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2008年11月28日

お答えします

 いよいよGスピリッツ第10号(12月17日発売)の取材&原稿が佳境に入ってきて、このところダイアリーを更新できないような状態だが、今日はコメントに書き込まれた質問にお答えします。

 まず“ハッスルをどう思うか?”について。これまで何度も書いてきているが、100パーセントではないにせよ、私は基本的にハッスル肯定派だ。それは長年、取材してきた中でエンターテインメント・プロレスを推進した故・冬木弘道さんに共鳴する部分があったというのが大きい。

 冬木さんの根本は昔気質の昭和のレスラー。“理不尽大将”のキャラばかりが印象に強いと思うが、プロレス自体は相手を引き出し、パートナーを際立たせる巧さを持った人だった。そんな冬木さんはメジャー団体に対抗してFMWを盛り上げるために常に様々な話題作りをしていた。それは世間的に見れば“やらせ”になるのかもしれないが、冬木さんはどんな形でもいいから会場に足を運ばせることを優先した。会場に足を運んでくれさえすれば、あとはリング上…プロレスを観てもらえばいい。そして、プロレスを面白いと思ってもらえれば、今度は知り合いを連れて来てくれるだろう、そうなれば観客動員が増えるという考えである。

 これもよく書いていることだが、冬木さんは「俺の考えるプロレスは真剣勝負だと思おうが、スポーツだと思おうが、ショーだと思おうが、それはお客さんの自由。10人いれば、10人観た要素が全部そこにあるのが理想的なプロレス。真剣勝負のところもある、インチキもある、ショーもあるし、ドラマもある、スポーツもあるしというすべてがマッチして絡み合っているのが理想だよ」と言っていた。これに私は共鳴したのだ。

 今、ハッスルの客層(後楽園ホール)は若いサラリーマン、OLが多い。彼らがハッスルをどう見ているか、プロレスをどう見ているかわからないが、ハッスルを通じて他のプロレスにも興味を持ってくれたら儲けものだと思っている。どうあれ、世間の人がプロレスに興味を持ってくれたらいい。そうした人たちが「ハッスル以外のプロレスはどうなのかな?」ともし観に行った時に、その団体はハッスル以上に面白いものを提供すればいいのである。

 芸人がプロレスをやることについては、私もあまり好きではないが、彼らのプロレスに対する真摯な姿勢は好きだ。プロレスにリスペクトを持って接しているし、彼らにとっても取り直しがきかない一発本番と同じ真剣勝負なのだ。

 プロレスが難しいのは、ただ勝てばいいのではなく、お客さんを喜ばせる、満足させなければいけないというところ。レスラーは対戦相手と戦うだけでなく、常に観客の目、心理、空気とも戦っている。

 プロレスは肉体、技術、頭、精神、すべてをフルに使っての真剣勝負。大試合のプレッシャーで試合直前に吐いているレスラー、花道に向かう扉の裏でブルブル震えている女子レスラー、足を骨折しながら「これで相手が攻めてこないと八百長だと言われるでしょ? 相手が思いきり攻めてもいいように…」と痛み止めの注射を打ってリングに上がったレスラー…そんな人たちを私は見てきている。

 怪我で再起不能になった人もいるし、命を落とした人もいる。9月の雷陣失神事件も一歩間違えれば大変なことになっていた。それだけリスクのある仕事なのだ。突き詰めると、様々な要素がトッピングされても最終的にプロレスは闘いなのだ。

 ハッキリ言って、もしプロレスが薄っぺらなものだったら、私は28年もこの仕事をしていない。そして今もプロレスとプロレスラーをリスペクトしつつ、仕事をしているというのが私なりのすべての答えです。

 あとはこれまでのGスピリッツを読んでいただいて、レスラーが何を考え、何に悩みながらプロレスに取り組んでいるを汲み取ってください。最終的に答えを見つけるのは、その人自身ですから。
PS. プロレスコラムを再開してくださいという書き込みもありましたが、年明けあたりから再スタートしようと思っています。もうしばらくお待ちください。

投稿者 maikai : 2008年11月28日 17:54

コメント

私も確かにかつてはそう(プロレスは闘い)だったと思いますし、プロとしてお金を戴くという事の矜持が厳然としていて、それが強い求心力を持っていたと思います。
今でも貴兄がいる中心部では保っているその強いチカラが、我々ファンのいる外縁部では段々と弱まり遠心力として薄くなっているのをひしひしと感じます。それが地方での観客動員でまず現象として起こり、やがて首都圏のビッグマッチや後楽園での客入りに如実に現れていると思います。いわんや地方に出ることも出来ずに『プロレス銀河』の濃密な首都圏で超新星的に瞬間爆発しては消えていくイベントにおいて特にそう思います。

よくレスラーが言う『たかがプロレスされどプロレス』という奥の深い表現は、遠心力の働いた外縁では『たかがプロレスどうせプロレス』というナメられ方をされていることに中心部にいる方々にもっと知っていただきたいです。
貴兄の発行されている誌にはその『されど』の部分が溢れており、愛読させていただいております。哀しいのはその大きな提案が現在の業態に反映されていないところです。『されど』を表現するには技術・体力・耐久性・精神を鍛え揃えなければならずそういう一流を創る時間・費用を保てる団体の力が落ちているのが残念でなりません。

投稿者 同プロレス世代 : 2008年11月29日 07:03

早速のご解答、ありがとうございます。

楽しみに待っております。
(プレッシャーになってるかな?)

投稿者 ノン : 2008年11月29日 13:19

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