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2008年12月31日

逆境でハッスルした泰葉に拍手!

『ハッスル・マニア2008』の“どんな逆境でも人はハッスルできる!”というテーマは今の厳しい世の中にドンピシャリだった。人々に勇気と希望、活力を与えるというのが昔からのプロレスの使命であるとすれば、こんなに打ってつけのテーマはないだろう。

 今回の目玉はお騒がせタレントの泰葉。07年11月の春風亭小朝との離婚から大暴走してワイドショーを賑わせ、バッシングも受けた。

 正直な話、「泰葉を使って大丈夫なの?」と思っていたが、泰葉は今大会のテーマを見事に体現してくれた。それがプロレスと言っていいのかどうかという問題は別として、逆境の中から這い上がろう、自分を変えようというナマの感情がダイレクトに伝わってきたのだ。

 アン・ジョーに張り倒され、豚と写真を撮られ、竹刀でぶっ叩かれる泰葉を見て、これが本人にとっての今年1年のみそぎなのではないかと感じたし、47歳のおばちゃん(私も同じ年齢なのだが…)が必死にプロレスに取り組んで自分を変えよう、再生しようという姿は滑稽でもあるが、感動的だった。そこには中途半端な茶番に終わらせずにきっちりとやったアン・ジョーの存在も大きい。そこまでアン・ジョーがやったからこそ泰葉の必死さが浮き彫りになり、泰葉コールが発生したのだと思う。

 泰葉のアシストに入ったマネージャーの清水氏もよかった。本人は「プロレスの練習はしていません。思わず入ってしまいました」と言っていたが、アン・ジョーにコーナーに振られた時のステップを見ると、かなり練習を積んでいるはず。この試合はタレントとマネージャーが一体となって必死に生まれ変わろうとするドキュメンタリーのようだった。

 そして印象に残ったのは大会終了後の髙田総統。総統劇場を終わらせた後、再び花道に立ってハッスル軍とノーサイドでハッスル・ポーズをやったが、それは応援してくれるファンへの心からの感謝だったはず。そして先が見えない2009年への祈りのようなものも感じられた。

 盛り上がり的には80パーセントだったとは思うが“ファンタジーの中のリアリティー”というハッスルの一番大切な要素が感じられた今年の大会だった。

 ムタ&ボノちゃんvs川田&川田父ではムタとエスペランサー・ザ・グレートの激突が実現。共に仮の姿でドラゴン・スクリューから足4の字固めという攻防を実に13年ぶりに再現してくれたが、さらにエスペランサーの切れ味鋭いキックが見られれば言うことなかった。それは2009年のお楽しみとしておこう。

 ということで、これが2008年最後のダイアリー。今年もお付き合いいただき、ありがとうございました。来年2009年もよろしく!

投稿者 maikai : 14:50 | コメント (0)

2008年12月30日

第一期生同窓会

 昨日の夜は忘年会というか…“若いプロレス記者・第一期生”の同窓会。集まったメンバーは週刊プロレス顧問の宍倉清則さん、ウォーリー山口さん、ジミー鈴木さん、元ゴングの同僚でその後は闘魂スペシャル編集長、新日本やBMLのパンフを手掛けていたバーニング・スタッフ代表の小林和朋クン、途中からジミーさんの友達の胡桃沢ひろこさんも合流した。胡桃沢さんは男っぽい性格の気持ちのいい女性だった。

 待ち合わせ場所でジミーさんと私が談笑していたら、そこに現れた宍倉さんに「2人の関係は大丈夫なの?」と突っ込まれたが、ノープロブレム。そういえば3月にドラゴンゲートの大田区でジミーさんと私が隠し撮りされて「ジミーが小佐野氏に説教されて硬直した」とネットで話題になったこともあった。あれはただ単に久しぶりに会ったから立ち話をしていただけで、写真に写っている私の態度がデカかっただけのこと。いちいち説明して、また話題にされるのが面倒臭いのでスルーしていただけの話だ。

 みんなと知り合ったのは30年前の1978年。当時、高校2年生だった私はウォーリーさん、宍倉さんが主宰する『マニアックス』のプロレス8ミリ上映会に通っていた。そして5月に新日本プロレスのファンクラブ『炎のファイター』をひとりで結成し、8ミリ大会で知り合った高校3年生の小林クンに編集長になってもらった。当時、宍倉さんは大学4年生、ウォーリーさんは大学2年生、ジミーさんは大学1年生。私がプロレス業界に入ったのは、当時すでにゴングでアルバイトをしていた宍倉さん、ウォーリーさんに憧れたからだ。ジミーさんはプロレス総合ファンクラブ『JWC』の会長をやっていて、ファンクラブの先輩だった。

 社会人になると4~5歳の年齢差は大したことないが、学生時代は1歳でも上となるとかなり違う。ましてや大学生と高校生ではまったく違う。その後、同じプロレス業界で仕事をするようになって、それぞれに立場が違ったりしたが、プライベートでの先輩後輩の関係はずっと変わらないものだ。

 今はみんな仕事上の利害がまったくない関係。昔にタイムスリップして懐かしいバカ話に花を咲かせながら楽しく食べ、楽しく飲み、楽しく歌った。こんな集まりがあると、今まで頑張ってきてよかったとつくづく思う。

PS.ノア問題についての書き込みの一部を公開しましたが、その後、多数寄せられた書き込みを掲載すると、このサイトが単なる言い合いの場、中傷合戦の場に発展する危険性があり、今後は掲載しないことにしましたのでご理解願います。もちろん私自身は読むので、非公開でも私に言いたいことがある場合は書き込んでください。なお、私自身の見解はダイアリーに書いたとおり変わりません。

投稿者 maikai : 10:02 | コメント (0)

2008年12月29日

棚橋弘至への大いなる期待!

 昨日は午後8時~10時の2時間、『S-ARENA年末スペシャル』に出演。菊池孝氏、金沢克彦氏、週刊プロレスの市川享記者と共に2008年のプロレス界を総括した。

 そして特別ゲストは1・4東京ドームで武藤敬司のIWGPヘビー級王座に挑戦する棚橋弘至。我々、コメンテーター陣の棚橋に対する期待度は高く、放映終了後に棚橋は「いやあ、プレッシャーかかっちゃいましたね。ハードル上げられちゃいましたね」と苦笑していたが、その一方では「いつもプレッシャーがかかる場面で起用されるので、慣れていますよ」「ボクは100年に1人の逸材ですから」と、キャラ(これが素?)を貫いていた。

 実際、私は棚橋に期待している。それはベルトの行方を超えた次元での期待だ。番組中に『武藤vs棚橋はどうなる?』というフリップを書くことになっていて、私は試合予想ではなく「武藤ワールドとタナ・ワールドが融合してプロレスならではの醍醐味を提示してくれるはず!」と書いた。「提示してほしい」という願望ではなく「提示してくれるはず!」という確信である。私以外のコメンテーターも勝敗予想ではなく、試合のあるべき姿、望むことを書いていた。誰もが棚橋に大きな期待をかけているのだ。

 年初めのビッグマッチとなる1・4東京ドームは2009年の日本プロレス界の浮沈をかけた大勝負。そのメインを張る棚橋に誰もが大きな期待をかけるのは当然のことだろう。

 私が棚橋に期待をしているのは、そこにまったく私情が入っていないからだ。私は99年1月に週刊ゴングの編集長から編集企画室長になって現場から離れた。棚橋が新日本に入門したのは同年4月で、デビューは同年10月。完全にすれ違いだから、彼のヤングライオン時代を知らないし、そうなれば思い入れだってない。

 思い入れがないから、私は純粋にレスラーとしてだけ棚橋を見てきた。そしてチャラ男なキャラの裏にある精神力の強さ、プロレスラーとしての技量に期待を寄せるようになった。

 今年のプロレス大賞選考会で私はベストバウトに諏訪魔vs棚橋のチャンピオン・カーニバル優勝戦をノミネートしたが、もうひとつ最後まで迷っていたのが、その2日前の武藤vs棚橋。30分時間切れの試合だったが、棚橋が武藤ワールドに飲み込まれずにタナ・ワールドを互角に展開したのである。当然、今度の東京ドームではあれ以上の試合を見せてくれるだろう。

 まさにプロレス・オールスター戦と言うべき1・4東京ドーム10試合のトリを務める武藤と棚橋。そのこと自体が大きなプレッシャーになるだろうが、武藤と棚橋という2人の天才児は必ずや2009年の日本マット界に明るい光を呼び込んでくれるはずだ。

投稿者 maikai : 15:00 | コメント (0)

2008年12月28日

FMWの仲間に囲まれて雁ちゃん引退

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 ミスター雁之助が昨日、新木場で18年間のプロレスラー生活に別れを告げた。まだ40歳。年齢的にも肉体的にも、まだまだやれるはずだが、本人は「タイミングとして“あっ、ここだ!”ってピンときたのが今年の5月だったんですよ。今年がミスター雁之助を見せられる最後の年だって」と言う。

『鬼神道ファイナル』と銘打たれた昨日の引退興行は、雁之助のけじめの大会であると同時に、FMWの総決算のような大会でもあった。第1試合ではリッキー・フジvsフライングキッド市原が実現。市原はかつてAV女優の若菜瀬奈や草凪純をマネージャーとしてはべらせた色男キャラを復活させ、さらにはオーニタ・ジュニア時代のコスチュームで登場してくれた。第2試合ではGOEMONではなく中川浩二がGENTAROとインディー職人対決で客席を沸かせ、第3試合ではFMWに所属していた元川恵美ことさくらえみがアイスリボンの教え子たちと元気いっぱいのファイトを披露。

 セミではFMWで日本初マットを踏んだヤスウラノとFMW崩壊後に雁之助がハヤブサらと旗揚げしたWMFの新人第1号だった藤田峰雄がタッグを結成。素顔、あるいはマスクマンとしてFMWに上がっていたマグニチュード岸和田&WMFでデビューした宮本裕向のコンビと激突だ。

 そしてメインでは雁之助が新崎人生、マンモス佐々木と組んで金村キンタロー&田中将斗&黒田哲広と激突し、最後は雁之助がサンダーファイヤーで金村を撃破して有終の美を飾った。

 年月を経れば人間関係も複雑になる。今は対立関係にある者もいる。それでも、そうした事情を超えて雁之助のためにこれだけのメンバーが一堂に会したのは凄いことだと思う。特に雁之助と金村の関係がデリケートなことは誰もが知るところ。FMW崩壊後にWEW(のちのアパッチ)とWMFに分かれたのも2人の対立によるところが大きい。だが、この日、あのFMW時代のようにひとつになった。

「FMWがなくなって、お互いに別の道に離れ離れになったけど、本当は組みたかった。でも最後にやれてよかった」と金村が言えば、雁之助は「最後の最後の日にこの面子で試合ができてよかった。もう交わることはないと思っていたよ。でも最後に試合していろいろなことが清算できたと思っているし、いろいろあったけどありがとう」。そして抱き合う2人を見て、FMWを取材してきた者としてジーンとくるものがあった。そういえば、この日の取材陣の中でリアルタイムでFMWを取材していたのは私とベースボールマガジン社の鈴木健氏、フリーライターの須山浩継氏の3人だけだった。本当に時が流れるのは早いものだ。

 こうした恩讐を超えたFMW同窓会が実現したことについて雁之助と一緒にFMWに入門したハヤブサは「おっさん(雁之助)の人柄だよ」とポツリ。

 そのハヤブサは「おっさん、お疲れさま。悪かったね、先に引退させて。お前が…お前がいてくれたから、俺もここにいる。お前に言わなきゃいけないことも、言いたいこともたくさんあったんだけど、何か…お前…言う言葉が見つからん。ただ、お前が友達で良かった。お前のことが…お前のことが大好きだ! お疲れさま…そして本当にありがとう」と号泣した。

「いろいろなことがあったけど、プロレスが好きだという気持ち、プロレスが本当に素晴らしいから、そしてファン、仲間が支えてくれたから、ここまでやってこれた。一番大きいのは江崎英治(ハヤブサ)がいたことだよね。俺、ひとりでプロレスラーになろうと思っていたのに江崎が付いてきて、それで一緒にテストを受けて40人の中で2人だけ受かって。申し訳ないのは、2人ともこれで飯食ってきてね、俺が先に辞めちゃうこと。江崎はリハビリを頑張って自分の足で立とうとしている。自分の分まで頑張ってほしいね」と雁之助。

 最後は「FMWの人間で記念写真を撮ろう」ということになった。それがここに掲載している写真。慌てて携帯で撮ったので、かなり画像が荒れているが、お許しを。

「一番の思い出は…プロレスラーになれたことですよ。物心ついた時からプロレスしかなくて、俺はプロレスラーをめちゃくちゃリスペクトしていたから、そのプロレスラーになれたことが最高のことですよね。試合前にはプレッシャーもあるし、怖さもあるし、吐き気もする。でも試合が終わった後の解放感が最高なんです。次は夏ぐらいにやろうかな…って、それはないです(笑)。でも、そう思うくらいプロレスは素晴らしいものなんですよ。明日から普通のオジサンに戻ります。ありがとうございました」

 雁ちゃん、最後にいい言葉をありがとう。お疲れさまでした!

投稿者 maikai : 15:07 | コメント (0)

2008年12月27日

これが最後のノア問題についてです

 日本テレビのノア中継打ち切り問題についてのコメントが荒れてきそうな感じになってきたので、私の思っていることを書かせてもらって終結させてもらう。

 私の見解は25日のダイアリーの通り。プロレスファンは様々で、ノアが好きな人がいれば、嫌いな人もいる。面白いと思う人がいれば、つまらないと思う人もいる。それは当然だし、自分が好みの団体、選手を応援すればいいのである。

 ただ、ひとつ付け加えておくとしたら私の知る三沢光晴という人間は責任感の強い人だということ。ノアを設立した時、思ったよりもはるかに多くのレスラー、社員が集まったが、彼はそれらすべての人間とその家族の生活への責任を感じていた。だから常に危機感を抱いてやってきている。いつだったか「ノアを旗揚げしてからさあ、心休まる時がないよ」と言っていたものだ。

 だからレスラーとしても三沢は休めない。「体調が悪ければ休めばいいじゃないか」となるが、地方興行ではネームバリューが第一。三沢がいない興行は考えられないのである。現実問題として、売り興行の場合だと三沢欠場となれば興行代を値切られてしまうだろう。

「トップの人間は絶対に休んじゃいけない。たとえコーナーにいるだけでもいいからリングに上がれ」というのが馬場さんの教えだった。

 もちろん理想はコンディションを整えてベストの状態でリングに上がることだが、社長業と怪我によってなかなか満足に練習が出来なくても、何とかリングに上がれる状態までもっていて試合をしている三沢に私はある種の男気を感じる。彼の体がボロボロなのは、ファンのために超世代軍時代&四天王時代に体と心を削って激しい試合をしていたからなのだ。

 もちろん本人は今の自身の状態に胡坐をかいているわけではない。だから怪我が深刻でも相手が気遣ってしまうような弱音は絶対に吐かない。そこにプライドがあるし、今は残された時間が少ないことを自覚して積極的に外にも出ている。そこにはノアの長としての責任感、そして何よりプロレスが好きだという強い気持ちがあるのだと私は思っている。

投稿者 maikai : 10:39 | コメント (2)

2008年12月26日

馬場さんが蘇る!

 2009年元旦、ジャイアント馬場さんが蘇る。21:00~22:54にBS日テレで『俺たちは忘れない…10年目の再会 ジャイアント馬場 甦る16文キック』が放映されるのだ。

 この番組を手掛けたのは、かつて『スカイハイ』『吹けよ風、呼べよ嵐』などのプロレス・テーマ曲ブームを仕掛けた梅垣進氏。昨日、馬場さんと縁のある関係者による試写会が行われ、菊池孝氏、門馬忠雄氏、吉沢幸一氏、清水勉氏と共に私もお招きいただき、馬場さんの往年の雄姿をこの目に焼きつけてきた。

 日本テレビが保管する馬場さんの映像5759試合からのチョイスは素晴らしかった。しかもデジタル処理をしているだけに昔の映像も実に鮮明。1972年7月29日の赤坂プリンスホテルにおける馬場さんの日本プロレスからの独立記者会見などの試合以外でも貴重な映像があるのが嬉しい。

 さらには馬場さんだけでなく愛弟子のジャンボ鶴田、天龍源一郎、大仁田厚、三沢光晴の若き日のファイトも盛り込まれている。中でもジャンボ鶴田の身体能力は今観ても衝撃的だ。また三沢が馬場さんを語っているのもジーンとくるものがあった。

「これは家でウイスキーでも飲みながら、ゆっくり観たいねえ」と門馬さん。菊地さんは「このスケールの大きさこそがプロレスだよな」と一言。

恐らく今の若い人にはジャイアント馬場=スローモーというイメージが強いと思うが、全盛期の馬場さんは本当にダイナミックでスピーディーで、他の日本人レスラーにはないスケールの大きさを持っていた。この番組では32文ロケット砲の3連発も飛び出す。私は子供の頃、猪木派だったが、全盛期のファイトを目の当たりにして、今さらながらジャイアント馬場こそ日本人レスラーのナンバー1だと痛感させられた。

 オールドファンにも、今の若いファンの人たちにもぜひ観てもらいたい番組だ。

投稿者 maikai : 10:46 | コメント (1)

2008年12月25日

ノア2008年最終戦

 昨日のディファ有明におけるクリスマス興行は、私にとっては日本テレビ放映打ち切りの話題が飛び出してから初めてのノア。今年最後の興行は前日同様に超満員1800人の観客が集まって盛況のうちに幕を閉じた。

 プロレスに限らず、今は世の中が不景気だけに、ちょっとでもマイナスの話題が出るとそれがことさら大きくなってしまう傾向がある。今回の日テレの問題については、もし本当に来年の3月末日で契約が打ち切られるとしたら“プロレスの日テレ”に幕を下ろすことになり、寂しいことだが、まだ決定事項ではない。それにプロレス云々、ノア云々という以前に、不況によって各企業が広告宣伝費を削減しているからテレビ業界自体が苦しいという現実がある。出版業界にしても同じで、今年は多くの雑誌が休刊・廃刊に追い込まれているのだ。だからGスピリッツは広告費に頼らない形で予算を組んで製作しているというのが現実だ。

 ノアを考えた場合、放映打ち切りにならなくても放送権利金のダウンは免れないところ。ここからは日本テレビではなくノア自体がどういう選択をするかになってくると思う。権利金が下がる代わりに、もっと自由に動ける契約に持って行くか、あるいは日テレとの契約を自ら打ち切って地上波に頼らないシステムを創り上げていくか。いずれにせよ、重大な岐路に立たされていることだけは間違いない。

 さて、昨日の試合は『クリスマスだョ!全員集合』のサブタイトルが付いた32選手参加トーナメントの2日目=準々決勝~決勝。トーナメントと言っても、すべて10分1本勝負で、時間切れ引き分けの場合は観客5人の審判の判定で勝敗を決めるというゲーム性が強いアトラクション的なもの。印象に残ったのは井上雅央が高山善廣を雅央ワールドに引き込んで判定勝ちに持ち込んだ試合、健介vs潮﨑、健介vs彰俊の3試合。

 健介vs潮﨑は、潮崎が判定勝ちでもおかしくなかった試合だ。アメリカ修行によって潮崎は解き放たれた感がある。健介と互角のチョップ合戦を演じ、トルネード・ボムを腕ひしぎに切り返し…と、自信に満ちた堂々たるファイト。潮﨑には「ノアを背負う!」という自覚がハッキリ見て取れた。そしてファンの期待度も大きい。それはコール時の紙テープの量が物語っていた。それは今年のチャンピオン・カーニバルにおける全日本ファンの諏訪魔への期待感と同様のものに感じられた。今、何となく負のイメージがあるノアにとって、潮﨑は大きな希望の光だ。

 健介はこうしたお祭り的な大会でも気真面目一直線。このトーナメントには田上キャラで参加した彰俊も、健介戦では死神に戻ってGHC戦の雪辱とばかりに真っ向勝負を挑んだ。チョップ合戦、タックル合戦、ラリアット合戦というゴツゴツとした攻防の末、健介に判定勝ちした彰俊は感無量の表情。対する健介は本当に悔しそうだった。お笑いありのお楽しみ大会だからこそ、その中にピリリとした試合は必要である。その意味で、この大会に健介がいた意味は大きい。

 試合後、三沢が「厳しい世の中ですが、選手・社員一同、前向きに頑張っていこうと思います」と挨拶。言葉が少ない三沢だけに、この短いフレーズに2009年への想いが十分詰まっていたと思う。航海をしていれば嵐にだって遭遇する。その時の舵取りが腕の見せ所なのだ。

投稿者 maikai : 13:53 | コメント (2)

2008年12月24日

『BAPESTA!』に感じた可能性とは

“第2の後楽園ホール”として期待されたJCBホール。4月6日にゼロワンMAXがプロレスとして初進出したが、高い会場使用料、3000人を超すキャパシティ、コンサートにはいいもののプロレスには不向きと思われる3階層バルコニーという構造によって以後は使用する団体はなかった。

 だが、昨日の全日本プロレスとA BATHING APEとのコラボ・イベント『BAPESTA! PROWRESTLING2008』は新たな可能性を感じさせるものだった。お洒落な空間とプロレス+APEがうまくマッチしたのである。

 試合は全日本を中心に新日本から蝶野、中西、ライガー、金本、邪道&外道、みちのくプロレスからサスケ、人生、大阪プロレスからタイガースマスク、くいしんぼう仮面、えべっさん、DDTから高木三四郎、K-DOJOからTAKAみちのく、その他に鈴木みのる&NOSAWA論外&MAZADAのGURENTAI、曙、ウルティモ・ドラゴン、菊タロー(テリヤキボーイ)らが参加するというお祭り的なもの。何となく楽しそうな雰囲気に3200人(超満員札止め)の観客が集まった。この中にはプロレスファンだけではなく、APEのファンも含まれていたはずだ。

 全日本プロレスの社長でもある武藤はやはり敏感。試合後にこんなコメントを出している。

「今日の試合は社長ばっかり(武藤&人生&ウルティモvs蝶野&TAKA&髙木)で気を遣ったよなあ。向こうもこっちも社長ばかりなんだから(苦笑)。意外と難しかったよ。空間もプロレスファンだけじゃなくて純粋なAPEのファンもいたと思うし、そういった人たちのハートをどこまで突っつけたのかは見えてないなあ。TPOが難しかったよ。ただ、次やったら、もっといい興行ができる自信と手応えは感じたよ。点だから難しい。点から線にもっていくのがプロレスの原点だから恒例のイベントになってほしいね。恒例化すれば、みんなプロの塊だからもっといいプロレスを表現できるはずだよ」

 武藤は可能性を感じると同時に、普段は絡まない選手たちとの試合でクォリティーの高い作品を創り上げる難しさを感じたのだろう。

 さらに武藤は「会場を押さえるのって大変だから、今から予約しておいた方がいいですよ。周りを巻き込むのが我々、レスラーの使命でもあるから、段々と奥さんをリングに近づけるのも手かな」と、女優の牧瀬里穂と入籍したばかりのプロデューサーのNIGO氏に積極アピール。

 今、プロレス業界に必要なのは去っていたファンを呼び戻すことと、新しいファンの獲得。そのためには本物のレスラーによるクォリティーの高い試合を提供すると同時に、プロレスに触れる機会のない人たちにどうやってプロレスを見てもらうかということが大事。その意味ではこうした他ジャンルとのコラボにもひとつのヒントがあるように思う。

投稿者 maikai : 11:04 | コメント (0)

2008年12月23日

2008年最後の月曜『S-ARENA』に珍客

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 早いもので昨日が今年最後の月曜『S-ARENA』への出演となった。振り返ると2月にはタイガー・ジェット・シンにターバンで首を絞められたり、ヒョードル、バダ・ハリ、ピーター・アーツといった格闘技系の大物がゲストでやってきたり…そうそう、鈴木みのるにスタジオをジャックされたこともあったし、小原道由に凄まれたこともあったっけ。

 私のベースは編集取材ライターだが、このサムライTV『S-ARENA』やGAORAの全日本中継の解説など、喋る仕事も刺激があって楽しい。今の不景気な世の中でこうした仕事が貰えることに感謝している。そして引き受ける以上は視聴者が楽しめるように今後も頑張っていきたいと思う。

 で、昨日の放送では番組終盤にタイガースマスクが乱入。タイガースマスクと会うのは、ちょうど3年前に白鳥智香子と夫婦で出演してもらって以来だ。当時は新婚でデレデレとしたお調子者キャラだったが、今や大阪プロレスを揺るがすルード軍団の総帥。果たしてどんな風に変わったのかと思ったら、根っこは変わらず「いや~、リングで悪い子としている分、リングを降りたらこんな感じでバランスを取ってるんですよ~。ホンマ、リングでは悪いですからねぇ~」と、ちょっと拍子抜け。でもこんなルードがいてもいいだろう。

 今日、これからJCBホールでライガーと組んでサスケ&タイガーマスクと対戦するが、どんなワルぶりを発揮するか? 本人は「どんなシチュエーションでもワルですから。それにサスケが敵方にいるんで、やり甲斐ありますわ」と言っていたので注目だ。

 さて月曜『S-ARENA』は昨日で2008年のスケジュールが終了したが、28日(日)の午後8時~10時までの2時間にわたって『S-ARENA年末スペシャル』が生放送され、そこに私も出演するのでぜひご覧下さい。

PS.訳あって先週火曜日~日曜日まで世俗を離れていたのだが、その間に日本テレビのノア放映打ち切りがスポーツ新聞紙上を賑わせたようだ。それによってGスピリッツの宣伝ダイアリーへのコメントの書き込みがノア問題ばかりになっていてビックリ! この問題についての私の想うところは、いずれ機会を見て書こうと思います。

投稿者 maikai : 13:42 | コメント (0)

2008年12月18日

テイオー先生のウンチクは必読!

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 昨日発売されたGスピリッツ第10号の『漢たちの昭和・全日本』でちょっと変わった企画がMEN’Sテイオーの世界王者技術解析だ。

 週刊プロレスの連載コラムでご存知の方も多いだろうが、テイオーはプロレス界きっての技オタク…いや、技のウンチク王。中学時代から観戦ではなく、自分が実践する草プロレスに目覚めてビデオで技や受け身を練習し、大学生時代には学プロ王者に。そしてプロになった男なのだ。プロ入りして16年経った今も様々なレスラーの技、受け身、試合の組み立てを研究しているテイオー先生に昭和・全日本に登場した世界王者たちの技術をプレイヤーの視点から解析してもらったのがこの企画である。

 ロックアップ、ヘッドロック、アームドラッグの“三種の神器”から始まってドリー・ファンク・ジュニア、ハーリー・レイス、ジャック・ブリスコ、テリー・ファンク、リック・フレアー、ニック・ボックウインクルといった昭和・全日本に登場した世界王者たち、さらにはビル・ロビンソン、ジャンボ鶴田に至るまで、プロのマニアックな視点での技術解析。私とテイオーは、テイオーが学プロ王者時代からの知り合いだが、プロレス好きの純粋な気持ちは昔も今も何ら変わらない。ということで、取材はアッという間に2時間を越えてしまった。

「あれを読んだ後に各選手のビデオを観たら凄く面白かったですよ!」とは、Gスピ副編集長の佐々木君の言葉。これもオススメ記事です!

投稿者 maikai : 08:43 | コメント (1)

2008年12月17日

アメリカンな天龍源一郎

 今日17日はGスピリッツ第10号の発売日。今回の特集は『漢たちの昭和・全日本』だ。となると、天龍革命で昭和・全日本末期を熱くさせた天龍源一郎の存在を外すわけにはいかない。

「また小佐野の天龍インタビューかよ!」という声が聞こえてきそうだが、今回はこれまでと趣が違う。前号でカブキが天龍同盟のファイトを「あれが本当のアメリカンプロレス」と絶賛していたことを受けて、アメリカンプロレス的な視点で話を聞いてみたのだ。

 天龍が大相撲の元前頭筆頭から全日本に入団したのは76年10月。そして第3の男という地位を確立し、“風雲昇り龍”として日本に定着したのは81年5月。その間の4年7ヵ月のうち、実に3年9ヵ月もアメリカで過ごしていたことを考えれば、天龍のバックボーンは確かにアメリカ・プロレスということになるのだ。

 今回のインタビューではアメリカ・マット界で養った感性やプロ意識、アメリカ各テリトリーで感じたこと、フロリダでのマスクマン時代、龍原砲がファンに提示したかった本当の部分などなど、9ページにわたってたっぷりと聞いている。天龍ファンはもちろん、そうでない人にも、ぜひ御一読を!

投稿者 maikai : 08:27 | コメント (8)

2008年12月16日

折原昌夫登場!

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 昨日のサムライTV『S-ARENA』には折原昌夫とリブレ・アトミコがゲスト出演。折原は今年3月にメビウスの活動を再開、12月26日に新宿FACEで行う年内最終興行のパブリシティのためにやってきた。

 メビウスは折原独自の世界観を表現するもので、折原率いるメビウスとリブレ・アトミコ総帥率いる悪のジョリー・ロジャー・メビウスの対立が柱になっている。12・26新宿FACEは折原&ディック東郷&金村キンタローが保持するエイペックス・オブ・トライアングル王座にジョリー・ロジャー・メビウスと通じる東京愚連隊(NOSAWA論外&MAZADA&TAKEMURA)が挑戦。黄金のマスクを持つザ・グレート・サスケの防衛戦(現時点で挑戦者はX)、ソルジャーがFMWの先輩・黒田哲広相手に引退試合。さらにトンパチ・マシンガンズvsバトラーツ&SUNのミックストマッチとして小野武志&三田英津子vs澤宗紀&前村さき、「メビウスが挨拶なしに勝手に歌舞伎町に進出してきた」と怒っている新宿ナンバーワン・ホストの美月凛音がMIKAMIと歌舞伎町一番GUY’Sを結成しての殴り込み、ウルティモ・ドラゴンの友情参戦など総勢30選手の豪華な興行になっている。

 さて、折原といえばピアス&タトゥーの風貌、過激なファイト&言動によってアブナイ奴というイメージが強いようだが、一本気で真面目な性格のゆえに突拍子もない行動に出てしまったり、思ったことを口にするから誤解を受けることも多いのだと思う。

 それだけに折原がメビウスとしての活動を再開し、選手のブッキングや諸々の手配、パブリシティ活動をひとりでやっている姿を見ると、何だか嬉しい気持ちになる。私にとって折原は、一生懸命に天龍さんの付き人をやっていたオリちゃんのままなのだ。実際、昔とまったく変わらない態度で接してくれる礼儀正しい筋の通った男である。

投稿者 maikai : 09:27 | コメント (0)

2008年12月15日

諏訪魔の課題

 23日にJCBホールでA BATHING APEとのコラボ・イベント『BAPESTA! PROWRESTLING2008』があるものの、昨日の後楽園ホールが純粋な08年度全日本プロレスの最終興行。恒例の『ファン感謝デー』が開催された。

 1年を明るく楽しく締め括ろうという同大会の目玉は武藤&神奈月のF-1タッグ防衛戦。今回の挑戦者は“女の中の男”神取忍と“男の中の女”前田健のコンビ。前田健のあややは確かに一見の価値あり! あややと同じキーで歌えるのだから凄い。そして“カミングアウト”したことによってすべてが解放されたのか、男色ディーノも真っ青の独特のオーラがあった(苦笑)。

 まあこれは年末のアトラクションとして…私が注目したのはメインの諏訪魔vs近藤修司だ。今年1月にVMを離脱し、4月にチャンピオン・カーニバル優勝&三冠王座を獲得、その後、多くの苦しみと戦いながら成長した諏訪魔。10月にVMを離脱、11・3両国で丸藤に敗れて世界ジュニア王座奪取はならなかったものの、その試合が08年度ベストバウトに選ばれた近藤。そしてタッグを組んで最強タッグ準優勝を果たしたこの2人が年度最終試合のメインで激突したのである。

 果たして、最後の心技体の真っ向勝負は見応えがあった。あの諏訪魔の体を吹っ飛ばす近藤のキングコング・ラリアットはジュニアの枠を超えたものだったし、フィニッシュの諏訪魔のラストライドも完璧だった。だが、敢えて書くと序盤から中盤は盛り上がりに欠けていたのが残念だった。

 当然、両雄共に08年を締め括る試合にしなければという想いが強かっただろう。そうなると、立ち上がりはジックリした展開になる。序盤から中盤を優勢に進めたのは諏訪魔だったが、その攻めに緩急がなく、単調に見えたのだ。スピードや攻め方に変化がないと観ている方は飽きてくる。どんな戦法でも観客を飽きさせないのがプロの戦いであり、ここに諏訪魔の課題があると改めて感じた。

 今、天才と呼ばれる武藤敬司や丸藤正道は地味な展開の中でも独特のリズムを持っている。そして要所で緩急をつけるから観客を飽きさせない。今の諏訪魔はナチュラルな強さと体力だけで戦っているが、そういう自分なりのリズムを持ってほしいのだ。

 考えてみれば、諏訪魔はやっとキャリア4年。普通に考えたら新人である。だが、今年1年の彼のファイト、プロレスに取り組む姿勢を見てきて、やはり全日本プロレスを、日本マット界を背負って立つ大器だと確信を持った。だからこその苦言だと捉えてもらいたい。私は09年の諏訪魔に大きな期待を抱いている。

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2008年12月14日

BI対立の時代を分析

 来たる1・4東京ドームには全日本、ノア、ゼロワンMAXが参加し、厳しい日本プロレス界は一致団結、大連立の動きを見せ始めているが、昭和の日本プロレス界は新日本プロレスと全日本プロレスの仁義なき戦争の時代だった。

 そこで17日(水)発売のGスピリッツ第10号では昭和・全日本特集のひとつとして「新日本から見た昭和・全日本」ということで、かつて新日本プロレス取締役営業本部長・新間寿氏にインタビューした。

 新間氏はアントニオ猪木の片腕として“過激な仕掛け人”と呼ばれ、全日本プロレス壊滅に全精力を注いだ武闘派。第8号のUWF特集では、戦争停戦後の馬場と猪木の水面下での蜜月を語ってもらったが、今回はそれより前の時代…新日本と全日本が、猪木と馬場が命懸けで戦争をしていた時代の秘話である。

 外国人ルート、猪木の馬場への挑戦、人材の発掘&育成、国際プロレスとの関係、引き抜き戦争…今回、初めて明かされる意外な話も当然、出てくる。

 このインタビューを読んでいただければ、BIの確執と対立がスリリングでダイナミックな流れを生み、70~80年代のプロレスを結果的に隆盛に導いたことを理解していただけると思う。

投稿者 maikai : 09:09 | コメント (1)

2008年12月13日

20年ぶりの輪島大士!

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 17日(水)に発売されるGスピリッツ第10号の目玉のひとつが元横綱・輪島大士インタビュー。今年、石井慧のプロ総合格闘家転向が世間でも大きな話題になったが、今から22年前の1986年春の輪島のプロレス転向はそれを上回るニュースだったと思う。当時の輪島は引退から5年が経過していたものの、昭和を代表する大横綱だったし、金色の廻しを着けたり、純白のリンカーン・コンチネンタルを乗り回したりと、破天荒なキャラでも国民的ヒーローだった。加えてプロレス転向当時はスキャンダラスな話題もあり、世間の関心度は相当なもの。

 輪島の入団によって全日本プロレスはTVゴールデンタイム復帰を果たし、興行的にも日本全国で超満員。この輪島人気が長州らジャパン・プロレス勢の新日本Uターンの引き金になったとも言われている。また長州離脱後には天龍の容赦ない攻撃を浴びて、これが天龍革命の凄みにつながり、天龍vs輪島を観た前田日明が危機感を覚えて、これが長州蹴撃→新生UWF誕生につながっている。よくよく考えてみると、日本プロレス界における輪島効果は多大なものがあるのだ。ただ、輪島がプロレスラーとして活躍したのは86年8月7日のカンサスシティにおけるデビュー戦から88年12月16日、日本武道館においてカブキと組んでのvsクラッシャー・ブラックウエル&フィル・ヒッカーソンまでのわずか2年4ヵ月。88年の日程をすべて終えた時点で馬場に引退の意思を告げ、記者会見もなくひっそりとプロレス界を去ったのである。

 今回、輪島さんに会ったのは88年12・16武道館から実に20年ぶりのこと。私は当時、週刊ゴングの全日本プロレス担当記者だったから、全日本入団会見から輪島さんを追った。トレーニングを始めて1ヵ月も経たない頃にハワイで取材したし、日本デビュー後の88年11月にはノースカロライナ州シャーロッテで1週間寝食を共にした。そのあたりのエピソードもインタビュー中に出てくるが、それは実際に本を読んでいただきたい。

 引退後、プロレスについての取材は受けたことがないという輪島さんだったが、そんな関係もあってか、私の取材には快くOKを出してくれて、おまけに取材場所も行きつけのお寿司屋さんを自ら予約してくれた。

 20年ぶりに会った輪島さんは全然、変わっていなかった。そう、やっぱり横綱は横綱だった。

 インタビューはプロレス転向を決意した本当の理由、体感したプロレスの難しさ、ジャイアント馬場との関係、容赦なく攻撃してきた天龍への感情、引退の理由…など、たっぷり2時間。横綱ゆえのプライドと葛藤、プロレスへの真摯な想いを読み取っていただけたら幸いだ。

そうそう、『DVDが付かなければ買いません。立ち読みですませます』という書き込みがあったが、我々は面白い本を作るために毎号力を尽くしている。だから実際に手に取ってから判断してほしいと思う。DVDを楽しみにしていた方々には申し訳ないとは思うが、中には「DVDはいらない」という人もいて、こちらも試行錯誤中なのだ。ただ、我々には立ち読みでは済まない、買って損のない本を作っているという自負があります。あとは皆さんの判断次第なので。 

投稿者 maikai : 11:15 | コメント (2)

2008年12月12日

会見で早くも前哨戦!新日本vsノア決定

 昨日の午後6時から東京・九段のホテルグランドパレスで1・4東京ドームのカード決定最終会見。セミの第9試合で中邑真輔&後藤洋央紀vs三沢光晴&杉浦貴、休憩明けの第7試合で中西学vs秋山準の新日本vsノア対抗戦2試合が行われることが発表された。

 会見には試合に出場する6選手、新日本の菅林社長が出席したが、それぞれの思惑が垣間見れて、なかなか面白かった。

 ようやくノア引っ張り出しに成功した菅林社長は、今後のノアとの対抗戦について「ここまでくるにはいろいろな交渉事があって、やっと実現したわけで…あとは選手を信じ、勝利を奪ってもらって、勝てば次につながるものが生まれると思います。とにかく選手を信じ、選手に期待しているということです。対抗戦であるからには負けられない。選手たちにはプレッシャーと団体の威信を背負って試合に臨んでほしいと思います」と、“その先”に大きな期待を寄せていることを隠さなかった。また、12・7日本武道館で森嶋を破って次期GHCヘビー級王座挑戦者に決定した秋山に中西をぶつけることについても「ここで中西が勝ったら、ノアさんとしても(中西の挑戦を)考えざるを得なくなるでしょう」と、完全に戦闘態勢だ。

 中西と秋山が激突するのは03年8・12静岡におけるG1クライマックス公式戦以来、5年4ヵ月ぶり。この時は秋山が野人を覚醒させた上で強引な首固めで勝利を奪っている。そして、この2人は専修大学レスリング部の先輩後輩で同部屋だった間柄。秋山が入部して合宿所入りした時に3年先輩の中西がアメリカのエロビデオを観ていたというのは有名なエピソード。かつて秋山は「新入りの僕を楽しませようと思ったんでしょうけど、中西先輩に“一緒に観るか?”って言われても、観られませんでしたよ。でも、そんな気さくないい先輩でした」と笑っていたものだ。

 さて、今回の一戦に向けての両者のコメントは以下の通り。

「同じ専修大学を卒業していながら、これだけスタイルが違うっちゅうのも珍しいんじゃないかと。まあ、気になる存在なんでちょくちょく試合は観ていますけど、5年前から随分と風貌が変わっているのにビックリですよ。まあ、団体の代表として最高の相手と戦うからには交流戦ではなくて対抗戦ですが…“新日本の中西学”というよりも、中西学として秋山準と戦いたいです」(中西)

「最初、中西さんが狙っているのはGHCでも白GHCの方だと思ったんで橋誠を行かせようと思ったんですけど、黒GHCということらしいので。黒の方のチャンピオンは佐々木健介選手が持っているので次期チャンピオンの僕が出ることにしました。(次期挑戦権を中西戦に賭けるかについては)中西さんが考えることですけど“寄こせ”と言うなら、それはそれで構いません。観てる人にとっちゃ、その方が面白いかもしれないですね。先輩後輩の間柄はずっとそういうことなんですけど、卒業して何年も経っているわけで、1レスラーとして新日本とノアの戦いだと思っています。5年前のことはそんなに憶えてないんですけど、試合のクオリティー的に高くなかったと思うので、それを踏まえて、いい試合をしたいと思います」(秋山)

 中邑&後藤vs三沢&杉浦では中邑が熱かった。後藤は「自分は他団体にあまり興味はなかったんですけど、今はワクワクしていますね。(三沢の印象は?)テレビで観るより意外とデカイんですね。中邑だけにオイシイところは持って行かせませんよ。(三沢と杉浦の)どちらを狙うというよりも、勝負にこだわります」と、三沢&杉浦を目の前にして、初めて実感が湧いてきたという感じだったが、中邑はピリピリ・ムード。

「新日本vsノアということで、容赦なく戦って新日本の凄みを見せつけたいですね。交わることのなかったノアとこういう形で戦うことで自分に大きな変化をもたらせてくれると思っています。杉浦さんに関してはノアの中でも他競技に参戦する力を持っている怖さを感じますね。用心棒的な感覚で捉えています。まあ、ノアの若い選手たちが、強い人の名前を挙げる時に必ず三沢さんの名前を挙げるので、それだったら象徴とやるのが手っ取り早いと思って社長に交渉をお願いしました。イメージとしては経験を武器に戦う選手。経験を武器にする人は誤魔化しがあったり、煙にまいたりする人が多いですけど、三沢さんは誤魔化しがなくて真っ向から勝負が出来るというイメージがあります。三沢さんは首が悪い? 知らないッスよ! リングに上がる以上は、レスラー全員が覚悟を持っているわけだから。今回、ドームに参加しなかったノアの若い選手のこの試合の後の反応が見てみたい。どう反応するか楽しみですよ、反応しなきゃおかしいと思う。これは対抗戦なんだから、新日本プロレスとして勝ちにこだわります!」と中邑の言葉はどんどん熱気を帯びていった。

 一方のノア・サイドは例によって泰然自若といった感じ。杉浦は「会社の人に“正月は暇?”って聞かれて“暇です”と答えたら“ドームに行ってくれ”ということだったので、行くことにしました。一応、ノア代表ということなので社長に迷惑かけないように頑張ります」と、人を食ったような言葉だ。

 05年5・14東京ドームにおける藤波と組んでのvs蝶野&ライガー以来の新日本出陣になる三沢も以下のように淡々と話した。

「こういう機会じゃないと出来ないので楽しみにしています。若い力に負けないように頑張ります。僕の場合は“あと、どれくらい出来るのか”っていうのがあるんで、やれる時にやろうと。一個人としての興味という部分が大きかったですね。まあ、こういう形になったんで、今後(の対抗戦)を期待すると思いますけど、試合もしていないし結果も出ていないので、今は何とも言えませんね。そういう話があれば、その都度、前向きに考えていくということで。ウチはいい選手がいっぱいいるんで、これを対抗戦と言われても困るんだけど(苦笑)、会社の看板を背負うことにはなるんで負けられない。杉浦の足を引っ張らないように頑張りますよ」

 ちなみに1・4東京ドームの全カードは①ミスティコ&田口隆祐&プリンス・デヴィットvsアベルノ&邪道&外道②獣神サンダー・ライガー&佐野巧真vs井上亘&金本浩二③IWGPジュニア・タッグ選手権=裕次郎&内藤哲也vsアレックス・シェリー&クリス・セイビン④IWGPジュニア・ヘビー級選手権=ロウ・キーvsタイガーマスク⑤長州力&蝶野正洋&カート・アングル&ケビン・ナッシュvsジャイアント・バーナード&飯塚高史&石井智宏&カール・アンダーソン⑥永田裕志vs田中将斗⑦中西学vs秋山準⑧IWGPタッグ選手権3WAYマッチ=真壁刀義&矢野通vs天山広吉&小島聡vsブラザー・レイ&ブラザー・ディーボン⑨中邑真輔&後藤洋央紀vs三沢光晴&杉浦貴⑩IWGPヘビー級選手権=武藤敬司vs棚橋弘至の10試合。

 新日本、全日本、ノア、ゼロワンMAX、アメリカTNAが揃い踏みするオールスター戦とも言える今回の東京ドームが、まずはプロレス・ファンにどう届くか!? 今後の日本プロレス界を左右する勝負の大会だ。

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2008年12月11日

Gスピリッツ第10号の表紙&主な内容です!

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 12月17日(水)に発売されるGスピリッツ第10号の表紙と主な内容を公開します。

【王道特集――第2弾】
漢たちの昭和・全日本
★輪島大士
名横綱、王道プロレスを語る
★ジャンボ鶴田
怪物の正体――最強説の真実に迫る
★天龍源一郎
馬場&猪木を倒した“第3の男”
★越中詩郎
サムライ・シローが誕生するまで
★新間寿
全日本プロレス壊滅計画の真相
★グレート小鹿
今、明かされる『暗闘』と『闇』
★ウルトラセブン
真説――悲劇のスーパーヒーロー
★MEN’Sテイオー
歴代チャンピオンの技術を徹底解析

【考察――シュートレスリング】
デーズ&ゴッチが認めた最強レスラー全リスト
ディアブロ・ベラスコとメキシカン・キャッチ
ハム・リーとゴッチの友情

【日系レスラー列伝】
“神風親分”キンジ渋谷

【好評連載】
アリーバMEXCO=エル・サントからミスティコまで~聖者伝説の光と影~
世界・ふしぎ再発見=謎の格闘技『バリツーズ』捜し求めて

 今号は前号で好評だった王道・全日本プロレスを昭和という視点から特集しています。私が担当したのは巻頭の輪島インタビュー、今までとは角度を変えた天龍インタビュー、今だからこそ明かせられる新間氏の全日本壊滅計画、テイオーの超マニアックな歴代世界王者の技術解析の4本。それらの取材エピソードは順次、このダイアリーで綴っていこうと思います。

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2008年12月10日

2008年度プロレス大賞選考会議

 お約束通り、昨日の正午から行われた2008年度プロレス大賞選考会議の結果と、その過程を綴らせてもらう。選考委員は東京スポーツのプロレス担当記者&カメラマン、サンケイスポーツ、スポーツニッポン、デイリースポーツ、東京中日スポーツ、報知新聞、内外タイムスの各プロレス担当記者、週刊プロレスの佐久間一彦編集長、プロレス評論家の菊池孝さんと門馬忠雄さん、サムライTVキャスターの三田佐代子さん、私、選考委員長の柴田惣一さん、特別選考委員の内館牧子さんの31人。内館さんは所用のために会議を欠席、MVP、ベストバウト、最優秀タッグチームの3賞の候補を事前にノミネートしており、他の賞については30人による選考になった。

〔最優秀選手賞=MVP〕武藤敬司
 2008年の顔にノミネートされたのは新日本のIWGPヘビー級王座を奪取し、もうひとつの顔のグレート・ムタで三冠ヘビー級王座も奪取してメジャー2冠に輝いた武藤と、ノアのGHCヘビー級王座を奪取して史上初の新日本、全日本、ノア3大メジャー・タイトル制覇を果たした佐々木健介。さらに「今のジュニア・ヘビー級はヘビー級を凌駕しており、そのトップに立っている男」として丸藤正道の名前が挙がった。
 私が推したのは武藤。IWGP王者の武藤としても、三冠王者のムタとしても自分の世界を創り上げて両団体を王者として盛り上げた力量を評価したからだ。特にIWGPに関しては全日本のシリーズの合間に新日本のビッグマッチに出陣して挑戦者の持ち味を引き出しつつ、それを上回る光を放って王者の責任をまっとうしていたと思う。武藤の戴冠は新日本にとってマイナスにならなかったはずだ。
投票の結果、武藤が28票を獲得して2001年度以来のMVPに輝いた。

〔年間最高試合=ベストバウト〕丸藤正道vs近藤修司(世界ジュニア・ヘビー級戦=11・3両国国技館)
 ここでノミネートされたのは①エメリヤーエンコ・ヒョードルvsチェ・ホンマン(07年12・31さいたまスーパーアリーナ)②永田裕志vsカート・アングル(1・4東京ドーム)③鷹木信悟&B×BハルクvsKENTA&石森(GHCジュニア・タッグ戦=3・20大田区体育館)④諏訪魔vs棚橋弘至(チャンピオン・カーニバル優勝決定戦=4・9後楽園ホール)⑤中邑真輔vs武藤敬司(IWGPヘビー級戦=4・27大阪府立体育会館)⑥KENTA&石森太二vs中嶋勝彦&飯伏幸太(GHCジュニア・タッグリーグ公式戦=8・30ディファ有明)⑦丸藤正道vs近藤修司(世界ジュニア・ヘビー級戦=11・3両国国技館)の7試合。
 議論&投票の結果、永田&アングル、中邑vs武藤、丸藤vs近藤の3試合が残り、決選投票の結果、丸藤vs近藤が過半数以上の19票を獲得した。
 私の中では2試合が候補だった。ひとつは4・9後楽園のチャンピオン・カーニバル公式戦として行われた武藤vs棚橋、もうひとつはチャンピオン・カーニバル優勝決定戦の諏訪魔vs棚橋だ。武藤vs棚橋は、棚橋が武藤ワールドに飲み込まれずに存在感&表現力でも互角に渡り合った試合。30分時間切れに終わったものの、棚橋がハイフライ・フローの3連発で畳みかければ、武藤もシャイニング・ウィザードの乱れ打ちからムーンサルトの態勢に入ったところで時間切れのゴングという最後までスリリングな試合だった。だが、私が最終的に私がノミネートしたのは諏訪魔vs棚橋。全日本と新日本の次代を担う2人が真っ向からぶつかりあった試合だ。技術的には、特に諏訪魔はまだまだ荒削りだが、変な駆け引きなしにお互いの「勝負しよう!」という気迫と技が真っ直ぐにぶつかり合ったし、会場の盛り上がりも凄かった。こういう若さと気概に満ちた試合こそプロレスなのではないかと私は感じたのだ。
 残念ながら第1回の投票で脱落してしまったため、決選投票では試合として純粋に最高レベルのプロレスを提供してくれた永田vsアングルに入れた。武藤vs中邑もいい試合だったが、あれは完全に武藤の試合。丸藤vs近藤もベストバウトにふさわしい試合ではあるが、それだったら一昨年の近藤vsカズ、昨年の近藤vs中嶋も負けていないはず。どちらの試合も私的には決め手に欠けていた。
 興味深かったのはカメラマンによるKENTA&石森vs中嶋&飯伏のノミネート。やはりカメラマンは被写体として絵になる試合を推すのである。

〔最優秀タッグチーム〕鈴木みのる&太陽ケア
 これも激戦。世界タッグ王者の鈴木みのる&太陽ケア、IWGPタッグ王者の真壁刀義&矢野通、GHCタッグ王者のバイソン・スミス&齋藤彰俊、G1タッグ&最強タッグ制覇の天山広吉&小島聡、GHCジュニア・タッグ王者の金丸義信&鈴木鼓太郎、ドラゴンゲートの土井成樹&吉野正人の6チームの名前が挙がった。
 私は去年と同じく土井吉をプッシュ。タッグ王座は失ったものの、タッグ・リーグ戦は2連覇を果たしたし、最優秀タッグチームと言うからには個々の技や実力ではなく、タッグチームとしての魅力が一番重要視されるべきだと思ったからだ。
 だが、案の定(?)土井吉は第1回投票で脱落し、みのる&ケア、真壁&矢野、テンコジで2回目の投票。最終的にみのる&ケアとテンコジが残り、16対14でみのる&ケアに凱歌が上がった。
 第2回投票からは私はみのる&ケアを支持。確かにテンコジは新日本と全日本のタッグ・リーグを制覇したが、再結成した以上は、新しい魅力を提供してほしかった。みのる&ケアは5月のタッグ結成から当時のIWGP王者&三冠王者コンビの武藤&諏訪魔、健介&勝彦に勝ち、武藤&ジョー・ドーリングから世界タッグを奪取、諏訪魔&西村、テンコジ相手に防衛と着実な歩みを見せていた。合体技を売りにするコンビではないが、考え抜いた戦略、タッチワークの巧さは抜群だったし、あのみのるが入場曲を『風になれ』から『ヒーロー』に変え、リングアナには「鈴木みのる、太陽ケア、GURENTAI!」と個々ではなくチームとしてコールさせ、ケアの潜在能力を引き出すファイトに徹していた。そしてそれにケアも応えた。この2人には「何が何でもタッグチームとして成功してやる!」という強い意志が見えたのだ。地味ではあるが、みのる&ケアの最優秀タッグチームは満足のいく結果だ。

〔殊勲賞〕佐々木健介
〔敢闘賞〕田中将斗
〔技能賞〕鷹木信悟
 昔と違って団体の数、レスラーの数は多いし、スタイルも多種多様。それに対して個人賞の枠は少ないから、ここからは選考委員各自の思い入れや「この選手には何か賞をあげたい!」という気持ちが強く表れるのが殊勲・敢闘・技能の3賞だ。
 まず選考結果からすると、殊勲で名前が挙がったのは佐々木健介、森嶋猛、田中将斗、永田裕志の4人。惜しくもMVPを逃した健介の受賞は当然の成り行きだと思う。
 敢闘賞は諏訪魔、田中、森嶋、KENTA、永田、曙、後藤洋央紀、中西学、鷹木信悟の9人の名前が挙がり、6票の諏訪魔と11票の将斗で決選投票。9対21で田中が勝ち取った。
 技能賞は飯伏、鷹木、杉浦貴、ジョシュ・バーネットの4人から、最後は鷹木とジョシュの争いになり、16対14の僅差で鷹木が受賞。鷹木はスピード&テクニック主体のドラゴンゲートにあってパワーを武器にしていてキャラが際立っている。それでいて他の選手の負けないスピードを持ち、難易度の高い技を仕掛けられても対応できる技術がある。キャリア4年弱でドリームゲート王者になって若きエースに君臨している。私も決選投票では鷹木に入れた。ここではカメラマンがこぞって飯伏を支持していたのが興味深かった。
 私はこの3賞については健介、諏訪魔、森嶋、将斗、真壁を考えていて、誰を落とし、誰をどの賞にノミネートするか悩んだ。そして私の中での結論は殊勲=健介、敢闘=諏訪魔、技能=将斗だった。健介の殊勲は3大メジャー制覇の実績とCMやテレビ番組での知名度を併せたもの。諏訪魔の敢闘はチャンピオン・カーニバル、三冠奪取という実績はもちろんだが、彼が全日本のエースにふさわしいレスラーになるために考え、もがき、苦しんでいた姿を近くで見ていたからだ。これはGHC王者になった後の森嶋にも共通していたが、今年は森嶋ではなく諏訪魔だと思った。将斗の技能賞というのは正直、苦しい感もあり、敢闘の方がふさわしい気がするが、ジュニア・ヘビー級にも入れる体格で火祭り3連覇を果たし、新日本との対抗戦の矢面に立って永田や中西と互角に戦い、かと思ったらガッツワールドなどのインディーでも相手を光らせつつ、きっちりと田中将斗の試合として成立させるのは技能と言ってもいいのではないか。去年、何も賞が貰えなかったのはおかしいぐらいなのだ。ぶっちゃけ、将斗を敢闘賞にしたら、さすがに諏訪魔=技能賞とは言えないので、あくまでも将斗=技能賞で推したかったのだが、結果的には私の目論見は外れてしまったわけだ。

〔新人賞〕澤田敦士
 この賞にも様々な名前が挙がった。受賞した澤田の他にKAI、内藤哲也、浜亮太、坂口征夫、女子プロの松本浩代。新人賞の規定はデビュー3年以内となっていて、あとは選考委員各自の捉え方次第になってくる。私としては「この選手は何年かしたら素晴らしいレスラーになっているだろうなあ」というフレッシュさを大事にしている。言い換えれば、何年か後に「やっぱり新人賞をあげてよかった」と思う選手だ。
このノミネートの中でふさわしいと思ったのはKAIと内藤。11月にデビューした浜は最強タッグの巡業各地で会場を沸かせたが、まだあまりにも未知数。IWGPジュニア・タッグ王者になった内藤は、もはや新人賞の枠を飛び越えているという感覚だ。だから私が推したのは昨年2月にメキシコでデビューし、3月に日本デビューしたKAI。春のジュニア・リーグ優勝はラッキーな面が強かったと思うが、その後の8・31両国での土方に挑戦した世界ジュニア戦は予想をはるかに上回るものだったし、センスと度胸がいい。華もある。そしてジュニアにとどまらずに大きくなりそうな体も魅力。それがプッシュした理由だ。
 受賞した澤田の試合は昨年12・20有明コロシアムのアマゾン・ブレード戦、今年に入って2・16有明コロシアムの小原道由戦、8・15両国の若翔洋戦の3戦しか観ていない。イメージとしては小川道場所属だけに小川直也を小型にしたような感じ。鼻っ柱の強さと骨太さは印象に残っているが、少なくとも夏の両国の時点ではプロレスラーとして身につけているべき基本的なことをマスターしていないように思えた。私の範疇ではプロレスラーではないのだ。
 選考も揉めて、最後は澤田とKAIの決選投票になり、17対13で澤田に軍配。あの石井慧を11・24名古屋でセコンドに付け、リングに上げたことで世間でも話題になったことも加味されての選考になった。そこには「世間に届くレスラーがいてほしい」という要素もあったわけだ。
 私が澤田に望むのは本当の意味でプロレスラーになってくれること。5年後、10年後に「やっぱり2008年の新人賞は澤田で正解だったね!」と言えるレスラーになってくれることだ。

〔功労賞〕グレート草津
〔女子プロ大賞〕該当者なし
 功労賞は6月21日に亡くなった元国際プロレスのエース、グレート草津さん。女子プロ大賞は5年連続で該当者なしとなった。今の細分化された女子プロレス界では「この人が今年の女子プロの顔!」と呼べる人が生まれにくい状況にある。ノミネートされたのは年内で引退する元気美佐恵と子宮筋腫を乗り越えてカムバックし、一度はNEO2冠王者にも返り咲いた井上京子。私は11・12後楽園で小島聡とシングルマッチを行って男子プロレスのファンも振り向かせようとした元気に1票を投じたが、元気も京子も過半数に至らず、残念ながら該当者なしになってしまった。

〔その他〕
話題賞にヒール転向でファンをアッと驚かせた飯塚高史、インリン様、マッスル坂井、団体賞に年間180以上の興行を行い、不況下でも観客を動員しているドラゴンゲート、カムバック賞に永田と小島の名前が挙がったが、どれも過半数には至らず、特別賞は設けられなかった。

 ここからは一度エントリーした内容に補足です。おそらく去年と同じように様々なコメントが寄せられると思います。それは選考委員のひとりとして私自身がしっかりと受け止めようと思いますが、収拾がつかないような状況になることは避けたいし、誰かのコメントだけ掲載して、誰かのコメントは削除するというのも嫌なので、サイト上では敢えて公開しないつもりでいます。ご了承のほどを。

投稿者 maikai : 15:11 | コメント (0)

2008年12月09日

寒いが熱かった全日本・広島大会

 昨日はGAORA中継の世界最強タッグ決定リーグ戦優勝戦解説のため広島へ出張。

今年の最強タッグは混沌とした。首位を走っていたジョー・ドーリング&ゾディアックのブードゥー・タワーズは、真田&征矢との公式戦を残した段階の12月4日にゾディアックが急性腹膜炎の緊急手術という思わぬ事態になってリーグ戦をリタイア。世界タッグ王者チームの鈴木みのる&太陽ケアのGURENTAIは最終公式戦でTARU&ヘイトの場外心中作戦にはまって脱落。かくして優勝戦に勝ち進んだのは新日本のG1タッグ・リーグ戦を制した天山&小島のテンコジ、諏訪魔&近藤のスワコンだった。

 これは両チームにとって2008年の総決算。共に負傷欠場からカムバック後に方向性に迷った末に再合体したテンコジにとってはメジャー2団体のタッグ・リーグ戦を制覇して復活をアピールしたいところ。諏訪魔と近藤は共にブードゥー・マーダーズを離脱して新たな道を切り開いた1年を有終の美で締め括りたい。また、タッグ世代闘争という見方もできる組み合わせだ。ちなみに11・24後楽園における公式戦では真っ向勝負の上で近藤がラリアットで小島を完璧にフォールしている。

 さて、試合は今回も28分36秒という激闘に。詳細はGAORA中継を観ていただくとして、栄冠を勝ち取ったのはテンコジ! 会場を包む小島コール、天山コールを聞いて、改めてテンコジはファンに愛されているのだと感じた。そしてコールが起きるほどテンコジを追い込んだスワコンは来年が楽しみなコンビだとも思った。

 友情を全面に押し出して新日本&全日本のタッグ・リーグを制覇したテンコジ。クールに見れば滑稽なコンビだが、そのベタさが観ている人に活力を与えたのだから立派。観ている人を元気にするのがプロレスのひとつの大きな役目でもあるのだ。

 今回の広島大会は月曜日の開催、しかも雨という状況で、主催者発表2400人という寂しい入り。だが、何人かのファンと話をしてみると「この広島サンプラザホールはどの団体が来ても厳しいんですよ。でも、最強タッグの決勝戦を広島でナマで観られるとは思ってなかったから嬉しいですね」という喜びの声がほとんどで、試合後には「やっぱりテンコジは最高ですね! でもスワコンはこれから楽しみですよ!」と興奮気味に話しかけてくれる人もいた。

 正直、寒い会場だったが、それを上回るファンの歓声、熱気があり、心温まる大会だった。今、経費的にどの団体も地方興行が減っているが、本来は全国各地を回ってナマの迫力を提供するのが日本のプロレスの在り方だった。その意味では、今回の最強タッグ決勝の広島開催は冒険ではあったが、やって良かったと思う。2009年、プロレス熱が日本全国各地に少しずつでも伝わっていく流れが生まれたら、こんなに嬉しいことはない。

 話は変わって、今日は正午からの2008年度プロレス大賞選考委員会出席のために朝6時46分発の新幹線で帰京した。その結果と選考過程、私自身のノミネート等は明日のダイアリーでアップします!

投稿者 maikai : 18:22 | コメント (1)

2008年12月08日

2009年の秋山に注目!

 昨日は今年最後のノア日本武道館大会。健介に彰俊が挑戦したGHCヘビー級戦、KENTA&石森が金丸&鼓太郎に挑戦したGHCジュニア・タッグ戦、秋山と森嶋の次期GHCヘビー級王座挑戦者決定戦、三沢vs勝彦と、それぞれカラーが違う好カードが揃った。

 この中で私が最も注目していたのは秋山vs森嶋。レスラーとしての性格はまったく違うが、どちらも私的に好きなレスラーだからだ。

 そして秋山がやってくれた。森嶋の巨体に押し込まれながらもラリアットを脇固めに切り返して腕折りに持ち込み、リストクラッチ式のエクスプロイダーからスタンディングのフロント・ネックロックで若い力を攻略した。

「正直、森嶋はデッカイんで、リストクラッチ式も最後までクラッチ出来ないんですよ。今日はあれで決まるとは思っていなかったから、首なり、肘なりを極めようと。足は太いからちょっと極めるのは無理なんでね。まあ、まんべんなく、(攻める箇所を)いろんなところに散らしてやろうと。GHCへの挑戦はまだしっくりこないですね。挑戦が次の武道館だとしたら3月(1日)ですからね。それまで1シリーズあるわけだから、今からでも何か言ってくる奴がいたら受けますよ。募集します」と秋山。

 9月初旬、私はGスピリッツ用に秋山のインタビューをした。その時はGHC挑戦等はインタビューのテーマではなかったので雑談の中で「そろそろ話題の中心に行かないの?」と聞いたら「いいトシこいて、KYなのも嫌なので。いや、敢えてKYに行くのもいいんですけど…」との答え。ちょうど迷っていた時期なのかもしれない。だが「もし僕がGHCに挑戦するとしたら…」という話の中には様々なアイデアがあった。

 普通に考えるなら、秋山の挑戦はやはり3・1日本武道館が濃厚。となると、それまでの3ヵ月間、秋山はあらゆる方法で話題を提供してくれるだろう。2009年、いよいよ秋山準が動き出す!

投稿者 maikai : 09:18 | コメント (0)

2008年12月06日

新人レスラーの死亡事故について

 コメント欄に『あるリングで練習生が亡くなられたようです。しかもそれは故人の練習中ではなく、ダブル・インパクトの練習台だったそうです。小佐野さんは今回の件をどう思われますか?』という書き込みがあった。
 私はこの件についてまったく知らなかったのでネットで調べてみたが、10月18日に我道会館の新人レスラー、由利大輔さんがダブル・インパクトの練習の実験台(受け手)になった際に頭から落下し、24日に亡くなったという。

 本当に胸が痛む事件である。まず亡くなられた由利さんのご冥福を祈るとともに、御遺族にお悔やみを申し上げます。

 さて、これを知った時の私の正直な感想は“プロレスごっこで事故が起こった”というものだった。その“プロレスごっこ”をやっていたのが、事もあろうにプロのレスラーを名乗る人たちであったということだ。

 だいたい、ダブル・インパクトの練習をやるということ自体が信じられない。しかも、その練習台にしたのが練習生期間4ヵ月、デビュー4ヵ月で2試合しかやっていない新人だったというのも信じがたい話である。この軽率さは、とてもプロの人たちとは思えない。本当に危険なプロレスごっこの世界だ。

 ダブル・インパクトをフィニッシュにしていたロード・ウォリアーズは相手の技量によって相手を落とす角度をちゃんと調節していた。それがプロの技である。相手に致命傷を負わせない技術と、自分が怪我をしないだけの頑丈な体と受け身の技術を持っていてこそ、初めてプロレスラーなのだ。果たしてダブル・インパクトをやった人たちは技を調節できるだけの技術を持っていたのか? 由利さんはちゃんと受け身をマスターしていたのか? 指導者は教わる人間の命を預かっているということを自覚していたのだろうか?

 かつてインディーのレスラーを教えていたこともあるカブキさんは「基本は受け身だよって教えてもカッコイイことばかりやりたがる。それで怪我をしちゃう。俺が行く前は誰が教えていたんだろうって思ったよ」とこぼしていた。

 ハッキリ言って、昔の学生プロレス(現状の学生プロレスは知らないので昔と限定させてもらう)の方が自覚があった。大日本プロレスのメンズ・テイオーが学プロ王者だった時代だから、もう20年ぐらい前だが、当時の学プロは「プロレスを馬鹿にしているのか?」と白い眼で見られながらも、彼らは「自分たちが事故を起こしたらプロレスに迷惑をかける」と一生懸命、受け身の技術を身に付けていた。そうした姿勢がわかったからジャイアント馬場さんも「本当はそんな真似をしてもらっては困るけれども、怪我されちゃ困るから、教えてやろう」と、メンズ・テイオーたちを直々に指導した。その教えが脈々と今も学プロに受け継がれているようだ。

 また大学を卒業後、就職しながらもプロのレスラーになったことについてテイオーは「僕にとってプロレスラーは凄くリスペクトすべき存在だったんですよ。昔はプロの敷居が高かったんで、僕は学生プロレスでよかったんです。でもインディーが出始めたら“いやいや、キミらより学生プロレスの方がレベルも技術も能力も全然凄いよ”って。そんな奴らがプロを名乗って学生プロレスを馬鹿にするのが凄く悔しかったんですよ」と言っていた。

 今、誰でもプロレスラーになれる。ライセンスもないから「私はプロレスラーです」と言ってしまえば、誰だってプロレスラーだ。本来なら、他のスポーツのようにしっかりとシステムを作り、ライセンス制を取り入れて当たり前なのだが、残念ながらそれは不可能な話。かつて私は日本スポーツ出版社で『プロレス名鑑』を製作していたが、日本に何団体あって、何人のレスラーがいるのか把握するのは不可能だった。

 そんな現状の中でプロレスラーと名乗る人たちに訴えたいのは「プロとしての最低限の技術を身につけてください」「少なくとも受け身が取れるようになるまで試合をしないでください」「プロレスラーを名乗る以上はプロレス界に対して責任を負っていることを自覚してください」という当たり前のこと。

 今、ノアを中心としたSEMは団体の枠を超えて若手たちのレベルアップの場になっている。DDTの選手たちはノアの道場に積極的に練習しに行っている。こうした活動が大きな輪になっていってくれることを望む。

 今回の事故に関わった人たちには人の命の尊さ、事の重大さをきちんと受け止め、御遺族に対して誠実な対応をすることを望むし、業界に対してどういう形で責任を取るのかを考え、行動で示してほしい。

 本当に痛ましくて悲しい事件である。

投稿者 maikai : 14:36 | コメント (5)

2008年12月05日

時空を超えた虎対決!そして恩讐の彼方に…

 超満員札止めの1894人。昨日のリアルジャパンプロレス後楽園ホール大会はチケットが完売したという。その目玉となったのは初代タイガーマスク(佐山聡)と2代目タイガーマスクの三沢光晴のタッグ対決。折りからの不況でプロレスの興行は苦戦を強いられているが、ファンの琴線に触れるカードを提供すれば、こうやってチケットを買って会場に足を運んでくれるということを痛感させられた。

 タイガーマスクとしては、2人の時代は当然ズレている。三沢が2代目に変身したのは初代の電撃引退から1年後だった。私が知る限り、2人の接点は2回だけ。1回目は83年1月4日、東京プリンスホテルにおける『昭和57年度プロレス大賞授賞式』。初代タイガーは昭和57年(82年)度のMVP&技能賞、三沢は新人賞を受賞したのだ。もう1回は88年4月2日、両国国技館で開催された『格闘技の祭典』。三沢はタイガーマスクとして馬場と組んでアブドーラ・ザ・ブッチャー&ジョージ・スコーランと対戦、佐山は素顔でシューティングのデモンストレーションを行った。そして佐山のデモンストレーション後に三沢タイガーがリングに招き入れられ、2人のツーショットが実現している。それから20年以上の月日が流れて今回のリング上での対戦となった。

 初代タイガーマスク&ウルティモ・ドラゴンvs三沢光晴&鈴木鼓太郎の中で行われた“時空を超えた夢の虎対決”は計2回。「まさか来るとは思わなかったね。効いたよ。目が覚めてよかったよ」と三沢が試合後に苦笑いした初代タイガーの先制の張り手で夢対決はスタート。これに三沢はエルボーで応え、一方の初代タイガーはミドルキックの連打からローリング・ソバット。体格的に優る三沢は体を密着させるとダブルリストロック投げに。再びスタンドになると、初代タイガーはヘッドロックからクルクルッと回転してレッグシザースに取るオリジナル・ムーブを披露。

 そして終盤、再び両雄が対峙。初代タイガーのタイガー・スープレックスは鼓太郎が、三沢のタイガー・ドライバーはドラゴンが阻止。結局、2人のコンタクトは初代タイガーのキックと三沢のエルボーの交換で終わった。試合自体は三沢がエメラルド・フロウジョンからランニング・エルボーという2代目タイガーではなく、三沢光晴のファイトでドラゴンを仕留めた。

 虎対決と言っても、三沢にとってタイガーマスクは遠い記憶の彼方。佐山は今もなおプロレスラーとしてはタイガーマスクとして戦っているが、三沢にとってのタイガーマスクは18年以上も昔のことなのだ。だから「タイガー対決が実現した感慨というのは全然ないね。(マスクを)被っていたのかなって感じだよね、もう」という言葉は素直な気持ちだろう。

 その一方では「時代の流れの中で今日になっちゃったのは悔しいけど、それは誰が悪いわけでもないし、仕方がないよ。やれただけでもよかったと思う」という言葉も出てきた。これまた素直な気持ちである。初代のキック、ローリング・ソバットについては「1発1発が急所に入ってくるんだよね。速いよ。見ていたら反応が間に合わないから」。そう、これを体感できただけでもよかったのだ。

 あまりにも強烈な初代のプレッシャーと戦い、初代にはないヘビー級に通用するオリジナルのタイガーマスクを創れと言われてもがいた2代目タイガーマスク時代。その6年間にひとつの決着をつけられたのでないか。

 この試合ではビル・ロビンソン、小林邦昭が立会人を務めたが、その他にも感慨深い顔触れが揃った。

旧UWFの社長だった浦田昇氏、新日本から電撃引退したタイガーを復帰させようとUWF設立に動きながら最終的には佐山と決別した新間寿氏、スーパータイガージムのインストラクターを務め、佐山が去った後にUWFに入った現スネークピット・ジャパン代表の宮戸優光。

 もし、これらの人たちが袂を分かつことなく物事が進んでいたら、日本プロレス界の歴史は確実に変わっていた。その昔の複雑な人間模様を知っているからこそ、恩讐を越えて同じ空間にいることに感慨を覚えた次第だ。

投稿者 maikai : 10:44 | コメント (0)

2008年12月03日

懐かしい人からの電話

 本当に1年が経つのは早い。気づいたら師も走る師走…12月に突入してしまった。この2週間はかなりハードだったが、17日に発売されるGスピリッツ第10号の私の原稿も一段落。ちなみに今回の特集は“昭和・全日本プロレス”で、当然ながら私の担当ページは多くなった。詳細は近々、Gスピリッツのホームページ、携帯公式サイトのモバイルGスピリッツで発表されると思うので、そちらをご覧いただきたい。

 12月に入る直前の11月30日には父の五十日祭を山梨の小佐野本家で執り行った。これで気持ちに一区切りをつけることができた。そして、その2日前に懐かしい人が電話をかけてきてくれた。阿修羅・原さんである。

 11月初旬に喪中欠礼のはがきを発送していたのだが「何もしてあげられなくて悪かったね」と、わざわざ電話してくれたのだ。

 94年10月の引退から14年。その間に原さんとお会いしたのは97年6月6日の後楽園ホールにおけるWARのレボリューション10周年記念大会(私は龍原砲トークショーの司会を務めた)、00年10月に週刊ゴング増刊号『THE天龍同盟』で諫早農業高校ラグビー部のコーチをしていた原さんを長崎まで訪ねた時、そして01年5月5日にFMW川崎球場大会で天龍vs冬木の特別レフェリーを務めた時の3回だけ。あとは年賀状のやりとり、年に1~2回程度の電話だが、こうして未だに気にかけてもらえることは、とても嬉しいことだ。

 87年6月から88年12月に原さんが失踪するまでの1年半、私は週刊ゴングの全日本プロレス担当記者という範疇を越えて夢中で龍原砲を追いかけた。90年5月に天龍さんがSWS旗揚げに参加してからは、何とかもう1回、龍原砲を復活させたいと思って原さんを探した。そして龍原砲復活までには、原さんと何とかコンタクトが取れる状況になってから1年の時間を要した。様々なことが頭に甦ってくる。

 こうした素晴らしい人たちの出会いが、私がこの仕事続けてきての大きな財産である。

投稿者 maikai : 13:38 | コメント (1)

2008年12月02日

好漢ピーター・アーツ

 先週はGAORA全日本中継と重なってしまったから、昨日は2週間ぶりのサムライTV『S-ARENA』だった。エメリヤーエンコ・ヒョードル、バダ・ハリに続いて、またまた大物ゲストが登場! 12・6横浜アリーナにおける『K-1ワールドGPファイナル2008』で実に10年ぶり、4度目の優勝を目指すピーター・アーツが来てくれたのだ。

 打ち合わせの部屋に入ってくるなり「コンバンワ」「ヨロシク」「ドウモ」「ハイ」と日本語を連発。もう15年以上も日本に来ているだけに、こちらが日本語で話していることも「何となくわかる」とのこと。まるでスタン・ハンセンみたいだ。

 そして気さく。打ち合わせ中、台本に載っていたTARUとヘイトの写真を見て「これ、WWEの選手?」とか「いつも名古屋で練習しているんだよ。東京は遊ぶにはいいところだけど、人々が忙しすぎて落ち着かないし、誘惑が多くて練習に集中できないんだ(苦笑)」「みんな、私のことをベテランと言うけど、あと5年は現役でやるつもりだよ」などど、雑談中もよく喋ってくれた。

 ヒョードルもそうだが、戦いの世界で頂点を極めた人は、リングを降りると気張ったり、気負ったところが微塵もない。常に穏やかな笑みをたたえ、闘争心を平常心でくるんでいるという感じか。それだけにリング上のファイターぶりも光るのである。やっぱり、こういう人を怒らせたら怖い!

 若いバダ・ハリも魅力的だったが、アーツの円熟味もまた魅力。
「トーナメント準々決勝のバダ・ハリ戦を突破出来れば、優勝できると思う。仮に私が負けたとしてもバダ・ハリは優勝できないよ。なぜなら私との試合で大きなダメージを負うはずだからね。まあ、あいつのビッグマウスをKOで封じて、4回目の優勝を果たすよ」とアーツ。これは世代闘争も絡んだ大勝負だ!

投稿者 maikai : 18:00 | コメント (0)