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2008年06月17日

Gスピ情報その2=シュツットガルトの惨劇

 今回、日本人レスラーの海外にまつわる秘話を特集しているが、その中の目玉と言っていいのが『シュツットガルトの惨劇』の真相である。

 そう、78年11月、西ドイツのシュツットガルトで猪木がローラン・ボックにスープレックスで何度も叩きつけられ、判定負けした一戦の裏側を探ろうというものだ。当時、私は高校2年生。テレビ朝日の映像で、何だか薄暗い異様な雰囲気の会場で猪木がボックに叩きつけられる姿は衝撃だった。一体、あの一戦は何だったのか? そもそも、『欧州世界選手権シリーズ』と呼ばれていた猪木のヨーロッパ遠征とはどんなものだったのか?

 インターネットが発達している現代なら、世界中のニュースを即刻キャッチできるが、今から30年も前のヨーロッパはとてつもなく遠かった。何しろ、プロレス・マスコミの通信手段がインターネットはおろか、ろくにFAXも普及しておらず、リングサイドに引いた臨電(臨時電話)を使って、ペンで書いた原稿を口頭で送るという時代だったのだ。さらにプロレス専門誌も月刊誌の時代。日本では『プレ日本選手権』開催中でもあり、この欧州遠征が詳しく報道されることはなかった。

 今回、私は『シュツットガルトの惨劇』の真相を知るために猪木と行動を共にした2人の人物を取材した。ひとりはマネージャーとして同行した新間寿氏(当時、新日本プロレス営業本部長)、もうひとりは用心棒として同行した藤原喜明だ。

 フロントとレスラー…2人の立場が違うだけに、このヨーロッパ遠征の実情やボックの印象に食い違いがあったのが面白かったし、共通していたのは両者共にアントニオ猪木を尊敬し、信じていたこと。また“死の強行軍”と言われた過酷な闘い、スケジュールの中でも、猪木が格闘家としてだけでなく、プロレスラーとしてきっちりと自己演出していたという興味深い事実も浮かび上がった。

 2人の証言をもとに10ページにわたって“真相”に迫っているので、ぜひ一読を!

投稿者 maikai : 2008年06月17日 11:08

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