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2007年09月29日

『Gスピリッツ』第2号・付録DVDの見所です!

10月3日(水)に発売される『Gスピリッツ』第2号の付録DVDは全日本プロレス特集! 全日本プロレスと、GAORAの全日本中継を手掛けている制作会社ブロンコスの協力で実現するものだ。

 収録されているのは、まず04年4月20日、東京・代々木第二体育館で行なわれた『チャンピオン・カーニバル2004』優勝戦の武藤敬司VS佐々木健介。今でこそ三冠ヘビー級王者として全日本のエースに君臨している健介だが、この時の状況は今とかなり違う。03年12月にWJからフリー宣言、新日本の1・4東京ドームで永田裕志と大流血戦をやってのけた健介は、新日本同様に全日本にも“外敵”として殴り込み! ヒール的要素が強いのだ。そのあたりを踏まえて観ていただければ面白いと思う。

 もうひとつは昨年8月27日、東京・両国国技館で行なわれた近藤修司にカズ・ハヤシが挑んだ世界ジュニア・ヘビー級選手権。こちらはジュニア・ヘビー級リーグ戦で優勝したカズが、最強王者と呼ばれる近藤に“全日本最後の切り札”として挑んだ試合。この試合は当日のPPVで私が解説したものだが、この日のベストバウト。大会終了後の打ち上げでカズに「お世辞抜きで今日のベストバウトだよ!」と言ったほどオススメの試合だ。この日の大会というよりも、去年のベストバウト候補のひとつなので、ぜひご覧頂きたい。

 その他の収録試合については、本を買ってからのお楽しみということで…。

投稿者 maikai : 13:35 | コメント (3)

2007年09月28日

長州特集について

『Gスピリッツ』第2号の長州特集では、編集長の清水さんとタッグを組んだ。清水さんは25年前の“かませ犬発言”の直前にメキシコで長州と接していて、苦悩時代の長州の本音を知る人物。日本スポーツ出版社時代に長州の増刊号を手掛け、長州の自宅まで押しかけていって昔のアルバムから写真を拝借したほどの関係だ。

 私自身は、高校3年生の時にファンクラブでインタビューしたのが長州との初遭遇。その後、人気絶頂の維新軍時代には、嫌がる長州に連日電話攻勢をかけ、最後には自宅まで迎えに行って、強引に上野公園の西郷隆盛像の前で写真を撮った。そしてゴングが週刊化されてからは全日本&ジャパン・プロレス担当記者として長州番をやっていた。ジャパン時代は長州が一番ピリピリしていただけに本当に取材は大変。ジャパン・プロ離脱の時には路上で胸倉を掴まれて殴られる寸前までいったこともある。

 清水さんも私も、この二十数年の間に長州とはいろいろなことがあった。でも、そうした年輪があるから特集のラストを飾るロング・インタビューという名目の長州、清水さん、私の座談会では気負わない、飾らない、自然体の長州力が出ていると思う。

 そして二十数年という時間があったから、その当時では見えなかったことが見えたりする。きっと、あの熱い時代を知っている人も、知らない人にも満足してもらえる特集になっていると確信している。

投稿者 maikai : 12:11 | コメント (0)

2007年09月27日

『Gスピリッツ』第2号は…

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公式携帯サイトのモバイルGスピリッツはもちろん、アマゾン、楽天ブックス、セブンアンドワイといったサイトでもすでに公開されているが、私の方でも10月3日(水)に発売される『Gスピリッツ』第2号の表紙を紹介しておこう。

 はい、見ての通り、軸となるのは長州特集。長州が82年10月8日に“噛ませ犬発言”をしてからちょうど25年にあたるのだ。ハッキリ言って、長州の場合にはファンの好き嫌いが激しいから特集を組むにはリスクがあると思う。だが、今回の特集は長州力というレスラー&業界人が、日本マット界に何をもたらしたかをあらゆる角度から掘り下げたもの。維新軍というコンセプトはどこから生まれたのか、ハイスパート・レスリングのベースになったのは何だったのかから始まって、政治的な影響までを検証している。

 かつて全日本&ジャパン・プロレス担当記者だった私は、証言者として和田京平レフェリーに馬場や全日本のレスラーが長州のファイトをどう思っていたのか、レフェリーという立場から見た長州、舞台裏の全日本とジャパンの選手を聞いたし、ザ・グレート・カブキにもアメリカン・プロレスの立場、全日本の選手の立場からレスラーとしての専門的な話を聞いた。

 その他にも、様々な斬り口が用意されていて、かなり広がりのある特集になったので、長州が好き嫌いにかかわらず楽しめる内容のはず。今になって「へーっ、そうだったの?」という新たな発見も多かった。結構、長州本人が気を悪くする内容かもしれない(苦笑)。

 この特集は回顧物ではなく、今現在になっての検証だから、過去の長州物とは明らかに違う。「プロレスを掘り下げる」のは『Gスピリッツ』の大きな役目のひとつだと思っている。乞うご期待!

投稿者 maikai : 13:22 | コメント (1)

2007年09月26日

天使から神へ…

 今、私には気になっている選手がいる。大日本プロレスの“黒天使”沼澤邪鬼だ。9月17日の『S-AREA』に一緒に出演したが、それまでほとんど接点がなかった選手。新人時代の記憶は皆無。それもそのはずで、私は99年1月に週刊ゴング編集長から編集企画室長になったが、沼澤のデビューは私が週刊の仕事を離れた後の00年11月だったのだ。だから私が沼澤邪鬼という存在を意識するようになったのは去年あたりからである。

 キャリア7年足らず。大日本の中で考えても後輩になるのは井上勝正、大橋篤、EAGLEプロレスから移ってきた今井計だけだから下から数えた方が早い。それが大日本の頂点であるBJW認定デスマッチ王者になり、“神”としてカリスマ性があるのだから大したものだ。

 見かけはいかにもインディーのヒールという感じだが、単なるクレージー・ファイターではなく、知性を感じさせるところが沼澤の神秘性につながっている。

「何で神なの?」と無粋な質問をぶつけたら、
「黒天使を名乗ってますけど、天使は神の使いですからね。僕は天使から神になりたいんですよ。神は人々を幸福にさせる存在。僕は会場に来るお客さん、プロレス・ファンを幸せにできるようなプロレスラーを目指しているんです。デスマッチ王者になりましたけど、このベルトは佐々木貴が高めてくれた。その佐々木から奪った僕の責任は大きいです」

 アパッチ9・23後楽園ではウインガーに、大日本9・24後楽園のデスマッチ・ロイヤルランブルではアブドーラ・小林にフォールされてしまった沼澤。沼澤は本当の神になれるのか!? この10月、実力と感性が試される。

投稿者 maikai : 10:25 | コメント (0)

2007年09月25日

CIMAのプライド

 9・22大田区で土井相手にドリームゲート王座を防衛した後、倒れて救急車で運ばれたCIMA。試合中、フルネルソンから前に首から落とす土井のボム系の新技を食らっており、腰から下が痺れてしまったのだ。それと同時に脱水症状の疑いもあった。それについては私もこのダイアリーで書いている。だが、CIMAは脱水症状についてはドラゲーのブログで強く否定した。その内容は以下の通り。

「大田区の試合後、足の痙攣が止まらず歩行困難になったんで救急車で病院に運ばれ脳と首の精密検査をしました。幸いCTにも異常はなかった(首は再検査が必要やけど)んで夜中にホテルに戻りました。試合途中に喰らった技で腰から下に全くチカラが入らなくなってしまったんや。PPVで見たら確かにエグい技やったけどタイトルマッチに言い訳は無用や。極限の状態で究極の技を出し合い、時には一線を越える事も必要やと思う、その上で勝敗を決する。ドリームゲート戦はそういう戦いでありたいと思ってます。そういった意味で土井がベルトを取る為にあのボムを出したのも正しいしオレもレッドラインを出した。この一線を踏み越える事ができなくなったらCIMAも退くしかないで。
 それと一部報道にあったけど原因は決して暑さからくる“脱水”なんかじゃないんで。ちょっと難しい話になるけど確かに炭水化物は一週間前からカットしてた。でも大会三日前からは当日、カラダにグリコーゲンを蓄積させておく為、逆に大量に摂取してたんや。このカーボローディングという食事方法はトライアスロンやマラソン選手等も取り入れてる長期戦向けのメニューなんや。
 その他にも長期戦に備えて毎朝サウナスーツに10キロの重り背負って一時間山登りしてるんや。真夏日でも関係ない。もちろんその間、水分補給は一切ナシや。だから少々暑くても25分動き回ったくらいで脱水なんてなるわけない。自分の名誉の為に説明させてもらったわ。確かに館内は熱気も手伝って異常な暑さやったね。でもお客さんが暑くて参ってしまうのは仕方ないけどレスラーは絶対参ったらあかん。その為に道場で練習してるんやから」

 これはまさにCIMAのプライド。体調管理について云々言われるのは我慢ならなかったのだろう。だが、レッドラインでの戦いは認めている。レッドラインに立っての戦いもまた、CIMAの大きなプライドなのだ。

投稿者 maikai : 12:26 | コメント (0)

2007年09月24日

マンモス佐々木の戴冠に思うこと

 FMWのテーマが流れる中、リングサイドに殺到し、新WEW王者マンモス佐々木に群がるファン。それは、どこかで見た懐かしい風景。そう、紛れもなくFMWだ。マンモスの姿は大仁田厚、ハヤブサのダブって見えた。

 ここ最近、私はマンモスについて『S-ARENA』で厳しいコメントを出してきた。「冬木さんが巻いていたWEWのベルトは絶対に俺が取り戻す!」「新生アパッチを引っ張る」という発言の一方で大事な時にコロコロ負けていたからだ。しかもその内容自体も褒められたものではなかった。

 だが、昨日の後楽園ホールでのマンモスは違った。正調の黒タイツ、黒シューズにもその決意が表れていた。そして試合では王者・矢野に血ダルマにされながらもアパッチ・ファンの声援に背中を押されて踏ん張った。昨日の観客動員数は1100人。7月20日の後楽園大会に比べたら300人増えたとはいえ半分の入り。だが、そのお客さんがピュアで熱く、観客の少なさを感じさせない。つくづくファンとはありがたいものである。そうしたファンの心意気にマンモスが応えた。最後は必殺29歳で矢野を粉砕だ。

 大相撲の東関部屋時代からプロレス・ファンで、大仁田厚の泥臭いプロレスにハマってFMW信者になり、97年に相撲を廃業、入団テストに合格してFMW入りしたマンモス。ハヤブサ、田中、金村、黒田の頑張りを見、エンターテインメント・プロレスを目指した冬木の生きざまも目の当たりにしてきた。FMWのすべての要素を見てきたマンモスにとって、今回の戴冠は感極まるものがあっただろう。

 だが、マンモスは涙を見せなかった。その表情は厳しかった。初防衛戦を10・22後楽園に定め、挑戦者に葛西を指名した。「これぞ新生アパッチ!」を見せつける大一番である。

 マンモスが王者になったことでアパッチは新しいスタートを切った。10・22は「後楽園ホールを満員にする!」という当面の目標に向けての重要な大会。FMWの遺伝子を持つマンモスが今のインディー界を牽引していくことができるか注目したい。

投稿者 maikai : 14:17 | コメント (0)

2007年09月23日

レッドラインでの戦い

 これまで全日本プロレスGAORA中継の解説で何度か経験しているが、夏の大田区体育館は暑い! 昨日のドラゲー大田区も暑くて熱かった。あの古い体育館がドラゲーによって夢空間になった。そこに吸い寄せられた観客は4622人(超満員札止め)。暑くて熱いのは当然である。

 うだるような暑さの中でドラゲーの戦士たちは非日常空間を見事に作り上げた。オープニングでPACの空中技に酔い、第2試合ではストーカー市川と菊タローに笑わされ…と、試合ごとにテイストが違う。ハイスピード&妙技の攻防もメリハリがあるから、単なる技の品評会にならないし、飽きることもない。きっとプロレスを初めて観た人でも楽しめる最高のパッケージだろう。

 さて、メインはCIMAに土井が挑んだドリームゲート選手権。正直な感想を書かせてもらえば、ビッグマッチのシングルでのメイン、しかもタイトルマッチということで土井にいつもの弾けっぷりが感じられなかった。あらゆる面でCIMAが上回っていて、どんなに土井が優勢になってもベルト移動は感じられない試合だった。でも、それは表面的なことでCIMAのダメージは深刻だった。バックステージに戻るとバッタリと倒れてしまったのだ。

 腰から下にシビレがあって、しばし大の字に。それでもサイン会には出て行ったからプロ。だが、これが限界だった。何と救急車で運ばれる事態になったのだ。酸素マスクを付けられ、首も固定されてストレッチャーに乗せられたCIMAの足は痙攣していた…。

「今日のリング上の暑さは異常でしたよ。俺は6人タッグ(フジイ&K-nessと組んで鷹木&サイバー・コング&飯伏相手にトライアングルゲート王座防衛)だったから、まだ何とかなりましたけど、あの中でシングルで25分以上もやるのはキツイ。それにCIMAは、この日のために絞るだけ絞って炭水化物を摂っていませんでしたからね。脱水症状じゃないかと思いますよ」
 と、モッチー。

 ハード・スケジュールの中でも体をキッチリと作り、どんな環境でも最高の試合をしないと気が済まないCIMA。土井はCIMAのシュバイン・レッドラインに力尽きたが、CIMA自身もドラゲーのカリスマとして常にレッドラインで戦っている。

投稿者 maikai : 09:58 | コメント (0)

2007年09月22日

のんべんだらりタイム

 火曜日から金曜日までの4日間、ダイアリーを休んでしまったが、実はこの間、遅い夏休みとしてサイパンに行っていた。ハワイじゃないのかって? ウーン、時間的、体力的(時差がキツイ)、金銭的にちょっと無理(苦笑)。とにかく束の間ののんべんだらりタイムを楽しんできた。

 だが、人生は一寸先はハプニング。行きの飛行機が予定より10分早くサイパン空港に着陸したのはいいが、そこから3時間近くも機内に閉じ込められてしまった。到着直前に落雷によってサイパン空港が停電になってしまったというのだ。まあ、機体に落雷するよりはマシか。

 宿泊したのは繁華街のガラパンから少し離れたススペ地区だから、小さなショッピングセンターと個人経営のお店、食べ物屋があるくらい。これがのんべんだらりするにはちょうどいい。食事はホテルのまん前のドーナツ屋、ホテルの隣のベトナム料理屋、地元の人しか来ないと思われるファミレス、スーパーの弁当(午後5時を過ぎると半額になって、地元の人が買いに来る)などで済ませ、あとはプールで日焼け、読書、海に入ってシュノーケルと…ダラダラ。夜はテレビでWWEを観たりして。

 帰りの飛行機でもハプニング。3人掛けの席で、私は真ん中だったのだが、隣にはジャマールのような大男。当然、その体は私のシートまではみ出しており、動けない! 「ひょっとして格闘関係?」と思ったら、ロタ島生まれで今はサイパンの消防関係のエライ人のようで、サイパン→東京→シアトルと経由してオレゴン州ポートランドで行なわれるミーティングに参加し、その後は家族が住んでいるバンクーバーに行くのだという。まあ、窮屈なのは仕方がない。これも旅のスパイスと考えよう。

 というわけで昨夜の午後9時過ぎに帰宅。パッと頭のスイッチを切り替えて…今日はドラゲーの大田区だ!

投稿者 maikai : 11:44 | コメント (0)

2007年09月17日

全日本プロレス新章

 佐々木健介が三冠ヘビー級王者になって、昨日の後楽園ホールから全日本プロレスの新章がスタートした。年内のスケジュールを見ると、11月~12月は『世界最強タッグ決定リーグ戦』なので、10月18日の代々木競技場第二体育館がヤマ場となる。この全日本創立35周年記念大会のメインは健介に川田が挑戦する三冠戦に決定した。正攻法での勝負だ。

 だが、武藤のパッケージ・プロレスには様々なお楽しみがある。ジュニアでは新たにメキシコ・アミーゴスとサムライ・ニュージャパンの抗争がスタート。サムライ・ニュージャパンの新戦力はAKIYOSHI。アキヨシ…全日本と並ぶ老舗団体のタッグのスペシャリストの片割れの本名。そう邪○&外○のうちのひとりということになる。注目の初登場では、新○本と契約する以前の懐かしいテーマ曲に、懐かしいコスチュームで登場。でも、これって知っている人じゃなければ理解できない。そうそう、鈴木みのると対戦したエル・ノサワ・メンドーサがソラールのマスクを被って入場し、急所キックを放ったのも、わかる人には面白いネタだった。全日本がやることは結構マニアックなのだ。私はGAORAで全日本中継の解説者をやっているが、果たしてこうしたネタがテレビを観ている人に伝わっているのかと気になってしょうがない。かといってタネ明かしをするのも野暮というもの。この手のネタは気づいた人が「フーン、なるほどねぇ」とニヤッと笑って楽しむものだからだ。

 さて今回のシリーズでは義足戦士ザック・ゴーウェンがスパイスになっている。ほとんどがブードゥー・マーダーズとの対戦だが、ブードゥーはザックを“オイシイ獲物”として、妙に張り切ってあの手この手を考えているから、これまた放送席サイドにとっては頭が痛い。くれぐれも放送できる範疇でやってほしいのだが、それは無理!?

投稿者 maikai : 14:09 | コメント (0)

2007年09月15日

ドラゲーは運動体

 あれれ。何でGammaと玉岡金太がやり合ってんの? ああそうか、タッグ・リーグで仲間割れしたんだっけ…。

 昨日は7月10日以来、約2ヵ月ぶりのドラゴンゲート。8・10後楽園は他の仕事の都合で観ることができなかったのだ。その間に岩佐のCIMAへの挑戦が終わり、タッグ・リーグも土井&吉野の優勝で終わっていた。今は9・22大田区に向かって動いている最中…本当にドラゲーの流れは速い。

 だが、流れがわからなくても楽しめるのがドラゲーのいいところだ。何の知識がなくても技術が完成していて試合のクォリティーが高いから純粋に楽しめる。昨日の後楽園大会は大田区の前煽り大会だったが、大田区に行かない人でもちゃんと楽しめるのだ。

 昨日の新たな動きとしてはDDTの飯伏幸太がニューハザードと合流したこと、欠場中のハルクとYAMATOが10・12後楽園で復帰すること、約1年半にわたってドラゲーを主戦場にしてきたマット・サイダルがこの日をもってWWEに転出し、代わりに「ドラゴンゲートの制空権を変える男!」とCIMAが期待を寄せるPACがタイフーンに加入したことだ。また、ノアのGHCジュニア・タッグ王者の鈴木鼓太郎の「これまで土井&吉野、新井&岩佐が挑戦してきたが、もう挑戦しないのか?」の呼びかけに岡村社長は「大田区が終わったら、挑戦者チームを選出します」とコメントした。話題はあちこちに転がっている。ドラゲーはまさに静止することを知らない運動体である。

 そして注目の9・22大田区のカードが決定した。オープニングはドラゴン・キッド、アンソニー・W・森、PACのタイフーンとマグニチュード岸和田、堀口元気、ドクター・マッスルのマッスル・アウトローズによる6人タッグマッチ。ハリウッド・ストーカー市川に菊タローが挑戦するオープン・ザ・お笑いゲート選手権、神田裕之に吉野正人が挑戦するオープン・ザ・ブレーブゲート選手権、Gammaと玉岡金太の敗者マッスル・アウトローズ追放マッチ、斎藤了&横須賀享に戸澤塾の岩佐拓&新井健一郎が挑戦するIJタッグ選手権、望月成晃、ドン・フジイ、K-nessに鷹木信悟、サイバー・コング、飯伏幸太のニューハザードが挑戦するオープン・ザ・トライアングルゲート選手権、CIMAに土井成樹が挑戦するオープン・ザ・ドリームゲート選手権。まったく無駄のないラインナップになった。ドラゲーを観たことがない人に、ぜひ薦めたい大会だ。

投稿者 maikai : 19:13 | コメント (0)

2007年09月14日

昨日のハッスル・ハウス

 昨日は後楽園ホールで『ハッスル・ハウス28』。オープニングでは坂田亘がファンに結婚報告をし、そこに“ハッスルの妖精・小池栄子”に扮した川田が出現してツッコミを入れるという、お楽しみでスタートだ。それにしても川田は芸達者。歌だけでなくシャベリもOK! ここまできたら、トコトンやってもらいたいという気分になる。ちなみに坂田の新妻・小池栄子はお忍びで会場に来ていた。

 地上波放映スタートによってハッスルは活気づいている。サプライズとして、あの西村修が「ガンジスの蛙、インド洋を知らず」と、ムガール帝国の賢人ニシム・ラマとして登場したのだ。

 キャラ付けは別として天龍にしても、西村にしてもハッスルの世界に入ってきたのは「そこに一体、何があるのか?」「これにはどんな可能性があるのか?」という気持ちからではないか。そして、実はハッスルのプロレスは、理に適ったセオリー通りであるというのも大きなポイントだと思う。以前、TAJIRIはこう言っていた。
「何だかんだ言われますけど、ハッスルのプロレスが一番まともだと思いますよ。ひとつひとつの技、フィニッシュ・ホールドを大切にしているし、反則だって必ずレフェリーの死角を衝いてやる。今、ないがしろにされている当たり前のことをやっているんです。ボクはハッスルを通じて、プロレスを本来のものに戻したいんですよ」
 だからかつてのアメリカン・プロレスをベースにする天龍と西村がそこにいるのだと思う。

 メインは天龍とRGがWARGを結成して大谷&アン・ジョー司令長官と激突。試合は大谷とアン・ジョーのシビアな攻めを耐えたRGが、アン・ジョーを回転エビ固めに仕留めたが、この回転エビ固めが見事だった。思わず涙するRG。RGはメインの重責を理解していた。

 そして天龍は、このRGを支え、ハッスル軍と一体になっていた。試合終了後、笑顔で客席四方に向かって“ハッスル! ハッスル! フォフォフォフォー!”のパフォーマンスをやる天龍。その姿を見て、天龍がこのハッスルの発展に全力を傾注しているのが改めてわかった。表面的には20年前の天龍同盟の時とはまったく違う姿。だが、その根底にある“何かに懸ける心意気と姿勢”は変わっていない。何年経っても天龍源一郎は天龍源一郎である。

投稿者 maikai : 10:10 | コメント (0)

2007年09月13日

ハッスル地上波放映について

 9月8日の土曜日、テレビ東京で16時~17時15分に『ハッスル・エイド2007』が放映された。遂に念願だった地上波放映のスタートだ。

 肩肘張らない私の感想は…会場ではムタの試合が一番インパクトあったが、すでに観ていることもあって、試合として純粋に面白かったのは天龍とHGの試合。真っ赤に腫れ上がるHGの胸、やはり赤くなる天龍の右腕は、2階席後方の記者席からはわかりづらいものだったからだ。テレビで観て、改めて天龍がHG相手に真っ当に試合をしていることが理解できたし、ハードな試合だったことも確認できた。最後までやり遂げたHGも立派だと思う。そして会場では天龍が髙田総統に足蹴にされてバッドエンドを迎えるが、テレビではその後のハードゲイに変身した天龍のイキイキした表情を持ってきていた。ちゃんとオチまで持ってきているのはわかりやすくていいし、溜飲を下げたファンも多いことだろう。

 さて、この『ハッスル・エイド2007』を普段はプロレスを観ない人や興味がない人にはどう映っただろうか?「へぇー、プロレスってこんなになっちゃったの?」「HGってプロレスも出来るんだ」「結構、タレントってプロレスをやってるんだね」といったところだろうか…。

 ハッスルを楽しむには、ベースのストーリーを理解しなければならない。ハッスル軍と髙田モンスター軍の対立の図式、悪の絶対的権力者・髙田総統の面白さをいかに伝えられるかが大きなポイントだと私は思う。また、従来のプロレス・ファンに向けては、髙田総統と川田のデュエットを流すぐらいのインパクトを与えてもよかったのではないか。

 10月6日からはケンドーコバヤシをメイン・パーソナリティーに毎週土曜日の26時50分~27時20分の30分枠で『どハッスル!!』がスタートするが、どれだけその魅力を伝えられるか注目だ。

 今日は後楽園ホールで『ハッスル・ハウス28』が開催される。果たして地上波効果はあるか?

投稿者 maikai : 10:05 | コメント (0)

2007年09月12日

ノア日本武道館PART2

 ノア旗揚げ旗揚げ7年目にして初のヘビー級シングル・リーグ戦となった『GHCヘビー級選手権次期挑戦者決定リーグ戦』は丸藤正道の優勝で終わった。私にとっては、この結果よりもリーグ戦の流れの上だとはいえ、98年にデビューした丸藤と森嶋猛のシングルマッチが日本武道館のメインになったということの方が大きかった。時代は確実に動いているのだ。

 勝った丸藤に拍手を贈るのはもちろんだが、私が嬉しいのは森嶋の成長である。190センチ、145キロ(多分、今は160キロぐらい?)の体は文句なく魅力的だったのだが、それだけに森嶋には歯痒い部分が多かった。気が小さい、いい時と悪い時の差が大きい、一時期は「何で俺を認めてくれないんだ!」と逆ギレ気味の時期もあった。その天性の恵まれた体と現実にギャップがあり過ぎたのである。

 そんな森嶋の浮上のきっかけは昨年3月5日の三沢戦。三沢は森嶋のすべてを真正面から受け止めた。結果、森嶋は日本人レスラーにないパワーを思う存分、発揮できた。

 そこから先は森嶋本人の努力。ヨーロッパ遠征を終えて帰国した森嶋は大きく変わっていた。それまでは思い詰めたような表情で試合をしていたのが、いい意味で楽しく伸び伸びと試合ができるようになったのだ。秋頃だったか、話を聞いてみたら、
「切羽詰ってやっていた自分は違うなと思ったんですよ。ヨーロッパに行ってみたら、ヘビーもジュニアも関係なく、いい試合をやる人間、ファンが支持する人間が上を取っている。誰が強いか決めるのは、お客さんなんだなって思いました。そう思ったら、自分を素直に出して、それをお客さんに評価してもらえばいいんじゃないかって。自分が楽しまなければ、お客さんも楽しめないだろうって」
という言葉が返ってきた。森嶋は明らかに一皮剥けていた。

 今年の1月、三沢のGHCに挑戦した森嶋は、日本武道館で初のシングルによるメインのプレッシャーに潰され、またまた逆戻りかと心配したが、その直後にROH世界王者になって、さらに進化した。どんなに小さい選手が相手でも、ちゃんと相手の持ち味を引き出して試合を成立させ、その上で勝つという術を会得したのだ。

 今回の過酷なリーグ戦の最中にアメリカに飛んでROHの防衛戦をやり、すぐに帰国してリーグ戦に戻った。その合間には健介オフィス興行に出向いて中嶋勝彦の挑戦も退けている。今や日米を股にかける立派なチャンピオンである。

 98年、高校を卒業して全日本に入門した森嶋は、体が大きいだけに練習に付いていけなかった。遅れて入門した丸藤は何でもこなせる天才だった。デビューこそ森嶋の方が5ヵ月早かったものの、デビュー後も明らかに丸藤の方が将来性を感じさせた。そういえば、何年か前、丸藤はこう言っていた。
「ノアの未来はすぐそこですよ。その時、隣か反対側のコーナーに森嶋さんが立ってなきゃ困るんです」
 今、その未来が現実になりつつある。あとは9・29大阪で丸藤が未来を今現在に引き寄せられるかだ。

 

投稿者 maikai : 09:09 | コメント (0)

2007年09月11日

ノア日本武道館PART1

 9月9日、ノアの日本武道館大会。ビッグマッチ用のスペシャル・カードとして用意されたのは三沢&潮﨑VS藤波&西村のノアVS無我だった。三沢と藤波は05年5・14東京ドームでタッグを組んでいるし(VS蝶野&ライガー)、西村も新日本時代にノアに上がって志賀と一騎打ちを行なっている。

 さて、試合はカラーがくっきりと分かれた。藤波も西村も自分のスタイルをしっかりと持っていて、しかもキャリアがあるから自分の出しどころを知っている。よそのリングでもきっちりと持ち味を出してペースを崩さずに戦った。

 一方のノアは完全に受けのファイト。ノア系の選手は自分を出すよりも、受けに自信があるから「果たして、この相手はどんなことをしてくるのだろう?」というファイトになってしまう。今回のリーグ戦で全敗ながらも森嶋戦、秋山戦など好試合を続けてきた潮﨑にしても受けのファイト。キャリアからしたら、他団体の先輩相手に自分を試すべくガンガンぶつかっていくのが本当だと思うが、習性からか、まるでベテラン選手のように無我勢の持ち味を引き出すようなファイトをしていたのは惜しまれる。やはりキャリアの差があるだけに、結局は受けているつもりでも、そのまま押し切られてしまうのだ。

「物足りないっていうか、最初だからなんとも言えないよね。藤波さんは巧いよね。タイアップした時、凄い力強さを感じたしね。西村選手は掴みづらいね(苦笑)。彼は彼でマイペースを貫いていた。ぶっちゃけ、様子を見過ぎた。今後?“もう1回!”みたいな感じもあったし、ウチの若い選手にしても場慣れとか、外の違う人たちとやるのも必要だと思うし、機会があれば…」
 と、三沢は今回の無我との接点を“点”ではなく“線”にしていくことを示唆。

 基本的にノアと無我のスタイルは噛み合うと思う。今回はお互いに挨拶程度の試合。これでシングルマッチが組まれるようになれば、またまた新しい展開が生まれると思うのだが。

投稿者 maikai : 11:47 | コメント (0)

2007年09月10日

ありがとうございました

 昨日のノア日本武道館大会の場外売店で『Gスピリッツ』が販売された。大会前と大会終了後、編集長の清水さんが自ら店頭に立ち、声を張り上げて売っている姿を見て、その“本気”を感じた。私も取材の合間を縫って、大会前の約1時間、店頭に立たせてもらった。

 この場外売店ではベースボール・マガジン社の本多誠クン(元週刊プロレス編集長)も自著『NOAHを創った男』の売り子をやっていた。思わず目が合って、お互いにニッコリ。

 本多クンも我々も、気持ちは同じ。自分たちが作った本をひとりでも多くのファンに読んでもらいたいという一心である。手売りのいいところは、買ってくれるファンの顔が見られることだ。そして、その嬉しそうな顔を見ると「こうして貴重なお金を出して買ってくれる人たちのためにも、より面白い本を作ろう!」という気持ちが強くなるし、その1冊1冊の代金が我々の生活していく糧の一部になるのだということも強く実感できる。昨日は用意していた冊数の3分の2以上が売れたとか…。本当にありがとうございました。

 さて、ここ最近は『Gスピリッツ』のPRが主体になってしまっていたが、明日からは本来のダイアリーに戻ろうと思っています。明日はノア武道館について書くつもりなので、よろしく!

投稿者 maikai : 12:50 | コメント (0)

2007年09月09日

緊急告知

 今日9日、ノアの日本武道館大会の場外売店で『Gスピリッツ』創刊号が販売されることになった。

 辰巳出版の社員でも、『Gスピリッツ』編集部員でもない私だが、やはり自分が関わった本だけに1人でも多くのプロレス・ファンに読んでもらいたいと願っている。幸い、こうしてホームページを持っているので、広く宣伝していきたいと思う。私設宣伝マンということで(笑)。

 まだ購入していない方は、ぜひ売店にお立ち寄りください。

「小橋建太選手のロング・インタビューが掲載されました新しいプロレス専門誌『Gスピリッツ』。ご観戦の記念に、またご家庭のお土産にぜひお買い求めください。1冊税込1050円で販売しております!」

投稿者 maikai : 09:10 | コメント (1)

2007年09月08日

惜しまれる引退

 昨日、全日本の事務所でブルート一生の引退記者会見が行なわれた。残念ながら、どうしても外せない用事があって行くことができなかった。

 ブルートはアマレスから馳センセーが全日本に引っ張った選手。馳センセーに会うたびに「杉浦はちゃんとやってる?」と聞かれたものだ。

 04年にはグレコローマン120キロ級で全日本学生王者になり、アジア選手権フリースタイル120キロ級4位にもなっている猛者だが、素顔はおっとりとしていて穏やかな若者だった。新弟子時代からいつもニコニコしていて、我々マスコミとっては癒し系。それがリングでも出てしまい、およそ“ブルート”というリングネームは似つかわしくなかった。きっと武藤は「荒々しいレスラーになれ!」と、このリングネームを付けたのだろう。

 大学1年の時に右肩を痛め、それをプロになってから悪化させて去年の10月に手術。今年の春には「そろそろ試合ができそうです」とニコニコと話してくれたっけ。5月にはカナダに渡ったが、ワイヤーで止めていた骨の土台にヒビが入ってドクター・ストップがかかったという。

 本当に残念。194センチ、140キロの体は、大型が少なくなった今の日本プロレス界にとって、大きな宝だった。

 でも、25歳で踏ん切りをつけて第2の人生を歩もうという決意は大したものだと思う。穏やかな癒し系の根っこにある人間としての強い芯を感じる。正味1年のプロレス人生だったけれど、その笑顔でこれからの新たな未来を切り拓いていって下さい。

投稿者 maikai : 10:33 | コメント (1)

2007年09月06日

『Gスピリッツ』取材後記

『Gスピリッツ』創刊号は、もう手に取って頂けただろうか? 買った人、これから買おうと思っている人、そして買うかどうか迷っている人…すべての人へのPRということで、とりあえず自分が関係した取材の後記を書かせてもらう。

 順番からいくと、まずは武藤敬司×ケンドー・ナガサキの対談。ケンドー・ナガサキこと桜田一男さんは武藤のアメリカにおける師匠。キャリア1年で修行に行ったフロリダに始まって、プエルトリコ、テキサス、WCW…と行動を共にした人物だ。さらに武藤をSWSに引き抜こうとした人でもある。グレート・ムタの原点とは? パッケージ・プロレスを推進する武藤の感性はどうやって培われたか? そしてSWS引き抜き問題の真相は? ということで聞きたいネタは山ほどあった。2人が直接会うのはSWS騒動以来とのことで、実に17年ぶりだったが、2人の間に空白はなかった。そしてアメリカンな2人だけに話は脱線に次ぐ、脱線! いやあ、まとめるのに苦労しました(苦笑)。実は私も桜田さんとお会いするのは、日本スポーツから出した『SWSの幻想と実像』の取材以来だから8年ぶりだったが、相変わらず気さくな人。プエルトリコ時代の写真も提供してくれて本当に感謝だ。

 天龍インタビューは、私が参加したとしたらスルーできない。読み手がどう受け取るかはわからないが、HGに負けたこと、ハードゲイへの変身、そうしたことに批判があることなどを真正面から聞いたつもりだ。

 そして保永インタビュー。保永という人は寡黙だが、本当に気骨ある人で、懐にナイフを忍ばせたような凄味を持っている昭和のレスラー。20年以上接しているが、インタビュー取材は初めてだったし、初めて聞かせてもらった話も数々あった。このインタビューの評判が上々のようなのは素直に嬉しい。

 とにかく週刊誌時代とは違った取材。そこには新たな発見や驚きがあった。プロレスは、まだまだ掘り起こされていない面白い材料がゴロゴロしているはず。それを丹念に掘り起こしていきたいと思う。

 創刊号ということで清水編集長、佐々木編集長、斎野&村上の両君も試行錯誤の連続だったと思う。私は、もちろん企画やアイデアをどんどん出していくつもりだが、基本的には彼らの編集方針にボリュームをつけてサポートしていければと思っている。

 ということで、まだ買っていない人は手に取ってみてください!

投稿者 maikai : 17:24 | コメント (4)

2007年09月05日

9月5日は…

 今日は『Gスピリッツ』の創刊日。あとはプロレス・ファンが手に取ってくれるかどうかだけ。ぜひ立ち読みなどせずに、購入して読んだ上で判断していただきたい。

 さて、今日=9月5日は個人的にも記念日。私の誕生日なのだ。この世に生を受けて、あれよあれよという間に46歳。ここまで無事に生きてこられたことに素直に感謝だ。思えば、1984年5月にゴングが週刊化され、全日本プロレスの担当記者になった時、ジャイアント馬場さんが46歳だった。当時、22歳と8ヵ月だった私にとって、馬場さんは凄い大人に見えた。というより、子供の頃からテレビで観ていた大スターだから、感覚的には歴史上の人物だったわけだが…。

 それにしても、自分がそういう年齢になったというのは、どうもピンとこない。プロレス界にいるとレスラーも関係者も若いから、肉体的にはともかくとして、精神的には年を取らないようだ。きっとこれからも、20代の若い記者たちに混じって現場にいるのだろう。それでいい。

 

 

 

投稿者 maikai : 09:44 | コメント (4)

2007年09月04日

戸惑いの中にも楽しみあり

 昨日はディファ有明の『トリプレセム』でルチャ・リブレ! 正直な話、私は今のルチャには詳しくない。だから一見さんのファンの感覚で純粋に楽しませてもらった。

 オープニングはマスカリータ・ディヴィナ&オクタゴンシートVSミニ・アビスモ・ネグロ&ミニ・イステリアのミゼットならではのスピーディーな動きと華麗な空中戦で沸かせた。第2試合はオリエンタル+永島千佳世+ピンピネーラ・エスカラルタVS杉浦貴+ファビー・アパッチェ+カサンドロの男子+女子+オカマのミックストマッチ。あのキャバクラ王・杉浦がピンピネーラに迫られて、タジタジになったのが最大の見せ場? 第3試合ではセムらしく青木&太田の若きノア戦士がラレド・キッド&スペル・フライに挑み、セミではフェルサ・ゲレーラ+アンティファス+イステリアとフベントゥ・ゲレーラ+ジョー・リーダー+クレイジー・ボーイにKENTA+石森+エル・エレヒードによるトリオのトリプル・スレッド・マッチ。試合はゴチャゴチャしたが、最後は石森がフベントゥらのメキシカン・パワーズと意気投合。やっぱり石森はルチャの世界が似合う。そしてメインは丸藤+ムシキング・テリー+リッキー・マルビンとシベルネティコ+チェスマン+チャーリー・マンソンの日本VSメヒコの6人タッグ。最後はアンティファスとイステリアが乱入、丸藤が不知火、シベルネティコがチョークスラムを爆発させ、乱入者を退治してノーサイドでのハッピーエンド。何だか訳がわからなかったが、日本とメヒコの友好関係が生まれたから、これでいいのだ!?

 この大会は、とにかく難しく考えずに観たままに楽しむもの。ルチャ・リブレがメヒコの大衆娯楽であることを改めて感じた。そこに講釈など何の意味もない。

「こうやってコラボして、お互いに向上していければいいんじゃないですかね。タッチもなけりゃ、場外カウントもないし、関係ない奴が入ってくるし…要は目の前の奴を倒せばいい。日本のお客さんはルチャ・リブレの試合に抵抗があるようだけど、せっかく会場に来たなら楽しめばいい。俺としては、これが点ではなく線になっていけばと。シベルネティコとシングルでもやってみたいしね。戸惑いの中にも楽しみあり、ですよ」
 と、丸藤。最後の言葉はドンピシャリだ。

投稿者 maikai : 08:57 | コメント (0)

2007年09月03日

『月刊Gスピリッツ』の表紙です!

cover.JPG

 本日3日午前0時にモバイルGスピリッツ公式携帯サイトで表紙が公開されたので、私もダイアリーで紹介しよう。ただし、データではなく、デジカメで撮ったものなので、クォリティーは御勘弁ということで…。

 ハイ、表紙は小橋建太です。モノクロの表紙は意外だったかもしれないが、中身も写真の使い方やデザイン等、従来のプロレス雑誌のイメージとはかなり違うものになっていると思う。もちろん一番重要なのは内容。詳しいことはモバイルGスピリッツ公式携帯サイト=http://bemss.jp/g-spirits/で毎日チェックしていただくとして、表紙に出ているもので私が担当しているのは天龍源一郎とのハッスルを巡る激論、武藤敬司とケンドー・ナガサキの師弟対談、そして保永昇男もの。その他にも記事を書いているが、それらについての後記は発売後に改めてこのダイアリーで書かせてもらおうと思う。

 9月5日の発売まで、あと2日!

投稿者 maikai : 00:56 | コメント (2)

2007年09月02日

明日への悔し涙

「自分がこんなにも弱い奴なんだと思い知らされました。何年かかってもいいから、僕は絶対に強いプロレスラーになりたいと思います。将来的には佐々木さんを超えるようなプロレスラー、日本を代表するようなプロレスラーになりたいと思います」(山口竜志)
「最後のメインを任されたのに負けてしまって、申し訳ありませんでした。こんなちっぽけな僕ですけど、少しずつ強くなって、大きくなっていきます」(中嶋勝彦)

 昨日のディファ有明における健介オフィス興行第2弾で、若き健介の弟子2人は悔し涙を流した。

 まずは健介オフィス生え抜き第1号の竜志がデビュー戦で諏訪魔にアタックした。竜志は拓殖大学レスリング部の出身で、去年は全日本選手権優勝、インカレグレコ優勝、全日本学生グレコ選手権優勝の実績を持つ。昨年9月20日に馳浩と共に健介オフィスの道場を訪れ、11月28日に入団した。諏訪魔、ブルート一生に続いて馳がプロレス界に送り込んだ逸材だ。ちなみに竜志と諏訪魔は、竜志が大学に入学した年に諏訪魔が全日本プロレスに入団したため、ほとんど面識はないという。

 健介オフィスの厳しい練習に耐えてデビューを迎えた竜志は、内心では少し自信があったと思う。入門時99キロだった体も110キロに作り上げた。だが、そんな竜志を諏訪間は木っ端微塵に叩き潰した。今はブードゥー・マーダーズでヒール・ファイトを繰り広げる諏訪魔だが、この日は新人相手に真っ向勝負。グランドで動きを封じ、サブミッションで締め上げ、ラリアットでぶっ倒す。そしてフォールにいかずに「どうした?」「起きろ!」と檄。ぶっ潰す一方では竜志の闘志を引き出す諏訪魔のファイトは、アマレス出身の先輩としての愛情に溢れていたと思う。ぶっ潰すことを望んでいたのは健介と北斗。「潰されたことのない人間は、人を潰すこともできない」が北斗の持論なのだ。

 こうした諏訪魔に対して、竜志のファイトは、本来の生真面目さが出てしまった。竜志が入門する時に健介は馳にアマレスでの強さよりも、その性格を聞いたという。ファミリーでやっている健介オフィスにとっては、いくら強くても人間的にNGだと、ファミリーの和を崩すから駄目なのだ。そして竜志は健介と北斗のメガネにかなった。だが、真面目さがリング上に出てしまうと、レスラーとしてはマイナスになることもある。諏訪魔の張り手やエルボーに反撃することで、ようやく竜志の感情が発露されたが、これからの課題はいかに弾けられるかだ。ただマサ斎藤直伝のバックドロップ、諏訪魔のスロイダーをこらえて逆にスロイダーを決めたあたりは、並みの新人ではない。この日の悔し涙を糧に弾けてほしい。

 メインを任された勝彦は145キロのROH世界王者・森嶋猛相手に左右のローで攻めていくなど、考えたファイトをやっていた。だが、結論から言えば、森嶋が王者戦術でコントロールした試合だった。スピードも森嶋のペースだったし、勝彦が何を仕掛けてもパワフルな1発でアッという間に逆転してしまう。逆転する自信があるからこそ、森嶋は勝彦の技をすべて受け止めたのだろう。挑戦者の持ち味を引き出すというのは、まさにアメリカのチャンピオンの戦い方だ。25日にマンハッタンでブライアン・ダニエルソン相手にROH王座16度目の防衛を果たし、31日には広島で杉浦と30分時間切れ、そして朝6時に起きて帰京して勝彦相手にROH王座17度目の防衛に成功し、今日は名古屋…こうしたスケジュールをこなせる森嶋は一人前のチャンピオンである。

 勝彦が涙を見せたのは単に負けたからではない。試合終盤、森嶋の攻撃の重さに意識が吹っ飛んで試合が組み立てられなくなってしまったこと、森嶋にバックドロップを出させるまでもなく負けてしまったからではないか。メインを任されたのに試合をコントロールできない、相手が得意技を出すまでもなく負けるというのはレスラーにとって、これほど屈辱的なことはない。これもまた勝彦にとってはいい経験になったと思う。

 さて、アニマルとパワー(健介)のヘル・ウォリアーズと近藤&ヤッシーの試合だが、これはウォリアーズとヘルレイザーズの世界として理屈抜きに楽しめた。近藤がアニマルに扮し、ヤッシーがパワーに扮してヒール・ウォリアーズとして出てきたのもよかった。しんみりせずにカラッとホークを追悼できたのだから言うことなしだ。

投稿者 maikai : 11:21 | コメント (0)