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2009年11月30日

石川修司に拍手!

 昨日は昼前から後楽園ホールでDDTの年に1度の全ブランド集結大会。DDT、ユニオン、クルーザーゲーム、新北京、ハードヒット、BOYSの6ブランドに矢郷良明のYAGOプロレスも加わって、ダークマッチを含めると全10試合。午後6時半からは同所でゼロワンの興行が行われるため、オープニングのダークマッチは昼前の11時半スタートになったのだ。

 全試合が終了したのが午後3時過ぎという長い興行だったが、笑いあり、グダグダあり、バチバチあり、スピード&テクニックあり、涙あり、感動あり…と、本当に楽しめる大会だった。私にとってユニオンはナマ初体験。初めて見る竜剛馬に喜んでいたらサムライTVキャスターの三田さんや週プロのDDT担当・彩乃ちゃんに「見たことないんですか!?」と突っ込まれたが…見ていないのがフツーでしょう。

 とにかく感心したのは全ブランドが個々に確立されていて、すべてが違うカラーの試合になっていたこと。そしてメインでは飯伏幸太のKO-D無差別級選手権にユニオンのエース、石川修司が挑戦してDDTvsユニオンの対抗戦になったが、これは全ブランド集結大会を締め括るにふさわしい試合になった。

 ユニオンはかつてのDDTが持っていた“胡散臭さ”の強いブランド。イメージ的には“どインディー”だ。DDT所属からそんなユニオンに移ってエースになった石川はバチバチや大日本にも進出してレスラーとしての幅を着実に広げてきた。そして「ユニオンのエースである」というプライドも培ってきた。昨日の飯伏戦はそんな石川のひとつの集大成だったと思う。

 試合は余分な要素のないシリアスモード。体格的に劣る飯伏が掌打のラッシュで石川を追い込む様は凄みタップリだったし、石川の重い打撃とパワーもド迫力。ユニオン側は代表のナオミ・スーザン、大家健、諸橋聖也、チェリーらが鬼気迫る表情で石川を応援。いつしか後楽園ホールは天才・飯伏に必死に食い下がる努力の人・石川への大コールに包まれ、最後は32文ロケット砲からクロスアーム式のスプラッシュマウンテンが爆発! 石川が勝った瞬間、リングに駆け上がるユニオン勢の目には光るものがあり、本当にジーンとさせられた。そこにはナマの感情が溢れ出ていたからだ。

「飯伏、お前は天才だよ。お前がいたから、俺ももっと強くなろうと思った。またやろう! お前という後輩がいて幸せだと思うよ。ありがとう! 僕がDDTを辞めてユニオンに入った頃、僕は何の勝ちもないレスラーでした。でも、こうやってベルトを負けたのはユニオンの仲間たちと支えてくれたファンのおかげ。ファンに恩返しが出来てよかったです」という石川の言葉も良かった。

 控室で石川は「DDTの人間だと思われているのが悔しかったです」とも言っていた。石川にとってユニオンはDDTの一ブランドではなかった。独立した団体だという誇りがあった。だからこそ、ここまで頑張れたのだろう。

本当におめでとう!

 結果を出した石川は12月16日、新木場のユニオン興行で胸を張って木高イサミの挑戦を受ける!

投稿者 maikai : 18:40 | コメント (0)

2009年11月24日

冬の風物詩開幕!

 今年の最強タッグは21日の台湾大会が開幕戦ということで、昨日の後楽園ホールでは入場式がなかったのがちょっと残念だったが、それでも『オリンピア』を聞くと「もう年末なんだなあ」という気持ちにさせられる。最強タッグの前身の『世界オープン・タッグ選手権』でブッチャーがテリー・ファンクの右腕をフォークで突き刺したのは、私が高校1年生の時。その翌年から最強タッグが始まったから、もう32年目になる。私もそうだろうが、多分、多くのプロレスファンに最強タッグ=冬の風物詩が刷り込まれているだろう。

 さて、昨日の試合で印象に残ったのは、やはり武藤&船木vs長州&征矢。船木と長州の対決だ。船木が15歳で新日本に入門した85年の9月に長州は新日本を離脱。87年夏には復帰したが、翌88年4月に船木はヨーロッパ修行に出てしまったから、ほとんど接点はない。船木がヨーロッパに経つ9日前の4月17日、伊勢崎市民体育館のセミで行われた長州&小林邦昭vs藤波&船木が唯一のリング上の接点だ。調べてみると、この試合で船木は長州に果敢に骨法蹴り、回転エビ固め、ドロップキックで向かっていき、サソリ固めやバックドロップにも耐えたという。最後は小林のフィッシャーマンに9分11秒、フォール負けを喫したものの、試合後に長州が「よくやった」と握手を求めている。当時、私は全日本担当記者だったから、この試合は観ていない。私にとっては昨日が長州と船木の初対決だったわけだ。

 わずかな絡みだが、これは見応えがあった。船木の打撃を警戒しつつ、前に出、横にステップしながら間合いを詰める長州。船木の十字狙いから三角締め、さらに足へスイッチという流れと、それを防御する長州の攻防も興味深かった。

 プロレス復帰3シリーズ目に入って船木のファイトはバランスが取れてきた。当初は打撃やサブミッションを使うと「プロレスをやれ!」という野次が飛んだし、本人も意識してプロレス技を使っていた印象が強かったが、昨日はサブミッションを自然体に試合に織り込んでいて、それが観ている側にも違和感がないのだ。ようやく船木のプロレス・スタイルの形が出来つつあると言ってもいいのではないか。前の2シリーズは6人タッグがほとんどだったが、武藤とのタッグで様々な相手と対戦する最強タッグは船木の魅力を引き出してくれると思う。また、12・13後楽園ホールにおけるファン感謝デーで、船木は菊タローと一騎打ちを行うことが決定した。武藤は様々な形でプロレスという課題を船木に突きつけていると言っていいだろう。

 もうひとつ、昨日の試合で印象に残ったのは最強タッグ公式戦とは関係ないカズ&近藤vsKAI&大和のジュニア・タッグ対決。大和がカズから大金星を挙げて世界ジュニア挑戦をぶち上げたが、勝った大和よりもカズの方がインパクトは大! 大和の挑発にキレての張り手の乱打、場外戦、顔面を踏みつけるという潰しのファイトは普段のテクニシャンとは完全に別の顔。あの小さな体でメキシコやアメリカで生き抜いた根っこの部分を見せてもらったような気がした。いざという時の凄みこそ、キャリアを重ねた選手の魅力である。

投稿者 maikai : 08:50 | コメント (0)

2009年11月20日

今、本田多聞がスゴい!

 今のノア・マットには選手のナマの感情&主張が露わになったドキドキ感がある。昨日の後楽園ホールにおける09年最終ツアー開幕戦もそうだった。

 第2試合の金丸&鼓太郎&平柳vs小川&石森&マルビンでは、金丸&鼓太郎のGHCジュニア・タッグを狙うマルビンがゴング前から鼓太郎に敵意剥き出し。石森との合体技スーパーブルーデスティニーで平柳を下して勝利した後も執拗に挑戦を迫り、毒霧噴射、ブルーボックスで殴打する大暴走をやってのけて、鼓太郎から「殺してやる!」の言葉を引き出した。

 この日が復帰戦となった佐野はヨネとシングル対決を行ったが、これが他とはちょっと違うUテイストの試合だったし、セミの健介&森嶋&宮原vs小橋&秋山&伊藤のGHCタッグ前哨戦は感情と体の真っ向勝負。ノア世代交代を訴える森嶋が小橋、秋山に一歩も退かず、その巨体でふっ飛ばして“今の力”を見せつければ、小橋&秋山も今現在の力で必死に押し返そうとしていたのが印象的。

「強いチャンピオンだ、ホントに。昔、小橋さんとハンセン&ベイダーとやった時のようだった。現時点では向こうの方が勢いがあるのは見ての通り。10年前は小橋さんが僕のことを心配していただろうけど、今は僕が小橋さんを心配していますよ。最高の状態で臨まないと、多分、俺らは勝てない。ああいうチャンピオンは倒し甲斐があります」(秋山)
「勝とうが負けようが、コバシコールの小橋劇場を破壊してやる」(森嶋)
 このGHCタッグはベルトの行方だけでなく、世代交代というテーマからも大一番になる。

 メインでは潮﨑が彰俊と、杉浦がバイソンと組んでGHC前哨戦。先週のSEMでの前哨戦については「2人の気持ちとファイトがバチッと噛み合わなかった」と書いたが、昨日はバッチバチに噛み合った。潮﨑のチョップと杉浦のエルボーの打ち合い、ヘッドバット合戦だけでも両雄の「ぶっ倒してやる!」という生々しい気迫がダイレクトに伝わってきたのだ。何しろ、あの分厚い杉浦の胸が潮﨑のチョップで出血したのである。そして最後も思わぬ展開が…。潮﨑が雪崩式フランケンシュタイナーを仕掛けたところで踏ん張ったバイソンがそのまま雪崩式バイソン・テニエルを決めて勝利! 獲物を取られた杉浦は憮然としてバイソンの胸をド突いて、さっさと控室へ。ダメージが大きい潮﨑も無言で控室に消えた。そう、今のノアは何が起こるかわからない。

 さて、そんな中で昨日、私が一番注目したのは本田多聞と青木篤志の一騎打ちだ。本来なら青木は中嶋勝彦と“閃光十番勝負”第9戦を行うはずだったが、勝彦が米国遠征で負傷したために急遽、組まれたカードである。

 10・31JCBホールにおける杉浦戦でレスリング技術を駆使した戦法で改めて実力者ぶりを知らしめた多聞は、昨日も自衛隊の後輩・青木相手に底知れない強さを発揮した。アマレス流のアンクルホールドで極め、首投げからケサ固め、あるいは肩固め。最後も回転地獄五輪スペシャルでガッチリと固めて勝利。

「やっぱ強いスね。やっぱ巧いは。レスリングの技術でどこまでやれるかをテーマに戦ったんですけど、完敗です。次の動きが読まれているし、しかもガッチリ極めてくるから。この前の杉浦さんとの試合を観ていて理想に近いなと思ったんで、今日は普通の試合をやりたくなかったんです。今日は凄く幸せですね。この試合が十番勝負でもよかったんじゃないかって。自分の未熟さと本田さんの凄さを知りました」と、青木は多聞へのリスペクトを込めてコメント。

 私が「オッ!?」と多聞に惹かれるようになったのは、8・29ディファ有明での健介戦から。健介のパワーファイトをねちっこい戦術で封じ込めて、苦しめ抜いたあたりから、その個性が際立ってきたと感じていた。そして杉浦戦、昨日の青木戦…レスリングの技術をプロレスに応用するファイトは観る者にとっては新鮮だし、対戦者にとっては脅威なはず。今、ジワリジワリと多聞の存在感が大きくなってきている。

投稿者 maikai : 13:18 | コメント (0)

2009年11月17日

飯伏幸太のプロレスごっこ

 OPG=俺たちプロレス軍団は、元々は京都教育大学を母体とした学生プロレス団体。それがいつしか学プロの域を超えて、学生たちではない人たちのアマチュア・プロレス…“プロレスごっこ”を追求する団体になったという。

 このOPG対決が一昨日のDDT新宿FACE大会で行われた。そのカードは飯伏幸太vs伊橋剛太。現KO-D無差別級王者と新人の激突だが、伊橋は飯伏にとって「プロレスごっこUWF部門の仲間だった」とのこと。伊橋はDDTのビアガーデン・プロレスでプロのリングに初めて上がり、その後はDDTの別ブランド『ハードヒット』にも出場していたが、飯伏にも言わず、社長の高木三四郎にも連絡を入れず、事務所に履歴書を送ってコネなしでDDTに入門。しかも勤めていた会社も辞めてしまったというから、変わった男だ。

 さて、共にOPGのTシャツを着て登場した飯伏と伊橋。果たしてプロのリングでどんな“プロレスごっこ”を見せてくれるのかと思ったら…これがハードな試合だった。エルボー合戦に始まって張り手合戦、そして伊橋の頭部を容赦なく蹴りまくる飯伏。

 対する伊橋は飯伏のオーバーヘッドキックをキャッチすると、そのまま力任せにパワーボム、ラリアット、アンコ型の体には似合わない柔軟な体でジャーマン!

 2人はいわゆるアマチュア・プロレスにありがちな技の見せ合いではなく、気持ちで戦っていた。そして最後は、飯伏が垂直落下式ブレーンバスターの体勢から伊橋の首を両手で持ちかえてキャンバスに突き刺すオリジナル技の24歳! これは飯伏が24歳の時に“プロレスごっこ”で考案した技だという。ちなみに24歳の時に飯伏はすでにDDTでプロ・デビューを果たしている。この技を敢えてフィニッシュに持ってきたところに飯伏の想いを感じた。

“プロレスごっこ”というと不謹慎に聞こえるが、彼らにとっての“プロレスごっこ”は、職業としてのプロレスではなく、かといって単なる遊びでもなく、ピュアにプロレスを追求することを意味しているのではないか。

 その飯伏は11・29後楽園でユニオンプロレスの石川修司の挑戦を受けることになった。私自身は、この2人の試合は去年の3・16新木場における『ハードヒット』で観ている。この時はUスタイルのファイトで、最後は石川が32文ロケット砲で飯伏に勝利した。

 初防衛戦はベテランMIKAMIの“昭和プロレスごっこ”と戦い、2度目の防衛戦はあのヨシヒコ、そして今回は文字通りハードヒットな石川。いろんな意味を含めて天才の飯伏幸太の引き出しがまたひとつ開きそうだ。

投稿者 maikai : 11:35 | コメント (1)

2009年11月14日

そこに重圧が!?潮﨑と杉浦の第1R

 本当にいろいろなことがあったノアの2009年最後のGHCヘビー級戦は12・6日本武道館における潮﨑豪vs杉浦貴に決まった。振り返れば、今年のノアのヘビー級戦線はこの2人が引っ張ってきたと言っていい。

 昨年暮れに凱旋帰国した潮﨑は、年明けから先輩たちを倒して実績を作り、一気にGHCヘビー級王座に挑戦。時の王者・秋山に敗れたものの、三沢とのコンビで『グローバル・タッグリーグ戦09』には優勝。三沢の事故の翌日の6・14博多で力皇との王座決定戦を制してキャリア5年足らずで頂点に立った。まだまだ発展途上の王者だが、彼のフレッシュ感が沈滞気味だったノアの活力になったのは確かだ。

 そして杉浦は1・4東京ドームに出陣してから、新日本に“ひとり対抗戦”を挑み、ノア内でも常にピリピリとした緊張感を漂わせて、ノアの空気を変えてきた男。「激動の…」というフレーズがピッタリくる今年のノアの最後の大舞台の主役にふさわしい男だと思う。

 そんな2人が前哨戦として昨日のSEM大会でタッグ激突(潮﨑&谷口vs杉浦&青木)。ゴング前から王者・潮﨑の方から杉浦に殴りかかり、いきなり激しい打撃戦からスタート。その後もリング内で、場外でやり合ったが、潮﨑が豪腕ラリアットで青木を仕留めると、杉浦は青木を置き去りにサッサと花道を下がり、ノーコメントで控室に消えた。一方の潮﨑も手を振って“何もない”の意思表示をして無言で控室へ。

 2人とも、試合に納得していなかったのは明らかだ。激しくぶつかったのだが、どうも2人の気持ちとファイトがバチッと噛み合わない印象があった。ギクシャクしたとしても、それはそれで面白いのだが、昨日の場合は「何かが違うな」というギクシャク感。観ている方がそう感じるのだから、戦っている当人同士はより強くそれを感じていたのではないか。

 12・6武道館は09年を締め括ると同時に10年につなげる重要な大会。そのメインを務めるのは容易なことではない。その重みをわかっている2人だからこそ、昨日の前哨戦はアンバランスなものになってしまったのかもしれない。11・19後楽園の開幕戦での第2Rに期待だ。

PS. 何人もの方からご指摘を受けましたが、大仁田の引退は96年ではなく、95年5月5日です。つまり決別から14年半ということになります。失礼いたしました! ということで、昨日のダイアリーは訂正を加えました。

投稿者 maikai : 11:52 | コメント (0)

2009年11月13日

決別から14年半の時をこえて…

 昨日、大仁田厚とターザン後藤の記者会見が行われた。これはFMW再旗揚げをぶち上げてラブコールを送っていた後藤に大仁田が応えたもの。会見前日、後藤から電話を貰っていたが、緊急の仕事が入ってしまい、残念ながら会見には行けなかった。それでも週プロ・モバイルの写真と記事を確認して嬉しい気分になったものだ。

 この2人が決別したのは大仁田の引退14日前の95年4月21日。後藤が後楽園大会をボイコットしたのだ。その日、私は後楽園ホールに行ってなかったが夜中に後藤から「FMWを辞めます」と電話をもらった記憶がある。大仁田も後藤も昔から親しくさせてもらっていた選手で、FMW設立にも深く関わった私は2人の関係が壊れたことに胸を痛めた。

 その後、2人は01年にリング上で絡んだが、短期間で立ち消えになっている。そして昨日の記者会見。写真と記事を見る限りは、まるであの時代の2人のようだった。大仁田は後藤と組んでの長州&藤波戦と後藤とのシングルを今後の希望に挙げ、後藤は大仁田とのシングル2戦を希望した。「1回はベストバウトを狙い、もう1回は俺とやって安心して引退させてあげたい。多分、引退試合で俺が相手をできなかったから、大仁田さんは引退できなかったんだと」と言う後藤に、大仁田は「あの時、すんなりできれていれば、戻ってこなかったかもしれない」と返している。

 振り返れば、あの後藤のFMW電撃離脱の時、共に相手を中傷することはなかった。後藤は離脱理由を「墓場まで持って行く」と語らず、出て行かれた大仁田も「俺が傷つけられたのも事実だし、俺が傷つけてしまったのも事実…」と語っただけで、決して泥仕合にはならなかった。そして5・5川崎球場でハヤブサ相手に引退試合を行った大仁田は試合後に「ハヤブサもターザン後藤も…FMWが好きなんじゃ!」と叫んだ。お互いに最後の一線を守ったからこそ、14年半後の今があるような気がする。

「今さら大仁田と後藤が組んでFMWと言ったって…」と否定的な見方をする人も少ないないだろう。実際、単発の懐メロに終わってしまうかもしれない。12・24新木場ではミスター・ポーゴ&レザー・フェースと対戦する大仁田&後藤だが、その後を現実的に考えれば、大仁田の長崎知事選出馬の話もあり(2010年2月4日告示、同月21日開票)どうなるかはわからない。

 それでも今回のタッグ結成は、95年4月に置きさらしにしてしまった“忘れ物”を取りに行くという、2人の人生にとっては重要なことなのだ。

投稿者 maikai : 12:28 | コメント (2)

2009年11月09日

勝ったのは真輔!果たして未来は…

 最近の試合の中で最も勝敗の行方が注目されたのは、昨日の中邑真輔vs棚橋弘至のIWGP戦なのではないか。普通だったら団体内の戦いであれば、どちらが勝っても内容さえよければいいというのが近年の風潮だが、この真輔vs棚橋は結果がすべてという感さえあった。どちらがトップに立つかで新日本の先の流れが変わるような影響力のある大一番だったからだ。

 アントニオ猪木への挑戦を口にすることで、今の時代のストロング・スタイルを打ち出した真輔。それに対して「ストロング・スタイルは新日本の呪い」として、過去を切り捨てて現在進行形の猪木色のない新日本を推進していくことを宣言した棚橋。ここ何年間かの新日本は棚橋的な方向に進んできたが、ここで真輔が棚橋に完勝すれば、ガラリと方向転換することも考えられるのだ。

 試合は、お互いのナマの感情が出て緊張感が生まれた。細かい内容よりも、大事なのはそこだ。そして勝ったのは真輔。

 かつて武藤が言った「過去の思い出には勝てねぇ」という言葉を引き合いに出して「誰が言ったか憶えちゃいねぇ。過去には勝てねぇ。昔の思い出とは戦えない。俺は29歳。プロレスもまだ7年。そんなこっちゃわかんない。過去と戦って何が悪い! 昔を越えようとして何が悪い! 未来は俺が創る! 生きたいように生きる! なりたい自分になる! それがプロレスラーだろ」と叫んだ。

 正直、真輔の年齢では、過去のプロレス黄金時代、アントニオ猪木の全盛期を体感していない。それでも、敢えて過去とも戦っていくという宣言は自らに重いものを課したことになる。

 それこそ、まだ7年。リング上では王者として自信満々でいてほしいし、リングを降りたら謙虚に様々なことを学んで身に付けてほしいと思う。

 一方の敗れた棚橋だが、今現在の新日本の在り方をきっちりと示したのは素晴らしいことだと思う。それによって今回のタイトルマッチは俄然、注目度が高まったし、“ストロング・スタイルではない新日本”を支持するファンも多いことを知らしめた。ゴタゴタ続きだった新日本をリードして、この3年間で新たな姿にしたのは棚橋であることを忘れてはならない。

 正直に書けば、私が個人的にシンパシーを感じるのは棚橋の方。だが、真輔の勝利によって先行き予測不可能な新日本もまた魅力的である。

投稿者 maikai : 11:32 | コメント (0)

2009年11月07日

新スタジオからのお初!

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 昨日のサムライTV『S-ARENA』は新スタジオから初のナマ放映。光栄にも、その記念すべき1発目にゲストとして呼んで頂いた。週刊ゴング編集長時代から数えると7つ目のスタジオということになる。

 レギュラー的に呼んで頂くようになったのはフリーになった後の05年春からだが、サムライTVとは10年以上のお付き合いになるわけだ。それを考えると、 今やアラフォーの魅力をふりまく(?)三田さんも、初めて会った時は20代だったのか。いやいや、三田さんはいつまでも若い! それは容姿も気持ちも含めてね!

 新しいスタジオがあるビルはセキュリティーが厳しくて、スタッフの人が付いていてくれなければ、身動きが取れない状態。まずはビルにひとりで入る手順を覚えることから始めなくちゃいけない。来週の月曜日、自力でビルに入るぞ!

 さて、肝心のスタジオは…天井が高くて広い! セットも豪華に! いつもなら打合せをしてすぐ本番だが、昨日は初放映とあって本番前にリハーサル。緊張感のある現場はピリリとした空気で、プレッシャーというよりも心地好いものがあった。そして本番終了後にはスタッフから拍手が。何だか「仕事をした!」という感じで、いつもとはまた違う安堵感。どんな仕事でも、そういう感覚になった時に幸せを感じるものだ。

 昨日はお初ということで、ちょっとギクシャク感があったかもしれませんが、今後とも『S-ARENA』をよろしくお願いします。

投稿者 maikai : 12:12 | コメント (0)

2009年11月05日

本気のFMW復活

 火曜日の午前10時過ぎ、ターザン後藤から電話がかかってきた。

「実は明日、FMW復活の記者会見をやるんです。ぜひ、小佐野さんにも来て頂きたくて…」

リング上の“鬼神”とは違って、素顔の後藤は昔から律儀な男。特に報道する媒体がない私にわざわざ連絡してきてくれたのだ。思えば平成元年、私はかつてテネシーで世話になった縁で大仁田厚の新団体立ち上げに関わった。それがFMWだった。その旗揚げに参加するため、フロリダから帰国した後藤。その時が彼との約4年ぶりの再会だった。後藤は85年11月にアメリカ武者修行に出発したが、それは唐突に決まったもので、「飲みに行こうよ」と約束してから1週間も経たないうちの渡米だった。つまり飲みに行く約束が果たせたのは、4年後のFMW設立時だったというわけだ。

 さて、昨日の会見で後藤は12・24新木場で開催する自身の30周年記念興行をターザン後藤一派主催ではなく、FMW再旗揚げ戦にすると明言した。ただ単にFMWを名乗るではなく、来年には法人化する予定で、そのための復活準備委員会を組織。そのメンバーには大会をプロデュースするアーティスト、書籍類等の専属ライターとなる作家、ポスターなどを製作するデザイナー、営業専門のスタッフがいる。そう、後藤は大真面目にFMWを復活させようとしている。

 FMWとなれば、大仁田厚の存在は不可欠。後藤は大仁田にラブコールを送り、12・24新木場でタッグを組みたいとしている。対戦相手については「FMWの歴史の中で一番汚い奴、一番憎まれている奴とやりたいですね。最近、作家気取りで本を書いた奴ですよ。で、腰が痛くてちゃんこ屋を辞めた奴ですよ(笑)」とのこと。つまりは火を噴くアノ男だ。

 後藤が目指しているのは何でもあり…何が飛び出すかわからない昔のFMWの世界。だから12・24新木場では「男の強さと女の華やかさを併せ持つニューハーフの戦いを見せます」という鮎川れいなとキャロットのニューハーフ世界選手権もあれば、総合格闘家・高瀬大樹の異種格闘技戦もある。旧FMW勢としてリッキー・フジ、GOEMONが出場するし、女子プロではミス・モンゴルが木村響子と組んで紫雷姉妹と対戦する。また現在のインディーの好カードとして藤田峰雄vs円華も組まれた。

「昔のFMWのメンバーは徐々に田中とか黒田も含めて上から下まで全部出していきます。昔のFMWを再現しつつ、昔のFMWのように若手を厳しく育てて未来につなげていきたい」と後藤。

 果たして成功するかどうかは今のところ何とも言えないのが正直なところだが、20年前に大仁田がFMWを立ち上げた時も、その成功を疑問視する声の方が多かった。今は後藤の本気を見守るしかない。

投稿者 maikai : 14:07 | コメント (0)

2009年11月03日

ヤング・ボルケーノ

 サムライTV『S-ARENA』の収録は新橋のスタジオで行われているが、今週の金曜日に東陽町のスタジオに引っ越し。昨日は私にとっては新橋のスタジオでのラスト収録となった。

 そこにゲストとしてやって来てくれたのが、健介オフィスの中嶋勝彦、起田高志、宮原健斗のヤング・ボルケーノ3人組。

 考えてみたら、私が彼らをゲストに迎えるのは新橋のスタジオでは初めて。その前の麻布十番のスタジオの時だった。かっちゃんが出てくれたのは、まだ起田&健斗がデビューする前の十代の時。起田&健斗は去年2月のデビュー直前で、正確に言えば、まだレスラーになる前だった。

 以前は定時制高校の学園生活を語っていた少年・勝彦も今では日本マット界のジュニア・ヘビー級、そして健介オフィスを背負う逞しい21歳の青年レスラーだ。初出演の時には「尊敬する人は誰か?」というアンケートで健介にするか、北斗にするか、マサ(斎藤)さんにするか、勝彦にするかを真剣に悩んでいた起田&健斗も今ではいっぱしのレスラーに成長した。起田は11・7熊谷で吉江豊と一騎打ちを行うし、健斗にしても勝彦とのコンビでGHCジュニア・タッグ王座に挑戦するまでになっている。

 こうした若い選手の成長を間近で見て、感じられるのがこの仕事をやっている中での大きな喜び。『S-ARENA』では団体を問わず、いろいろな若い選手と話ができる機会が増えるので、私にとっても大きなプラスになっている。新スタジオでの新たな出会いも楽しみだ。

投稿者 maikai : 12:02 | コメント (0)