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2009年07月01日

三沢さんに導かれて…

 週刊プロレスの本日発売号から『三沢さん追悼リレーインタビュー』がスタートした。その記念すべき第1回のバトンが光栄にも私に渡された。ゲストは越中詩郎。三沢さんと越中さんは、三沢さんが全日本に入門した81年3月から84年3月まで3年間、砧の道場で寝食を共にし、84年3月から同年7月までメキシコで苦楽を共にした仲だ。

 当時の2人の様子を知るマスコミは本当に少なくなった。私にしてもゴングが週刊化されて全日本プロレス担当記者を命じられたのは84年4月だから三沢さんと越中さんがメキシコに出発した後。だから三沢さんが私の取材対象になったのはタイガーマスクになってからということになる。そして越中さんはメキシコにとどまって翌年夏に新日本に移籍してしまったから、正確には私の取材対象になったことはないのだ。

 ただ、私の場合は2人のメキシコ修行が決まった後の84年1月に全日本プロレスのグアム合宿に同行取材している。越中、三沢、冬木弘道、ターザン後藤、川田利明の砧道場組と一緒にウインドサーフィンに講じたり、プールではしゃいだりしたのは、今となっては貴重な体験だ。同年3月6日にメキシコに出発する時もなぜか全日本事務所まで取材に行っていた。そんな財産があったからこそ、今回のリレーインタビューで私に白羽の矢を立ててくれたのだと思うし、三沢さんの追悼号の時もそうだったが、私の過去の経歴にこだわらずに起用してくれた佐久間編集長には感謝している。

 フリーになってから『新日本プロレス35年激動史』『四天王プロレスFILE』『三澤光晴 緑の軌跡』で原稿を書き、『週プロ回顧録』では“元・週刊ゴング編集長から見た週プロ”という形でインタビューしてもらうなど、これまでも増刊号には関わってきたが、週プロそのものに原稿を書いたのは今回が初めて。かつてSWS騒動や95年春の『夢の懸け橋』で真っ向から対立し、週刊ゴング編集長として戦ってきた媒体で仕事をするというのは運命の不思議を感じるし、感慨深いものがある。

 今後も週プロと縁があるのかどうかはわからないが、今回は三沢さんが導いてくれたものだと思っている。

PS.昨日の『ドラゴンゲートの猿虐待疑惑について』には数々のコメントが寄せられました。ただ、それによって、このサイトをご覧になっている方たちが紛糾するのは私としては避けたいので、あえて掲載しません。ただし、私は個人として皆さんの意見を受け止めるつもりなので、掲載はしませんが、訴えたいことがあれば書き込んでください。

投稿者 maikai : 2009年07月01日 11:20

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