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2008年01月31日

命日

 今日1月31日は馬場さんの命日。あれからもう9年の月日が経ってしまった。9年前…1999年1月、私は週刊ゴング編集長から編集企画室長に異動した。その初めての仕事が馬場さんの追悼号を作ることになってしまったのを昨日のことのように思い出す。「馬場さんは最後にあなたの新しい門出に大きな仕事をあげたのねえ」と元子さんは言ってくれた。

 先日、コメント欄に「馬場さんから教わったホテルや食事のマナーについて書いてほしい」という書き込みがあった。特に「ああしろ、こうしろ」と教わったわけではなく、馬場さんの立ち居振る舞いを見て、覚えたというのが正解だ。一番大きかったのは、どんなに汚い恰好をしていても馬場さんと一緒だったらホテルの人たちは丁重に扱ってくれる。それだけになおさら「馬場さんに恥ずかしい想いをさせてはいけない」という気持ちが働いて、それなりの場ではそれなりの対処ができるようになったのだと思う。

 よく連れていってもらったのはキャピトル東急ホテルのオリガミ。ここは洋食のレストランだが、馬場さんが「天ぷら定食」と言うと、本当に天ぷら定食が出てきてビックリしたものだ。G・BABAと刻印された専用のマッチも用意されていたし、リッチな気分を味わわせていただいた。馬場さんとご一緒させてもらったことで、どこに行ってもおどおどすることがなくなったのは確かである。

 馬場さんが教えてくれたのは人間として基本的なこと。「人を人間的に傷つけちゃいけないよ」「嘘はつくなよ」「逃げ道がなくなるところまで人を追い詰めちゃ駄目だよ」「カアちゃんは大事にしろよ」といった感じだ。

 マナー的なことで一番学んだのはスマートなチップの払い方。89年7月にハワイでご一緒して食事をした時に「なるほど、こうやってチップは払うのか!」と、目からウロコだった。

 そして今、私の人生で大きいのはハワイの魅力を教えてもらったこと。毎年ハワイに行くことで人生を豊かにさせてもらっている。馬場さん、ありがとうございます。

投稿者 maikai : 09:49 | コメント (2)

2008年01月29日

27年前のアメリカ縦断

 今朝の朝日新聞を読んでいたら、今時の大学生、短大生は卒業旅行に何回も行くのだとか。いい時代になったもんだ。それだけ就職状況も好転しているということだろうし、アルバイトでお金も稼げる。それにJTBのガクタビとか、学生向けに安いパックツアーも多く出回っているから海外に出やすいんだろう。若者よ、行ける時にいろいろなところに行くべし!

 と、オジサン臭いことを書いてしまったが、私が大学生の頃…ニ十数年前は海外に行くというのは金持ちか、変わった奴しかいなかった。だって『ウルトラクイズ』で「みんな、ニューヨークへ行きたいかーっ!?」って福留さんが叫んでいた時代なのだ。

 私の場合、大学を卒業せずに中退してしまったから、もちろん卒業旅行なんてなし。だが、未だにいい思い出になっているのは大学2年生の夏休みに8月3日出発~8月27日帰国の23泊25日の日程でアメリカ・プロレス旅行をしたことだ。

 当時、私はゴングでアルバイトを初めて1年数ヵ月。あの頃、アメリカはまだプロレスの本場であり、ナマでアメリカン・プロレスを観ることはプロレス・マスコミの間でもひとつのステータスになっていた。新人レスラーが海外武者修行で箔をつけるのとまるっきり同じだ。東スポの山田隆さんから聞くアメリカでの体験談を聞くのは原稿取りに行った時の楽しみだったし、竹内宏介さん、ウォーリー山口さん、当時は大学生だったジミー鈴木さんもアメリカに相次いで行った。「こうなったら俺も!」と、ゴングのアルバイトでコツコツ貯めた80万円を総資金にアメリカに旅立ったのである。

 当時は今のようにパックツアーが一般的になっていなかったし、プロレスを観るならパックツアーでは無理。完全なる個人旅行だ。東京ーサンフランシスコ間の往復チケット、現地でのデルタ航空のラウンズチケット、グレイハウンド・バスの1ヵ月パスを購入していざ出発。頼りになるのは『地球の歩き方』だけだった。

 今、思うと無謀な旅だった。初日はサンフランシスコからルイジアナ州のニューオリンズに入ったが、飛行機が遅れて夜中に着いたため、空港でイエローページをペラペラめくりながらホテルを探した。その後もホテルは予約しないですべて飛び込み。それも『地球の歩き方』に載っているホテルしかわらない。クレジットカードを持っていなかったから、常にディポジットを払わなきゃいけない。何もかもが現金払いだったから、毎日残りの現金を日割り計算して1日いくら使えるか計算していた。金欠気味になってからは夜中にグレイハウンドに乗って移動すると同時に宿泊代を浮かしたし、帰国時にはホテルから空港までのタクシー代が足りなくなってドライバーにまけてもらい、最終的に持っているのは日本円の2千円だけというギリギリの旅だった。

 でも可能な限り試合は観た。①ルイジアナ州バートンルージ②フロリダ州マイアミ③フロリダ州ウェストパームビーチ④ミズーリ州セントルイス(キール・オーデトリアム)⑤ミズーリ州セントルイス(TVスタジオ)⑥ジョージア州アトランタ⑦フロリダ州タンパ⑧テキサス州ヒューストン⑨テキサス州サンアントニオ⑩テキサス州ダラス⑪テネシー州ナッシュビル⑫ケンタッキー州ルイビル⑬ノースカロライナ州シャーロッテ⑭ウェスト・バージニア州リッチモンド⑮ニューヨーク(MSG)と15大会も観ることができたから初アメリカとしては上出来だったと我ながら思う。

 学生の皆さん、時間があるうちにいろいろなことを体験しましょう。きっと将来、役に立つし、いい思い出になりますよ。

投稿者 maikai : 13:35 | コメント (0)

2008年01月28日

大盛況の中で新日本発進!

 超満員札止めの2005人。昨日の後楽園ホールにおける新日本プロレス新春シリーズ開幕戦はいい盛り上がりだった。メインが井上亘と田口隆祐のIWGPジュニア、セミがディック東郷&TAKAみちのくに稔&プリンス・デヴィットが挑んだIWGPジュニア・タッグ。冷静に考えれば思い切ったマッチメークだが、こうした冒険、実験も必要だろうし、その下のカードが充実していれば問題はない。

 様々な団体を観て、改めて新日本を観た時にいつも感じるのは選手層の厚さ、そして選手たちの基本的なレベルの高さだ。今の私はプロレス団体をメジャー、インディーに分けて考えたりはしないが、それでも新日本を観ると「やっぱりメジャーだな!」と感じる。それは選手たちの基礎体力であり、体のサイズであり、技の当たりの強さが違うからだろう。

 昨日はいずれの試合も盛り上がったが、前半戦ではやはり金本&内藤VS田中将斗&日高郁人の新日本VSゼロワンMAX。この手の戦争になると金本の存在感は際立つし、内藤の成長振りもわかる。対する将斗は完全に“敵地に乗り込んできたモード”に入って新日本ファンの感情を煽り、日高の技巧には新日本ファンも「巧いな!」と反応していた。この両団体の対抗戦がどこまで盛り上がっていくか楽しみだ。

 休憩後の後半戦では、まず永田&棚橋VS中邑&後藤というカードで“今の新日本の主役”が揃い踏み。このカードをセミ前に持ってきてしまうのだから、ある意味で贅沢だし凄い。そして若い人間の中で存在感を発揮する永田はやはりベルト云々を抜きにして新日本のエースだという印象を受けた。

「1・4東京ドームのカート戦で完全燃焼してちょっと気が抜けたんだけど、あれで俺の第1章は終わり。今日からレスラー人生折り返しの第2章と思って戦っていきたいね。若い世代に混じっても遜色のないものを見せていける自身もあるし、ある意味では彼らを目標にやっていきますよ」
 と笑った永田。1・4東京ドームで中邑にIWGP王座を奪われた棚橋も、
「ベルトを失くしても、自分自身に酔いしれていますよ。昇る太陽に敵うやつはいませんから。2・17両国でAJスタイルズを制して世界規模じゃなく宇宙規模で棚橋弘至を発信していきます」
 とナルシスト・キャラ(?)を全開にして再起を誓う。カートとのIWGP統一戦を控えた中邑、この日は永田にフォールを許したものの、2・17両国でのシングルによる雪辱を誓う後藤も気合いが入っている。2008年の新日本はこの4人に懸かっているのだ。

 セミのIWGPジュニア・タッグは職人・東郷&TAKAに稔&デヴィットが食らいついていく好試合。早くもタッグ・ベストバウト候補と言っていい内容だった。そしてデヴィットが東郷をフォールしたのが大きい。この半年ぐらいデヴィットの評価が高まっていたが、これでワンランク確実にアップした感じ。ジュニア戦線はさらにボリュームアップしていくだろう。稔は2・27両国でライガー&AKIRAを挑戦者チームに指名したが、さらに裕次郎&内藤、ゼロワンMAX、昨年11・11両国でデヴィットとのコンビで敗れているTNAのセンシ&クリストファー・ダニエルズを氏名。稔&デヴィットのプリプリ(プリンス・プリンス=稔が命名)は新日本ジュニアに新たな風を吹かせる。

 メインのIWGPジュニアは正直、辛かった。セミのジュニア・タッグが良すぎたことと、挑戦者の田口が太腿肉離れ、さらに首を痛めていて最悪のコンディションだったのだ。王者の亘も試合をコントロールするところまでには至らず、ドタバタした印象の試合になってしまった。王者・亘も、挑戦者・田口も唇を噛んだが、これも経験とするしかない。

 最後に、この日、会場で目立っていたのは『魂こめて!新日本プロレス!!オレ達は強い新日本が見たいんだ!!』という真っ赤な横断幕。現在発売中のGスピリッツ第5号の東京ドーム特集にしても過去の対抗戦を検証することで、いかに新日本がいい意味も悪い意味も含めて勝負にこだわった戦闘集団だったかを紐解いた。そう、2008年のテーマは『強い新日本プロレス』だ。

投稿者 maikai : 15:06 | コメント (0)

2008年01月27日

鈴木みのるの引き出し

 昨日はGAORA全日本中継の解説で大阪へ。目玉は武藤&神奈月のW武藤に鈴木みのる&アントニオ小猪木が挑戦するF-1タッグ選手権だった。

 一昨年6月、小島&イジリー岡田相手に初タッグを結成したW武藤は同年12月に天山&原口あきまさを下して初代F-1タッグ王者に。以後、渕&上島竜兵、健介&ザ・たっち相手にV2に成功。ここで最強(?)の挑戦者を迎えたわけだ。

 それにしても、あの鈴木みのるが芸人と絡めるのか? 芸人のネタに付き合ってくれるか? これがやってくれました! それもノリノリで。例によって神奈月に井上陽水のモノマネを要求すると、これが実にウマくて武藤もビックリ。さらに「もっと他にねぇのかよ!」と逆要求して自ら萩原流行をやってのけ、神奈月の新庄剛志にはイチローで対抗。途中で「もうやってられねぇ!」と花道を引き揚げてしまったと思いきや、しばらくしたら、何と昨年11月8日の新木場における『NOSAWA GENOME THE FINAL』に登場した“世界一性格の悪い超獣”ブルーザー・ミノディが出現!

 このミノディは、みのるがYOU TUBEやビデオで4時間研究、さらに自分がプロレス・ファンだった時代の記憶をミックスさせて完成させたキャラクターなのだ。

 試合はミノディが勝手に暴れている間に小猪木が神奈月のシャイニング・ウィザードに敗れたが、存在感ではみのるがピカ一。「プロレスで武藤に、芸で神奈月に勝つ!」を見せてくれた。

 これまでメカマミーに始まり、小学生のラム会長、ディーノ、佐々木貴、マッスル坂井、佐野直、726、アントニオ小猪木らと試合をやってきたみのる。

「プロレスのリングに上がったら、どんなものでもそれはプロレスなんだよ」
 と言うみのるは、スケジュールがカチ合わない限り、オファーを断らず、どんなリングでもキッチリとみのる色に染めてみせる。このF-1タッグでも、そんな引き出しを開けてくれた。

 それにしても全日本のリングにどういう形であれ猪木が上がり、大猪木コールが起こったのだから、これは事件! ここまでハードルが上がったら、次の挑戦者チームはいるのだろうか…。

投稿者 maikai : 15:53 | コメント (0)

2008年01月26日

波乱含み!多留GM新体制

 昨日の新宿FACE大会から多留GMによるエルドラド新体制がスタートした。あのブードゥー・マーダーズのTARUのイメージを払拭するべくスーツ姿でリングに経った多留は、
「本日はエルドラド新宿FACE大会にお越し下さいまして誠にありがとうございます。GMを務めさせていただく多留でございます。エルドラドを楽しく、面白い団体にしていきたいと思いますので、よろしくお願いします」
 と丁寧な挨拶。全日本や新日本、ロックアップでの極悪非道ぶりを考えると、失礼ながら笑えてしまう。 
さて、新体制となったこの日のカードは多留GMの独断による当日カード発表。大会前にヘルデモンズに裏切られた菅原拓也が多留GMに、
「あいつら4人(ヘルデモンズ=バラモン兄弟、KEN45、豪)とやらせてもらえなかったら帰る!」
 と、ゴリ押し。これがTARUだったら菅原をボコボコにしているところだろうが、多留GMは大会を成立するためにこの要求を飲んだ。

 第1試合は近藤、アントーニオ本多のSUKIYAKIに無所属の大柳、フリーの佐藤悠巳が合体して、大鷲、ベアー福田、CHANGOの猛獣惑星+佐々木大輔(フリー)と8人タッグで激突。第2試合ではNOSAWA論外&TAKEMURAの東京愚連隊にSUKIYAKIの谷嵜&清水がアタック、第3試合では猛獣惑星入りした荒谷がジャンピングキッド沖本に圧勝した。

 セミでは何とYASSHIとDDTの飯伏が異色コンビを実現させて、猛獣惑星のKAGETORA&ヘラクレスオオ千賀と対戦。YASSHIと飯伏は連続ジャーマン、ダブル・ハイキックなどの連係も見せた。だが、この試合は2・27後楽園への布石で、試合後にKAGETRAが飯伏にタッグ結成を呼びかけて飯伏がこれを快諾。多留GMは2・27後楽園でこのKAGETORA&飯伏と近藤&YASSHIのブードゥー・マーダーズを対戦させ、その勝者を東京愚連隊(NOSAWA論外&MAZADA)のUWAタッグ王座に挑戦させることを決定した。

 メインの菅原VSヘルデモンズの1対4は試合にならず、わずか2分36秒で両者リングアウト。ここで多留GMが、
「人のGM就任興行を台無しにしやがって!」
 とヘルデモンズに激怒。そして、
「近藤、大鷲、ブラザー! お前ら、菅原と4人で上がってきたんだろ! 男だったら助けに来んかい!」
 と叫ぶと近藤、大鷲、YASSHIが菅原救出に駆けつけて、急遽、近藤、大鷲、YASSHI、菅原とヘルデモンズの8人タッグによる再試合となった。そう、悪冠一色が電撃復活したのだ。最後はかつての仲間の援護を受けた菅原が十三不塔でKEN45をフォール。

「菅原、俺はな、お前を助けに来たわけじゃない。多留さんに呼ばれたから来ただけだ。勘違いするなよ」
 と吐き捨ててYASSHIと共に去った近藤に対し、大鷲は、
「お前、昔、悪冠一色を再結成しようとした時にお前ひとりが違う道を選んだよな。この俺様がお前に手を差しのべるのは今日が最後だ…一緒にやろうぜ!」
 その手を菅原が握り、2・27後楽園では大鷲、菅原、荒谷のトリオがバラモン兄弟&豪とUWA世界トリオ王座を争うことになった。

 試合後にもハプニング…マグニチュード岸和田が売店にいた近藤と谷嵜を襲って12・29後楽園に続く参戦アピールだ。

 こうしていろいろあった多留GM就任初興行だったが、話を整理すると、多留GMはこれまでのSUKIYAKI、猛獣惑星、ヘルデモンズのユニット分けを尊重しつつも、こだわり過ぎないマッチメークに移行したい模様。それがKAGETORAと飯伏の合体、2・27後楽園での近藤&YASSHIのブードゥー・マーダーズ、大鷲と菅原の握手である。ただし、猛獣惑星の一員であるベアー福田は大鷲と菅原の握手、荒谷の加入に異議を唱えており、今後ゴタゴタしそうだ。

 そして外部の血の導入。今後、東京愚連隊の存在は大きくなるだろうし、マグニチュード岸和田は今後のカギを握る男。すでに多留GMは2・27後楽園での谷嵜VS岸和田を決定事項にしているものの、これに関しては選手たちの反発は大きいのだ。大鷲も、
「いくら多留さんに権限があるといっても、これだけは譲れない。あっち(ドラゴンゲート)とこっちを自由に行き来しようなんて…またがせちゃいけない一線というのがあるんですよ」
 とカタい。

 また一方でバラモン兄弟は、
「多留がGMなんて誰が認めたんだよ? 今日だって悪冠一色をやりたかっただけじゃねーか。GMはスラングでゴミって意味なんだよ。俺たちがゴミをエルドラドから追放してやるよ!」
 と多留GM体制に反発している。

 新たな展開と選手たちの感情の揺れ動き…ある意味、多留GMの導入はエルドラドにとって劇薬である。果たして、これが吉と出るか、凶と出るか!?

 

投稿者 maikai : 10:53 | コメント (0)

2008年01月25日

畳針デスマッチに大谷は…

「正直な感想は…ホッとしています。あの畳針の怖さが日に日にわかってきて…怖かったよ。しかしながら松永も同様のはずなんだ。自分でもってきたルールで、自分で逃げ場をなくしてきたんだから、俺より恐怖心があったかも。その意味では俺の方が弱音吐いてたかな。リング上に有刺鉄線ボードがあって、畳針があって、あれじゃあ試合に集中できないよ。でも、そんな中で最後まで向かってきた松永光弘…軽い気持ちでゼロワンMAX入団を口にしたんじゃないというのがわかりました」

 これは昨日、新木場で行なわれた松永との畳針デスマッチの後の大谷のコメント。相当なプレッシャー、緊張感があったことがわかる。リング上に畳針を剣山のようにして設置し、そこに落ちた方が負けという小細工が利かないルールだったのだ。

 この手の形式で思い出すのは78年2月8日、日本武道館におけるアントニオ猪木と上田馬之助の釘板デスマッチ。当時、高校1年生だった私はカメラに望遠レンズをセットして2階席に陣取った。この時は猪木も上田も釘板に落下せずに客席から落胆の声も漏れたが、事前に警察から「絶対に落とさないように」という通達があったという。

 今回、畳針の犠牲になった松永は92年12月20日、W★INGの戸田大会でもレザー・フェイスと五寸釘ボード・デスマッチをやって、釘板に転落している。松永という人は普段は物静かで表情も穏やか。口調もソフトだから、かえって怖さが際立つのだ。

 こういう試合は難しい。観客の興味は「いつ、どっちが落ちるか」に尽きてしまう。ただ、そこで大アクシデントが生じたら、今度は客はドン引きになるだろうし、世間的に非難されるだろう。

 昨日の試合を観て感じたのは緊張感、緊迫感、こうした極限状態での大谷と松永の覚悟がポイントであって「畳針に落ちる」は二の次だったということことだ。

「ホントは“ぶっ殺す”とか“死ぬ”とかいう言葉は好きじゃない。“折っちまえ”とか大嫌いなんだ。簡単に吐ける言葉じゃないでしょう。俺は生き残るため、生きるためにプロレスをやってるんだ。マスコミの皆さん、ファンの人たちも生きるために仕事をするわけでしょう? 同じですよ。今日の試合は人間として躊躇したし、葛藤もありました。何か松永光弘に勉強させられた気がします」
 と大谷。こういう試合は何度もあるべきではない。ただ、昨日に限っては大谷と松永が心を通わすのに避けられないものだったと解釈したい。

投稿者 maikai : 10:46 | コメント (1)

2008年01月24日

新体制ゼロワンMAXはあちちっ!

 昨日の1月23日、後楽園ホールで3周年記念大会を行なったゼロワンMAX。この日、大谷晋二郎が新社長に就任、“熱い男”大谷の門出にふさわしい大会になった。

 今年のゼロワンMAXの軸になるのは軍団対抗戦。田中将斗率いるソード軍と大森隆男率いるアックス軍の対抗戦という明確な図式を作り、いわゆる消化試合というものがなくなった。加えて他団体との戦いも拡大されてきており、スケールとボリュームが確実にアップしている。

 この日も藤田&菅原のインターコンチネンタル・タッグ王座にみちのくプロレスのサスケ&沼二郎が挑戦、新日本から中西、金本、田口が殴り込んで大森、耕平、浪口と対戦、セミではUN王者・義人とK-DOJOの真霜がヒートアップし、メインではインタージュニア王者の日高がドラゴンゲートの望月にベルトを奪われた。

 やはり対抗戦は観客も当事者のレスラーも熱くなる。特に新日本との対抗戦は両団体の選手が溜め込んだエネルギーを思い切り発散していて、楽しくて仕方がないという感じ。以前は不完全燃焼に終わったが、今回の対抗戦は大きな流れになっていきそうな気配だ。

 そして対抗戦では意外な人間関係も浮き彫りになる。この日のインターコンチネンタル・タッグ戦にしても王者・菅原はその昔、みちのくプロレス入門を書類審査で落とされ、その後に現在の気仙沼二郎こと米河彰治に闘龍門ジャパンを紹介してもらってメキシコに渡り、レスラーになったという過去の経緯が試合の枕になった。序盤は沼二郎を殴ることすらできなかった菅原が最後は吹っ切れて、ブラックボックス、急所蹴り、十三不塔で沼二郎をフォール。
「おい、沼二郎、これが俺のやり方なんだよ。俺のやり方にケチつけんじゃねぇ! でもヨネさん、あなたが昔、僕にしてくれたことは一生忘れません。あなたがいなかったら、俺は今、この場所に立っていないと思います。凄く感謝しています。今日はできないと思っていた試合ができて凄く嬉しかったです。ありがとうございました」
 と、試合後には最初こそ悪態をついたものの、泣かせるセリフ。もっともこの後にDDTをお見舞いして前述の泣かせる言葉は騙すためのものだったというオチがついたのだが、あの言葉は紛れもなく本音だったはずだ。

 メインでは日高からインターナショナル・ジュニア王座を奪った望月に浪口、澤と共に殺到した得るブレイザーが、
「俺は昔、望月と同じ団体だった。先輩だったけど、俺がベルトを取り戻す」
 とカミングアウト。政治的なことを考えれば、望月とエルブレイザーが同じリングに立つこと、戦うことは有り得なかった。そして、もし実現すれば初対決ということになる。

 プロレスのリング上には技術、体力、精神力の競い合いだけでなく、そうした複雑な人間関係も垣間見えるから面白い。

 2008年のゼロワンMAXは新社長・大谷と共に熱いリングになるぞ!

投稿者 maikai : 12:56 | コメント (0)

2008年01月23日

馬場さんの誕生日

 今日1月23日はジャイアント馬場さんの誕生日。馬場さんは昭和13年(1938年)生まれだから、お元気だったら70歳を迎えていたわけだ。

 私はゴングが週刊化された1984年5月~90年7月までの全日本プロレス担当記者時代、そして編集長になった94年8月~98年末まで計9年半、馬場さんと接することができた。そういえば、担当記者になってすぐの頃に「俺がデビューした時に生まれていない奴にエラそうに取材されたくないなあ」と言われたものだ。そう、馬場さんは私が生まれるより1年早くプロレス・デビューしていたのである。

 全日本担当記者になった時、私は22歳。そして馬場さんは今の私の年齢と同じ46歳。そう考えると、まさに光陰矢のごとしの感がある。まさか自分が馬場さんと同じ年齢になっているなんて…。

 子供だった私は馬場さんからプロレスはもちろんのこと、食事のマナーやら、いろいろなことを教わった。ジャイアント馬場というレスラー、馬場正平という人とわずかな時間でも一緒に過ごせたことは、私の人生にとって本当にラッキーだったと思う。

「何でもかんでもよく書いてくれとは言わん。批判があっても構わない。でもな、レスラーのプライドを傷つけたり、人間として傷つけるような原稿は書いちゃ駄目だぞ」

 そんな話をキャピトル東急ホテルのオリガミでしてくれたことを思い出す。20年以上経った今でも、それは肝に銘じている。

 馬場さん、お誕生日、おめでとうございます。私が初心を忘れないようにこれからもよろしくお願いします。

投稿者 maikai : 12:23 | コメント (1)

2008年01月22日

多留GMの手腕に注目

 昨日の『S-ARENA』のゲストはエルドラドの新代表・藤永幸司氏と猛獣惑星の大鷲透。エルドラドは昨年12・29後楽園大会で代表が川端典昭氏から藤永氏に交代、ブードゥー・マーダーズのTARUこと多留嘉一がGMに就任して今年から新体制としてスタートする。第1弾になるのが1・25新宿FACE大会で、そのPRのための出演だった。

 藤永氏は神戸でリングソウルというプロレスショップを経営しているが、店に来るファンの声を聞いて、団体の枠にとらわれずにマッチメークできる大会を開催しようとソウル・コネクションなるプロダクションを設立。新宿FACEでカスイチなるイベントを開催してきたが、昨年末の川端氏の代表辞任によって、新たにエルドラドの代表に就任。カスイチは来たる2・16大会をもってラストとし、今後はエルドラドに専念する構えだ。

 これまでのエルドラドは所属選手が他団体に“出稼ぎ”に行かなければ成り立たない状況で、その結果、各選手の他団体でのキャラやストーリーが際立ってしまって、本丸のエルドラドの印象が薄くなってしまっていた。6月からは月に2回、新宿FACEで興行を行ない、ビッグマッチを後楽園ホールで打つという方針のようだから、ようやく“点”から“線”へとつながっていくだろう。

 また、大きいのは多留GMの存在。ブードゥー・マーダーズではTARUとしてやりたい放題だが、プロレスに対する考え方は昔気質。エルドラドについてはこれまで、
「プロレス団体が飽和状態になっている中で、こんなしょうもない団体は業界のマイナス。近藤も透(大鷲)も何やっとるんじゃ! こんな団体は業界のために1日も早く潰した方がいい」
 と厳しい駄目出しをしていたが、やはり後輩たちの行く末が気がかりなのか、
「こんなしょうもない団体でも、チケットを買って観に来てくれるお客さんがいる。だったらお客さんの評価を得ろ。いい試合をして男の生きざまをみせろ。これからは俺が仕切っていく。中途半端なことはさせん!」
 とGMを買って出た。昔気質でありながら、頭が柔軟でアイデアマンの多留のこと、これから様々な仕掛けが出てくるだろうし、ある意味、エルドラドの新体制は多留GMの課題に選手がどう応えて行くか、GMと選手の勝負にもなるはずだ。

 1・25新宿FACEは多留GMの意向でカードは当日発表。その時点まで選手にも知らされないという。ここで多留GMが選手にどんな課題を突きつけるか、そしてどんな方針を打ち出すのか注目だ。

投稿者 maikai : 11:14 | コメント (0)

2008年01月21日

田上明20周年

 昨日の後楽園ホールにおけるノア1月ツアー最終戦は見応えがあった。05年のクリスマスにデビューした谷口、青木、太田、伊藤らが、それぞれの個性で成長してきたことで、前座から試合の色がバラエティーになったことも大きな要因。加えて昨日は白GHC王者・川畑と百田の抗争が勃発、百田の59歳にしてのノアにおけるタイトル初挑戦が実現しそうなムードになってきたし、なぜか佐野に闘志を剥き出しにする菊地が客席を沸かせた。第5試合のタッグマッチではKENTAが高山善廣に猛アタック…あの前田日明が「KENTAはいいね!」と言うのも頷ける。

 さて、昨日の目玉は3大カード。まずは谷口が健介に挑んだ驀進十番勝負第1戦だ。その印象は「健介は優しくなったなあ」ということ。ファイト自体は相変わらず厳しいが、単に叩き潰すのではなく「来い!」と胸を突き出して谷口の闘志を引き出してやっていたし、最後もラリアットで終わらすのではなく、きっちりとノーザンライト・ボムで叩きつけた。弟子でもない他団体の若手に自分の必殺技を味わわせるというのは優しさ以外の何物でもないだろう。

 谷口の収穫としては“他団体の大先輩”の顔を張れるようになったこと。序盤は健介が張り飛ばしても胸にチョップを打つのが精一杯だったのが、5分過ぎからは張り返すことができるようになった。かつて馬場さんがルー・テーズと初めて対戦した時に頭を蹴るのに躊躇したというし、川田にしても88年の最強タッグ公式戦で馬場さんの顔を思い切り張り飛ばすことで吹っ切れたという。些細なことかもしれないが、そうした小さな経験の積み重ねがステップになっていく。この十番勝負は谷口にとって目先の勝敗よりも、どれだけ経験を積んで勉強できるかだ。

 ROH世界王者マッギネスに挑んだ潮﨑も、今回は勉強だった。昨年夏以降、目覚しい成長を見せている潮﨑だが、マッギネスは巧い! チョップ封じのために右手に集中攻撃を加えるのだが、鉄柱やロープを使ったラフなものから脇固め、アームブリーカー、指折りなどのねちっこいサブミッションを織り交ぜて観客を飽きさせない。あるいは潮﨑のチョップを誘発して、それで右手にダメージを与えるという心理戦も見事だった。一方の潮﨑は雪崩式フランケンシュタイナー、ジャーマン、ムーンサルト、ゴーフラッシャーと大技で反撃していったが、どれもマッギネスにとっては想定内。最後はロンドン・ダンジョンがガッチリと決まった。腕を極めるロンドン・ダンジョンはハッキリ言って地味な技。それでも客席が「オオッ!」となるのは、そこに至るまでの組み立ての巧さによるもの。こうした面を潮﨑には学んでほしい。

 そしてメインは田上明の20周年記念試合。田上は私と同い年。彼が大相撲からプロレスに入った時、私は週刊ゴングの全日本プロレス担当記者だったから思い出も多い。何年経っても個人的には“タマちゃん”なのだ。

 入門した頃からおおらかな性格で「これじゃあ、予定していたデビューに間に合わん。記者の人たちも厳しく書いてやってくれ」と馬場さんが苦笑していたのを思い出す。デビュー後も高木功(嵐)と2人で馬場さんに「タク(高木)、タマ(田上)! お前ら、後楽園のファンに何て言われているのか知っとるか? ナマクラって呼ばれてるんだよ!」と、よく尻を叩かれていたっけ。デビューした88年は天龍同盟全盛期で、天龍さんと初めてタッグで対戦した時には試合前にカブキさんに「天龍は厳しいぞ!」と脅かされて緊張していたのがおかしかった。シリーズの対戦表をチェックして「天龍さんとはあと○試合、ハンセンとは×試合、ブロディとは△試合…」と数えていたのも笑えた。とにかくバッカンバッカンくる天龍、ハンセン、ブロディを大の苦手としていたのだ。

 そんなタマちゃんが四天王の田上明になり、三冠王座、世界タッグを奪取、チャンピオン・カーニバル、最強タッグに優勝してノアになってからもGHC王者に君臨した。今もノアの中心でどっしりと構えている。それでもおおらかさが変わっていないのが素晴らしいところだ。

 88年1月2日のデビュー戦…担当記者でありながら、実は私は取材していない。実は全日本プロレスから名指しで取材拒否を通達されていたからだ。その話は、いずれプロレスコラムで書こうと思う。

 それはともかく「タマちゃん、20周年おめでとうございます。これからもお互いにそれぞれの分野で頑張りましょう!」

投稿者 maikai : 13:37 | コメント (2)

2008年01月20日

昨日の主役は佐野直!

 昨日は新木場のみちのくプロレスの2008年第3戦に行ったが、新世代の息吹を強く感じた。3月2日の徳島で拳王として本デビューする期待の新人・中栄大輔は日向寺塁とボクシング・グローブを着用したスーパーエキジビションマッチ。毎大会、こうした形でエキジビションをやっているのは観客の前で試合をすることに慣れるため。4代目タイガーマスクもデビューする前に白覆面でシューティング・ルールのエキジビションを何回かやっていた。これはみちのくがいかに中栄を大事に育てようとしているかの現われだ。相手を務める日向寺にもこれはプラス。高校時代にボクシングをやっていたという日向寺にとっても個性が磨かれるし、通常のプロレスとは違う緊張感はいい経験になるはずだ。

 試合的に印象に残ったのは、まず気仙沼二郎&しばてんVS野橋真実&南野武。沼二郎と南野の激しいグランドの攻防、鈍い音が場内に響く沼二郎と野橋のヘッドバット合戦、そしてルチャ的なムーブ。当初はキワモノ的だったしばてんも今はテクニック重視のファイトになり、随所で機敏なムーブを見せてくれた。そしてメインの佐藤兄弟&フジタ“Jr”ハヤトVS義経&KAGETORA&ラッセは現在のみちのくの主流。ハヤトのヒール転向は正解だ。デビュー以来、リング上の流れとは一線を画して様々な団体のトップ選手とぶつけられて経験を積んできたハヤトが、それを一気に爆発させる時がきた。これからみちのくを牽引していくのは東北ジュニア王者・義経とハヤトの激突だろう。

 だが、昨日の大会でキョーレツなインパクトを残したのは“どインディーの雄”佐野直だった。昨日の目玉のひとつにサスケVS超大物Xがあったが、ここで登場してきたのが何と佐野。「エーッ?」という観客の落胆とブーイングの中でシャイニング・ウィザードを連発するKYぶり。結局、3分足らずでサスケのセグウェイに沈められたが「本当のXが来ているんだよ!」とメカマミーを呼び込んで、これには観客も拍手。ところが、このメカマミーと仲間割れ。メカマミーの念仏パワーボム(ということは、正体は新崎人生?)に大の字になり、なぜかサスケがスリーカウントを入れて試合終了。サスケの試合のはずが、なぜか公式記録はメカマミー(体固め、5分19秒)佐野直になってしまった。
「Xとして出て行っただけじゃなく、試合結果でも笑いを取ってしまいましたか…」と佐野。

 佐野の出番はこれだけじゃなかった。全試合終了後、佐藤兄弟、ハヤト、KAGETORA、ラッセ、南野、日向寺、沼二郎、野橋、しばてんが次々に2・17新宿FACEにおける次期東北ジュニア王座挑戦者決定時間差バトルロイヤル=M-12への参加を表明。残り2名となったところで1・14仙台で義経と東北タッグ王者になったサスケが名乗り!「あとひとりは誰か?」と会場が盛り上がったところで、突如、鳴り響いた佐野のテーマだった。またまた「エーッ?」と観客はドン引きしたが、佐野は意気揚々とリングイン。と、同時に他の参加選手が一斉にリングを降り、会場暗転というオチだった。

 まあ、どうあれ最後にリングに立ったのは佐野。そういえば佐野は年に何回か全日本のリングにも登場するし、元旦の新木場では鈴木みのる&高山善廣とタッグで激突して25分間も延々と痛ぶられた。その生命力と自虐ネタは今年も存在感を大いに発揮するはずだ?

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2008年01月19日

リフレッシュ

 15日~18日の間、3泊4日の日程でグアムに行ってきた。そう、これが私にとっては正月休み。最低、半年に1回はビーチ・リゾートに行って頭をからっぽにするというのが定番になっている。グアムだったら3時間半程度で行けるし、時差も-1時間だからラクだ。

 グアムは実に5年8ヵ月ぶり。とはいっても、何をするでもなくビーチで波の音を聞き、太陽光線と海風を感じながら読書をしたり、ビールを飲んだりとグダグダしているだけ。これが私のリフレッシュ方法なのだ。

 初めてグアムに行ったのは全日本プロレスの合宿に同行取材した24年前の1984年1月。ジャイアンツがキャンプを張っていて、馬場さんと王監督のツーショットを撮影したりした。その時、泊まったフジタ・タモンビーチ・ホテルはなくなってしまったし、当時は買い物といってもギブソンズというスーパーがあったくらいで、交通手段もタクシーだけだった。それがショッピング・バスやトロリーがひっきりなしに走っていて、ホテルロード(サンビトレスロード)にはブランド・ショップがズラリと並んでいるのだから凄い!

 でも個人的には最も賑わっているタモン地区でも、ちょっと盛り場から離れたフィエスタ・リゾートからヒルトンのあたり、あるいはタムニング地区の方が落ち着けて好きだなあ。

 ということで、ようやく気分が2007年から2008年に切り替わったので、今日からまたガンガン仕事に励めるというもの。まずは今夜、新木場のみちのくプロレスだ。

投稿者 maikai : 09:52 | コメント (0)

2008年01月15日

最強運決定戦

 正月恒例のテレビ番組と言えば、フジテレビの『最強運芸能人決定戦』。これは星座×干支×血液型の3つの組み合わせによって、その年の芸能人の運勢を占うというもの。星座=12、干支=12、血液型=4だから576の組み合わせがあるということだ。

 ちなみに私は乙女座×丑年×A型。過去の運勢は2006年=526位、2007年=553位とメチャメチャ悪い! ウーン、2006年はともかくとして、去年は仕事面、健康面、その他諸々あった年だったなあ…。

 じゃあ、今年は? ところが…今年のオンエアはなし! ホワイ? なぜ? 結構、人気があった番組なのに。でも、フジテレビの携帯サイトにはちゃんとありました。で、調べてみると今年は何と94位! 過去2年に比べて格段にいいんじゃないかい?

 とはいえ、いい年になるのも悪い年になるのも結局は本人次第。去年にしたって、いろいろあったにせよ、勉強にもなったし、考えることも多く、実りのある年だった。2008年は「本当にいい年だった!」と言えるように、いろいろな意味で日々を大切に生きていこうと心に誓う私です。

投稿者 maikai : 12:29 | コメント (1)

2008年01月14日

ロックアップにある長州の理想

 ロックアップは長州力にとって、新日本ではやれないことを実現する場である。長州は2005年10月、新日本の現場監督に復帰した際にインディーを登用したが、それは新日本内部から批判を受けた。今、ロックアップのコンセプトになっている新日本、リキプロ、GBHとインディー連合軍(アパッチ、大日本、K-DOJO)の対抗戦は、本来、長州がやりたかったことなのだと思う。

 基本的に長州は対抗戦が好きだ。維新軍時代にしても正規軍との対抗戦だったし、全日本でもジャパン・プロレスとして全日本に対抗した。現在のレジェンド軍にしてもそう。WJ、リキプロでインディーの中にもいい素材がいることを知り、また彼らのハングリーさを知った長州は、対抗戦というわかりやすい図式を作ってロックアップのリングで“闘い”を提供していきたいのだ。

 昨日の後楽園ホールにしても、第1試合の内藤VS小幡からいい緊張感があった。グランドでの攻防、エルボーによる打撃戦、そして意地の張り合い…若手同士の真っ向からの勝負は「負けてなるか!」という気持ちが出ていて、まさに対抗戦のムード。また、第3試合のタッグマッチでは、平澤が格の違いなどお構いなしに“インディーのビッグネーム”黒田哲弘をパワーでガンガン攻め立てたのが良かった。内藤、平澤はかつてのヤングライオンの匂いがあって好感が持てる。

 長州は2ヵ月ぶりに頭部の負傷から復帰した越中と組んでVMのTARU、YASSHIと対戦。YASSHIのお約束の「カス野郎…」のマイク・パフォーマンスを背後から蹴っ飛ばして阻止し、ヘッドバットの乱打。試合後にはYASSHIにペットボトルの水をぶちまけて、試合を長州カラーに染めてしまったのはさすが。1・4東京ドームではレジェンド軍とGBH&VMの10人タッグが行なわれているが、長州が自分のカラーをおしつけることで、逆にVMの新しい魅力も出てくるかもしれない。これは継続させてほしいものだ。

 昨日のテーマは昨年11・24後楽園のロックアップでWEWヘビー級王座挑戦権をかけて関本大介を破った石井智宏が、メインの8人タッグ金網デスマッチで金村をフォールしてアパッチ側に2・24後楽園でのWEW王座挑戦を正式に認めさせたこと。今日の新木場大会で行なわれるマンモス佐々木VS黒田の勝者に挑戦という流れになった。

 次の2・24はロックアップのターニング・ポイントになる大会だ。長州は今のエンドレスとも思える流れを2・24でリセットすることを示唆。さらにサプライズを予告している。確かにVSアパッチは答えの出ない戦い模様。少々、中だるみの感は否めない。どこかで何らかの結論を出さなければ、戦う当事者たちも、観る側もモチベーションが落ちてしまうだろう。次の2・24でどんな新展開が生まれるのか? そこで長州の本当の理想が見えてきそうだ。

投稿者 maikai : 16:55 | コメント (0)

2008年01月13日

Gスピリッツ第5号情報PART5

 昨日発売されたGスピリッツ第5号はもう買っていただいただろうか? まだの人もいると思うので、今日はラストの宣伝をさせてもらいます。

 今号の柱になっているのは“東京ドーム特集=新日本プロレス闘強導夢の光と影”だが、それ以外に私が手掛けたのは“追憶――ブルーザー・ブロディ”という記事。

 1988年7月16日、ブロディがプエルトリコでホセ・ゴンザレスの凶刃に倒れて今年で20年。バーバラ夫人が、あの事件を知らされた時のことを綴ってくれたのだ。そこには我々が今まで知らなかった事実も記されていた。

 実はこれは、昨年アメリカで発売された『THE TRIUMPH AND TRAGEDY WRESTLING’S REBEL』(レスリングの反抗者の勝利と悲劇)なる本からの一節。これが日本語に訳されて2月中旬に東邦出版から『ブルーザー・ブロディ 知的反逆児』(翻訳=田中雅子)として出版されることになった。たまたま、私がこの本に協力している関係で、東邦出版のご厚意によって、発売より早く、一部抜粋して掲載できることになったのだ。

 この本の著者はバーバラ未亡人とラリー・マティシク。ラリーは日本では馴染みのない名前かもしれないが、かつてNWA会長として知られたサム・マソニックのセントルイス・レスリング・クラブのGMを務めた人物で、私も1981年夏にセントルイスのパーク・チェイス・ホテルで会ったことがある。その後、グレーター・セントルイス・レスリング・エンタープライズを旗揚げして、ブロディをエースに据えていた。

 全部を読んだわけではないが、原書の前文でラリーはこう書いている。
『フランクは本来、ユニークなパーソナリティの持ち主でした。そして、彼はブルーザー・ブロディとして忘れられない性格をつくりました。真にこの複雑な男の両サイドを理解した人々は、この本に価値ある貢献をしてくれました。とりわけ、以下の人たちに感謝します。
 ピート・オルテガは、フランクとの友情を我々と共有するために、彼の心を開けました。ピートと彼の妻ローは、フランクが何者であるかについてわかっていました。(中略)
 バック・ロブレイ、ゲーリー・ハート、スタン・ハンセンに感謝します。彼らは彼らの体験や経験を信じられないくらいオープンにしてくれました。ボビー・ジャガースとテリー・ファンクは、フランクについてとても多くの要素を加えてくれました。そして、彼は誰だったのか、クレイジー・ビジネスにおいての彼の位置を説明してくれました。
 ビクター・キニョネスは、自分が何を知っていたか、あの悲劇がなぜ起こったかを完全にオープンにして激しかったです。(攻略)』(原書から抜粋翻訳)

 どう? 期待できるでしょう? ということで、Gスピリッツの宣伝というよりもブロディ本の宣伝のようになってしまったが、今号もGスピリッツはプロレスを深く掘り下げ、丁寧な作りになっています。マスカラスのマスク大研究では30年ぶりに発見されたマスクや、35年間眠っていたマスクも登場! ぜひとも手にとってください。


 

投稿者 maikai : 15:12 | コメント (3)

2008年01月12日

Gスピリッツ第5号情報PART4

 今日1月12日(土)にGスピリッツ第5号が発売された。まだ買っていない人もいると思うので、改めてコンテンツを掲載しようと思う。さあ、これでどうでしょう!

【特集】新日本プロレス東京ドーム大会の功罪を問う
★対UFO<証言>佐山聡
「小川が橋本にセメントを仕掛けた理由」
★対全日本プロレス&WAR<証言>天龍源一郎
「18年前に起きた元祖ヌルヌル事件&猪木が仕掛けた禁じ手」
★対UWFインターナショナル<証言>鈴木健
「使い捨てにされた!いま明かされる全面戦争の裏側」
★対大日本プロレス<証言>グレート小鹿
「大国・新日本に潰されない方法」
★対ヒクソン・グレイシー
「ヒクソン軍団招聘計画」
★対パンクラス
「幻に終わった5VS5全面対抗戦」
★対ビッグマウスラウド
「前田日明のシュート指令」

【座談会】
大晦日興行&1・4東京ドームを総括
【インタビュー】
天山広吉「猛牛誕生の秘密/苦悩と葛藤、そして小橋」
キラー・カーン「ジャンボ最強説に異議あり」
【クローズアップ】
ブルーザー・ブロディ「夫人が語る超獣の死」
ミル・マスカラス国宝級マスク大研究3
【強力連載】
長州力の人生相談『くよくよ悩むな、コラッ!』
みのもけんじ『プロレス・スターウォーズG~グレート・ムタ編~』
ザ・グレート・サスケ『愛のミステリーサークル』
菊地孝×門馬忠雄×吉澤幸一『三者三様』
男色ディーノ『続・男色病棟24時』
ますだおかだ増田『リングサイドを遠く離れて』
ハチミツ二郎『新日本プロレス復興計画』
ユリオカ超特Q『ドラゴン怒りの雪崩式リングイン』
ドクトル・ルチャ『アリーバ・メヒコ』
小佐野景浩『真説・天龍革命』
原悦生『格闘写真美術館』
渋澤恵介『世界ふしぎ再発見』他

【付録DVD】
CMLLジャパン特集
ミル・マスカラス自選試合を含む全7試合+特典映像
〔97年2月2日・後楽園ホール〕
▼6人タッグマッチ
リスマルク、ショッカー、ミステル・ニエブラVSピラタ・モルガン、ブラック・ウォリアー、レイ・ブカネロ
▼タッグマッチ
エル・イホ・デル・サント、ベスティア・サルバヘVSネグロ・カサス、スペル・アストロ
〔97年2月4日・京都KBSホール〕
▼6人タッグマッチ
ラヨ・デ・ハリスコJr.、リスマルク、マスカラ・マヒカVSピラタ・モルガン、ベスティア・サルバヘ、アポロ・ダンテス
〔97年2月6日・駒沢オリンピック記念公園体育館〕
▼6人タッグマッチ
リスマルク、スペル・アストロ、ケンドーVSピラタ・モルガン、レイ・ブカネロ、ベスティア・サルバヘ
〔99年8月13日・後楽園ホール〕
▼タッグマッチ
ミル・マスカラス、ソラールVSグラン・マルクスJr..、ウルティモ・ゲレーロ
〔01年1月28日・後楽園ホール〕
▼シングルマッチ
エル・イホ・デル・サントVSブルー・パンテル
〔01年2月4日・後楽園ホール〕
▼10人タッグマッチ
ミル・マスカラス、ドス・カラス、エル・イホ・デル・サント、ラヨ・デ・ハリスコJr.、ドス・カラスJr.VSアルカンヘル、ブルー・パンテル、ショッカー、折原昌夫、NOSAWA

投稿者 maikai : 13:41 | コメント (1)

2008年01月11日

Gスピリッツ第5号情報PART3

 93年1月4日=長州VS天龍、94年1月4日=猪木VS天龍と、2年連続でVS天龍WARとの対抗戦をメインに東京ドーム興行を行なった新日本は、95年の1・4こそ橋本VS健介のIWGP戦という純血カードで勝負したが、95年10・9、96年1・4、96年4・29の3大会連続でUインターとの全面戦争によって大会を成功させると同時に「Uを消す!」という本来の目的を達成。次に着手したのは「インディーを消す!」ことだった。

 そこで今回の東京ドーム特集で私が取材した最後の人物は大日本プロレス社長のグレート小鹿。Uインターとの戦争がほぼ終結した96年6月、16団体が集結して『メモリアル力道山』なる大会が開催されたが、大会終了後に新日本の現場監督の長州がインディーを批判。これに噛みついたのが小鹿社長だった。

「インディーを舐めるな!」と宣戦布告した小鹿社長に対して「何で小鹿なんだ? 釣る獲物を間違えた」と長州。それでも小鹿社長は強引なやり口で新日本と長州を追い詰めて、翌97年1月4日に新日本VS大日本に持ち込んだのである。

 当時、私は小鹿社長の宣戦布告→長州の拒絶→さらなる小鹿社長の挑発→遂に長州&新日本が受諾という流れを巧妙なストーリーラインだと内心では思っていたが、今回、小鹿社長に話を聞いてみると完全否定。
「おいらは新日本と商売する気なんか、サラサラなかった!」
 と言い切った。新日本の思惑と関係なく勝手にアクションを起こし、それに対して逆に新日本が食いついてきたのだという。

 このインタビューではグレート小鹿という昭和のレスラーならではの気概を感じ取ってもらえたら幸いだ。

投稿者 maikai : 15:57 | コメント (0)

2008年01月10日

Gスピリッツ第5号情報PART2

 今回の東京ドーム特集の取材で懐かしい人に会った。UWFインターナショナルの取締役だった鈴木健氏だ。昨年3月21日、上井駅の後楽園ホールでバッタリ顔を合わせて以来のことである。

 鈴木氏は髙田延彦を“最強”にするべく辣腕を振るった武闘派。アポなしで新日本の事務所に乗り込んで髙田VS蝶野戦を迫ったり、現ナマ1億円を用意して各団体のトップ選手にトーナメントを呼びかけたり、極めつけは新日本との全面対抗戦を仕掛けたことだ。

 その強引さと歯に衣着せぬ言動で、プロレス業界内では曲者扱いもされた鈴木氏だが、私は不思議とウマが合った。良くも悪くもストレートな人だったし、本当に髙田延彦が大好きなのがわかったからだ。

 さて、久々に会った鈴木氏は昔と全然、変わっていなかった。とにかく元気いっぱい! Uインター、キングダムの失敗で1億円の借金を負い、それを返済するために98年9月に世田谷区用賀に焼き鳥と串焼きの店『市屋苑』を出して今日に至っているが、取材のために店を訪れると嬉々として自ら焼鳥を焼いていた。
「ある債権者がこんな俺の姿を見て“Uインター時代はスーツを着て偉そうにしていた鈴木さんが、汗を流してお金を返そうとしているのがわかりました”って言ってくれたんだよね。当時の俺は突っ張ってたからね」
 と、笑う鈴木氏。あの時代のプラス志向とバイタリティは健在だし、何より若々しい。

 新日本の東京ドームの歴史の中で忘れられないのは95年10月9日のUインターとの全面戦争。これについては新日本側の仕掛け人・永島勝司氏が自著で書いたり、髙田も自伝『泣き虫』で触れているが、実際の言いだしっぺである鈴木氏の証言はほとんど出ていない。そこで今回、登場を願った。

 なぜUインターは新日本に敵愾心を剥き出しにしていたのか? なぜ、犬猿の仲だった新日本に対抗戦を持ちかけたのか? 対抗戦実現に至るまでの過程は? 実際に接した新日本はどんなものだったか? 後悔していないのか?

 鈴木氏の証言は熱っぽかった。新事実が浮かび上がると同時に、いかに鈴木氏がUインターにすべての情熱を傾けていたかがわかった。この証言は全面戦争の舞台裏というだけでなく、鈴木氏の青春でもある。 

投稿者 maikai : 14:02 | コメント (0)

2008年01月09日

Gスピリッツ第5号情報PART1

 Gスピリッツ第5号の発売日1月12日(土)まで、あと4日。今日から発売当日まで、私自身が取材したものの中から見所を書いていきたいと思う。

 今回の柱になる特集は、東京ドームで繰り広げられた新日本の数々の対抗戦の検証。それも新日本サイドからではなく、新日本という大国に挑んだ団体サイドからアプローチするというものだ。

 まず、私が取材したのは天龍源一郎。天龍は1990年2月10日、全日本の馬場社長と新日本の坂口社長の協調路線によってタイガーマスク(三沢光晴)、ジャンボ鶴田、谷津嘉章、スタン・ハンセンと共に新日本の東京ドームに登場した。当時、新日本と全日本が交わることは夢物語と思われていただけに画期的なことだった。

 当時の天龍は、リングの上では天龍同盟として反体制の立場だったが、全日本プロレスという組織の中では馬場が最も信頼していた人物。この新日本出陣に際しての馬場の気持ち、協調路線の裏での戦いの部分を天龍に証言してもらった。また、この大会直後に天龍の口からは新日本と長州への失望の言葉しか出てこなかったが、その本音も18年経った今、明かされる。

 さらに2年後の1992年6月、WAR旗揚げ戦を前にした天龍は、週刊ゴング誌上の私のインタビューで「引退試合は長州とやりたい」と発言。それが新日本とWARの対抗戦へとつながった。今、改めて聞いた大国・新日本と弱小団体WARのテーブル上の駆け引きの話は興味深かったし、93年1・4での長州戦、94年1・4での猪木戦で何が起こっていたかも読みどころ。

 大国・新日本に呑み込まれまいと意地を通そうとする天龍、ビジネス上では握手しながらもリング上では全日本を、WARを潰しにかかった新日本。やはり対抗戦はあらゆる意味で闘いなのだと実感させられた次第だ。

 

投稿者 maikai : 11:37 | コメント (0)

2008年01月08日

コメントについて

 このたび、このサイトの管理者とも相談の結果、コメントに関して、事前確認の上で掲載させていただくことになりました。というのも、あまりにもスパムが多く、1日放置しておくと150~200件近く入ってきます。やむを得ない処置としてご理解いただきたいと思います。

 基本的には、私に対して好意的であれ、批判的であれ、いただいたコメントはすべて掲載したいと考えています。確認する時間がない場合には掲載までに時間がかかるかもしれませんが、それはご了承のほどを。今までもスパム以外のコメントを削除したことはありませんし、これまでと変わらずご投稿ください。このサイトが意見の交換の場であったり、私自身、コミュニケーションが取れる場であればいいなと思っていますので。

 ただし、これを機会にマナーに反した内容のもの、単なる悪口や言いがかりとしか思えないものについては私及び管理者の判断で掲載を見送らせていただきます。

 このような形になりましたが、今後も、このMaikaiを楽しんでいただけたら幸いです。

投稿者 maikai : 17:37 | コメント (0)

サムライTV

 昨日はサムライTV『S-ARENA』の2008年初めての出演。この番組は、私にとって仕事でもあるし、勉強の場でもある。ダイジェストではあっても、普段は取材に行けない団体の試合を観ることもできるし、それまでは接点のなかったレスラーとも知り合いになれたりするのだ。

 思えばサムライTVには、週刊ゴング編集長時代は早刷りコーナーで出させてもらっていたし、フリーになってからは05年5月から『NEWS侍』→『S-ARENA』と番組が変わっても、月曜日に準レギュラー的な形で出演させてもらっている。

 何だかんだと2年8ヵ月が経つわけだが、ナマ番組は引っ張ったり、巻いたり…時間の尺を考えて喋らなければいけないから、常に緊張する。そこで心強いのがキャスターの三田佐代子さん。三田さんの進行に委ねていれば、ちゃんと時間通りに収まるのだから、さすがプロフェッショナルです。プロレスにたとえれば、NWA世界王者リック・フレアーの掌の中で試合をさせてもらっている挑戦者という感じか。

 というわけで、今年も三田さんの掌に乗っかりながら喋りの仕事にも頑張っていこう。皆さん、お手柔らかによろしく!

投稿者 maikai : 16:10 | コメント (0)

2008年01月07日

小橋建太の2008年がスタート

 1月6日、ディファ有明。2008年のノアは小橋建太によって幕を開けた。試合前、スーツ姿でリングに立った小橋は「今年は1試合でも多く出場して、プロレス道に邁進したいと思います」と挨拶。

 今、プロレスを“道”と考えているレスラーは何人いるだろうか? プロレスラーで在り続けること=生の証に行き着いた小橋ならではの言葉だったと思う。

 小橋は大晦日も元旦も道場にいた。ずっと道場にいた潮﨑とこんな会話を交わしていたという。大晦日、2007年の練習を終えた後のこと、
「小橋さん、今年も1年、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします」(潮﨑)
「ナニ言ってんだよ。明日も会うじゃないか。じゃあ、明日な」(小橋)
そして年が明けた元旦。
「小橋さん、昨年中はお世話になりました。今年もよろしくお願いします」(潮﨑)
「ナニ言ってんだよ。昨日、会ったばかりじゃないか」(小橋)

 小橋に年末年始はない。それは若手時代からそうだった。一度は書類選考で入門を蹴られている小橋は、入門後も「俺は望まれてプロレス界に入った人間じゃない」という意識が強かったから、とにかく練習するしかなかった。年越しで練習するのは当たり前のことだった。そういえば、平成元年の6月、小橋と菊地のハワイ特訓に同行した時のこと、馬場さんに「日向ぼっこでもしてろ」と言われた小橋は渋々(?)、デッキチェアに寝転がったが、私が写真を撮ろうとすると「小佐野さん、絶対に日光浴の写真は使わないでくださいね。遊んでいると思われるのは嫌なんですよ。僕は練習するためにハワイに来ているんだから」と釘を刺されたことがある。小橋とはそういう男なのだ。

 小橋の2008年戦い初めは1・11高知と1・13博多。高知では田上用に坂本竜馬チョップ、博多では秋山用に玄界灘落としを用意しているという。また検査も12・2武道館の翌日に行なっただけで、次の検査はこの2試合が終わった後。本人的には万全なようだ。

 ノアはダグ・ウイリアムスのブッキングによって6月21日にイギリス・コベントリーのスカイドームでノアというパッケージで大会を行なうことになった。05年にイギリス、ドイツに遠征経験がある小橋は、
「以前、行った時には凄く歓迎してくれたし、先のことは何とも言えないけど、楽しみにしているよ。イギリスのファンのみんなと会えることは凄く楽しみ。でも、イギリスは先の話だからね。まずは高知、そして博多。そしてまた次の試合…1試合1試合全力でやっていく中で先が見えてくると思うから」。

 2008年…小橋は一歩一歩、己の“道”を切り開いていく。

 

投稿者 maikai : 17:15 | コメント (3)

2008年01月06日

Gスピリッツ第5号の特集&DVDは

 1・4東京ドームをもって1月12日(土)発売のGスピリッツ第5号の入稿作業はすべて終了した。そこで携帯サイトでも公開されている特集と付録DVDの内容を紹介しておきたい。

★『闘強導夢』特集
◎佐山聡が明かす小川vs橋本セメントマッチの裏側
◎18年前に起きた元祖ヌルヌル事件
◎当事者が語るUインター潰しの舞台裏
◎キラー猪木が天龍に仕掛けた“禁じ手”
◎水面下で進められたヒクソン戦
◎大日本プロレスが消されなかった理由
◎実現寸前だったパンクラスとの全面戦争
◎未遂に終わった前田日明のシュート指令

★DVD=CMLLジャパン特集
〔97年2月2日・後楽園ホール〕
▼6人タッグマッチ
リスマルク、ショッカー、ミステル・ニエブラVSピラタ・モルガン、ブラック・ウォリアー、レイ・ブカネロ
▼タッグマッチ
エル・イホ・デル・サント、ベスティア・サルバヘVSネグロ・カサス、スペル・アストロ
〔97年2月4日・京都KBSホール〕
▼6人タッグマッチ
ラヨ・デ・ハリスコJr.、リスマルク、マスカラ・マヒカVSピラタ・モルガン、ベスティア・サルバヘ、アポロ・ダンテス
〔97年2月6日・駒沢オリンピック記念公園体育館〕
▼6人タッグマッチ
リスマルク、スペル・アストロ、ケンドーVSピラタ・モルガン、レイ・ブカネロ、ベスティア・サルバヘ
〔99年8月13日・後楽園ホール〕
▼タッグマッチ
ミル・マスカラス、ソラールVSグラン・マルクスJr..、ウルティモ・ゲレーロ
〔01年1月28日・後楽園ホール〕
▼シングルマッチ
エル・イホ・デル・サントVSブルー・パンテル
〔01年2月4日・後楽園ホール〕
▼10人タッグマッチ
ミル・マスカラス、ドス・カラス、エル・イホ・デル・サント、ラヨ・デ・ハリスコJr.、ドス・カラスJr.VSアルカンヘル、ブルー・パンテル、ショッカー、折原昌夫、NOSAWA

 その他の記事、特集記事の詳しい内容は追って紹介していくので、お楽しみに!

投稿者 maikai : 11:25 | コメント (2)

2008年01月05日

東京ドームに思ったこと

 昨日の東京ドーム後、新宿の辰巳出版に行って1月12日発売のGスピリッツ第5号の最終作業。帰宅したのは今日の午後12時過ぎになってしまい、久々の徹夜仕事だった。でも嫌な疲れがないのは、東京ドーム大会が予想していたよりも面白かったから。

 例によって大会までの流れの作り方に問題が多くて事前の盛り上がりは今いちなど、突っ込みどころは沢山あるが、純粋に1大会として捉えた場合には素直に良かったと思う。必然性が感じられなかった新日本とTNAの対抗戦にしても、TNAの選手がちゃんと試合に取り組んで持ち味を発揮。オープニングでもクリスチャン・ケイジ=アンプリティアー、ピーティー・ウィリアムス=カナディアン・デストロイ、AJスタイルズ=スタイルズ・クラッシュと、それぞれのフィニッシング・ムーブを披露し、お客さんは純粋に歓声を上げていた。TNAの選手たちがちゃんとファンに浸透していたら、もっと盛り上がったのではないか。

 年末のIGFでのカシン戦に続いて永田と好ファイトを見せたカート・アングルは他の選手とのレベルの違いを感じさせたし、ジェフ・ジャレットもヒール的立ち回りで対抗戦ムードを煽るなどいい味を出していた。

 その他、ゼロワンMAXの田中将斗&高岩、ドラディションの吉江&竹村の参戦、レジェンド軍に藤波が加わったし、7年8ヵ月ぶりにムタが新日本に降臨して後藤を見事にコントロールするなど、バラエティに富んだ内容になって飽きることはなかった。

 まあ、多くの選手が登場して、それぞれに持ち味を出すカタログ的な大会で、味わいはなかったものの、東京ドームという大会場ではこれでいいのかもしれない。要は面白いか、面白くないかなのだ。

 メインの棚橋VS中邑は…まだまだ発展途上という段階。セミに永田VSアングルがあったから、なおさらそう見えたのかもしれないが。試合は中邑が勝ったものの、私の見方としては、棚橋の方が確実に自分のスタイル、自分のパターンを確立しつつあると思う。逆に言えば、まだ方向性が見えない中邑に無限の可能性があると言うこともできる。中邑は「プロレスは夢と希望を与えることができるものだと思う。一番凄い、一番強いチャンピオンとして戦っていきたい」と言った。これから中邑はどうやってプロレスの凄さ、強さを見せていくのか? 個人的には中邑のファイトにラリアットはいらないと思う。フォールする技はランド・スライド、ギブアップを奪う技は腕十字。そのフィニッシュに持っていくまでにどういう流れを作っていくかということで中邑の色が出るのではないか。そこにはラリアットやエルボーなどのアメリカンな技は不要だと思っている。

 どうあれ、今年の新日本には中邑で勝負してほしいと思う。そしてTNAとの対抗戦を継続させてほしい。対TNAは日本人VS外国人の面白さを再発掘するいい材料。ジェフ・ジャレットは「新日本にはいいタレントが沢山いるが、タイガーマスクと中邑に興味がある」と言っていたのだから、日本からTNAに乗り込んで行ってもいいだろう。その積み重ねによって、日米を股にかけたスケール感がある本当の対抗戦が生まれるはずだ。

 また、ゼロワンMAX&ドラディション連合軍に負けた金本が逆殴り込み宣言をしたのも注目点。考えてみれば、新日本はその他にロックアップではアパッチ、大日本、K-DOJOと接点を持っている。そうしたことを考えると、アメリカのTNA、日本ではゼロワンMAX、ドラディション、アパッチ、大日本、K-DOJOとうまく連係していけば、何か新しいうねりを起こすことも可能だろう。やはり新日本プロレスは業界のど真ん中に位置していなければいけない。

投稿者 maikai : 19:38 | コメント (7)

2008年01月04日

全日本の2008年ドラマがスタート

 正月恒例の2&3日、後楽園ホールで全日本プロレスの2008年ドラマがスタートした。まずはジュニア戦線だ。昨年の全日本ジュニアは中嶋勝彦が保持する世界ジュニア王座を巡る戦いと、メキシコ・アミーゴスとサムライ・ニュージャパンの抗争の2本立てだったが、昨年12・16後楽園でアミーゴスが解散。ジュニアの流れは白紙に戻った状態になっていた。2日の開幕戦でカズ・ハヤシ、TAKAみちのく、NOSAWA論外に戻った元アミーゴスはトリオでシリアスな戦いを展開した上で論外がカズ&TAKAを裏切ってMAZADAとの東京愚連隊を復活させた。これによってカズ&TAKA、東京愚連隊という2つのユニットの対立図式が出来上がったわけだ。

 さらに昨日の3日、新たな展開が生まれた。復活・東京愚連隊は西村&征矢の無我師弟コンビと戦ったが、ここに何と表に「西村、お前は男の恥だ」、裏には「無我」と書かれたTシャツを着た竹村豪氏が乱入して西村にバケツの水をぶっかける暴挙。論外、MAZADA、竹村の東京愚連隊が勢揃いしたのである。

 実は昨年12・29後楽園のエルドラド興行で論外&MAZADAのセコンドに竹村が付いていた。西村&征矢の件で全日本と無我ワールド・プロレスリング改めドラディションは絶縁状態になっているだけに、全日本を主戦場とする論外&MAZADAの傍らに竹村がいるのは「ん?」だったが、こういうことだったのだ。

「俺個人がやっていることで、それを愚連隊に手伝ってもらっただけ。俺はあいつ(西村)が憎いだけで、俺は何も変わっていませんよ。西村が人生を懸けてます。あいつに人生を狂わされたんですから。西村が憎いというだけで全日本に来ました。あいつは無我じゃない。ただの我が強い恥ですよ」
 と、竹村。全日本のリングに足を踏み入れたことでドラディションとの関係が懸念されるが、それについては、
「今年、俺は東京愚連隊でやっていきますから。それについては藤波さんにも了解を得ています。もちろんドラディションにも出ます。俺は何も変わっていません。ただ、東京愚連隊として幅を広げていくし、どこへでも出て行くということです」
 カズ&TAKAと東京愚連隊のジュニア・タッグ抗争にプラスして西村&征矢VS東京愚連隊という新たなテーマが生まれた。

 ヘビー級戦線のカギを握るのは諏訪魔のヴードゥー・マーダーズ離脱→正規軍復帰。昨年の最強タッグ終了時点からVMの在り方への不満を口にしていた諏訪魔が遂にVMを裏切って武藤と握手したのである。

「俺は本当のプロレスがしたい。汗をかいて、真っ向勝負で勝っていきたいんですよ。やっぱりトップに立ちたいから、正々堂々、力と力と勝負していきたいから。去年1年、結果を出せなかった。もう次のステップに行きたい」
 と、諏訪魔。そして次の言葉には本音が滲み出ていた。
「ヴードゥー・マーダーズ…オジキ(TARU)、その他のメンバーにも感謝しているよ。プロレスの楽しさを教えてくれたから。ただ、こうなった以上はけじめをつけて、自分の信念を貫いていきたいからね」

 05年1月8日の大阪で「今の状態では上に行けないから」と正規軍を飛び出してVM入りした諏訪魔。それ以前は“ジャンボ鶴田2世”というキャッチフレーズが足かせとなっていた。VM入りして自分というものを初めて出すことができ、ヒール・ファイトを学ぶことで幅を広げた。きっと諏訪魔にとってVMとしての活動は楽しくて、伸び伸びとでき、そして充実していたと思う。だが、全日本のトップに立つことを考えれば、31歳になった今が重要な転換期。今回のベビー・ターンは正解だろう。

 2008年、諏訪魔が全日本の中心に立つ時が来た!

投稿者 maikai : 12:58 | コメント (0)

2008年01月03日

充実の大日本プロレス

 昨日は私にとって2008年仕事始め。まずはGAORA全日本プロレス中継の解説のため、午前10時半には後楽園ホールへ。そして午後7時から大日本プロレス取材のために再び後楽園ホールへ。いきなりの昼夜興行だ。

 全日本については今日3日の興行も含めて、明日書きたい。一方の大日本プロレスだが、チケットが完売2200人(主催者発表)のお客さんが集まった。ここ2~3年の大日本の充実ぶりに対するファンの信頼、期待を物語る現象だと思う。

 若い小幡優作がマンモス佐々木&シャドウWX相手に頑張り、師弟戦隊メンズ・レンジャイVSヌルヌル・ブラザースで笑わせ、飯伏VS井上のインディペンデント・ワールド世界ジュニア戦は、井上の意地と飯伏の技巧が火花を散らした。

 セミのBJWタッグ選手権では、デスマッチ・ファイターの印象が強い貴&宮本が王者の関本&義人と真っ向勝負。特に宮本のデスマッチで培った折れない心は後楽園ホールのファンの心を揺さぶった。この2チームの戦いは今後、大日本の名物になってくるのではないか。そしてメインの蛍光灯デスマッチでは、6日の桂スタジオで伊東のデスマッチ王座に挑戦するMASADAが大張り切り。メリハリの利いた、いい大会だったと思う。

 大日本のデスマッチ路線が過渡期にきているのは事実。今年は蛍光灯のインパクトだけでは通用しないだろうし、かといって過激になり過ぎると、大日本のデスマッチの根底にある清々しさが消えてしまうだろう。今後、デスマッチ路線をどう進めていくかという大きなテーマを抱えた年である。だが、今の大日本の魅力はデスマッチだけでないのも事実。デスマッチという大看板をどう進化させて、その他の要素の充実ぶりを継続&アピールしていくかに注目していきたい。

投稿者 maikai : 09:13 | コメント (0)

2008年01月02日

Gスピリッツ第5号の表紙です

表紙.JPG

 10日後の1月12日(土)に発売されるGスピリッツ第5号の表紙を公開します。写真は今から9年前の1999年1月4日、東京ドームにおける橋本真也VS小川直也。私事を書かせてもらえば、このドームは私にとって週刊ゴング編集長として取材した最後の大会でもある。

 なぜ9年も前の東京ドームが表紙なのか? もちろんGスピリッツ第5号では大晦日の『ハッスル祭り』や2日後の1・4東京ドームも取り上げるが、今回のテーマは東京ドームで繰り広げられた新日本と外部との戦い。今年のドームにしてもTNAとの対抗戦が主軸になっているが、かつての新日本と他団体との絡みは、ビジネスの部分とガチンコの部分が複雑に絡み合ったものだった。表紙にした橋本VS小川のセメントマッチも新日本とUFOの対抗戦の中から生まれたものである。

 あの橋本VS小川の舞台裏は? その他、新日本が手掛けた様々な対抗戦を、新日本側からではなく、新日本と戦った団体サイドから斬り込んでいる。改めて、いろいろな意味での新日本の凄さを知ってもらえるだろうし、対抗戦がいかに緊迫感に満ちたものなのかをわかってもらえると思う。

 その他の詳しいコンテンツや、私自身の取材の話は後日、書いていきたいと思います。

投稿者 maikai : 07:47 | コメント (0)

2008年01月01日

謹賀新年

 2008年となりました。明けましておめでとうございます。

 それにしてもプロレス界は本当に区切りがない。私の場合は07年最後の取材は『ハッスル祭り』だったが、その後の夜8時から後楽園ホールで『プロレスサミット』があったし、年明けの午前2時から新木場で『プロレス・ターミナル』、これから午後2時には後楽園ホールでゼロワンMAXの興行がある。さすがに私も今日は正月休みということで実家に帰って両親、妹一家、長野で新聞社に務めている弟と会うつもり。明日、後楽園ホールでスタートの全日本プロレスのGAORA解説が仕事始めとなる。

 昨日の『ハッスル祭り』については1月12日(土)発売の『Gスピリッツ』第5号で斬り込むので、そちらを呼んでください。すでに携帯サイトでは公開していますが、明日はこのダイアリーでも表紙を紹介します。ということで、本年もよろしくお願いします!

投稿者 maikai : 09:09 | コメント (0)