヘビー級の逸材として早くから期待されていた。素顔の谷口は真面目で礼儀正しく、性格は温厚。そして口下手だ。そんな“イイ人”がリングにも出てしまうから、なかなかブレイク出来ずにきた。ナチュラルなパワーがあるのに躊躇なのか、遠慮なのか、発揮し切れてない。先輩の顔を思い切り殴れないという感じなのだ。また、器用にプロレスをこなさなければという意識が強すぎるためか、かえってスムーズに技が出なくてファイトがワンパターンになってしまう。本当なら、もうノアのエースの一角になっていいはずなのに、伸び悩む谷口にイライラしていたファンも少なくないはずだし、昨年12・23ディファ有明で谷口をフロント・ネックロックで締め落とした杉浦は「駄馬はいつまで経っても駄馬! 競走馬にはなれない!」とバッサリと斬った。杉浦にとって谷口は自衛隊レスリング部の後輩であり、自分がノアに入れた選手。その潜在能力をわかっているだけに我慢ならなかったのだろう。

 もちろん一番ジレンマを感じていたのは谷口本人。それが昨夜、弾けた。潮﨑相手に思い切り顔を張り、レスリング仕込みの得意のグラウンドに持ち込み、チョップに対しても頑丈な身体を誇示するように表情を変えない。そしてエプロンでバックドロップ、場外ではイスの乱打。最後はイスで潮﨑を横殴りにして反則負けを宣せられたが、後楽園ホールは谷口コール。ファンは谷口の覚醒を待っていたのだ。そして発せられた言葉はNMC入り表明だった。

 NMCのボス、KENTAは「お前の本当の気持ち、本気度が知りたい。誰かに言われてやってんのか? お前が変わりたいと思ってやってんのか? 誰もお前が変われるなんて思ってないんだ。誰ひとりとしてだ。お前自身も変われるなんて思ってないんだ」と谷口を追い込んだ。

 その上で「これが最後のチャンスだ。お前は…変われる!」とNMC入りを認める熱い言葉。ウーン、KENTAの話術も大したものだ。

 NMC入りを認められた谷口はバックステージで「俺は変わって、上に行きたい」と一言だけ。口下手なんだから無理して喋らないのは正解である。

 もっともメインの丸藤・杉浦軍とNMCの4vs4(当初は丸藤&杉浦&石森vs高山&金丸&平柳の6人タッグだったが、急遽、丸藤・杉浦軍にモハメドヨネ、NMCに谷口が加わった8人タッグに変更)ではヨネにフォールされて高山、金丸に制裁される憂目に。KENTAには「お前の本気はこんなもんか? 今までのものを全部捨てて、次の後楽園(25日)で生まれ変われ!」と叱咤された。

 人間、そう簡単に変われるものではない。でも、プロレスが生きざまを見せるものならば…谷口はプロレスラーとして「人は変われる」を体現してファンにメッセージを伝えなければならない。この人生勝負、ぜひモノにしてほしい。

投稿者 maikai : 12:12 | コメント (1)

2012年02月14日

DDTオフィシャルサイトに注目!

 DDTのオフィシャルサイトでコラムを書いたので、ぜひご覧ください。

 テーマは『反体制』。今年に入って高木三四郎は社長であるにも関わらず「DDTには反体制が足りない。俺が体制を引っ繰り返してやる!」とかなり無茶なアピール。嫌がる高尾蒼馬を引っ張り込んで、強引に反体制ユニットを作ってしまった。さらに2・19後楽園では反体制の元祖・反選手会同盟を作った越中詩郎&青柳政司と合体する。これに対して体制の象徴(?)鶴見亜門GMは元ブロンド・アウトローズのヒロ斉藤を担ぎ出すという思わぬ展開に…。

 ということで、プロレスにおける反体制、選手会同盟&ブロンド・アウトローズとは何かも含めて書いています。

http://www.ddtpro.com/release/ddt/article/1329190091/

投稿者 maikai : 13:24 | コメント (0)

2012年02月12日

『突然のファイナルに向かって』再アップです!

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 2月11日にアップした『突然のファイナルに向かって』が作業上のミスで削除されてしまったので、再アップします。文章&写真は前回のままです。

 昨日は久々にサムライTV『速報!バトル☆メン』に出演。ゲストはTAJIRIだった。その4時間前にはSMASHの酒井正和代表と記者会見を行い、3月14日の後楽園ホール大会をもってTAJIRIプロデュースのSMASH終了の記者会見をやったばかり。そして私は旗揚げからSMASH中継の解説を務めさせてもらっている。何だが凄いタイミングだ。モッキー(元井美貴さん)がMCを担当する日の出演はいつもハプニング! 思えば、前回はJWPの米山香織が引退を撤回した日だった。

 さて、今回の一件だが、私はオーナーである酒井氏とプロデューサーであるTAJIRIの価値観、プロレス観にこの2年間でズレが生じ、相容れなくなってしまったとシンプルに解釈している。株式会社スマッシュは酒井氏の会社。その酒井氏と意見が合わなくなったプロデューサーのTAJIRIが去るのは当たり前のことだ。酒井氏が今後もプロレス活動を続ける意思があるならば違うプロデューサーを起用すればいい。だから酒井氏サイドからすれば今回の一件は「SMASH第1章の終了」ということになり、TAJIRIサイドからすれば「3月でTAJIRI一座のSMASHは最終回になる」という言い方になる。

 2・19TDCホール目前での発表は「今回のビッグマッチがこの2年間の流れの集大成であり、最終回」ということをファンに対して明確に提示するためだろう。この大会を成功させ、3月14日の後楽園ホールできっちりとケジメをつけるというのは酒井氏、TAJIRIに共通する想いのはずだ。

 中には「これは話題作りで、TDCでどんでん返しがあるんじゃないのか?」と斜めに見ているファンもいるだろう。ファンはいろいろな見方、感じ方をする。そうした中でTAJIRIが2・19TDCと3・14後楽園のたった2回の興行で、どうやってこの2年間のSMASHをまとめ上げるのが、それこそプロデューサーとしての腕の見せどころである。

 写真は放送終了後に撮った写真。TAJIRIの表情には暗さも悲壮感もない。ラスト2回の興行に向かって気持ちは微塵もブレていない。

投稿者 maikai : 16:41 | コメント (0)

それぞれの独立記念日

 昨日は健介オフィスが07年2月11日に旗揚げしてから丸5年、団体名をダイヤモンドリング(以下、DR)に改めてのスタートの日。そのメインのリングに立ち、同じ04年デビューの鷹木信悟に勝利した中嶋勝彦は「5年経って、ようやく自立出来たかなと思います。メインを任されて、結果も出せて…やっと親孝行出来たかなと…」と涙ぐんだ。また「皆さんにとっては、アッという間の5年間かもしれないですけど、僕にとっては1年1年が凄く濃くて…」という言葉も印象的だった。

 佐々木健介がWJプロレスからフリーになったのは03年12月。そして勝彦が健介&北斗夫妻のもとに飛び込んだのは04年4月、16歳になったばかりの頃だ。勝彦が飛び込んでこなければ、健介&北斗夫妻は団体を創るという発想を持たなかったのではないかと思う。北斗がマネージャーとして付いて、身軽なフリーとして十分やっていけたはずなのだ。それが勝彦を受け入れたことで健介ファミリーとしての活動になり、05年11月には法人化して株式会社健介オフィスに。06年8月には道場が完成し、07年2月11日に後楽園ホールで健介オフィス旗揚げ戦を行った。

 勝彦が健介と共にした時間は健介オフィスができる前からの約8年間。来月3月11日に24歳の誕生日を迎える勝彦は、早生まれだから…例えるなら高校2年生になったばかりの時期から大学を卒業、社会に出て3年を迎えようとする少年~青年期を健介の傍で過ごしたことになる。大人になってからの8年はアッという間だが、この大人に成長する過程の8年は長い時間だし、濃密なはずだ。

 かつては「史上最年少の」というフレーズが使われた勝彦も今ではキャリア8年の逞しい若武者、DRの若きエースに成長した。今年の目標を「佐々木健介に勝つこと!」と高らかに宣言した勝彦。昨日のDR旗揚げ戦は勝彦にとって独立記念日だったと言っていい。

 勝彦と違う意味で“独立”の日を迎えたのは起田高志。起田は昨年7月に右頬骨を骨折して手術。選手として活動を続けるのは難しいとのことで引退を決意し、昨日のDR旗揚げ戦での引退式となった。起田は07年に健介オフィスに入門。同年2月11日の後楽園ホールにおける雑用&セコンドが初仕事だった。その1年後の08年2月11日にデビューしたが、デビュー1週間前の2月4日、ちょうど私の解説日のサムライTV『S-ARENA』に山口竜志(怪我で引退)、同日にデビューする宮原健斗と3人でスタジオにやってきたから、常に注目していた選手のひとりだ。

 志半ばでの引退だけにどう言葉をかければいいものやらと思っていたが、吹っ切れたいい顔をしていたのでホッとした。今後は青森の実家に戻って新たな仕事を始めるという。健介オフィスで培った精神力とガッツで第2の人生でも頑張ってもらいたいと思う。お疲れさまでした。

投稿者 maikai : 16:34 | コメント (0)

2012年02月04日

熱い全日本!その中で諏訪魔は…

 昨日の全日本プロレス後楽園はお客さんの熱気が充満していた。主催者発表で超満員札止めの2150人を動員。秋山準と大森隆男の20年にも及ぶ大河ドラマと言っていい三冠戦があり、ケニー・オメガに全日本ジュニアの象徴とも言うべきカズ・ハヤシが挑戦する世界ジュニア戦の2大タイトル戦に加えて、関本&岡林vsSMOPのアジア・タッグ前哨戦に武藤敬司が参入し、初の武藤vsストロングBJが実現。さらに因縁のSOA軍vs青義軍、6年半ぶりに吉江豊が本格参戦して西村修&征矢学と無我ワールドの因縁再燃…と内容テンコ盛り。現実問題として、これで超満員にならなければ困るのだ。

 そしてファンの熱さ。私はGAORA中継の解説者として放送席に座っていたが、両隣りの鍵野アナウンサー、渕さんの声が聞き取りにくいほどの大歓声の連続。やっぱりこうでなくっちゃいけない。ノア、DDT、大日本、新日本のファンも来ていたわけだから、ファンの本気度は半端じゃなかった。

 やはりお客さんが一番熱かったのは秋山vs大森の三冠戦。1月3日に全日本に再入団した大森に対する声援の熱さは感動的ですらあった。大森は92年3月に全日本に入門してからの20年はこの日のためにあったと思ったのではないか。対する王者・秋山にはノア・ファンからの声援はあったものの、当然ながらブーイングに晒されることに。秋山はそれを楽しんでいるようでもあった。昨年12月に大森が挑戦を表明した時に秋山は「全日本所属じゃないだろ?」と言い放ち、大森は全日本再入団の道を選んでいる。秋山の言葉は嫌味ではなく、秋山本人が“全日本所属の大森”との三冠戦を望んでいたのだと思う。ここにくるまでには紆余曲折あったものの、ジャイアント馬場さんが20年前に「いずれはこ全日本を背負ってくれる」と期待した2人が全日本のリングで三冠戦を実現させたのである。

 結果は秋山の勝利。そして秋山は次の挑戦者として武藤を指名した。これもつい2年前だったら考えられなかったカードだ。

 こんな盛り上がりの中、フラストレーションを溜めている男がいる。それは諏訪魔。昨日の諏訪魔は第3試合で近藤修司&征矢匠とチーム・ディストラクションを結成して太陽ケア&真田聖也&KAIと対戦して敗れている。問題は勝敗ではなく、次代を担うべき生え抜きの選手が第3試合に甘んじているという現実。ここに諏訪魔のイライラがある。試合後に真田&KAIを「甘ちゃんのゆとり世代軍!」と言っていたが、それは危機感が感じられない真田らへの怒りに感じられた。

 ベルトはすべて他団体に渡り、世界ジュニアに挑戦したのはカズ、三冠に挑戦したのは90年代全日本の大森だった。若い世代が主役の舞台に上がれない現実に諏訪魔は危機感を抱いているのだと思う。この諏訪魔がこれからどう爆発するのか…そこにも注目しなければならない。

投稿者 maikai : 13:18 | コメント (0)

2012年02月02日

馬場さんの祥月命日

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 報告が1日遅れてしまったが、1月31日の夕刻からジャイアント馬場さんを偲ぶ宴がキャピトル東急ホテルで催された。主催者はもちろん元子さんだ。馬場さんが亡くなってから13年の月日が流れた。馬場さんの等身大のフィギュアを見上げて「そうか、この目線で馬場さんと話していたんだ…」と思い出すと、馬場さんとお付き合いさせていただいていたのは昨日のことのようで、やっぱり昔なんだなあと実感させられた。

 馬場さん、元子さんと縁ある人たちが集ったプライベートな、本当に内輪のパーティーなので、誰が参加していたとか、どんな内容だったとかは詳しく書かないが、馳浩と盛り上がったのがキャピトル東急のレストラン『オリガミ』の看板料理パーコー麺の話。馬場さんに『オリガミ』に連れて行ってもらった人は必ず食べたことがある逸品だ。簡単に説明すると、カラリと油で揚げた豚肉が乗ったラーメンということになるが、伸びにくい麺、中華とはちょっと違う西欧テーストも入ったスープ、お好みで白ネギ、青ネギ、ラー油、七味をトッピングするという中華、西欧、和がミックスされたような麺料理なのだ。献杯を任された馳センセ―は「パーコー麺の会でも何でもいいので、こうやって1年に一度、みんなで会って馬場さんを偲びましょう!」と挨拶。

 1年に1度、1月31日に会して馬場さんを偲ぶ。そのためには日々を健康に過ごしていなければいけない。馬場さんは出席者たちに「身体を大切に」と言ってくれているのかもしれない。この宴がこの先ずっと続くことを願っています。

 元子さん、お招きいただき、ありがとうございました。

投稿者 maikai : 09:59 | コメント (1)