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2009年07月31日

TAJIRIとHGが最後に見せてくれたもの

 昨日のハッスル後楽園大会は26日の『ハッスル・エイド2009』のエピローグ。『ハッスル・エイド2009』ではボノくんがグレート・ボノになって魔界に去り、髙田総統はハッスル軍解散を宣言、さらにキングRIKIの凶弾に倒れて「ハッスルよ、永遠なれ!」と叫ぶやスモークの中に消えていった。

 そして昨日は第1部=髙田モンスター軍(残党)、第2部=ハッスル軍の2部構成の興行となった。第1部では川田総統代行が新たに川田モンスター軍結成を宣言したが、アン・ジョー司令長官は「髙田総統がいない今、ミーがモンスター軍にいる意味はナッシングですよ!」と、トレードマークのサングラスを取って決別宣言、特命係長・島田工作員も「最近、レフェリーの仕事が忙しいんで…」と、これまたサングラスを外して退場、さらにレイ大原までもが「僕はメキシコに行きます!」と離脱宣言。誰もいなくなってしまった…。

 さらに第2部のハッスル軍主催興行終了後にはマグナムTOKYOがハッスル軍の解散を宣言。これにより、ハッスルはすべてが白紙になった。斜めから見たら、今後、12・24後楽園まで決まっている大会を誰が欠場してもいいような状況を作ったとも言える。ひょっとしたら、本当に誰もいなくなってしまう可能性だってあるのだ。少なくとも昨日の後楽園で04年1・4さいたまスーパーアリーナからスタートしたハッスルの流れに終止符が打たれたのは間違いない。白紙の状態から今度はどんな世界観を築いていくのか、それともこのまま終焉を迎えてしてしまうのか!? 様々な批判を浴びながらも日本プロレス史に確実に1ページを記したハッスルの今後は注目に値する。

 ひとつのけじめの大会となった昨日のメインを飾ったのはTAJIRIとHGの一騎打ち。これは純然たるプロレスだった。TAJIRIは技の組み立て、切り返し、動きの緩急でキビキビと試合を組み立ててHGを容赦なく攻め立てた。「大技を使わなくてもファンを惹きつけられる」というTAJIRIのプロレス観がダイレクトに伝わってくる試合だった。最後はシビアなバズソーキックを叩き込んでの勝利。

 実は最近、TAJIRIは様々な団体を視察していた。ある会場でTAJIRIと話した時、「いろいろ試行錯誤してきましたけど、最終的に何を見せるのかといったら、プロレスしかないんですよ」と言っていたのが印象的だった。ハッスルの一区切りに際し、TAJIRIはきっちりと自分のプロレスを提示したのである。

 そしてHGもプロレスラーの魂を見せてくれたと思う。「お笑い芸人がプロレスをやるなんて…」と言われながらも真摯に取り組んできたHG。昨日の試合では試合中に左足を負傷するアクシデント。かなりヤバイ感じだったが、試合を最後までやり遂げ、さらにハッスル軍解散のエンディングまでリングに居続けて役目をまっとうした。何があっても最後までやり遂げるのがプロレスラーなのだ。

 昨日で約5年半続いたハッスルの第1部は終了。その最後の戦いでTAJIRIはプロレスを、HGはプロレスラーの魂を見せてくれたと思う。

投稿者 maikai : 10:13 | コメント (0)

2009年07月29日

気になる男は…杉浦貴!

 ちょっと日にちが経ってしまったが、三沢亡き後のノア初シリーズ最終戦となった25日のJCBホールは活気に溢れたいい大会だった。

 みんなが悲しみを乗り越えて前に進もうとしている。何だか新団体の旗揚げ時のような空気がある。そんな中で三沢さんの付き人だった鼓太郎は“三沢光晴継承”にこだわってテーマ・カラーをグリーンに変え、ジュニア・タッグリーグ準決勝ではエルボー・スイシーダを発射し、終盤のKENTAとの攻防ではワンツー・エルボー、ローリング・エルボーで競り勝った。そして決勝では青木にタイガー・ドライバー! それぞれの技が上辺の形ではなく、魂がこもったもの。鼓太郎の一途なこだわりは、それはそれでいいことだと思う。

 さて新生ノアにあって、私が一番魅力を感じているのは杉浦貴である。杉浦は日テレ地上波打ち切りのあたりから常にピリピリ感を発している。それはリング上での戦いもそうだし、リングを降りてからもそう。IWGP挑戦については口を開いていたものの、ノアのことには無言を貫き、マスコミを寄せつけない。

 このJCBホールでは健介&森嶋と組んで小橋、秋山、彰俊と対戦したが、ムキになって小橋に突っかかっていったのが印象的だった。白GHC王者になり、会社的には副社長になってリング内外で全面に立とうという構えを見せている小橋に対して、まるで「そうはいくかよ!」と言わんばかりの強い当たりは観ていて純粋に面白かった。そこに杉浦のプロレスラーとしての闘争心が見て取れたからだ。そして試合が終わると他の選手を置き去りにしてさっさと控室へ。試合が終わってもなお、ピリピリ感を保ち続けるのである。

 今、ノアは選手が一丸となって団体を盛り上げようとしている。もちろんそれは杉浦も同じ。ただ、他の人間とはちょっと違う杉浦のピリピリ感は今のノアに大切な要素になっていると思う。杉浦がひとり入ることでリング上の緊張感が違ってくる。

 8・1ディファ有明における森嶋と杉浦の一騎打ちも見もの。今、不機嫌な杉浦が凄く魅力的だ!

PS.ハッスルのキングRIKIの正体について「本当に竹内力の双子の弟なのでは」という書き込みがありました。正直、私もくわしくはないのですが、竹内力は本業でも竹内力とRIKIは双子の兄弟という設定で別人格として活動を分けているようですね。まあ、プロレスで例えれば、天龍と天龍の双子の兄貴(大ハヤブサ)みたいなものと考えていいのでは…。

投稿者 maikai : 09:44 | コメント (2)

2009年07月28日

終わりなのか、始まりなのか…

 一昨日は全日本の後楽園ホールの後、両国の『ハッスル・エイド2009』へ。アルマゲドン、さよなら高田総統、ひょっとしたらハッスルが終わるのでは…と、不穏な空気の中でのビッグマッチだった。本来、エンターテインメントはハッピーな空間でなくてはいけないが、果たして両国は切ない空気に覆われてしまった。

 この両国でハッスルはガラッと変わるのだと予想していたが、そこから“新しい何かが始まる!”という気持ちになれる材料はなかった。グレート・ボノとなったボノくんの後ろ姿でのバイバイ・ポーズはハッスル離脱を暗示するものだったし、髙田モンスター軍は解散、そしてエスペランサー・ザ・ゴットとしてマグナムTOKYOと戦って敗れた髙田総統は、ハッスル軍と共闘かと思いきや、キングRIKIの凶弾に倒れた。

 髙田総統の最後の戦いもレーザービターンがキーポイントとなったのは私個人としては残念。あれを「最高のエンターテインメント!」と本当に思っている人がいたとしたら、私は疑ってしまう。ファイティング・オペラだから、そこにどんなトッピングがあってもいいが、そのオチがあれだとしたら、あまりにも安易すぎないか? 髙田総統の戦いが最後までレーザービターンを超える新しい何を提示できなかったことは残念でならない。

 今日は辛口になってしまっているが、それもエンターテインメント・プロレスという可能性をこのまま埋もれさせたくないからだ。04年1月4日、ファンやマスコミから非難されながら産声を上げたハッスルは、その後、髙田延彦が髙田総統というキャラに全身全霊で取り組み、インリン様やHG&RGが本気を見せたことで周囲の観る目を変えさせた。私の観る目だって変わった。それだけに中途半端で終わってほしくないのだ。

 今後を考えると髙田総統に代わってキングRIKI(竹内力の双子弟…ということになっている)が中心人物になるのだろう。実際、両国でのキングRIKIのパフォーマンスは素晴らしかった。恐らくハッスルの空気を知らなかったはずだが、その表情、アクション、迫力のある喋りでキッチリと観る者を自分の世界に引き込んでいた。さすがにプロの役者だ。だが、本人曰く「次に会うのは秋頃…」とのことだから、それまでハッスルはどう展開されていくのだろうか?

 エンターテインメントを謳うなら、先々が緻密に計算されていなければいけないのだが、両国の時点では行き当たりバッタリ感というか、先は白紙状態という感じが強かった。それも計算しての演出だったとしたら、これは脱帽というしかないが。

 まずは明後日30日の後楽園ホール。ここでハッスルがどんな世界観を新たに打ち出すのか大注目である。

投稿者 maikai : 10:06 | コメント (1)

2009年07月27日

お疲れさまでした!

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  昨日の全日本プロレス後楽園大会では荒谷望誉の引退試合の解説ということでサムライTVの放送席にお邪魔させてもらった。

 荒谷のラストは菊タローと組んでの渕正信&TAKAみちのく戦。荒谷はお笑いプロレスで17年のプロレス人生をまっとうした。

 思えば、常に「エース候補」と言われていた荒谷がお笑いプロレスの道に足を踏み入れたのは2005年。ダメ親父、バカボンのパパと呼ばれながらファンに愛されたのは、それ以前の下地があったからこそ。頑丈な体と強さが根底にあるから、お笑いプロレスにも説得力があったのだと思う。何しろ、あの鈴木みのるに顔面をゲンコツで殴られて鼻血が噴き出しても平然とバカボンのパパでいたのだから、ある意味で凄い。

「今の世の中、辛い人が多いじゃないですか。でも、俺の試合を見たら“自分の方がマシだ!”って思うでしょ(苦笑)。それで次の日に元気に会社や学校に行ってくれたらいいんですよ(苦笑)」とは、いつか聞いた荒谷の言葉。一応、彼には彼なりの使命感があったのだ!?

 さて、引退試合だが…予想通りに用意していた材料を喋らせてくれる展開にはならなかった。例のコーナーに突っ込んでいって顔面に蹴りを食らった回数は試合前の時点で4993回(菊タロー調べによる)。これを前人未到の5000回にするのが試合のテーマになった。毎回のように繰り広げられるこの攻防、ハッキリ言って解説者としては本当に喋りにくいムーブだった。でも、昨日で最後。とにかく5000回を達成できてよかった。

 試合はいつものお笑いでも会場の一体感は素晴らしかった。ファン、武藤社長を始めとするセコンドの全選手、そしてリング上の菊ちゃん、渕さん、TAKAが必死で荒谷を盛り立てる。こんな引退試合をやらせてもらえるなんてレスラー冥利に尽きたことだろう。それも荒谷の人柄ゆえ。こんなにみんなに愛されたのは、彼に邪心がなかったからだ。もっとも、邪心がなかったから「エース候補」のまま、エースになれなかったとも言えるのだが…。

 でも、こんなに人に愛される荒谷を目の当たりにして奥さんも娘さんも嬉しかったはず。最高にカッコイイ夫、父親だったと思う。

「プロレスが大好きなんで、その気持ちのまま辞められてよかったと思いますよ。周りにいじられて、何とかここまでやってこれました。最初は苦しく、最後は楽しかった。楽しい仲間と楽しい仕事ができました」(荒谷)

 荒谷どん、本当にお疲れさまでした!

 なお掲載している写真は、会見が終わって控室に戻るところで神谷繁美カメラマンが撮影してくれたもの。荒谷どんが手にしている目録は私からではなく、全日本プロレスからのもの。私は妻が作ってくれたフラワー・レイを荒谷どん&ご家族に贈らせてもらいました。でも昨日は異常に暑かったから、すぐに枯れちゃったかな…。

投稿者 maikai : 10:24 | コメント (1)

2009年07月25日

荒谷望誉引退試合の解説をします!

 明日は後楽園ホールでいよいよ荒谷望誉の引退試合。明日のテレビ中継はサムライTV。私はGAORAの解説者なので「荒谷のラストを喋ることができないのか…」と、ちょっと落胆していたのだが、明日は特例で荒谷の引退試合だけ放送局の垣根を越えて解説を担当できることになった。思えば荒谷との付き合いは95年に冬木軍としてWARに登場してから。彼のキャリア17年のうち、14年もの腐れ縁なのだ。

 私の知る素顔の荒谷どんは穏やかで本当にイイ人。

 今でもやけに憶えているのがWAR末期の頃、荒谷を始めとして何人かの若手と朝まで飲んだ時のことだ。酒が入れば誰でも愚痴っぽくなったり、普段は口にしない不平や不満が爆裂することもある。その時も、ある若手が天龍さんやWARという会社についての不満を口にした。そうしたら荒谷は「お前ね、天龍さんも必死に一生懸命やってんのね。会社だって大変なの。だから俺たちが頑張らなきゃいけないの。わかるでしょ?」と、先輩風を吹かせるわけでもなく、声を張り上げるでもなく、淡々と穏やかに諭すように言って聞かせたのだ。ちょっと場の空気が悪かったのが、荒谷の穏やかな言葉で収まった。その時、荒谷に頼もしさを感じた私は「こいつはひょっとしたら大物!?」と内心で思ったものだ。

 また、先日、コジ君と一緒に『S-ARENA』に出演した時のことを面白おかしく書いたが、あとでスタッフに聞いたところでは「タバコ吸ってきまーす!」と出て行った荒谷は、実は我々の見ていないところでタバコを吸いながら何度も台本を読み返してチェックしていたそうだ。そういう真面目なところを見せないのも荒谷どんなのだ。

 引退試合は菊タローと最後のバカ兄弟を結成して、渕さん&TAKAとの対戦。きっと意地になってバカな試合をやり、感動的な喋りはさせてくれないんだろうなあ。それなら、それで“お笑いプロレス”にとことん付き合いましょうか。

 なお、中継はニアライブで明日の午後11時から放映されるとのことなので後楽園ホールに来られない方はテレビで荒谷どんのラストファイトに涙して(できるかな?)ください!

投稿者 maikai : 12:42 | コメント (1)

2009年07月24日

黄金時代の佇まい

 昨日は辰巳出版に出向いてGスピリッツの編集会議に参加した後、新宿FACEのドラディションへ。メインは長州力、藤波辰爾、初代タイガーマスクvs藤原喜明、グラン浜田、ヒロ斉藤という四半世紀以上前の新日本のスーパースターが勢揃いした6人タッグだった。

 長州&藤波&初代タイガーのトリオは今回で3回目だが、私がナマで観るのは初めて。正直なところ「懐メロを見せて、一体、何の意味があるのだろうか?」と思っていた。ところがいざ試合になると、自然と惹き込まれてしまった。

 当然、全盛期のような動きを期待するのは無理というもの。でも、私が惹き込まれたのは郷愁や、過去の記憶によるものではなかった。彼らの発する空気、佇まいが決して懐メロではなく、リアルタイムの凄みを持っていたからだ。

 よく、アントニオ猪木は「今のプロレスには闘いがない」と言う。ところが昨日の6人タッグに出場した選手のいずれもに闘いが感じられたのである。一体、これは何だろうか? 本当なら昔を懐かしんで、懐かしい攻防を楽しく、仲良くやってもよさそうなのだが、6選手全員が対戦相手との優劣にこだわり、ムキになってやり合う。そこには、かつての新日本黄金時代の匂いが確かにあった。たとえ肉体的には衰えようとも、その佇まいは黄金時代のままだったのだ。これは今のファンに提供する価値があると素直に思った。

 試合後の控室でも面白い場面が生まれた。今後のトリオについて聞かれた長州が以下のように答えたのである。

「組むのは今日が3回目だけど、見た目は小さくても観客動員が上がってきているのを感じますよ。今こそ頑張らなきゃって気持ちですね。それと自分の希望を言わせてもらえば藤波さん、タイガーと組んでお客さんに喜んでもらうというのもあるけど、一個人としては藤波さんとやりたいなと。本当に気合いを入れてやりたい。これはやりたい。もう俺にはそんなに時間がないんですよ。ない分、思い切ってやりたい。ヘタ打ったとしても。藤波辰爾との試合をやりたい…“やってみたい”じゃなくて“やりたい”ですね。(藤波に向かって)いきなり勝手なことを言ってすみません(苦笑)。あとは藤波さんにお任せします」

 口調はマイルドながらもプロレスラー、長州力としての気持ちをきっちりと発露した。みんな年齢とともに角が取れて丸くなった。でも、心の奥底にあるレスラー魂は消えていないのである。

投稿者 maikai : 09:58 | コメント (0)

2009年07月23日

コジ君と荒谷どんは迷コンビ!

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 昨日のサムライTV『S-ARENA』はMCを小島聡が担当、ゲストは26日の引退試合を目前にした荒谷望誉と私だった。

 番組収録は22時からだが、MCのコジ君は21時にはスタジオ入り。ナマ番組のMCは大変な仕事だ。ニュース、インフォメーション、ゲストに話を振り、それもキッチリ時間に収めなければならない。打ち合わせから緊張気味のコジ君に対して荒谷どんのスタジオ入りは21時半過ぎ。Tシャツに短パン、アイスキャンディーをくわえてやってきた荒谷どんに緊張感は皆無。どう見ても夏休みのバカな子供といった風。

「なーんだ、俺は質問に答えればいいわけね。じゃあ、台本もいらないし…タバコ吸ってきまーす」と、荒谷どん。この時、コジ君の緊張はピークに達していたのだった。

 そして番組本番。カンペの指示通りにスムーズに番組を進行しようとするコジ君をわざと困らせる荒谷どん。何とか喋らせようとするコジ君に対して荒谷どんは無口戦法というトーク番組にあるまじき作戦に出た。

「何で最初、お相撲さんになったんですか?」(コジ君)「相撲が好きだったから」(荒谷どん)「じゃあ、何で好きな相撲を辞めてプロレスラーになったの!(怒)」(コジ君)「………」(荒谷どん)

 こうなると私の出番だ。「でも何で最初がオリエンタル・プロレスだったの?」「鶴見(五郎)さんのジムに通っていまして、そこに剛(竜馬)さんがよく来ていたんですよ。そうしたら剛さんが新団体を創ることになって、道場でスポンサーの人と会うことになったんだけど、レスラーが少なかったんで、新人レスラーのふりをしてくれっていうことで、まあ、バイトで新人レスラーになりすまして…」(荒谷どん)「もっと感動的な話はないのかよー!(怒)」(コジ君)

 こんな調子で番組は進行。荒谷どんがどれくらい喋るか見当がつかないので、番組の尺が計算出来ないという異例の展開に。何とかコジ君が喋らせようとすると荒谷どんは「………」状態。逆にやっと荒谷どんが喋り出すと“次の話題にいってください”のカンペが出て、MCのコジ君は話を遮って「では、次の話題は…」という具合。そのギクシャクぶりが結構、イイ味になっていたのではないかと思ったりする。全然、噛み合っていないようでいて、それが面白い空気を生むのだから、やっぱりコジ君と荒谷どんは相性がいいのだろう。番組はきちんと時間内に収まった。

 さて収録後。「もっと困らせてやろうと思ったのになあ」(荒谷どん)「いい加減にしろよー!(怒)」(コジ君)。結果としては荒谷どんの天然ファイトにコジ君が振り回された形か…。スタジオには荒谷どんの奥さん、娘さんも来ていて、コジ君は「番組に呼んじゃおう!」と目論んでいたが、それは実現できず。荒谷ファミリーに完敗のコジ君であった…。

投稿者 maikai : 10:25 | コメント (0)

2009年07月21日

IWAジャパンなる世界

 昨日はスティーブ・ウイリアムスについて書いたので、今日は19日のIWAジャパン新宿大会全般について書かせてもらう。

 とにかくケッサクな大会だった。独特のウサン臭さというか、アクの強さがあるから15年もやってこられたのだと改めて思わせてくれた。

 Iジャのカラーが炸裂したのは、まず第2試合。銀河連邦指定試合として行われたウルトラセブンvsブラックセブンだ。悪のブラックはウルトラセブンのマスクに執拗に手をかける。特別レフェリーのチョコボール向井はすかさず反則カウント。「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ…」って、5カウントなら反則負けでしょ。思わず客席から「エーッ!?」という声が上がり、チョコさんは“しまった!”とパニック状態。

「普通、ファイブまで数えないぞ」(客)「そうだよね(苦笑)」(チョコ)

 こんな会話が成立するのがIジャのユルイ世界。そのまま試合続行となり、最後はチョコさんの高速カウントでウルトラセブンの勝利。ハッキリ言ってグダグダな試合になってしまった。だが、本当のサプライズはここから。ブラックが自らマスクを取ると、その下から現れたのはパイオニア戦志、オリエンタル・プロレスでセブンこと高杉正彦と苦楽を共にした板倉宏の顔が。客席から「オリプロ!」とマニアックな声が。するとセブンが「剛(竜馬)、出て来い、この野郎! いつでもやってやるぞ!」と高杉に戻ってアピール。もう何が何だかわからない。

 続く第3試合は市来貴代子とさくらえみ(元川恵美)の初タッグが実現したが、それを食ってしまったのが真琴と組んで市来&さくらと対戦したデスワーム(♀)。これはもはや戦隊モノの着ぐるみ。女子レスラーと言っていいのかどうか。案の定、あまりにも人間離れした体ではロープをくぐってのリングインが出来ず、トップロープ越しに頭から落ちる形でリング内へ。でも、このゲテモノは結構プロレスマニアらしく、かつてWWEで活躍したスコッティ・トゥ・ホッティーの必殺技ワームも公開。いじめっ子の市来がデスワームの頭らしき部分をグシャッと踏みつぶした時に思わず客席からブーイングが飛んだのには笑えた。

 ここまでくるとIジャのウサン臭さは最高潮に。続いてはIWA浅野ジャパンvsターザン後藤&UMA連合軍。維新力、河童小僧を従えた浅野社長はなぜかインドのグレート・ガマ風。そのセコンドにはハル・ミヤコの姉(兄?)のハル・ミナミ(三波春夫ではない)が付いた。もちろん後藤&ビッグフット&雪男のセコンドはハル・ミヤコだ。

 この試合は後藤がノリノリ。反則三昧だが、よくよくファイトを見ていると、「こんなにベテランなのにプロレスが好きでしょうがないんだなあ」というのがわかる。笑えたのはチョップで浅野社長の胸をミミズ腫れにした時。「イタイッ!」と素の悲鳴を上げる浅野社長。なおも攻撃しようとする後藤に対して「いい加減にしろ! 年寄りをいじめるんじゃないよ、この野郎!」と浅野社長はガチでキレていた。そして後藤は名物Iジャおばちゃんいじり。この分だと10・25新宿は後藤vs浅野社長のチェーン・デスマッチ、そして特別レフェリーはIジャおばちゃんになるかも…。

 メインはちょっと感傷的にさせられる真面目な試合だった。カードは松田慶三vsブラックバファローの第6代IWA世界ヘビー級王座決定戦。ファンはバファローがかつてのIジャ若社長兼エースの山田圭介だとわかっているから、思い入れをもって試合を見守った。離脱者続出の中でIジャに残って頑張り続けてきた松田も「カマン、山田さん!」と本名で呼びかけて挑んでいった。

 そして最後に勝ったのはバファロー。松田に攻めるだけ攻めさせてのスクールボーイは鮮やかだった。

「IWAジャパンの15周年、砂をかけて出て行った俺に勝ってベルトを巻いて丸く収まると誰もが思っていただろう。ふざけるな! 10年前に出て行った俺が勝ったんだ。松田、俺の勝ちだ。IWAジャパンのチャンピオンは元IWAジャパンの山田圭介、いやさ大阪プロレスのブラックバファローだ! これが現実だ!」とブラックバファロー。

 IWAジャパンは試合数が少ない。10年間の経験の差が出た一戦だった。面白おかしい大会の最後はシビア。Iジャ新宿大会にはプロレスという答えのないジャンルの様々な要素が凝縮されていた。

投稿者 maikai : 10:07 | コメント (0)

2009年07月20日

スティーブよ、永遠なれ!

 この4日間ほど、9月発売のGスピリッツ第13号の原稿書き&仕込み、その他の仕事に忙殺されて缶詰状態に。昨日はやっと一段落つき、新宿FACEへ。昼のDDTは無理だったが、夜のIWAジャパン15周年記念興行には行くことができた。

 今回のIジャは突っ込みどころ満載の実にウサン臭くて楽しい興行だったが、今日はスティーブ・ウイリアムスについて書きたい。スティーブは03年からIジャのレギュラーになったものの、翌04年7月に咽頭癌であることをカミングアウトして闘病生活を送っていた。そして約5年の歳月を経て、昨日カムバックしたのだ。

 浅野IWAジャパンvsターザン後藤&UMA連合軍の“劇場”が終わって控室に行くと高山善廣の姿が。「スティーブが10月に引退するっていうんで来たんですよ」と高山。高山は97年7月から全日本に本格参戦したが、その時にサポートしたのが今は亡きゲーリー・オブライトとスティープ・ウイリアムスだった。スティーブは高山が激励に来てくれたことを「今日のビッゲスト・サプライズ!」と凄く喜んでいた。

 試合はアルヘントマシン2号とのシングルマッチ。ケロちゃんこと田中秀和リングアナが新日本以来、実に19年ぶりにスティーブの紹介コール。正直、そこにはかつてのドクター・デスはいなかった。それでもエルボーバット、ボディスラム、右フック、ラリアットと懸命のファイト。最後はオクラホマ・スタンピードが崩れて中途半端なパワースラムのような形になって、きっと本人としては不本意なカムバック戦だったろうが、私は123キロの体を作ってきただけでスティーブに拍手を送りたい気持ちになっていた。

「日本の多くのファンのサポートに感謝している。いろいろなことを考えて、10月25日の新宿で引退することを決意した。26年間やってきてリングを去るのは辛いが、日本で引退試合を出来ることを嬉しく思っている」とスティーブ。思い出の試合については「93年にコバシと47分間もやった試合(本人の記憶違いで、恐らく94年9月3日、日本武道館における小橋相手の三冠初防衛戦。41分23秒、バックドロップ固めで勝っている)」と答えた。

 会見後、記者たちの間から自然に拍手が発生。これは本当に珍しいことである。今の私は坊主頭&髭で昔と風貌が変わっているが、スティーブは私の顔を認識してくれて満面の笑顔で握手してくれた。思えば、05年2月5日の日本武道館における『ジャイアント馬場七回忌追善興行』以来の再会だった。

 昨日のカムバックはスティーブの人生にとってとても大切なことだった。そして10・25新宿でプロレスラーとしてけじめをつける。ぜひ、多くの人に最後の雄姿を見ていただきたいと思う。

投稿者 maikai : 11:04 | コメント (2)

2009年07月15日

8月22日、若林アナのイベントに出演!

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 今日は宣伝をひとつ。8月22日(土)に東京・中野のStudio twlで開催される『若林フリー健治の胸突き八丁!十番勝負!!~その二~』にゲスト出演させていただくことになった。

 若林アナと私は全日本プロレス同期生。ゴングが週刊化されて、私が全日本担当記者になったのが1984年4月。若林アナが中部日本放送(CBC)を退社して日本テレビに入り、プロレス担当になったのも同時期。私も若林さんもジャイアント馬場さんに怒られながらオトナになったのだ。

 プロレスが喋りたくて07年12月31日をもってフリーになった若林さんとは昨年3回、一緒に仕事をさせてもらっている。まずは3・1両国におけるドリー・ファンク・ジュニア引退試合、8・26後楽園ホールにおけるレッドシューズ海野20周年特別興行、そして8・31両国の諏訪魔vs太陽ケアの三冠戦。

 ドリー引退試合では反対側のコーナーに天龍さんがいるということもあって若林さんも私もテンションが上がりまくり。海野レフェリー興行では、かつて苦楽を共にした海野ちゃんのリクエストで全日本系の若林さんと私が実況解説するという異例の事態に。8・31両国では武藤vs後藤のIWGP戦を辻よしなりアナ&東スポの柴田惣一氏の“ワールド・プロレスリング実況コンビ”が担当したことで対決ムードになり(?)、若林さんと私は諏訪魔とケアの60分の激闘を息も絶え絶えに実況解説した。今回、また違った形で若林さんと一緒に仕事ができるのは大きな喜びだ。

 トーク・イベント以外に若林さんの生実況もあるそうで、“オトナの事情”で実況カードは当日まで発表できないそうだが、ヒントとしては万感の思いを込めて“世界一のレスラー”の実況をするそうだ。会場に集まったお客さんしか聞くことができない一度限りの実況をぜひ楽しんでほしいと思う。詳細は以下の通り。

【主演】
若林健治(フリーアナウンサー)
【MC】
less(MARS16)
【ゲスト】
小佐野景浩

【開催日時】
8月22日(土)
開場:18:30 開演:19:00~(約2時間)

【会場】
Studio twl(東京都中野区新井3-16-7 ガーデニア中野地下1階)

【アクセス】
JR中央線・中野駅より徒歩約13分/西武新宿線・沼袋駅より徒歩8分
※中野駅からお越しの場合、早稲田通り沿いにあるセブンイレブン脇の路地に入り、住宅街をひたすら直進して下さい。
※建物1階にある秀和整骨院が目印です。Googleストリートビューでも、上記の住所から確認できます。
(http://maps.google.co.jp/maps)

【チケット料金】
2600円
※前売・当日共に同じで、整理番号付の自由席となります。(定員85名)
※ご予約の場合は当日のお支払となりますので、キャンセル時は速やかにご連絡下さい。

【チケットのお求め方法】
1.Studio twlで前売券の予約をする。
会場ホームページ(http://www.studio-twl.com/)にあるチケット予約フォームかメール、又はお電話(03―5318―3775)で前売券の予約をして下さい。
※メール、お電話の場合は、御希望の「日にち」「ライブ名」「お名前」「枚数」「電話連絡先」をお知らせ下さい。
※予約フォームまたはメールでご予約をして頂いた場合は、折り返し確認のメールをお送り致します。整理番号も併せてお知らせ致します。
※電話も24時間、留守電にて予約を受け付けています。
※2日以内に確認メールが届かない場合は、お手数ですがお電話(03―5318―3775)にてお知らせ下さい。
※前売券予約後のキャンセルでも、キャンセル料は一切発生致しません。ただし席数が限られている為、キャンセルされる場合は速やかにご連絡下さい。

2.当日券を購入する
当日までの事前購入・ご予約が定員に満たなかった場合に限り、受付にて当日券を販売いたします。
※開場時間前の当日券の販売は基本的に行っておりません。
※当日券の発売がない場合は、会場ホームページのライブハイライトに掲載いたします。
※ただし、当日のキャンセルも予想される為、ページの更新が間に合わない場合もあります。正確な情報につきましては、お電話(03―5318―3775)でご確認下さい。

【会場に関する注意事項】
会場の構造上、原則としてトイレはお貸し出来ませんので、ご了承下さい。飲食物の持ち込みは自由とさせて頂きますが、ゴミは必ずお持ち帰り下さい。

【お問い合わせ】
■主催者(拷問コブラ)
Email: goumoncobra@gmail.com
※mixiのメッセでもお気軽にどうぞ。

■会場(Studio twl)
Email:info@twl.co.jp
TEL:03―5318―3775

皆様のご来場、心よりお待ちしております!!

投稿者 maikai : 10:31 | コメント (0)

2009年07月14日

デスマッチ超世代ならではの戦い

 一昨日はノアの後楽園ホール終了後、ある仕事の打ち合わせを経て大日本プロレスの横浜文化体育館へ。大日本の横浜文体は年間の柱となるビッグマッチ。今年の下半期を占う大会のメインはBJWデスマッチ王者・宮本裕向に竹田誠志が挑戦した高所作業につき立体足場建築現場デスマッチだ。

 宮本は666、竹田はSTYLE-E所属の選手。両選手の知名度も、所属する団体の知名度も決して高いとは言えないが、そんな2人がビッグマッチのメインを張ったことに大きな意義があったと思う。この2人が名前ではなく、試合内容でファンの心を掴んできた証なのだ。

 立体足場建築現場デスマッチは07年3・14後楽園ホールで当時の王者・佐々木貴に宮本が挑んだ時の形式。5メートルの高さの足場から佐々木貴がDガイストを決めれば、宮本は蛍光灯を抱えてムーンサルトを繰り出して「これ以上のデスマッチはない!」と評判が高かったもの。今回はタッグで竹田に2連敗している宮本が「原点に戻るため」にこの試合形式を主張した。

 果たして試合は両者のデスマッチ愛が弾けた。挑戦者・竹田はSTYLE-E仕込みのテクニックを活かして、肩に蛍光灯を担いでのスピアーを連発、宮本は足場の上からリングに設置したテーブルめがけてヤンキードライバー! 最後は5メートルの落差のムーンサルト・プレスを完璧に決めて王座初防衛に成功した。

「この形式は一度やったことがあるっていうプレッシャーはありました。その怖さを知っているんで。でも、最後のムーンサルトは前回の失敗を踏まえて、相手をセットする場所を変えました。先輩、後輩、同期…みんな相手に防衛してチャンピオンらしいチャンピオンになります」と宮本。

 一方、敗れた竹田は「負けたけど、今日から俺のスタートだと思います。あのベルトを獲らない限り、デスマッチは止められない。総合とかレスリングと比べてもデスマッチは最高。メチャ面白し、メチャ厳しいし、俺は止められない。試合になればデスマッチ・ハイになって、あんな高いところでも余裕っス。あの形式で宮本裕向をぶっ潰したいッス」

 蛍光灯を使い、有刺鉄線ボードを使い、その中で純粋なプロレスのテクニックを使い、5メートルの足場を用いて立体的な攻撃も使う。これは宮本と竹田の身体能力、怖いもの知らずの若さと度胸、そしてジュニア・クラスの体があってこその試合だった。まさに今現在の彼らにしかできないデスマッチ超世代ならではの戦いだったと思う。

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2009年07月13日

新生ノア出帆

 昨日の12日、田上新体制になったノアの新シリーズが後楽園ホールでスタートした。

 試合前には一波乱あった。すでに新聞報道等でご存じの方も多いと思うが、新人事を不服として辞表を提出、10日に受理された百田光雄が報道陣の前で不満をぶちまけたのである。光雄さんは10時半過ぎに会場入りして選手たちに退社の挨拶を行い、試合開始10分前の11時50分頃に報道陣が溜まっている控室通路に姿を見せた。当然、報道陣は光雄さんにコメントを求める。そこから約50分間、光雄さんの熱弁は続いた。その間、リング上では田上新社長がファンに向けて挨拶。何とも異常な状況になってしまったのだ。

 私はここであえて光雄さんの主張を書かない。知りたい方は新聞や他のサイトを検索して頂きたいと思う。なぜなら誰が正しくて誰が悪いという単純な話ではなく、これはもはやプロレス云々は関係ない一つの会社の内部の問題だと思うからだ。以前にも書いたように、私も会社組織にいた時代には様々な経験をさせてもらった。04年夏に日本スポーツ出版社の経営陣が代わったのを機に私は退社したが、それは新経営陣への不満などではなく、そこに至るまでの様々なことや人間関係に嫌気がさしたからだった。そのあたりの事情は私自身、そしてごく一部の人間にしかわからないこと。週刊ゴング休刊騒動の時も、私はフリーとして週刊ゴングに関わる一方では依然として日本スポーツ出版社の株主のひとりだった。当然、社員レベルには伝わっていない話も知っているし、それによって嫌な思いもした。いろいろな人が週刊ゴング休刊について書いたり、喋ったりしたが、私にしてみれば「それを真実だと思っているのか」という程度のことだ。話がついつい私事になってしまったが、会社内部で何かが起こった時にはそういうものなのだ。

 退社という道を選んだ光雄さんには自分自身が信じている正義があるのあろうし、光雄さんが名指しで批判した仲田龍氏にだって仲田氏の正義がある。それを第三者が聞きかじりでどうのこうのとは言えないと私は思う。ただ、第三者的に考えるなら、出来るなら元の鞘に収まってほしかったということ。新人事発表会見の時に副社長に就任した丸藤正道が「人間関係を修復して…」と発言していたが、これから本当にいい方向に向かうことを願うばかりだ。

 さて試合を観たのは、光雄さんの話を聞いていたために第3試合の途中。田上&小川&菊地vs高山&佐野&エドワーズの中盤戦からだった。全日本時代から気心が通じている小川&菊地が田上を盛り上げるという感じで、それに応えた田上がエドワーズをフォール。試合後には高山が田上の手を挙げて健闘を称えるなど、リング上はいい雰囲気だった。

 そして、この日の主役は青木篤志。メインのジュニア・タッグリーグ公式戦で青木&飯伏が3連覇を狙うKENTA&石森を攻略したわけだが、青木が“ノアの中心”に立つKENTAを腕ひしぎでギブアップさせたのだ。新たな船出のフィナーレは大アオキコールだった。

 新生ノアは今ツアーを7月22日に終了させると8月にはディファ、神戸、京都、ディファで4大会を開催。そして9月27日の東京・日本武道館、10月3日の大阪府立体育会館で三沢光晴追悼興行を行う。

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2009年07月11日

涙の向こうに見えた確かな未来

 昨日は新木場で高木三四郎vs飯伏幸太のワンマッチ興行。これは6・28後楽園のメインのはずだったが、試合の3日前に飯伏が感染性の急性咽頭炎で緊急入院を余儀なくされたことで日を改めて行われたもの。8・23両国のメインであるKO-D無差別級王座挑戦者決定トーナメントの決勝戦だけに、どうしてもやらなければいけない試合だったのだ。ちなみにDDTのワンマッチ興行は2000年7月13日の渋谷club ATOMでの髙木vs大仁田厚以来となる。

 6・28後楽園のチケット半券を持参した人は入場無料。試合開始30分前の7時半には約200枚の整理券が出ていた。最終的な観客動員数は394人。金曜日の夜は誰もが忙しいことを考えれば、よくぞ1試合のために新木場まで足を運んでくれたと思う。

 DDTといえば、いろいろな趣向で楽しませてくれる団体だが、昨日はこの1試合だけ。これだけでお客さんを満足させなければいけない。そして試合の性質からして、勝敗が一番大事になってくる。そんな状況の中、高木も飯伏も余分なものはすべて削ぎ落としてプロレスの勝負だけで魅せてくれた。高木は飯伏が痛めている左腕、あるいは10分過ぎに痛めた左足に集中攻撃。3日前からようやくトレーニングができるようになったという飯伏は「体を使う感覚が戻っていないし、スタミナ的には不安」ということで無闇には飛ばない。お互いに勝負にこだわった戦い方に徹した。

 試合が動いたのは30分近くになってからだった。飯伏がテーブルに寝かせた高木めがけてコーナーポストからフェニックス・スプラッシュ! これで高木が右膝を負傷してしまった。もっとも、観る者が高木の負傷に気付いたのは試合後のことで、高木はそれを感じさせずにラリアットなどで反撃。最後は飯伏がフェニックス・スプラッシュで強引に髙木をねじ伏せた。試合時間は実に31分53秒。それでも間延びした感じはなく、緊迫感のあるいい試合だった。恐らく高木は、両国に向かう上でこうした試合をしておかなければいけないと思っていたのではないか。

「試合を延期してもらって、イメージ・トレーニングが十分にできたことで勝てたと思います。高木さんとは今まで何回もやってギリギリのところで負けたていたけど、今日は自分のやりたい“プロレスごっこ”で挑みました。両国は自分の“プロレスごっこ”の集大成。それを見てもらう場です」と飯伏。“プロレスごっこ”とは飯伏ならではの表現。ヘンな意味ではなく、それが飯伏の一点の曇りもないプロレス愛なのだ。

 一方、敗れた高木は「負けて悔しいっていうのが一番大きいね。同時にDDTの未来を見せてほしいね、共(飯伏とHARASHIMA)にね。俺に勝ってるんだから。両国の俺のカードはなくなっちゃったけど、俺はみなさんが思っているより大人げないんで、大人げなく行きますよ!」

 そして高木は「何かありますか?」と私に振ってくれた。いつも高木は私の顔を見ると、そうやって振ってくれる。私が注目していたのは悔しさを露にしながらも、試合後に勝者・飯伏、王者HARASHIMAを抱き寄せて、目頭を押さえて花道を引き揚げた場面だった。そこで「涙腺を刺激したのは、何だったんでしょう?」と聞いてみた。

 たちまち表情を崩した高木は「これを言っちゃうと、俺はちょっと…。未来を見せられる連中が出てきて、ここまで育ってくれた。自分の中ではそれが一番嬉しかったです。俺たち(のベテラン勢)がいない両国(のメイン)に行ってくれて本当にありがとう。そして共に戦ってくれる仲間たちに感謝しています。負けた悔しさより、それが一番嬉しかった…」と言ってボロボロと涙をこぼした。キャラを壊してしまう無粋な質問だったと少し反省しつつも、この涙には大きな意味があると思う。DDT、いざ両国へ!

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2009年07月10日

そこにはLOVEとリスペクトがあった

 昨日の新宿FACEにおける『NOSAWA BOM・BA-YA 5』はNOSAWA論外のプロレスLOVE&遊び心がいっぱいに詰まり、しかもその人脈がフルに発揮された大会だった。

 ムーブをマニアックにコピーしたブレット菊ハートvsショーン・アントーニオ本多マイケルズに始まり、2試合目では橋誠と入江茂弘のノアvsでら名古屋プロレスが実現、第3試合ではDINASTIAとKONAMIのルチャが観客を魅了した。第4試合は佐藤光留と吉川佑太のパンクラスvsバトラーツ。しかもレフェリーをUインター&リングスでメイン・レフェリーだった和田良寛が務めたのだから完全に“Uの世界”である。このUスタイルの試合はでら名古屋プロレスの久保田ウォリアーズの乱入によって無効試合になってしまい、その流れのままに久保田ウォリアーズvsバラモン兄弟vs紫雷姉妹のハードコア3WAYマッチに突入。紫雷姉妹相手でも「このブス!」とやりたい放題のバラモン兄弟はさすがだった!

 休憩明けにはWWEを離脱し、全日本への参加が決定しているスペル・クレイジーvsウルティモ・ドラゴンvsザ・グレート・サスケの豪華な3WAYマッチが実現。

 そして、この日、最も注目されたのはクラッシュギャルズ25周年メモリアルマッチ。長与みのる&ライオネス高山がクラッシュ2009を結成して極悪同盟のダンプ菊&ブル坂井と激突だ。

 以前、ファン時代の記憶+4時間のビデオチェックで完璧にブロディを再現してブルーザー・ミノディになったみのるはこの日も完璧。肩をいからせた立ち姿、ガードを高くしての構えは若き日の長与そのものだ。ライオネス高山は、もはや性別判断不可能なおばちゃん状態、ダンプ菊はそっくりではあるが、見方によってシャーク土屋に。そしてブル坂井はオカマバーから飛び出してきたかのような妖しさを振りまいた。

 レフェリーは阿部四郎ならぬ和田京平扮する和田四郎。極悪同盟寄りのレフェリングをするはずが、ついつい素が出て中立なレフェリング。これに極悪同盟がキレて、2本目は本物の阿部四郎が登場! 往年の極悪レフェリングぶりに狂喜したオールドファンは少なくないはずだ。だが、3本目にはジョー樋口ならぬジョー和田レフェリーが登場…京平さんもノリノリだった。

 メインは論外&MAZADA&FUJITAvsCIMA&Gamma&KAGETORAの東京愚連隊vsドラゴンゲートのウォリアーズ5。ちなみにリングアナは東京ドーム仕様のコスチュームに身を包んだケロちゃんという豪華版なのだから論外の人脈の広さに関心してしまう。考えてみれば、CIMAらのドラゴンゲート勢とウルティモ・ドラゴンが同じ大会に出場するというのも、過去の経緯を考えれば凄いことなのだ。

 試合の結果を記していないって? いやいや、この大会は勝敗の行方よりも中身を楽しむもの。三冠王者・高山からインディーの選手まで、みんながNOSAWAワールドに身を委ねて試合を楽しんでいた。

 どんなにお笑いテイストになっても人に不快感を与えないのは、論外の「プロレスが好き!」という無垢な心とプロレスへのリスペクトがあるからだろう。

 来年はデビュー15周年&東京愚連隊結成10周年として後楽園ホールで『NOSAWA BOM・BA-YA』を開催するという論外。またまた楽しいアイデアに期待したい!

投稿者 maikai : 11:57 | コメント (0)

2009年07月09日

リッキーとジェリコ

 昨日の『スマックダウン&ECWライブ』は、派手さやスケールの大きさはなくても、プロレスそのものを堪能できた。

 オープニングのジョン・モリソンvsシェルトン・ベンジャミンは日本好みの試合。途中からベンジャミンがヒール・モードになったが、基本はレスリングの攻防。モリソンのフィニッシュであるスターシップペインはアラビアン・プレス+カンクン・トルネードという妙技だったし、トップロープにワンジャンプで上がるベンジャミンの身体能力も素晴らしかった。試合後、ベンジャミンにも多くの拍手が送られたのが印象的だった。

 ミッシェル・マクール&アリシア・フォックスvsメリーナ&ゲイル・キムのディーバ・タッグマッチも試合として純粋に楽しめた。かつてのディーバといえばビジュアルだけというイメージが強かったが、今のディーバはプロレスもしっかりしている。ちゃんと試合で魅せることができて、しかもビジュアル抜群なのだから、言うことない。

 レイ・ミステリオvsエヴァン・ボーンも日本のファンにとっては夢のカード。日本的にはミステリオvsドラゴンゲートで活躍したマット・サイダルだ。感心するのは2人とも動きまわる、あるいは飛びまわるのではなく、要所で緩急をつけて動くことで技をより引き立たせていること。ミステリオが代名詞の619を使うのはフィニッシュの前だけ。619に持ち込むまでのプロレスでお客を惹きつける。技の展覧会にしないことが2人の巧さと言っていいだろう。

 メインは前日と同じCMパンクにジェフ・ハーディーが挑んだ世界ヘビー級戦。2日目はエクストリーム・ルールになってシンガポールケイン、ガーベッジカン、テーブル、ラダーが飛び出す展開に。そうしてアイテムを使いつつも、決して頼らずに試合を構成した2人。ジェフのラダーからのスワントーン・ボムが不発に終わったのは残念だったが、テーブルの上へのスワントーンは見事に決まったし、王者パンクのフィニッシュ技go2sleepはキレイに決まった。2人とも、よく2日間のメインを務めたと思う。

 さて、私の個人的な注目はセミのクリス・ジェリコvsリッキー・スティムボートだ。前日と同じように入場時に「Y2J!」のコールがかかると「昨晩、俺が言ったことをバカなお前らは理解していないのか?」「日本も日本人も好きじゃない。もう2度と日本なんかには来ない!」と悪態をつくジェリコ。そうそう、それでいいのだ。

 そしてリッキーの入場。かつてのスーパーアイドルも56歳になったが、熱い胸板、太い腕…体をきっちり作っていることが嬉しかった。そして顔つきもちゃんと現役レスラーになっている。やはりリッキーはいつまで経ってもリッキー・スティムボートだ。

 今から30年前、リッキーは憧れの“まだ見ぬ強豪”だった。そして80年暮れの最強タッグにディック・スレーターのパートナーとして初来日した。当時、ゴングのアルバイトだった私は『ライディーン』に乗って入場してくるリッキー、カンフーポーズをキメるリッキーにシビレた。取材でジム・ブランゼルと一緒に東京タワーにも連れ出した。明るいアメリカ青年という感じではなく、ちょっとシャイなリッキーだったが、私のつたない英語を一生懸命聞いてくれ、私の顔と名前を覚えてくれた。それだけに思い入れのある選手である。

 今のリッキーに全盛期の姿を求めるのは無理な話。それでもいきなりプランチャを敢行し、チョップ、アームドラッグ(サイクロン・ホイップ)、ダイビング・ボディアタックという代表的なムーブを懸命に披露してくれただけで十分だ。

 そして、そうしたリッキーの攻撃を受け止めて、最後はきっちりとウォール・オブ・ジェリコで締め括ったジェリコ。ジェリコもまた、私には思い入れのある選手。WARのレギュラー時代には毎週、週刊ゴングをあげていたが、喜んで見出しのカタカナを読んでいた。ある時は「広告に載っていた増刊号も欲しいんだけど…」とリクエストされたこともあったし、新宿で飲んだことも。そんな男が今やWWEを代表するスーパースターになっているのだから嬉しい限り。

 リッキー、ジェリコ…昨夜は堪能させてもらいました!

投稿者 maikai : 10:39 | コメント (0)

2009年07月08日

クールなジェリコ!

 WWEスーパースターのスケジュールは超ハード。昨日、日本武道館で『スマックダウン&ECWライブ』の第1戦が行われたが、彼らは現地時間5日にハワイのニール・ブレイズデル・センターで試合をしている。6日午前にハワイを発ち、日本到着は昨日の午後。そしてすぐに武道館での試合というわけだ。試合開始は18時30分だったが、時差を考えれば、彼らにとっては23時30分試合開始と同じ。それでも誰もが長旅の疲れを感じさせないファイトを披露したのはさすがだった。

 で、私の中での主役は誰だったかというとレイ・ミステリオのインターコンチネンタル王座に挑んだクリス・ジェリコ。実にクールだった。

 かつてはライオン・ハート、あるいは冬木軍のライオン道としてWARの常連、その後は新日本でも活躍していたジェリコは日本での人気が高い。ヒールながら入場と同時に「Y2J!」の大コールだ。これをジェリコは完全に拒絶した。「俺にとって日本は第2の故郷ではない」と言い放ち、現在の自分がいかに偉大かをマイクでアピール。歓声はたちまちブーイングに変わった。試合中も思わず観客が「Y2J!」コールを送ると、中指を立ててブーイングに変える。まさにヒールの鑑である。

 そして試合内容はもちろん一級品。体格差があるミステリオ相手にルチャのエッセンスも取り入れたファイトで対応しつつ、じっくりとしたレスリングを見せてくれた。もちろん得意技のライオンサルト、ウォール・オブ・ジェリコも披露し、アメリカでの抗争の軸になっているマスク剥ぎも遂行。試合時間は実に25分41秒に及んだ。

 試合後にはレフェリーのリッキー・スティムボートをKOして今日の一騎打ちにつなげ、さらにリングサイドで観戦していた高山義廣を挑発するなど、きっちりと仕事をやってのけた。仕事に対する真摯な姿勢は昔も今も変わらない。「やっぱりジェリコはいい奴だ!」と書いたら…今のヒールのジェリコは怒るかな?

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2009年07月07日

ノアの新体制について

 昨日、プロレスリング・ノアの臨時株主総会及び取締役が行われ、新役員人事が以下の通りに発表された。

代表取締役社長=田上明
取締役副社長=小橋建太
取締役副社長=丸藤正道
常務取締役=早川久夫
取締役選手会長=森嶋猛
取締役営業部長=三井政司
監査役=樋口寛治

 また百田光雄副社長、永源遙常務取締役、仲田龍取締役統括本部長、小川良成取締役は、それぞれ取締役から勇退し、相談役になった。

 私の個人的な気持ちは、新たな経営陣には「頑張ってください」、勇退された相談役の人たちには「今までお疲れさまでした。これからも側面からノアをバックアップしてください」というものしかない。

 私は情報を探って書くという仕事はしていないからノアの内部事情に明るくない。ただ、一般的に考えて会社内部にはキレイごとでは済まない大人の事情やら、いろいろなことがある。私自身、今でこそフリーという気楽な立場だが、かつては会社組織に身を置き、経営サイドと現場サイドのパイプ役的な立場にいたから、様々なことは推測できる。そうしたわずかな経験だけからの考えになってしまうが、今回のノア新人事は細かいことを抜きにして「何があっても一枚岩になって発展させていこう」という共通の強い意思を感じた。分裂騒動という嫌な思いを経験していることも大きいと思う。

 今はあれやこれや言うよりも、新たな船出を見守りたい。

投稿者 maikai : 10:46 | コメント (0)

2009年07月06日

ファンへの感謝、そして“自由と信念”への誓い

 三沢さんのお別れ会(献花式)から一夜明けた昨日は、同じディファ有明でノアの選手会興行が行われた。会場はイスをビッチリ設置した1800人で熱気ムンムン。その熱い空間で選手たちはファンへの感謝の思い、三沢さんへの誓いとも思えるイベントを創り上げた。

 試合は12選手参加のロイヤル・ランブル、そしてファンの綱引きによって組み合わせが決まるシングル6試合。しかもシングル戦は完全決着ルールというもので、三沢社長は森嶋選手会長にこのアイデアについて快くGOサインを出していたという。

 イベントの進行には選手会のアイデアとしてスクリーンがフルに活用された。森嶋の挨拶、第1試合のロイヤル・ランブルの抽選会の様子も流して選手の素顔を見せ、試合前には各選手の試合前の意気込みを流した。また、お楽しみとして休憩明けには嚆矢のライブ、さらに選手&レフェリーの歌合戦も行われ、志賀&川畑のパンパーズが『兄弟船』を渋く聞かせれば、負傷欠場中の太田がお手製の獣神サンダー・ライガーのコスチュームで『怒りの獣神』を熱唱。トリはレフェリーのマイティ井上が25年前にリリースした『エマの面影』を歌い上げた。その甘い歌声はさすがプロ! 試合後には選手の愛用品のプレゼント抽選会も。

 注目のシングル6試合は①谷口vs金丸②森嶋vs彰俊③杉浦vs石森④ヨネvsロイヤル・ランブルの優勝者(雅央)⑤潮﨑vsKENTA⑥力皇&鼓太郎に。いずれも熱戦だった。谷口が新技の変形バックドロップで今日7日にデビュー13年を迎える金丸から金星を奪取。森嶋はバックドロップ2連発で彰俊を下すと、マイクで「齋藤さん、これからも一緒に頑張っていきましょう!」とエール。彰俊は「あの技で最後に勝負してくれたことに感謝しています。社長の最後の対戦相手なんで、もっともっと上に行きます!」と報道陣に誓った。

 セミとなった潮﨑vsKENTAのGHCヘビーvsジュニア王者対決は大勝負。共にどんなに追い込まれもフォールを許さず、決着がつかないのではないかと思われるほどの戦いになった。やはりこの2人の若き王者が今後のノアを牽引していくのだと実感した試合だった。

 全試合終了後にはスクリーンに三沢さんの姿が。これも森嶋選手会長の意向によるもの。そしてエンディングでは「三沢社長、今まで本当にありがとうございました。今後も社長が作ったプロレスリング・ノアの戦いを選手一同受け継いでゆく決意です。どうぞ見ていてください」という選手会一同のメッセージが浮かび上がり、ディファ有明には『スパルタンX』が鳴り響いた。

 今回の選手会興行は今まで、そしてこれからも応援してくれるファン、前日に花を持って駆け付けてくれたファンへの感謝、そして三沢社長のプロレスリング・ノア旗揚げの理想であった“自由と信念”に則って様々な企画を盛り込んだ心のこもった実にいい大会だったと思う。そして12日、ノアは後楽園ホールで新たな第1歩を踏み出す。

投稿者 maikai : 14:39 | コメント (0)

2009年07月05日

新たな航海

昨日はディファ有明で三沢光晴さんのお別れ会。私は報道ではなく、友人として参列させてもらった。富士ヶ根親方、徳光和行クン、松竹梅の梅ちゃん(梅村達也)、文化放送のMさん…職業や年齢も関係なく三沢さんと楽しく飲んでいた仲間たちと久々に会うことができた。そして妻が作ったレイを手向けてきた。

 正直、遺影を見ても実感が湧かなかった。むしろ献花を終え、参列者を見送るノアの人たちの顔を見た時にグッと来るものがあった。今日は午後3時から選手会興行。恐らく精神的にも肉体的にも限界に近いだろうが、踏ん張ってほしい、頑張ってほしいと思う。

 お別れ会には26000人もの参列者があったという。私がディファ有明に到着したのは12時半前だったが、その時点でゆりかもめの有明テニスの森駅の前まで列ができていたし、帰路の2時半頃には2つ先の新豊洲駅のあたりまで長蛇の列になっていた。

 その様子を見ていて、改めて三沢さんがこれまでやってきたことの大きさを感じた。「ここで返さなかったら、あとで後悔する自分が嫌だから…」と、どんなに過酷な試合でも極限まで立ち上がる“命懸けのプロレス”に勇気づけられ、励まされた人は本当に多いと思う。そして、そういう活力を人に与える力がプロレスにはある。26000人もの人たちが集まるほど、まだプロレスには力がある。今、プロレス界はあなたたちの力を必要としている。これからもプロレスを見続けて、応援してほしい。「俺らの世代でプロレスを終わらせちゃいけない」が三沢さんの口癖でもあった。

 昨日のお別れ会は…三沢光晴にとって、ノアにとって、プロレスに関わるすべての人たちにとって“新たな航海”のスタートだったと私は信じている。

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2009年07月04日

16年ぶりの流星仮面

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 昨日は月曜日に続いてサムライTV『S-ARENA』に出演した。ゲストは今日4日、新木場で『流星仮面FIESTA』に出場する“流星仮面”マスクド・スーパースター。

 スーパースターの初来日は74年4月の新日本プロレス『第1回ワールド・リーグ戦』で、その時は素顔。何とモンゴル代表のボロ・モンゴルだった。当時、私は中学1年生になったばかりである。

 今回は実に16年ぶりの来日。午後5時10分に成田空港に到着し、ホテルで少し休んでからスタジオに来てくれたが「空港は変わっていなかったけど、レインボー・ブリッジ、お台場…景色は随分と変わったね」とスーパースター。現在61歳だが、年に20試合ぐらいはこなしているという。

 彼が現役を続けているのは、ジョージアで青少年のケアの仕事をしているため。試合やサイン会、マスクなどのグッズを売った収入をすべて施設に寄付しているのだ。今回の試合もチャリティーの一環で「子供たちの力になれる限り現役を続けたい」と笑っていた。

「アンドレを最初にボディスラムで投げたのは私なんだよ」「アンドレは友達でもあって、2人の娘の名付け親なんだ」「アンドレ、マードック…仲のいい友達はみんな逝ってしまった」「シャーロッテではテンリューと一緒だった。最初、テンリューはジャンプして相手の背中を蹴るキックをやっていたんだけど、私はイノキのキック(延髄斬り)を知っていたから、テンリューに“背中じゃなくて後頭部を蹴った方がいい”とアドバイスした」「最初の5年間は高校の教師がメインでプロレスはパートタイムだったんだ。だから夏休みの期間にプロレスをしていた」「14歳の孫がいるんだが、すでに192センチもある。今はフットボールに夢中だけど、レスリングにも興味があるみたいだ。とりあえず大学さえ出てくれれば、あとは好きな道に進んでいいと思っている」「5日にはサカグチの招待で久々にニュージャパンに行くよ」などなど、番組の本番&控室でいろいろな話をしてくれたスーパースターこと、ビル・イーディーさん。ジェットラグでお疲れのところ、貴重な話をありがとうございました!

投稿者 maikai : 09:17 | コメント (0)

2009年07月02日

崔領二の出直しに期待

 昨日は3・29靖国神社以来のZERO1。靖国では崔領二が大谷晋二郎を破って世界ヘビー級王者になった。

 その崔は「スタートラインだっていうのはわかってます。いろいろ言われると思うけど、とにかくスタートラインに立たないと始まらない。ゼロからの第一歩ですよ。チャンピオンになっただけじゃ駄目、大谷さんを倒しただけじゃ駄目。“ゼロワンは変わったね”と言われるチャンピオンになりたいと思います。プロレスは人生だと思うので、精一杯、悔いのない人生を送りたいと思います。いつか、俺らに憧れてプロレスに入ってくるだろう若い人とたちに背中を見せていきたい」と語っていた。

 今回は関本大介に続く2度目の防衛戦。相手は『火祭り』3連覇を果たした文字通りのZERO1の象徴・田中将斗だ。大谷、田中の2人を破れば、確かに新時代の扉は開かれる。

 だが、結論から書いてしまえば、将斗はとてつもなく強かった。体格的には崔が勝っているが、打撃戦にしても何にしても将斗の方が明らかに上。経験してきた修羅場の数の違いがモロに出た試合だった。もちろん崔も頑張った。それでも最後は将斗のスライディングD2連発で勝負あり。崔の天下は3ヵ月で終わってしまった。

 さあ、崔はどうする? ここで挫けてしまったら、それこそ時計の針を逆戻りさせることになる。しかし試合後の崔は清々しい顔をしていた。

「俺の中でのプロレスのスーパースターは橋本さんじゃないんです。アントニオ猪木、タイガーマスク、長州力も名前しか知らなかった。俺の中で、初めて見たスーパースターは大谷晋二郎であり、田中将斗なんですよ。だから誰よりもあの2人をリスペクトしているし、目標にしている。壁になってもらわないと俺は困るんです。俺の物差しの中ではあの2人はどんな選手よりも強いし、人間的にも素晴らしいと思っています。だから、これからも目標とするし、戦った時には容赦なく向かって行くし、組んだ時にはこのZERO1のために力を合わせていきたい。今日、戦ってみて…やっぱり田中さんはさすがでした。何も言いませんわ。また一から出直します。死ぬ気で頑張ります」

 崔は15歳でヨーロッパに渡り、オランダのカマクラジムでジェラルド・ゴルドーに師事した男。他の選手とはちょっと毛色が違う。そこが魅力でもある。そして昔からのプロレスファンではなかった崔にとってプロレスラー=大谷&田中ということになる。

 わずか3ヵ月の王者だったが、その短期間の中でトップとして団体を牽引することの大変さ、大谷&田中の偉大さを痛感したことだろう。誰もが初めてトップに立った時には壁にぶつかるし、周囲もなかなか評価してくれない。昨年4月にキャリア3年半で三冠王者になった諏訪魔は「お客さんがチャンピオンとして認知してくれないから悩むんですよ。ただ、その暗いトンネルに入れたってことは…みんなが入れるわけじゃないですから。そのトンネルの入口は狭いんですよ。そこに入れたってことはいいことであって。ただ、想像を絶するトンネルですよ」と言っていた。

 この選ばれし者だけしか入れないトンネルを経験したことで、崔は真の意味で第1歩を踏み出した。もうすぐ『火祭り』がスタートするが、田中は崔に「俺は必ず4連覇する。もし違うブロックになったら、必ず決勝まで来い!」とラブコールを送っている。ここからが崔領二の真価の見せどころだ。

投稿者 maikai : 12:06 | コメント (0)

2009年07月01日

三沢さんに導かれて…

 週刊プロレスの本日発売号から『三沢さん追悼リレーインタビュー』がスタートした。その記念すべき第1回のバトンが光栄にも私に渡された。ゲストは越中詩郎。三沢さんと越中さんは、三沢さんが全日本に入門した81年3月から84年3月まで3年間、砧の道場で寝食を共にし、84年3月から同年7月までメキシコで苦楽を共にした仲だ。

 当時の2人の様子を知るマスコミは本当に少なくなった。私にしてもゴングが週刊化されて全日本プロレス担当記者を命じられたのは84年4月だから三沢さんと越中さんがメキシコに出発した後。だから三沢さんが私の取材対象になったのはタイガーマスクになってからということになる。そして越中さんはメキシコにとどまって翌年夏に新日本に移籍してしまったから、正確には私の取材対象になったことはないのだ。

 ただ、私の場合は2人のメキシコ修行が決まった後の84年1月に全日本プロレスのグアム合宿に同行取材している。越中、三沢、冬木弘道、ターザン後藤、川田利明の砧道場組と一緒にウインドサーフィンに講じたり、プールではしゃいだりしたのは、今となっては貴重な体験だ。同年3月6日にメキシコに出発する時もなぜか全日本事務所まで取材に行っていた。そんな財産があったからこそ、今回のリレーインタビューで私に白羽の矢を立ててくれたのだと思うし、三沢さんの追悼号の時もそうだったが、私の過去の経歴にこだわらずに起用してくれた佐久間編集長には感謝している。

 フリーになってから『新日本プロレス35年激動史』『四天王プロレスFILE』『三澤光晴 緑の軌跡』で原稿を書き、『週プロ回顧録』では“元・週刊ゴング編集長から見た週プロ”という形でインタビューしてもらうなど、これまでも増刊号には関わってきたが、週プロそのものに原稿を書いたのは今回が初めて。かつてSWS騒動や95年春の『夢の懸け橋』で真っ向から対立し、週刊ゴング編集長として戦ってきた媒体で仕事をするというのは運命の不思議を感じるし、感慨深いものがある。

 今後も週プロと縁があるのかどうかはわからないが、今回は三沢さんが導いてくれたものだと思っている。

PS.昨日の『ドラゴンゲートの猿虐待疑惑について』には数々のコメントが寄せられました。ただ、それによって、このサイトをご覧になっている方たちが紛糾するのは私としては避けたいので、あえて掲載しません。ただし、私は個人として皆さんの意見を受け止めるつもりなので、掲載はしませんが、訴えたいことがあれば書き込んでください。

投稿者 maikai : 11:20 | コメント (0)