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2007年05月30日

ハワイ映画

『50回目のファーストキス』『ブルークラッシュ』など、ハワイを舞台にした映画はいろいろあるが、昨日、渋谷のQ-AXシネマで観た『ザ・ライド ハワイアン・ビーチ・ストーリー』が一番のお気に入りになった。

 ストーリーとしては、カリフォルニア出身の高慢チキなサーフィンの世界チャンピオンがノースショアでの大会中にワイプアウトして遭難、気付いたら2002年から1911年にタイムスリップしているというもの。1911年というのは、ワイキキにはモアナ・ホテル(現在のシェラトン・モアナ・サーフライダー・ホテル)しかないという時代。ここで主人公は、のちにオリンピックの水泳自由形で金メダルを獲得し、サーフィンを世界に広めたデューク・カハナモク(現在、ハイアット・リージェンシー・ワイキキ前のビーチに銅像が建てられている)と知り合い、サーフィンの本当の意味を知り、ハワイアンの娘と恋に落ち、古き良き時代のハワイの自然に触れていく。そして2002年に戻るというもので、ありきたりといえばありきたりかも。

 しかし監督、キャスト、スタッフ、音楽がすべてハワイアンで、ファッション、言葉(ビジン・イングリッシュ=ハワイ語と英語がミックスされたハワイ独特の英語)、小道具までこだわって1911年当時のハワイを再現した映像はグッときた。「この当時のハワイに行ってみたい!」と思わせてくれるものだ。

 アメリカ人が見た“南国の楽園”ではなく、ハワイアンの目線が見たハワイは新鮮だし、心が洗われる思いだった。

 ちなみに173席ある映画館で、観客は私たち夫婦を含めて6人だけ(!)だったが、ハワイに興味がある人は観てみてください。上映は明後日の6月1日までで、上映スケジュールは午前9時40分~11時10分、午後9時20分~10時50分の1日2回だけ。私たちが観たのは夜の回でした。

投稿者 maikai : 15:38 | コメント (0)

2007年05月29日

将斗と義人

 27日は昼のプロレスリングSUNだけでなく、夜のゼロワンMAXにも足を運んだ。第0試合の浪口VS高西を含めて全9試合がシングルマッチ。途中にタッグや6人タッグを入れて変化をつけることなく、すべてをシングル戦にするのは冒険だ。つまらない試合が2試合も続けば、お客は飽きてしまうだろうし、同じタイプの試合が続いても退屈してしまう。その意味では、それぞれにカラーが違う試合になったのだから及第点。

 さて、個人的に一番インパクトがあったのは、やはり田中将斗の復帰戦である。昨年11月に脱臼グセがついていた右肩を手術して、半年振りにのカムバック。今回の再出発に賭ける将斗の気持ちは、シェイプアップされた体に表れていた。大胸筋がパンパンに張り、無駄な肉のない文字通りの逆三角形。右肩を筋肉で固めたということもあるのだろう。試合後、肉体改造について聞くと、将斗は、
「ただリングに上がるだけなら2~3ヵ月で上がれたと思います。でも完璧に治さなければ手術に踏み切った意味がないし、リングに上がる以上は、ファンの人たちに変わったところを見て感じてもらわなければいけないでしょう」
 とニッコリ。試合は負けてしまったが、スピード、パワー、試合勘…すべてOKだった。あの大横綱・千代の富士(現・九重親方)も肩の脱臼グセを克服してから大記録を作っている。将斗のレスラーとしての充実期はこれからである。

 そして、この将斗に真っ向から勝った佐々木義人も素晴らしかった。義人は将斗に憧れてFMWの門を叩いた男。今回の将斗復帰に際しては、自ら復帰戦の相手を名乗り出た。普段は物静かな青年の義人だが、将斗に向かっていく闘志は鬼気迫るものがあった。最後のラリアットは、FMW入門から今日まで培ってきたものすべて、想いのすべてをぶつけた技だったと思う。

 この試合には、きっと2人しかわからないドラマが詰まっていたはずだ。

投稿者 maikai : 13:14 | コメント (0)

2007年05月28日

Hikaruとの約束

 最近では女子の若いレスラーとの接点がない私にとって、貴重な存在なのがHikaru。2年前に週刊ゴングでインタビュアーと選手の組み合わせを読者投票で決める企画があり、私のインタビュー相手がHikaruになったのがきっかけだった。

 当時、すでに全女のフジテレビの中継はなく、それまで私はHikaruのファイトをハッスルでの“ハッスルなでしこHikaru”としてしか見たことがなかった。そこで女子プロ・ライターの田中正明クンに資料をもらい、レディゴンの泉井編集長を通じてサムライTVから高橋奈苗と組んでW・コングと戦ったWWWA世界タッグ王座決定戦(04年10月6日)、オール・パシフィック王座を獲得した西尾美香戦(04年11月7日)、前村早紀戦(05年1月3日)のビデオを入手。さらにインタビューを目前に台場のスタジオドリームメーカーでの試合もナマで観た。

 ところが、インタビューの約束日の2日前の05年2月20日、Hikaruはライオネス飛鳥戦で左足首を脱臼するというアクシデント。結局、インタビューは約半年後の9月頭に実現した。

 その間のHikaruの運命はドラマチックだった。欠場中に全女が倒産、Hikaruは高橋奈苗と個人事務所フラッシュ7を設立し、9月10日、新宿FACEにおけるフラッシュ7自主興行の豊田真奈美戦でカムバックを果たした。

 インタビューが決まった時点から下調べをし、ビデオやナマの試合を観、そして実際にインタビューしてみて、私はHikaruに“女子プロの可能性”を見た。試合は荒削りだし、決して器用ではない。でも、男子プロレスとは違う、女子プロ特有の輝きが見えたのだ。それはかつてのクラッシュ・ギャルズが持っていたムードである。いわば、“女子プロの純プロレス”の空気である。

 豊田戦は本人にとっては納得のいかない試合だったようだ。試合後の午前2時過ぎ、Hikaruから電話がかかってきた。
「今度は半年後…半年経ったら、私の試合を観に来てください!」
 それは半年の時間があれば、私を唸らせる試合ができる自信があるという意味だった。

 だが、その約束は延び延びになってしまった。私自身も忙しくなって、他の仕事に追われていたのである。その間、Hikaruは高橋奈苗と共にプロレスリングSUNを設立して、ゼロワンMAXとリンクする形で活動していた。ゼロワンの大会で何度かHikaruの試合を観たが、それはあくまでも“ついでに観た”といったもの。

 そんな中で4月19日のハッスル後楽園でバッタリとHikaruと出くわした。
「お久しぶりです。5月27日に後楽園でSUNの興行があって、私はタイトルマッチをやるんで観に来てくださいよ!」

 そんな経緯があって、昨日は延び延びになっていた約束を果たすためにも後楽園へ。22日に鼻骨骨折した上でのメリッサとの防衛戦だったが、2年前に感じた“あの輝き”は健在だった。ファンを惹きつける力も持っている。今、SUNの選手は日高郁人のコーチを受けているというから、これからさらに成長するだろう。

「練習中に怪我をしてしまって、チャンピオンとして反省しています。でも、このベルトは全女時代の白いベルト(オール・パシフィック)と同じくらい、私にとって大事なものなんですよ。どのベルトに価値があるとかじゃなくて、これは私の戦いができるベルトなんです。ベルトが歩いているんじゃなくて、私の横にあるのがベルト。私の飾り。でも、今日はいつもは飾りのベルトに支えられました。外人は強いです。日本人とパワーが全然違う。だから外人相手に防衛戦をやっていきたいです」

 Hikaruがこのまままっすぐにスケールの大きな女子プロレスラーになってくれることを期待する。

投稿者 maikai : 13:58 | コメント (0)

2007年05月27日

ジ・ウインガー

 昨日は新木場のアパッチ興行へ。4月からアパッチにハマっていて皆勤賞だ。なぜハマるか? それはプロレスの様々な要素が取り込まれているからである。若手のイキイキとしたファイトから、金村のハードヒッティングかつ、お笑いもある独特のスタイル、マンモス佐々木と関本大介のパワー真っ向勝負、そしてデスマッチ。昨日はNEO提供マッチとして宮崎VS松尾の女子プロの試合もあった。

 そしてドラマもある。昨日は真壁が保持するWEW王座への次期挑戦者査定試合として金村&関本VS黒田&マンモスが行なわれ、30分時間切れ。次回6・10新木場では時間無制限でマンモス&佐々木VS金村&黒田が行なわれ、フォールを取った選手が挑戦権を得ることになった。このタッグマッチは世代闘争的な意味合いも強い。今が旬のマンモス&黒田が勝つか、「俺らはFMWが倒産してからも突っ走ってきた!」と自負する金村&黒田か? これは見ものだ。

 アパッチのもうひとつの流れはデスマッチを否定するGENTAROと、葛西、佐々木貴のイデオロギー闘争。昨日は3WAYマッチが行なわれ、貴軍団のウインガーがGENTAROに寝返るという新たな展開が生まれている。

 大会終了後、ウインガーこと岡野と久しぶりに話をした。

 岡野は学習院卒なのにW★INGでプロレス・デビューした変り種。その後、IWAジャパン、大日本に移ってフリーになり、最近は大日本、アパッチに上がって、自主興行もやっている。大日本時代にはデスマッチで右目の視力を失うというアクシデントにも見舞われた。

「普通のプロレスにしてもデスマッチにしても…エスカレートし過ぎてますよね、今は。じゃあ、この先、どうなっちゃうのか? 大技を乱発したり、危険なことばかりを追求しなくても、お客さんを満足させられるのが本当のプロの技術だと思う。だから基本に立ち返ろうと…」
 と、岡野。若い頃は線が細いファイターだったが、今では15年選手になってインディーの中でも重鎮の部類。心にゆとりを持ってプロレスを追求しようという姿勢に“大人”を感じた。

投稿者 maikai : 09:09 | コメント (0)

2007年05月24日

ロッキー・ザ・ファイナル

 パンパカパンパカパンパカパン!(これ、冒頭のファンファーレのつもり)
昨日、ようやく『ロッキー・ザ・ファイナル』を観に行くことができた。ロッキー・シリーズは、ゴッド・ファーザー・シリーズと並んで私の大好きな映画。1の日本公開は1977年だから、高校1年の頃。当時、家庭環境の激変で精神状態が良くなかった私にとって、ロッキーは気持ちを鼓舞してくれる映画だった。

 1では夢も希望もない落ちぶれたボクサーがエイドリアンという女性と知り合い、自分がろくでなしではないことを証明するために世界王者アポロ相手に15Rを戦い抜くというもの。簡単にロッキーに勝たせないところがよかったし、当時の私には「自分に強い気持ちがあれば、それまでの人生をリセットしてやり直せるんだ」というメッセージに思えた。2では愛する者のために戦うことの大切さを教えられ、3では忘れかけた原点を思い出すことを気付かされた。で、4と5はちょっと…。

 ということで期待と不安を抱えて映画館へ。1から数えて30年…大スクリーンで見るロッキー・バルボアは明らかに老けていた。ストーリー的には過去の回想シーンが随所にあってノスタルジックな気持ちにさせてもらったが、その一方では「懐古的な部分が鼻につくなあ」という斜に構えた気持ちも。ただ、スタローンが描きたかったのは、そういう過去に埋没するのではなく、今現在の自分を直視して前進していくことの大切さだというのが観終えた後にわかった。

 年を取ったからって人生が楽になるわけではない。そして肉体的に衰えても、そこには若い人間にはない経験が上積みされている。年を取ったからといってチャレンジをやめてしまったら、それまでである。

 考えてみれば、私もこの業界では「重鎮」とか「ベテラン」と呼ばれることがあるが、イコール年寄り扱いのようで違和感を覚える。確かに周りを見渡すと、キャリア的には上の部類に入るが、まだ45歳…現役バリバリのつもりでいる。自分自身では、20歳以上も若い記者と現場にいても全然違和感がない。私が本当に力を発揮するのは、キャリアを積んだこれからなのだ。そうだよね?ロッキー・バルボア!

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2007年05月22日

久々のサムライ

 昨日は約1ヵ月ぶりにサムライTVの『S-ARENA』に出演。3月の末からGAORAの全日本プロレス中継の解説と重なったり、旅行に行ったりなどで、出られないことが多かった。出演させてもらってから2年…久しぶりにスタジオに行ったら、何だが気持ちが落ち着いた。やっぱり慣れ親しんだ場所で仕事をするのは気分がいい。

 この『S-ARENA』は私にとって、いろいろな意味で大きなウェートを占める仕事。週刊ゴングが休刊になった現在、私にとっては“今のプロレス”について語れる大切な場なのだ。そして放送前後のミーティングでスタッフの人たちとの会話は情報収集の場でもある。直接、現場に行って取材している人たちのナマの言葉は、まさに生きた情報。この仕事はずっと続けていきたいものだ。

投稿者 maikai : 14:37 | コメント (0)

2007年05月21日

トッコちゃんの引退

 昨日はイーグル沢井…後楽園ホールでトッコちゃんの引退試合。2月の両国以来、久々にLLPWの会場に足を運んだ。LLPWという団体、そこに所属する(していた)選手は私にとって特別なものだ。まだ女子プロとは無縁の時代にWARの打ち上げで風間ルミと知り合ったのがきっかけで選手たちと飲み友達になったのである。

 私が女子プロを取材対象としない記者だったから選手たちも気楽だったようで、よく御徒町界隈で朝まみ、プライベートもあけすけ。たとえば維新力と穂積詩子の付き合いも公表される半年以上も前から知っていた。そうした輪の中に当然、イーグルもいた。そうこうしているうちに97年、私は週刊ゴングの編集長に就任した。こうなると女子プロと無縁とは言っていられなくなる。それでも「仕事の上では担当の原(正英)クンに任せて、今まで通りに飲み友達でいよう」というのが、LLPWの選手たちとのルールになったのである。

 さてイーグルだが、あの巨体だけにヒール的な役割りが多かったが、実際はおっとりした性格で、それがリング上にも出てしまい、真の意味でのトップにはなれなかった。ヒールなのにファンに「トッコちゃん」と呼ばれるのはマイナスだが、それが逆にイーグルならではの個性だったように思う。

 昨日の引退試合は尾崎魔弓と組んでハーレー斉藤&ダイナマイト関西と激突。かつてジャパン女子で袂を分かった同期が並び立ったのは感慨深いものがあった。キューティーも来ていたし、ジャパン女子で引退したOGも顔を見せていた。これがイーグルの人柄であり、レスラー同士のつながりだろう。私も引退後に飲み友達として知り合ったムーン章子やスコルピオと10年ぶりぐらいに再会できて嬉しかった。

 本当はおっとりとしていて涙もろいイーグルだけに、ちゃんと試合ができるかどうか心配だったが、明るさ全開。最後の胴上げでは120キロの巨体が宙に浮かずに笑いを誘うなど、ある意味、イーグルにふさわしいものだったと思う。最後まで明るかったのはプロレスに未練がない証拠だ。

 トッコちゃん、とりあえずお疲れさま。これからの花嫁修業…無期限にならないことを祈ってます!

投稿者 maikai : 13:40 | コメント (0)

2007年05月20日

現実生活へ

 昨日の午後1時半過ぎに帰国。12泊14日の旅行は今まで最長…これだけの“空白”を作ったことは今までなかった。今回の旅行は、今年に入って嫌なことが続いていたので気持ちをリフレッシュすることと、あらゆる意味でリセットするためのものであり、結婚10周年の記念でもあった。当時、週刊ゴングの編集長だった自分が10年後にはフリーとして活動しているとは。人生は本当にわからない。わからないから面白い…と強がっておこう。

 さて、日本に着いたら現実の生活が待っている。いつまでも浦島太郎でいるわけにいかない。旅装を解いてシャワーを浴びたら、ノアのディファ有明へ。小川良成がムシキング・テリーに喧嘩を売ってジュニア王座への挑戦を表明した。小川は、私が週刊ゴングの全日本プロレス担当記者になった時に練習生として入ってきた男。それだけに思い入れがある。同期の人間がいなくて、ちょっとひねくれた若者だったが、今年でキャリア22年、41歳になる大ベテランだ。ジュニアというと、どうしても若いレスラーが主役という印象があるが、ケレン味たっぷりのファイトでノア・ジュニア戦線を掻き回してほしいものだ。

 また、全日本でRODとして活躍していたディーロ&ブキャナンが元気だったのも嬉しかった。秋山に言わせると「もっと来てくれないと」とのことだが、順応性抜群の2人のこと、すぐにノア・マットにも慣れるだろう。

 そして今日は後楽園ホールでイーグル沢井の引退試合。女子プロは担当外だった私にとって、イーグルは仕事抜きの飲み友達だった。今日はレスラーとしての最後をしっかりと見届けたいと思う。

 私の休暇は終わった。ここからが本当の意味での2007年のスタートだ。

投稿者 maikai : 09:06 | コメント (0)

2007年05月17日

 朝市で

 今はホノルル時間で16日午後2時過ぎ。今朝はカピオラニ公園のモンサラット通りとパキ通りが交差したところの駐車場でやっている朝市へ。ここでタレントの大山のぶ代夫妻と遭遇した。聞けばハワイ・ロングステイを題材にしたテレビ収録だとか。ちょうど私たち夫婦がマウイ・オニオンを買おうとしているところで夫妻に話しかけられ、一袋2ドルのマウイ・オニオンを1ドルずつで半分に分けることにした。夫妻と私たち夫婦のやりとりはテレビ・カメラに収録されており、もしかしたら番組で使われるかも。確かテレビ朝日の『ぽかぽか地球家族』という番組名だったと思うが。

 さて、今からロッキー・イヤウケアがやっているカタマランに乗るためにワイキキビーチへ。残念ながらロッキーさんは、今日は休みとのことだが、奥さんのヨシエさんに1年ぶりに会ってこよう。

 この休暇もあと2日!

投稿者 maikai : 09:02 | コメント (0)

2007年05月15日

竜宮城

 今、ハワイ時間の5月14日午前10時半。1週間のクルーズからワイキキに戻ってきて、JCBプラザでこのダイアリーを打っている。船上にはインターネットセンターがあったが、日本語入力はできず、ダイアリーの更新は断念。仮に利用できたとしても、更新していたかどうか。

 この1週間はまさに非日常だった。日にちの感覚も曜日の感覚もなく、初めてのハワイ島ヒロ、10年ぶりのマウイ島、3年ぶりのハワイ島コナ、初めてのカウアイ島を満喫、というよりは見せつけられて、頭の中がグルグルしている状態。時間も空気も止まったようなヒロの町、太古を感じさせるカウアイ島の自然の景観は特にインパクトがあったが、この船旅の実感が湧くのには時間がかかりそう。もちろん、日本のニュースは全然入っていないから、実生活から隔離されているような感じ。アッという間の1週間で、きっと竜宮城で過ごした浦島太郎のようなもの。これから4日間のワイキキ滞在は社会復帰のための時間になりそうだ。

投稿者 maikai : 05:21 | コメント (0)

2007年05月08日

いよいよメインエベント!

 ホノルル空港に着いたのは現地時間の6日午前8時。日本時間だと7日午前3時だから、普段は寝る時間だ。寝不足でボーッとしているところにムッとしたハワイの熱気。そしてカンパリソーダのような空港の独特の匂い。この2つを感じた時にハワイに着いたと実感する。

 この時点で日本にいる時のあくせくした生活からスイッチが一気に切り替わる。昨日(つまり現地時間6日)はプールで読書&昼寝をしただけ。夜10時半には寝てしまった。

 そして今は7日の午前10時20分。今朝は6時半に起床し、ラナイから外を見ると虹が出ていた。虹を見るともう1回ハワイに来られるというだけに、いきなりラッキーな気分。そして8時半には朝食。心にも体にも、何て健康的な生活なんだ!

 今日はこれからアロハタワーに向かってクルーズの旅に出る。ハワイ島ヒロ→マウイ島カフルイ→ハワイ島コナ→カウアイ島ナウィリウィリの1週間の船旅。この数年、夢見ていたメインエベントの始まりだ!

投稿者 maikai : 05:16 | コメント (0)

2007年05月07日

今、私は…

 今、私はこのダイアリーをハワイで書いている。出発は日本時間の6日午後8時30分。ディファカップの決勝戦を見られなかったのは残念だが、昨年暮れから決まっていた計画だから仕方がない。

 実は今回のハワイ旅行は結婚10年の記念。10年前の5月8日にハワイで結婚したのだ。10年前の97年、私は週刊ゴングの編集長だったから、めちゃくちゃ忙しかった。時間ができるのはゴールデンウィーク明けぐらいしか考えられなかったので、5・2大阪ドームの橋本真也VS小川直也のIWGP戦、5・4代々木におけるキングダム旗揚げ戦を取材して、締め切りを終えてすぐにハワイに飛んで、式だけ挙げたのである。

 今年は春前からいろいろなことがあったので(苦笑)、2週間ほどの骨休み。でもダイアリーはなるべく更新するつもりなので、よろしく!

投稿者 maikai : 08:51 | コメント (0)

2007年05月05日

初マッスル

 昨日の夜、マッスル坂井がプロデュースする『マッスル』を後楽園ホールで初体感した。『マッスル』を説明するのは難しい。プロレス演劇、プロレスをモチーフにしたバラエティショー…演劇や本が好きな坂井の感性をプロレスのリングで表現したものとでも言おうか。プロレスにある要素を坂井なりの感性でデフォルメしたものと言うべきか。ちなみにチケットは1週間前には完売。これが坂井にとっては大きなプレッシャーになっていたようだ。

 まずは時事ネタを題材に『マッスル』及びプロレスの捏造、やらせ問題に始まり、『マッスル』を大きくするためには大人気のフィギュア・スケートを用いるべきだとして、『世界フィギュア・レスリング選手権2007』という形で試合を進行。これは課題曲に乗って試合を行ない、曲の解釈、技術、演技力、技のつなぎなどを採点。選手は試合後にキス&クライ(得点を待つエリア)で喜んだり、悲しんだりという趣向だ。前半戦での高得点は『白鳥の湖』でショートプログラムを演じた男色ディーノと飯伏幸太(つまりディーノⅤS飯伏の試合)。場内に流れる村田アナウンサーとベースボール・マガジン社の鈴木健氏の実況解説も、ちゃんとフィギュア・スケート調になっていたからよかった。おふざけではない、演劇、バラエティショーだから細部のディテールにも徹底的に凝っている。だからこそ、観客も楽しめるのだ。

 その他、PRIDEの買収劇をパロッて『マッスル』がアメリカのエンターテインメント総合格闘技組織UCCに買収されるというオハナシも出てきた。

 試合では、途中でナレーションが入って攻防がスローモーションになるなど、完全にお約束の世界。それを選手が真剣に演じる。一歩間違えれば、プロレスそのものを否定するような世界だが、そこに嫌な感じがなく、観客が素直に楽しめるのは、選手たちの真剣な取り組みと、坂井の根っこにある“プロレス愛”が感じられるからだろう。

 サプライズは、鈴木みのるの登場。もちろん、みのるにマッスルの世界観が通用するわけがない。いつも通りの妥協なきファイトで坂井をぶっ飛ばした。だが、坂井もプロレスラーとして必死に食らいついた。

「マッスル、それから周りにいる連中! お前ら、プロレス舐めてんだろ!? 中途半端な形でプロレスと俺に関わるんじゃねぇ。適当にやるんじゃねぇぞ。命懸けろよ! わかったか!?」
 とみのる。だが、その後には坂井と一緒にキス&クライに着席し、最高得点を得ると坂井と握手して雄叫び。このガッチガチの試合もフィギュア・レスリング大会の演目だったのか!? これだからプロレスは深い。虚実が渾然一体となっているのだ。

 プロレスラーとしてみのると戦うことができた坂井は大会終了後に泣いていた。
「プロレスを始めてから一番きつい、しんどい試合でしたけど、もっと頑張りたかったです。自分はちゃんとプロレスが好きで、それで始めたんですけど、『マッスル』が独り歩きして、そこだけで認知されて、大したプロレスラーとして思われていないのはわかってます。自分は、プロレスっていうのは戦いや感動を人々に与える素晴らしいスポーツだというのがあって、それをスローモーションとか使ってやっていますけど、鈴木さんは体だけでやっている。UWAI STATIONに出た時、鈴木さんと高瀬選手の試合を見て、張り手1発、試合で見せる気迫、マイクでお客さんを感動させる鈴木さんに感動しました。鈴木さんを見て、感動を与えられるレスラーになりたいと思いました。そう思わせてくれる鈴木さんと試合ができて嬉しかったです」

 坂井はプロレスラーとして一流ではない。だが、プロデューサーとしての才能はある。だから坂井は独自の感性でプロレスの中にある、プロレスならではの魅力の一部を取り出し、デフォルメして『マッスル』を創り出したのだろう。そして、そこに鈴木みのるが上がったのは大きな意味がある。

 様々なリングに上がっているみのるだが、その基準は「自分にとって面白いか」「自分の感性にビビッとくるものがあるか」ということ。ファイトマネーは二の次だ。いくらいい条件でも「面白くない!」と思ったら上がらないし、逆にファイトマネーが安くても「これはやりてぇ!」と思ったら上がる。それがみのるスタイル。『マッスル』には、みのるを動かす何かがあったのだ。

投稿者 maikai : 11:12 | コメント (0)

2007年05月04日

新日本の熱

 昨日の新日本・後楽園も2日同様に2005人の超満員。昨年秋あたりから興行数が多いこともあって後楽園ホールで苦戦が続いていた新日本だが、かつての熱気が戻ってきた。

 とにかく会場の雰囲気がいい。お客さんが出来上がっていて、熱いのだ。そのひとつの要因として、本隊、ブラック、GBHの抗争の図式が鮮明になって、それぞれの試合にテーマがあること。ジュニアも従来の本隊とCTUに加え、本隊の中にサムライ・ジムができて、新たな流れになってきている。

 さて、昨日の試合だが、タッグながら裕次郎がライガーを、デヴィットが金本から殊勲の星を挙げ、真壁が真輔を再度撃破して「てめえら、見たか!? これが現実だよ。次のIWGPは、この俺だ!」とIWGP挑戦に名乗りを上げるなど、スリリングな展開。メインのIWGPタッグ戦は永田&飯塚の王座奪取はならなかったものの、いい試合だった。バーナード&トムコという大型ガイジンも新日本マットに厚みを加えている。

 現在、頂点に立つ永田は「たかが後楽園ぐらいで満足するなと言われるかもしれないけど、確実に熱が高まってきている。これがドンドン波及していけばいいんじゃないですか? 改めて、これまでの棚橋の頑張りも感じますよ。夢は…再び東京ドームにIWGP王者として立つことです」と言う。

 会場の器を考えれば、かつての隆盛を考えれば、確かにたかが後楽園ホール。されど後楽園ホールだ。かつて全日本が長州らジャパン・プロレス勢の大量離脱でピンチに陥った時、レボリューションをスタートさせた天龍は「当面の目標は後楽園ホールを超満員にすること」と言った。そして地方でも手を抜かない全身全霊のファイトで、いつの間にか後楽園ホールも日本武道館も超満員記録が続くようになった。そう、まずは後楽園ホールから。今が大事な時だ。

投稿者 maikai : 09:03 | コメント (0)

2007年05月03日

極まれり!サムライ激場

 今朝9時過ぎにダイアリーを更新したが、操作ミスで削除されてしまったので、改めて書こう。ゴールデンウィーク、プロレス業界は忙しい。昨日は午後3時から5・9後楽園大会に関するハッスルの会見。夜は新日本の後楽園だった。

 ハッスルは様々なリリースを律儀に私の自宅にFAXしてくれる。そうなると試合だけでなく、記者会見にも顔を出すのが筋というもの。会見場のPRIDE道場に出向くと、関係者からは珍しがられてしまったが…。記者会見の内容は、5・9後楽園の第1試合のTAJIRIのパートナーがジャイアント・バボから佐藤耕平に変わったこと(対戦相手はKUSHIDA&チエ)、モンスター軍入りを直訴していたキンターマン&クロダーマンが最終査定試合として“モンスター大将”天龍&“モンスターK”川田との対戦を命じられたという2点だけ。ただし、普通の会見で終わらないのがハッスル流だ。

 出席者(というよりキャスト)はセクシー広報・りんらん姉妹三女の泡瀬夏弥、アン・ジョー司令長官、TAJIRI、キンターマン、クロダーマン。アン・ジョーに天龍&川田との対戦を命じられたキンターマンがパニクって(というより素?)三女にセクハラを仕掛け、これにTAJIRI、クロダーマンも乗っかるというもの。記者会見のリリースにも「3時開始」ではなく「3時開演」と記されていた。

 さて夜は一転して硬派な男臭さムンムン。越中詩郎のサムライ激場だ。このGW、新日本は『レッスルランド』『ロックアップ』を含めると4回も後楽園興行があるだけに客入りが心配されたが、最近にはない2005人の超満員札止め。永田VS越中の一戦がIWGP戦になったことでチケットが伸びたという。

 それにしても凄い越中人気。お笑いタレントのケンドー・コバヤシのモノマネという意外な形で越中の知名度は全国区になったが、元々プロレス・ファンは不器用でも闘志溢れる真っ直ぐな越中を支持していた。G1に出て金星でも挙げようものなら、まるで優勝したかのように両国が熱狂したし、WJ時代でもシーンとした会場にあって越中の試合だけはお客が沸いていた。そんな男だから、どういう形であっても、こうしてブームが起こったことは嬉しいことだ。

 もちろんメインのIWGP戦は試合前から大コシナカ・コール。感極まった越中は入場の時点で顔をクシャクシャにして男泣き。48歳になるベテラン・レスラーが感動するって素晴らしいことだ。WJ崩壊後、辛酸を舐めながらも頑張ってきた越中。頑張れば結果が出る。ベタな考え方かもしれないが、それを越中は体現した。やはりド演歌ファイターだ。

 試合は越中の歴史を見るような内容だった。永田のキックでサンドバッグ状態にされながらも、そのたびに立ち上がる姿はジュニア時代の高田伸彦(現・髙田延彦)との名勝負数え唄を彷彿させるものだったし、ダイナミックなジャンピング・アームブリーカーは全日本の若手時代の三沢光晴との名物カードを思い起こさせるものだった。そして反選手会同盟、平成維震軍時代から変わらない闘志。

 結果は永田のバックドロップ固めに散ったが、プロレスは結果や強さだけではないことを改めて証明したと思う。試合後はサッとリングを降り、無言で控室に消えた越中。その背中はまさに粋なサムライだった。

投稿者 maikai : 23:13 | コメント (0)

2007年05月02日

棚橋弘至の第2章

“エンターテインメント性を強調した魅せるプロレス”をコンセプトに昨年5月13日に新宿FACEでスタートした『レッスルランド』は昨日の第9回大会で1年を迎えた。

 昨日のメインは棚橋、中西、TARUによる現場監督の権利を巡っての3WAYラダーマッチ。中西が勝利して『レッスルランド』を『中西ランド』にすることを宣言した。エースが棚橋から中西に交代した形だ。

 試合後、棚橋は言った。
「中西さんの気持ちが勝っていたということです。エースを任されながら、大して喋れず、試合もウケず、悔しいです。IWGPのベルトを失って、『レッスルランド』も『中西ランド』に変わって…心も体もオーバーヒートしました。会社に伝えてあったんですが、明日、膝の精密検査を受けます。明日以降の試合のスケジュールは白紙ですね。『中西ランド』に対しては拍手を贈りたいです」

 棚橋は右膝内側靱帯を損傷していて、とりあえず今日と明日の後楽園大会は欠場。その後は精密検査の結果次第となる。

 この1年、棚橋は本当に頑張ってきた。選手の離脱などグラついた新日本にあって、『レッスルランド』のエースとして新たなファン層の開拓、そしてIWGP王者として新日本を牽引することを期待された。棚橋の頑張りがなかったら、新日本は本当にヤバかっただろう。心も体もパンクしても不思議ではない。

 だが、この1年で棚橋は強靭になった。すべてを失ったここからが第2章の始まりである。重圧から解放されて心をリフレッシュし、体を治した後に本当の棚橋の魅力が見えてくるはずだ。

投稿者 maikai : 09:01 | コメント (0)

2007年05月01日

パッケージ・プロレスに新展開

 昨日は全日本プロレス『2007HOLD OUT TOUR』最終戦のGAORA中継解説のため、名古屋・愛知県体育館へ。鈴木みのるとTAJIRIの三冠戦をメインに川田&ケアVSムタ&バンピーロの世界タッグ戦、YASSHIが中島勝彦に挑戦した世界ジュニア戦、さらに小島のVM入り問題あり…と、パッケージ・プロレスならではの話題満載のラインナップ。

 さて、随所に見所がある全日本のパッケージも、この名古屋を境に新展開を迎えた。小島のVM入りは消えたものの、健介への反発を露にしたことから、これからの小島のポジションが注目されるし、TAJIRIに勝って三冠V3に成功したみのるは、挑戦者に指名してもなかなか意思を明確にしない武藤に業を煮やして、三冠王座を持ったままの全日本離脱を示唆した。ジュニア戦線は6月にシングルのリーグ戦が行なわれることが濃厚だし、メキシコ・アミーゴスに対抗してMAZADAが新勢力を結成することを宣言している。

「チケットを買って会場に入った瞬間からスクリーが回ってドラマはスタートしている」という武藤思想の下、新たなドラマが転がり始めたのは明らかだ。

「ソフトを作るノウハウだけは、この全日本プロレス、才能あるんじゃないですか。新たなるストーリー展開があるのがプロレス。これ、膠着したら苦しいよ」
 というのが口癖の武藤。8月に予定しているという大勝負に向けて全日本の流れは急激に変わっていくだろう。お楽しみはこれから…見逃したら損だぞ!

投稿者 maikai : 14:48 | コメント (0)