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2008年04月30日

諏訪魔の自覚&健介の充実感

 昨日は全日本プロレス名古屋大会のGAORAテレビ解説のため名古屋へ。メインは王者・佐々木健介に『チャンピオン・カーニバル』の覇者・諏訪魔が挑戦する三冠ヘビー級選手権だ。諏訪魔とは4月10日に一緒にサムライTV『S-ARENA』に出演したが、“これからの全日本を背負っていかなければいけない!”という自覚を凄く感じた。

 そして、いよいよ決戦。関係者に聞いたら、諏訪魔は誰よりも早く午前11時に会場入りして黙々と練習していたという。私の会場入りは午後1時過ぎ。「先日のテレビではありがとうございました」と挨拶してくれた諏訪魔の目は「今日は勝負しますよ!」と言っているようだった。

 試合は大勝負。いわゆる流れるような攻防のスイングする試合ではなく、ゴツゴツとした試合。客席からどう見えたかわからないが、グランドでも、チョップやラリアットの応酬でも、ともに一歩も退かないスリリングなものだった。

 今回の三冠戦を迎えるにあたって、追い風に乗っていたのは諏訪魔。全日本ファンの空気は完全に諏訪新王者。健介はノアの『グローバル・タッグリーグ2008』と『チャンピオン・カーニバル』に同時出場になったことから反感を買ってしまったというのが現実だ。

 だが、健介の三冠への思い入れもしっかりと伝わった。最初の執拗なヘッドロックは昨年8月に鈴木みのるから三冠を奪取した時の戦法だったし、キチンシンクからラリアットというシビアな畳みかけは05年2月の初対決で諏訪魔をぶっ潰した時を彷彿とさせた。

 それでも勝ったのは諏訪魔。フィニッシュがフロッグ・スプラッシュ…棚橋のハイフライフローと同系技になった、カーニバル決勝が頭をよぎったのか…。とにかく「何が何でも勝ちたい!」という気持ちが表れていたように思う。

 私が注目したのは、悲願の三冠奪取に成功した諏訪魔に笑顔がなかったこと。

「このベルトを巻いた人はすげえって思うよ。何か、すげえのしかかってくる。こんなんだとは思わなかった。試合前には“俺の時代にする”なんて強気なことを言ってたけど、このベルト巻いたら、そんな言葉は出てこないよ。凄い嬉しいけど、凄い幸せなんだけど、このベルトを巻いた瞬間から“これからは俺がシメなきゃいけない”って責任感でいっぱいです。馳さんからベルトを受け取る時も笑顔になれなかった。“喜んでいいんだろうか、俺”って…。佐々木さんとやれてよかった。いつもより何十倍も強く感じたよ。凄いよ。佐々木さんには“力で守り抜け”って言われたけど、やっぱり力で相手をねじ伏せる、そんなチャンピオンになりたいです。毎回、諏訪魔は凄いって言われる試合をやっていきたい。そして全日本を盛り上げていきたいです。このベルトに俺が成長させらそうな気がします」
 と、諏訪魔は謙虚だった。バトンタッチされた瞬間から、その重さを実感したのである。

 一方、敗れた健介とは、試合が終わって30分くらいしてから顔を合わせた。すでに着替えを終えて私服になっていた健介の表情は穏やかだった。

「負けちゃったけど、心地好い充実感があるよ。この1ヵ月、いろいろ言われたけどさ、俺はノアでも全日本でも全力で戦い抜いたっていう充実感があるんだ」
 と、ニッコリ笑った健介。充実感を噛みしめつつ、明日1日にはメキシコ遠征に旅立つ。

投稿者 maikai : 14:40 | コメント (0)

2008年04月29日

高木三四郎が自伝出版

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 昨日のサムライTV『S-ARENA』にはDDTの高木三四郎が自伝『俺たち文科系プロレスDDT』出版の宣伝で出演してくれた。

 思えば、私がDDTという団体に足を踏み入れたのは、渋谷のClubATOMで定期戦をやっていた頃だから2000年ごろだろうか。すでに週刊ゴング編集長から日本スポーツ出版社の編集企画室長になっていた時代だ。当時のDDTの客層は、新日本や全日本のことは全く知らないのにDDTの流れにはメチャクチャ詳しいという感じで驚いた。つまり、DDTは従来のプロレスとはまったく違う世界を創り、まったく違うファンを開拓していたのだ。

 そんな現実を見て、私は高木三四郎という男に凄く興味を持った。なぜ、こういう男が出てきたのか? それだけに今回の自伝には興味津津。昨日、一冊頂いて、サインまで入れてもらい、早速、帰りの電車の中で読み始めたわけだが。いずれ、このダイアリーで書評を書かせてもらおうと思う。

投稿者 maikai : 09:55 | コメント (0)

2008年04月28日

小橋建太の道

 昨日は大阪府立体育会館で武藤敬司が中邑真輔を破って第49代IWGPヘビー級王者に。グレート・ムタも含めると通算4度目、1999年12月10日に同じ大阪府立で天龍源一郎に敗れて以来だから、実に8年4ヵ月ぶりの王座返り咲きをやってのけた。また、東京では日本武道館で『グローバル・タッグリーグ戦2008』最終戦が行なわれ、伏兵のバイソン・スミス&齊藤彰俊が優勝。東西で盛り上がったわけだが、私は敢えて小橋建太について書く。

 小橋は今回のタッグリーグ戦は辞退したものの、巡業に付いて全19戦中11試合に出場した。腎臓ガンを克服してリング復帰を果たしたのは昨年12月だが、それ以降の試合出場も、すべてがチャレンジ…常に「これで数値が悪くなったら」という恐怖と不安を抱えながらの、文字通り命懸けの戦いである。

 だが、小橋はリングに上がる限りは全力ファイト。若い潮﨑と胸をドス黒く腫らせながらのチョップ合戦、高山には場外でエベレスト・ジャーマンを食らって、首から突っ込んでしまった。衝撃を受けて体内に溜まった老廃物を処理するのが腎臓の機能。こんな戦いをやっていたら、腎臓にどれだけ負担がかかるのか? それでも小橋は敢えてハードな戦いを挑んでいるのだ。

「高山はGHCでやり合っていた頃のように元気になってきたから、俺も元気にならなくちゃ。潮﨑は…あいつがあの気持ちを持っていれば、横道にそれるようなことはないね。プロレス道に邁進していくと確信した。俺も負けられないね。今回のツアーは出て良かったと思いますよ。確かに倦怠感があったりもしたけど、どこに行ってもファンのみんなが声援を送ってくれるんで、それが俺を奮い立たせてくれた。いつも充実していました。これで明日(28日)検査して、その結果を見て考えなければいけないんだけど、後ろを向くことはないから。気持があれば大丈夫だと信じていますよ」と小橋。

 5月11日の故郷・福知山凱旋では三沢、菊地と組んで田上&小川&雅央との対戦が決定しているし、6月21日のイギリス大会への出場も決まっている。小橋は誰も歩いたことのない道を前向きに邁進していく。

投稿者 maikai : 12:16 | コメント (2)

2008年04月26日

週プロ回顧録

 ベースボール・マガジン社から週刊プロレスの創刊25周年を記念した『週プロ回顧録』なる増刊号が発刊された。この本の中で、私はターザン山本氏時代のライバル誌の編集長という立場でインタビューされている。私が喋れば山本氏時代の週プロへの批判、ベースボール・マガジン社が事業として行なった95年4月2日の東京ドーム興行『夢の懸け橋』への批判が飛び出すことになる。社的に考えれば好ましくないはずなのだが、それでも今の佐久間編集長は「その時代の週プロを語るには必要なことなので」と、私にインタビューを依頼してくれ、自ら聞き手になってくれた。だから私は素直に問いに答えたつもりだ。

 この本を読んでいて、素直にうれしく思ったのは、現在は顧問の宍倉清則氏が「若い記者・一期生」のひとりとして私の名前を挙げてくれていたこと。元々、宍倉さんは月刊時代のゴングでアルバイトをしていた。私が高校時代にファンクラブをやっていた時に、ファンクラブ・コーナーで会報を紹介してくれたのは宍倉さんだったし、別冊ゴングで宍倉さんが担当していた『ファンクラブとの遭遇』という記事にも起用してくれた。そして80年春にゴングにアルバイトとして入った時に仕事のイロハを教えてくれたのも宍倉さんだった。

 竹内宏介さんが大ボスで、プロレス業界の空気に触れさせてくれたのがウォーリー山口雄介さん、そして仕事の基礎を教えてくれたのが宍倉さん。熱戦譜(試合結果のページ)ひとつにしてもゴング流の細々とした決まり事がある。宍倉さんの家に泊めてもらって、そうしたことを教わりながら徹夜で書いたのも懐かしい思い出だ。

 この本を読んで、週刊ゴングという反対側の立場にいた私もなぜか原点に引き戻されるような感覚になったのは…週刊プロレスに携わっていた人たちが、真剣に戦った良き戦友だったからなのだろう。

投稿者 maikai : 12:29 | コメント (0)

2008年04月25日

今、気になる男は…アントン!

 この2年近く、なるべく多くの団体の試合を観るようにしているが、そんな中で今、個人的に注目しているのはDDTのアントーニオ本多だ。

 彼の存在を認識したのはフランチェスコ・トーゴー率いるイタリアン・フォー・ホースメン時代だから、1年半前ぐらいか…。「△△△ボンジョルノ~!」という妙にハイテンションな喋りは面白いし、武蔵野美大でプロレス研究会にいただけあって観客や会場の空気を読む独特の感性も素晴らしいなと思ったのが最初。ただし、純粋にプロレスラーとして見た場合には“?”マークがつく。つまりは完全にイロモノとして考えていた。

 だが、そのファイトぶりをじっくりと見ていたら、70年代~80年代中盤のアメリカン・プロレスへの憧れが感じられて、いつしか好感が持てるレスラーになっていった。お笑いの部分ばかりがクローズアップされる裏では、きっとディック東郷からきっちりとコーチを受けていたのだと思う。そして昨年11月にaWo(ハワイ軍団=アロハ・ワールド・オーダー)で師匠・東郷以下のメンバーに裏切られたことによって、アントンは正念場を迎えている。

 今年に入ってから、喋りやお笑いネタに頼らずに純粋にリング上のファイトで勝負。昨日のエルドラド後楽園大会の大柳錦也との試合も、対角線を走ってのロックアップからスタート。大柳もベーシックなプロレスを志向しているから、他のエルドラドの試合とは趣の違う試合になった。アントンのファイトは古き良き時代のアメリカン・プロレスのベビーフェースのよう。アームドラッグからアームロックというアメプロのベビーフェースの組み立てだ。腕攻めも単調にならないように様々なバリエーションを加えていたし、基本である逆腕の取り合いで客席が沸いたのだから大したもの。共に大技を使わずに15分時間切れで客席を退屈させなかったのだから立派である。

 もしかしたら、これまでのアントンを応援していたファンの中には「つまらなくなったなあ」と思う人がいるかもしれない。でも、アントンは今、本当の意味でプロレスラーになろうと必死なのだと私は解釈している。今の路線で何かを掴んで、そこに従来のエンターテインメント性が発揮された時、アントンは本当に魅力的なプロレスラーになると思う。今の私の気持ちは“本多ボンバイエ”だ。

投稿者 maikai : 16:37 | コメント (0)

2008年04月24日

4月初めてのDDT

 4月9日~11日のお花見プロレスは、その前に『チャンピオン・カーニバル』テレビ解説5連戦があったので、さすがにパス。昨日の新木場が4月になって初めてのDDTとなった。

 ゴールデンウィーク直前、さらには5・6後楽園に向かっての通過点的な大会だけに正直言って客入りは寂しいものがあったが、それでも選手たちのテンションがいつもと変わらず高いのがDDTのいいところだ。

 セミの飯伏&柿本&安部とMIKAIM&鳥羽&ポイズンの新世代VSレジェンドは、新人の安部がMIKAMIにテクニックで必死で食らいつき、飯伏と鳥羽はインディー・ジュニア戦を再現するような打撃戦、柿本とポイズンのラフな展開…と、現在のDDTの充実ぶりを物語る6人タッグに。5・6後楽園では飯伏&柿本はライガー&MIKAMIとの対戦が決まっており、これも楽しみ。柿本はその前の4月30日のディファ有明における健介オフィス主催の第12回SEMへの出場も決定していて、ここでは宮原健斗と戦う。先日のゼロワンMAXの崔領二戦といい、今年は柿本がガンガン全面に出ていきそうだ。

 昨日のメインは5・6後楽園で王者HARASHIMAにディック東郷、諸橋晴也、高木三四郎、矢郷良明が挑戦するKO-D無差別級選手権のルールを決める8人タッグ。HARASHIMA、高木、矢郷、アントーニオ本多の4人に対するは東郷、大鷲、諸橋、Kooのメタル・ヴァンパイア揃い踏みである。

 HARASHIMAと高木、矢郷がタイトルマッチを意識してギクシャク、その結果、勝利したメタル・ヴァンパイアが決めたルールは1人勝ち残りの5WAY戦でレフェリーはメタル・ヴァンパイアの一員である松井レフェリーにするというもの。ウーン、本番のタイトルマッチは試合の要所要所に策略が盛り込まれることだろう。

 ゴールデンウィークの最終日となる5月6日は、後楽園ホールで12時からDDT、7時からマッスルハウス6でシメるというのはどうでしょう?

投稿者 maikai : 15:49 | コメント (0)

2008年04月22日

この10年間の想いを込めて

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 今まで女子プロレスの担当記者になったことがないから、私の女子プロ人脈はかなり偏っている。昨日のサムライTV『S-ARENA』に出演した春山香代子とも初対面だった。JWP関係で知っているのは、今はOZ所属になったダイナマイト・関西、『S-ARENA』に出演したボリショイ、新関真由香、LLPWにいた蹴射斗ぐらいなもの。LLPWはWARと業務提携していたから風間&神取から沖野小百合までの世代は飲んだことがあるし、ジャパン女子OBも知っていたりするのだが。

 さて、春山は98年1月デビューだから、今年で10年選手。話してみて感じたのは、考え方がしっかりしているということ。考えてみれば、この10年というのは元週刊ファイト編集長の井上譲二氏が『プロレス暗黒の10年』という本を書いたり、先日には『プロレス悪夢の10年を問う』なるムック本が出版されるほど、プロレス界にとっては激動の期間だった。特にJWPは春山のデビューまもなくしてキューティー鈴木、福岡晶が引退し、尾崎魔弓、ダイナマイト・関西、デビル雅美らが去り、2000年11月に一度は活動停止にまで追い込まれながら、ここまでやってきた団体だ。そんな環境にいたら、しっかりしていなければやってこられなかっただろう。

「団体が存続するかしないかって時もあったんで、とにかく自分よりも会社という考えがあったんですけど、今は自分が目立ってやろうと。自分が上に立つことで、団体を引っ張っていってやろうと思っています」と春山。

 春山は、天才と言っていい王者・日向あずみに10年間のすべての想いと、その年月培ってきた力量をすべて叩きつける。きっと4・29後楽園のタイトルマッチは王者も挑戦者もJWPに賭けたこの10年間の想いをを表現してくれるはずだ。

投稿者 maikai : 11:08 | コメント (0)

2008年04月21日

新方向に転がり始めた全日本

 諏訪魔の『チャンピオン・カーニバル』優勝で新時代に大きく踏み出した全日本プロレスが、昨日の後楽園ホールにおける新シリーズ開幕戦から、さらに意外な方向に動き出した。

 諏訪魔の三冠挑戦、土方の世界ジュニア挑戦、小島欠場、VMのケア勧誘という流れの中で、新たなアクションを起こしたのは先のカーニバルで3ヵ月ぶりに全日本マットに戻ってきた鈴木みのる。みのるは「お前が本当にやりたいことは何なんだ?」と詰め寄り、「俺はもう1回、このリングで頂点に行く。お前も一緒に行こう!」と誘い、急転直下、鈴木みのる、太陽ケア、東京愚連隊(NOSAWA論外、MAZADA、TAKEMURA)の新たな勢力が誕生したのである。この“鈴木みのると愉快な仲間たち”のユニット名はGURENTAIだ。(NOSAWAが東京愚連隊を主張したが、東京出身者はひとりもおらず、ただの愚連隊…それをオシャレに横文字にした)

「善か悪かの全日本プロレスは今日で終わりだ。これからは力のプロレスだ。力のある奴が中心になるんだ。邪魔な奴、気に食わない奴は力でみんなぶっ飛ばす。ぶん殴ってやる」というのがみのるの主張。
 
 全日本は03年の夏過ぎからTAKAみちのくが外国人選手をまとめてRODを結成、日本人VS外国人の日本のプロレスの原点の対立構図からスタートして、その後、TARU率いるVMの参入によって図式は多様化したが、一貫していたのは単純な善VS悪という基本部分。それによって全日本はハッピーな団体として支持されてきた。その5年に及ぶ流れをみのるは断ち切ろうというのである。「健介をぶん殴ることと、もうひとつ目的があって全日本にまた上がろうと思った」と言っていたみのるの目的はこれだったのだ。

 健介VS諏訪魔の三冠戦も待ったなし。ノアに上がって以来、全日本では逆風を浴びている健介は、昨日のタッグ前哨戦で無我夢中のファイトで諏訪魔に勝利した。「この3本のベルトは俺が若手の頃にリングサイドから見ていた憧れ。これは今、絶対に譲りたくない!」というコメントは紛れもない健介の本音だった。

 どういう結末が待っているにせよ、4・29名古屋決戦を機に全日本はゴロッと新たな方向に転がっていくはずだ。


追記:プロレス入場テーマ曲について書いたところ「音楽を購入するお得なサイトはありませんか?」との質問がありましたが、私はインターネットで音楽を購入する習慣がないもので、残念ながら、さっぱりわかりません。ということで、ご自身で探してみてください!
 

投稿者 maikai : 11:57 | コメント (1)

2008年04月19日

久々にプロレス入場テーマ曲について

 以前、お約束した通りに今日は2週間ぶりにプロレス入場テーマ曲について書いてみたいと思う。ただし、あんまり詳しくないので、そこのところはご勘弁を。

 私がプロレス入場テーマ曲に熱中したのは77年にジグソーの『スカイハイ』がミル・マスカラスのテーマ曲に使用された77年から80年ぐらいまでの約3年間。権利の関係だか何だかわからないが、選手のオリジナル曲が作られるようになってから冷めてしまったのだ。それよりも、思いがけない曲が、思いがけない選手に使われたり、「こんな曲があったんだ!」とテーマ曲を通じて知るのが楽しかった。

 そんなわけで私が当時好きだったのは、前回書いたボブ・バックランドの『レオンカバロのパリアッチ』であったり、ジャンボ鶴田も『ローリング・ドリーマー』ではなく『チャイニーズ・カンフー』。ビル・ロビンソンの『ブルー・アイド・ソウル』も好きだったし、テクノ系の『カクトウギのテーマ』は新日本でダスティ・ローデスのテーマとして使われた時が一番ピンときた。あと『80世界最強タッグ決定リーグ戦』でのリッキー・スティムボートの『ライディーン』は最高にカッコよかった!

 熱中していたのはそこいら辺で、その後はテーマ曲に興味がなくなってしまったが、武藤敬司がスペース・ローンウルフとして凱旋した時の『ザ・ファイナル・カウント・ダウン』、浅井嘉浩がメキシコから凱旋した時の『セパラドス』、ハヤブサの『ファイト・ウィズ・ドリームⅡ』は好きだったかも。

 取材現場でナマで聞いてジーンときたのは…84年12月4日にジャパン・プロレスが高松市民文化センターで流れた『パワーホール』、94年10月3日、長崎県総合体育館における阿修羅・原LAST3第2戦の天龍源一郎VS阿修羅・原の際に感極まった中村吉佐リングアナの「引退式も拒否! 最後まで現役で在り続ける男、WARのヒットマン、阿修羅・原入場です!」の涙混じりのコールの後に流れた『ドリームス』、2000年7月2日の後楽園ホールで馬場元子さんが「今回の再スタートにあたり、私自身としても皆様の前で川田選手と握手していただきたい方に今日、来ていただいております。…天龍源一郎さんです」の挨拶と同時に鳴り響いた『サンダーストーム』だ。

「現役のレスラーの特に若い選手のどの曲が好きですか?」という質問の書き込みがあったが、これは難しい…。最近だったら中邑真輔の『サブコンシャス』かな? なんだか闘いに向かってアドレナリンが上がっていきそうな感じがいい。

 最後に、聞くと胸が締めつけられそうな感覚になる曲は『王者の魂』『J』『シュート・イット95』『FMWのテーマ』の4曲です。

投稿者 maikai : 12:30 | コメント (4)

2008年04月17日

Gスピ情報第3弾=入門から丸40年

 今日はGスピリッツ第6号情報…というよりも取材後記のラスト。現在59歳、現役最古参の百田光雄選手のインタビューについて書こう。

 百田さんと初めて話をしたのはゴングが週刊化されるちょっと前の84年1月。全日本のグアム合宿に取材で同行した際に飛行機で隣り合わせになり、その時にメキシコ時代の話を聞いたのが最初だから…もう24年以上も前のことだ。その後、仕事で正式にインタビューしたのは世界ジュニアに初挑戦が決定した平成元年(89年)1月、3年前の9月にも週刊ゴングの『100人インタビュー』の一環として話を聞いている。百田さんは元々、話好きでサービス精神旺盛な人だから、今回の取材も長時間になり、途中で他社(一般誌?)の取材を挟むという形になった。

 今まであまり記事になっていないカール・ゴッチ教室や日本プロレスの若手時代、履行されなかった日本プロレスとの約束、全日本プロレス旗揚げに誘われた理由などなど、ざっくばらんに語ってくれている。また、提供してもらったゴッチ教室や日本プロレス時代、全日本旗揚げ当初の写真にも注目してもらいたい。

投稿者 maikai : 13:22 | コメント (1)

2008年04月16日

Gスピ情報第2弾=21年目のカミングアウト

 今日16日はGスピリッツ第6号の発売日。もう買ってくれたかな? えっ、まだ!? だったら、このダイアリーを読んでもらった上で、ぜひ本屋へ!

 ということで、昨日の鈴木みのるインタビューに続いて紹介するのは、モバイルGスピリッツで“意外な選手がカミングアウトします”と意味深に宣伝していた記事。

 その選手とはMEN’Sテイオー。今やMEN’Sクラブで酒池肉林状態のMEN’Sねえさんだけに“遂に!”って…そんなわけがない。今のキャラは置いといて…彼が東海大学時代に学生プロレスのチャンピオンだったことは知られているが、そのもっと深い部分をカミングアウトというか、今回、公にしたのだ。

 それは、彼が学プロ時代の87年暮れにジャイアント馬場から直接指導を受け、それがその後の学プロの基礎になっているという事実だ。その当時から私はプライベートでテリー・ファックを名乗るテイオーを知っていたし、週刊ゴングの全日本番として馬場さんに可愛がられていたから、馬場さんが学生たちに直接手解きをしたことは知っていた。だが、当時は学プロへの偏見、批判は大きく、記事として公にすることはできなかった。でも、今では学プロ出身のレスラーが増え、棚橋、真壁、HG、RGが堂々とカミングアウトした上で活躍する時代。このタイミングだったら公にしてもいいだろうと、大塚クン(テイオーの本名)と話をした上で、大々的に取り上げてみた。

 私が大塚クンと知り合ったのは彼が大学3年の時。当初、私も学プロにはいい印象を持っていなかった。だが、彼らのファイトを見たら、いかにプロレスが好きで、プロレスをリスペクトし、プロレスに真剣に取り組んでいるのかがわかった。大塚クンのリングネームからしてテリー・ファックだし、その他にも明日のジョー樋口、タイガー・プロペラ・シン、ボボ・ラブジルなんてしょうもないリングネームが多かったが、テリー・ファックVSラジカルスピリット加藤のUNヘビー級戦などは、大技に頼ることなく、きっちりとした試合の組み立ててお客さんを惹きつけ、最後は必殺技でズバッと決めるという下手なプロの試合より高レベルだった。そんな彼らの姿勢が馬場さんの心を動かしたのかもしれない。

 プロレスラーに憧れた子供時代、学プロを目指しての大学進学、当時の学プロはどんなものだったのか、馬場さんとの縁、プロ・デビュー後の偏見との戦い、初の新日本マットでシュートを覚悟したこと、学プロをやっていたからこそのプライドとプロレス哲学…などなど、今や試合巧者と呼ばれる41歳のプロレスラーの青春記として読んでいただけたら、かなり楽しめると思います。

投稿者 maikai : 12:38 | コメント (0)

2008年04月15日

Gスピ情報第1弾=鈴木みのるを直撃!

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昨日のサムライTV『S-ARENA』は、6月17日の40歳の誕生日に20周年記念興行『風になれ』を手掛ける鈴木みのるにスタジオ・ジャックされてしまった。

 スタジオに行くと“鈴木みのる緊急会見”の看板と金屏風。で、いつもの控室に行くと、狭いスペースに机とイス、テレビカメラ1台が固定されている。

「今日は、番組の冒頭で鈴木みのる選手がTV記者会見をやることになったので、その後に『S-ARENA』のスタートになります。いや、鈴木選手の持ち込み企画なんですよ。すみませんが前半は控室の臨時スタジオで収録して、後半の鈴木選手のゲストコーナーから三田さんと小佐野さんに普段のスタジオに入ってもらって…」とスタッフ。鈴木みのる、恐るべし! 見事に立場を逆転してくれた。

 とりあえず『風になれ』の宣伝をしておくと、メインは鈴木VS高山…03年9・21相模原でNWF王者だった高山に鈴木が挑戦して以来、約5年ぶりの一騎打ちとなる。さらにみのるはモーリス・スミスともエキジビションマッチも行なう。鈴木の20年のプロレス人生を振り返ると、キックの王者だったスミスはその前半期に大きな影響を与えた格闘家。89年11月29日のUWF東京ドーム初進出で異種格闘技戦で激突し、みのるは4RにKO負けして号泣した。ファン、マスコミの評価は高かったが、スミスに怖さを感じて途中で試合を投げていたみのるは、その評価が逆に悔しかったのだ。再戦が実現したのはUWFから藤原組を経てパンクラスを旗揚げした後の93年11月8日、神戸ワールド記念ホール。スミスに敗れてからキックの練習もしていたというみのるはキックルールで挑んで、今度は3RでKO負け。結局、みのるがスミスに勝ったのは、初対決から4年半後の94年5月31日の日本武道館。この時はキック・ルールとパンクラス・ルールをミックスさせた特別ルールとして行なわれ、みのるが3R0分36秒に腕ひしぎ十字固めで勝利した。今のみのるに言わせると「あれは…俺がやっと1回勝ったってだけのことなんですよ」。エキジビションとはいえ、あの対決が蘇るのはかつてのUWFファン、パンクラス・ファンにはたまらないはずだ。

 今日の本題はこれから。そう、明日16日(水)発売のGスピリッツ第6号情報第1弾だ。今回のテーマは『アントニオ猪木は本当に強かったのか?』。

 今のプロレス界、総合格闘技界の礎となったのはアントニオ猪木である。多くの人間は猪木のファイトに熱狂し、魅せられ、その中にはプロレスラーになった人もいるだろうし、あるいは格闘家になった人もいるだろう。プロレスラーになってから方向転換して格闘家を目指した者もいる。UWFの選手たちもその部類に入る。

 さて、プロレス最強神話が崩れた今、改めて振り返ると「アントニオ猪木って本当に強かったの?」という疑問にぶち当たる人も少なくないのではないか。以前、私は「Gスピリッツは“昔は良かった”という懐古趣味の本ではなく、今の時代の視点に立って掘り下げ、検証していくもの」というようなことを書いたが、素朴な疑問こそがGスピリッツの原動力だ。「凄い、凄いって言われるけど、本当に凄いの?」「あの時代は良かったとみんなが言うけど、こういう要素が人を惹きつけたんだ!」と常に疑問、好奇心、探究心を持って検証し、再確認するのがGスピリッツの姿勢である。

 今回の猪木特集では髙阪剛が伝説の猪木VSペールワン戦を分析し、実技も交えて徹底検証、日本プロレス→東京プロレス→日本プロレス復帰→新日本プロレスと常に猪木と行動を共にして「セメントに強い」と言われ続けてきた北沢幹之氏へのインタビュー、ビル・ロビンソンが語る猪木の実力などがあるが、私が担当したのは鈴木みのるへのインタビューだ。

 みのるは中学時代に猪木に憧れてプロレスラーを志し、高校でレスリングをやった後に新日本に入門。猪木の付き人を半年間務め、デビュー9ヵ月で猪木とシングルで戦っている男。猪木の教え、スパーリングでの強さ、猪木流プロレスのからくり…などなど、様々なことを聞いていたら、いつの間にか3時間が経過。新人の鈴木がスパーリングで何とか猪木をやっつけようと様々な策を練っていた話などはケッサクだ。話は力道山、ジャイアント馬場、今のプロレスとドンドン広がってしまった。実は、私が仕事でみのるにインタビューするのは今回が初めてなのだが、私はみのるとプロレスの話をするのが大好き。どんどん深く、広がっていくのである。

 今回のインタビューは主題こそアントニオ猪木だが、鈴木みのるの人間性とプロレス観が浮き彫りになっていると自負している。猪木に関するエピソードだけでなく、人間・鈴木みのる、プロレスラー・鈴木みのるを感じてもらえたら幸いだ。

投稿者 maikai : 13:26 | コメント (0)

2008年04月14日

ハッスルの微調整

 今の私の環境では地方に取材に行くのは難しいので、ハッスルを観る場合にはどうしても後楽園ホールのハッスルハウスが中心になってしまう。ハッスルハウスはナンバー・シリーズの前振り的な役割が多いからエンターテインメント色が強いが、昨日の代々木で久々に観たナンバー・シリーズの『ハッスル30』はプロレス色が強い大会だったと思う。

 東京愚連隊とKUSHIDA&チエのオープニングマッチは愚連隊がタッグのエキスパートとしてのスキルを存分に見せつけてくれた。2対2のタッグマッチなのに愚連隊の論外、MAZADA、TAKEMURAはレフェリーの目を盗んでキッチリとトリオのファイトをやるのだ。最後は論外がKUSHIDAのラナをパワーボムに切り返し、しかもロープに両足を乗せてのエビ固め。いやらしさ、巧さ、そして姑息な小物感を見事に表現していた。16日のハッスルハウスでは愚連隊とTAJIRI、KUSHIDA、チエの6人タッグが実現する。愚連隊とTAJIRIの職人対決は注目である。

 その他、セミのHGと鬼蜘蛛の試合もHGがプロレスラーとして試された試合。川田との一騎打ちを熱望するHGには川田指定の“鬼怒川三人衆”を全員撃破することが条件とされているが、相手が芸能人でもビッグネームのレスラーでもないだけに、HGの本当の力量が問われる。地味ながらも実はHGにとっては川田戦までの過程が正念場と言っていいだろう。

 メインでは椎間板ヘルニアの手術で欠場していた坂田が復帰。天龍と組んでサップ、川田と激突したが、これも“闘い”を全面に押し出した。天龍と川田のチョップ合戦、川田と坂田のサブミッションの攻防、そしてサップの坂田の腰への攻撃。結果、坂田は腰をやられて復帰戦黒星となったが、フィニッシュはレーザービターンなどの“ファンタジー技”ではなく、腰へのエルボー、フェンスを使っての背骨折り、最後はアルゼンチン・バックブリーカー(ビースト・バックブリーカー)というシビアなもの。サップは天龍にもド迫力のタックル、ネックハンギングを見舞うなど、ハッスル登場以来、一番よかったと思う。

 ハッスルらしいテイストはボノちゃんのパートナーのよしえちゃんが吉江豊だったことと、RGと鈴木みのるの一騎打ち。右膝をガチガチにテーピングしてきて、最初はRGに攻め込まれてみせるというのは鈴木みのるが一捻りしたアイデア。ハッスルのリングでもこうして遊び心を発揮できるみのるは、それだけ自分に自信があるということだ。最後はきっちりとみのるワールドに持っていった。

 今の動きは上半期の柱となる5・24有明コロシアムでの『ハッスルエイド2008』に向けてのものだが、ハッスルは時代の空気を読みながら常に微調整しているように感じられる。プロレス色が強まっているのもその証拠。どんなタレントをリングに上げても、どんなに突飛なストーリーラインを展開しても、最終的にはリング上のファイトに魅力がなければ飽きられてしまう。最終的にはプロレスありきなのだ。ファンタジーの世界を作り上げたハッスルがリング上をどう変化させていくのか楽しみだ。

投稿者 maikai : 11:54 | コメント (0)

2008年04月13日

小島聡の欠場に思う

 小島聡が16日に右肘を手術。しばらく欠場することになった。“しばらく”というのは、手術をしてみなければ、見通しが立たないという意味である。正式な病名は変形性肘関節症、及び尺骨神経麻痺を併発、肘関節遊離体(関節ネズミ)が発生していて、早急に除去しなければいけないという。また神経断裂の疑いもあって、その修復手術もやなければいけなくなりそうだ。

 小島が右腕に痺れを感じるようになったのは1年以上も前のこと。フィニッシュが右腕でのラリアットだから、どんなに故障していようが酷使するしかない。あるいはヒール転向は右肘の状態を考えてのスタイル・チェンジを模索していたのかもしれない。

 今年3・1両国で健介の三冠王座に挑戦する前の記者会見では「この太い右腕を見ろ! 今、俺は右の袖だけ大きくした特注のシャツを着ているんだ」と大見得を切ったが、もうかなり悪い状態だった。食事の際に箸が使えずにスプーンを使っているという話を伝え聞いたのは三冠挑戦直後…3月12日開幕の『HOLD OUT TOUR 2008』直前のこと。この時点ですでにドクター・ストップがかかっていたはずだが、小島は右腕をバンテージでぐるぐる巻きにして、その上にサポーターを着けて出場、今回の『チャンピオン・カーニバル』にも名乗りを上げてきた。健介への挑戦が惨敗に終わっているだけに、今回の春の祭典で結果を出したいという一念だったのではないかと思う。

 私はTV解説で小島の右肘についてはあまり触れないようにしていた。本人が右肘の故障をひた隠しにしていたし、あくまでもVMのカラーを貫こうとしていからだ。だが、いざカーニバル本番になったら触れないわけにはいかなかった。「このバンテージは新しいコスチュームだ!」などとウソぶいても、もはや誤魔化せない。カーニバルでの小島はイス攻撃や急所打ちはあったものの、基本的には正攻法だったし、右腕の痛みを超えたファイトをやっていたことがファンの心を掴んだのだろう。

 ここ最近の不人気ぶりから一転して、徐々に声援が増えていったし、2日目のテレビのゲストだった田代さやかさんは最初「反則する小島選手は嫌いですね。武藤選手に勝ってもらいたいです」と言っていたのが、試合が進むにつれて小島ファンになっていた。最終日のゲスト、小阪由佳さんはプロレスを観るのは初めてだと言っていたが、最後の公式戦で棚橋に必死にラリアットを見舞っていく小島を観て泣いていた。優勝戦も感動的だったが、小阪さんは「私の中では小島選手と棚橋選手の試合…小島さんが最高でした」と言っていた。特にプロレスファンでない人の心も打つ…やはり小島は人を惹きつける何かを持っているのである。

 とりあえずは手術。それから復帰までどれだけの時間がかかるかはわからないが、その時間を大切にして、心も体も再生された小島聡として元気にリングに戻ってきてほしい。

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2008年04月12日

ハワイアン犬

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『チャンピオン・カーニバル』5連戦のテレビ解説、そして『S-ARENA』と続いたので、昨日はちょっとプロレスを忘れて一休み。そこで現れたのが写真のハワイアン犬。レイは去年の『最強タッグ』で太陽ケアから貰ったものだ。

 以前、雨が降った時にビニールを被せて散歩に連れて行こうとしたら、どうも嫌だったらしく銅像のように固まって一歩も歩かなかったが、レイには抵抗がない様子。そしてこの恰好が好評で八百屋さん、肉屋さん、道行く人に「かわいいねえ」と声をかけられ、本人…じゃなかった本犬も得意気。とにかく人間が好きで、犬と遭遇しても知らんぷりなのに、犬好きそうな人がいると寄って行こうとするのだ。

 この豆柴は今年で3歳のニコ。ソウ君&リエコちゃんの愛犬なのだが、「みんなの犬ということで…」(リエコちゃん談)ということで、いろいろな家に遊びに行っている。昨日は我が家に遊びに来て、そのままお泊りとなった。

 ニコが好きなのはお昼寝・散歩・餌・ボール遊び。まさに本能のまま。散歩に行って、家に帰ってきたら、ひとしきりボールで遊び、お腹が減ったらおやつや餌を食べ、そしてグーグー。本当に羨ましい生活である。そんな呑気な姿を見て癒された1日だった。

 ニコ、おっちゃんは今日からまた頑張るよ!

 

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2008年04月11日

諏訪魔の涙

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昨日はサムライTV『S-ARENA』にチャンピオン・カーニバル優勝を果たした諏訪魔と出演。この日は午後2時から一夜明け記者会見、4・29名古屋での三冠ヘビー級王座挑戦も正式決定したこともあって、テンションは上がりっぱなしという感じだった。

 諏訪魔は単にブードゥー・マーダーズからベビーフェイスに戻ったということではない。“全日本の未来”になるべく、VMでヒールというレスラーのひとつの要素の修業期間を終えて、いよいよトップを目指したというのが正解だろう。

 優勝戦、そして試合後のインタビューのVTR後にカメラがスタジオの諏訪魔の顔を捕らえたが、その目は潤んでいた。「いや、泣いてないっスよ」と言っていたが、プロレス入りからこれまでの様々なことが蘇ったのだと思う。アテネ・オリンピック出場の夢が叶わず、子供の頃に憧れていたプロレスラーという道を改めて選択して馳浩の仲介で04年4月に全日本プロレスに入門。常に武藤敬司の傍に置かれて、同年10月に馳の胸を借りてデビューした。05年にはデビュー1年足らずで健介、鈴木みのるにボコボコにされ、06年1月にはVMへ。そして今年に入って正規軍に復帰…濃密な3年半だった。

「もう、感謝という言葉しかないです」と言っていた諏訪魔。プロレス入りを口添えしてくれた馳から優勝トロフィを受け取ったのは感慨無量だっただろうし、武藤、VM…これまで支えてくれた人のことを思った時に涙になったようだ。

 同期と呼べる人間がいない中で、先輩相手に好き勝手にやれる環境だったVMは諏訪魔にプロレスの楽しさを教え、そのファイトや思考に幅を作るなど本当にプラスになったはず。諏訪魔は素直に「オジキ…TARU選手にも本当に感謝しています」と言っていた。

「プロレスって奥が深くて面白いですよね。どんなに考えても、さらに興味が湧いてくるっていう感じで、ホントにプロレスのことばっかり考えてますよ」と諏訪魔。技術、体力はもちろん“考える”というのはかなり大事なポイント。諏訪魔にはやはり様々な面でエースとしての資質がある。

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2008年04月10日

MVPは棚橋弘至!

 今年の『チャンピオン・カーニバル』を制したのは諏訪魔! とにかく感じたのは全日本ファンの諏訪魔に対する期待感の大きさ。何か諏訪魔を後押しする得体のしれないエネルギーが湧き出ているのを感じた。そんな中で諏訪魔は健介、鈴木、西村、ドーリングのすべての公式戦で苦しみつつ、その中でも成長してきた。デビューから3年半でのこの結果は素晴らしいが、本当のスタートはここから。今夜、サムライTV『S-ARENA』で共演することになっているので、諏訪魔についてはそれも含めて明日、改めて書こうと思う。

 優勝は諏訪魔だが、今年の春の祭典のMVPは文句なく棚橋弘至だ。ナルシストぶり、チャラ男ぶりは全日本ファンの神経を逆撫でするのに十分。それを承知で弾けつつ、すべての試合できっちりと相手を引き出し、自分も光っていたのだから感心させられた。チャラけた雰囲気の裏側にある気持ちの強さ、試合の組み立ての巧さ、臨機応変さ…現在の新日本プロレスのトップとしての実力をきっちりと見せつけてくれた。優勝こそ逃したが、トータルにプロレスラーとして見た場合、諏訪魔より完全に上である。

 昨日の大会でもうひとり「おっ!」と思ったのは小島聡。棚橋と最終公式戦を行ない、試合開始当初は全日本ファンも棚橋に声援を送るという状態だったのが、壊れかけている右腕で懸命に戦う姿にいつしか声援が飛び、久々に「いっちゃうぞ、バカヤロー!」の大合唱。棚橋に敗れた後も惜しみない声援が送られていた。やっぱり小島はベビーフェイスが似合うとつくづく思った。これから小島がどんな道を選択するのか注目したい。

 最後に、今回の『チャンピオン・カーニバル』5連戦はGAORAで放映。スペシャル・ゲストとして日替わりでグラビア・アイドルが放送席についた。昨日の最終戦のゲストは小阪由佳さん。プロレスを観るのは初めてとのことだったが、バラエティー番組での天然キャラそのままに独特の感性で喋ってくれた。予備知識も何もなくても、その発言のひとつひとつが的を射ているからドキッとさせられることも。それはぜひ、テレビを観て確かめてほしい。

 GAORAの放映スケジュールは4・5大会再放送=4月11日(金)19:00~22:00、4・6大会再放送=4月12日(土)19:00~22:00。

 以後はレギュラー枠で放映。4・7大会PART1=4月12日(土)、4・7大会PART2=4月19日(土)、4・8大会PART1=5月3日(土)、4・8大会PART2=5月17日(土)、4・9大会PART1=5月24日(土)、4・9大会PART2=5月31日(土)のいずれも23:00~24:00になっています。

投稿者 maikai : 12:41 | コメント (2)

2008年04月09日

いよいよ最終日

 チャンピオン・カーニバルは今日、最終日を迎える。例によって星取りは混沌。Aブロックは現時点で武藤=5点、ケア=0点(公式戦終了)、小島=4点、川田=3点、棚橋=4点。残り公式戦は武藤VS川田、小島VS棚橋。優勝戦進出の望みがないのはケアだけという状況だ。武藤は、勝てば文句なく優勝戦進出、武藤が負けた場合には小島VS棚橋の勝者が優勝戦進出となる。川田が武藤に勝って、小島VS棚橋が時間切れの場合だと武藤、小島、川田、棚橋の4人が5点で並ぶという事態に。もし川田が武藤に勝ち、小島と棚橋が無得点試合(両者リングアウト、両者反則、無効試合)の場合には武藤と川田が5点同点首位になり、再戦によって優勝戦進出を争うことになる。

 Bブロックは現時点で健介=4点(公式戦終了)、諏訪魔=3点、西村=1点、ドーリング=4点、鈴木=4点。残り公式戦は諏訪魔VSドーリング、西村VS鈴木の2試合。健介の可能性は西村VS鈴木が西村の勝ちか無得点試合、諏訪魔VSドーリングが無得点試合になるしかない。それでもドーリング、鈴木と4点で並ぶという形だ。諏訪魔の可能性は勝てば5点…西村が鈴木に勝てば、ストレートで優勝戦へ。西村VS鈴木が時間切れの場合には鈴木と5点で並んで優勝戦進出決定戦となる。西村には優勝の可能性はなく、鈴木とドーリングは、どちらか勝った方がストレートに優勝戦へ。2人とも勝った場合には6点で並んで優勝戦進出決定戦。

 ということで、テレビ解説者としては頭の痛いところだが、そんな星勘定を抜きにして、この月&火の2日間で印象に残っているのは武藤、棚橋、諏訪魔、鈴木の4選手。月曜日の武藤VS棚橋の時間切れ引き分けは合わせ鏡のような戦いだった。共に知恵と閃きの30分といった感じで、時間の長さを感じなかった。棚橋は昨日も川田と時間切れになっているが、敵地・全日本で誰が相手でも自分のキャラクターを貫きつつ、中身のある試合をしている棚橋は新日本の今のトップレスラーであることを見事に証明している。あのチャラ男、ナルちゃんぶりで全日本のファンの神経を逆撫でしているものの、それでもブーイングが徐々に歓声に変わってきている。全日本のファンも棚橋のキャラの裏にあるプロレスラーとしての資質を認めざるを得ないといったところだろう。

 Bブロックでは初日にドーリングに不覚を取った鈴木みのるが月曜日には諏訪魔、昨日は健介相手に本領を発揮した。ファイトに遊びは一切なしの本気モード。試合は当然、ぎくしゃくしたものになったが、それが凄い緊迫感を生んだ。無我夢中でスリーパーを仕掛けて締め落とす鈴木には“鬼気迫る”という表現がピッタリなのだ。

 そんな怖い鈴木に怯まなかった諏訪間も大したもの。05年10・2代々木での初対決では明らかに気後れしていた諏訪魔が“尋常ではない鈴木”に一歩も退かずに喧嘩モードで対抗したのである。逆落としから締め落とされるという結末は2年半前と同じだが、内容ではきっちりと成長を見せつけた。昨日の西村戦でも、のらりくらりの戦法に苦しめられた上での勝利。この2連戦で得たものを今日のドーリング戦にぶつけてほしいと思う。

 さて、スペシャルゲストのグラビア・アイドルだが、月曜日は愛川ゆず季さん、昨日は原幹恵さんだった。この2人の印象的だったコメントは、
「プロレスの技って美しいんですね。やっぱり見せるということも大事ですよね」(愛川)
「西村選手は目の力が強いですね。厳しい目をしています」(原)

 今日のゲストの小阪由佳さんもプロレスを観て何を感じてくれるのか楽しみだ。プロレスに対してまったく白紙の人の感想はハッとさせられることが少ないないし、違う職種の人の視点というのは新鮮で勉強になる。

投稿者 maikai : 11:49 | コメント (0)

2008年04月08日

Gスピリッツ第6号の表紙&主な内容です!

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 モバイルGスピリッツで第6号の表紙と主な内容が発表されたので、私のホームページでも公開します。私が取材&執筆した記事については今後、折に触れて紹介していきたいと思います。以下が主な内容です。発売日は4月16日(水)です!

【アントニオ猪木の「リアル」と「リアリティー」】
アントニオ猪木は本当に強かったのか?昭和のプロレスファンなら誰しも感じたことのある“子供じみた疑問”を、多角的な角度から4人の証言を元に読み解く。
■高阪剛
“世界のTK”がペールワン戦を斬る
■鈴木みのる
力道山から受け継いだ完全実力主義
■ビル・ロビンソン
蛇の穴から見た日本人最強ランキング
■北沢幹之
ストロングスタイルの誕生と終焉

【独占告白】
G馬場と学生プロレスの知られざる関係

【特別企画】
レイ・ミステリオ秘蔵マスク大研究・前編
100年前のヒョードル×クートゥアー
考察――難易度Eの必殺技シューティングスタープレス

【クローズアップ】
藤波辰爾
金丸義信
百田光雄
リト・ロメロ
リングス・オランダ

【好評連載】
プロレス・スターウォーズG/グレート・ムタ編
長州力の人生相談
ザ・グレート・サスケ『愛のミステリーサークル』

【付録DVD】全日本プロレス大特集パート2(全118分)
小島聡VS諏訪魔(三冠ヘビー級選手権=06年6月10日=熊本・三井グリーンランド)
カズ・ハヤシVS中嶋勝彦(ジュニア・ヘビー級リーグ戦優勝戦=06年7月3日=東京・大田区体育館)
渕正信VS和田京平対談、他

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2008年04月07日

グラビア・アイドルの感性

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 5日の土曜日に『チャンピオン・カーニバル』が開幕。9日の水曜日まで後楽園ホール5連戦だ。その模様はGAORAの中継で放映され(5日、6日はニアライブで当日放映)、去年と同じく私も解説5連戦となる。公式リーグ戦は鍵野威史アナと、その他の試合は市川勝也アナとのタッグですでに2大会を消化、今日が中日の3日目となる。

 昨日の水道橋周辺はプロレス一色。昼12時から後楽園ホールでDDTとドラゴンゲートのコラボによるDDG(ドラマチック・ドリーム・ゲート)。オープニングは中澤マイケルと松永のヌルヌル・ブラザースと戸澤&菊タロー(負傷欠場の大野の代打)のメタボリック・コネクションの激突、第2試合ではゴージャス松野VSストーカー市川のぐだぐだ対決、モッチーとディーノが頭をぶつけたことによって中身が入れ替わった一騎打ち(つまりモッチーがディーノのコスチューム&スタイルでファイトし、ディーノはモッチーのコスチューム&スタイルでファイトする=DDTのお家芸)などの笑いの要素たっぷりだったが、メインでは現トライアングルゲート王者の鷹木、ハルク、サイバーがKO-D無差別級王者HARASHIMA、飯伏、アントンの現在のDDT若手トップ3人を撃破するというシビアな試合。思い切り遊び、ピシッと締める絶妙なバランスはDDTとドラゴンゲートならではだ。

 この大会が終わるや、午後3時から至近距離のJCBホールでゼロワンMAX。軸となったのは新日本との対抗戦である。さすがに私は午後7時開始の『チャンピオン・カーニバル』解説に備えて、第2試合の佐藤耕平VS田口隆祐を見届けた時点で退散したが、あとで聞いたら実に4時間に及ぶ興行になったという。第1試合から盛り上がっていたし、選手たちは力が入ったのだろう。そういえば『S-ARENA』で「耕平選手のキックを受け止めて、受け流す」と宣言していた田口が、実際にはドラゴン・スクリュー、膝十字、足4の字などでねちっこく耕平のキックを封じ込めていたのが面白かった。田口は武藤や棚橋タイプのレスラーになっていきそうな気がする。

 さて、『チャンピオン・カーニバル』だ。このダイアリーを読んでいる人だったら、きっと得点経過を把握していると思うが、一応、2日間の星勘定を記しておくとAブロックは武藤=2戦2勝(ケア、小島)=4点、小島=2戦1勝(川田)1敗(武藤)=2点、ケア=2戦0勝2敗(武藤、棚橋)=0点、川田=1戦0勝1敗(小島)=0点、棚橋=1戦1勝(ケア)=2点。

 Bブロックは健介=2戦0勝2引き分け(西村、諏訪魔)=2点、諏訪魔=1戦0勝1引き分け(健介)=1点、西村=2戦0勝1敗(ジョー)1引き分け(健介)=1点、鈴木=1戦0勝1敗(ジョー)=0点、ジョー・ドーリング=2戦2勝(鈴木、西村)=4点。

 例によって先が読めない星の潰し合いになっているが、得点状況に関係なく充実していると思われるのがAブロックでは武藤と棚橋、Bブロックは…ジョーが走っているが、ここは諏訪魔という気がする。というよりも、この春の祭典で飛び抜けることができなければ、次のチャンスはかなり遠くなってしまうだろう。

 この春の祭典、テレビ的には昨年は日替わりでお笑いタレントがゲスト解説に来てくれたが、今年はグラビア・アイドルが日替わりで登場。5日は相澤仁美さん、6日は田代さやかさんがゲストだった。

 ふたりともプロレスの知識はほとんどない。ただ、テレビでは結構、選手と接点があった。相澤さんは北斗昌と番組共演を通じてメル友になったことで健介ファミリーの選手を知っていたし、武藤、川田ともテレビで共演したという。田代さんも健介とクイズ番組で対決したと言っていた。

 私が感心したのは彼女たちのタレントならではの物の感じ方だ。相澤さんは棚橋の試合を観ながら「棚橋さんは弱音を見せない人ですね。たとえ痛くても表情に出さずに、あくまでもカッコイイ姿を貫く。それって本当にカッコイイと思います」と言っていたし、田代さんも棚橋については「棚橋さんって技をかけるたびにカメラマンに向かってイイ絵になるようにポーズを作ってますよね」と感心していた。“見られる仕事”をしている彼女たちの視点はさりげなく鋭い。お客さんに四方から見られてしまう状況で戦うということにも感じるものがあったようだ。

 これを機会に彼女たちが少しでもプロレスに興味を持ってくれて、その面白さをタレント仲間に伝えてくれたら幸いだと思う。

 なお、掲載している写真は左から市川アナ、私、相澤仁美さんです。(提供=神谷繁美カメラマン)

投稿者 maikai : 12:30 | コメント (0)

2008年04月05日

ガチ☆ボーイ

 昨日の「入場テーマ曲について」は好評だったようだ。何だかギスギスしてしまいがちな時事ネタより、こういう楽しめる話を今後、織り交ぜていこうと思います。

 で、入場テーマ曲については、また別の機会に取り上げるとして、今日は映画の話を。学生プロレスを舞台にした『ガチ☆ボーイ』を観てきたので、そのことを話題にしたいと思う。

 あらすじを大まかに書くと…主人公のマリリン仮面こと五十嵐良一(佐藤隆太)は高次脳機能障害によって、事故以前の記憶はあるが、事故以後の記憶は1日限り。つまり一晩寝ると記憶がリセットしてしまう。当然、学生プロレスの段取りも覚えられずに試合はガチンコになってしまうが、そのガチンコがウケて人気者になる。だがキャプテンのレッドタイフーンこと奥寺千尋(向井理)は「ウチのサークルのプロレスは安全第一でやっている」と、ガチンコを認めずに、五十嵐の病気を知って退部を迫る…などの様々なことがあったりする。でも五十嵐にとっては記憶は消えても、体に残っている痛みやアザが生きている証しなのだ。そしてクライマックス…マリリン仮面とレッドタイフーンは学園祭でタッグを組んで学生プロレス界のナンバー1タッグチームのシーラカンズ1号(金村琢己=瀬川亮)&2号(安藤銀次郎=みちのくプロレスのフジタ“Jr”ハヤト)と激突するというもの。

 私はメンズ・テイオーがテリー・ファ○クとして活躍していた頃の学生プロレスを観ていたので、当時を思い出して懐かしいような気分にもなったし、五十嵐を演じる佐藤隆太らがCGやスタント抜きにプロレスに取り組んでいることに感じるものがあった。ファイト・シーンは痛みが伝わってきて迫力十分なのだ。佐藤隆太はもちろん、シーラカンズ1号=根村琢己を演じる瀬川亮は高校時代にラグビーで神奈川県代表になったというだけあって、体つきもファイトも本物のレスラーのようで感心。

 記憶がなくても体が覚えている…それは日々の練習で習得したものが、試合中に意識が飛んでしまっても無意識に飛び出して、最後まで戦う実際のプロレスラーと同じ。この映画は、プロレスに興味がない人が「本当のプロレスも観てみようかな?」と思えるんじゃないかと思う。作品にも出演者にもプロレスへの真摯な姿勢とリスペクトが感じられて心地好かった。

投稿者 maikai : 12:44 | コメント (0)

2008年04月04日

好きな入場テーマ曲は…

 昨日の『アメトーク』(テレビ朝日系=23時15分~24時10分)で、プロレス特集の未放映映像として流されたテーマ曲イントロクイズは短い時間だったが楽しめた。出題されたのは武藤敬司の『ファイナルカウントダウン』、前田日明の『キャプチュード』、ブルーザー・ブロディの『移民の歌』、ボブ・バックランドの『バックランド・ストレート』、マスクド・スーパースターの『ザ・フライ』。そして曲と共に当時の映像が流されたが、若き日の武藤、前田はもちろんのこと、ガイジンがカッコイイのだ。当時は地味だと思っていたマスクド・スーパースターも、こうやって改めて見ると大物感タップリ。心はファン時代の70年代にタイムスリップしてしまった。

 思えば70年代後半は入場テーマ曲のブームだった。77年にマスカラスの入場テーマとしてジグソーの『スカイハイ』が使われてからプロレス入場テーマ曲が注目され、当初はオリジナル曲ではなく、既成の曲が使われたから、プロデューサーの選曲センスが問われたわけだ。

 私が好きだったのはボブ・バックランドのテーマ。と言っても、昨日の『アメトーク』で流された『バックランド・ストレート』ではなくて、それ以前に使われていた『レオンカバロのパリアッチ』という曲。この曲はレオンカバロの歌劇『道化師』の中のアリア、『衣装をつけろ』をアレンジしたもので、演奏はジャズ・トランペットの帝王メイナード・ファーガスンと彼が率いるオーケストラ。若きWWF王者バックランドの躍動感と勇壮な旋律が本当にマッチしていた。

 当時、出始めだったSONYのウォークマン(今の物と比べると、かなりデカイ!)でプロレス・テーマ曲をよく聞いていたなあ…。これって27~28年前の話です。

投稿者 maikai : 11:24 | コメント (2)

2008年04月01日

シニカルな田口は対抗戦向き!

 過熱する新日本とゼロワンMAXの対抗戦で異彩を放ちながら存在感を示しているのが田口隆祐。ちょっと新日本カラーとは違う“ファンキー・ウェポン”が喧嘩腰の対抗戦にマッチするのかなと思いきや、これがハマッた。硬軟自在の幅の広いファイト・スタイルの中できっちりと闘志を表現できるし、あのダンスはゼロワンMAXのファンの神経を逆撫でするのだ。

 昨日のサムライTV『S-ARENA』はそんな田口がゲストに来てくれた。選手をおおまかに分けると一直線に吠えるタイプとシニカルなタイプに分かれるが、田口は後者のタイプ。自分のコスチュームやダンスについても「セクシーなのは棚橋さんで、僕はキモイだけなんで。変態系ですよ。まあ、目指しているのがそれなんですけど…」と含み笑いで語る。その「フフッ」という感じに味があるのだ。ウーン、試合にも味があるのがこれでわかった。

去年のIWGPジュニア王者時代にはタイガーマスク、稔、金本、先のNJC1回戦ではライガーを下し、ヘビーとジュニアの階級を越えたレスラーを目指す田口にとって、4・6JCBホールにおける佐藤耕平との対抗戦は大きなカギとなる。ここでヘビー級で武闘派の耕平を突破できれば、新たな道を大きくアピールできるのだ。

「耕平選手のキックですか? 思いですけど…まあ、受けて受けて、受け流します。フフッ…」という言葉は自信に満ちていた。

 その後も4・13後楽園ホールでは新日本に入門した時にはすでにゼロワンに移籍していた高岩との一騎打ち、4・29桑名では後藤洋央紀との一騎打ちがある。田口と後藤はほぼ同期。“ほぼ”と言うのは、田口が02年3月に入門したのに対し、後藤は01年4月に入門したものの肩の怪我で一度離れて02年11月に入団テストに再挑戦して改めて入り直しているからだ。田口は02年11月にデビューし、03年7月6日の後藤のデビュー戦の相手を務めている。メキシコ修業後、ヘビー級転向を打ち出した後藤と、今の体のままで階級越えをしようという田口の激突は見もの。これも未来の新日本のメインカードのひとつである。


追記:ある時期から、このダイアリーに寄せられるコメントを事前確認の上で掲載するようにしたのは、1日に200通近く来るスパム対策が一番大きいのですが、それ以外にも、好ましくないと思われるコメントを不本意ながらもカットしなければ、サイトを楽しく保てないという想いもありました。好ましくないコメントとは明らかに悪意があるものだったり、ある特定の選手や団体のファンを挑発するものであったり…といったものです。

 で、今回、残念ながら掲載を見送り、削除させてもらったコメントがありました。それは昨日の“中邑スタイル”に寄せられたもので、コメントを送ってくれた方は今の新日本の熱気と中邑VS棚橋を絶賛していました。それはいいと思いましたが、“その逆にノアは…”という論調になっていたのが引っ掛かりました。そこに他意はないかもしれませんが、私の判断ではノアのファンを刺激するものでした。それは私への質問でしたが、その場合、新日本には関係なく、ノアについて書いたときに質問してもらえれば、何も問題なかったと思います。

 質問自体は「最近のノアはマッチメーク、流れの作り方が下手な感じがするが、どう思うか?」というものでした。それにはお答えします。

 私自身は新日本とノアをまったく性格の違う団体として見ています。1・4東京ドームの時、私は新日本のドームまでのTNAとの対抗戦の流れの作り方等を批判しましたが、それは新日本という団体が猪木の時代から、そうしたドラマ性を大事にしていた団体だからです。だからドームから数ヵ月立った今現在の新日本のわかりやすい流れの打ち出し方は好きです。

 一方のノアですが、言葉のプロレス、流れのプロレスを拒絶し、一話完結、リング上のファイトのみで勝負するという四天王プロレスの流れを汲んでいると私は解釈しています。大方のノア・ファンはスキャンダル的な話題に嫌悪感を覚えると思います。だからノアについていはマッチメークやストーリーライン云々ではなく、試合内容のみで私は考えています。その点では最近のGHC戦は確かに内容的に苦しかったと私も感じています。以上です。

投稿者 maikai : 15:00 | コメント (0)