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2009年06月30日

ドラゴンゲートの猿虐待疑惑について

 この何日間か、ドラゴンゲートが神戸の練習場で飼育していたニホンザルへの虐待疑惑についての書き込みが続いていた。

 この“事件”は若手選手のブログに虐待を思わせる画像や書き込みをしてそれが話題になり、さらに兵庫県警への通報もあって、動物愛護法違反容疑で捜査の手が入っていることがすでに一般紙でも報道されている。

 ドラゴンゲートの対応は5月30日の公式ホームページで『弊社としましても、直ちにこれらの事実確認をすべく選手、スタッフ等関係当事者から事情を聴取するなどいたしましたが、「コラ」(ニホンザルの名前)は弊社道場において長年にわたって飼育されていた猿であり、飼育当番である若手選手・練習生の間のアイドルとして可愛がっていたものでありますが、インターネット上で批判されておりますような動物虐待の事実は発見されておりません」と虐待を否定しつつも「皆様方に対する信頼を回復し、皆様方からの疑念を払拭すべく、さらに慎重を期して、再度の事情を聴取するなど事実調査を続行しております』として、ブログを書いていた選手を無期限謹慎処分、管理不届きとして岡村社長の謹慎及び減俸処分を発表した。

 また一般紙で報道された後の6月25日にはやはり公式ホームページ上で『今回の騒動につきまして、隠蔽することなく、再度できる限りの調査を行い、また警察や関係省庁に対しても全面的に協力し、全てのことに関して事情をお話ししております。そして事実関係が判明するための最大限の努力を行っておりますことをどうかご理解ください。また、もし今後、新たな事実が判明した場合には、あらためて皆様にご報告申し上げるとともに、然るべき処分等を行う所存でございます。(中略)今後も今回の騒動の事実確認はもちろんのこと、再発防止、身体だけでなく心の教育にも力を注ぎ、管理、監督していく所存でございます。そして今後、選手はリング上で最高の試合をお見せすることにより、そしてスタッフは真摯な対応をさせていただくことにより、皆さまからの信頼を再度いただけますよう一丸となって努力していく所存でございます。(中略)この度の騒動で純粋に試合を楽しんでいただいていますたくさんのファン、そして動物を愛するたくさんの方々のお気持ちを傷つけ、またご心配をおかけいたしましたことを、選手、スタッフ一同、改めまして心からお詫び申し上げます』と記している。

 今回の件は事実関係を明らかにするのはもちろん大事だが、それ以前にニュースになったという時点でドラゴンゲートのみならずプロレス界全体のイメージダウンになったことは否めない。

 私の気持ちは「何があったのかをきちんと記者会見を開いて包み隠さず明らかにする責任は当然あるし、虐待の事実が認められたのなら、それを謝罪し、誠意を持って社会的な責任を果たしてほしい」という、ごく当たり前のものである。

投稿者 maikai : 10:16 | コメント (0)

2009年06月29日

DDTの心意気を見た!

 昨日の後楽園はDDTにとって8・23両国初進出に向けて絶対に失敗できない大会だった。メインは両国でHARASHIMAのKO-D無差別級王座への挑戦権を賭けた高木三四郎と飯伏幸太の一騎打ち。ところが主役のひとりの飯伏が大会2日前の26日に感染性の急性咽頭炎で緊急入院という異常事態に。

 だが、高木の対応は迅速だった。26日の時点でホームページを通じてチケットの払い戻しを当日の受付で行うこと、また後楽園の半券を持っている人は7・10新木場における髙木vs飯伏のワンマッチ興行を無料で観戦できることを告知、大会前日の27日には飯伏の代打としてバトラーツの沢宗紀が高木と戦うことを発表した。

 実は昨日、澤はゼロワン郡山大会に出場していた。後楽園に到着したのは休憩前という慌ただしさだった。それでも「2005年にランジェリー武藤でDDTさんに出させて頂いて、そこから仕事が入ってくるようになったから、いつか恩返ししたかった」という澤は全力ファイト。試合の途中で右手の指を裂傷するというアクシデントもあったが、20分28秒もの熱闘をやってのけた。試合後のサワ・コールは感動的なものだった。

 もちろん高木にも遊びはなし。真っ向勝負からクローズライン・フロム・ヘヴンで澤を沈めた後に「40度以上の熱がある飯伏を出すわけにいかないし、今日は澤クンじゃなきゃ駄目だった。バチバチって言葉はあんまり好きじゃないけど、バンバンボコボコのファイトで…。飯伏のぶち切れた時と澤クンのぶち切れファイトは甲乙つけがたいので。両国を成功させるには、こういう澤クンのようなスパイスが必要なんですよ。急なオファーを受けてくれた澤クン、バトラーツの石川社長、ゼロワンさんに感謝しています」と語った。

 髙木、澤、他のDDTの選手&スタッフはこのアクシデントの中で心意気を見せてくれたと思うし、十分にファンに伝わったと思う。今回のことをバネにこの熱を両国に持って行ってほしい。

 サプライズとしては両国でポイズン澤田JULIEと蝶野正洋の一騎打ちが決定した。呪文EDになっていたポイズンは新日本で同期だった後藤達俊の力を借りて復活、高らかに“打倒!蝶野”を宣言した。ポイズンは新日本道場に関して言えば、蝶野より2年先輩になるのだ。

投稿者 maikai : 11:59 | コメント (0)

2009年06月27日

アパッチの活動休止問題について

 昨日は新木場で久々のアパッチプロレス軍。前回の5・22新木場に金村キンタローが不法乱入したことを受け、今回のメインは佐々木貴&葛西純vsGENTARO&竹田誠志によって“新生アパッチ”を見せるという。その心意気を確認しに会場に足を運んだわけだが、会場入りするなりショッキングな事実を知らされた。

 それはアパッチの活動休止。すでに決定している8・8一関大会はアパッチの名前で開催されるが、実際にはこの新木場大会をもって活動休止にするというプレスリリースがアパッチプロレス軍事務局の名前で流れたようだ。それも各社に届いたのは午後5時半過ぎとのこと。すでに選手たちは会場入りしており、恐らく選手たちの大半はこの事実を知らなかったと思われる。

 報道陣は選手たちへの影響を考慮して試合前にはこの話題には触れなかった。試合は、私的には第1試合の宮本裕向vs神威、メインのタッグが良かった。第1試合では久々にデスマッチ・ファイターではない宮本の徹底した足攻めから足4の字固めでフィニッシュという試合は新鮮に映ったし、宮本に食らいつく神威にも好感が持てた。メインのタッグは「レフェリーが特に危険とみなした凶器もOK」というアパッチルールだったが、ハードコアにはならず真っ向勝負。そこには4選手の様々な思いがあったはずだ。そしてGENTAROがバックドロップ・ホールドで貴をフォールし、熱闘は24分11秒でピリオドを打った。

 さて、活動休止問題である。果たしてどうファンに説明するのか? 勝利したGENTARO&竹田はそのまま何も語らずに花道を引き揚げる。貴と葛西は客席四方に深々と頭を下げ、向かい合って星座をし、深々と礼をすると抱き合い、そして無言で花道へ。リング上には2本のマイクが置き去りにされた。

「8月の岩手(一関)大会はアパッチプロレス軍として決行します。それ以降は白紙です。ただ、アパッチとしての活動は休止しても、俺は止まりません。それがアパッチなのか、違う何なのかは言えません。走り始めた以上は立ち止まれない…こんなところで終われない。突っ走り続けます。自分に付いてきてくれる人がどれだけいるのかわかんないけど、意思の疎通は取れていると思います。今日はリリーズが先走った感じで驚いたところもあったし、(ファンに)きちんと説明できませんでした。僕の力不足を痛感していますし、僕の不甲斐ないところだと思います。今日は説明できませんでしたけど、自分たちの道を定めてきちんと発表したいと思います。僕は馬鹿かもしれないし、要領も悪いかもしれないけど、どこまでもまっすぐに突っ走ります」と貴。

 どうやら内部的な問題でアパッチプロレス軍という名前を使うことに問題が生じたようだ。

「僕はこのメンバー、この世界を続けていきたい。後ろを振り返るのはやめたいし、自分たちが輝ける場所を創っていきたい。終われない…終わってたまるかの気持ちです」と貴は言葉を続けた。

 私は内情をまったく知らないから何とも言えないが、少なくともアパッチ=金村というイメージが強いのは事実。ならば看板にこだわらずに新しい道を行くのが最善の道だと思う。この無骨な集団が8月以降もまっすぐに歩んでいくことを願いたい。

投稿者 maikai : 15:22 | コメント (0)

2009年06月26日

どうなる!?ハッスル

 最近のハッスルはハッキリ言って私好みになってきている。というのは様々なトッピングがあっても「最終的に見せるのはプロレス!」という方針が感じられるからだ。

 昨日の後楽園にしてもモンスターHGvsRGは、RGがHGにしたためた手紙が重要な役割をしていて、試合中にRGが手紙を読むと、スクリーンには回想シーンが映し出されるというハッスルならではの演出があったが、それが楽しめるのもそれまでの攻防がハードだったからだ。HGのイス攻撃でRGの背中は内出血を起こして腫れ上がっていた。また第2試合のアン・ジョー司令長官vs小路二等兵vs坂田亘は小路のモンスター軍離脱のストーリーラインに乗った試合ではあるが、これも一昔前ならUインターvsPRIDEvsリングスの3WAYマッチという信じられないカード。これをサラッとファイティング・オペラという舞台でやってしまうのがハッスルの世界だ。

 そして昨日の本当の見所は第1試合のレイ大原vsKGとメインの川田利明vsマグナムTOKYO。何があっても最初と最後はきっちりとプロレスを見せてくれた。大原vsKGは男vs女のミックストマッチだということを感じさせない試合。それは大原の巧さもあるし、KGの成長が大きい。KGはルチャ的な大技だけでなく、大原の強い当たりを受け止めるだけの受け身、体力を身に付けてきている。だから試合を見ていても違和感がない。きっちりとプロレスラーになったと言っていいだろう。メインの川田vsマグナムは遊びがないシビアな試合だった。そしてお客さんがこうした試合をちゃんと見てくれるようになったのが、今のハッスルには大きいと思う。

 ただ、気になるのはハッスルの今後だ。正直な話、今年になって客足が落ちてきているのは否めないし、7・26両国の『ハッスル・エイド2009』をずっとアルマゲドン(最終戦争)として煽ってきた。そして昨日は『ハッスル・エイド2009』のタイトルが“さよなら髙田総統”であることが発表された。髙田総統自身、「後楽園のバルコニーに立つのは今日が最後」と明言。一体、これは何を意味するのか? ひょっとしたら7・26両国で最後!? いやいや、8・27後楽園までの日程はすでに発表されている。

 いずれにせよ、今、ハッスル内部で何かが起こっているのは確か。これが大ドンデン返しの布石なのかは現時点では皆目見当がつかないが、ようやくプロレス的な方向性が定まってきたように感じていただけにハッスルの今後が気にかかる…。

投稿者 maikai : 15:21 | コメント (0)

2009年06月25日

Gスピリッツ第12号情報PART2=武藤敬司の猪木vsアリ論

明日発売のGスピリッツ第12号の『猪木vsアリ特集』では33年が経過した今の視点から世紀の一戦を検証するということで、ボクシングの視点として現・東日本ボクシング協会会長で元WBA&WBC世界ストロー級チャンピオンの大橋秀行氏、総合格闘技の視点として現・日本ブラジリアん柔術連盟会長で元・修斗ウェルター級王者の中井祐樹氏が取材に応じてくれている。

 そしてプロレスの視点として登場してもらい、私が取材したのが武藤敬司だ。全日本の社長室で猪木vsアリのVTRを一緒に観ながらの取材になったが、高校時代の“柔道の鬼”木村政彦との出会い、東北柔専時代の和術慧舟會・西良典との思い出、競技論、プロレス論、興行論、猪木論…猪木vsアリは武藤の引き出しを次々に開けてくれた。

 あの猪木vsアリをも呑み込んでしまう武藤哲学はハッキリ言って凄い。とにかく読んでみてください!

投稿者 maikai : 11:53 | コメント (1)

2009年06月24日

Gスピリッツ第12号情報=33年目の新証言

 今日は明後日26日(金)に発売されるGスピリッツ第12号について書かせてもらう。特集は『アナタは世紀の一戦の“虚”と“実”を見抜けますか?』と題した1976年6月26日に行われたアントニオ猪木vsモハメド・アリの検証で、私は大塚直樹氏と栗栖正伸に取材した。

 のちにジャパン・プロレス社長となる大塚氏は、当時は営業部次長。試合直前まで猪木と一緒にチケット売りに奔走し、試合当日はジャッジぺーパーの集計係としてリングサイドに座っていた。

猪木&新間営業本部長の腹心から見た猪木vsアリとは何だったのか? チケット営業の間に見た当時の猪木の素顔は? また、大塚氏にはのちに『ジャッジぺーパー改ざん疑惑』が浮上したが、その真相は?

“イス大王”こと栗栖正伸は、当時は猪木の付き人。アリ戦当日も運転手として猪木の送り迎えをやっている。栗栖は、実はアメリカで猪木と知り合って新日本プロレスに入門したというちょっと変わった経歴の持ち主。そんなことも踏まえての栗栖さんの立場から見る猪木vsアリも新鮮だった。

 33年間語られなかったことを大塚さん、栗栖さんから引き出せたので、ぜひ読んでいただきたい。

投稿者 maikai : 10:22 | コメント (0)

2009年06月23日

ノア、6月ツアーを完走!

 昨日は後楽園ホールでノア6月ツアーの最終戦。私にとっては悲しい出来事があってから初めてのノア。正直、あれ以来、悲しみの一方でどこか実感がなく、心がザワザワしていた。これで実際にノアの会場に足を運んだらどうなるのかちょっと怖かった。

 試合開始2時間前、後楽園ホールに着くと当日券を求めるファンの人たちが長蛇の列を作っていた。

 会場に入り、仲田龍統括本部長、福田レフェリー、西永レフェリーらに挨拶。やはり仲田統括本部長の顔を見たらこみ上げるものが。私にとってはいつまで経っても三沢&仲田コンビは“みっちゃん&りゅうちゃん”なのだ。

 昨日は夜10時からサムライTV『S-ARENA』の仕事が入っていて、感傷的な気分を引きずって番組に行ったらよくないなと心のどこかで不安もあったが、やはり後楽園ホールに行ってよかった。結局、私が観ることができたのは青木vsライガーまでだったが、選手たちの踏み出そうという前向きな気持ち、それを後押しするファンの気持ち、選手とファンの一体感を実感することができたからだ。

 齋藤彰俊にも大きな声援が送られた。彰俊は「これからのノアをよろしくお願いします!」と力強く言った。石森と電撃和解して次期ツアーのジュニアヘビー級タッグリーグ戦3連覇を宣言したKENTAは「緑のマットは止まらねぇぞ!」と叫んだ。そう、止まっている場合ではない。とにかく一歩でも半歩でも前に進むのみだ。

 最後に秋山について。秋山が腰の負傷を理由にGHC王座を返上して欠場したことについて「実は精神的なショックで…」とも囁かれていた。昨日、本人と話したところでは9日の沼津大会から違和感を覚え、13日の広島大会のタッグマッチではコーナーに待機している時もトップロープにつかまって立っていることができず、セカンドロープを握って立っているのがやっとだったという。三沢さんの異変の時も這うようにリングに向かったものの、自分自身が周りに迷惑をかけると判断して途中で控室に引き返したそうだ。最終的には神経ブロックの注射を打っても効かない状態で、ベルト返上&欠場を決断したとのこと。状況が状況だっただけに、この決断は秋山にとってかなり辛いものだったに違いない。1日も早く治して、また元気なファイトを見せてもらいたいと思う。

 6月ツアーを完走したノア。一息つく間もないのが現実だが、とりあえず選手&関係者に心から拍手を贈らせていただきたい。

投稿者 maikai : 10:10 | コメント (1)

2009年06月22日

昨日の主役は荒谷望誉!

 昨日の後楽園ホールにおける全日本プロレス『CROSS OVER09』開幕戦は話題満載。次期シリーズで開催されるジュニア・ヘビー級リーグ戦に向かっての動き、ジョー・ドーリングとゾディアックの遺恨決着戦、7・5金沢に向かってジュニア王者カズとMAZADAがタッグ前哨戦、6人タッグでみのる&ケアと武藤&河野が世界タッグ前哨戦、その6人タッグでは三冠挑戦を睨んで諏訪魔が王者・高山をジャーマンでフォール。また、三沢さんに捧げるように武藤がケアにエメラルド・フロウジョンを決めれば、お返しにケアがタイガー・ドライバーを見舞うシーンも生まれた。

 だが、昨日の主役は7・26後楽園で引退する荒谷望誉。トホホじゃない時代に何度も好ファイトを繰り広げた小島聡とメインで一騎打ちだ。

 今現在のコミカル路線でいくのか、それともシリアス路線でいくのか…。試合は序盤から小島のペース。実は試合開始早々に荒谷の古傷である左ふくらはぎがバチッと音を立てていたという。

 気付くと花道の奥から「アラヤー、最後ぐらいしっかりしろーっ!」の声。よく見ると荒谷の奥さんだった。言葉はちょっとキツイけれども、目に涙を溜めて、そしてこれ以上ない優しい笑みをたたえてリング上の荒谷を見つめていた。

 荒谷の奥さんは明るくて肚の座った女性。96年6月1日に荒谷がムーンサルトに失敗し、額からキャンバスに突っ込んで第七頸椎棘突骨折という重傷を負った時も毅然としていたし、天龍さんのグーパンチで顔が変形するほどボコボコにされても明るく振る舞っていた。奥さんも娘さんも上辺ではない本当の荒谷の強さを知っている。強い夫、強いお父さんを全面的に信頼しているのだと思う。だから、荒谷は胸を張ってお笑い路線を突き進めたのだろう。

 昨日の荒谷はカンチョーなどの普段のお笑いテイストを織り込みながらも、パワフルなラリアット、パワーボム、ムーンサルト・プレスと“本来の姿”もチラリ。いつの間にか武藤社長がリングサイドに陣取って荒谷を応援し、普段の“お笑いプロレス”では天敵の村山レフェリーも「カバーに行け!」と、荒谷寄りのレフェリングに。ファンはもちろんアラヤ・コールだ。

 最後はカチ上げ式のラリアットに大の字になったが、序盤での左ふくらはぎのアクシデントを感じさせない熱闘だった。

「あの人とやるといつもそうなんですけど、凄い気持ちいい痛みというか。負けたけど楽しくできました。あの人は同世代のトップを走っていて、この会社に入る前から目標っていうか、近づいて追い越さないとって思っていたんですけど、いつの間にかこうなってしまいました、私は。あの人を越えることはできなかったですけど、最後に試合組んでもらってよかったです」と荒谷。

 7・26後楽園の引退試合は菊タローとバカ兄弟を結成して渕正信&TAKAみちのくと対戦することが決定した。本当は天龍さん、あるいは川田相手に“本当は強い荒谷”としてゴツゴツしたファイトをやってほしいと思っていたが、本人はレスラー生活の最後に選択したお笑い路線を貫く覚悟。そういったところが、私からしたらWAR的というか、頑固な一面なのだ。

「自分なりに思い切りやって終わりたいです」と荒谷。最後にお笑いプロレスの集大成を観させてもらいます!

投稿者 maikai : 12:26 | コメント (0)

2009年06月21日

Gスピリッツ第12号表紙&主な内容です

Gスピリッツ12号.jpg

 6月26日(金)発売の『Gスピリッツ第12号』の特集は“史上最大のミステリー=アントニオ猪木vsモハメド・アリを読み解く”です。発売日のちょうど33年前の1976年6月26日に東京・日本武道館で実現した世紀の一戦はこれまでにも様々な形で取り上げられているが、あまりにも謎が多い。そこでGスピ流に斬り込んだのが今回の特集。

題して『アナタは世紀の一戦の“虚”と“実”を見抜けますか?』。

何だか意味深でしょう? インタビューには以下の人たちに登場していただいていますが、この特集は単なる証言特集で終わるのではなく、当時の状況をGスピならではの視点で検証しているので、お楽しみに。


【インタビュー】
大橋秀行
中井祐樹
武藤敬司
坂口征二
木村健悟
栗栖正信
ドン荒川
佐山聡
大塚直樹

【実録・国際プロレス】
ストロング小林と覆面太郎

【ジャイアント馬場外伝】
ショーヘイ・ババのアメリカ武者修行

【伝説のルチャドール】
“青い矢”アニバルの足跡

【秘宝発掘】
世界各国の戦前レスリング稀覯本

私が取材した内容については、追ってダイアリーで書いていこうと思っていますので、御期待のほどを…。

投稿者 maikai : 19:44 | コメント (1)

2009年06月20日

新たな戦いの始まり

 どんなに深い悲しみがあろうともプロレス界は動いていく。それを感じさせてくれたのが昨日の後楽園ホールにおける『ザ・グレート・サスケ20周年突入ツアー』開幕戦だった。

 試合前にはみちのくプロレス旗揚げ時からレフェリーとして、裏方として尽力したテッド・タナベさん、そして三沢光晴さんの追悼セレモニー。その前にはみちのく旗揚げの頃、テッドさんと喧嘩ばかりしていた気仙沼二郎が「テッドさん、今日も一生懸命戦います。観ていて下さい」と『俺の海』を熱唱した。

 そして試合になれば、テーマは世代闘争。普段は敵対している正規軍と悪のユニット九龍が合体してサスケ、人生、かつてみちのくを盛り上げたレジェンドたちに挑むというのが今回のツアーのコンセプトだ。

 第2試合にはサスケの師匠ウルティモ・ドラゴンがサプライズ参戦してヤッペーマン1号&2号と合体し、大柳&日向寺&梶原と対戦。ウルティモがアサイDDTでかつての教え子・大柳を仕留めた。闘龍門2000プロジェクト(T2P)としてデビューしながら家庭の事情で一度はリングを去っていた大柳が思わぬ形での師匠との対戦に感激していたのが印象的だった。

 第3試合では、みちのくOBのTAKAみちのく&メンズ・テイオーが沼二郎と合体してラッセ&南野&まぐ狼と対戦。沼二郎がまぐ狼にプランチャ、テイオーが南野にテイオー・ロックを決めている間にTAKAがラッセをみちのくドライバーⅡで仕留め、レジェンド軍の完勝だ。

 10日前にサスケとのSTRONG-K戦をテッドさんに裁いてもらったTAKAは「俺らはまだ負けられないよ。テッドさんは最後まで戦い抜いたんだから、まだまだ若い者には負けない。俺と大塚さん(テイオー)は飛び出しちゃったけど、こうして生え抜きの沼二郎は頑張っているし、今日の東北ジュニアもサスケに獲ってもらって、俺はサスケvs沼二郎が見たい。いつまで最前線でできるかわからないけど、若い選手たちの壁になるのが俺たちの役目。若い奴らは勢いがあるけど、こっちには経験と絆がある」と涙ながらに語ったTAKA。テイオーは「今日はノーコメントで…」と言い残して控室に消えた。

 セミの人生&タイガーマスク&ディック東郷vs佐藤兄弟&野橋も佐藤兄弟にタイガーが卍固め、東郷がクロスフェースを決めている間に人生が野橋に極楽固めというレジェンド軍の圧勝。

 会場のムードもテッドさんのことがあっただけにレジェンド軍を完全に後押し。メインの東北ジュニア戦ではサスケのセコンドにウルティモ、TAKA、テイオー、東郷、沼二郎が付き、ハッピーエンドへのお膳立てはすべて揃った。しかし、ここに現実を突きつけたのはキャリア5年弱、22歳の若き王者フジタ“Jr”ハヤトである。

 試合はお互いに足を極め合うなどのシビアな攻防に。先日のTAKA戦で敗れながらも復活の兆しを見せたサスケはシリアス・ファイトで若き王者に迫ったが、結果的にハヤトはそれを振り切った。最後は左右のハイキックからヘルム(顔面への膝蹴り)! ハヤトは時計の針をキッチリと進めてみせた。

 試合後には新局面が生まれた。まずは「あと10年はやろうと思います」というサスケの決意表明に大きな拍手が起こり、続いてマイクを取った社長の人生がハヤトに「お前にとってひとつ足りないものは鎬を削るライバルだよ」と語りかけ、そこに昨年3月にデビューして1年前に修行の旅に出て消息を絶っていた拳王が出現。

「どんな挑戦者が来てもよ、最後に勝つのは俺だ。別に今日勝ったからって世代交代したなんて思ってねぇよ。でも、これからのみちのくプロレスは、このフジタ“Jr”ハヤトが世界一熱くて、世界一面白いプロレス団体にしてやる。これからの俺たち九龍、そしてフジタ“Jr”ハヤトに付いてこい!」と絶叫した若き王者は、サスケの「チャンピオンベルトはちゃんと腰に巻け!」という忠告を受け入れたかのように、チラッとだけベルトを腰にすると、すぐに再び肩に掛けた。

 ツッパっている王者はこれでいい。心の奥底でサスケや先人たちへのリスペクトがあればいいのだ。リングに上がれば容赦なく叩き潰すのみである。

 王者ハヤトの勝利によって真のスタートを切ったと言っていい世代闘争、そして拳王という新たな力の出現…みちのくプロレスは新時代に突入した。

投稿者 maikai : 12:39 | コメント (0)

2009年06月18日

長州力の魅力は

 今日は久々に“現場”について書く。昨日のリアルジャパン・プロレス後楽園大会だ。

 メインは初代タイガーマスク&長州力&ウルティモ・ドラゴンvs蝶野正洋&ザ・グレート・サスケ&関本大介。何だがバラバラな組み合わせだが、初代タイガーvs蝶野の初対決を軸に長州vs関本の真っ向パワー対決、ウルティモvsサスケの師弟対決…と、見所が多いカードなのだ。

 試合はビッグネームたちの存在感のあるファイトに若い関本のナチュラルなパワーが加味されて、プロレスの面白さを凝縮したような展開に。そんな中で特に印象に残ったのは長州だった。

 リアルジャパンは試合前のセレモニーが長い。選手がリングに登場したところで花束贈呈があり、特別ゲストがリングで紹介され、さらに名物(?)のレフェリー、ユセフ・トルコさんのスピーチがあったりする。結果、試合開始までに結構な時間を要するわけだが、その間の長州は明らかにイライラしていた。長州はガッと集中力を高めて試合をするタイプなのだ。

 そのイライラは試合にいい形で爆発。スタートこそ、この試合の目玉の初代タイガーvs蝶野に譲ったものの、すぐにコーナーから「佐山!」と声をかけてタッチを要求し、蝶野とガッチリとロックアップ。そして関本と体をぶつけ合った。

 関本をラリアット2連発でなぎ倒し、サスケには「叩きつける」という表現がピッタリのパワフルなブレーンバスター。ここぞという時の長州の瞬発力、パワー、迫力はやはり素晴らしい。

試合は初代タイガーがサスケをオースイ・スープレックス気味の後方回転からジャパニーズ・レッグロール・クラッチで押さえたが、その直前には長州がリングに躍り込んでラリアットを決めた。この時点で事実上、勝負はついていたと言っていい。

 試合が終わると、他の選手に構うことなくサッサと引き揚げてしまった長州。最近はよく丸くなったと言われるが、常に何かに怒っているようで、何かにイライラし、ピリピリしている長州力が私にとってはやっぱり一番魅力的だ。

投稿者 maikai : 15:10 | コメント (0)

2009年06月17日

今、やれることは…

「君は長年、三沢光晴を取材してきたのだから、その歴史を通して三沢光晴というプロレスラー、人となりを多くの人に伝える義務があると思うよ」と、ある方に言われた。

 当初、何を言っても、何を書いても何だか軽々しくなってしまうような気がしたが、言われた通りに今こそ三沢光晴を伝えるのが私の仕事なのだと、どこかで煮え切らないでいた自分を恥じた。

 振り返れば日本スポーツ出版社の社員だった時代には、週刊ゴング編集長から編集企画室長になった時の最初の仕事はジャイアント馬場さんの追悼号だった。その後、ジャンボ鶴田さん、冬木弘道さんの追悼号も手掛けた。橋本真也さんが亡くなった時には退社していたが、すぐに週刊ゴング編集部から連絡をもらって追悼号の制作に参加させてもらった。

 今の私の立場はフリー。言い換えれば媒体を持っていない身。何かをしたくても、手も足も出せないというのが現実である。

 そんな中で、6月26日発売の『Gスピリッツ』が、もはや最終段階に入っているにもかかわらず何とかコラムを書くスペースを用意して私に原稿を依頼してくれた。また6月20日に緊急発売になる週プロの『三沢光晴緊急追悼号』には、私から佐久間編集長に申し出て協力させていただくことにした。今日の午前中には週刊『AERA』の記者がわざわざ自宅の近くまで出向いてくれ、取材を受けた。

 とにかく今の自分にやれることはやる。それが供養になると信じている。

投稿者 maikai : 13:54 | コメント (2)

2009年06月16日

ノアの人たちの強さと武藤の言葉

 昨日はめまぐるしい1日だった。天龍さんとマグナムTOKYOの記者会見に向かう電車の中で携帯が鳴り、テッド・タナベさんの訃報を聞いた。そして会見場に向かう途中で関係者にバッタリと会い、天龍さんのショックが大きいために会見が急遽中止になったことを知らされた。天龍さんの三沢さんについてのコメントはどの紙面にも載っていない。その心中は察してあまりある。

 そして夜のサムライTV『S-ARENA』は三沢さんの追悼とテッドさんの訃報を伝える番組になった。

 正直な気持ちとしたら、14日のノア博多大会のVTRを観た後にコメント出来る自信はなかった。実際に辛い映像だった。でも、同時に動揺を隠せなかった自分を恥じた。一番辛いはずの選手たちが精一杯のファイトをしているのだ。西永レフェリーを始めとするスタッフも凄いと思った。何という強さなのだ。悲しみの中から踏み出そうとしている彼らの姿勢を目の当たりにしたら、私が動揺している場合ではないのだ。私は私の立場として、伝えるべきことをきちんと伝えなければならない。昨日はノアの人たちにまたひとつ勉強させていただいた。

 また、追悼コメントの中で武藤敬司の次の言葉が心に響いた。

「俺は“リングの上で死ねたら本望”って軽く言ってた。だけど俺以上にノアの社員、家族は悲しんでる。その中で軽々しくそうやって言ってた自分に対して、これから改めようかなと思ってます」

 レスラーはみんな「リングの上で死ねたら本望」という覚悟で試合に臨んでいると思う。それは凄いことである。でも、それは生きていてこその言葉。自戒の言葉をこうやって口に出せる武藤は素直な人間なんだなあと改めて思った。

 悲しい出来事をきちんと受け止めつつ、歩みを止めることなく踏み出さなきゃいけない。それが生かされている人間の務めだと強く感じる。

投稿者 maikai : 10:35 | コメント (4)

2009年06月15日

悲しい知らせ

 午後1時過ぎ、ある関係者から電話をいただき、テッド・タナベさんが逝去されたことを知った。本日午後12時23分、搬送先の病院で永眠されたとのこと。1週間前の後楽園ホールでは元気いっぱいで、3日前にメールをいただいたばかりなのに…。

 心より御冥福をお祈り申し上げます。

投稿者 maikai : 15:27 | コメント (1)

立派だった新日本でのノア戦士。そしてテッドさんのこと

 昨日の後楽園ホールにおけるスーパージュニア決勝は大盛り上がりだった。優勝したのは金本浩二。「今年を逃したら、もうないと思っていた」という金本は今年の10月で43歳になる。全力を出し切っての3度目の優勝には拍手を送りたい。そして年内にも2世が生まれるという。心から「おめでとう!」だ。

 だが昨日、私が注目していたのはノアからスーパージュニアに参戦していた菊地毅と青木篤志だった。試合前に控室の通路で2人と顔を合わせたが、何と言葉をかけていいのかわからなかった。

 試合開始前には三沢さん追悼の1分間の黙とう。菊地が遺影を持ち、その隣に青木が立った。その6分後には、菊地は吉橋と戦うためにリングに上がっていた。かつて三沢さんと同じ超世代軍でジャンボ鶴田という強大な壁にぶつかっていった頃と同じく、若い吉橋相手に気迫のファイトを見せた菊地。そのエルボーは「入魂の」という表現がピッタリくるものだった。ジャーマンから火の玉ボムで勝利した菊地は、声援を送ってくれた新日本のファンに深々と礼。

「普通はこんなことないんだけど、えらく動揺している自分がいて、納得のいく試合ができなかった。でも、三沢さんが観ていると思ったので、最後まで気を抜かずにね。相手が正面からぶつかってきてくれて感謝します。それと俺に試合をする場所を作ってくれた三沢さんにも感謝しているし、新日本プロレスにも感謝しています」と菊地。本人は満足していなかったかもしれないが、観る立場からすれば「プロレスラーとしてやっていく以上は、三沢さんと一緒にやっていく」という菊地の気持ちが十分に伝わってくるファイトだった。

 青木はスーパージュニア準決勝で金本と対戦。リングインするや、ファンを挑発するように腕を突き上げ、入場してくる金本を挑発するなど、いきなり戦闘モード。金本コールの中で青木は普段と変わらないファイトを展開してくれた。アンクル・ホールドに捉えられてしまったが、最後までタップせずレフェリー・ストップ負けに。11日のノア大阪大会で三沢さんに「頑張れよ」と声を掛けられたという青木は、本当に頑張ったと思う。

 その青木はスポニチ賞を贈られたが、その時にはいつもブーイングを飛ばしていた新日本ファンもノーサイドで青木コール。これは嬉しいシーンだった。

「三沢さん」と書くと、どうもしっくりこないので、ここでは普段通りに…みっちゃん、菊地も青木も立派だったということを、ここに報告させてもらいます。

 話は変わるが、昨日の大阪プロレスの試合後にレフェリーのテッド・タナベさんが意識不明に陥って救急病院に搬送されたという。テッドさんとは9日にK-DOJOの後楽園ホール大会で会ったばかり。7月いっぱいまで1日も休みがないというので「トシなんだから無理しないでよ!」と冗談で言っていただけに心配だ。

 後日、ダイアリーのコメント欄に「私や小佐野さんの時代もまだまだ終わっちゃいないんですよ。皆が元気で居なきゃ、業界も元気にならないですからね」と書き込んでくれたテッドさん。そう、元気でいなくちゃいけないんですよ。テッドさん、頑張って!

投稿者 maikai : 10:35 | コメント (1)

2009年06月14日

ご冥福をお祈り申し上げます

 この度の三澤光晴さんの悲報に接し、心より御冥福をお祈り申し上げます。正直、今は他に言葉が見つかりません。今は何を書いたとしても不謹慎なようで…。

 ただ、どんな状況でも弱音を吐かない人としての強さ、多忙と怪我で満足なコンディションを作れず、本当は自分自身が一番悔しいはずなのに団体の長としてリングに上がり続けた貴方の姿勢と責任感には頭が下がる思いでした。

よくサラリと、淡々と「心休まる時はないよね」と言っていましたよね。今はただ、ゆっくりと休まれることを祈っています。今まで本当にありがとうございました。

投稿者 maikai : 05:12 | コメント (6)

2009年06月12日

いざ神戸ワールドへ

 昨日は後楽園でドラゴンゲートの興行。ドラゴンゲートは選手それぞれのキャラが確立され、それぞれの試合にテーマと展望があり、しかも全試合が違うカラーだから観ていて飽きない。理想的なパッケージになっている。その前日の武藤祭もそうだったが、今や目玉カード一本で勝負するのではなく、大会全体としての充実度が求められる時代だということだ。

 さて、充実しているドラゴンゲートにあって、その頂点のドリームゲート王者に君臨しているのが土井成樹。昨日は盟友・吉野正人の挑戦を退けた。土井のトペによって序盤で吉野が左膝を負傷してしまい、中盤では流れがブツブツと切れてしまう残念な展開だったが、最後は2人ともフルスピードの攻防を見せてくれた。

 そして勝ったのは土井。土井は「頂点に立つ者としての経験」を勝因として挙げた。これで7・19神戸ワールドのメインは土井のドリームゲート防衛戦に決定。「誰の挑戦でも受ける…とは言っても、それなりの挑戦者じゃないと受けない。ドラゴンゲートの人間でも、他団体の人間でも、ガイジンでも…」と土井。昨年12月に第10代王者になってから金本浩二、曙という外部の挑戦を退けてきただけに自信の発言である。

 ドラゴンゲートはパッケージ・プロレスを充実させる一方で、土井に王者としての経験を積ませてきた。となると、神戸の挑戦者は一体!? サプライズに期待せずにはいられないぞ!

PS. TAKAvsサスケについて書いたダイアリーに、レフェリーを務めたテッド・タナベさんがコメントを寄せてくれた。個人的な内容もあったので掲載しないが、TAKAがサスケに「俺たちの時代はおわっていない」と言ったのと同じように、テッドさんも「私や小佐野さんの時代もまだまだ終わっちゃいないんですよ。皆が元気で居なきゃ、業界も元気にならないですからね」とエールの言葉を書いてきてくれた。ちなみにテッドさんは私より1歳年下で、共に1960年代生まれということになる。ちょっと前までは、この世代が業界でも新世代と呼ばれていたのが、気付いたらベテランと呼ばれるようになってしまった。テッドさんにしても、私にしても“ベテラン”の括りにされて神棚に置かれたら堪らない。「俺たちの時代」とは言わないが、まだまだリアルタイムの現場に立ち続けなきゃ。長年やってきた人間には、それなりの役目と使命があると思っているので…。

投稿者 maikai : 10:19 | コメント (2)

2009年06月11日

武藤ワールドの中にお笑いと…船木誠勝!

 武藤敬司が5年10ヵ月ぶりの黒師無双→武藤敬司→3・14両国以来のグレート・ムタ→全日本プロレス代表取締役社長・武藤敬司の4変化にチャレンジした昨日の『武藤祭』は笑いあり、サプライズありの武藤ワールド全開だった。もちろん超満員。ファンは期待感にお金を払うのである。期待感を煽るのは、基本的にはカードということになるが、どんなカードを組もうともそこに絶対に楽しめるという信頼感&安心感、楽しい空気がなければ期待感は生まれない。武藤ワールドには絶大な信頼感があるのだ。

 楽しい空気を作ってくれたのは神奈月とのものまねタッグF-1の防衛戦。挑戦してきた西村のパートナーXは“細か過ぎるものまね”で知られるユリオカ超特Q&グラップラーたかし。ユリオカさんはGスピリッツで『ドラゴン怒りの雪崩式リングイン』という連載コラムを書いてもらっていた藤波辰爾フリークだ。試合(=ネタ)の細かい内容はスポナビなどを読んで頂くとして、私が感動したのは試合後の控室で、あの飛龍革命(88年4・22沖縄)の再現をナマで観られたことだ。

 試合後のコメントの最中に猪木(グラップラーたかし)と藤波(ユリオカ)が険悪なムードに。滑舌が悪く、早口なために何を言っているかわからない藤波に対して猪木が「やれるか、本当にお前!」とビンタした瞬間、藤波は「モイスチャーミルク配合!」(ユリオカさんにはこう聞こえたらしい)と叫びつつ、ビンタの倍返し。そして前髪を自分でチョキチョキ切る藤波…。この名シーン(ユリオカさんの十八番)は休憩時間中の控室での出来事だったため、昨日会場に来ていたお客さんは知らない。ぜひGAORAのテレビ中継を観てください。中継スタッフはちゃんとカメラに収めていて、番組で使うと言っていたので…。

 さて武藤ワールドの最大の魅力はサプライズ。そのサプライズは最後に用意されていた。何と船木誠勝が花束を手に登場、それだけでなく8・30両国国技館での武藤&船木vs蝶野&鈴木が電撃発表されたのだ。

 遂に船木がプロレスのリングに立つというのは大ニュース。武藤と船木は1984年新日本入門の同期だが、そういったことよりも、船木に「プロレスのリングに上がろう」と決断させるだけのモノを武藤が持っていたということだと思う。馬場さんではないが、武藤は、どんな主義主張やスタイルがあっても「だってすべてがプロレスじゃん!」と言い切るキャパシティの広さと確固たる信念を持っている。そこに船木は信頼感を持ったのではないか。

 新日本同期の武藤、蝶野、船木が集い、そこに4年後輩の鈴木が加わり、UWF&藤原組&パンクラスで青春を過ごした船木と鈴木がまさか全日本のリング上で対峙するとは誰が想像しただろうか。

 船木が新日本からヨーロッパ修行に出たのは88年4月。1年後に帰国してUWFに移籍。その後、藤原組、パンクラス…という道を歩んだから純プロレスをやるのは実に21年4ヵ月ぶりのことだ。

「同期の中で本当は俺以上に天才って言われていたカリスマのある選手だからね。プロレスの良さを味わってほしいと思うよ」と武藤。

お笑いも船木誠勝も内包してしまう武藤ワールドは…深い!

投稿者 maikai : 14:44 | コメント (3)

2009年06月10日

俺たちの時代は終わっていない!

 時代の流れは速い。今年は平成21年。平成初頭にデビューしたレスラーもベテランの域に入ってきた。昨日の後楽園ホールにおけるKAIENTAI-DOJOのメインで行われたTAKAみちのくvsグレート・サスケのSTRONGEST-K戦も「俺たちの時代は終わってない!」というTAKAの叫びから生まれた戦いだった。サスケのデビューは平成2年3月。TAKAのデビューは平成4年。私の感覚からすると、十分にプロレス新人類なのだが、気付いてみればベテランと呼ばれるキャリアを重ねた。

 今回の戦いのテーマは「サスケよ、目を覚ませ!」。かつての東北の英雄も最近はトンパチ的な行動&ファイトばかりが目立つ。K-DOJOにおいてもバンビの下僕の“さすけ”を喜々としてやっている。そんな姿に「あんたは俺の師匠で、みちのくのお父さんなんだ。目を覚ませ! 平仮名のさすけじゃなくて、片仮名のザ・グレート・サスケを思い出せ! 俺の挑戦を受けろ!」と王者TAKAが逆挑戦を迫った。

 サスケvsTAKAはかつてのみちのくプロレスの黄金カード。今から12年前の97年10月10日、みちのくの両国国技館進出第2弾のメインでもあった。その試合の3日後、TAKAはWWFに旅立った。また、05年2月19日の岩手では東北ジュニア王者だったサスケを破ったTAKAが自ら保持する世界ジュニア&STRONGEST-Kと合わせて三冠王者になっている。

 今回のサスケvsTAKAを感慨深く見つめていたのはレフェリーを務めたテッド・タナベ。テッドはみちのくの旗揚げシリーズ第2弾の93年4月20日の江刺市民体育文化会館における2人の初対決も裁いている。この時に前売り券が1枚しか売れなかったのは有名な話。公式発表で観客動員数は350人だったが、テッドは「実数で105人でした」と述懐する。2人の歴史を見てきたテッドは、古いみちのくプロレスの赤いレフェリー・シャツをタンスから引っ張り出してきて昨日のレフェリングに臨んだ。思えば、先の大阪プロレス10周年興行にはスペル・デルフィンの姿はなく、サスケ、ディック東郷、そしてテッドがいたのだから運命とはつくづく不思議なものだと思う。

 さて、試合はTAKAの気持ちが通じたか、サスケはシリアス・モード。腕の取り合いから一転して足に狙いを定めると、アキレス腱固め、トーホールド、逆片エビでTAKAの左膝に集中攻撃。5分過ぎにはTAKAが右膝攻めの逆襲に転じ、膝十字、足4の字固めへ。このTAKAの攻めは97年の両国を彷彿とさせるもの。あの時、サスケは右膝を痛めていて、TAKAが非情な右膝攻めに出たのだ。「来いよ、ホラ!」「サスケ、目を覚ませ!」と執拗な足攻めを続けるTAKA。客席からも「あの頃のサスケに戻れ!」という声が飛ぶ。みんな“本当のサスケ”を待っていたのだ。

 サスケはあくまでもシリアスに戦った。鉄柱越えのコン・ヒーロを爆発させて、何と映画『ザ・レスラー』の公開に先駆けてミッキー・ローク扮する主人公ランディ“ザ・ラム”ロビンソンの必殺技ラム・ジャム! これは遊び心だったか、それともロークと自分を重ね合わせていたのか…。 この後、97年両国のフィニッシュとなったジャーマン、不完全ながらもサンダーファイヤー・パワーボムも繰り出した。

 サスケの本気の攻撃に耐え抜いたTAKAは久々のスプリングボード式の宇宙人ケブラーダ! そしてスーパーKの連発から最後はみちのくドライバーⅡでサスケを仕留めた。22分57秒の激闘だった。敗れたものの、本来のザ・グレート・サスケを見せてくれたサスケに大サスケ・コールが起こった。

「ザ・グレート・サスケ…みちのくプロレスのお父さん! サスケ会長、あなたはやっぱり偉大だ。グレートだよ。これは昔からの仲間たちからのお願いだ。フジタ“Jr”ハヤトとの東北ジュニア、絶対に負けんなよ! 俺たちの時代は終わっていない! 気休めしたかったら、いつでも平仮名で来いよ。 今日はありがとうございました」と言うと、TAKAは花道の奥にサスケの姿が見えなくなるまでリングで正座して深々と頭を下げていた。

 TAKAは13日の土曜日から始まる最強決定トーナメント『STRONGEST-K09』に王者として挑む。サスケは6・19後楽園における『ザ・グレート・サスケ20周年突入ツアー』開幕戦でフジタ“Jr”ハヤトの東北ジュニア王座に挑む。共に俺たちの時代がまだ終わっていないことを証明するために。

投稿者 maikai : 13:57 | コメント (0)

2009年06月08日

Gスピリッツ第12号の特集は

 携帯の公式サイトで発表された通り、6月26日(金)発売のGスピリッツ第12号の特集はアントニオ猪木vsモハメド・アリ! ちょうど33年前の1976年6月26日、日本武道館において“20世紀最大のスーパーファイト”と呼ばれた猪木とプロボクシング現役世界ヘビー級王者モハメド・アリのミックストマッチ3分15ラウンドが行われたのだ。

 今年の2月にテレビ朝日が開局50周年記念番組で再検証して話題になったし、すでに語り尽くされているようでありながら、実際には調べれば調べるほど謎や矛盾点などが浮かび上がってくるという、深い意味で“スーパーファイト”なのだ。Gスピリッツならではの猪木vsアリへのアプローチに期待してほしいと思う。

 ちなみに猪木vsアリが実現した時、私は中学3年生。試合が行われたのはアメリカの衛星中継に合わせて土曜日の昼だったので、受験生だった私は担任の先生の許可をもらって学校を休み、当時の私のお小遣いのウン倍もする5000円のチケット(それでも一番安い席のスタンド席U列=21列目!)を持って日本武道館に駆けつけた。それだけに今回の取材は子供時代を思い出させてくれるものでもあった。その内容に関しては携帯の公式サイトと連動する形で書いていこうと思う。お楽しみに!

PS.ノアの6・4後楽園ホールの客入りについての書き込みがあったのでお答えします。客足が遅く、杉浦が嘆いた第2試合の時点では確かに寂しかったものの、最終的には最近の他の団体と比較してもまずまずの入りだったと思う。今の時代、後楽園ホールを超満員にするのは結構、大変なことで、同じ団体でもカードやリング上の流れ次第で客入りが全然違ってくるから気が抜けないというのが実情だ。さらに仕事の形態も昔と違ってきているだけに6時30分試合開始というのも見直す時期に来ているのではないか。ノア、ハッスル、そして6月10日の全日本『武藤祭』が7時開始にしているが、7時開始~9時半終了ぐらいが今の時代に合っていると思う。

 また、よく話題になる観客動員数。BIが対立していた時代の全日本と新日本の観客動員数合戦の滅茶苦茶な数字を考えると、今は実数に近い発表になっていると私は思うのだが。

 だいたいが客席の作り方次第で客入りの印象は演出できるものだし、別に興行主でもない私個人としては「どれだけ入っているか?」よりも「どれだけ沸いているか?」の方が気になる。シーンとしている満員の会場よりも、たとえ客入りが半分だったとしても沸いている会場の方がいい。一番いいのは超満員で沸いている会場。そうした理想に向かってどの団体も努力していることを最近、私は特に感じている。それを肌で、自分の眼で感じてほしいから、皆さんにはチケットを買って会場に足を運んでもらいたいと思う。

投稿者 maikai : 11:03 | コメント (2)

2009年06月06日

ノア考2~高いハードルを課せられた男たち~

 6月4日の後楽園ホールにおけるノア6月ツアー開幕戦はオープニングの金丸&石森vs青木&伊藤のキビキビしたジュニア・タッグ、第2試合の杉浦のピリピリした空気によって、いい緊張感が保たれた大会になった。

 今、ノアを活性化する意味で鍵を握っているのが潮﨑豪、力皇&ヨネのDIS OBEY(DO軍)、KENTAではないかと思う。彼らのファイトはどうだったか?

 まず、セミ前でクリス・ヒーローと対戦した潮﨑。この試合ではかなりクセのあるファイトをするヒーローが持ち味を全開、試合後にはヒーロー・コールが起こった。潮﨑とヒーローはROHでラリー・スウィーニーをマネージャーとする同じユニットにいたこともあって、お互いの持ち味を知っている。この試合は潮﨑がヒーローのいいところを存分に引っ張り出す懐の深さを見せたとも言えるのだが、私個人としては、今の時期はあくまでも“強い潮﨑”を見せてほしかったというのが正直な感想。ヒーローという選手の商品価値を上げたことを評価するべきか、それとも潮崎が自身のファイトを優先すべきだったか…これは観る人によって感じるところが違うだろうから難しい。

 今、私が最も頑張らなければいけないと思っているのが「俺たちがノアを面白くしてやる!」と公言している力皇&ヨネ。この日は鼓太郎を加えて、秋山&小橋&谷口と対戦した。ここで久々に合体する秋山&小橋の引き立て役に終わったら、力皇&ヨネの価値はないと思って観ていたが、2人はきっちりと自分たちの使命を把握していた。GHC王座への挑戦が決定している力皇は頭から秋山にぶちかましていったし、ヨネも小橋のチョップに一歩も退かず、コーナーに詰められてマシンガン・チョップを食らっても、ローリング袈裟斬りチョップをかわしてローリング・サンダーで反撃して“小橋ワールド”にはさせなかった。

 だが、かつての龍原砲、超世代軍を思えば、まだまだ! 秋山と小橋を本気で怒らせるところまで持っていかなきゃダメだ。試合後に秋山は力皇について「挑戦者なんで、もっとガンガン来てもいい」と言っていたが、こんな上目線の言葉を吐かせてはいけない。力皇&ヨネには秋山&小橋を踏み台にするぐらい弾けてほしい。今までの価値観を破壊するぐらいまでやって、ようやく「ノアは変わったね」と人は思うのだ。

 そしてメインではKENTAがリッキー・マルビン相手にGHCジュニアを防衛。KENTAにはノアを背負う者の自覚がある。防衛後の勝利者インタビューを「今日が開幕戦なんで、日本全国で楽しみにしている人たちにちゃんとノアのプロレスを届けたいと思います。そしてまた、最終戦でここに戻ってきて、また皆さんにお会いしたいと思います」と締め、「ありがとうございました」とつぶやきながら客席四方に深々と頭を下げた。

 控室ではリッキーの善戦に触れて「挑戦した時じゃダメ。日々、あのクオリティで試合をしてほしい」と注文をつけ、自身については「ノアの中心に立ち続けることがテーマです」と言い切った。

 試合についてはリッキーのすべてを受け止める感じで、私個人としては嫌いな試合ではなかったが「KENTAらしくねぇ!」という声が飛んでいたのも事実。前述の潮﨑同様、観る人によって感想が違ってくるところが難しい。裏を返せば、それだけKENTAにかかる期待が大きいということでもある。

 このKENTA、そして潮﨑、力皇&ヨネには期待がかかっている分だけ、課せられたハードルは高くなっている。でも、それを飛び越えていかなければ新しいノアの風景は生まれない。頑張れ!

投稿者 maikai : 14:10 | コメント (1)

2009年06月05日

ノア考~石森の本気&杉浦の怒り~

 昨日は後楽園ホールでノアの6月ツアー開幕戦。4月の日本テレビ地上波打ち切りから逆風が吹いている中、客足は遅かった。一度、マイナス・イメージが付くと、一気に沈滞ムードが充満するところがプロレス界の怖さだ。これを跳ねのけるのはリング上のレスラーたちの頑張りしかない。87年春、長州らの大量離脱で沈滞ムードに陥った全日本を救ったのは天龍&阿修羅・原の龍原砲の頑張りだった。そして90年春、天龍がSWSに去って存亡の危機に立たされた全日本を隆盛に導いたのは三沢を始めとする超世代軍の頑張りだった。龍原砲、超世代軍の頑張りは半端じゃなかった。ファンはもちろん、取材するマスコミも驚くほどの情熱と覚悟が彼らにはあった。想像を超える頑張りがあってこそ、初めて状況は引っ繰り返るのである。

 さて、昨日のノアはオープニングからレスラーたちの緊張感、熱が伝わってきた大会だったと思う。第1試合では今ツアーからコンビを結成した金丸&石森と新世代の青木&伊藤が激突。金丸の巧さ&石森の数々のテクニックに青木&伊藤が食らいつくピリッとした試合になった。

 特に存在感を示したのはKENTAと決別して金丸との合体を選択した石森だ。7月26日に横田基地で開催される『セントラル・ジャパン・ボディビルディング・チャンピオンシップス』のライト級(70kg以下)に出場することが決定していることもあって、まったく無駄のない筋肉。コスチュームも髪型も変えて、入場時から観客の視線を集めた。

「俺はこの(金丸との)タッグに賭けています。この前、リッキーとの挑戦者決定戦に負けて、すんなりKENTAと組んだら、アイツの下って思われて終わりなんでね。振り返るとKENTAに頼りっきりだったという部分もあるんで、自分の判断を誤らないようにしたいですね。自分のケツは自分で拭きますよ」と石森。そこには自力で這い上がろうとする“本気”が見えた。

 第2試合の杉浦vs起田は、杉浦が叩き潰しのファイト。最後も急角度のオリンピック予選スラムだった。試合中も、試合後も明らかに杉浦は不機嫌。怒っているように見えた。起田のファイトぶりにカチンとくる部分があったのか? いや、そうじゃなかった。

「起田? いいんじゃないスか? ひたむきでガムシャラで。それは今の俺にも必要なことなんで。ひたむきさがないとね。…寂しいよ、このお客さんの数は! 若いからじゃなくて、みんなが頑張らないと。辛いよ、これじゃあ!」(杉浦)

 杉浦はすべての状況に腹を立てていたのである。この杉浦の荒ぶる魂は、その後の試合にいい形で影響していった。
(ノア考=明日に続く)

投稿者 maikai : 10:35 | コメント (0)

2009年06月04日

天才児・武藤敬司

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 全日本プロレス代表取締役でもある武藤敬司は忙しい。シリーズは5月31日に終了したが、オフに入るや連日のように記者会見、そして様々な媒体の取材が入っている。昨日は取材日に充てていてTV収録、雑誌のインタビューなどをこなし、最後の仕事がサムライTV『S-ARENA』のMCだった。

 MC=武藤敬司、ゲスト=神奈月さん、そして私。打ち合わせでは「MCなんてやったことねぇからさ、神ちゃんに任せたよ」「小佐野さん、うまくつないでよ」などと言っていたが、その一方では台本に目を通しながら、ザッと流れを把握してしまうところはさすが。

 いざ本番。番組はMCが転がさなければ進行していかないのだが、初めてのナマMCにもかかわらず、武藤はアドリブも交えてキッチリと“武藤ワールド”を創り上げた。番組の終盤には「もう時間がないの? あと90分やろうぜ!」と言い出して、神奈月さんも「ええーっ!?」。

 やっぱり武藤敬司は本番に強い。カメラが回り始めるやスイッチが一気に入る。そのテンションの上げ方、集中力は大したもの。そして自分のポジションをエンジョイしてしまうのが凄い。リングの上だけでなく外でも…武藤敬司は天才児だった!

投稿者 maikai : 10:07 | コメント (0)

2009年06月01日

Gスピリッツに怒濤の怪力登場!

 6月26日(金)発売のGスピリッツ第12号情報をひとつ。すでに携帯の公式サイトでも告知されているが、『実録・国際プロレス』の第2回としてストロング小林さんにインタビューした。

 国際プロレスの旗揚げは今から42年前の1967年1月。国際プロレスを設立した吉原功社長、当初のエースのヒロ・マツダ、グレート草津、サンダー杉山が他界した今、旗揚げ前の66年11月に新弟子第1号として入門し、のちにエースになった小林さんの証言は貴重なもの。また、小林さんは日本人初の覆面レスラー、覆面太郎でもあるのだ。

 私が小林さんに最後に取材をしたのは93年4月。その年の5月3日、福岡ドームでアントニオ猪木と初対決(天龍&長州vs猪木&藤波)が決定した天龍さんの「猪木さんの全盛期を知っている人と話がしてみたいね」という要請で、小林さんとずっと交流を持ち続けていた竹内宏介さんに2人の対談をセッティングしてもらった。だから今回の取材は実に16年ぶりのこと。

 16年ぶりにお会いした小林さんは…あの“怒濤の怪力”のイメージのままだった。昨年の12月で68歳になられたものの、筋肉が張っていて、肌もツルツル! その姿は実際にGスピに掲載する写真を見て頂きたいが、おそらく誰もがビックリするほど若いはずだ。

 現在の小林さんは青梅の一軒家で容子夫人と悠々自適の生活を送っている。今回のインタビューはご自宅にお伺いしてのもので、少年時代から国際プロ入団の経緯、新弟子時代にマツダさんと組んでいた猪木を見て感じたこと、覆面太郎時代のこと、グレート東郷のこと、ヨーロッパ時代、AWAでの話、国際エース時代、フリーになった舞台裏、その後の新日本プロレス…などなど気付けば6時間にも及ぶ取材に。本当に貴重で楽しい時間を過ごさせてもらった。

小林さんは凄い記憶力の持ち主でいろいろなことを詳細に憶えていたし、「こんなものが!」というお宝も見せてくれた。きっとインタビューの内容、写真共に満足していただけるはず。お楽しみに!

投稿者 maikai : 18:03 | コメント (0)