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2008年10月15日

父への感謝

 まず初めに8日間もダイアリーを更新できなかったことをお詫びします。

 さて、私は基本的にこのダイアリーではプロレス関連のことを書くようにしている。たまに旅行や日常のことも書いたりするが、47歳のおじさんのプライベートを書いたところで面白くないだろうと考えているからだ。だが、今日は敢えて、極めてプライベートなことを書かせてもらう。

 10月7日、父が他界した。73歳だった。身内・親族だけで12日に通夜、13日に葬儀を執り行い、ようやく気持ちが落ち着いたので、今日、こうしてダイアリーが書けるようになった。

 父が体調を崩して入院したのは6月30日。そしから他界するまでの100日間、いろいろなことを考えさせられたし、大切な時を過ごすことができたと思っている。

 私は20歳の時に実家を出て独り暮らしを始めたので、それから25年以上も父とゆっくり話をしたことがなかった。だが、病院への検査の行き帰りの車中、父子ふたりきりで2時間以上もゆっくりと話すことができたし、子供の頃にしてもらったお返しにおんぶすることもできた。

 歳が離れた妹、弟とも初めて大人としての話ができたような気がする。私が忙しい毎日を送っている間に彼らは大人になった。振り返れば、私は兄としての役目を果たしていなかった。それが少しでも取り戻せたとしたら嬉しいし、これからはちゃんと兄として彼らの力になりたいと思う。

 これまた忙しさにかまけて不義理をしっぱなしだったにもかかわらず、山梨の小佐野本家の人たちの優しさ、温かさに触れた。申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいだ。そうした中で、今さらながら自分が小佐野一族のひとりなんだということを強く自覚した。

 そして仕事に対しても、改めて職業意識が芽生えた。入院した日に医師から余命宣告を受けたが、その数時間後には『S-ARENA』で三田さんと笑いながら話をしていた。「これが俺の仕事なんだ」と思った。

 父の残された時間と目の前にある仕事…看病と仕事の両立は精神的にも肉体的にも辛いものがあったが、オファーがきた仕事は全部引き受けたし、関係者には心配・迷惑をかけるので黙っていた。

 父が他界した日、翌日締め切りの原稿を書いていたが、それもきっちり仕上げたし、通夜前日は全日本GAORA中継の解説と世界タッグ選手権の立会人代理。鈴木みのるに絡まれたのだって仕事の内だ。葬儀の日は斎場から新日本の両国国技館に駆けつけ、さらに『S-ARENA』にも出演した。昨日も締め切りの原稿を完成させた。これが私の生業である。何があっても仕事に穴を開けてはいけないのだ。

 理由はわからないが、そうやって仕事をきっちりやることも親孝行になるような気がした。4年前にフリーになってから、父は私の仕事ぶりをさり気なく気にしていたようだ。ひとつ言えるのは、父がプロレス好きでなかったら、私はこの道に進んでいなかっただろうということ。

 正直、父との間にはいろいろなことがあった。でも、最後にはちゃんと向き合えたし、家族や親戚の人たちとも向き合えたと思う。仕事についても考えることができた。自らの命をもって私にいろいろなことを考える機会を与えてくれた父には感謝の気持ちでいっぱいだ。

 今日だけは思いっきり私的なことを綴るのをお許し願いたい。

 お父さん、ありがとう。

投稿者 maikai : 2008年10月15日 16:35

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