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2010年08月30日

全日本を背負うべき者

 44分24秒。昨日の両国における鈴木みのると諏訪魔の三冠ヘビー級選手権は死闘だった。全日本の今後がかかる一戦だった。昨日のこの一戦がコケていたら、全日本はヤバかった。武藤の欠場以来、ハッキリ言って全日本の観客動員数はよくない。それでも武藤は他団体の力を借りずに超党派軍vs新世代軍という現在の図式に託した。これに応え、先につなげるには、昨日の三冠戦は勝敗の行方と同時に内容が求められていたのだ。そして出来得れば諏訪魔が王座を奪取するのが理想だった。今の全日本にとって、諏訪魔は“最後の希望”だった。

 図式的には世代闘争になるが、「俺の時代だ!」と豪語する鈴木みのるもまた時代と戦っていた。「今の全日本に必要なのは鶴龍、四天王、武藤も含めて過去に勝つこと。過去最高、史上最高が現在じゃないといけない」というのが現王者としての鈴木の心意気。「俺のおもちゃ」と言って、ベルトを乱暴に扱うのはあくまでも挑発行為で、鈴木も三冠王座の重み、全日本の歴史の重みを実感し、それを乗り越えるために戦っていたのである。そして諏訪魔は全日本の過去の歴史を背負った上で新しい全日本を目指す“諏訪魔革命”をぶち上げていた。考え方や表現方法は違っても、共に歴史、過去と戦っていたのは確かだ。


 結果は諏訪魔の勝ち。肝心の試合内容は、この2人だから、いわゆる最近の名勝負と呼ばれる試合のような複雑なハイスパートがあったり、リズムのいい攻防戦ではなかったが、魂のこもったゴツゴツ感のある激闘だった。正直、私的には好きな試合だ。

 この試合をリングサイドからテレビ解説していて、過去の全日本とオーバーラップした。何があっても意地になってカウント2で跳ね返し、最後は魂だけをぶつけ合うような2人に過去の鶴龍対決を感じたし、諏訪魔のフィニッシュのバックドロップ・ホールドでは90年4・19横浜文化体育館の最後の鶴龍対決が甦った。新世代軍に肩車される諏訪魔が、あのジャンボ鶴田を初めて攻略した時の90年6・8日本武道館の三沢光晴に見えた。

 諏訪魔はジャイアント馬場も、鶴龍も、四天王も知らない武藤・全日本の生え抜きの選手。しかし子供の頃から全日本プロレスのファンで、VM時代には移動バスの中で70年代からの全日本のビデオを観て、その歴史を頭に叩き込んだ。自然と全日本というものが体と頭に刷り込まれているのである。思わず過去がオーバーラップしてしまったのも、諏訪魔の中に全日本のDNAが自然に組み込まれていたからだろう。

 昨日の試合を観て思ったのは、やはり諏訪魔は全日本を背負うべき男だということ。現実問題として、諏訪魔はまだまだ発展途上の段階だが「これからベルトと一緒に新しい全日本プロレスを創っていく」「これから、このベルトの権威を取り戻す、一生かけて」の決意通りに、懐が深くて、強くて、スケールの大きなプロレスラーに成長し、全日本の歴史を受け継ぎつつ、新時代を切り開いてくれることを願う。

 この2年間の試行錯誤があったから、昨日があった。諏訪魔、おめでとう! これからに期待しています。

投稿者 maikai : 11:19 | コメント (3)

2010年08月29日

山本小鉄さん急逝

 新日本プロレスの山本小鉄さんが8月28日午前6時42分に亡くなられた。

 今日、私は全日本プロレス両国大会のPPV解説に備えて午前10時まで爆睡していた。起きて携帯を見ると午前9時過ぎにある関係者から着信が。また、10時半前にもある関係者から電話があり、小鉄さんの悲報を知らされた。その時点では新日本の公式ホームページに出ていなかったため、書くことを控えていたが、公式発表になったということで、今パソコンの前に座っている。

 小鉄さんはとてもファンを大事にする人だった。私は新日本ファンクラブ『炎のファイター』を主宰していた高校時代に随分とお世話になった。

 80年4月4日に現役を引退。私たちファンクラブのメンバーは小鉄さんを労うべく、翌5日に東京・水道橋のアイウエオ会館で『山本小鉄を囲む会』というイベントを開催した。当時の私たちは純粋に「ファンの手による引退式を!」ということで企画したわけだが、普通だったら引退翌日は家族と過ごしたいはず。それでも小鉄さんは私たちの勝手な気持ちを受け入れてくれて、快く会の開催をOKしてくれ、ゼスチャーゲームなどのアトラクションにも積極的に参加してくれた。無声の引退試合の8ミリを上映したところ、まだ若手のアナウンサーだった古館伊知郎氏が「僕に喋らせてください!」と、マイクに駆け寄って、その場で名調子の実況を聞かせてくれたのもいい思い出だ。

 私はゴングに入ってから新日本担当記者に一度もなったことがないので、小鉄さんを取材させていただく機会は本当に数えるほどしかなかったが、それでも会場で顔を合わせると「元気にしてるの?」と変わらず笑顔で話しかけてくれたものだ。

 昨年12月のスーパーJカップで男色ディーノに激怒した小鉄さん。ストロングスタイルを守り通そうとする頑固な姿勢を見て「ああ、やっぱり小鉄はいつまでも小鉄さんなんだ」と嬉しくなった。山本小鉄は昭和ストロングスタイルの最後の砦だった。

 思えば1年前の8月30日の両国で小鉄さんと同じ解説席に座り、一緒に喋る機会に恵まれた。武藤&船木vs蝶野&鈴木のゲスト解説者として小鉄さんが参加してくれたのである。今となってはかけがいのない思い出である。今日も私は両国で解説。現役引退後、真摯に解説の仕事に取り組んだ小鉄さんに怒られないように一生懸命、喋ります。

 山本小鉄さん、プロレスの厳しさを教えていただいたこと、お世話になったことを忘れません。安らかにお休みください。

投稿者 maikai : 12:23 | コメント (4)

2010年08月28日

元祖・闘魂の語り部

猪木増刊表紙_1.jpg

 9月8日(水)にGスピリッツの『SPECIAL EDITION VOL.1』としてアントニオ猪木増刊号が発売される。この中で私は舟橋慶一氏に取材した。

 多分、闘魂の語り部として誰もがパッと頭に思い浮かべるのは古館伊知郎アナウンサーと解説者・山本小鉄のコンビではないかと思う。この名コンビの実況解説はテレビ朝日『ワールドプロレスリング』を通じてプロレスファンを文字通り“闘いのワンダーランド”へと誘った。

 だが、元祖・闘魂の語り部は舟橋慶一アナウンサーと東京スポーツ新聞社・櫻井康雄氏のコンビ。舟橋アナはテレビ朝日がNETテレビだった1969年7月2日から毎週水曜日夜9時(70年4月6日から月曜日夜8時の生中継に変更)放映としてスタートさせた日本プロレス中継番組『ワールドプロレスリング』の実況アナウンサーになって“若獅子”と呼ばれた時代の猪木を喋り、73年4月6日からは新日本プロレス中継番組『ワールドプロレスリング』のメイン・アナウンサーとして“燃える闘魂”から“世界の猪木”に飛躍する姿を実況した。

 私が子供の頃はビデオが一般家庭に普及していない時代だったから猪木&坂口vsゴッチ&テーズの世界最強タッグ戦、猪木vsストロング小林、猪木vs大木金太郎などの実況を録音して「古代パンクラチオンの時代より人々は強い者への憧憬を深めてまいりました」などの舟橋アナの名調子に心を躍らせたものだ。

 ファン時代にタイムスリップしたような感覚でお会いした舟橋氏は、あの実況当時と変わらず、その喋りは迫力満点。舟橋氏の名調子から繰り出されるリングサイドから見続けたリング上の猪木、リング外の素顔の猪木、そして猪木イズムを堪能していただきたい。

投稿者 maikai : 11:59 | コメント (2)

2010年08月26日

今現在の天龍源一郎

 昨日の新宿FACEにおける天龍プロジェクト興行のウリは天龍が金髪になったこと。「8月はいろいろな団体の興行がある中で、ウチの売り物が俺の金髪だけというのは情けないな」と苦笑いしていたが、まんざらではない様子で、月曜日のサムライTV『S-ARENA』では金髪に染める様子をVTRで流したが、結構ノリノリだった。

「お客さんにプラスアルファのお土産をつけて帰す」というのが天龍革命時代からのポリシー。ただし、本人としてはコンディションが万全ではなかったことは内心、忸怩たる思いだったろう。

 新日本の8・15両国で痛めた膝はかなり深刻だった。正直、歩くのも辛かったに違いない。だが、周囲にはまったく不安を感じさせずにリングに上がった。猪木さんは「ベスト・コンディションでなければ、お客さんに失礼になるから休め」と言う人だが、天龍の師匠の馬場さんは「看板レスラーはどんなことがあっても休んじゃいけない。コーナーに立っているだけでもいいから試合に出ろ」という考え方の人。その教えが体に染み込んでいるのである。

 だが、コーナーに立っているだけでは、それこそ金髪だけがウリになってしまう。当然、天龍は試合に参加した。そして金村、黒田、NOSAWA論外に膝をメッタ打ちにされてしまった。ここで相手に手心を加えられてしまったら、天龍源一郎は天龍源一郎でなくなってしまう。やられるのを覚悟の上での試合だったから、天龍にとって容赦ない攻めは納得だったはずだ。足が動かないから体を浴びせかけるようなショートレンジのラリアットで何とか黒田を仕留めたのはレスラーとしての意地。

 ファンが喜ぶなら金髪にし、ありのままの自分をさらけ出してリングに上がって試合をする。天龍はギリギリのラインで今を生きている。

投稿者 maikai : 10:38 | コメント (1)

2010年08月23日

秋山準の終わりと始まり

 昨日の有明コロシアムはノアの創立10周年記念ビッグ・イベントのファイナル。トリを飾ったのは杉浦貴に秋山準が挑戦したGHCヘビー級タイトルマッチだった。10年前、ノアが旗揚げした時に主役に躍り出た秋山と現在の主役の杉浦の激突は、ノアのこれまでの10年の確認作業であると同時に未来を見据えた世代闘争。ファイナルにふさわしいカードである。

 試合前、偶然、通路で秋山と会った。いろいろな意味を込めて「期待しているよ!」と声を掛けると「頑張りますよ」と微笑。それは気負いもなく、自然体の穏やかな笑顔だった。

 さて試合だが、改めて今の杉浦の充実ぶりを感じさせるものだった。序盤に杉浦が場外で放ったネック・スクリューが勝負を決めていたと思う。秋山のセコンドの青木の慌てぶりは尋常ではなかったし、ここからの秋山は本当に気力だけで戦っていた。だが、今の杉浦は気力だけで何とかなる相手ではない。もちろん秋山も頑張ったが、終わってみれば杉浦の強さが際立った試合だと言っていいのではないかと思う。

 きっちりと“今”を守った杉浦に対して、敗れた秋山のコメントは印象深いものだった。

「強かった、ホントに。今までは全日本を少し引きずっていたかもしれないけど、杉浦はノアから始まった人間だから、これからが本当のノアだと思う。それを杉浦中心に作り上げてほしい。俺は三沢さんの40代でチャンピオンになった(44歳6ヵ月)っていう記録があるから、それを目標にしますよ。“10年前の俺”と言っていたことが負けですね。新しいものを作り上げていく気持ちがないと勝てない。最後は応援してくれる人たちのために戦いますよ。“杉浦より弱い”と感じているからコールしてくれると思うんで、それを逆にしないとね」

 秋山は時代がとっくに変わっていることを感じている。でも「ハイ、どうぞ!」と道を簡単に譲る気はない。「すぐに上に来た人間は長続きしないと思う。なるべく上から潰して潰してやった方がシチュエーションも面白いし、その本人も長続きすると思う」がかつての口癖の秋山だっただけに、現状をしっかりと見つめつつも、今後もノアの未来のために下の世代の壁であり続けようとするだろうし、一レスラーとしても再びイチからGHCを目指すだろう。昨日の有明コロシアムはノアが新しい時代に突入すると同時に、秋山にとっても新たなステージの始まりになったはずだ。

投稿者 maikai : 10:11 | コメント (1)

2010年08月18日

世代を越えた全日本プロレス愛

 昨日は23日(日)午後11時~0時に放映されるサムライTV『Versus』の収録。天龍源一郎と諏訪魔の対談の影の声(進行役)を務めた。

 天龍が全日本を退団したのは03年6月で、諏訪魔が全日本に入団したのは04年3月だからほとんど接点はなく、一昨年の3・1両国に天龍がドリー・ファンク・ジュニアの引退試合の相手として参戦した時に控室で挨拶を交わした程度。考えてみれば諏訪魔はジャイアント馬場も鶴龍も、四天王も知らない武藤・全日本の生え抜きなのだ。

 だが、諏訪魔は少年時代からプロレス・ファン。特に全日本が好きで天龍やスタン・ハンセンの荒々しいファイトに憧れていた。「プロレスラーになるなら受け身を覚えなきゃいけない」と中学から柔道を始め、その後、レスリングに進んで今日がある。VM時代には移動バスの中で70年代からの全日本のビデオを片っ端から見て、その頭の中には全日本の歴史が詰まっている。

『Versus』は収録まで当事者同士が顔を合わせないようにしているため、進行役の私は両者の控室に行って個別に簡単な打合せをするわけだが、諏訪魔は「一昨年、控室で挨拶しましたけど“あの時はどうだったんですか?”とか聞けないじゃないですか。今日はTVカメラの前だし、番組ってことだから、この機会に聞きたいことをジャンジャン聞いちゃいますよ」と興奮気味。一方の天龍も「諏訪魔にはずっと注目していたよ。子供の頃、俺のファンだった? クサいねぇ(苦笑)。まあ、何でも遠慮なく聞いてくれって言っといてよ」と楽しみにしていた様子なので、私の立場としては非常に楽だった。

 内容は番組を観ていただくとして、鶴龍対決、馬場・全日本、龍原砲、レスラーらしさとは何か、三冠王座の重み、全日本を背負うこと、そして鈴木みのる…など、話題は多岐にわたった。そして共通していたのは、全日本愛。年代的には違うが、共にいかに全日本プロレスを愛しているかが伝わってくる対談だった。そして諏訪魔は来たる8・29両国での鈴木みのるとの三冠戦のヒントを天龍からもらったはず。諏訪魔が今夏最後の大一番で弾けられるか注目したい。

投稿者 maikai : 12:27 | コメント (3)

2010年08月16日

暑く熱かった8月15日

 昨日は全日本・後楽園と新日本・両国のダブルヘッダー。まずは12時試合開始の全日本へ。こちらは8・29両国決戦に向かって一直線だ。KENSOの試合後にムタがラダーを持って出現し、毒霧で先制攻撃をかまし、メインでは鈴木vs諏訪魔の三冠戦、船木vs河野の一騎打ちのW前哨戦としての鈴木&船木vs諏訪魔&河野。例によって試合は感情が先走ってグチャグチャな展開になってしまったものの、4選手の気力、体力が充実していることを示す30分を越える激闘となった。試合後、汗だくの和田京平レフェリーは「メチャクチャだったから、こっちは参ったけど、あいつらだったら平気で60分戦いそうだよ」と苦笑い。諏訪魔が前々から悪かった首を悪化させて左手に痺れがあるというのは心配だが、8・29両国の大一番は、これまでの前哨戦を経て内容で勝負すべきもの。この大会には本当に全日本の未来がかかっている。

 全日本のメインが長かっただけに、新日本の両国には試合開始の3時には間に合わず、到着した時には中邑vs潮﨑の公式戦の最中だった。とにかく凄い盛り上がり。そして中邑と潮﨑の攻防は素晴らしかった。いわゆる“手が合う”というのとは違うが、攻防が成り立っているのである。そして、どこで勝負が決まるかわからないドキドキ感があった。普通ならシンスケ・コール一色になるところだが、潮﨑にもコールが送られたのは、観客が対抗戦という枠組みを越えて、純粋に2人の勝負に惹き込まれたからだと思う。30分時間切れとなったが、緊張感が途切れることなく、観る側もずっと集中していた濃密な時間だった。ノアの8・22有明コロシアムでの時間無制限1本勝負による再戦が決まったが、これは観なければいけない試合だ!

 さて、今年のG1…私は原稿の締め切りに忙殺されていて開幕戦と昨日の最終戦しか足を運んでいないので総括はできない。今、書けるのは小島の優勝についてだけだ。正直なところ、小島の優勝は意外だった。6月に左肘の手術をしたばかりだけに、このG1の連戦を乗り切れるのか心配でもあった。今回の優勝は、フリーになった小島のプロレスラーとしてリングに立てる喜びと、8年3ヵ月の全日本における経験がもたらしたものだと感じている。全日本での天龍、川田、健介、鈴木らとの戦い、新日本時代とは違うパッケージ・プロレスという中でのポジションの確立…そうした様々なことが小島の+αになった。つまり全日本に身を置いたことは結果的に大きなプラスだったということ。

 G1優勝によってIWGP挑戦をぶち上げた小島だが、フリーのレスラーとしての勝負はこれからだ。古巣のリングに立ったら、実は自分が最もキャリアのある人間になっていたというのが現実で、そうなると最前線に居続けるには勝っていくしかないのである。

「俺は新日本プロレスに遊びにきたわけじゃないんだ。絶対に笑顔なんか見せないからな!」と厳しい表情で締め括った小島。小島は自分の置かれた立場を自覚し、さらなる高みを目指している。

投稿者 maikai : 12:31 | コメント (1)

2010年08月06日

杉浦とKENTAが提示した新時代

 昨日のディファ有明におけるノア10周年記念のメインはGHC王者・杉浦とKENTAの一騎打ち。それは10年経って新しい時代に突入したんだと実感させられた闘いだった。ノア旗揚げ3ヵ月前にデビューしたKENTAと旗揚げ4ヵ月後にデビューした杉浦がメインを張るというだけでも時代の流れを痛感させられるが、それ以上に試合内容が大きかった。

 ノアのスタイルは、その根っこに全日本の四天王時代のプロレスがあるが、杉浦とKENTAはまるで違う色のスタイルを確立している。杉浦とKENTAには四天王の匂いがないのだ。蹴りから入るKENTAに対して、総合格闘技経験がある杉浦が対応して序盤から独特の緊張感が生まれた。そこには四天王プロレスの“受けの概念”はない。そして2人とも自分というものをしっかりと持っていてそれを崩さずに相手と対するから、いわゆるスイングする試合とも違う。それでいてギクシャク感はなく、攻防が成立するところが凄い。

 そして26分に及ぶ死闘を制したのは杉浦。前日にタッグマッチで潮﨑、森嶋を連破し、KENTAを一騎打ちで下し、これで8・22有コロで秋山相手にGHCを防衛すれば文句なくノアのトップである。

 杉浦vs秋山がどんな色の試合になるのか…そこから“ノアのこれから”が見えてくる。

投稿者 maikai : 11:38 | コメント (1)

2010年08月05日

ノア10年の重さ

 昨日はディファ有明でノアの旗揚げ10周年興行。ノアは2000年8月5日&6日のディファ有明2連戦で旗揚げした。2日間とも、とにかく暑かったのを憶えている。前日午後7時には当日券の現定数に達したため、その時点でチケットを求めるファンに整理券が配られ、ノアのスタッフが徹夜で警備に当たった。そして初日の5日だけは外の駐車場スペースを開放してモニターを設置し、入れなかったファンに無料で提供した。営業サイドは「少しでも料金を…」と打診したそうだが、三沢社長は「無料じゃないとファンサービスの意味がないから」と譲らなかったという。

 あれから10年。10年という時間は私ぐらいの年齢になると、そんなに長い時間ではないのだが、メインのリングに上がった4選手を見た時に年月の重さを感じざるを得なかった。当時は練習生だった杉浦貴がGHCヘビー級王者としてリングに立っている。デビュー3ヵ月にも満たない新人で旗揚げ戦初日には試合が組まれなかった小林健太がKENTAとして大声援を浴びている。森嶋はゴールドと黒を基調にした膝丈のタイツで旗揚げ戦初日の第1試合で橋誠と戦っていた(この日の第1試合も橋戦)。潮﨑はまだノアに入門もしていなかった。そんな4人が“これからのノア”を背負ってメインで戦ったのだ。

 10年前、主役に躍り出たのは秋山準だった。小橋と組んで三沢&田上と対戦し、1本目はわずか2分で三沢をフロント・ネックロックで締め落とし、2本目も田上を垂直落下式のエクスプロイダーで仕留めた。そして翌日には小橋との一騎打ちも制して全日本プロレス時代の序列をいきなり覆してみせた。それは「ノアは時代の壁をぶち破って新しいことをやろうとしているんだ」というイメージを鮮明に打ち出すものだった。

 そんな10年前があるだけに、昨日のメインのリングに立った4人には心に期するものがあったはず。まず、やってのけたのは森嶋だ。ラリアット、ハンマーの乱れ打ちからバックドロップでGHC王者・杉浦をわずか55秒でフォール。だが、杉浦はここから地力を見せつけた。潮﨑、森嶋をオリンピック予選スラムで連破して勝利をモノにしたのである。

 勝敗には関係なかったが、杉浦のパートナーになったKENTAの存在感も際立っていた。ただひとりジュニア・ヘビー級にもかかわらず、スーパーヘビー級の森嶋、潮﨑をたじろがせる当たりの強さ、そして気の強さはファンに支持されて当然だ。

 今日のメインは杉浦vsKENTAの一騎打ち。10年前の練習生と新人が方舟の新たな航海の舵取りに向けて激突する!

投稿者 maikai : 12:23 | コメント (0)