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2010年05月04日

10年以上前、秋山は高山を…

 昨日は秋山について書いたので、今日は『グローバル・リーグ戦』に優勝した高山について書こう。

「日本武道館はUインター、全日本、ノアでやってきて、メインで勝つのは初めてだし、インタビューも初めてだから、ちょっと嬉しいなってカンジ。こういうインタビュー、慣れてないから辛いね。あっちこっち痒くなってくる。居心地悪いっス!」

 高山は優勝の喜びを“らしく”口にした。本当に嬉しさが伝わってきた。

 Uインターに始まってキングダム、全日本、ノア、フリー…とプロレス活動を続けてきた高山にとって、今回の優勝はまた格別なもの。タイトルマッチは1発勝負だが、リーグ戦は一戦一戦の積み重ね。またかつての所属団体とはいえ、ノア初のヘビー級リーグ戦を外様の立場で制したのである。

 高山は日本プロレス界においてフリー・レスラーのステータスを作った男だ。フリーというと、団体のいいように使われて最後はポイ捨てされるイメージが強かったのが、高山はPRIDE出場によって独自のポジションを確立し、様々な団体でトップを張ってきた。そこにはプロレスラーとしての資質はもちろん、鋭い感性があった。

 キングダム崩壊後、新日本に行くという選択もあったが、選んだのは全日本だった。その選択については「多分、あそこで新日本に行ってたら、nWoの下っ端になっていたでしょ。天山になってましたよ(苦笑)。蝶野さんの子分になるだけだから、つまらんと。でも全日本に行けば神宮球場(Uインターの96年9月11日)での一騎打ちの流れで川田利明の対抗馬になれるから、そっちの方がいいと思いましたね」と言っていたし、01年3月にノアからフリーになったことについても「ベイダーがいなくなったじゃないですか。だから俺が外敵になってベイダー、ハンセンみたいになった方が同化しなくて面白いんじゃないかなって」と言っていた。

 そうして多くのレスラーと一騎打ちをやってきた高山にとって、意外にも戦っていなかったのが身近にいたはずの秋山準。優勝はもちろんのこと、最後に秋山と戦えたというのも、高山にとっては大きな喜びだったはずだ。

「10年経ってやっとだよ。お互いに、いい時はとうの昔に過ぎている。でも40過ぎたおっさん同士が死ぬ思いで勝ち上がったんだから。これを逃したら悪役商会vsファミリー軍団になっていたよ」と高山は笑った。

 まだ高山が全日本に上がったばかりでプロレスに順応出来ずにバタバタしたファイトをやっていた頃、秋山に「将来のライバルは?」と聞いたことがある。私としては「大森隆男」という答えを予想していたのだが、秋山は「僕的には高山選手ですね!」と答えた。もう10年以上も前のことである。秋山は、プロレスラーとしてはショッパかった時代の高山にすでに何かを感じていたのだろう。秋山ならではの感性である。これまで2人にはライバル・ストーリーは生まれなかったが、四十路を越えて日本武道館のメインで激突したというのも実に伏線の長いドラマと言っていいのではないか。

 今回のノアのリーグ戦は若い世代が優勝決定戦に辿り着く前に消えた。最後は同じ92年にデビューし、43歳になった高山と40歳の秋山のアラフォー対決で覇権が争われた。この事実について若い世代の不甲斐なさを口にする人もいるだろうし、時計の針が止まったと批判する人もいることだろう。でも、日本武道館に集まった観客はアラフォーの2人の死に物狂いの戦いに感じるものがあったと思う。プロレスが最後に提供するのは技術ではなく、戦う者の心、魂なのだから。

投稿者 maikai : 2010年05月04日 10:05

コメント

対戦してない事が不思議..
高山選手は病気を克服して、ここまで来ちゃうなんて..
脱帽です...

投稿者 岐阜人 : 2010年05月04日 15:35

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