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2007年06月30日

IGF旗揚げ戦

 結局はカードが決定したのが2時間前、「迷っている奴は観に来なくていい!」という猪木発言もあるなど、寸前までスッタモンダしたIGF旗揚げ戦が無事(?)終わった。観客動員は主催者発表で8426人(超満員)。超満員発表はともかくとして、これだけの泥縄で、よくもまあ集まった。これもアントニオ猪木の神通力というべきか、あるいはいい意味でも悪い意味(いじわるな意味)でも注目を集めたということだろう。

 実際問題としてIGF旗揚げ興行に猪木の新団体旗揚げという色はなかった。自前の選手がいないわけだから、猪木プロデュース興行である。その意味では上井駅やリングソウルの興行と変わらないと言ってもいい。田村潔司の土壇場での参戦が話題になったが、結局はUスタイルの披露試合という形に終わった。どうせなら“赤いパンツの頑固者”をプロレスの世界に引っ張り込んでほしかったものだ。

 目玉のひとり、小川直也は「猪木さんの遺伝子を次ぐIGFに橋本さんと一緒に参加した」と、橋本真也の『爆勝宣言』で入場。当初はブーイングが予想されていたが、橋本さんの力を借りて観客の支持を集めた。そしてファンが小川に望んでいるのはキャプテン・ハッスルでもなく、セレブ小川でもなく、橋本と死闘を演じていた時代の“暴走格闘王”だということが改めてわかった。一連の橋本との死闘はゴールデンタイムで放映され、それによって橋本と小川の知名度が上がったし、あの時の興奮はファンの脳裏に鮮明に残っている。小川には、ハッスルは小休止してかつての凄味を取り戻してほしい。ギラギラした“暴走格闘王”の方が似合っていると私は思う。

 今回の大会で猪木のプロモーターとしての手腕を評価したいのはブロック・レスナーVSカート・アングルを本当に実現させたことだ。この2人の激突は近年のアメリカ・マット、WWEでも最高のカード。2003年の『レッスルマニア19』でメインを飾ったカードである。04年3月にレスナーがWWEを離脱したことによって消滅した黄金カードが3年以上の時を経て日本で実現したというのは凄いことだ。両者共にWWEを離れた現在、多くのプロモーターがこのカードの実現を願っていただろうが、それをやってのけたのが猪木だったのだ。内容的にも両者が構えることなく持ち味を出していたし、すっきりと決着がついたのもよかった。

 ただ今後のIGFを考えると、やはり前途多難と言わざるを得ない。1発イベントという感は否めず、線としてつながらないのである。猪木の遺伝子を伝えていく団体となれば、やはり猪木が直接レスラーを育てるしかない。かつての新日本は猪木が先頭に立ってレスラーを育成したが、それも20年以上前まで。最後に猪木が本腰を入れて育てたのは、89年の選手大量離脱騒動の時の三銃士(武藤、蝶野、橋本)が最後ではないか。あとは引退後に佐山と2人で育成した小川直也ぐらいか。

 気の遠くなるような作業だが、アントニオ猪木という名前の神通力が通用している間にレスナーVSアングルのようなプロレスの醍醐味を味わわせてくれるカードを実現させて引っ張り、その間に真の意味で猪木の精神、技術を受け継ぐ新たな人材を育て上げる。それが果たせた時、IGFは初めて成功だと言えるのではないか。

投稿者 maikai : 11:31 | コメント (0)

2007年06月29日

やはりハッスルは…

 昨日は東京プリンスホテルで行なわれた『ハッスル新体制発表記者会見』に行ってきた。DSEからプロレス・コンテンツ・イベント『ハッスル ファイティング・オペラ』の営業権が譲渡されたことにより、5月1日からハッスルエンターテインメント株式会社が『ハッスル』の主催・製作をすることになった。すでに5・9後楽園から始動していたが、改めて新体制の発表が行なわれたわけだ。

 これまでどおりに京楽産業株式会社が協賛、新たに株式会社エンターブレインが資本出資して経営に参画する。エンターブレインはDVD、ホームページ、モバイル・サイトの運営もやっていく予定で世間にハッスルを広く浸透させてムーブメントを起こしたいという。

 「クロマティ選手の参加はアメリカでも話題になっていてESPNのサイトでも報じられていて、それを見て逆オファーしてきている選手がいます。皆さんが聞いたらビビッてたじろぐようなアメリカのメジャー・スポーツの選手です」
「地上波のテレビ放映は…近いうちに大きな発表ができると思います」
「大晦日興行ですか? PRIDEさんがどういう予定かはわかりませんけど、さいたまスーパーアリーナでやリたいという気持ちはありますね。どうせなら大晦日の1日だけじゃなくて元旦、2日と3日連続でやれれば」
「ハッスルとIGF…どっちが本当のプロレスか、思い知らせてやります。もし一歩踏み出す勇気があるなら、『ハッスル・マニア2007』にご来場ください、猪木さん」
 山口日昇社長は飄々としながらも威勢が良かった。元々はKAMIPROの編集長だっただけに、マスコミ心理をくすぐるコメントを出す。

 大衆娯楽だったプロレスの復興と、プロレスの枠を超えて日本がハッスルできるエンターテインメント企業を目指すというハッスル・エンターテインメント。あのアントニオ猪木までファイティング・オペラの世界に取り込もうとしているのである。会見を聞いているうちに、あのSWSの発足会見の時の不思議な感覚が甦った。やはりハッスルは、プロレス界の黒船か!?

 

投稿者 maikai : 11:54 | コメント (0)

2007年06月28日

グレート小鹿社長

 一昨日の大日本プロレス後楽園大会でグレート小鹿社長と久々に話をした。小鹿さんはここ数年、仙台でちゃんこ屋さんに専念していたため、とんとご無沙汰。04年9月に日本スポーツ出版社を退社した後、大日本の会場に挨拶に行った時も会えずじまいだったのだ。

 小鹿さんとの出会いはハッキリ言って最悪だった。それは1980年。ゴングのスタッフになって会場に出入りするようになったが、ある全日本の大会で控室に行った時のこと、
「ダメ、ダメ!ファンは入ってきちゃダメなんだよ!」
 と、小鹿さんの怒声が。当時18歳だった私はファンに間違われてしまったのである。だが、その後は優しくしてくれた。地方巡業中にホテルのロビーで馬場さん、小鹿さんと缶ビールを飲みながら夜中まで話をしたこともあった。

 それにしても昔のレスラーは大きい。65歳になった小鹿さんだが、185センチのがっしりした体格。体重は今でも93キロあるという。
「今年で大日本プロレスも13年。15周年には両国に進出してみたいねー!」
 と、相変わらず血気盛んだ。

 今、大日本は本当に充実している。この後楽園のメインは佐々木&宮本VS伊東&アブコバの蛍光灯デスマッチだったが、デスマッチ以外の試合も内容が濃い。関本とマンモスの真っ向勝負はヘビー級の迫力に満ちているし、地味ながら井上勝正の成長も著しい。ルチャ的な試合もあれば、オーソドックスな試合もあるし、お笑いもある。大会としてバランスが取れているのだ。他団体ながら宮本裕向という新たなデスマッチ・ファイターが誕生し、7月からは宮本のデスマッチ七番勝負が始まる。何より、全選手がピュアにプロレスに取り組んでいるのがわかる。

 2年後、大日本が両国に進出してもおかしくない。あとは今の勢いを持続させることと、その面白さをいかに広く浸透させるかである。

投稿者 maikai : 09:30 | コメント (0)

2007年06月27日

クリス・ベノワについて

 昨日はアクセス数が多かった。もしかしたらクリス・ベノワについての情報があるのかと覗いてくれた人が多かったのかもしれない。

 私がベノワの訃報に接したのは昨日の午前中。アメリカの知人からも電話がかかってきた。だが、何も書く気持ちにはなれなかった。詳細がわかるまで、軽々しく彼の功績を称えたり、若過ぎる死を悼んだり…を文章にする気持ちにはなれなかったのである。昨日、CTU解散の記者会見を行なったライガーがベノワの死について「詳細がわかるまでは」とコメントしなかった気持ちはすごくよくわかる。

 ここ最近、レスラーの訃報が相次いでいる。同年代のレスラーの悲しいニュースは本当に心に響く。常に精神的緊張を強いられ、肉体的な苦痛を伴うプロレスラーという職業。ある者は精神のバランスを崩し、ある者は体を壊し…思いがけない若さで去っていく。プロレスラーとは命を削りながら観る者に夢や元気を与えていくという本当に過酷な職業だと思う。

 今現在、ネットなどで報じられていることが事実だとしたら、これは痛ましい事件だとしか言いようがない。そこにああだったのでは、こうだったのではという推測を挟む余地がないほどの厳しく悲しい現実だ。

 私はベノワとは個人的な接点はない。ただ、リング上のプロレスラー、クリス・ベノワは本当に素晴らしかった。みんなにとってもそうだったと思う。今後、どんな事実が出てこようとも、それだけは消えない。

投稿者 maikai : 09:54 | コメント (0)

2007年06月25日

小島のVM入り

『自分の進むべき道がはっきり見えてきました。それが何であるかを六月二十四日、後楽園ホールのリング上で「ひとつの形として」お見せしたいと思います。全日本プロレスは若い力も着実に育っています。今後は、全日本イコール小島聡というところをしっかりと見せていきますので、変わらぬご声援の程、よろしくお願い致します』

 これは6月16日、全日本プロレス経由でFAX&メールされてきた小島聡の直筆メッセージの一部。小島が書いていた「ひとつの形として」というのはブードゥー・マーダーズ入りだったわけだ。

 昨日の後楽園。第5試合で健介&真田と組んでVMと激突した小島は、試合後に若い真田、T28と手を組んで「これからは若い力が全日本を引っ張って行くんだ」と宣言した。ところがメインの中島VS近藤終了後に乱入して中島を袋叩きにし、さらに駆けつけてきた健介、武藤、ケアと大乱闘の挙句に電撃的なVM入り。これをどう解釈すればいいのか? 真田&T28と手を組んだのも巧妙な芝居?

 ここで私が思うのは、今回の小島のVM入りは単なる話題作りではなく、もうすぐキャリア16年、もうすぐ37歳になる小島が自分自身を見つめ直しての行動だろうということだ。第5試合終了後の若手への言葉は「お前たちがしっかり全日本をやっていけよ」という惜別の言葉だったように思う。

 全日本に来て、三冠王者にもなった小島だったが、真のエースになることはなかった。三冠王者時代でも常に話題の中心は武藤であり、曙であり、VMの凶行や面白いストーリー展開であり、その中で小島は王者として挑戦者を光らせつつ、黙々と戦っていた印象が強い。

 今、このキャリア&年齢にきて、小島が真にトップを獲ることを考えた場合、立ち位置を変えるしかない。武藤や健介と対立できるポジションを確保するのが早道である。そこでVM入りというのは、ちょっと安易な感じもするが、小島がVMの色に染まってしまうのか、小島がVMを自分の色に変えるのかによって評価は変わってくるだろう。深読みすれば、小島があえてVMに入ったのは、全日本のパッケージ・プロレスをぶち壊そうという意図もあるのではないか。それが全日本イコール小島聡という表現につながっているような気もする。

 いずれにせよ、小島がどう変わるのか注目したい。

投稿者 maikai : 15:39 | コメント (1)

2007年06月24日

ハワイアン・スピリッツ

 昨日は日本橋三越でやっている『楽園写真展ハワイアンスピリッツ』に行ってきた。楽園写真家・三好和義氏の写真展だ。三好氏はこの写真展、そしてハワイ写真集の撮影のためにオアフ、マウイ、ハワイ、カウアイ、モロカイ…と、半年間かけて各島を回ったという。

 実は、私は高校時代に写真部に在籍していた。プロレス業界に入ってからも、平成初期まではカメラマンが足りないのでリングサイドで撮影もしていたし、記者兼カメラマンとして何回か海外取材をしている。81年暮れにハンセンが最強タッグ優勝戦に乱入、場外でテリー・ファンクにラリアットを見舞った写真は月刊ゴング昭和57年1月号に見開きで使われた(ちょっと自慢)。最近では海外に遊びに行った時にマニュアル操作ができるコンパクト・デジカメを使うぐらいだが、やっぱり写真には興味があるのだ。

 これまで三好氏の写真展には何回か足を運んでいるが、楽園写真家と呼ばれるだけに、自分の世界を持っていて、どこの土地の写真を撮っても見事に楽園を表現している。目に見えるままではなく、心象が写真として表現されているのはさすが。

 太陽光線を浴びて複雑な陰影を作るナパリ・コースト、躍動感溢れるキラウエア火山の溶岩、まるで別世界のようなハレアカラ火山のクレーター、海にかかるレインボー、神秘的な滝…写真を見ていたら「ああ、あそこはこうだった」などと、これまでのハワイ旅行の記憶が甦ってハッピーな気分になれたし、元気になれるエネルギーをもらった。

 人をハッピーにさせることは素晴らしいことだし、凄いことだ。プロレスも常に人をハッピーにし、元気にしてくれるスポーツ・エンターテインメントであってほしい。

投稿者 maikai : 10:23 | コメント (0)

2007年06月23日

鈴木みのるにUの魂

 昨日、新宿FACEでカス野郎プロレス『カスイチ』を初めて体感した。これが、なかなか楽しいプロレス・ライヴ。ミゲル・ハヤシ・ジュニアとKAGETORAのジュニア対決に始まり、FMWを再現する野橋&ハヤブシートVS怨霊&GOEMON(久々に話ができて嬉しかったよ、浩二クン!)、越中とヤッシーの超平成維震軍にケンドー・コバヤシがマネージャーに付いてのTARU&大鷲との激突、近藤&谷嵜&ミラニート・コレクションA.T.とHARASHIMA&KUDO&高梨のエルドラドとDDTの6人タッグ対決、そしてメインの鈴木みのるVS澤宗紀と、マニア心をくすぐる気の利いたマッチメーク。

 試合でこそヒールに戻ったが、あのTARUが試合前に白地にBABYFACEと書かれたTシャツを来てリングサイドのお客さんと握手しながら入場し、リングインと同時に客席に一礼、「どうも、ベビーフェースのTARUです!」と挨拶したのは笑えた。このカスイチでは全日本のブードゥー・マーダーズとは違って、TARU、近藤、ヤッシーの素顔が垣間見えるのだ。

 さて、ファンとマスコミの注目は、何といっても越中とケンドー・コバヤシの合体。あの越中がリングで笑顔を見せるのは稀なこと。コバヤシはお笑い芸人のスタンスを崩さないでいたが、感激で目が潤んでいた。

 私が個人的に注目していたのは、メインのみのるVS澤。澤にはランジェリー武藤というもうひとつの顔があり、三冠戦前哨戦という目で見ても面白いのだが、私的にはみのるVSバトラーツという視点で注目した。バトラーツはみのるの藤原組時代の後輩・石川雄規が設立した団体である。

「石川さんは相当、鈴木さんにいじめられたみたいですからね。未だに言いますもんね。だから石川さんの弟子である僕が、その恨みを晴らそうと」と澤。澤独特の言い回しだが、澤は自分のルーツになる鈴木みのるを体感することを楽しみにしていた。

 試合はシビアだった。みのるはマウントから顔面パンチ、顔面への蹴り、アキレス腱固めと澤をかわいがった。それこそ藤原組時代に若手をいじめまくった頃に戻ったようだった。同じ遺伝子を持つ後輩だからこその試合だったように思う。

「バトラーツって、あのバカの石川が創った団体だろ? かなり遠いながらも似たような空気を感じたよ。全日本や新日本とは違うUWFという団体の流れを多少なりとも感じるところがあった。意外に気持ちよかったよ、試合してて。澤はどうだったか? テキトーに頑張れ。邪魔なら殴る。それだけだ」

 控室に入りかけて、振り向いたみのるは最後にこう言った。
「あのさ、その頃、俺はパンクラスでやっててさ、まったく違う世界にいたわけだけど、髙田延彦が武藤の足4の字で負けた時は屈辱だったよ。今度の三冠戦は、そういう想いもこもっているから…」

 鈴木みのるの心の奥底には、強さのみを求めて青春を燃やしたUの魂が今も宿っている。

投稿者 maikai : 11:47 | コメント (0)

2007年06月22日

嵐とTAKAを包み込んだ無我なる世界

 私はこれまで嵐の復帰問題について厳しい立場を取ってきた。昨年7月に大麻所持で逮捕され、9月13日には懲役6ヵ月執行猶予3年の判決が出ている。果たして今、嵐がリングに上がって許されるのか…。もちろん、一度つまづいたからといって、永遠に再生のチャンスが与えられないのは可哀相すぎる。でも…。極めて個人的な感情からすれば、嵐は私にとって全日本プロレスに入門してきた当時のタクちゃんのまま。本音では1日も早く立ち直ってほしいが、でも、ここでスンナリとリングに上がることをヨシとしてしまったら…という複雑な気持ちでいた。

 そんな中、昨日の後楽園ホールにおける無我で西村が嵐にチャンスを与えてくれた。第0試合という形だがリングに上げてくれたのである。試合直前、私は嵐に会った。嵐は吐きそうになるほど緊張していた。

 果たして、お客さんの反応は。無我のお客さんはちゃんと嵐を見てくれた。嵐はタックル、ラリアット、嵐落とし、ニールキックと目一杯のファイトを繰り広げ、西村はすべてを受け止めてくれた。結局は3分あまりで西村のスリーパーに屈したが、客席からは「よくやった!嵐」の声も飛んだ。

 試合後、マイクを手にした嵐は「プロレスに携わるすべての人たちとプロレス・ファンの皆さんにお詫びします。本当に申し訳ありませんでした」と客席四方に向かって土下座。

「今日、私がリングに上がることをよく思われていない方が多いと思います。これから嵐という名前を封印して、高木功として練習生のつもりで頑張ります。そしてファンでいてくれる皆さんには、嵐という名前が1日も早くコールされるように頑張ります」

 あの口ベタな嵐が、ちゃんと自分の言葉で自分の気持ちを伝えられたのにはジーンときた。もちろん、これですべてが許されたわけではない。本当に大変なのはこれからなのだ。無我の優しいお客さんと懐の深い西村には受け入れられたが、世の中、甘くない。多分、これから辛辣な野次にさらされることもあるだろう。でも、この日のみんなの気持ちを忘れずに精進してほしい。頑張れ、タクちゃん!

 さて試合だが、この日のメインの藤波とTAKAの一騎打ちは興味深かった。この一戦が決まった直後…確かノアの6・8横浜だったと思うが、TAKAは私の顔を見るとニヤッと笑ってこう言った。
「藤波さんとの試合はヘッドロックだけで20分やりますよ」

 TAKAが目指しているのは古き良き時代のアメリカン・プロレス。いたずらに見せ技や大技を使わずに観客を魅了するセオリー通りのプロレスを目指している。無我の思想と通じるものがあるのだ。

 最初の5分、藤波とTAKAはグランド・レスリングとヘッドロックの取り合いだけで魅せた。こういう攻防になると藤波のしたたかさと経験が光る。TAKAが仕掛けてきてもパッと切り替えすのである。中盤のドラゴン・スクリューの連発では左右の足に決めて、TAKAに受け身のタイミングを掴ませなかった。振り返ってみれば、大技らしい大技はTAKAのスーパーK、藤波のブレーンバスター、ドラゴン・スクリュー、足4の字、フィニッシュのドラゴン・スリーパーぐらいのものだったが、見応え十分だった。確かに大技に頼らないプロレスだった。

「藤波さんは思っていたよりも凄い人だった。切り替えしが早いし、掌に乗せてやろうと思っていたら、結局は俺が掌に乗せられていた。あの人も昔はドラゴン殺法とかいろいろな技を使っていたけど、今は最小限の技で勝負している。俺が目指しているのと一緒だよ。飛んだり跳ねたり、頭から落としたりっていうのに頼るのはごまかし。そんなことしなくたって基本技をきっちり押さえてセオリー通りに戦えばプロレスは成立するし、お客さんを満足させられるはず。それがプロの技術だと思う。今日は勉強になりました」
 とTAKA。

 昨日はいろいろな意味で無我の深さを実感させられた。

投稿者 maikai : 10:31 | コメント (0)

2007年06月21日

ゼロワンMAX&TAJIRI

 昨日は後楽園ホールのゼロワンMAXへ。ゼロワンMAXは、何だか純粋さと遊び心があって心地いい。それは大谷晋二郎という愛嬌のあるピュアな人間が醸し出すものなのか…。浪口と対戦したロボット・ギミックの永久電池を搭載しているというLA道場のショック・ウェーブ・ザ・ロボットは面白かったし、将斗&TAJIRIとコリノ&CWアンダーソンのECWマッチは名人4人ならではの試合だった。義人や若手の高西の真っ直ぐなファイトも好感が持てる。

 そして、いよいよ『火祭り07』の季節。Aブロック=大谷、崔、村上、齋藤彰俊、吉江豊、Bブロック=将斗、大森、義人、耕平、関本大介という本当に熱いメンバーが揃った。今年もコテコテの熱い大会になることだろう。観る方がバテないように注意しなければならない。

 さて、休憩時間にTAJIRIと雑談した。話題は当然、ハッスルについて。TAJIRIと私の一致した意見は、ハッスルで光れるのは「自分の世界をしっかり持っているレスラー」「自分の世界に確たる自信を持っているレスラー」だということ。その意味でTAJIRIはグレート・ムタ、天龍源一郎をリスペクトしている。

投稿者 maikai : 13:17 | コメント (1)

2007年06月19日

ミラノのスーパージュニアVは必然!

 今年の新日本プロレス『ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアⅩⅣ』はミラノ・コレクションA.T.が優勝した。サムライTVの優勝者予想で、私の予想が的中したのだ!

 と、別に偉そうに書くことではない。ハッキリ言ってジュニアの大会は、その日のコンディション、一瞬の機転が勝敗を分けるから予想は難しい。私がミラノを推したのは引き出しの多さと、これからの新日本ジュニアに期待を込めての2点だった。本当なら外道、サムライが順当だと思ったが、どうせなら若い人間に優勝してもらいたいという願望がある。そうなるとミラノか田口。経験値でミラノを推した次第だ。

 メキシコでルチャを学び、一昨年の4月にはフリーになってテキサス州サンアントニオに渡ってTWAでアメリカのオールド・スクール・スタイルを学んだ。昨年夏の終わりから新日本に上がったが、当初は蝶野のパートナーとしてヘビー級でやりながら、ちゃんと自分のキャラを発揮していたのだから大したものだ。

 昨年10月、ミラノにインタビューした時にこんなことを言っていた。
「新日本のスタイルって、ホントにストロング・スタイルが確立されていて、それは純粋なプロレスとはちょっと違うなって思うんですよね。メキシコ、アメリカ、いろいろ他の団体…全日本も上がらせてもらったりして、ストロング・スタイルはスタイル。純プロレス・スタイルではないんですよね。そう思うんです。あくまでも新日本のスタイルです。僕はそれを引き出しのひとつにしようとしているだけで“ストロング・スタイルのミラノ”になろうとしているわけじゃないんです」

 新日本ストロング・スタイルを、あくまでもひとつのスタイルとして考え、自分の中に取り込んでしまおうという視野の広さには感心したし、実際にそうあるべきだと思った。こういう考え方の持ち主が伸びないわけがない。

 次はG1。ここでもウェートの壁を“培った引き出し”で乗り越えてほしい。期待しているよ、ミラノ!


P.S. 昨日の『天龍敗戦』について様々なコメントが寄せられていた。みんな、ショックを受けて釈然としていないようだ。でも、その一方では天龍を信じたいという気持ちも持っているように思う。20年以上、天龍番をやってきた私が知っている天龍源一郎はブレない人。だから「点として見ないで、線として見ようではないか」と言いたい。今の時点でHGに負けたという1点だけを捉えたら、何も見えてこないと思う。これからの流れを見ることによって、今回の敗戦の意味が見えてくると思うのだ。

投稿者 maikai : 11:53 | コメント (1)

2007年06月18日

天龍敗戦を考える

 天龍がHGに負けた。これは大事件である。ジャイアント馬場、アントニオ猪木をフォールし、ジャンボ鶴田、藤波辰爾、武藤敬司、川田利明、髙田延彦、大仁田厚らとスタイルを超えた名勝負を展開してきた“ミスター・プロレス”が敗れたのだ。

 HGはただの芸人ではない。プロレス的素質はあるし、真剣に取り組んでいる。昨日、セミ&メインを前に坂田は「HG、RGをまだイロモノだと思っている人がいるかもしれない。でも、彼らは真剣なんだ。彼らの本気を見てやってくれ!」と言った。真剣な取り組みは十分理解している。「でも…」なのだ。この結末にショックを受けたファンは多いだろう。いや、何も感じないプロレス・ファンはいないはず。

 かくいう私もショックを受けた。「ハッスルだから…」と逃げるわけにはいかない。何しろ逃げ道のない敗戦なのだ。第3者の乱入や誤爆があっての結末ではないというところが、今回のポイント。天龍は正当な形でフォールされてしまったのである。

 思えば、天龍のハッスル参戦は最初から批判が多かった。そんな中で、当初はゲスト…あくまでも“お客さん”的扱いで、ハッスルの面白おかしい流れとは関係なく、坂田とガンガンやり合っていた。それで済ますこともできたと思うが、当の天龍は「ハッスルは俺にどんなオバケか怪獣を出してくれるんだよ? 俺をどうさばくんだ!? 中途半端で別に面白くも何ともなかったら、興味なくなるよ」と言っていた。触った以上は、ハッスルの世界に入っていく気概と覚悟を持っていたのである。

 かつて大仁田と電流爆破マッチをやる際に「これまでの天龍のキャリアに傷がつく」という声があったが、ハッスルにおいて結果云々を論じる以前の問題としてHGやRGと戦うこと自体が大きなリスクだったはず。それがここまで来たということは、天龍にとってリスクを負ってまでもやるべき何かが、賭けるべき何かがハッスルにはあるということだ。それが何なのか、これからジックリ見ていきたいと思う。

 ハッスル全体のことについては水曜日更新のプロレスコラムで書こう。

投稿者 maikai : 13:32 | コメント (12)

2007年06月16日

シェリー・マーテルの死を悼む

 今日午前9時半過ぎ、海外のプロレス事情に詳しい市来浩平氏から久々に電話をいただいた。その内容は「今日、午前4時にシェリー・マーテルがアラバマ州バーミンガムの自宅で急死しました…」という訃報だった。

 シェリー・マーテルは元AWA世界女子王者。男子プロレスのファンだったらランディ・サベージのマネジャー、クィーン・シェリーとして90年4月13日、東京ドームにおける『日米レスリング・サミット』に参加して、天龍をハイヒールで殴ったことが印象に残っているはずだ。

 私がシェリーと知り合ったのは2年前。年下の夫ロバートさんと日本にやってきて、市来さんに紹介されたのだ。シェリーさんは昔のレスラー気質の人だった。「プロレスはこうあるべきだ」と熱弁を振るい、その一方ではタバコをスパスパ、酒をガバガバ、そして「ガッハッハ!」と豪快に笑う。日本贔屓で、日本食を何でも口にしたし、私のかなりブロークンな英語も理解してくれた。何より自分自身が日本語を覚えようとしていて「ワタシ、日本が好きだから、いずれはロバートと日本に住みたいのよ!」と言っていた。

 そして何よりの思い出は、天龍さんの『鮨處しま田』に行って、シェリー&ロバート夫妻、天龍さんファミリー、市来さん、私で飲んだこと。実は天龍さんとシェリーはアメリカで一緒にサーキットした仲だから気心が知れている。
「テンルー、東京ドームでアナタの頭を殴った時は最高だったわよ!ガッハッハ!」とシェリーが笑えば、天龍さんも流暢な英語で返していた。そういえば、その時には別席にお客さんとして上井さんと柴田勝頼が来ていたと思う。

 とにかく楽しい一夜だった。最後、シェリーがヘベレケになったのは言うまでもない。それから会う機会はなかったが、市来さんは連絡をくれるたびに「天龍さんと小佐野さんによろしくって言ってましたよ」と言ってくれた。そして女子プロ復興に情熱を燃やしているということも…。

 まだ49歳。若過ぎる死だ。破天荒な人だったから生き急いでしまったのかな…。今はただ、安らかに眠ってくださいとしか言葉が出てこない。

投稿者 maikai : 18:18 | コメント (0)

2007年06月15日

モンスター大将

 額に靴紐の痕がつく顔面蹴り、かつて荒谷や北原に見舞ったような振り抜くグーパンチ! 昨日の『ハッスル・ハウスvol25』での天龍は予想以上に凄かった。

 RGというお笑い芸人相手に天龍はどう戦うのか? もし天龍が手心を加えたファイトをしたら茶番になっていただろうし、天龍の存在意義はなかったに違いない。だが、ファイティング・オペラという特殊な空間においても天龍はリング上を自分の色に染め上げた。そこには確かにプロレスがあった。どんなに面白い趣向があったとしても、そこにちゃんとしたプロレスがあってこそのハッスル。だからこそ、ハッスルはモンスター大将を必要とし、今や主役に置いているのだろう。

 日本デビューから30年+3日、天龍革命スタートから20年+10日。いろいろな意味で、やはり天龍はミスター・プロレスだと思う。

投稿者 maikai : 10:01 | コメント (0)

2007年06月12日

20年ぶりの恐怖

 いやあー、昨日のサムライTV『S-ARENA』は参った! ゲストは“インドの狂虎”タイガー・ジェット・シン。案の定、番組の途中でエキサイトして首を絞められ、フロアーに叩きつけられ、ストンピングを食らうという有様。番組の終わりにもスタジオに入ってきて、フロアー・ディレクターがこっぴどくやられてしまった。

 憂鬱な気持ちになったのは先週の水曜日。この日のゲストは気心が知れた“モンスターK”川田利明だったからよかったが、番組終了後にプロデューサー氏が「ああ、小佐野さん、来週の月曜日もお願いしますね。ゲストはタイガー・ジェット・シンなんで」とサラリ。「ウッソー!」というやつである。

 私はシンにトラウマがあるのだ。この業界に入ってからブッチャーにイスで殴られたりとかいろいろあったが、一番怖かったのがシン。彼はファンがいない控室、さらにはホテルでも常に“狂虎”だった。その当時の記者は、会場に行くとまず外人の控室の場所を確認した。もし間違って外人の控室に行ってシンに出くわしたら、サーベルで殴られるからだ。

 ある地方巡業で私は外人と同じホテルに泊まっていた。試合後、食事をしようとエレベーターで1階に降りた。ドアが開くと、そこにはシンが立っていた。私の顔を見ると、シンはニヤリと笑ってウインク。さすがにホテルでは大丈夫だろうと挨拶したが、すれ違いざまに首筋にパンチが! また、これも地方巡業の時だが、記者仲間と食事を終えてホテルに帰る道すがら、向こうからシンが歩いてくるではないか。ヤバイと思って道沿いにあるコンビニに入って雑誌を立ち読みするフリをしながらシンが通り過ぎるのを待っていたら、何とシンもコンビニに入ってきて、私の顔を認めると、例によって顔をヒクヒク! 気付かないフリをしていたら、出て行ったが、あんなところで襲われていたら、一般人が通報して事件になっていただろう。

 そんなこんながあっての昨日のサムライTV。収録前には挨拶に行って、久々の再会を果たしたが、ニコリともしない。今、自分は偉大で人生の成功者なのだと熱弁を振るい、
「ファニーな質問をしたり、俺を興奮させたらテレビ番組であっても、何が起こるかわからないことだけは覚悟していてくれ。俺は怒ったら何をしでかすかわからない男なのだ」
 とジロリ。そして…クロマティの話になったら、勝手にエキサイトし始めての大暴れだったわけだ。

 でも、初来日から35年…シンがシンであり続けていることは嬉しくもある。ハッキリ言って、最近のマスコミ、ファンはレスラーを怖いと思っていない。少なくともファンがいない場でマスコミを襲うレスラーなどいないのだが、シンに鍵っては相手がファンだろうとマスコミだろうと、場所に関係なく容赦なく襲う。62歳になってもなお“狂虎”のテンションを維持しているのは凄いと思う。

 バラエティー色が強いハッスルの中で、本物の恐怖を観る者に味わわせるタイガー・ジェット・シンの存在は際立っている。

投稿者 maikai : 14:05 | コメント (1)

2007年06月11日

後楽園&新木場

 昨日は後楽園ホールにおける『武藤祭り』と新木場におけるアパッチ興行の昼夜2連戦。

 まず『武藤祭り』だが、本当によく入った。主催者発表で超満員札止めの2100人。この後楽園におけるハッスルハウスといい、プロレスだけでなく、それに何かプラスアルファの要素があった方が今のファンは食いつきがいいのだろうかと考えさせられる。

『武藤祭り』はお楽しみの興行。昨年3月21日、12月15日のファン感謝デーに続く芸人さん参加のイベントだ。昨日、初参戦したのはダチョウ倶楽部の上島竜兵。大仁田厚に扮して渕と組んで、武藤&神奈月のF-1タッグ王座への挑戦である。竜ちゃんの場合は、試合ができないから実際にはダチョウのお笑いネタ満載に。顔にアツアツのおでんの大根をつけられ、口に茹った卵を放り込まれ、おまけにアツーイおしぼりを顔に被せられ…と、まさにリアクション芸人の面目躍如。メインの8人の武藤が登場する(実際は9人)ムトー・ランブルにはランジェリー武藤も全日本初参戦するなど、お笑い興行だった。

 それでも概ね好評だったのは、全日本ファンの武藤に対する信頼感だと思う。その中心に武藤がいれば、ファンは安心して見ていられる。武藤の陽性のキャラ、キャパシティの広さは、どんなものでも許容してしまうパワーがある。今、全日本は完全に武藤敬司の世界だと言っていい。

 さて、夜のアパッチはガチガチのプロレスだった。第1試合にはリキプロの和田城功が登場して大日本プロレスの井上勝正と対戦した。今、石井智宏、宇和野貴史のリキプロ戦士は新日本に上がっているが、和田は怪我で長期欠場を余儀なくされ、この2月に2年半ぶりに復帰したばかり。この日で復帰3戦目である。まるで密室のような会場での第1試合。和田はWJからの流れを汲むリキプロのスタイルで戦った。ロックアップに始まり、ストンピング、張り手…神経をピリピリさせ、ガムシャラに井上に向かっていった。その意気や、よし!このまま突き進んでほしい。試合後、井上が健闘を称えて握手を求めたが、それに対して張り手で向かっていった鼻っ柱の強さも好感が持てる。この闘志、負けん気はいずれ花を咲かせると思う。

 真壁のWEW王座への挑戦権を賭けた金村&黒田VSマンモス&関本のタッグマッチは世代闘争という側面もあって真っ向勝負だった。試合的には若いマンモス&関本が押していたが、最後に試合を制したのは金村。

「お前らの方が元気、体力、勢いもある。でも、ここ1発で何で俺が勝ったのか、それは勝負に対するこだわりだ。24日(の後楽園ホールで真壁に挑戦するのは)俺だ。みんなを背負って、インディペンデントの代表として行かせてもらう。今はいろいろな団体があって、いろいろなスタイルのプロレスがある。ロックアップだって映像を使っている。でもアパッチはトコトン、コテコテのプロレスをやっていく。24日もガッチリと! 真壁に勝ったら、俺が代わりに永田のIWGPに挑戦したる!」
 そう語る金村を見て、11~12年前の金村を思い出した。当時、大仁田引退後の新生FMWで、金村はハヤブサ、田中将斗らと新たなインディペンデントを確立しようとしていた。大仁田色を一層したスーパー・インディーに夢を馳せていた。その頃のまじりっけのない金村を思い出したのだ。

 その後、金村は、インディーを再編成して新日本、全日本と並ぶ第3勢力を作ろうとした冬木に付いた。冬木はメジャーに対抗するためにエンターテインメント・プロレスを追い求めた。だが、冬木に付いていながらも金村はエンターテインメントという言葉は嫌いだった。今、紆余曲折を経て、金村はあえてコテコテのプロレスで打って出ようとしている。

投稿者 maikai : 13:26 | コメント (1)

2007年06月09日

修羅場を潜り抜けてきた男

 一昨日は後楽園、昨日は横浜文体と2日続けてノアへ。様々な動きがあったが、一番印象に残ったのは齋藤彰俊だった。

 彰俊は先ツアー中に左手甲を負傷。2本の亀裂が入り、さらに剥離骨折の疑いもあるという。そんな中で、昨日は潮﨑豪との一騎打ちだった。左手をガチガチに固めているから、ロックアップの際にも指が曲がらない状態での試合だったが、そのファイトは鬼気迫るもの。若い潮﨑の攻撃を真っ向から受け止めて、最後は滅多に使わないデス・ブランドで勝利した。

「本当はカード変更もありなんでしょうけど、プロレスラーっていうのは、どんな状況になっても負けずに突き進まなければいけないっていうことを自分なりに潮﨑に教えたいと思いました。潮﨑はこれからのエースですから、窮地に立たされた時のレスラーの姿勢というか、こういう生き方があるっていうことを伝えたかったというか。僕はエリートじゃないですけど、新日本に乗り込んだのに始まって、いろいろ修羅場を経験してきましたから。最後のデス・ブランドにしても、僕は思い入れがないとやりませんから。潮﨑が成長してエースになった時、絶好調でまたやってみたいですね」
 と、彰俊。確かに彰俊は修羅場を潜り抜けてきた男。誠心会館として大国・新日本に乗り込んだ時も決死の覚悟だったし、WARとの対抗戦でもファンに殴りかかられるなど、極限での闘いを経験してきている。

 最後に彰俊は言った。
「普通のスポーツだったら、骨折して試合に出る人間はいませんよね。でも、僕はスポーツマン、爽やかなアスリートではなくプロレスラーでありたい。最高の生きざまのヒールになりたいです」
 昭和のプロレスラーの匂いを残す彰俊は、若い世代が台頭しているノアにあって貴重な存在である。

投稿者 maikai : 12:22 | コメント (0)

2007年06月07日

川田利明とモンスターK

 昨日は水曜日の『S-ARENA』に初めて出演。いつも出ている月曜日はニュース中心だが、水曜日は新日本プロレス特集ということで番組の作りが違っていて、これはこれで新鮮だった。

 なぜ私が新日本特集の日に出たかというと、ゲストが“モンスターK”川田利明だったから。振り返れば、川田は私が23年前に週刊ゴングの全日本プロレス担当記者になった当時、最初に親しくなったレスラーだった。私が22歳、川田は20歳。歳が近かったので喋りやすかったのだ。それにデンジャラスKの頃の川田は無口で無愛想な雰囲気を漂わせていたが、素顔の川田はずっと変わらず喋り好きで人懐こかった。お喋りが過ぎて、高校の先輩でもある三沢に煙たがられたりもしたわけだが…。

 さて、昨日のゲストにやってきたのは川田利明ではなくて、あくまでもハッスルのモンスターK。モンスターKと話をするのは、2年前の『ハッスルマニア』直前以来となる。当時は川田利明とモンスターKは同一人物であるとしていたが、その後にモンスターKがどんどん弾けたために、今は川田利明から切り離された別人格とされている。つまり、私が話をした当時のモンスターKは、まだ川田利明と人格が渾然一体になっていた。(なんだか話がこんがらがってきた…)

 で、昨日会ったのは、川田利明とはまったく別人のモンスターK。今のモンスターKは試合前に美声を披露したりとエンターテイナーぶりを発揮している。確かに“王道”を背負っていた川田利明とはまったく違う。

 だが、それは表面的なことで、モンスターKと川田利明が根っこの部分で共通しているのがわかった。川田利明は常に「お客さんのため…」ということを口にしていたが、モンスターKもそう。

「別に好きで歌っているわけじゃないの。でも、それでチケットを買ったお客さんが喜ぶんだったら、モンスター軍の総統代行の責任として歌うし、踊りもするわけよ」「大阪でのHG、RGとの試合? 大阪はあいつらの本拠地だし、お客さんがどういうものを望んでいるかを考えながら試合をしただけだから」
モンスターKの口からは、常に「お客さん」という言葉が飛び出していた。

 どこまでいってもモンスターKと川田利明は別人じゃない。表面上は別として、考え方が同じだからだ。それは川田利明がモンスターKというキャラクターを完全に自分の中に消化しているとも言える。
 
 

 

投稿者 maikai : 13:35 | コメント (0)

2007年06月06日

CIMAの正念場

 ドラゴンゲートの流れは早い。今年に入って後楽園ホール大会は欠かさず観てきたが、5月10日大会はハワイに行っていたためにパス。1回空いての昨日の大会だったわけだが、すでに7月1日の神戸ワールドに向かってすべてが進行していた。

 そしてリング上のせめぎ合いも激化。私の中でのドラゴンゲートの風景は、ハルクがタイフーンを、サイバー・コングがマッスル・アウトローズを離脱し、さらに凱旋帰国した鷹木信悟が合体して新ユニットを作ると宣言したところまでだったが、彼らニュー・ハザードは早くもトライアングル・ゲート王者になっていた。同じくニュー・ハザード入りしたYAMATOも体がガッチリしているし、基礎がきっちりとできているので楽しみ。

 そして最近、注目しているのは戸澤塾の岩佐。以前は、どうなることやらと見ていた選手だが、この男はセンスがある。技のひとつひとつに工夫があるのだ。気が利いていて「なるほど!」と思わせてくれるのである。アラケンと組んでノアに出陣してGHCジュニア・タッグに挑戦したのも頷けるというもの。柔軟なプロレス頭を持っているからこそ、あのフロリダ・ブラザースもやれたのだろう。

 こうした中、CIMAは言う。
「上には望月、ライガーがいて、下にはニュー・ハザードがいる。俺やGammaは真ん中の世代や。上の世代のプレッシャーと下の世代の突き上げの中で、俺は神戸ワールドに賭けています。ニュー・ハザードの連中にはやれないことをやってやるし、必ずライガーのオープン・ザ・ドリームゲートのベルトに辿り着く。ドラゴンゲートの年間最大の大会・神戸ワールドのメインがどんなもんか、見せつけますよ」

 他団体との積極的な関わり、様々な選手の台頭…と、変わりゆくドラゴンゲートにあって、この10年間、事実上のエースとして引っ張ってきたCIMA。今、ひとつの正念場を迎えようとしている。

 

投稿者 maikai : 12:25 | コメント (0)

2007年06月05日

21回目の革命記念日

 昨日6月4日は革命記念日。そう、1987年6月4日、天龍源一郎と阿修羅・原が名古屋のシャンピアホテルで握手して天龍革命がスタートしたのだ。当時、私は週刊ゴングの全日本プロレス担当記者。東スポの全日本担当記者だった柴田惣一氏から「今日、天龍さんが馬場さんの承諾を得て、阿修羅と合体したよ!」と連絡をもらったことを思い出す。

 当時の私は25歳。この業界で仕事をして丸7年経っていて、プロレスをわかったつもりでいたし、ちょっと舐めている部分もあった。そんな私に天龍と阿修羅は「プロレスっていうのはな…」ということをリング上のファイトで教えてくれた。どんな田舎でも全力ファイト、試合後はマスコミを交えて酒を酌み交わしながら反省会。本当に24時間プロレス漬けだった。

 天龍革命は取材する私にとってもプライドになった。あの時の熱い気持ちがあるから、45歳になった今も、この業界で食っている。天龍革命は、私にとってプロレスで食べていくということの原点であり、原動力でもある。

 あれから20年。天龍さんの生き方はまったくブレていない。ハッスルに出て、モンスター大将としてHGやRGと戦っている姿を嘆くファンもいるかもしれないが、プロレスに対する真摯な気持ちは何ら変わっていない。その裏では練習を欠かさず、180キロのバーベルを挙げ、常にコンディションを作っている天龍源一郎がいるのだ。

 昨日、久々に天龍さんに電話した。もちろん天龍さんも革命記念日を憶えていた。私的な会話なのでここでは控えさせていただくが、天龍さんの言葉はいつも深い。折に触れて励ましてくれる。私にとって取材対象としての天龍源一郎、人間・嶋田源一郎に出会えたことは大きな財産。プロレスラー、天龍源一郎が終焉を迎えるその時まで、天龍番記者であり続けたいと思う。

投稿者 maikai : 15:50 | コメント (1)

2007年06月04日

全力全心

 昨日は後楽園のDDT7大タイトルマッチに行くべきか、埼玉県吉川の健介オフィスのホームタウンマッチに行くか、悩んだ挙句に吉川へ。今年に入ってからDDTの後楽園は欠かさず観ていただけに残念だったが、ホームタウンマッチ=道場マッチがどんなイベントなのか、実際にナマで観ようと思ったのだ。

 道場でイベントを開催するというのは、いいアイデア。選手とファンの距離が近くなるし、その地域の活性化にもなる。本来は健介の誕生日でもあり、道場のお披露目でもあった8月4日にやりたかったというが、健介の左眼窩底骨折のために、ようやく昨日実現できた次第。

 観客は230人。イスがなく、スタンディング形式の客席だから、もっと入れることもできただろうが、初めてのことだし「お客さんの体調が悪くなったら…」という配慮から、この数に抑えたと北斗社長。チケットはすぐに完売したし、わざわざ福岡から来たファンもいたのだから凄い。

 さて、プログラムは北斗のトークショー、プレゼント付きのクイズ・コーナー、旗揚げ戦DVDのダイジェスト上映、最後にファンが決定する6人タッグ(健介&小原&なまずマン=ご当地・吉川にちなんだマスクマンVS勝彦&AKIRA&菊タローに決定)というシンプルなもの。試合が1試合だけにチケットを買ったファンが満足できるかどうかが注目だったが、トークショー、クイズ・コーナーを北斗が絶妙なトークと気配りで盛り上げてアットホームな空気を作り、そして試合では6選手が20分以上のファイトを繰り広げたのだから、まずまずだったのではないか。道場の中だからリングとお客さんは至近距離。リングサイド以上の迫力を味わえたのではないかと思う。

 さて、今後の健介オフィスのスケジュールだが、9月1日にディファ有明で第2回の自主興行。ここではパワー・ウォリアーが7年ぶりに復活し、山口竜志が諏訪魔相手にデビューすることも決まった。

「俺も含めて、みんなが夢を見たいんだよね。そのためには戦いの場を作らないと。でも見栄を張らないでコツコツと確実に…。今現在の自分たちを見ると、ディファ有明がベストなんじゃないかと。でも夢は夢でしっかり持っていきますよ。全力全心…力も心も思いっきりいくから。この体が動く限り、夢を追いかけて掴んでいきますよ」
 と健介。全力全心。いい言葉だ。

 なお、健介のパワー・ウォリアーに対する強い思い入れについては水曜日更新のプロレスコラムで改めて書きたいと思う。

 

投稿者 maikai : 14:28 | コメント (0)

2007年06月02日

あともう少し

 昨日、後楽園ホールで新日本の『ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアⅩⅥ』が開幕した。1年間ずっと鎬を削っているジュニア戦士がシングルで覇権を争うのだから熱くなって当然である。ちなみに私はサムライTVの優勝予想では、願望も込めてミラノ・コレクションAT、田口隆祐の名前を挙げた。

 さてオープニングの昨日は外道VS内藤、ライガーVS裕次郎、タイガーマスクVS井上亘、稔VS田口、そして何とキャリア2年、大会初出場のドラゲーのB×Bハルクが金本相手にいきなりメインを務めた。

 まだ新日本とドラゲーの交流が始まる前の去年の秋頃だったか、モッチー(望月成晃)と雑談をしていた時に、
「今年は後半から他団体にも積極的に打って出たいと思っているんですよ。特にハルクには様々な経験を積ませてみたい。新日本のスーパージュニアなんか最高の舞台ですよね」
 と言っていたが、それが現実になったわけだ。

 開幕戦のメインでハルクが起用されたということは、それだけ新日本側にも期待がある証拠だし、ハルクにとっては試練。また、相手が金本というのも試練だった。新日本ファンの金本に対する信頼は絶大。金本の喧嘩腰のファイトにどう向かっていけるかが、ファンにとってそのレスラーを認めるか認めないかの基準になっていると言ってもいい。

 ドラゲーでさえシングルでのメインは1回しかやったことがないというハルクには、やはりプレッシャーが大きかったようだ。プロレス入り前はレンジャー部隊にいたハルクは見かけによらず肝っ玉が座った男だが、やはり本来のキレと躍動感はなかった。気持ちは前に出ているが、体がついていかなかったという感じ。ただ試合の中盤からは新日本のファンもハルクに声援を飛ばしていた。ファンの心を掴むのも、ファイト自体もあともう少しである。

 このスーパージュニアが終了した後、ハルクがどう成長しているか楽しみだ。

投稿者 maikai : 12:56 | コメント (0)