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2008年06月14日

Gスピ情報その1=馬場&天龍の秘話

 今日は18日発売の『Gスピリッツ』第7号ネタをひとつ。柱になっているのは海外マット秘話~本当に知りたい話は地球の裏側にあった~だが、この特集で私が担当したのはジャイアント馬場=“東洋の巨人”は本当に強かったのか? 天龍源一郎=幻のWWF&WCW世界チャンプ構想 アントニオ猪木=シュツットガルトの惨劇の真相の3つ。今日は馬場さんと天龍さんについて書こう。

 私が高校時代に新日本プロレスのファンクラブを主宰していたことは、皆さん、ご存知のことだと思う。そんな私が、いざ職業としてプロレス業界に入ってから馬場派になったのは、ファン時代にはまったく見えなかったジャイアント馬場というプロレスラーの実像が見えてきたからだ。一見、口の重いように思われる馬場さんだが、一度、懐に入れてくれると、本当にいろいろなことを話してくれた。プロレス論、若い頃の話などなど。馬場さんは記憶力のいい人だったから、初めてアメリカに行った頃の話は特に興味深かった。そうした諸々の話を聞いて、私は馬場さんの強さを感じた。今回の記事は、番記者時代に取材とは関係なくポツリポツリ聞いた話、そして86年に元大相撲・横綱の輪島大士をノースカロライナ州ショーロッテ郊外のムアーズにあったネルソン・ロイヤルのジムで教えた時に目撃した“シューター馬場”を踏まえて、馬場さんの強さを改めて検証して書いた。馬場さんが人種差別がまだ激しかった60年代のアメリカでトップを取れたのは、それなりの理由があるのだ。そこを読み取ってほしいと思う。

 天龍さんの記事は、天龍源一郎というレスラーがアメリカの関係者、レスラーの間で実際にはどう評価されていたかを主眼にしたものだ。基本がアメリカン・プロレスで、人脈も広かった天龍さんの評価は、おそらく日本のファンの想像以上。私は91年3月のLAにおける『レッスルマニアⅦ』、93年2月のサクラメントにおける『ロイヤル・ランブル』、その後のサンノゼ、フレズノにおけるTVテーピングマッチにも同行して“アメリカ・マットの天龍”を実際に取材した。また、その当時、アメリカ・マットに太いパイプを持ち、天龍さんとも関係が深かった佐藤昭雄さんに食い込んでいたので、様々な裏情報を仕入れることができた。そうした様々な材料をもとに記事を書いているので、こちらも期待してほしい。

投稿者 maikai : 2008年06月14日 12:32

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