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2010年11月29日

DDT雑感

 高木三四郎のDDT所属最後の試合ということで、昨日は久々にDDT後楽園へ。超満員札止めの1525人を動員、試合前から会場はいいムードだった。次期バラエティー班長選出試合というお楽しみはあったものの、昨日の大会は基本的にシリアス・モードだ。オープニングのアントーニオ本多&佐々木大輔の『チーム北の国から』(本人たちは強く否定!)…じゃなかったFROM THE NORTHREN COUNTRY(長い!)にGRANMAのGENTARO&ヤス・ウラノが挑戦したKO-Dタッグ選手権は実にいい試合だった。4選手全員がマニアックな人たちというのもあるが、70年代のアメリカン・プロレスのような試合に。切り返しの妙で魅せ、押さえ込みもガッチリ。ショルダースルーで沸くような展開になり、大技が飛び出したのは終盤になってから。最後はアントンがヤスの雪崩式フランケンシュタイナーを回転エビ固めに切り返しての勝利。15分以上のジックリしたファイトでオープニングからお客さんを惹きつけたのには感心した。

 メインの佐藤光留にディック東郷が挑戦したKO-D無差別級選手権もシリアスな攻防に。ここ最近の光留の充実ぶりは目を見張るものがある。本来持っている関節技と打撃技をプロレス的な動きに巧く取り込めるようになったのだ。それも光留が真摯にプロレスに取り組んできたからだと思う。彼のプロレス愛が今、いい形で開花している。そして東郷の方は一流の職人。光留の関節技に対して脇固めからクロスフェースなどyは東郷がぺディグリーからのダイビング・セントーンでベルトを奪取したが、これからも光留からは目が離せない。

 高木のDDT最終試合は矢郷良明&入江茂弘と組んでのvs天龍源一郎&折原昌夫&HARASHIMA。まだまだ天龍のコンディションは万全ではなかったが、高木にとっては天龍が持つ間合い、大人げなさから学ぶものが多かったよう。矢郷と入江にしても天龍と戦えたというのは財産になったに違いない。

 さて、これからのDDTだが、12・26後楽園ではアントンが東郷に挑戦することになった。考えてみれば、新王者になった東郷はDDT所属とはいえ、根っこは外様。挑戦するアントンもフリーの選手。アントンとタッグ王座を持つ佐々木もフリー。そして東郷に敗れた光留はパンクラスMISSION所属。上位を取っているのは生粋のDDTの選手ではないというのが現実だ。さらに高木はユニオンに移籍して国民的プロレス・ユニットNKG48を結成してユニオンを鎮圧し、本気で本隊のDDTを呑み込むぐらいの気持ちでいる。来たる2011年、DDTは一つの転換期を迎えそうだ。

投稿者 maikai : 12:42 | コメント (0)

2010年11月25日

父娘共演!

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 昨日のサムライTV『S-ARENA』のMCは天龍源一郎、そしてゲストは天龍プロジェクトの嶋田紋奈代表。そう、父娘共演が実現したのである。

 ぶっちゃけの話、昔の全日本プロレス砧道場で遊んでいた幼稚園児の頃から紋奈さんを知っているだけに、立派な女性に成長して、こうして一緒に番組に出演できたことは感慨深いものがあった。私がそうなのだから、父親の天龍さんは感慨もひとしおだったに違いない。

 さて、天龍さんのMCだが、これがなかなかのもの。VTRの後には自身の感想もきっちりと入れて進行してくれた。そしてゲストとして紋奈さんが入ってからは、お茶の間トークのよう。天龍さんが紋奈さんのことを「あーちゃん」と呼んでいることもバレてしまったし、紋奈さんがどれだけ天龍さんを父親として、プロレスラーとして尊敬しているかが視聴者に伝わったはずだ。そして、もちろん天龍さんの家族への愛情の深さも…。

 かつて週刊ゴングで『THE 天龍』という増刊号を作った。ひとつの企画として天龍さんを囲んで竹内宏介、菊池孝、門馬忠雄、スポーツライターの二宮清純の各氏、そして私で座談会をやったが、その時に天龍さんは「少なくとも、毎日、一緒に生活している家族が誇りを持ってくれるような、そんな人生を俺は送りたいね」と言っていた。紋奈さんが5歳の頃だった。それから22年…天龍さんは3度目の成人式を迎え、奥さんのまき代さん、大人になった紋奈さんのバックアップを受けてプロレス活動を続けている。本当に素晴らしい人生だ。

 私はプロレスラー、天龍源一郎の全盛期から取材する機会を得たことは財産だと思っているが、それと同時に仕事を超えて人間・嶋田源一郎、その家族の人たちとずっと関わりを持てたことを幸せに思う。

投稿者 maikai : 12:45 | コメント (3)

2010年11月18日

SMASH集結!

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 昨日もまたまたサムライTV『S-ARENA』に出演。KUSHIDAがMC初体験、そして11・22JCBホールに向けてTAJIRI、小路、AKIRA、朱里、リン・バイロン、児玉ユースケとSMASH勢が勢揃いして番組をジャックした。

 MCのKUSHIDAは「やるからにはちゃんとやらないと気が済まないんですよ! MCだから他の選手とは一線を引いて…」とメガネをかけ、まるで久米宏か古館伊知郎ばり。「SMASH所属選手…これ、噛んじゃいますよね」と本番前から台本を繰り返し読んで気合十分。朱里がダンスを披露し、KUSHIDAのツッコミに小路がいい味を出してボケるなど、いい感じで番組は進行した。若いKUSHIDAが大先輩の小路に平気でツッコミを入れられる空気があるのがSMASHのいいところだ。年齢もキャリアも経歴を全然違うSMASHの選手たちだが、本当に一丸となってJCBホールを成功させようとしている。それがいい空気を作り出し、大きなエネルギーになっていることを感じた。「感動だよ、人生は!」がSMASHのキーワードだが、きっとJCBホールでは、この選手一丸となったエネルギーが何かを生み出してくれると思う。ファンの人たちにはそれを体感してもらいたい。

 で、MCのKUSHIDAはサムライTVのスタッフも感心するほどの出来栄え。ナマ番組だから、普通は残り1分を切ったあたりから慌ててしまうものだが、KUSHIDAは残り20秒で「TAJIRIさん、メッセージを」と振り、TAJIRIがきっちり20秒でまとめ上げて番組終了。師弟の呼吸は完璧だった。選手の皆さん、御苦労さまでした。あとはJCBホールのリングでこれまでの9大会で培ったものを思う存分、表現してください!

投稿者 maikai : 12:55 | コメント (1)

2010年11月16日

マッチョ・ドラゴン!

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 昨日のサムライTV『S-ARENA』には、藤波辰爾…ではなく、ユリオカ超特Qさんがゲストに来てくれた。ユリオカさんにはかつて週刊ゴング、Gスピリッツでお世話になっている。お会いするのは昨年6月10日の全日本プロレスの武藤祭(武藤敬司&神奈月vs西村修&ニセ藤波辰爾=ユリオカさん&ニセ猪木=グラップラーたかし)以来。

 昨日はケンドー・コバヤシさんと共著で双葉社から出版する『僕たち、プロレスの味方です』の宣伝のためにやってきた。1980年に村松友視さんが出した『私、プロレスの味方です』とカブるタイトルだが、村松さんの了解を取ったという。打合せでは藤波として本を紹介することになっていたが「いやあ、藤波さんでやると、何を言っているかわからないだろうし、肝心なことを伝えられそうもないので…」と、本の紹介部分はユリオカさんとしてやっていただいたが、それ以外は完全に藤波モード。

 番組のエンディングで、飛龍革命(88年4月22日、沖縄奥武山体育館)での猪木との伝説のやりとり…猪木が「やれるか、ホントに。お前、エーッ!」と藤波の頬を張るや、その何倍もの力で張り手を返した後の藤波の「○×△※!」(何を叫んだのか、未だに誰も解明できない)を「モイスチャーミルク配合です!」と見事に再現してくれたのには感動した。本当に何度見てもオモシロイ!

 ということで『僕たち、プロレスの味方です』をよろしく!

投稿者 maikai : 11:55 | コメント (1)

2010年11月09日

谷津さんとの再会

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 昨日のサムライTV『S-ARENA』のゲストは11月30日に新宿FACEで引退する谷津嘉章。谷津さんと会うのはWJのゴタゴタ以来だから約6年ぶりだった。懐かしかったし、嬉しかった。

 振り返ると谷津さんとはいろいろなことがあった。92年5月のSWS分裂騒動では、あの温厚な谷津さんが私を“敵を見る冷たい目”で見つめていた。今、細かいことを書いてもしょうがないが、天龍さんを支持する私は、谷津さんにとって完全に敵だったのだ。だが、SWSが崩壊して何ヵ月かした後、ジョージ&俊二(拳磁)の高野兄弟が設立したPWCの事務所で再会した時には、昔の気さくな谷津さんに戻っていた。

 長いお付き合いの中ではギクシャクしたこともあったが、80年10月の谷津さんの新日本入団記者会見も取材しているし、その後、維新軍団、ジャパン・プロレスに転じてからの鶴龍コンビvs長州&谷津、ジャパン分裂後に全日本に残った谷津さん、龍原砲vs五輪コンビ、そしてもちろんSWS…と、いろいろな思い出がある。プロでありながら、全日本アマチュア選手権に出場して優勝したこと、右足を骨折しながらもブロディと戦ったインター戦などなど、番組中に記憶が次々と甦ってきた。番組終了後、谷津さんの方から「今日はありがとう」と握手の手を差し出してくれた。こうした機会を作ってくれたサムライTVのスタッフには本当に感謝している。

P.S.プロレス雑誌のバックナンバーを豊富に取り揃えている店はないかという問い合わせがありましたが、ちょっとわからないです。私の場合、ファン時代にはよく神田神保町の古本屋を巡っていましたが…。

投稿者 maikai : 13:16 | コメント (4)

2010年11月08日

ジョー樋口さん、永眠

 本日午前5時38分、ジョー樋口さんが肺腺がんのため亡くなった。81歳だった。ジョーさんはGHCタイトル管理委員長として8月28日の後楽園ホールにおける金本浩二&タイガーマスクvs金丸義信&平柳玄藩のGHCジュニア・ヘビー級タッグ選手権までリングに立っていたが、それ以後は永源さんがタイトル管理委員として代理を務めていたので、この夏の異常な暑さで体調を崩されたのかなと少し心配はしていたが、まさか悲報を聞くことになるとは…。

 私にとってジョーさんは子供の頃にテレビで観ていた人だった。それがこの業界に入り、84年春に週刊ゴングの全日本担当記者になったことで、お付き合いさせてもらえるようになった。今から26年も前のことだが、当時すでに日本マット界の重鎮だったにもかかわらず、20代の若造記者の私に、ベテランの記者の方たちと分け隔てなく接してくれる優しい人だった。「昔のマスカラスはプライドが高くて参ったもんだったよ」とか「フリッツ(エリック)のオヤジは親分肌のいい人なんだ。本当は全日本に参加せずにフリッツのところに行くつもりだったんだよ」など、興味深い話をいろいろと聞かせていただいた。

 昔は私もリングサイドで写真を撮っていたが、その時に巧いレフェリーは観客やカメラマンの邪魔にならないように動いていることを知ったし、もう50代後半だったジョーさんが朝からモリモリとステーキを食べているのを見て「やっぱりアメリカンな人は違うなあ」と思ったものだ。ジョーさんはハワイの日系人のような雰囲気を持った人だった。全日本のグアム合宿の時に一緒にドッグレースに行ったのも懐かしい思い出である。

 仕事としては昨年2回、インタビューさせていただいた。メモを見ると2月15日にGスピリッツの取材。この時は1956年10月に行われた日本プロレス、山口道場、アジア・プロレス、東亜プロレスの4団体で行われた『ウェイト別日本選手権』についてのインタビューだった。ジョーさんは山口道場代表として日本ライトヘビー級王座決定トーナメントに出場し、決勝で後に国際プロレス代表となる吉原功に敗れている。予選は非公開だったこの伝説の大会についてお伺いすると同時にジョーさんがプロレス入りした動機など、貴重な話を聞かせていただいた。2回目の取材は9月10日。Numberの三沢光晴追悼号の取材で、この時は『社長としての三沢光晴』について伺っている。振り返ると日本マットの歴史そのもののようなジョーさんの証言をわずかでも世の中に出すことができたのは光栄だし、少しはジョーさんに恩返しが出来たのではないかと思いたい。

 会場に行くと売店の横に座って、いつもニコニコしていたジョーさん。ジョーさん、菊池孝さん、門馬忠雄さんに囲まれて喋っていると、皆さんに甘えていた新米時代に戻ったようで、何だかホッとするというか、心が和んだものだった。

 今は正直、言葉が見つかりません。ご冥福をお祈りいたします。

投稿者 maikai : 17:22 | コメント (4)

2010年11月07日

公式本ドラゴンゲート・ブック

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 現在発売中のドラゴンゲートのオフィシャルブック、その名も『ドラゴンゲート・ブック』(辰巳出版=1500円)に私も原稿を書いている。

 私の取材はYAMATOへのインタビュー。私とYAMATOはイメージ的に結びつかないかもしれないが、以前から興味をそそられる選手だった。飛び技はやらない、ギャラリア以外には特にユニークなオリジナル技もなく、関節技主体の地味なスタイルだ。その地味さがドラゴンゲートという団体の中では逆に際立つ個性になっている。経歴を見てもプロレス入り前は総合格闘技の和術慧舟會に所属してパンクラスの試合にも出場しているのに、まったく真逆なドラゴンゲートの門を叩いた。そしてキャリア3年8ヵ月の史上最短でオープン・ザ・ドリームゲート王者になっている。私にとっては何から何まで不思議なレスラーだったのだ。

 ということで素顔の小野寺正人、レスラーのYAMATOの両面に迫った取材は実に2時間を越えた。正直、話は凄く面白かった。この故郷・一関での特写を織り交ぜたインタビューはドラゴンゲートに興味がない人にもぜひ読んでもらいたいと思う。

 その他、吉野正人&土井成樹の10年物語、鷹木信悟のルーツ、B×Bハルクの鷹木への本音、堀口元気のGamma邸訪問、斎藤了&玉岡金太の同期対談、望月成晃のもっちぃ散歩、岩佐拓の近況、神田裕之&谷嵜なおきのTATOO特写、PACインタビュー、横須賀享の着こなし術、独り飲みを愛するKAGETORAの自慢のお店、そしてCIMA&エレニ夫人&長女ステラちゃんを特写&インタビューした幸せのカタチ…などなど、楽しい内容になっている。ドラゲーの公式本だから従来のプロレス本とはまったくテイストが違う。こういうのもアリだ!

投稿者 maikai : 10:18 | コメント (3)

2010年11月05日

TAJIRIのプロレス頭2番勝負

 昨日は11月9日深夜12時から放映されるサムライTVの対談番組『Versus』の構成&進行の仕事をしてきた。今回はTAJIRIvs高木三四郎、TAJIRIvsさくらえみの2本立て。いわゆるプロレス頭を持った者同士の対談だけに、こちらも常に脳みそをフル稼働しなければならなかった。

 まずはTAJIRIvs高木から。この2人の話は通常の『Versus』とは違ってレスラー同士と言うよりも、プロデューサー同士の会話。DDTがなぜ成功したのか、どうやってファンに発信するか、プロデュースすることの難しさ…などなど、舞台裏の話で盛り上がった。2人の共通するレスラーの着眼点はキャラクターであり、共に江戸川乱歩の世界観を持っていることなど、興味深い話が次々に飛び出した。そしてSMASHの11・22JCBホールに出場する矢郷良明の取り扱い方も…。TAJIRIいわく「プロレスラーと話をしている感じではなかったですね」。

 次はさくらえみの登場。TAJIRIとさくらはIWAジャパンで苦楽を共にした仲で、当時の思い出話は笑えるものばかり。今や婚活に励むさくらだが、当時はモテモテだった!? 話題がプロレスになると、2人の会話そのものがプロレス。さくらの11・22JCBホール出場問題もあるだけに、会話の中にも丁々発止の駆け引きが。それは餌を撒きつつ、自分のペースに持っていこうとする職人同士のプロレスのよう。それも、あのTAJIRIがいつしか“さくらワールド”に引きずり込まれるのが面白かった。とりあえず、さくらの出場の前に決定したのはJCBホールでアイスリボンの選手たちがパンフレットの売り子をやることだ。

 これ以上書くとネタバレになってしまうので、あとは放映を観て下さい!

投稿者 maikai : 11:38 | コメント (0)

2010年11月04日

今を生きる覚悟

 今日は昼過ぎからスカパーのスタジオでサムライTVの対談番組『Versus』の収録、その後に私用を済ませてさっき帰宅したばかり。『Versus』については明日、書くとして…今日は、昨日の午後3時から行われた天龍プロジェクトの記者会見について。

 今年最後の天龍プロジェクト興行は12月14日の新宿FACE。前回の9・29新宿FACEは左膝の負傷で欠場した天龍が復活する。天龍のカードはセミファイナルの天龍&豊田真奈美vs初代タイガーマスク&堀田祐美子のミックストマッチに決定した。

 昨日の記者会見はファン・イベントに先がけての公開会見の形式を取っていたからファンも質問が出来る。「両国(8月15日)で膝を負傷しましたけど、回復具合はどうなんですか?」という質問が飛んだ。それに対して天龍は素直に答えた。

「あの時からさらに悪くなって、今は両国の時ぐらいになっています。ベンチプレスも上がるし、この膝だけが動かない。休んだからといって膝が元に戻るわけではないし、それだったら試合に出ようと。開き直っているわけではないですけど、今のありのままの自分を見てもらえばいいと思っています」

 録音していたわけではないから正確ではないが、こういう主旨の返答をした。これは凄い言葉である。実際、天龍本人にしてみれば「この膝さえ動けば、あれも出来るし、これも出来るのに…」という歯痒い気持ちがあるはずだが、それを呑み込んで“今現在”をお客さんに提供しようとしている。そういえば、私は天龍プロジェクトの8・25大会のテレビ解説で、左膝が動かなくなって集中攻撃を浴びる天龍に対して「頑張れ!」という角度ではなく「出来ないなら、やられる姿をお客さんに見せるしかありません」という感じの突き放したコメントをした記憶があるが、天龍は今、その覚悟を持ってリングに上がっているのだと思う。

 プロレスはリング上で、自分の体で生きざまを表現してお客さんに見せる仕事。今の天龍は過去の自分に拍手をもらうのではなく“出来ない自分が何を出来るか”を見せて、お客さんの判断を仰ごうというのだ。もしかしたら醜態をさらしてしまうかもしれないリスクも承知の上。「ぶざまな姿は見せないでくれ」と言う人もいるだろうが、あくまでも今を生きようとしているのである。

 左膝を怪我してから、天龍は我々マスコミに対して憂鬱そうな顔や苛立ちを一度も見せたことがない。泰然自若としていて、常に前向きな話をしている。それも凄いことだと思う。

過去でもなく、先の未来でもなく、今現在の自分を見つめ、今現在を生きる天龍にぜひ注目してほしい。そこには3度目の成人式を迎えた男のブレることのない生きざまがあるのだ。

投稿者 maikai : 19:59 | コメント (2)

2010年11月01日

プロレスの哲人

 11月3日(水)の深夜12時からサムライTVで『プロレスの哲人~ゴールデンタイムトーク~』が放映される。進行役を東京03の豊本明長さんが務め、GKこと金澤克彦、前週刊プロレス編集長の佐久間一彦、サスケソムリエの鈴木健、フリーライターの紅一点・佐々木亜希、東スポの高木圭介の各氏、そして私が哲人として登場して逸話を披露するというもの。そして解説兼審査員はプロレス・マスコミ界の重鎮・菊地孝さん。菊地さんが哲人の名前が書かれたカードをシャッフルして、選ばれた人間が持ちネタを披露、そこに他の哲人が突っ込みを入れたりした後に菊地さんが伝説入りか、不合格を判断するという結構シビアな番組なのだ。

 正直、逸話といっても難しい。お笑い系の話がいいのか、泣ける話がいいのか…。いきなり辛気臭い話を持ってきても視聴者は引いちゃうんじゃないかとか、いろいろと考えた。それに喋る人間はカードによって決まるから、下手をすれば一度も話さないまま番組が終わってしまうかもしれないし、何回も当たってしまう可能性だってある。

 いざ本番になるや、哲人たちの話は引き出しがそれぞれ違うだけに本当に面白く、収録時間を軽くオーバー。一体、どう編集されるのか楽しみだ。で、私はどうだったかって? ああ、菊地さんが不合格の札を…。あとは番組を観てのお楽しみ!

投稿者 maikai : 12:59 | コメント (1)