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2011年05月30日

平井伸和選手について

 全日本プロレスは昨日の神戸大会の試合後に脳卒中で倒れ、救急車で病院に搬送されたスーパー・ヘイト選手の手術が成功したと公式発表した。

 昨日の神戸大会はGAORA中継があったため、私も現場にいた。ただし放送席に張り付きだったため、ヘイト選手が倒れたと知ったのは全試合終了後に控室に行ってからだった。

 昨日の興行の目玉のひとつは第3試合で行われたKENSOvsヘイトのウィップ・アス・ランバージャックデスマッチ。KENSOがダブル・ニードロップで勝利したが、試合中に特にヘイト選手が頭を強打するというような場面はなかった。23日の大分大会でKENSOのイスによって右側頭部を7針縫う怪我を負っているが、あくまでも外傷であって、今回の脳卒中とは関係ないとのことだ。

 後で聞いた話によると、試合後のインタビュー中に嘔吐し、その後も控室で嘔吐を繰り返して意識不明に陥り、運ばれたという。

 セミファイナルでは船木&鈴木&曙の超党派軍とTARU&ジョー&レネの6人タッグが行われたが、TARUはTARU水を持たずに入場、試合でも元気がないのが気になったが、今にして思えばヘイト選手のことで頭がいっぱいで試合が出来るような状態ではなかったのだろう。

 ヘイトこと平井伸和選手は90年7月の『SWS第1回練習生公募オーディション』に合格して天龍が道場主を務めた『レボリューション』に所属。翌91年4月25日に後楽園ホールでデビューした。昨日の地元での試合は、本人の中では20周年記念試合だった。VMの中では一番キャリアが長く、他のメンバーに「ヘイト先輩!」といじられていたが、実際には全員が敬語で接していた。

 デビュー当初、ミツ・ヒライの息子として注目されたものの、父親はレスラーになることに反対していて、親の威光を借りることなくSWSのオーディションに一般参加してレスラーになった。何年か前に昨日と同じ神戸サンボーホールにミツ・ヒライさんが訪れて「父親が初めて自分の試合を観てくれました。やっと認めてくれたのかな」と嬉しそうに話していたことを思い出す。2年前の10月にはカズの世界ジュニア・ヘビー級王座に挑戦したが、この時は体重を82キロまで落とした。

あのキャラとは裏腹に常にプラス思考で向上心を持っていたし、ガッツの男。そのガッツで必ずや回復してくれると信じている。1日も早く意識が回復することを祈っています。

投稿者 maikai : 13:40 | コメント (4)

2011年05月27日

ジュニアの季節到来!

 昨日、後楽園ホールで『ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア』が開幕した。A、B両ブロック合わせて史上最多の18選手が参加。本当にバラエティに富んだメンバーが揃った。17年前の第1回大会の参加選手は11人で、他団体から参加したのはみちのくのスペル・デルフィン、TAKAみちのく、SPWFの茂木正淑の3人だった。

 今回、17年ぶりにTAKAが出場したが、今ではプロの職人的な評価を受けているTAKAも当時はキワモノ。その年の4月に行われた『第1回スーパーJカップ』に三度笠を被って、山本譲二の『みちのくひとり旅』で入場して新日本のファンにドッとウケ、スワン・ダイブ式のプランチャで当時の現場監督の長州を「宇宙人みたいだな!」と喜ばせたことによりエントリーされた。この大会中にはスペシャルマッチとして新日本vsみちのくの8人タッグが組まれてテリー・ボーイ(現在のメンズ・テイオー)が出場したことで「遂に新日本に学生プロレスが上がった!」と話題になったものだ。今でこそ、学生プロレス出身レスラーが多いが、当時の新日本の敷居は相当高かったのである。そうしたことを考えると、時代の違いを感じる。

 で、昨日の大会だが、どの試合もレベルが高かった。勝敗はもちろん、各選手に「他の試合を食ってやる!」という意識が高いから、どれも好試合になって当然なのだ。その中にはサスケvsTAKAのかつてのみちのく対決、フジタ“Jr”ハヤトが3度目のしばき合いにして金本に初勝利…などのドラマもあった。個人的には他の試合とはまったくテイストが違ったタイチvsケニー・オメガが面白かった。タイチは全日本プロレスの出身で、私にしてみれば練習生の頃から知っている選手。まさか今みたいなキャラクターになるとは思いもよらなかったが、あの人を不快にさせる雰囲気と立ち居振る舞い、そしてケレン味たっぷりなファイトと個性は、こういう大会だと際立つ。リーグ戦を引っかきまわしてほしいと密かに期待している。頼むよ、タイチ!

投稿者 maikai : 10:51 | コメント (0)

2011年05月26日

昨日のノアには“あの時”と同じ熱が!

 昨日のノア後楽園には“これから!”を感じさせる熱があった。「あれだけ体を張っているチャンピオンが、自ら挑戦者を探している状況はヤバイ。もう、俺が獲りにいくしかない。傍観者でいたくない。今の俺の原動力は現状打破と怒り。今の会社の状況だってヤバイと思うし、現状に満足している奴ら、ナメんじゃねぇ!」と危機感いっぱいにGHC王者・杉浦への挑戦を表明した森嶋は第3試合の6人タッグで健介とド迫力の真っ向勝負をやってのけたし、続く休憩前の第4試合では秋山がジュニアの石森を『チャンピオン・カーニバル』でも出さなかった“奥の手”スターネスダストαを決めて勝利。

「休憩前のメインエベントだったし、いい流れができていたんで、その流れを壊さないように。俺もなかなか元気かな」と秋山は笑み。スターネスダストαを出したことについては「体格差に関係なく石森選手が惜しげもなく技を出してきたんで、それに応えようと」と言っていたが、そこには今後への決意表明があったのは明白だ。“その時”にいつでも出撃できるように準備を整えている前向きな秋山がそこにいた。

 休憩後は杉浦vs雅央、高山vs谷口、潮﨑vs彰俊のシングル3試合が続いた。興行的に考えるとシングルが続くのはリスクを伴うが、それを敢えてやるところにノアの試みを感じる。そして選手たちはそれに応えた。杉浦vs雅央は、雅央ののらりくらりのマサオ・ワールドを杉浦が硬派ファイトで突破するという味のある試合だったし、高山vs谷口は、谷口が必死のアタック。身体能力的には若い谷口が圧倒的に上だけに、高山は勝ったものの青息吐息という感じだった。ただ、谷口がトップに行くにはまだまだの印象。ファイトに気迫出るようになったが、あまりにも攻撃のバリエーションが少ない。いろいろなモノを持っているはずなのに単調なのだ。これを突破するにはプロレス頭を養うしかないだろう。

 潮﨑vs彰俊は、森嶋と同様にGHC挑戦をぶち上げた者同士の対決。彰俊が潮﨑の心を折るような攻めを見せた。考えてみれば、彰俊はいつも潮﨑に成長を促す立場にいる。記憶にあるのは07年6月8日の横浜文化体育館での一騎打ち。この時、彰俊は左腕を骨折していたが、欠場することなく潮﨑の前に立った。そして真正面からのファイトで勝利した。試合後、彰俊に話を聞きに行くと「休むことも考えましたけど、潮﨑は間違いなくこれからのノアを背負っていく選手。だからレスラーの魂を、身をもって伝えたかったんです」と言っていた。また、潮﨑が初めてGHC王者になった時の初防衛戦の相手も彰俊だった。昨日の彰俊は…もちろん、自らGHC王座を狙う者としてのファイトだったが、それでもその中には「これで心が折れたらダメだろう?」という潮﨑への問いかけがあったように感じられた。

 試合は潮﨑が勝利し、その直後に杉浦への挑戦を表明。そこに森嶋が割って入り、6・11ディファ有明での挑戦者決定戦が決まった。“鉄は熱いうちに打て!”だ。

 そしてメインはKENTA&金丸vs鼓太郎&青木のGHCジュニア・タッグ王座決定戦。この4人が揃ったら見応えのある試合になって当然。28分13秒の戦いは観客をまったく飽きさせなかったと思う。

「俺はヒールになりたいわけでもないし、ヒーローになりたいわけでもない。俺は少しでも多くの人にノアを観てもらいたい。それだけだよ!」のKENTAのマイクに後楽園は大歓声に包まれた。観客の声援がKENTA一辺倒ではないところがミソで、それについては「お客同士も闘えばいい」とKENTA。ある意味、会場の雰囲気はKENTAの目論み通りになっていると言える。

 今のレスラーはマスコミに対して何でも説明して答えてしまうが、KENTAのプロレス頭の優れたところは、先々について聞かれて「ちゃんと考えている。想像して、今は楽しんでほしい。(自分で)考えてほしい」と投げかけること。そういえば昔、鈴木みのるが若い記者に「何でもかんでも俺に答えを求めるな。てめぇで考えろ!」と言っていたことがあるが、それと通じる。あんまり「昔は…」とは言いたくないが、昔のレスラーとマスコミの攻防には“敢えて言わない”“敢えて聞かない”ことがあって、そこは各記者が独自に頭脳を使って記事に膨らまし、それがレスラーの感性と合っているのかどうか勝負する面があった。KENTAは今、ノアの体制、ノアの選手、ファン、そしてマスコミにまでも勝負を仕掛けているのだ。

「昔は…」のついでに書かせてもらうと、昨日の後楽園は何だか懐かしい感覚に襲われた。それは何かと考えてみたら…90年6月30日の全日本プロレスの『ワンナイト・スペシャルin後楽園』。日本人だけのわずか5試合の興行だったが、鶴田軍vs三沢軍(まだ超世代軍という名前はなかった)、川田vs小橋の一騎打ちに観客が熱狂、天龍離脱で低迷していた全日本はそこから本格的に盛り返したのだ。昨日のノア後楽園は、あの時と同じような熱があったと思う。

投稿者 maikai : 12:27 | コメント (2)

2011年05月21日

天龍とTAJIRIのバチバチ!

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 昨日のSMASHと天龍プロジェクトの記者会見は面白かった。会見前、TAJIRIに会うと「いやあ、天龍さんのオーラは凄いですね。正装した姿を見たら鳥肌が立ちましたよ!」と感激していたが、いざ会見が始まるや、天龍がやたらとTAJIRIに突っかかるような言葉を発したのだ。

「TAJIRI君、俺のことリスペクトしてないでしょ? コメントがハッスルっぽくなってるよ」に始まって「SMASHの印象? ハッスルの残党かと思っています」といった調子で、最後には「俺が出て行く分にはSMASHのカラーを天龍源一郎が変えてやろうと思ってますよ。天龍プロにSMASHの選手を上げる? 百田光雄、土方隆司、折原昌夫がSMASHの選手と大人しくやれるとはとても思えない。試合が終わった後にバカ負けするってやつですよ。天龍プロジェクトは天龍フリークのお客さんがいるから大丈夫です」と、SMASHの選手は天龍プロジェクトには必要ないと言わんばかり。

 もちろん会社同士の業務提携だから、テーブルの上ではしっかりと信頼関係を築いているが、ことリング上のこととなると天龍のスイッチは戦闘モードに。これが様々な戦いをやってきた男の手法だ。

 こうした天龍の態度にTAJIRIも「業務提携の記者会見ですけど、何だかバチバチしてきましたねえ」「(天龍カラーに)塗り替えられるなら、塗り替えてみてください」と返していた。

 今までのSMASHには何か物足りないものを感じていた。それは何かというと味であり、コクのようなもの。その意味でTAJIRIが天龍の35年の歴史の重みを取り入れたいと考えたのは正解だ。

 これから始まる天龍の歴史の重みとTAJIRIの頭脳のバチバチが何を生み出すか楽しみである。

投稿者 maikai : 17:18 | コメント (1)

2011年05月18日

永田&秋山の熱、再び!

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 5月22日(日)、サムライTVで午後11時から放映される『Versus』は永田裕志と秋山準の対談。昨日、その収録が行われ、私は進行役を務めさせてもらった。

 レスリングを通じての高校時代の出会いに始まり、中西学(秋山にとっては専修大学レスリング部の先輩)、ケンドー・カシン(秋山は大学2年の時に早稲田大学レスリング部に所属していたカシンとUSカップに出場している)といった共通する人物の話題、プロレス入りのきっかけ、秋山が馬場さんから教わった帝王学、永田が長州から教わったプロレス哲学…などなど、弁が立つ2人だけに収録はアッという間に番組枠の1時間を越えてしまった。

 永田には「中西さんの上に行けない」という想い、秋山には「四天王と同じ道を歩いたらそれ以上には行けない」という想いがあった。それが2人を結びつけ、01年に新日本とノアの壁を突破する行動につながった。殻を破るためにお互いがお互いを必要としていたのである。今、思い起こしても凄いエネルギーだったと思う。

 2人の会話を聞きながら、まだ四天王に食い込んで5強と呼ばれる以前の秋山と札幌で初めて飲んだ時のこと、まだアメリカ修行前の永田と錦糸町のお寿司屋さんで飲んだ時のことを思い出していた。希望に満ちていた若者はいつの間にか熟年世代となった。時代の移り変わりという現実の中でアンチエイジングを掲げて「俺たちにしか出来ないことがあるはず」と抗っている。その熱さは11年前に新日本とノアの懸け橋になった当時と何ら変わらない。この夏、2人は行動を起こす!

投稿者 maikai : 13:11 | コメント (0)

2011年05月13日

本日発売です!

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 全日本プロレスの電子マガジン『プロレスLIFE』第4号が本日発売となる。今号はチャンピオン・カーニバルの全激闘+ジュニア・ヘビー級タッグリーグ戦を掲載しており、永田裕志との三冠戦が正式決定した諏訪魔のインタビューも。

 私はチャンピオン・カーニバル優勝決定戦の永田vs真田聖也のリポートを担当した。永田にとっての今現在、全日本、そしてカーニバルとは何だったか? 真田の成長と今後の課題、この一戦が全日本に何をもたらしたかという視点で書かせてもらったので、ぜひご一読を! オールカラー130ページで価格は115円です。

投稿者 maikai : 12:09 | コメント (1)

2011年05月09日

鈴木みのるの真意

「プロレスで水がない人の喉をうるおすことは出来ないんですよ。プロレスやったからって亡くなった人が戻ってくるわけじゃないんですよ。食料だって、水だって…物資は必要なんですよ。それは俺だってわかっている、バカじゃないんだから。でも、俺はあの時(3月27日のディファ有明)杉浦を目の前にして言わずにいられなかったし、言わなきゃいけなかった。ネットとかで試合の話題作りみたいに書かれたりもしたけどさ、俺は言わずにいられなかったし、俺が言わなきゃいけなかったんですよ。杉浦に指名されたけど、もうタイトルマッチなんかどうでもよかったんだ。なぜかって…それは杉浦とのタイトルマッチが終わったら言うかもしれないし…。いや、一生言わないままかもしれない。それはちょっとわからないけど…」

 これはすったもんだの揚げ句、杉浦vs鈴木みのるのGHCヘビー級選手権が正式決定してしばらくした後にプライベートな会話で聞いたみのるの言葉。取材ではなく、あくまでもプライベートな会話だから、どこにも書かなかった。

 昨日の杉浦vsみのる。みのるのタイツの脇には東北の地図、SAVE TOHOKUの文字があった。試合は最後、ゲンコツでの殴り合いになり、みのるは敗れた。そして、みのるは「言い訳になっちゃうかも…」と言いながら、涙をにじませながら、胸に秘めていたことを吐き出した。

 震災があった時、みのるは全日本・石巻大会に参戦するために移動バスの中にいた。バスで一晩過ごした後、帰京することができたが、その途中で「本当は昨日のプロレスを観に行く予定だったんですけど、町がこんなになっちゃいました。でも、町は必ず僕らが元通りにするから、必ずプロレスを見せに来てください」とファンに声をかけられたのだ。家が流されて「もう、僕にはプロレスしかないんです」と言うファンもいたそうだ。そんな声を直に聞いたみのるは「俺には何の力もないけど、そういう奴がひとりでもいるなら、俺は絶対にプロレスを捨てない。待っている人がいる限り、プロレスをやろう」と心に誓ったという。だから、杉浦の後ろ向きに受け取れる発言が許せなかった。「何でお前がプロレスの力を信じないんだ!? 何で“立ち上がれ!”って言えねぇんだ!?」と叫ばずにいられなかったのだ。

 もちろん、みのるも杉浦の真意も、杉浦の主張も理解していた。だから昨日のタイトルマッチは、わだかまりを流す、和解のための殴り合いになったのだと思う。

「杉浦っていうレスラーは嫌いなレスラーじゃないんだよ。どっちかっていったら好きかもしれない。気持ちのいい奴だしね」とみのる。それでもフッと笑って「俺に勝ったぐらいでいい気になるなよ」と、らしい言葉を付け加えた。

 鈴木みのるは明日から全日本の東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティ大会に出場する――。

投稿者 maikai : 12:08 | コメント (2)

2011年05月02日

プロレスラーとして…狭山市議会議員の決意

 昨日の午後、4月29日の埼玉県狭山市議選で見事に当選した土方隆司から電話を貰った。無所属で出馬して、定数22の内の21位というギリギリ当選だったが、地道な活動が実って本当によかった。

 昨年夏に全日本プロレスを退団後、障害を持つ子供たちのための体育塾『きっずすぽーつ道場HIZZY』を主宰、プロレスラーとしても天龍プロジェクトで活動を再開していた。そんな土方から狭山市議選出馬の決意を聞いたのは1月31日、キャピトル東京ホテルにおけるジャイアント馬場さんの13回忌の時。天龍プロジェクトのIJ王者になっていたが、天龍さんからは「もし落ちたら戻ってくればいい!」と背中を押されたと言っていた。

 プロレスのメジャー団体・全日本プロレスに所属し、世界ジュニア・ヘビー級王者だったこと、知名度の高い天龍源一郎が主宰する天龍プロのIJ王者というのは32歳の新人候補にとって大きなプラスだったようだ。「全日本プロレスでチャンピオンでした、今は天龍さんの団体でチャンピオンですと言うと、関心を持って話を聞いてくれる方が多かったですね」と土方。プロレスラー人生は決して無駄ではなかったのである。実際、天龍さんは土方の応援にも駆けつけた。

「埼玉の中で狭山市は知名度が高い方ではないので、スポーツ競技の招致、商業施設の誘致などで経済を活性化させて充実した福祉、教育を目指します」と土方議員。その一方ではIJ王者としてリングに復帰するべく、練習も再開しているという。

 今回の地方統一選は土方以外にも東京で西村修が文京区議、木村健悟が品川区議、北海道では若松市政さんが芦別市議に4期連続当選と、プロレスラー候補が全員当選した。

「今の自分があるのはプロレスのお陰です。そして今後の活動によって、プロレスラーは政治の世界でも戦えるんだということを示して恩返しをしていきたいと思います」とは昨日の土方の言葉。プロレスラーはプロレスしか出来ないというのではなく、様々な形で社会貢献が出来るのだということを示してほしいと思う。当選された皆さん、頑張ってください。

投稿者 maikai : 12:06 | コメント (1)

2011年05月01日

新しい力を実感

 GW突入ということで29日はノアの後楽園、30日は全日本のディファ有明へ。前者は『グローバル・タッグリーグ戦2011』優勝戦、後者は『ジュニア・タッグリーグ戦』優勝戦が行われたが、個人的に印象に残ったのは共に“新しい力”の息吹だった。

 ノアではやはりNO MERCYを結成したKENTAの存在感がダントツ。試合前に丸藤&青木がGHCジュニア・タッグ王座を返上したところでKENTAが丸藤を急襲。観客はドン引き状態になったが、そこまでやるKENTAに固い決意を感じた。試合では金丸&平柳とのNO MERCYで反NMC軍の鼓太郎&青木&石森に反則負け。「こいつらと俺たち、どっちが面白くできると思う!? 俺たちがノアを変える。お前たち、歴史の証人になれよ!」と宣言したKENTA。改革の志士になるか、それともテロリストで終わってしまうのか…ここからがKENTAの正念場だ。

 全日本では『2011チャンピオン・カーニバル』で準優勝した真田の成長が目覚ましい。昨日の試合ではアジア・タッグ奪回に失敗して苦しみもがいている盟友の征矢と一騎打ち。正直、以前はこの2人の一騎打ちはあまり好きではなかった。2人とも大人しい性格だし、若手らしい感情むき出しの試合が出来なかったからだ。だが、昨日の試合では真田のテクニックと征矢のパワーが真っ向から火花を散らし、気迫もよく出ていた。改めて「選手は成長するんだなあ」と感じさせられた。KAIがカズ・ハヤシをアシストして自ら世界ジュニア王者・稔をフォールしてジュニア・タッグに優勝したのも全日本の今後にとって好材料。これまでは諏訪魔だけが図抜けていたが、4年前の07年春にデビューした選手たちが確実に主流になってきたことは頼もしい。

 熟年世代が相変わらず元気な一方で、確かに感じられる新しい力の息吹。その両方を楽しみたい。

投稿者 maikai : 13:25 | コメント (0)