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2008年06月21日

みちのくプロレスのインパクト

 デルフィン軍団は素晴らしい! 昨日のみちのくプロレス15周年記念ノスタルジック・ツアー後楽園大会を観て、改めてそう思った。この15年の経緯を考えるとデルフィン、人生、浪花、ヨネ原人の4人が並び立っただけでも感動もの。デルフィン軍団は当初、正規軍に対抗するルード・ユニットだったから、人生社長もスタートはルードだったのだ。

 ルードと言っても、お笑いネタが満載。それをきっちりと披露してくれたのだから、こんなに嬉しいことはない。昔を知っている人は懐かしくて笑えただろうし、初めて観る人も楽しめたはず。つまり、彼らのネタは古くないのだ。15年前に娯楽として完成していたことになる。東北を拠点にしたみちのくプロレスには難しい理屈はいらなかった。会場に来た人が楽しんでくれればいい。そういう意味でデルフィン軍団は素晴らしかった。

 メインには東郷、テイオー、獅龍の海援隊☆DXが登場。だが、私的には、この3人であれば、その前身の平成海援隊を思い出す。94年9月に「デルフィン軍団はルードじゃないだろ?」と、疑問と不満を持つSATO(東郷)、アメリカン・ヒール像を持っていたテリー・ボーイ(テイオー)、そして獅龍が作ったユニットだ。正規軍VSデルフィン軍団に海援隊が割り込んだことによって、みちのくは変わっていった。

 海援隊は東郷、テイオー、獅龍の3人にとって青春であり、最もプロレスを考えた時期ではないかと思う。その当時、テイオーはペーパードライバー、獅龍は免許を持っていなかったから、一番先輩の東郷が車を運転して移動するしかなかった。先輩に運転させておいて後輩が寝るわけにはいかないから、夜通しプロレスについて語り合っていたという。この3人も15年の歴史の中で別々の道を歩んでいる。それだけに今回の復活は貴重だし、昨日もきっちりと魅せてくれた。

 そして、この海援隊と戦ったのがサスケ…じゃなかったSASUKE、サスケ・ザ・グレート、望月成晃のサスケ組だ。サスケ組は98年10月にSASUKEとしてヒール転向したサスケが結成したユニット。クレイジーMAX(シーマ・ノブナガ=CIMA、スモウ・フジ=ドン・フジイ、ジュードー・スワ=SUWA、TARU)や武輝道場としてみちのくに参戦していた望月、さらにライガーなども加入する一大勢力になった。試合後にちゃぶ台を囲んでのトークも定番となり、この頃からサスケは“東北の英雄”から素顔の“トンパチ男”を全開するようになったわけだ。昨日もちゃぶ台を囲んでの酒盛りも忘れなかった。

 正直な話、私はみちのくプロレスをきっちりと観てきたわけではない。旗揚げした93年には週刊ゴングのWAR担当としてWARと新日本の対抗戦を追いかけていたし、翌94年8月には編集長になって、あまり地方に出られなくなった。編集長が清水勉氏(現在はGスピリッツ編集長)から私に交替した時に、サスケが「これまで通りウチを扱ってくるだろうか?」と心配したというエピソードがあるくらいだ。

 でも、断片的にしか観ていなかった私が、昨日の大会を観て様々なことを思い出し、楽しめたのだから、それだけみちのくプロレスというのはインパクトがあったのだと思う。

「みちのくプロレスは永遠に不滅だ!」はサスケの決めゼリフだが、これから先もずっと東北に根づいた娯楽スポーツ文化として楽しませてくれることを期待したい。

投稿者 maikai : 2008年06月21日 19:38

コメント

いつもblog楽しく読ませて頂いてます。
自分も昨日の大会は見たんですがSASUKE軍団の誕生経緯やメンバーなどについてよくわからないので、もしよろしければ今度SASUKE軍団について書いて頂けませんか?
よろしくお願いします。

投稿者 NARU : 2008年06月22日 00:16

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