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2007年08月31日

究極龍のサスケへのメッセージ

 昨日は後楽園ホールで『第4回ふく面ワールド・リーグ戦』が開幕。それにしても凄い熱気だった。前売りチケットは完売。当日券は立ち見席だけとなり、みちのく始まって以来の後楽園ホール札止め! 何より大会を楽しもうというファンのハッピーなオーラが充満していて心地好い空間ができあがっていた。「お楽しみはこれからだー!」というハヤブサの開会宣言にはジーンとくるものがあった。

 トーナメント1回戦ということでオープニングの6人タッグ後はシングル8試合が組まれたが、ダレることなく各試合が楽しめた。やはりマスクマンが揃うと非日常の華やかさがあっていい。中でもサムライVS獣神メカマミー、タイガーマスクVS菊タロー、ライガーVSビリーケン・キッドが好試合。いずれも新日本絡みの試合であり、それを考えると新日本のジュニア戦士の底の深さがわかる。

 そして注目のメインはグレート・サスケVSウルティモ・ドラゴンの師弟対決。90年3月、ユニバーサル・レスリング連盟が旗揚げした時、若きエース浅井嘉浩の付き人になったのが素顔のサスケだった。その後、91年10月に浅井はウルティモ・ドラゴンとしてユニバからSWSに移籍したが、その際に浅井はトレードマークだった忍者コスチュームをサスケに託している。

 これは大一番だ。この先、この2人が一騎打ちをやるというシチュエーションは想像しにくい。次の『ふく面ワールド・リーグ戦』の開催が2011年ということを考えると、これが最後の一騎打ちになる可能性が強い。

 5ヵ月ぶりの試合だというのにサスケはブランクを感じさせずに飛びまくった。一方のドラゴンもラ・ケブラーダなど、惜しみなく技を繰り出した。最後はアサイDDT3連発! ドラゴンに凱歌が上がった。

「サスケ、政界よりも、このリングの方がいいだろ? だけどな、お前が政治の世界に入って休んでいた間、このプロレス界、そんなに甘くねぇぞ。お前なら、プロレスの世界でもまた一からやり直せる。みちのくプロレスは、お前がいなきゃ駄目だ!」
 とサスケに呼びかけたドラゴン。ドラゴンは左肘手術の失敗で31歳~35歳というプロレスラーとしての全盛期を棒に振っている。それでもカムバックを果たした。だからこそサスケに「もう一度!」と呼びかけたのだ。そういえば、この日のドラゴンのコスチュームは96年8月5日の両国でジュニア8冠(IWGPジュニア、WWF世界ライト、NWA世界ジュニア、NWA世界ウェルター、UWF世界ジュニア・ライト、WWA世界ジュニア・ライト、WARインター・ジュニア、英連邦ジュニア)統一をかけた試合でサスケに敗れた時と同じ赤、緑、白のメキシコ国旗をあしらったものだった。これは「俺に勝ってジュニア8冠王者になった時を思い出せ!」というドラゴンのメッセージだったのではないか。

「死ぬまでやらせて下さい! これまでの私の人生、リングの中でも外でも敗北と後悔の繰り返しでしたが、しかし絶対に諦めません。なぜなら、皆さんがひとりでもいる限り、みちのくプロレスは永遠に不滅だー!」
 と、返答したサスケ。サスケは今回の結果を踏まえてマスクマンとしては一区切りをつけたいという。かつての師ドラゴンに新たなパワーを注入されたサスケの第2章に注目したい。

投稿者 maikai : 09:44 | コメント (0)

2007年08月30日

現場主義

 私が週刊ゴングの仕事として最後に取材した大会は3月11日の後楽園ホールにおけるSUWA興行だった。週刊ゴングが休刊になっても、フリーとして活動を続ける私のスタンスは変わらない。むしろ自由に行く大会をチョイスできるようになったことで、あれから半年近く、とにかく近郊の会場には出来る限り顔を出して取材している。

 私に固定の媒体はない。このダイアリーで書くぐらいだ。それでも各団体の関係者は私を“フリーライター”として快く受け入れてくれた。まだ顔を出していない団体も少なくないのが現状で「ウチにも来てくださいよ!」と言ってくれる関係者がいるのも嬉しい限り。調べてみたら、今日の後楽園ホールのみちのくプロレスでゴング休刊以降、80大会目の取材になる。

 なぜ現場にこだわるのか? それは現場に行かなければ何も始まらないからだ。やっぱり自分の目で見て、会場の空気を感じてこそ記事も書けるし、喋ることもできる。ましてやフリーの身だけに、仕事のオファーがあった時に「その団体は見ていないので…」では話にならない。これはフリーのレスラーと同じ。いつオファーがきてもいいようにコンディションを作り、臨戦態勢でいなければならないのと同じである。

 その意味では私は天龍源一郎を尊敬する。今は月に2回のハッスルという感じになっているが、ジムに通い、夕方には走り込みをし…と、ハタから見れば「そこまでしなくてもいいだろうに…」と思うくらい、トレーニングに打ち込んでいる。そこまでやっているからこそ、ハッスルに関して批判されてもビクともしないのだろう。今から7年も前に股割りをしている天龍の写真を見て秋山準が驚いたことがあったが、天龍の自分の体に対する気遣いと、仕事と向き合う姿勢には感心させられる。モチベーションを保ち続けるのは大変だと思うし、根気のいることなのだ。あの姿勢は見習わなければならない。

 私自身、たまに「今日は会場に行くのはかったるいなあ…」と思う時があるが、それでも行くと、それなりの発見があって「やっぱり来てよかった」と思う。今は『月刊Gスピリッツ』の立ち上げでバタバタしているが、今の現場主義のスタンスは崩さないつもり。もちろん会場に入る場合の私の肩書きは今まで通りに“フリーライター”だ。ネットや書物での情報収集も活動の一環だが、現場に勝るものはない。

投稿者 maikai : 14:52 | コメント (0)

2007年08月29日

『月刊Gスピリッツ』のチラシです!その2

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 昨日、チラシの裏面を紹介したが、携帯サイトに出ている表面も一応紹介しておきます。9月5日(水)発売まであと1週間…私の原稿はすでに終了しているが、編集サイドは詰めの段階に入っている。編集サイドも書き手サイドもひとつになって心を込めてお届けする一冊。ぜひ、手にとってジックリと読んでいただきたいと思う。

投稿者 maikai : 14:19 | コメント (0)

2007年08月28日

『月刊Gスピリッツ』のチラシです!

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 8月26日の全日本両国で『月刊Gスピリッツ』のチラシが配られたので、ここで紹介しよう。ここに掲載しているのは裏面部分。表面はhttp://bemss.jp/g-spirits/(モバイルGスピリッツ公式携帯サイト)に出ているマスカラスをイメージしたデザイン。ちなみに表紙はマスカラスではありません。

 現時点で公表できるのは、このチラシにあるように84~87年に『フレッシュジャンプ』に連載されて大人気を博した『プロレス・スターウォーズ』(みのもけんじ画)が『プロレス・スターウォーズG』として復活すること。その第1弾は武藤敬司と全日本プロレスの協力によるグレート・ムタ編だ!

 そして長州力の人生相談。担当した者に聞いたら「ナニが聞きたいんだ、コラッ!」というノリではなく、質問に凄く真面目に答えてくれたとのこと。長州の素顔が垣間見れそうな企画なのだ。

 その他の内容は発売日まで8日あるので書くことはできないが、多分、皆さんが想像しているものとはかなり違う本になると思う。私も週刊誌時代とは違う取材をし、記事を書いているので、ぜひ、読んでみてください。

 DVD付きで辰巳出版から9月5日(水)創刊。定価は1050円(税込)。以後、毎月第1水曜日発売になります。よろしく!

投稿者 maikai : 09:48 | コメント (1)

2007年08月27日

原始的な戦い

 鈴木みのると佐々木健介は、この数年、本当にプロレスに打ち込んできたと思う。みのるは03年6月に新日本に上がってプロレスに戻ってきた時から今日まで、どっぷりとプロレスの世界に浸かった。「プロレスはプロレス!」と食わず嫌いにならずに、自分が面白いと思えばどんなリングにも上がってインディー系のイロモノと言われるレスラーや女子レスラー、果ては小学生までも相手にして、自分のカラーを出しつつ、幅を広げてきた。

 一方の健介も03年12月にフリーになってからは、黒タイツに黒シューズのコテコテのストロング・スタイルをやめて、最初はヒール的に匂いで新日本に殴り込みをかけ、以後はお笑い系のフロリダ・ブラザーズのケンスキー・ササキになったり、様々な団体に上がって幅を広げている。

 19年前、新日本の前座戦線で鎬を削った両者が昨日、全日本の両国のメインで三冠王座を賭けて激突。様々な要素を身に付けた2人が見せたのは、すべてを削ぎ落とした原始的なプロレスだった。前半15分は健介のヘッドロック。その後の10分近くはみのるの腕攻め。シンプルでもお客を惹きつける本物の戦いがそこにはあった。いろいろなものを身に付けた分だけ、シンプルな攻防がより新鮮にも感じられた。最終的に2人が行き着いたのは原始的な戦いだったのだ。

 42分7秒という時間で、2人はこの19年間をお互いに語りつくせたのではないか。勝ったの健介だが、それぞれに歩んだ19年に優劣はない。これは一区切り…2人のドラマはエンドレスだ。

P.S. 昨日のテレビ解説ではスペシャル・サポーターとして徳光正行さんが登場した。徳光さんは昔、三沢たちの溜り場だった東京・御徒町のスナックの常連で、全日本の後楽園ホールには必ず顔を出すプロレス・ファンだった。そんな徳光さんと十何年ぶりに一緒に仕事をする形で再会できたのは感慨深かった。「やっとプロレスの仕事が出来るようになりましたよ!」と徳光さん。これからも機会があれば…。

投稿者 maikai : 15:02 | コメント (0)

2007年08月26日

ノアのリーグ戦が熱い!

 GHCヘビー級選手権次期挑戦者決定リーグ戦が主軸になっているノアの今ツアーは大盛況。19日に後楽園ホール、9月9日には日本武道館があるというのに昨日のディファ有明も超満員1800人の観客を集めた。

 昨日の公式戦は3試合。まず本田多聞が杉浦貴をスタンディング式のフロント・ネックロックで締め落とした。勝った多聞のコメントは以下の通り。
「杉浦は強いです。今日は数ミリしかない氷の上を歩いていた思いでした。私は今回のリーグ戦に向けて気持ちが絞りきれていない中、初戦で当たった潮﨑からプロレスへのひたむきさ、バーニングの精神を教えられた気がします。そして今日は杉浦から勝負への集中力、気迫を教えられました。今回、エントリーされていない選手もいますし、年齢的に考えても私にとって大きなチャンスだと思います。となれば、集中して目の前の敵に全力でぶつかるしかない。それがリーグ戦に参加している者の使命だと思います。そうしたことを私は後輩から教わりました。残り2つの公式戦は自分のリズム全開で戦っていこうと思います」。
 ベテランの多聞にしても、今回のリーグ戦で学ぶことが多いのである。

 続くモハメドヨネVS齋藤彰俊も殺伐とした試合に。最後はヨネが無我夢中でハイキックを連発して彰俊をKOした。ヨネは早くも1勝3敗でリーグ戦終了。自力での優勝戦進出は消えたが、それでも、
「暑い夏をアッという間に駆け抜けたような感じがします。俺にとっては単なる挑戦者決定戦じゃなく、それ以上の気持ちがありましたよ。そういう試合をやっていたというのは今後の自信になると思います。ノアに来て5年ですけど、まだシングルで当たったことがない選手もいるし、これからもこういう戦いをやっていきたいです!」
 と、気持ちは前向きだ。

 そしてメインは秋山VS潮﨑。1月の武道館の再戦である。武道館では一方的に勝利した秋山が「小橋建太を真似るなら、その歩んできた道も真似しなきゃ駄目だ!」と厳しい言葉を残したが、この日の潮﨑は堂々の勝負。秋山の厳しい攻めに食らいつき、膝を顔面にぶち当てられようが、急角度のエクスプロイダーで叩きつけられようが、スリーパーやフロント・ネックロックで締め落としにかかられようが決して心も体も折れない。逆にジャーマン、ムーンサルト、ゴー・フラッシャーで「あわや!」という場面を作って秋山を追い込んだ。最後は秋山が急角度のリストクラッチ式エクスプロイダーで強引にフォールしたという感じ。あの秋山が試合後、力尽きて大の字になった潮﨑の胸を「よくやった!」と言わんばかりにポンポンと2回叩いて花道を下がったのが印象的だった。

 潮﨑はこれで3連敗。杉浦戦が残っているものの、優勝の望みはない。だが、今回のリーグ戦での潮﨑はいずれも好ファイトをやってのけた。19日の森嶋戦も、この秋山戦も、大会場のメインでも通用する試合だった。

「若さって凄いなと思いますよ。結果は伴っていないけど、あいつも何かを掴んだんじゃないかな。確かに技は、あいつが尊敬している小橋さんの技だけど…本人なりに改良しているから、俺にも読めないところがあった。プロレスラーの度胸っていうのはね、シングルマッチで付くものなんですよ。タッグマッチを何試合やったってかなわない。潮﨑がたった何試合かでこうなっちゃうってことは…いかに今までシングルマッチをやらせていなかったかってことなんですよ。シングルでしか、自分がどの位置にいるかわかりませんからね。俺自身もシングルは久しぶりなんで、やってみなきゃ自分のスタミナもわかりませんからね。こうやって今年、シングルのリーグ戦をやってみて“来年はどうなるかわかりません”じゃ、ノアの未来はないですよ(苦笑)。やったら、みんな頑張るんですよ。潮﨑を見れば一発でわかるでしょ? 俺的には全勝して三沢さんを完膚なきまでにやっつけてベルトを獲りますよ!」(秋山)

 選手が横一線に並んだ今回のリーグ戦は、今のノアの選手たちの充実振りを知る貴重な大会だ。

投稿者 maikai : 10:12 | コメント (0)

2007年08月25日

高岩竜一15年目の決意

「キャリア15年でスタイルを変えるのは勇気がいるんですよ」
 これは昨日の後楽園ホールでの試合後の高岩竜一の言葉。怪我から復帰後、ヘビー級進出をぶちあげた高岩は、同じくヘビー級転向を宣言している佐々木義人に敗れたのだ。

 共にジュニア・ヘビー級の枠を越えるパワーの持ち主だけに真っ向からガンガンぶつかり合うファイトが期待されたが、意外にも高岩はグランドで勝負。カニ挟みからスリーパー、スピアーを受け止めて脇固め…と、締め技やサブミッションにこだわった。こうした高岩に対して義人は「ふざけんな、コラッ!」とエルボー、水平チョップ、張り手を連発し、アルゼンチン・コースター→ラリアットのフルコースで高岩をぶっ倒して快勝。試合後も倒れている高岩にバンテージを投げつけるなど、怒りが収まらない様子だった。

 だが、高岩はエキサイトすることなく淡々。
「今日のこのスタイルが根づくまで何年かかろうとやりますよ。このスパーリングっぽいスタイルが受け入れられないのはわかっているけど、早く認めてもらうように頑張りますよ。ずっと同じことをやっていてもしょうがない。俺が目指しているのはパワー・グランドです。どっかで変えていかないと。ああいう試合があってもいいじゃないですか」
 そして、冒頭の言葉になった。

 ジュニアでは破壊的なパワーを誇る高岩だが、ヘビー級に本格参入するとなると状況は変わってくる。それを見据えてのスタイル・チェンジなのだろう。果たしてこれが成功するか、ファンに受け入れられるかはわからないが、本人は真剣そのもの。
「パワー・ファイターって言ったって、いっぱいいますからね。俺はこのスタイルをもっともっと練習して、打倒ヴァンダレイ・シウバですよ!」

 確かに15年のキャリアを持つレスラーにとってスタイルを変えるのは一大決心がいること。ひとつ言えるのは“何かを変えなきゃいけない”という向上心を持ち続けるのは素晴らしいことだ。高岩の新スタイルに注目してほしい。

投稿者 maikai : 12:35 | コメント (0)

2007年08月24日

Kamipro最新号について

 先月に引き続いて今日発売のKamipro114号に私が登場している。今回は“俺だけの何でもランキング”というコーナーで、私のこだわりのハワイ・ベスト5を語るというもの。前回の“天龍がHGに負けたことへのインタビュー”といい、Kamiproスタッフの私のいじり方は他にはないものだ。

 このサイトでやっているハワイコールズは完全に趣味の範疇だが、こうやってハワイ・ネタで扱ってくれたことには素直に感謝! 写真がキレイに出ていなかったのはちょっと残念だったけど、ぜひ読んでみて下さい。

 もちろん9月5日創刊の『月刊Gスピリッツ』もよろしく!

投稿者 maikai : 12:40 | コメント (0)

2007年08月22日

河野真幸のゆく道

 ちょっと古い話になるが、新日本の総合格闘技部門ニュージャパン・ファクトリーに所属する河野真幸が8・16ディファ有明におけるK-1トライアウトで王多峰に判定勝ちした。試合中にドロップキック3発を放ってプロレスLOVEを証明したという。いかにも河野らしい話だ(笑)。

 河野は武藤・全日本でプロレス・デビューした男。あのカシンが手塩にかけて育て、武藤の付人をやり、デビューしたのは『2003チャンピオン・カーニバル』優勝戦が行なわれた3・28北海道立体育センター(VS荒谷)。それだけ期待が大きかったのだ。実際、河野はグランドで先輩を圧倒する強さを持っていたし、心臓も強い。そして193センチという体は“全日本の未来のエース”にふさわしいものだった。04年3月に肩の怪我をして長期欠場しなければ、ずっとプロレスをやっていただろうし、今頃は間違いなく三冠戦線にいたと思う。

 私が河野を買っているのは、その身体能力だけでなく、武藤の付人をやったことによって養われたプロレス頭だ。今回のK-1トライアウトに向けての公開練習では青いマスクを被ったり、「シャイニング・ウィザードからモンゴリアン・チョップ。最後はドロップキックで決めますよ」と発言していたようだが、それもこれも注目を集めるため。どうしたら人の興味をそそるかというプロレス頭があるのだ。

 座右の銘は「明るく楽しく激しく、そして新しく」。尊敬する人は武藤敬司、ケンドー・カシン、小原道由、愛読書は「俺だけの王道」(川田利明著)「骨の髄までしゃぶりつくせ」(武藤敬司著)「人生は3つ数えてちょうどいい」(和田京平著)

 上記の答えだけで河野のセンスがわかる。ただし戦うことについては大真面目。プロレスの試合は05年5月20日、後楽園ホールにおける嵐と組んでの武藤&諏訪間(現・諏訪魔)を最後にやっていない。「勝てるようになったら戻ってきます」の誓いを頑なに守り、これまでいくつかの団体からプロレスラーとしての参戦オファーがあったが、すべて断っている。

 K-1トライアウトの2日前、偶然、河野と会った。
「俺、約束破っていませんよね。もう2年以上もプロレスの試合をやっていませんよ。でも、師匠譲りのプロレスLOVEがありますから(苦笑)、いつか必ずプロレスラーとして試合をします。でも、その前にやらなければいけないことが沢山あるので…」。
 今は総合なり、立ち技なりに邁進すればいい。突き詰めれば、また新たに見えるものがあるはずだ。それからプロレスをやったって遅くはない。河野真幸のゆく道に幸あれ!

投稿者 maikai : 13:16 | コメント (1)

2007年08月21日

これが今のノアのメイン

 一昨日の日曜日、昼の全日本のあとは夜からノアの8~9月シリーズ開幕戦だ。この1年でノアの風景はさり気なく、実は急速に変わってきている。今シリーズの軸がGHCヘビー級選手権次期挑戦者決定リーグ戦ということもあるだろうが、この日のセミは丸藤VSヨネの公式戦、メインは森嶋VS潮﨑の公式戦だった。そこには欠場中の小橋はもちろんのこと、三沢、秋山、田上は入っていないのである。

 少なくとも森嶋VS潮﨑のメインは1年前では考えられなかった。当時のことを考えると、森嶋は「爆発すると凄いけど、出来不出来の波が激しすぎる」と言われていたし、潮﨑に至っては「どう持ち上げても、小橋の後継者には無理があるなあ」という感じだった。その2人が違和感なくメインを務めたのだ。

 森嶋は今やROH世界王者として日米を股にかけて怪物パワーを爆発させてノリノリ。対する潮﨑も予想以上に頑張った。森嶋のスーパーヘビーの猛攻に耐えて145キロ(実際はもっとあると思われる)をジャーマンで完璧に投げ、ブレーンバスターの体勢からファイナル・カットに入るオリジナル技ゴー・フラッシャーも決めた。そして何よりも技に頼らずファイトが骨太になったのがいい。気迫も出ていた。昨年12月の武道館でわずか4分45秒でボロ負けした時とは大違い。最後はまたもバックドロップに敗れたが、18分8秒の熱闘だった。

 思えばこの1年、潮﨑は辛酸を舐めてきた。小橋が欠場となった7・16日本武道館では鈴木みのるとの一騎打ちというチャンスを掴んだが、まったく相手にされず完敗。12・23ディファ有明では丸藤と一騎打ちをして「潮﨑は今、若さと顔で応援されているけど、今のままだったら壁にぶち当たる。オリジナルがない。小橋建太が帰ってきたら存在意義がないよ。今、上で試合を組まれているけど、俺ら…KENTA、森嶋、力皇とはレベルが違う。今のままじゃ通用しない」と駄目出しされ、年が明けた1・21武道館では秋山の可愛がりを受けた。「小橋建太の真似をするなら、歩んできた道も真似しなきゃ駄目だ!」と秋山の言葉も厳しかった。

 だが、今の潮﨑を小橋のコピーと見る人はいないはず。小橋欠場から「小橋さんからの独立」を宣言していた潮﨑はコツコツと自分を磨いてきたのである。
「僕の力が足りなかったですね。善戦した? いや、森嶋さんはまだ余力がありましたよ。それが悔しい」
と試合を振り返った潮﨑。その悔しい気持ちがある限り、まだまだ潮﨑は伸びていく。小橋が復帰した時、その反対側のコーナーに逞しく成長した潮﨑がいてほしい。

 

投稿者 maikai : 08:53 | コメント (0)

2007年08月20日

小島とケア

 昨日の日曜日は例によってダブルヘッダー。昼は全日本の『サマー・インパクト2007』開幕戦だ。両国大会を1週間後に控えているだけに、各選手はいきなりフルスロットル。両国に向けてのポイントを書けば、メキシコ・アミーゴスVSサムライ・ジャパン前哨戦ではYAMADAが掌打でNOSAWAをKOした。
「あれは強烈だった。YAMADAの頭に角が見えた…」とNOSAWA。ということは、YAMADAの正体は89年に「リバプールの風になった」という言葉を残し、獣神をモチーフにしたマスクマンになった“あの男”なのか。両国のPPVでは、このアミーゴスとサムライ・ジャパンの解散をかけた6人タッグを解説することになっているが、他団体をネタに絡められたら喋りにくいなあ(苦笑)。

 勝彦とセイビンのタッグ前哨戦はなかなかよかった。勝彦が知らないムーブを次々に披露するセイビン、対する勝彦はセイビンの右頬にシャープな蹴りをバシッと決めた。この2人なら好勝負間違いなし。海外進出も視野に入れている勝彦にとってセイビンとの世界ジュニア戦は試金石になる。

 みのると健介の三冠を巡る攻防は、先シリーズの心理戦から一転して余計な要素を排除したガチガチの戦いを展開。2人のテンションが高まっていることがわかる。あとは本番を待つばかりだ。

 さて、個人的に興味を持っているのは川田&ケアに小島&TARUが挑戦する世界タッグ戦。7・29金沢で小島のイス攻撃を顔面に食らったケアは2112部上顎骨歯槽骨骨折(全治1ヵ月)という重傷を負ってしまった。今シリーズは両国以外は欠場だ。何やら難しい名前の怪我だが、ようするに鼻と唇の間…上歯の歯茎の下の骨が折れて陥没したとのこと。試合前、控室でケアに負傷箇所を見せてもらったが、上歯の歯と歯茎が金属でガッチリと固定されていた。これでは食事をするのも大変なはず。それでいて、メイン終了後にリングに駆け込んだのだから無謀だ。小島のラリアットを食って、またまた口から流血。これは本当にシャレにならない。

 だが、小島がここまでやれるのは、ある意味で大したものだ。口では「ケアを壊してやった」と言っていているが、どう考えても偶然の事故。金沢のアクシデントが故意のもののはずがない。だが、それを利用してヒールとしてノシ上がるぐらいの覚悟がないなら、小島は大成しない。両国の本番でも小島はケアの口を容赦なく攻めることができるのか? 小島にとってヒールとしてやっていく上での踏み絵になるだろう。一方、ケアがここで耐え抜いて世界タッグを防衛できれば、去年のカーニバル優勝&三冠奪取の時の輝きを取り戻すことができる。両者にとって今年下半期を占う重要な一戦だ。

投稿者 maikai : 11:48 | コメント (0)

2007年08月19日

みのるの夢の対決が次々実現!?

 鈴木みのるのキャパは本当に広い! 12日=MAキックでMAZADAと組んで初代タイガーマスク&スーパータイガーと激突、14日=カスイチのオールスターちゃんこランブルでラム会長、男色ディーノと初対戦、16日=OZアカデミーでAKINOと組み、ダイナマイト・関西&エル・ブレイザーとミックストマッチ。そして昨日は橋本友彦主催興行『MAKEHEN9』に出場した。

 橋本主催の『MAKEHEN』は私も初めて。会場に顔を出すと橋本が「小佐野さん、やっと来てくれましたね!」とニッコリ。こう言ってもらえるのは嬉しいことだ。何せ、肩書きのないフリーライターで会場に出入りしている立場だけに「何しに来たんですか?」などと言われたら、シャレにならない。

 それにしても『MAKEHEN』は凄い世界だった。名前は知っていてもファイトは初めて見る選手、名前すらも知らない選手がゴロゴロいるのだ。数々のリングに上がっているみのるも「ウーン、ここはインディー中のインディーだな…」とニヤリ。

 さて、注目はみのる&東京愚連隊(NOSAWA論外&MAZADA)と橋本、佐々木貴、ランス・ホイトの6人タッグ。三冠王者みのるとデスマッチ絶対王者の貴の激突なんて早々見られるもんじゃない。みのるVS橋本だって興味深い。みのると有刺鉄線バットを持った貴の睨み合いという絵はなかなかのものだった。試合の方はみのる&東京愚連隊のやりたい放題といった感じ。貴はデスマッチ3連戦直後ということでボロボロの状態だっただけに、みのるVS貴で「おおっ!」という場面は生まれなかったが、この2人が接点を持ったことが重要だ。

 大会終了後には紫雷姉妹プロデュースのバトルロイヤルが急遽行なわれ、みのるも出場。ここでも面白い顔合わせが実現した。まず、みのるVS健心。これはみのるVS健介の三冠戦の前哨戦!? 健心ばり(?)の健心のチョップに涼しい顔のみのるは、健心をぶん投げてオーバー・ザ・トップロープで簡単に料理。その他、ヒクソン・グレイシーと戦った木村浩一郎との絡みもあった。みのるは紫雷姉妹と絡もうとしたが、これは周囲の阻止で実現せず。最後は橋本に飛びつき腕ひしぎ十字固めを決めたところで、裏切った論外にフォールされて失格に。

「佐々木貴? まあ、どんなやり方してもいいけど、基礎をやりなさいってことだな。よくインディーの奴らは言うでしょ、“俺たちの方が凄いことやってる”って。でもさあ、体力が圧倒的に違うんだよ。それが上と下の差なんだよ。ってことをわかんなきゃ。健心? あいつのチョップは健介の500分の1(笑)。だから健介ファミリーに入れてもらえねぇんだよ。まあ、この『MAKEHEN』って凄い世界だったけど(苦笑)、来なきゃわかんねぇんだよ。体験しなきゃわかんねぇんだよ。こういうのが俺にとって血となり、肉となり、幅が広がっていく。今の俺はぶっち切っている自信があるよ。こういうところに来なきゃ対戦できない奴もいるんだから。どこに行っても俺は俺…俺には見せるものがある。自分が立っている姿をどう見せるかすら知らないバカばっかりだから、全部、俺の世界になる。でもさあ、遊びであっちこっちに上がってるんじゃねぇぞ。こういうインディーには眼がギラギラした奴らいっぱいいるんだ。NOSAWAとMAZADAだって、こういうインディーの中から這い上がってきたんだろ。そういう予備軍がいっぱいいるんだよ。どんな形でも今の俺に勝ちゃあ、上に上がれるチャンスがあるんだ。たとえ、俺が自分で足首ひねって怪我してフォールされても、それは鈴木みのるが負けたことになる。三冠王者の俺をフォールした奴は、どうあれ一夜にして注目される。常に何をされるかわからないリスクを背負ってやってるんだよ。これで実戦の勘が鈍らず、テンションを持って健介との三冠戦に臨めるよ」(みのる)

“世界一性格の悪い男”は“世界一研究熱心な男”でもある。

投稿者 maikai : 09:02 | コメント (0)

2007年08月18日

新生アパッチ宣言!

 15日~17日の3日連続で新木場において葛西純プロデュース興行が行なわれた。『Gスピリッツ』の原稿書きで残念ながら15&16日はパス。ようやく昨日の最終日だけは行くことができた。3日間連続で取材しているという週プロの松川記者に聞いたところ、毎日が濃い内容だったようだ。15日=素足画鋲デスマッチ、16日=7種類のアイテムを使ったタッグ・デスマッチ、そしてこの最終戦ではBJWデスマッチ王者で“デスマッチの絶対王者”と呼ばれる佐々木貴と葛西純のガラス・クラッシュ+αデスマッチである。

 2人ともデスマッチの天才だった。リングの対角線上に巨大なガラスがセッティングされたが、それを無暗に使おうとはしない。「一体、いつガラスに突っ込むんだ!?」という緊張感の中で試合が繰り広げられ、誰もが予想していない場面で葛西が貴をガラスに衝突させた。パーンと飛び散るガラス。リングの上にはその破片が広がる。だが本当に凄かったのは、ガラスが砕け散ったあとの攻防だ。

 キチ○イ・コールが爆発する中で、葛西は場外に机をセッティングして貴をガムテープで固定すると、2階のバルコニーの上からダイブ! 貴はガラスの破片が敷き詰められているキャンバスめがけて雪崩式Dガイスト! 葛西は+αのアイテムの剣山の上に貴をダルマ式ジャーマン! 去年のアブドーラ・小林戦を再現するかのように貴の後頭部に剣山が突き刺さった…。

 両者はまるでバケツで血をかぶったように全身が真っ赤。そのフィニッシュも壮絶だった。ダウンした貴の上にイスでガラスをセットし、その上から葛西がパールハーバー・スプラッシュ! 貴はもちろん、葛西だってガラスの衝撃を受けるわけだが、敢えて自分の体をも傷つけるのが葛西のデスマッチに懸ける心意気なのだ。

 ノンタイトルとはいえ、デスマッチの絶対王者が敗れた。その瞬間、新木場に葛西コールが大爆発。
「貴、この3日間よ、お前とやってきてようやくわかったよ。お前は本当にデスマッチが好きなんだな。おい、いいか…大日本の後味がいいデスマッチだけがデスマッチじゃねぇぞ。人間臭くて泥臭いデスマッチ…これがアパッチのデスマッチなんだ」(葛西)
「葛西、アパッチのデスマッチ…十分わかったよ。俺もアパッチのデスマッチが大好きだーっ!この3日間、楽しかったよ。でも、これだけは忘れるな。俺は諦めが悪いから、完全に負けたとは思っちゃねぇ。アパッチのデスマッチをまだまだやろうぜ!」(貴)
 今度は大アパッチ・コール!貴は大日本ではエースでも、所属するアパッチではたかし軍を結成して嫌われていた。アパッチのファンが貴を認めた瞬間だ。
「今の言葉、聞き逃さないぞ。大日本だけに力入れてんじゃねぇぞ。敵同士だけど、一緒にアパッチを盛り上げていこうぜ!」(葛西)
 ここで矢野に奪われたWEW王座の奪回を宣言しているマンモス佐々木を呼び込んだ。
「葛西、貴、3日間お疲れ様でした。凄いなあ。俺にはこんなことでけへんけど、アパッチにベルトを取り返してくるから」(マンモス)
「アパッチのリングに真壁を呼び込んだのはたかし軍かもしれないけど、オイシイところを取られてたまるか。真壁がデスマッチ云々と偉そうに言ってるけど、デスマッチの王者は俺だ。俺がぶっ潰してやるよ!」(貴)
「金村抜きでこの3日間やってきた。俺っちだけじゃなくて、この新メンバーでこれだけ満員にしてきたんだ。この3人の新生アパッチで、後楽園を満員にしてやろうぜ! そして俺っちは10月の後楽園で、俺が考えたデスマッチでその時のWEW王者に挑戦するから!」(葛西)

 ボスの金村は大日本の8・13岡山大会で負傷し、胸部圧迫骨折の疑いでこの3大会を欠場した。ここで若い人間たちの意地がいい形で出た。最近のアパッチは確かに興行不振。7月20日の後楽園ホールはわずか800人の客しか入らなかった。みんなが危機感を持っているのである。今回の3連戦は15日=250人(満員)、16日=300人(満員)、17日=400人(超満員札止め)と、会場の規模から考えたら大成功だったと言える。

「金村抜きで3日間、客を集めた。今まで口では“金村、黒田の時代じゃない”って言っていたけど、今日がスタートです。これから3人でスクラム組んで、絶対に後楽園ホールが満員になるように盛り上げていきます」
 と葛西が言えば、貴も、
「俺だってアパッチの一員だから。たかし軍団を作ったのもダンスを踊って、みんなで手を挙げてっていうナマぬるい団体を盛り上げるためだった。でも、このアパッチがなくなっちゃったら全部オジャンだからよ、俺らがリングで体と体をぶつけ合って、デスマッチやって、血を流し合って、盛り上げてやる。この前の後楽園は客が少なくて悲しかったし、寂しかった。きっと葛西もマンモも思っていたんだろう。今日は葛西に負けたけど、今日がスタート。何も終わんねぇよ。これからだよ、本当の戦いは」
 とコメント。こうした新世代のアクションに金村と黒田はどう対応していくのか? またアパッチには、これとは別に“デスマッチを排除した本当のプロレス追求”を謳うGENTARO、ウインガー、HI69のパルプ・パックス(通称・紙バック)もある。

 内部の問題、そして新日本との絡み…アパッチの先は読みにくい。だが「何とかしたい!」というエネルギーが充満していることだけは確かだ。

 なお、今日は新木場で橋本友彦興行が行なわれるが、ここでは佐々木貴と鈴木みのるが6人タッグで激突する。デスマッチ絶対王者と三冠王者の激突…これは見逃せない!

投稿者 maikai : 11:48 | コメント (0)

2007年08月17日

『Gスピリッツ』の同志たち

 フリーの立場の私が書くことによって清水さんや辰巳出版に迷惑をかけてはいけないと自重していたが、昨日『Gスピリッツ』宣言ができてスッキリした。プロレス専門月刊誌『Gスピリッツ』は清水さんが編集長、週刊ゴング主任だった佐々木クンが副編集長となり、モバイル・ゴングで最後まで頑張っていた斎野クン、村上クンがスタッフとしてサポートしてくれる。

 週刊ゴング最後の編集長・木幡一樹クン、93年からアルバイトとして週刊ゴングに入り、95年に入社、00年からフリーとして活動していた谷口範夫クンが執筆陣に名を連ねているのは、私にとって嬉しいことだ。木幡クンは私が週刊ゴングの編集長になった94年8月にWAR担当記者を引き継いでもらった。仕事に対する姿勢、人となりを見ていて、木幡クンなら天龍さんと相対しても大丈夫だと確信していたからだ。谷口クンは、私が副編集長時代だった時代に「ゴングに入りたいんです」と手紙をくれたり、会場で声をかけられた。そのたびに私は課題を出し、それに対して大学生だった谷口クンはエディター・スクールに通ったり、『ゴング・メイト』に投稿してきたりと努力を重ね、最後は清水さんと私が面接してゴングに入ってもらった。入る前に自分で下地を作っていたから、私が編集長の時代には、すぐに大きな戦力になってくれた。

 さらに自分の足でアメリカ、カナダ、メキシコ、ヨーロッパ、南米を歩いて様々な取材をしてきた渋澤恵介クン、週刊ゴングでインディー系を担当していた竹田実クンもライターとして参加するという。 みんな気心の知れた人たちばかり。気持ちのいい人たちと気持ちのいい仕事ができるのは幸せである。

 あとはプロレス・ファンの人たちに満足してもらえるような新しいプロレス雑誌を作るだけ。週刊ファイト、週刊ゴングが相次いで休刊となり、今やプロレス専門誌は週刊プロレスだけになってしまった。業界的に考えると、たとえ月刊誌であろうとも、新しいプロレス専門誌が創刊されることは、プロレスが世間に露出する場が増えるのだからいいことだと私は信じている。また、週刊ゴングを愛読してくれていた人たちに対する“落とし前”だとも思っている。理由はどうあれ、週刊ゴング休刊は読者を裏切り、また業界のイメージを低下させてしまったのは紛れもない事実なのだから…。

 今回、はからずも『Gスピリッツ』と『Gリング』というゴングの流れを継ぐ2誌が同時創刊されることになった。「何で分裂なんだよ」「今の時代にプロレス月刊誌2誌もいらないよ」「金がかかる」という批判の声も聞く。それに対しては「出来上がった本を読んでみてください」としか言えない。ゴング・イズムについて、どちらが元祖か本家かなどというのは、土産物屋の争いでもあるまいし、ナンセンス。どちらの雑誌もゴングで仕事をしていた人間が、そこで培ったものを無駄にせず、新しい雑誌をスタートさせるということ。競うのは、読者をいかに満足させられるかの1点に尽きる。

 清水さんと私のスタートは本誌ゴング、別冊ゴングの編集者。佐々木クンはゴングに入る前に某雑誌の編集者をやっていた。9月5日、『Gスピリッツ』は今までのプロレス誌とはイメージの違う月刊誌として創刊されるはずだ。

投稿者 maikai : 09:23 | コメント (0)

2007年08月16日

『Gスピリッツ』宣言

 9月5日、ふたつのプロレス月刊誌が誕生する。『Gスピリッツ』と『Gリング』…共に3月に休刊になったゴングの遺伝子を持つ人間が作る本だ。で、私の立場はというと『Gスピリッツ』にライターとして参加する。

 なぜ『Gスピリッツ』なのか。答えは簡単、6月下旬に辰巳出版からプロレス月刊誌を出版できることになったこと、ついては協力してほしいという電話を清水さんからもらったからだ。清水さんが編集長になり、副編集長は週刊ゴングの主任で新日本担当でもあった佐々木賢之クンだという。もちろん清水さんの中には「ゴングで培ったものを活かしたい」という気持ちがあった。これは喜んで協力を申し出て当然だ。ただし日本スポーツ出版社を退社してから約3年フリーとしてやってきた私は、私なりに個人で積み上げてきたものもあり、週刊ゴングに関わった時と同様にフリーのライターという立場で参加させてもらうことにした。

 もうひとつの動き…つまり『Gリング』の動きを人づてに知ったのはその後のこと。理想なのはゴングに関わった人間が一丸になってゴング復刊、あるいは新雑誌を作ることだったと思う。何しろ、もうひとつの動きを知ったのがあとだったから事情はまるっきりわからないが、ゴングが2派に分裂して、それぞれに新雑誌創刊という現実は、まるでプロレス団体の分裂騒動である。正直なところ「残念だなあ」とは思ったが仕方がない。それぞれの置かれている状況や事情、考え方が違うのだから、誰がどんな行動を取っても恨みっこなしだ。

 例によって綺麗事だの偽善者だのと言われそうだが…本音を書かせてもらえば、日本スポーツ出版社に関わっていたすべての人間がしなくていい嫌な思い、辛い思いをした。だから、これから先、誰も不幸にはなってほしくない。プロレス業界に関わる者、他の世界に移った者…人それぞれだが、どこでもいいから自分の道をみつけて幸せになってほしいと思う。

 そういう思いの一方で、現実問題としては『Gスピリッツ』と『Gリング』は競合誌。となれば、私は週刊ゴング休刊時のダイアリーで書いた「健全な形で週刊ゴングが復刊され、その時の編集部が私を必要としてくれれば、そこにいる」を『Gスピリッツ』で実践するだけだ。

投稿者 maikai : 09:52 | コメント (3)

2007年08月15日

異次元空間でも…みのるはみのる!

 新宿FACEで月1回開催される月刊カス野郎プロレス『カスイチ』は、一度観たら結構ハマる。意外な大物ゲストが登場するし、軸となっているTARU、近藤修司、ブラザー・ヤッシーのブードゥー・マーダーズとは違う一面が見られるからだ。近藤には「普通の試合は凄いが、エンターテインメントはまだまだ…」ということで今後、エンターテインメントへの道が用意されそうだし、TARUは谷嵜なおき相手に厳しい父親のような試合をみせていた。

 あらかじめ告知されていた大物ゲストは邪道&外道で、双子のバラモン兄弟と対戦。バラモン兄弟を掌に乗せ、最後はスーパーパワーボムで一蹴した邪道&外道は、
「元祖兄弟タッグ? 舐めんじゃねぇ。俺たちは20年、兄弟としてやってんだ。あいつらがランドセル背負って、鼻たらしてる頃からやってるんだ」(邪道)
「俺たちにツバかける元気は認めてやる。でも、そのあとどうなるか? 1万倍返しだ!」(外道)
 と余裕の言葉。そう、邪道&外道はTPG(たけしプロレス軍団)の新人オーディションから20年間も一緒にやってきた。遠回りのプロレス人生だったが、今や日本を代表するタッグチームに。バラモン兄弟にとっては貴重な体験だっただろう。

 さて、この日のメインは大鷲透プロデュースの“オールスターちゃんこランブル”。カスイチ常連の大鷲、ヤッシー、菅原、KAGETORAが人脈を活かして普段参加している団体から選手を招待して行なう時間差バトルロイヤルだ。まず大鷲の招待選手はDDTの大家健(客席からブーイング)、菅原の招待選手はゼロワンMAXの浪口修(客席からエーッ?の声)、KAGETORAの招待選手はラッセ(これは拍手が)、勝手にバトルロイヤルに参加したバラモン兄弟が勝手に招待したのは666の怨霊&ラム会長(盛大な拍手)、そして…ヤッシーが招待したのは鈴木みのる!(場内騒然!)

 みのるがリングインすると、他の選手は場外に避難。リング上に残っていたのは女子小学生のラム会長だけだった。みのるとラム会長の視殺戦というのは凄い絵だ。ラム会長はビンタ一閃! みのるが凄い形相でラム会長の頭を掴むと、客席からはその大人気ない態度に大ブーイング。ラム会長は怨霊のアシストを得て、みのるに619を決めた。これは事件だ! 怒りのみのるは怨霊をオーバー・ザ・トップロープでぶん投げて失格にさせると、再びラム会長の頭を鷲掴み。毒舌と気の強さが売り物のラム会長も遂には泣き出してしまった。当然、客席からは大ブーイング。さすがに困ったみのるはラム会長によみうりランドの優待券をプレゼントして機嫌を取る。「お前、案外いい奴だな。付き合ってやってもいいんだぞ。よみうりランドなんて今さらダサイけど、せっかくだから行って来るよ」とみのるに告げたラム会長は試合を放棄して控室に帰ってしまった。うーん、みのるVSラム会長もとりあえずは成立するのだ。

 だが、もっと凄い絵が待っていた。最終的にリングに残ったのは、みのると男色ディーノ。これもある意味で夢の対決である。ディーノの濃厚なキス攻撃に対して、みのるは逃げることなく腰に両手を当てて仁王立ち。“ファイト1発!”を食らう場面もあったが、バチバチのチョップ合戦に持ち込み、最後はスリーパーからゴッチ式パイル…と思いきや、一瞬考えたみのるは、その手を離すと、ディーノが脱いだタイツを履いて、その中にディーノの頭を突っ込んで、改めてゴッチ式の男色ドライバー! 見事なフィニッシュだった。

「いつもと違う空間? 別に違わねぇよ。やることはいつもと一緒だ。相手がマスクしてようが、ペイントしてようが…オカマ(ちなみにディーノはオカマではなくゲイ)だろうが、やることは一緒だよ。キス攻撃? あんなもんは俺には効かねぇよ。くだらねぇこと聞くな、バカ!」(みのる)
 
 「やることはいつもと一緒」とは言っても、相手のキャラクターを拒絶しないのがみのるのセンス。その上で相手の強烈なキャラクター以上に“鈴木みのる”の毒を出して“みのるワールド”にしてしまうのだから凄い。16日には後楽園ホールのOZアカデミー興行でAKINOと組んでVSダイナマイト・関西&エル・ブレイザー、18日には新木場の橋本友彦興行で東京愚連隊(NOSAWA論外&MAZADA)を率いて橋本友彦、大日本デスマッチ王者の佐々木貴、ランス・ホイトと戦うが、
「女子、デスマッチ王者? そんなもん関係ねぇ。リングに上がること自体がデスマッチなんだよ。パートナーも対戦相手も、みんな後悔すると思うよ。俺を呼んだら痛い目に遭うことを覚悟しとけよ」(みのる)
 今のみのるはどんなプロレス、どんな相手も俺流に消化してしまう。いつ何時、誰とやってもみのるはみのるなのだ。
 

投稿者 maikai : 10:48 | コメント (0)

2007年08月14日

曙のプロレスLOVE

 今年のG1は、いわゆる大物外敵の参戦がなかっためにスケール感には欠けたが、内容的には新日本内部が充実していることを示せたのではないか。今年に入ってブレイクした真壁、越中が健闘したのは個人的に嬉しい限り。そしてWEW王者になった矢野も連日、好ファイトを見せていたとマスコミの間では話題になっていた。両国初日の中邑戦にしても硬軟を巧く使い分けて巧さが光った。反則をする時には必ずレフェリーの死角を衝くという利に適ったものだし、バックボーンとなっているレスリング仕込みのスープレックスも切れる。同じヒールとはいっても真壁とはタイプがまったく違うのだ。下半期、この矢野が意外に頭角を現してくるかもしれない。

 そしてもうひとり…私が注目していたのは曙だ。スタミナ、スピードに難はあるものの、本当に巧くなった。相手に引っ張りまわされるのではなく、ちゃんと自分のペースで戦えるようになったのだから大したものだと思う。それは本人の本気があってこそ。天山、真壁に勝ち、永田、蝶野に負け、バーナードと引分けの2勝2敗1引分けの五分の星は立派だ。

「初挑戦だし、強烈なメンバーの中で五分なら上等。星取りよりも内容が自分にとってよかったと思います。それは観ている人に判断してもらうしかないけど、自分では前の曙ではないと思ってます。経験ではペーペーなんで、相撲時代と同じで横綱の胸を借りるつもりで臨みました。最初は珍しさで応援してもらえましたけど、今はとにかく内容。ただ試合をするんじゃなくて、やることをキチッとやって、出る限りは自分が中心になって試合に臨みたいですね。プロレスは楽しいっスね。プロレスはいいっスね! ずっと前から思っているけど、一生懸命やれば、そのうちみんなに伝わっていきますよね。練習はきついですけど、一生懸命に歯を食いしばってやれば、観ているお客さんに通じるし、やっている本人もやり甲斐が出ますね。相撲の時は息子にやっている姿を見せられなかったので、こうしてプロレスで汗かいて、ぶちかましている姿を見せたいです」

 2年前に武藤敬司に導かれてプロレスに参入し、その魅力にのめった曙。武藤部屋で植えつけられた“プロレスLOVE”はさらに大きくなっている。プロレスに飛び込むのは今しかない!

投稿者 maikai : 09:02 | コメント (0)

2007年08月13日

世代闘争の気運の中で…棚橋!

 昨日、新日本の新たなうねりについて書いたが、G1最終戦では次なる展開にまたまた選手たちが動き出した。まずは蝶野、長州、越中、マシンとの新ユニット結成を宣言したライガーと、CTU解散後はGBHへの合流を示唆していた邪道&外道がギクシャク。試合後、控室前の通路で邪道&外道がライガーを袋叩きにし、8・26後楽園の解散興行を前にCTUは事実上、崩壊してしまった。

 長州と越中はタッグ結成。かつての維新軍の長と平成維震軍の長の合体だ。越中が所属していたGBHの天山&矢野を粉砕して初陣を飾った。「盛り上がるためなら何でもやる。これで今年の下半期が変わらなければ、来年も同じだ!」という長州のセリフは革命戦士時代に聞いた言葉だ。一方、気になるのは天山。「気力でやってきたけど、もう限界。リングに上がるのが怖い…」と、まるで戦線離脱を示唆するようなコメントを残して控室へ。

 さてG1は準決勝で棚橋が真壁を、永田が中邑を撃破して決勝に進出した。中邑は左肩鎖関節脱臼によるドクター・ストップ。つくづくツキに見放されている。そして優勝したのは棚橋! 世代闘争に突入する感がある今の新日本で棚橋が優勝した意味は大きい。この日の棚橋は前日の“黒・棚橋”ではなく、普段の“白・棚橋”。「両国の皆さん、愛してまーす!」の例のセリフも飛び出した。だが、IWGP王座から転落以来、自分の道を模索していた棚橋は明らかに変わってきている。それは試合後のコメントの端々にも滲み出ていた。印象的だった言葉をピックアップすると、
「俺は現時点でIWGP王者に何一つ劣っていないということです」
「俺の野望は、このプロレスというジャンルをもう1回てっぺんまで引き上げることです。それには俺が爆発しなきゃいけないし、俺らの世代が爆発しなきゃいけない」
「俺がプロレスの神様に愛されていたってことですよ。いつでも俺は正しいんだ」
「メディアの表記を見ると“次世代エース”って書いてあるんですよ。NJCも獲った、IWGPも獲った、そしてG1も獲った…あとは何が足りないんだって? 次の世代はいつなんだっていう。もう、力ずくでも次世代とは言わせません。次世代という表記は禁止です。エースという表記は好きなんで続けて下さい」
 さらに長州らのレジェンド・ユニットについては、
「危機感を感じているからこその動きなんだろうけど、あの軍団に負けていたら新日本の発展は1ミリもないと思いますよ。素敵な四字熟語を贈ります。“一網打尽”」

 IWGP王者時代の棚橋は何とか新日本を立て直そうと、我を殺していた印象が強かった。だが、その姿勢はマスコミには理解されてもファンには届きにくく、結果として人気という点でいまひとつだった。もう我を出していい時だし、本人もそのつもりだ。これからの棚橋は一味違う。

投稿者 maikai : 09:56 | コメント (0)

2007年08月12日

新日本に新たなうねり

 今日はG1クライマックス決勝。まず棚橋(Bブロック2位)と真壁(Aブロック1位)、永田(Aブロック2位)と中邑(Bブロック1位)が行なわれ、勝者同士で今年の覇権を争う。

 だが、昨日の両国では早くも“その後”に向けてのアクションがあった。真壁に敗れた蝶野の呼びかけで長州、越中、マシン、ライガーがリングに上がり、新軍団の結成を宣言したのだ。復帰後、常々「これからの新日本は俺が仕切る」と言っていた蝶野が「この5人が新日本の歴史だ。俺たちこそ新日本の大黒柱だ。今の新日本に遠慮していられない」とぶち上げたのである。

「蝶野とは、この1~2ヵ月、話し合ってきた。みんなポジションがあるから難しい部分もあったけど、この5人がやらなきゃいけない。今の新日本に何が足りないのか? これまで方法論は違ったけど、目的は同じところにある。若い連中には十分時間をやってきた。これは現状から抜け出すための行動だ」(長州)
「この何年間か、脇にズレて戦況を見てきた。確かに若い奴らが一生懸命頑張っているのは認めるよ。でも俺たちの歴史、名前を越えた奴がいるかってことだよ」(ライガー)
 今の新日本は誰にでも上に行ける自由な空気があるが、そこで敢えてベテランたちが逆襲に出たのだ。この5人の決起によって蝶野とマシンはブラック軍団を飛び出すことになるだろうし、越中もGBH離脱になるだろう。ライガーの場合はCTUが解散するから自由だが、この5人の決起によって、これまでの新日本の図式はガラリと変わる。

 その他、2勝3敗で初G1を終えたミラノはヘビー級転向を宣言し、永田とバーナードが試合後に健闘を称え合うシーンもあった。また、越中を下して今日の決勝トーナメントに駒を進めた棚橋は黒のロングタイツという新スタイルで戦い、“人気者”越中に対してヒール・ファイトを展開。

「最初から俺の持てる才能を全部出したら、他の選手にいらん気をもたせなくて済んだのに申し訳ない。このコスチュームは気分で作ったけど、使う機会があってよかった。基本的にはいい人間ではないんでね。明日は真壁選手? デビュー戦の相手だし、思い出があるますね。俺のことを温室育ちって言うけど違うんだなあ。こっちは純粋培養だから、言い方に気をつけるように。俺は、俺が勝ち上がれば、何も言うことはない。今日の俺は見事だった。見事過ぎるな、俺…」
 と、試合後のコメントも嫌味タップリな感じ。元々、センスのいい棚橋だけに意外にヒールはハマるかもしれない。

 いずれにせよ、今日のG1が終わった瞬間から、新日本は新たな局面に突入する。

投稿者 maikai : 10:41 | コメント (0)

2007年08月11日

2ヵ月ぶりの健介オフィス

 昨日は2ヵ月ぶりに埼玉・吉川の健介オフィスに行ってきた。全日本の8・26両国と9・1ディファ有明における自主興行第2弾に向けての公開練習ということで、健介と勝彦がそれぞれに新技を披露。

 健介は、ドラゴン・スープレックスとタイガー・スープレッスをミックスした形で後方にパワースラム気味に投げるキング・バスター、鈴木みのるのサブミッションに対抗するべくストラングル・ホールドZを公開。新しいストラングル・ホールドは左足で相手の左腕と首を巻き込み、右腕はアームロックで絞り上げ、さらに右膝を相手の腰に押しつけて固定するから、相手は逃げられない。まあ、文字で読むとよくわからないだろうから、今日のスポーツ新聞で写真を見てください。実験台になった勝彦は、
「投げ技の方は投げられている時に自分がどういう状態になっているかわからないですね。それで気付くと頭から真っ逆さまに叩きつけられる。首がヤバイですよ。一応、厚いマットを敷いていましけど、あれが普通のリングだったら、今ここにボクはいませんよ(苦笑)。サブミッションの方は動けないですね。で、足で頚動脈を締められているので、落ちちゃいますよ。落とす技はスリーパーだけじゃないんですね」
 とのこと。健介オフィスのレスラーは健介と勝彦だけだから、勝彦が実験台になるしかないのだ。

 その勝彦はR15(ジャンピング・スピンキック)の進化形のデス・ロールを披露。これまでは当てるだけのキックだったが、進化形は相手の首を巻き込むように蹴るというもの。9・1ディファでデビューする山口竜志にサンドバッグを持たせたり、グローブをつけさせたりしてタイミングを研究していた。
「デス・ロールっていうのは、ワニが獲物を捕らえた時に、その獲物が死ぬまで噛みついたまま回転するんですよ。それをイメージしました。偶然、テレビで観たんです。普段、テレビはあんまり観ないんですけど、たまに観るといいことありますね(笑)」

 健介オフィス生え抜き第1号となる山口竜志はマサ斎藤直伝のバックドロップを公開した。183センチ、110キロのガッチリした体格は、とても新人とは思えない。いかにも健介の弟子といった感じだ。

 健介は新日本時代と変わらず厳しい。普段は優しくても、練習となると半端じゃない。今、朝青龍問題で朝青龍と高砂親方の関係が取り沙汰されているが、健介オフィスの師弟関係はピシッとしていて気持ちがいい。
「俺は厳しいですよ。でもね、あいつら可愛いから厳しいんです。どうでもいい奴らだったら、叱りませんよ。ウチには心のいい人間しかいませんよ。気持ちのいい人間たちと一緒に頑張っていくのが、ウチの理想なんです」
 と、健介。フリーになってから、怖い顔よりも笑顔の方が多くなった健介だが、その根っこは変わっていない。

投稿者 maikai : 10:43 | コメント (0)

2007年08月10日

ヤッシーが辻本恭史になる時

 昨日は後楽園ホールでエルドラドの1周年興行。エルドラドの選手は、普段は他団体で活躍している。全日本でブードゥー・マーダーズとして大暴れしている近藤&ヤッシーしかり、DDTを主戦場にしている大鷲、ゼロワンMAXを主戦場にしている菅原しかり。だが、このホームリングに帰ってくると立ち位置が変わるから面白い。近藤はSUKIYAKI、ヤッシーは南京Fuck`nレスリング部、大鷲は猛獣惑星(アニマル・プラネッツ)、菅原はHELL DEMONSとユニットが4つに分かれて対抗しているのだ。

 他にもDDTで同じハワイ軍団のディック東郷とアントーニオ本多が6人タッグで激突したのは新鮮だったし、初参戦のTARUが「こんなしょうもない、くだらない団体はぶっ潰してやる!」と宣言していたから、エルドラドのリングでは、全日本では考えられないTARUと近藤、TARUとヤッシーの激突が見られるかもしれない。

 さて、昨日のお目当てはヤッシー。軍団解散をかけて近藤と激突したが、その2日後…つまり明日には愛知県体育館における『HEAT4』に参戦して初の総合格闘技戦を行なうのだ。

 本名の辻本恭史としてリングに上がったヤッシーは近藤と真っ向勝負。パンチ、キックの打撃、アマレス仕込みのタックル、マウント・ポジションからのパンチなどの格闘技仕様のファイトも披露。対する近藤もシビアに受けて立って、ボディへの膝蹴り、キックでボコボコにした。裏拳からジャーマン(ナイス・ジャマイカ)など、大善戦したヤッシーも最後は近藤のキングコング・ラリアットに轟沈。だが、ゴツゴツとしたいい試合だったと思う。

 そしていよいよ明日、総合格闘技。プロレス的にはちゃらけたキャラのヤッシーだが、総合の練習も積んできた。そして、今回の挑戦を「プロレス最弱の男の挑戦」と言いつつ、
「これは個人的なテーマでプロレスラーを代表して出るものではないです。ブラザー・ヤッシーで参戦させてもらいますが、気持ちは辻本恭史でいきます。また違った一面が出せれば…」
 と、記者会見でいつもとは違う丁寧な口調で喋っていたヤッシー。馳浩に憧れてプロレスラーになった辻本恭史は新たな挑戦の舞台に立つ。

投稿者 maikai : 10:30 | コメント (0)

2007年08月08日

夏がくれば思い出す…

 暑い!やっと梅雨が明けたと思ったら、連日30度を越す暑さだ。朝8時過ぎにタバコを買いに行く時点で汗が噴き出てくるのだから、この先が思いやられる。

 このジリジリと体を焼く太陽光線を浴びると、私は13年前の夏を思い出す。1994年8月1日、私は週刊ゴングの編集長になった。33歳の誕生日を1ヵ月後に控えた弱冠32歳。キャリア的には14年を数えていたが、若い編集長だったと思う。それは編集部をまとめるが大変だったはずだ。

 8月1日は月曜日…清水さんにとって編集長最後の本の校了日だった。みんなは大日本印刷に出張校正に行き、私は編集部に残って自分が手掛ける最初の号の進行表を作っていた。翌2日には週刊ゴング編集部とゴング格闘技編集部が日本スポーツ出版社の本社から近くの岡本ビルに引越し。そして3日の水曜日から新日本の『G1クライマックス』両国5連戦がスタートした。

 こういう仕事はどうしても夜型になってしまう。でも、私は編集部員が徹夜して会社に寝泊りするのは好きじゃなかった。だから、このG1期間は即日追い込みの土日以外は出社午後1時を命じ、前日の大会の作業をした上で両国に取材に行くスケジュールを組んだ。みんなも大変だっただろうが、私も必死だった。真夏のお昼は暑い。暑い日になると、当時の春日駅から編集部までの暑い道のりを思い出してしまうのだ。

 そうやって作った週刊ゴング526号。表紙は優勝者の蝶野で、帯とタイトルは目立つようにと蛍光オレンジを使った。そこから4年半、私の編集長生活は続いたのである。

 自分で書くのもなんだが、よく頑張ったと思う。あれがあったから今も頑張れる。真夏は私を初心に戻らせてくれる。
 

投稿者 maikai : 10:02 | コメント (0)

2007年08月07日

3年の月日

 DDT8・5後楽園大会では、私が期待していた諸橋晴也のKO-D無差別級王座戴冠は成らなかった。だが、サプライズがあった。04年9月にDDTからアパッチプロレス軍に移籍した佐々木貴が8月26日のディファ有明で3年ぶりにDDTマットに上がることが決定、それをアピールするために来場したのだ。

 佐々木は97年春から約7年半、DDTでファイトしていた。だが、冬木のWEWに出るようになり、大日本の伊東竜二がDDTに上がるようになってから「DDTにいたら井の中の蛙」「外に出たい!」という気持ちが抑えられなくなり、DDTを去った。そこには「どの団体に上がるにしてもメインを張れる選手になろう。DDTでメインを張っていて、他団体で第1試合だったら意味がない」というプライドがあった。だから大日本に上がるようになってからはメインを張るためにデスマッチにも進出し、今や頂点のBJWデスマッチ・ヘビー級王者に君臨している。

 一応、円満退団ということだったが、やはり佐々木と高木三四郎の間には溝があったようだ。だが、今回の3年ぶりの参戦は、佐々木にしてみれば「DDTを出てから自分を確立した」という自負があるからだろうし、高木もそんな佐々木を認めたからだろう。

 8・26ディファ有明のカードは佐々木貴&HARASHIMA&諸橋晴也とハワイ軍のKoo&プリンス・トーゴー&アントーニオ“ザ・ドラゴン”本多。
「3年ぶりのDDT、俺が全部持っていく!」と言う佐々木に対して、かつて教えを受けたHARASIMAは言った。「あの人がいない3年間、何をやってきたのか見せつけてやります。佐々木さんには負けませんよ!」

 ここで「何で?」と突っ込みを入れたかったが、その前に決めゼリフが出てしまった。
「それは…鍛えてるからだーっ!」
 ううっ、残念!実は私同様に突っ込みを入れたかったサムライの三田さん、週プロの鈴木彩乃ちゃんも悔しがっておりました。そう、HARASHIMAが何か言った後に「何で?」と突っ込みを入れると必ず「何でかって? それは鍛えてるからだーっ!」というハイテンションな決めセリフが出るので、マイク・パフォーマンスの時はみんなで突っ込んであげましょう(これ、DDTファンの間では常識)。

 まあ、それはともかくとして8・26ディファ有明では、それぞれの3年間のドラマが見られるはず。ただ、残念ながら、私はディファに行けない。何でかって? それは両国で全日本PPVの解説があるからだーっ!

投稿者 maikai : 09:52 | コメント (0)

2007年08月06日

DDTの新人

 昨日のDDT後楽園ホール大会で新人がデビューした。安部行洋…1975年7月5日、東京都江戸川区出身の22歳だ。マサ高梨相手にフォームがキレイなドロップキックを連発し、グランド・レスリングもキビキビしていて、いかにも新人という気持ちのいいファイトを見せてくれた。

 この安部、実は入門前までは格闘技経験はなかった。野球を11年やっていて、後輩たちにプロレス技をかけて嫌がられていたという。プロレス入りに当たって、DDTを選んだ理由は、
「週プロとかゴングの団体連絡先のコーナーがあるじゃないですか。とりあえず上から順に連絡していって片っ端からテストを受けようと思ったんですけど、たまたま一番上にあったのがDDTで、そうしたら一発でOKになりまして(笑)。それでどういう団体かわからなかったんで、ホームページを見たり、DVDを見たりしました。そうしたら年齢的に近い人がいっぱいいたし、これならやれると思って…」

 ウーン、現代っ子(これって死語?)だ。だが、デビューまでに2年かかった。左上腕骨折(今も腕にはパイプとボルトが入っている)など、怪我に悩まされたからだ。よくぞ挫折しないでデビューに漕ぎ着けたと思う。
「セコンドでいろいろな先輩たちの試合を観ることができたので、苦ではなかったです。ようやくデビューできたんで、この団体で目立てる選手になりたいです。目標は飯伏さん。すべてにおいて凄いと思います。そういうレスラーになりたいです」

 デビュー戦の相手を務めた高梨にしても、最初は闘龍門に入ってメキシコに行き、途中で帰国してDDTに入り直すなど、デビューまで時間がかかった選手。それだけに安部に対して思うところがあるようだ。
「自分も時間がかかりましたから、同じような気持ちで嬉しかったですね。でも、このデビューからがスタート。DDTはいろいろありますから、悩むこともあると思いますけど、頑張ってほしいですね」

 そう、本当にここからがスタート。様々な要素を持ったDDTの中で安部がどんなレスラーに成長していくのか、見ていきたい。

投稿者 maikai : 12:28 | コメント (0)

2007年08月03日

再会ドラマ

 昨日のゼロワンMAX『火祭り優勝戦』は熱かった。カードは昨年と同じ田中将斗VS崔領二。肩の怪我を克服し、肉体改造もして連覇を達成した将斗に拍手を送りたい。「火祭りは熱いと言われるけど、毎シリーズ、地方に行っても、この暑さを持続させなきゃいけない」という田中の言葉は覇者にふさわしい言葉だった。

 さて、この優勝戦とは別に私が個人的に注目していたのはセミで組まれたジュニア・スペシャル・タッグマッチの藤田ミノル&菅原拓也VSディック東郷&望月。急遽、藤田サイドに澤宗紀、東郷サイドに高岩竜一が入って6人タッグマッチになったが、注目ポイントはエルドラドの菅原とドラゴンゲートの望月が相まみえたことだ。

 エルドラドはドラゴンゲートから分かれて出来た団体。この2団体が同じリングに上がることは有り得ないことだった。そしてモッチーと菅原にもドラマがある。

 2004年1月31日、デビュー10周年を迎えたモッチーは「ヒールを極める」として、当時、闘龍門で“はぐれ軍団”として活動していた近藤修司、ヤッシー、大鷲透、高木省吾と合体してヒール・ユニット『悪冠一色』を結成した。さらにモッチーは闘龍門最強を決める『エル・ヌメロ・ウノ』公式戦で対戦した菅原に「キャリア10年でこんなに追い込まれたのは初めて。ぜひ、ウチに欲しい!」と菅原にラブコールを送った。当時の菅原はヘンリー・Ⅲ・菅原なるリングネームでアンソニー・W・森とロイヤル・ブラザーズを結成していたが、このモッチーのラブコールに応えて、3月に本名に戻って悪冠一色入りしたのだ。

 その後、モッチーと近藤がリーダー問題で揉めて6月にモッチーは悪冠一色を脱退。7月5日に闘龍門はドラゴンゲートとなり、2004年12月31日付で「素行不良及び職務怠慢」という理由から悪冠一色のメンバー5人全員が解雇。そして現在に至っている。そうしたことを踏まえての2年7ヵ月ぶりの再会だった。

 最初は強く意識していた2人。試合中の正式なコンタクトは1回きりだったが、6人タッグの流れの中で自然と攻防が生まれた。

「久々に見る奴がいたね。始まる前まではいろいろな想いもあったけど、リングで戦ったら、それでもういいでしょう。あいつも頑張っているようだし、お互いに頑張ればいい。ただし団体としては、お前らに抜かれないよということですよ」(モッチー)

 モッチーは天下一ジュニアへの参戦を表明した。当然、菅原も出場するだろうから、04年3・7本川越以来の一騎打ちが実現するだろう。ここで菅原は3年近くやってきたことを望月にすべてぶつければいい。人間関係というのは当事者にしかわからず、他人が入る余地はないものだが、こうしてリング上で体と心をぶつけ合える状況になったことは、傍目からも嬉しい限りだ。

 

投稿者 maikai : 09:57 | コメント (0)

2007年08月01日

夏といえば…

 今日から8月。そろそろ梅雨明けしそうだし、いよいよ夏本番だ。夏といえば、やっぱり海! ああ、海に行きたい。ビーチに寝転がって太陽光線を浴びたい。ワイキキ周辺だったらフォート・デ・ルッシー・ビーチ、浜が広いヒルトン・ハワイアンビレッジ前のデューク・カナハモク・ビーチ、ワイキキが一望できるアラモアナ公園のマジック・アイランド、ノースショアのワイメア・ビーチパークもいいなあ。他島だったらハワイ島コナのキンカメ・ホテル前の白砂の小さなビーチ、カウアイ島のポイプ・ビーチがいい! などと夢想したところで、夏休み期間はハワイに行くには高いし、そんな時間もない。

 というわけで、7月最終日となった昨日は船の科学館のプールへ。デッキチェアが1000円、生ビールが500円…などなどと、結構お金がかかるのだ。でも、意外に人が少なかったし、ちょっとしたリゾート気分を味わえたので、今年の夏はこれで我慢するか。

 まあ、個人的なことをツラツラと書いていても面白くないだろうから、強引にレスラーとプールのよもやま話でも書こう。

①1976年10月、相撲からプロレスに転向した天龍さんは馬場さんに連れられてハワイへ。馬場さんのコンドミニアムにあるプールでドロップキックの練習をしていた。ようやくコツが掴めて、夢中になってやっていると、馬場さんが「おーい、天龍。もう、おしまい。飛び込みは駄目だって管理人さんに怒られちゃったよ!」。これは有名な話だよね。

②1987年4月、私は全日本を離脱した長州軍団のサイパン合宿に同行した。撮影のため、マニャガハ島に渡ったのはいいが、長州は「暑い! 俺は帰る!」と、馳を連れて、勝手に他の観光客の船に乗って帰ってしまった。私たちは2時間待って迎えにきた船で戻ったが、その途中で海から「ヤッホー!」とカン高い声が! 振り返ると、それはナンパしたビキニ女性とウインド・サーフィンを楽しむ馳クンだった。

③1991年1月、SWSのハワイ合宿。天龍さんとカブキさんはWWE視察で途中から合流したが、天龍さんはなぜかマスコミとの接触を避けていた。「天龍の写真がなければ記事にならない」と危機感を募らせたマスコミ陣は、ある日、ビーチを歩いていた天龍さんの付人の折原昌夫を尾行。すると…天龍さんがフォート・デ・ルッシー・ビーチで日光浴をしているのを発見。 マスコミに見つかってしまった天龍さんは、取材用の写真と折原への制裁を兼ねて(?)、海の中でリフトアップ・スラム、投げっ放しパワーボム!

 まあ、こんなところです。今月はちょっと忙しくなるので、更新のペースが遅くなるかもしれませんが、ダイアリーをよろしく!

投稿者 maikai : 09:30 | コメント (1)