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2007年04月30日

今、アパッチに注目!

 アパッチプロレス軍にはプロレスの様々な要素、ヒントがある。昨日の新木場もそうだった。第2試合の橋本友彦VS井上勝正はハードヒッティングな試合だったし、観客わずか300人で超満員という小会場ながらセミでは金村キンタロー&伊藤竜二VS黒田哲広&マンモス佐々木という好カードがさりげなく組まれた。前回の4・15新木場の時も書いたが、ブリブラダンスなどでお客を喜ばす金村が、いざ試合になると“闘い”をキッチリと見せる。その姿勢がアパッチの芯になっていると思う。

 さて、この日の注目はダブル・メインエベント。まずは佐々木貴とGENTAROの元・赤レンジャーズによるイデオロギー対決だ。佐々木は大日本にも進出してデスマッチに目覚め、今、その頂点に立ったが、GENTAROはデスマッチに背を向けて、2人は別々の道を歩んだ。

「蛍光灯だ、有刺鉄線だなんていうのはプロレスじゃない。プロレスってのはレスリングと、特有のルールを最大限に活用して戦うものだ。レスリングを忘れた佐々木にレスリングを教えてやる」というGENTAROのアピールで実現した一戦は、GENTAROが言葉通りにルール内で佐々木に勝利した。場外でシャープシューターを決めて寸前でリングに戻ってリングアウト勝ち。そして続く再戦でもレフェリーの目を盗んで佐々木が腰に巻いてきたBJWデスマッチ王座のベルトで殴打した上でのスクールボーイ。GENTAROの狡猾なファイトに、普段は佐々木にブーイングを送るアパッチのファンもGENTAROに大ブーイング。だが、
「見ての通り、俺はプロレスのルールに則って勝負した。これが頭を使ったプロレスなんだ。ここにいるアパッチのファンの奴らはサディストの集まり。ちょっとの木戸銭を払って、命のやり取りを見たいと思うんじゃねぇ。俺はファンも教育してやる」
 という言葉には妙に説得力があった。

 そして葛西純とウインガーの月光暗闇蛍光灯ボートライトアウト画鋲デスマッチ。葛西が去年暮れのデスマッチ・トーナメントの雪辱を果たしたが、ここでまたまたGENTAROがリングイン。
「蛍光灯に画鋲…下品すぎてヘドが出る。バカ・タカシ(佐々木)とサル(葛西)、2人まとめてレスリングを教えてやるよ。次の新木場(5月26日)は3WAYだ」と宣言。
 これに対して、佐々木が「デスマッチ心のない奴にデスマッチ・アイテムは必要ない」と、正攻法で戦うことを宣言すれば、アパッチのデスマッチ路線を牽引してきたと自負する葛西は「バカ殿(佐々木)は大日本のチャンピオンだと言うけど、ここはアパッチなんだよ。あと、レスリング・バカ(GENTARO)は眼中になし。ぶっ殺すしかねぇだろう」と凄い剣幕だった。

 アパッチというと冬木さんの流れを汲むエンターテインメント・プロレスのイメージがあるが、今の流れにはエンターテインメントは皆無。今、そこにあるのは純プロレスVSデスマッチ、VSメジャー(WEW王者・真壁)という2本の大きなテーマなのだ。

投稿者 maikai : 08:51 | コメント (0)

2007年04月29日

ノアの航路に異変あり

  昨日の日本武道館はノアにとって重要な分岐点的大会だった。1階席の一部にシートがかけられ、超満員とはならなかったのは初。三沢VS佐野のGHC戦は地味なカードだが、敢えてこれで勝負したところに意味がある。昨年から若い世代が急激に台頭する中でのベテラン同士のタイトルマッチ。「若い人間が頑張っているから、逆に頑張らなければいけない。手を抜けない」というメッセージなのだ。

 そして今回は、今後に向かっての種まきの意味もある大会だった。丸藤とCIMAが初めて絡んだことでノアとドラゴンゲートが本格的に開戦。丸藤は「CIMAも、他の2人(横須賀享、ドラゴンキッド)も素晴らしい。CIMAはフィーリングが合う選手ですよ。“ノアは美味しかっただろうが。もっとノアを食したいなら、どんどん来い”って言いたいですね」と、ドラゴンゲートとの戦いに大乗り気。5・12新宿FACEのマッスル・アウトローズ自主興行では土井&吉野が鼓太郎&マルビンのGHCジュニア・タッグ王座に挑戦するだけに、ここからも火種が生まれるかもしれない。

 そして高山&杉浦相手にGHCタッグ初防衛を果たした秋山&力皇に挑戦の名乗りを上げたのがTAKAみちのく。ブキャナン、ディーロ・ブラウン、KAZMAを率いて、あのRODを再結成することを宣言した。これによってTAKAと全日本の関係がどうなるのかは、現時点ではわからない。ただ、全日本中継の解説者としてRODを見続けてきた私は、TAKAが「WE ARE ROD!ブイヤーッ!」と叫ぶ声を見た時に単純にシビレてしまった。もし、TAKAが全日本マットでやったように、ノアの外国人勢をまとめ上げる立場になったら、ノアのリング上の風景もガラリと変わると思う。

 何かノアが変わっていく。そう感じられた今回の日本武道館だった。最後に、今大会のMVPは杉浦貴。秋山のシビアな攻め、力皇の重い攻めと互角以上の戦いをやった杉浦に送られた声援が、この日、一番熱く、大きかった。潜在能力は抜群の選手だけに、ここからの大化けに期待したい。

投稿者 maikai : 09:04 | コメント (1)

2007年04月26日

アジアンな日々

  一昨日、昨日と我が家はアジアンな日々だった。

 まず一昨日。4月頭に妻チエコとハワイに行った静岡の叔母ミチヨ(ハワイコールズ参照)から、肉がどっさりと届いた。ということで、今月28日に59歳にして初めて韓国に旅立つマサヤさんご夫妻(我がマンションの大家さん)を招いて、予行演習とばかりに焼肉パーティーだ。日付が変わる頃には、昨年5月に札幌に転勤したマサヤさんの次男ユースケ君も乱入。出張で東京に出てきたらしい。

 それにしても若いっていいね。ユースケ君は31歳(多分)。「いやあ、朝一番で仙台に行くから大丈夫ですよ!」と朝5時過ぎまで平気で飲み、実家でシャワーを浴びると、寝ないで仙台へ行ったようだ。きっと新幹線の中で爆睡すれば大丈夫なのだろう。このスタミナ…天龍さんたち、あるいはLLPW勢と朝まで平気で飲んでいた昔の私のようである。

 そして昨日。ユースケ君の乱入によって、すっかりペースが乱された私たち夫婦は、フラフラの状態で13時半に有楽町マリオンの朝日ホールへ。申し込んでおいたマレーシア・ロングステイ・セミナーに参加するためだ。

 マレーシアのランカウイ島は、我々夫婦にとってハワイと同じく大切な場所。ワイキキは物価が日本と同じくらい高いが、マレーシアだと3分の1くらい。加えてマレー系、中国系、インド系の人たちが宗教を越えて暮らしている国だから他民族に寛容で、特にマレー系の人はのんびりしている。「いずれ、ランカウイでのんびり暮らすのもいいかもねー」などと言っていたので、いいチャンスだからセミナーに参加してみた次第。

 行ってみると、会場はギッチリ。「こんなにマレーシアに住むことを考えている人がいるの??」というくらいの人。そして年齢層は高い。「皆さん、立派に働きました。これからの第2の人生はマレーシアで有意義な時間を…」なんて言われても、こっちはピンとこない。何か場違いなところに来てしまったか…。特に目新しい情報はなし。ゲストとして、昨年暮れにTV番組でペナンに滞在したという萩原流行夫妻のトークショーがあり、“ナマ萩原”を見ることができたのが収穫か(話の内容は無し)。結論は「行きたい時に旅行で行けばいいや!」だ。

 夜は近所にオープンしたインド料理屋へ。前日まで店のペンキを塗っているような状態だったから、他人事ながら「間に合うのかな?」と心配したが、ちゃんと店を開けたから立派。

 有楽町マリオンに行く前に店の前でオープン記念の割引券を配っていたので、
「昨日の夜までペンキ塗ってたでしょ。よく間に合いましたね」
 と声をかけると、
「ダイジョーブ!カレーの中にはペンキが入ってないから来てねー!」
 このゆるーい感じは嫌いじゃない。

 チキン・サグ(チキンとほうれん草のカレー)、プラウン・ミックス(エビと野菜のカレー)、ナン、シーク・カバブに生ビールをオーダー。おお、うまいではないか。このお店は夜12時までオープン。近所には遅くまでやっている店があまりないからありがたい。ぜひ、根付いてほしいものだ。

 

投稿者 maikai : 13:15 | コメント (0)

2007年04月24日

ハマりそう…?

  あいにく21日の大阪『ハッスル22』は行けなかったが、昨日の『S-ARENA』でさわりだけ見た感じでは面白そうだった。メインは天龍&川田とHG&RGのタッグ激突。龍明砲VSお笑い芸人という、昔だったら考えられないカードだが、天龍と川田がRGをボコボコにする場面はソソられた。天龍がモロにグーパンチを入れているのである。

 それにしてもRGは魅力的だ。川田のアトミック・ドロップで吹っ飛ぶさまは、まるでストーンコールドにスタナーを食らったシェイン・マクマホンのようだったし、必死の形相で天龍に向かっていく姿は拍手したくなる。虚実ゴチャ混ぜのハッスルの世界にあって、RGが体を張っているのは紛れもない真実なのだ。

 それにより一層のリアリティーを持たせるのが天龍、川田のシビアな攻め。これで適当にやったら、単なる余興に終わってしまう。やる以上は徹底的にやるしかない。今のハッスルには天龍、川田、そしてシンといった、レスラーの凄味を持つ人間が必要。それによってバラエティの部分も光るのである。

 19日に後楽園で行なわれた『ハッスル・ハウス23』を久々に見て以来、この不思議なファイティング・オペラにハマりそうな自分がいる…。

 

投稿者 maikai : 13:23 | コメント (0)

2007年04月23日

赤鬼33年!

 昨日の後楽園ホールにおける全日本プロレス『2007HOLD OUT TOUR』開幕戦で“赤鬼”渕正信がデビューから丸33年を迎えた。デビュー戦は1974年4月22日、徳島・阿波池田四国電力横広場での大仁田厚戦である。

 私にとって渕さんは、この業界に入って1年ちょっとで親しくさせてもらったレスラーだ。大学に在籍しながらゴングの編集&取材に携わっていた81年8月、すべて自費だが、取材した材料は必要に応じてゴング編集部が買い取ってくれるという約束で、私は3週間のアメリカ・プロレス旅行をした。ルイジアナ州バートンルージ、フロリダ州マイアミ、フロリダ州ウェストパームビーチ、ミズーリ州セントルイス、ジョージア州アトランタ、フロリダ州タンパ、テキサス州ヒューストン、テキサス州サンアントニオ、テキサス州ダラスの取材&観戦旅行を経て、テネシー州ナッシュビルで出会ったのがマサ・フチ&ミスター・オオニタのコンビ。グレイハウンド・バスのバス・ディッポまで迎えにきてくれた渕さんは頭も眉毛も剃り上げた怪しい風貌で、まるでウルトラマンだった。

「いやあ、髪切りマッチで負けちゃってさあ。でも、髪切りマッチをやるとギャラがいいんだよ!」
 当時、渕&大仁田のコンビはトージョー・ヤマモトをマネージャーにAWA南部タッグ王者に君臨していた。ファイト・マネーは1週1200ドルと言っていたように記憶している。もう26年も前の話だから…私は19歳、渕さんは27歳、ちなみに大仁田さんは23歳だった。ウーン、みんな若い!

「夢はね、ファイト・マネーを貯めてAWAのバーン・ガニアのキャンプに入ることか、カール・ゴッチさんの家を訪ねて指導してもらうことなんだよ」
「今はヒールだけど、俺は必ず先発で出るんだ。先発だと、最初はレスリングから始まるから」
「俺は体が小さいからジュニア・ヘビー級ということになるんだろうけど、ヘビー級に通用するジュニア・ヘビー級になりたいね。ダニー・ホッジのように」

 20代の渕青年はそんな風に夢を語ってくれた。実際、ゴッチの指導はフロリダに転戦した際に受けることができたわけだ。

「同じ会社に33年いられたってことは幸せだよ。辞めろって言われないように頑張らないと」

 そう、ここからどういうレスラー人生を送るかが重要。最近のジジイ・キャラも悪くはないが、その中にチラリと“鬼の部分”を覗かせて、昭和を生きたレスラーとしてプロレス文化を若い世代に伝えていってほしい。

 

投稿者 maikai : 14:09 | コメント (0)

2007年04月20日

ファイティング・オペラ

 昨日は昨年11月23日の『ハッスルマニア2006』以来、5ヵ月振りに後楽園でナマ・ハッスル。ハッスルの取材はリング上を見るのみで観客と同じ立場。控室に入れないし、コメントも取れない。WWEと同じだ。

 印象に残っていることを書き連ねると…まず、オープニングでは総統代行のモンスターK川田が『千の風になって』を熱唱。昔から川田はカラオケが大好きだし、歌がうまい。特に高音が伸びる。天龍同盟の試合後の飲み会で天龍さんに「歌わんかい!」と命じられて『みちのくひとり旅』を熱唱していたのを思い出した。

 バンザイ・チエとシングルを行なったセレブ小川の憎まれぶりは本物だ。ヒールというより、ナチュラルな嫌悪感。お客はブーイングを飛ばすのではなく、引いてしまうのだ。そしてセールス・ポイントはショッパイということ。嫌悪され、さらにショッパイと言われたら救い難いが、それをウリにする小川はある意味で凄い。吹っ切れている。このキャラがどういう方向に向かうのか…。

 嬉しかったのはタイガー・ジェット・シンが63歳になった今もなお、昔と変わらぬ狂虎ぶりを見せていたこと。全盛期を知らないであろうお客さんをシンがマジでビビらせているのは快感だ(苦笑)。何しろ、シンは本当に怖いレスラーだった。リングを降りても狂虎を演じていたから、私も控室、記者会見場、挙句は偶然、同宿になったホテルでも殴られた。地方巡業で試合後に道でパッタリ会った時も「ハタリハタマタ!」と凄まれたものだ。どうしても笑いの部分が強調されるハッスルにあって、本当の恐怖を観客に感じさせるシンの存在は貴重である。

 メインは天龍&川田&TAJIRIと大谷&KUSHIDA&RGの6人タッグ。モンスター軍VS旧ハッスル軍という図式の中ではあっても、見せるべきところはキチッと見せていたと思うが、本当ならまだまだできるはず。ハッキリ言って食い足りなかった。腹一杯にさせてほしいとは言わないが、せめてプロレスだけで腹八分にはさせてほしいものだ。

 だが、RGがブレイクしているのはわかる。『ハッスルマニア2006』で鈴木みのるに苛められている姿も大したものだと思ったが、前回の後楽園ではシンに血だるまにされたし、さらに天龍&川田と絡むなんて、よほどの覚悟がないとできないはず。RGなりの真剣なプロレスへのアプローチは感心する。RG人気には見る側の「どんなにひどい仕打ちを受けるんだろう?」という残酷な興味&RGの芸人魂への賞賛という2つの気持ちがあるのではないか。

 さて、例によって「ハッスルとは何か?」という問題になってしまう。これを完全にプロレス的視点で捉えるのは無理だ。純粋なプロレスではないし、純粋なバラエティ・ショーでもない。これはプロレス的要素もバラエティの要素もある新しいエンターテインメントと考えるのが一番、落ち着く。プロレスと名乗らず、ファイティング・オペラと名乗っているのだから、これは素直に新しいエンターテインメント=ファイティング・オペラとして楽しめばいいのだ。

 平日にもかかわらず2100人(超満員)の観客が集まった。客層はスーツ姿の男性、若い女性が目立った。彼らは、お笑いの部分で笑い、プロレスの部分で「おおっ!」と声を上げる。そして幸福そうな顔で家路につく。後楽園ホールはファイティング・オペラという、日常を忘れさせてくれる空間だった。

 ただ、プロレス的な立場から見ると、ひとつ足りない要素があった。それは感動。笑いもいい、恐怖もいい、驚きもいい、でも最後には感動したい。きっとプロレスを見る人が今一番求めているのは、純粋な感動だと思う。どんなに面白おかしい要素を盛り込んでも、最後に感動できたら…それが最高のエンターテインメントだと思うのだが…。

投稿者 maikai : 13:03 | コメント (0)

2007年04月19日

ナチョ・リブレ

 昨年6月、ハワイに行っている時のこと、やたらとテレビでスポットCMが流れていたのが『ナチョ・リブレ』。小太りの髭の男がマントをつけてルチャをやっているシーンが印象的だった。日本では昨秋に公開されたが、なかなか観るチャンスがなく、ようやくDVDを借りてきた。

 話は単純。修道院で育てられたイグナシオ(ジャック・ブラック)が孤児たちに御飯を食べさせるためにルチャドールのナチョとなって、エストレージャのラムセスと戦うというもの。やはり注目はルチャのファイト場面だ。何となくミル・マスカラスを思い起こさせるラムセスは現役のルチャドール。キャストを見るとセサール・ゴンザレスとなっている。セサール・ゴンザレスということは…シルバー・キング! どうりでいい体をしているし、動きもよかった。

 この『ナチョ・リブレ』はファイト・マネーで孤児院を経営していた実在のルチャドール、フライ・トルメンタをモチーフにしたもの。この映画を観て自然と思い出したのは、12年前に会ったトルメンタのことだ。

 時は95年2月。当時、私は週刊ゴングの編集長になったばかりで、4月2日に東京ドームで開催されるベースボール・マガジン社主催の『夢の懸け橋』に反対の立場を取り、同日に後楽園ホールで行われるWARの『阪神大震災チャリティ興行』を支持していた。そんな私にTAMA拳心館の長瀬正和氏から「トルメンタにチャリティ興行の話をしたら、ぜひ参加したいと言っています」という連絡が来たのだ。

 私とWARの武井正智社長、海野宏之レフェリーはトルメンタが出場するという東京・練馬区のIWAホールでの私設孤児院のチャリティ・イベントを観に行った。その時、トルメンタはすでに50歳。ルチャドールとしても二流の域を出ないが、それでもコーナー最上段からのプランチャなど、懸命なファイトを見せてくれた。試合後に控室に訪ねると「4月2日は被災者のために全力でファイトしますよ」と柔和な笑顔で語り、メキシコの民芸品をプレゼントしてくれたことを記憶している。

 トルメンタは4・2後楽園のオープニングマッチを受け持ってくれた。この日がデビューのトルメンタ・ジュニアとタッグを組んでチャカール、ボーイ・デンジャーと対戦。ジュニア、チャカール、デンジャーはトルメンタの孤児院で育てられた選手。トルメンタは“息子たち”に囲まれて、楽しそうにファイトしていた。今、メキシコで人気が爆発しているミスティコもトルメンタの孤児院で育った選手だ。

『ナチョ・リブレ』を観て、今さらながら、トルメンタという人物に少しでも関われてよかったと思っている。

投稿者 maikai : 14:34 | コメント (0)

2007年04月18日

CIMAが栓を抜いた!

 相変わらずドラゴンゲートは活況を呈している。昨日の後楽園ホールも超満員だった。それまで独自の価値観で活動していたドラゴンゲートが昨年下半期から新日本などの他団体と積極的に関わりを持ち始めたことで「ドラゴンゲート独自の世界がなし崩しになってしまうのではないか?」とも思ったが、それはいらぬ心配だった。

 他団体との対抗戦とは別にドラゴンゲートは独自の路線をしっかりと敷いている。タイフーンとマッスル・アウトローズの図式にとどまらず、ROHで活躍していたSHINGO(鷹木信悟)、B×Bハルク、サイバー・コングの新世代3人が新ユニット結成を宣言。またまた新局面を迎える。

 昨日の試合は、セミのタイフーンVSアウトローズのなにわ式イリミネーションも面白かったが、その後のメインのライガーに望月が挑戦したドリームゲート戦がセミとはまったく違うカラーの試合だったことに感心。セミはノンストップのいかにもドラゲーらしい試合だったが、メインは望月がライガーの左腕を、ライガーが望月の左足を狙う重厚な展開。それでいて若いドラゲー・ファンを引っ張るスリリングなファイトをやってのけたのだから大したものだと思う。

 さて、今後の注目はやはりCIMA。ライガーへの挑戦を正式に表明したのだ。そして目前には4月28日のノア日本武道館での丸藤とのタッグ対決がある。ノア、新日本との戦いに打って出たCIMAは、
「今年でデビュー10年…19歳でデビューして29歳になった。若いわけがない。若い鷹木たちにジェラシーを感じたし、ライガーVS望月への大歓声にもジェラシーを感じた。新日本のライガーにも、ノアの丸藤にも、この俺がドラゴンゲートここにありを見せる!」
 と宣言した。

 人の人生はそれぞれだ。CIMAと一緒にメキシコに渡ったSUWAは10年を区切りに5月12日をもってリングを降りる。逆にCIMAは、これまで10年間培ってきたものをメジャーと言われる団体、選手にぶつけようとしている。思えば、7年前の2000年4月、CIMAは第3回スーパーJカップ決勝でライガーに敗れた。あの一戦はCIMAのキャリア不足を露呈した試合。勢いだけではトップに立てないということをライガーが示した戦いだった。試合後、肩を落として涙にくれるCIMAの姿を思い出す。

 だが、今のCIMAは違う。堂々たるドラゴンゲートの顔だ。以前、長州はよくレスラーをワインに例えて「飲み頃になった時にポンと栓を抜いてやるのが大切。俺もいいタイミングで猪木さんに栓を抜かれた」と言っていたが、今まさにCIMAは熟成させたワインの栓を自ら抜いた。 

投稿者 maikai : 13:49 | コメント (0)

2007年04月17日

坂田の中の真実

 昨日は3月19日以来、約1ヵ月ぶりの『S-ARENA』。ゲストはハッスルの元GM坂田亘だった。坂田と話をするのは、彼がリングス時代に新宿の飲み屋で偶然会って以来だから、随分と久しぶりである。

 ハッスルの話題は難しい。作り込まれたストーリーラインに沿って進行しているから、虚実入り混じっているのである。今、ハッスルのリング上は揺れている。髙田総統がDSEからハッスルを買収して実権を握り、それまでGM職にあった坂田は平社員に降格。リング上の図式も小川とTAJIRIがハッスル軍からモンスター軍に寝返ってハッスル軍は壊滅状態に。平社員にされた坂田は、一度はその現実を甘んじて受け入れたものの、髙田総統の横暴なやり方に反旗を翻し、ハッスル軍とは別の形で孤高の坂田軍団としてモンスター軍に対抗している。というのが現状のストーリー。

 これを大真面目に坂田に聞いても仕方がない。ただ、ひとつ事実なのは、坂田がハッスルというものに愛着を持ち、これからどうしていったらいいのかを模索しているということ。昨年11月23日の横浜アリーナにおける『ハッスルマニア2006』のリング上からGMとして挨拶した時の、
「いろいろ困難なことが多かった今年の方が感慨深いものがあります」
 という言葉にも実感がこもっていた。

 かつてはリングスでファイトした坂田が今、他のリングには目もくれずにハッスルに専念している。それがどんなものかはハッキリとはわからないが、坂田には坂田なりの理想のハッスル像があるのだろう。4・19後楽園、4・21大阪を経て、5月にはストーリーラインがしっかりしてくるはず。19日には久々にハッスルをナマで観ようと思う。

投稿者 maikai : 15:40 | コメント (0)

2007年04月16日

冬木弘道を受け継ぐ者

 昨日は新木場でアパッチプロレスの興行。関本大介と橋本友彦の一騎打ちは真っ向勝負のいい試合だったし、葛西とウインガー、かつては赤レンジャーズとしてタッグを組んでいた佐々木貴とGENTAROの抗争という新局面が生まれた。

 メインではマンモス佐々木が真壁刀義のWEW王座に2度目の挑戦。アパッチ・ファンを煽りながら王座防衛に成功した真壁は本当にノリにノッている感じ。新日本とアパッチの両極端に位置するリングを本当に楽しんでいる。

「今、アパッチの興行を支えているのは貴軍団と俺だよ。これが現実だ!お前ら、外様が締め括って、それでいいのか!? どう頑張ったって底力が違うんだよ。プロレスは内容だ? そんなのは負け犬の遠吠えだ。結果がすべてなんだよ。俺がチャンピオンなんだから上からモノを言わせてもらう。次が最後の最後だ。2~3ヵ月、時間くれてやるよ。少しだけ準備期間をやるよ。その間にせいぜい鍛えて来いよ。次で終わり。完全に終わり。WEWのベルトは俺のお飾り、俺のアイテムにしてやるよ!」
 と、真壁は相変わらず舌好調。ただ、この一戦を持って終結宣言をせず、2~3ヵ月の猶予を設けたということは、真壁自身、このアパッチのリングに魅せられ、またやり甲斐を感じている証拠。

「2回やって2回負けて…凄く悔しいけど、嬉しい。大仁田さんも金村さんも敗北の歴史。ここから這い上がってみせます。真壁は俺の獲物です!」と雪辱を誓ったマンモスに期待だ。

 さて、いろいろ話題があったアパッチ興行だが、私にとって一番インパクトがあったのはHⅰ69相手にガッチガチのファイトをやってのけた金村だ。この日の金村のファイトに遊びの部分はなし。思わず客席から「ひどい!」という声が上がった受け身の取れないモーションの小さなデスバレーボム、そして強引なキン肉バスター。試合後、なおも食い下がるHⅰ69の顔面にグーパンチを何発も叩き込んでKOしてしまった。

 金村が見せたのは、アパッチのお楽しみの部分をすべて削ぎ落とした姿ではなかったか。冬木弘道のエンターテインメント・プロレスを受け継ぐ金村だが、その根底にあるのは「プロレスは闘いである」という信念。実は冬木さんもそうだった。冬木さんはメジャーに対抗するために、どういう方法でもいいからファンの足を会場に運ばせるエンターテインメントを打ち出したが、それは手段であって、リング上に関してはシビアだった。少なくともビッグマッチにおける試合は真っ当なファイトで勝負していた。そこには「どう楽しんだっていいけど、プロレスを舐めちゃいけないよ」という頑固な気持ちがあった。

 敢えてガッチガチのファイトをやってのけた金村は、やはり冬木さんの正統な後継者だと感じた。

投稿者 maikai : 16:54 | コメント (0)

2007年04月14日

嵐の復帰問題について

 またまた11日の無我の話題になってしまうが、この日の試合前、嵐(高木功)が藤波を訪ねた。嵐は昨年7月、大麻所持で逮捕され、9月13日に執行猶予3年(懲役6ヵ月)を言い渡されている。

 私と嵐の付き合いは、嵐が87年1月に入門した時からだから、もう20年。ハッキリ言って、これまでも問題児だったが95年にWAR入りしてからは更正して、黙々とファイトしてきた。失明寸前の怪我を負っても休まずに試合に出続けた嵐のプロレスに取り組む姿勢を見てきたし、その素質も買っていたから、大麻事件の時には腹も立ったし、悲しかった。実は判決が下りる前の昨年8月に「迷惑をおかけして、すみませんでした」という電話を貰っていた。

 11日、藤波との会談を終えて控室から出てきた嵐は、私の顔を認めると、あのクリッとした愛嬌のある目を大きくして微笑んだが、今、私の気持ちは複雑だ。「リングの上からファンに訴えたい」と、敢えて謝罪の言葉は出さなかったが、果たしてそれで良かったのか?

 人間、一度失敗したからといって、すべての可能性を閉ざされてしまったら救われない。できるなら、勝って知ったるプロレスで更正して、新たな人生に踏み出すのがベストだと思う。だが、今のままで受け入れられるだろうか。嵐の犯した罪はプロレス界全体に多大な迷惑をかけたのは事実。裁判終了後、マスコミを通じて謝罪の声明を発表し、謹慎期間を経た上で公の場に出てくるのが筋だったのではないか。

 できることなら、いい形でカムバックしてほしい。でも…。今、私の心はモヤモヤしている。

投稿者 maikai : 13:46 | コメント (0)

2007年04月13日

無我は大人のプロレス

 昨日は4・11無我の後楽園ホール大会についてチャボ・ゲレロの引退だけしか書かなかったので、今日は肝心の無我のプロレスについて書きたいと思う。

 無我というと“大技を使わない地味なプロレス”というイメージが強いが、それは本質を衝いていない。西村が標榜しているのはオーソドックスな昔のアメリカン・スタイルだ。地味というよりも、ガチャガチャしていない、ジックリと見られるプロレスという解釈の方が当たっているだろう。

 4・11のメインは西村&吉江VS川田&長井のタッグマッチで、試合時間は実に35分19秒。大技が飛び交うわけではなかったが、これだけの長時間、観客を飽きさせなかったと思う。少なくとも私は飽きなかった。グランドだけでネチネチ戦うわけではなく、派手な場外戦もあった。大技を連発しなくても様々な局面が生まれるから飽きさせないのだ。

 探り合いから始まり、一点集中攻撃、エキサイトすれば場外戦だってある。そしてクライマックスの大技。休みなく次から次へと技を繰り出さなくても試合は成立する。最近のプロレスはスタートから大技が飛び交って目を離す暇もないくらいスリリングだと言えるが、無我の場合は落ち着いてジックリと試合を楽しめる。例えるなら、行間を楽しめるというか…。これが昔のプロレスだった。今のファンはどう捉えるかはわからないが、何か久々に大人のプロレスを見たような気がした。今のプロレスも好きだけど、こういう昔のプロレスはどこかホッとするなあ。

投稿者 maikai : 14:27 | コメント (0)

2007年04月12日

チャボさん日本引退

 昨日は無我の後楽園ホールでチャボ・ゲレロの日本引退試合。かつてWWWFジュニア・ヘビー級王座を巡って死闘を演じた藤波とラストマッチを行なった。56歳になったチャボだが、ゴングと同時にヒップアタック、上がらなかったもののロメロ・スペシャルにトライし、倒立してのレッグロックを披露…と、目一杯のファイトを見せてくれたのが嬉しかった。

 思えば、藤波が大流血した寝屋川市民体育館での一戦は今から29年も前。確か私は高校2年生で、修学旅行の帰りにファンクラブ仲間と会って、東京駅近くのどこかの食べ物屋でテレビ中継を見たと記憶している。

 チャボとの直接的な思い出は14~15年前のSWS、WARに来ていた頃。チャボは天龍さんに負けないくらいの呑べえで、酒なら何でもOK。酔ったチャボにドブロクの一升瓶を口に突っ込まれたこともあったっけ。とにかく陽気な酒だった。

 今回の来日に際して、天龍さんから「下手に飲みに誘って、コンディションを崩されでもしたら藤波に悪いから、とりあえず天龍がよろしく言っていたと伝えてくれよ」と言われていたので、それをチャボに告げ、天龍さんの電話番号を教えると「今晩、ホテルに戻ったら電話してみるよ!」と大喜び。どうやら真夜中に六本木から酔っ払って電話したようだ(苦笑)。

「ずっとレスリングのビジネスを続けていくつもり。WWEのコーチかロード・エージェントになれたらいいんだけど」とチャボ。この人も死ぬまでプロレスラーで在り続けるに違いない。

投稿者 maikai : 16:13 | コメント (0)

2007年04月10日

真壁が突きつけた現実

このところ新日本で真壁がブレイクしている。3月21日、4月8日と連続で後楽園のメインのリングに立ったのだから大したもの。そして4・8後楽園ではチェーン・デスマッチで中邑真輔に勝ってしまった。

「いいか、オイ! これが現実なんだよ!」というのが真壁の口グセ。真壁が新日本とファンに突きつけた現実とは、今のプロレスにメジャーもインディーもない、決して新日本は大メジャーじゃないし、胡坐をかいていたら足下をすくわれるという厳しい現実だ。週プロのインタビューでも「インディーが劣っているのは会社の大きさだけ」と言っている。

 真壁がノシ上がってきたのは、新日本ストロング・スタイルという呪縛から解き放たれのも大きいし、アパッチに出陣して、素直にインディーと呼ばれる世界のいい部分を吸収したこと。アルバイト感覚ではなく、真摯に取り組んだことが大きいと思う。

 今、冷静に新日本の風景を見ると、一昨年10月に長州が現場監督に復帰した頃のようなインディーへの拒絶反応はない。それはファンも同じ。すべてを受け入れている感じだ。だが、それは懐が深いというよりも新日本にしっかりした柱がないという印象。今の新日本には、いい意味でも悪い意味でも“新日本プロレス”という匂いが薄れているような気がする。芯の“新日本”がしっかりしていてこそ、トッピングが活きる。その意味では、さらに真壁がブレイクするには、新日本を体現する人間が出てこなければならない。まずは棚橋VS永田のIWGP戦、これからの真輔の動向に注目だ。

投稿者 maikai : 13:59 | コメント (0)

2007年04月09日

K-DOJO5周年

「あれっ? 今日は全日本じゃないですよ!」とニヤリと笑ったTAKA。昨日の昼は後楽園ホールでK-DOJOの5周年大会が行なわれたのだ。実は、私にとってこれが初めてのナマK-DOJO。
「ブログに書くんですか? 観て感じたまんま書いてくださいね」とTAKAはまたニヤリ。

 一昨年は、後楽園で興行を行なう時には大物ゲストを投入していたが、昨年からは敢えて純血で勝負。今回の5周年も、もちろん純血だ。大物ゲストを呼んでいた頃は実数で1000人以上の動員だったのが、純血になってからは5~600人程度。そんな状況についてTAKAは、
「今、どこの団体でもゲストがいるのが当たり前みたいな状況になってるけど、純血メンバーで成り立たなければ先はありませんからね。今日の目標は1000人です」

 結果は990人。10人足りなかった。
「取り置きのチケットが十何枚あったんですよ。そのお客さんがちゃんと来てくれれば1000人を越えていたんですけど。上乗せの発表もできたけど、それをやっちゃったら、これまで頑張ってきた意味がなくなっちゃいますからね。現実の990人の発表でいいんです」
 とコミッショナーの296。296クンとはK-DOJO入り前からの付き合いになるが、彼もコミッショナーとはいえ、チケットを売ったり、グッズを売ったりと頑張っている。

 さて、肝心の試合。K-DOJOの選手は体が小さい人が多いから、それを補うためにキャラが立っているし、独特のムーブをするが、なぜか懐かしい匂いを感じた。それはなぜかというと、私が昔観ていた70年代~80年代前半のアメリカン・プロレスの匂いがしたからだ。大技を連発せずに基本技で試合を組みたて、フィニッシュは自分で自信を持っている大技1発で決める。反則をする時には必ずレフェリーの目を盗む。利に適った、当たり前のプロレスをしているのだ。だから観ていて納得できる。

 TAKAと円華の試合は素晴らしかった。TAKAのジャスト・フェースロックと円華のクロスフェースが焦点だったが、共に考え抜いたムーブで自分の技に持ち込んでいく。どちらの技も地味なのに、それがスリリングなのだ。そして要所で空中技も飛び出したが、15分を越える戦いの中で相手をロープに振る場面は1回しかなかった。それでいてまったく飽きさせない。それはまさに往年のアメリカン・プロレスである。

「俺の理想のプロレスは、見せ技は使わずに相手を倒すために有効に技を使うプロレス。首なら首、腕なら腕の一点集中のセオリー通りのプロレスを体現できる団体を実現させるためにK-DOJOを創ったんですよ」とTAKAは言った。K-DOJOは昔のプロレスの良さを知るヒントになると思うので、ぜひ一度観てほしいと思う。

 最後に、この日を最後にDJニラが引退した。第1試合の8人タッグに出場し、試合後にリングから客席に向かって深々と頭を下げていたので、珍しいなと思ったが、この5周年を区切りに引退を決意していたのだという。彼はアスリートではなく、パフォーマーとしてのみのプロレスにトライしていた。

「表現者としてやりたいことがあるので、プロレスに区切りをつけます」
 と、さり気なくリングを降りたニラ。お疲れさまでした、と同時に今後の新たな場での活躍に期待したい。

投稿者 maikai : 14:07 | コメント (0)

2007年04月08日

奉納プロレス

 プロレスは日本に根付いた大衆芸能である。そう感じさせてくれたのが昨日の靖国神社相撲場におけるゼロワンMAXの奉納プロレスだ。今年で3年目。私は今回、ようやくナマで観ることができたが、ああいうお祭りっぽい雰囲気は嫌いじゃない。大衆芸能という表現は語弊があるかもしれないが、何の知識もない人たちが観て、純粋に「おおっ!」と声を上げて楽しめるのがプロレス本来の姿だと思う。何も理屈は必要ないのだ。

 SUNの女子プロがあり、ノアから菊地&谷口が参戦し、あの門馬秀貴が出て、ブルース・リーのバッタもんのような石天龍がいる。さらにFEC、メインは大谷VS崔の一騎打ちとラインナップも充実。何かプロレスの底力を感じさせる大会だった。結論は、こういう大会は大歓迎ということだ。

 最後に大谷晋二郎のプロレスの教科書275ページを紹介しておこう。
「プロレスを愛する人はたくさんいるだろう。しかしながらプロレスを守る者は数少ない。その数少ない中の最大のプロレス伝道者はゼロワンMAX、そして大谷晋二郎だ!」

 何年経っても変わらずにハイテンションで熱い大谷はイイぞ!

投稿者 maikai : 10:25 | コメント (0)

2007年04月06日

久々の会話

 昨日の午後、「元気っスかあ~?」と懐かしい男から電話がかかってきた。“トンパチ男”折原昌夫だ。折原の試合は3・7後楽園ホールにおけるリアルジャパンで見ているが、会話をするのは昨年暮れ以来。週刊ゴングの選手名鑑のアンケートで電話した以来だった。その時に「2007年の抱負」という項目について、

「そうっスねえ~、自分を取り戻したいです。元の自分に戻りたいです」
 と、意味深なことを言っていただけに気になっていたが、元気そうな声だったので安心した。

 オリちゃんは全日本の練習生時代から天龍さんに付き、明るく礼儀正しい若者だった。今では“トンパチ”と呼ばれるが、それは一本気な性格からのもの。WAR時代には頭に“WAR”のタトゥーを入れようとして、みんなで止めたこともある。そんなオリちゃんを天龍さんも愛した。SWSでメキシコ修行に出た時に、天龍さんからオリちゃんに「もうそろそろ許してやるから帰ってくるか?」と国際電話があったという。「いやあ、天龍さんも寂しいんスかねえ。ボクが傍にいないと、やっぱ駄目なんスかねえ」とオリちゃんは私に国際電話をしてきたが、その声は嬉しそうだった。そういえば、メキシコ修行の時には「今日、到着しました」「今日、アレナメヒコでトペの練習をしたんスよ」「いよいよデビューです!」と、しょっちゅう国際電話をくれたっけ。

「今度、リアルジャパンで2代目スーパータイガーに続く、新しい虎がデビューしますんで。佐山さんも天龍さんと同じように男気がある人なんスよ!」
 と、明るい声だったオリちゃん。WARを辞めた後、ずっと放浪を続けていたようだが、ようやく足場となる場所を見つけたようだ。いつまでも一本気=トンパチの心を忘れずに突っ走ってほしい。

投稿者 maikai : 11:51 | コメント (0)

2007年04月05日

ノア注目のふたり

 昨日はディファ有明でSEM興行。このところノア漬けだ。さて、今ツアーで私が注目している若手がふたりいる。ひとりは初来日したテッド・デビアス・ジュニア。名前の通り、あのテッド・デビアスの次男坊で25歳のヤングボーイ。キャリアも1年8ヵ月の文字通りの新人だが、ファンにアピールするロングホーン、フィスト・ドロップ、ミリオンダラー・ドリーム(コブラクラッチ)、ミリオンダラーバスター(河津落とし)、パワースラムは父親譲り。ランディ・オートンのようなルックスだけに日米で人気が出そうだ。私としては、単なる父親のコピーではなく、あの本家パワースラムを完璧にマスターしてほしいと思う。

 そして、もうひとりは8ヵ月ぶりにカムバックした伊藤旭彦。伊藤は昨年6月29日に右膝の前十字靱帯を損傷してずっと欠場を続けてきた。8月10日に手術し、9月まで入院。カムバックに向けてリハビリを開始できたのは今年の1月からだという。同じ05年クリスマスイブにデビューした谷口、青木、太田が徐々に個性を確立し始めているだけに、伊藤には焦りがあったことだろう。

「人の試合は観ないようにしてました、変に焦りが出てしまうので。でも、いざカムバックしたら一緒にデビューした人たちとの差を感じますね。間の取り方、動き、強弱の付け方、体力…最初の頃は一緒でも、やっぱり差がついている。ボクだけシングルで1勝もしていませんし…」
 と、伊藤。それでも試合勘は鈍っていないし、ファイト内容はとても半年以上も怪我で休んでいたとは思えないものだ。

「右膝を狙われるのは当たり前のことで仕方ないです。でも怖さはありません。復帰に向けて毎日リハビリ、練習を続けてきましたから!」

 その意気やヨシ!頑張れ、伊藤旭彦。

投稿者 maikai : 14:23 | コメント (0)

2007年04月04日

さりげなく命懸け

 昨日、ノアの横浜赤レンガ大会で三沢に会ったら、左目がパンダのように真っ黒になっていた。3日の後楽園ホールにおける開幕戦で佐野のローリング・ソバットが左目を直撃したのだ。先ツアーでは、本来ならコルセットをしていなければいけないほど首の状態が悪くても試合出場を続け、ようやく快方に向かったと思ったら左目だ。

「とりあえず、試合後に飲みに行っても腫れ上がらなかったから大丈夫じゃない? 医者は…行って、大怪我だったら精神的に参るから行ってないよ(苦笑)。女房は、普段の怒ったような顔より優しく見えるってさ。さすがプロレスラー? いや、痛点は一般の人と一緒でしょ! でも痛みと快感は共通するものがあるっていうから…って、何の話だ!?(苦笑)」

 例によって下ネタを交えながら、フツーの三沢。彼は決して悲愴な言葉を吐かない。これが「左目を失っても試合に出る!」とか言えば、記事にしやすいのだろうが、決してそういうカッコイイ言葉は吐かない。でも、それが三沢のカッコよさではないか。

 そうえいえば別冊ゴングで漫画家の河口仁さんが三沢について「さりげなく命懸けのレスラー」と書いていたが、同感。どんな局面に立たされても、フツーでいられる自分でありたいと思う。

投稿者 maikai : 14:40 | コメント (0)

2007年04月03日

策士・秋山準

 今日は3日夜の後楽園ホールにおけるノア4月ツアー開幕戦について書こう。メインは森嶋&ヨネに秋山&力皇が挑戦したGHCタッグ戦。先シリーズ最終戦で秋山と力皇が緊急合体、そしていきなりのタイトルマッチという急展開だったが、試合として純粋に見応えがあった。

 森嶋はROH王者になって吹っ切れているし、ヨネは先シリーズ最終戦の秋山戦から従来の明るいキャラだけでなく、根っこの部分に持っているバトラーツ仕込みのバチバチ・ファイトが顔を出すようになった。力皇も秋山がバックにいることで伸び伸びとファイト。結果は秋山&力皇がベルトを奪取したが、決して森嶋&ヨネにキズがつものではなかった。巧者の秋山がかき回す中でヘビー級の若い3人の息吹が感じられる試合だった。もはやノアの主役は次世代であることを証明するタイトルマッチだった。

「今年は自分のためにやりますよ」と言っていた秋山だが、やはりノア全体のことを見ている。この試合でも自分の存在感を出すことは忘れないが、スパイス役に徹して3選手の持ち味を引き出し、この2年間、パッとしなかった力皇を引き上げてみせた。力皇は2年前にGHC王者になった時にはプレッシャーから体調を崩すことが多く、精彩を欠いたが…今、ようやく心身共に本来の力を出せるところまできた。機を見るに敏な秋山は、ここで力皇のワインの栓をポンと抜いたのだ。

「開幕戦でベルトを取っちゃって、これで何もなくツアーが終わったらつまらないから、最終戦の武道館で高山選手相手に防衛戦をやりたい」と秋山。今、ゼロワンMAXで猛威を振るっている高山を見て、今がイジリ時と判断したのだろう。やはり秋山は、いい意味で策士である。

投稿者 maikai : 12:05 | コメント (0)

2007年04月02日

DDT後楽園

昨日は後楽園ホールで昼=DDT、夜=ノアの2連戦。まずはDDTについて書きたい。

 今年に入って2、3月に次ぐ後楽園大会だったが、客入り、客の反応は今回が一番よかった。これまでの2回は客の反応がイマイチでDDT関係者も頭を悩ませていたし、三四郎はKO-D王者HARASHIMAに対して「お前がチャンピオンになってから客入りが悪い。俺がお前からベルトをひっぺがしてやる!」と厳しい駄目出しをしていた。

 そうした状況を踏まえての今回。第一の功労者は第1試合で諸橋&マサ高梨からKO-Dタッグ王座を奪った中澤マイケル&松永智充のヌルヌル・コンビ。ハッキリ言ってキワモノだがヌルヌル・コンビは実力も上げてきている。面白さにファイト内容が伴っているからこそ、お客も楽しめるというものだ。彼らは見事に客席を温めてくれた。

 その後はアイアンマン王者になった脚立とMIKAMI、ドリアン澤田、マンゴー福田、ゴージャス松野、佐野直、アントンによるバトルロイヤル。かつてテリー・ファンクは「ホウキとでも試合ができる」と言ったが、彼ら5選手は見事に脚立相手に戦った。バカ臭いと言うなかれ。MIKAMIは脚立めがけてスワントーンボムを放ったのである。これも体を張ってお客を楽しませるプロ根性だと私は思う。

 こうしたお笑い2試合の直後に飯伏&タノムサクとバトラーツの澤&吉川のバチバチ・ファイトを持ってくるあたりがマッチメークの妙。そして丸藤が登場して男色ディーノと組んでマッスル&KUDOと激突。ちゃんとDDTテイストをこなすあたり、やはり丸藤は天才児だ。試合後、マッスルが、
「丸藤選手は体だけですべてを表現できる人。ボクは変化球的なやり方をしているけど、丸藤選手はそれを難なくこなしてみせた。ある意味でショックです」
 と語っていたのが印象的だった。

 休憩を挟んで柿本VSハワイ軍団のストーリー仕立ての試合後にメインのHARASHIMAと三四郎のタイトルマッチ。DDTの今後をかける大一番にふさわしい遊びのない、両選手に逃げ道のない戦いだった。三四郎という壁を超えたHARASHIMAが今後、DDTにどういう新しいカラーを加えていくか楽しみだ。

 改めて思うのは、これといったビッグネームがいない中で10年やってきたDDTの企業努力。そこにはプロレスを見たことがない人をも取り込むための斬新で自由なアイデアと緻密な組み立てがあった。それに選手たちの技量がついてきた。DDTには一度観たら、次も観たいと思わせる不思議な魅力がある。

投稿者 maikai : 09:40 | コメント (1)