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2010年05月06日

広がるFUNAKIの夢

 4月22日にWWEをリリースされたFUNAKIが昨日の後楽園ホールにおけるゼロワン興行で凱旋試合を行った。凱旋ともなれば自分を思いっきりアピールしたいのが普通だが、FUNAKIはパートナーの日高郁人のサポート役に徹した。出した技はヒップトス、アームドラッグ、ドロップキックの基本技にダイビング・ボディアタック、フェース・クラッシャーぐらいで、あとは試合のリズムを作るのに専念。職人気質のFUNAKIらしい凱旋試合だった。

 それにして一度も離脱することなく、WWEに13年間も在籍していたというのは凄いこと。これはアンダーテイカー、HHHに継ぐ在籍期間で、マクマホン・ファミリーの一員でもなければあり得ないことなのだ。それだけFUNAKIの技量、人間性が買われていたわけだ。

 今回のゼロワン参戦はまさにタイミング。昨年の天下一ジュニアで優勝した日高は、ひとつだけ叶えられる夢として師匠FUNAKIとのタッグ結成を熱望していたが、それがWWEからのリリースによって本当に実現したのである。

「日高とは浜口道場でも少しだけ一緒だったし、プロになって一から全部教えた最初の選手なんですよ。大谷選手も浜口道場で一緒に練習していた仲です。それに中村祥之さんにしても19歳の頃から知っていて…中村さんはリキ・プロダクションにいましたけど、僕はそこでバイトをしていたんです。だからゼロワンとは縁があるなと。だからゼロワンをヘルプしたい気持ちが大きいですね。まず日高とタッグ・チャンピオンを目指すし、大谷選手を真の意味でプロレス界の男にしたいと思います」とFUNAKI。

 だからといって、ゼロワン入りするわけではない。拠点はサンアントニオのままで、来日という形でのゼロワン参戦となる。実際、WWE離脱後にROHやチカラ・プロからオファーが来ているという。契約上、アメリカでは90日間は他団体に上がれないことになっており、その期間が過ぎれば日本とアメリカを股にかけての活躍になるだろう。

 私は02年にハワイでFUNAKIファミリーと食事をする機会があったが、その時点ですでにしっかりとアメリカに根を降ろしていた。早百合夫人は2人のお子さんをアメリカで産み、食事した時には、下の男の子はまだベビーカーに乗っていた。当時、FUNAKIは「僕はずっとアメリカにいたいですね。WWEでエージェントになれればって前から言ってますけど、あとは日本人向けのレスリング・スクール…浜口道場のUSA版をやろうかなと。育てた選手を日本に輸出してもいいし、WWEと契約する選手を輩出しても面白いじゃないですか」という夢を語っていた。

 それから8年。今の夢をFUNAKIはこう語った。
「僕のレスリング・キャリアはあと3~4年だと思うんですよ。WWEにいたままだったらレスリング・キャリアの最後を日本で迎えられなかったと思うんです。だから、今回のことも運命かなと。あと数年、自分のやりたいようにレスリングしながら、いろいろなことを吸収して、その後は再びWWEに戻ってプロデューサーをやるのが僕の夢ですね。いろいろな選手を見たり対戦して、いい人材がいればWWEに送り込むことも出来るだろうし、最終的にはWWEのプロデューサーとして選手を育ててみたい。社長(ビンス)とステファニーには“いずれプロデューサーとして戻ってきたい”という手紙も出しましたから」

 日本ではゼロワンをベースにし、あとは海外で様々な団体に上がってレスラーとしての最後の戦いを満喫すると同時に将来のために様々な選手を見て、最後はWWEのプロデューサーとして手腕を振るう。FUNAKIの夢は広がるばかりだ。

投稿者 maikai : 2010年05月06日 15:34

コメント

FUNAKI選手の夢が叶うといいですね...
とりあえず、お帰りなさい..

投稿者 岐阜人 : 2010年05月07日 17:30

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