« 2007年01月 |メイン|2007年03月 »

2007年02月26日

先週の取材

 先週の現場取材は23日(金)=ドラゴンゲートの後楽園ホール、24日(土)=ノアの大阪市中央公会堂日帰り、25日(日)=DDTの後楽園ホールと3連戦。

 総じての感想は、どの団体も過渡期を迎えて新しい時代につなぐために努力しているということだ。ドラゴンゲートは昨年暮れから、それまでの“オンリーワン政策”から一転して他団体と積極的に関わりを持ち、この後楽園にも新日本からライガー、邪道、外道が参戦していた。またドラゲー内の図式も変えてポスハーツが解散し、CIMA、横須賀、斎了、キッド、ハルク、アンソニーが新ユニットを結成。この団体のマンネリにならないための企業努力はいつもながら感心する。あと…いつもながら感心させられるのはCIMAのマイクの巧さ。フジイもいい味を出している。そして、この日、プロ根性を見せてくれたのがスペル・シーサー。頭部を大きく切って大流血…本当なら、すぐにでも救急車で病院に行かなければいけなかっただろうが、メイン終了後の延々と続くマイク・パフォーマンスを最後までやりきった。これもレスラーのSHOW MUST GO ONの精神である。

 ノアは変化が少ないように見えて、きっちりと次の時代を見詰めている。三沢と秋山のタッグ対決があったにもかかわらず、このカードはセミに回って、メインを取ったのは力皇、丸藤、KENTAの3人。来たる3・4日本武道館のシングル5大決戦のメインはファンの投票で決まる(明日が投票締め切り)が、ノアにとってはROH世界王者になった森嶋とKENTAの一戦がメインになってくれたら言うことはないのではないか。今のノアにとっての課題は若い世代のメインでお客さんを集めることだろう。

 そして昨日のDDT。メインではKO-D無差別級王者HARASHIMAが男色ディーノの挑戦を退けた上で、次の挑戦者に高木三四郎を指名した。DDTの社長でもある三四郎は、
「お前がチャンピオンになってから、後楽園ホールの客入りが減っている。だから俺が獲る!」
 と、厳しい指摘をした。その団体のチャンピオンは技術、強さはもちろんのこと、集客力も要求される。HARASHIMAはバラエティ色が強いDDTに誕生した正統派の王者だが、果たしてDDTを引っ張っていけるのか? HARASHIMAと三四郎の激突は、HARASHIMAいとっても、DDTという団体にとっても正念場になる。

 とにかく言えるのは、どの団体もそこにとどまっていては先はないということ。だから、少しでも変化をつけて踏み出そうとする。常に先を見据えて企業努力しなければ生き残っていけないのが厳しい現実なのだ。どこも頑張れ!

投稿者 maikai : 16:28 | コメント (0)

2007年02月20日

SHOW MUST GO ON

日本スポーツ出版社の代表取締役だった前田大作氏が逮捕された。“だった”と書いたのは17日の緊急役員会で代表取締役を解任されたから。

 さて、これから日本スポーツ出版社は、週刊ゴングはどうなるのか? 現時点では私もわからない。だが週刊ゴングが今すぐになくなるということはない。明日も通常通り発売される。

 今、私が書けることは、私自身の週刊ゴングに対する今現在のスタンスのみ。前田氏が逮捕されるらしいという情報を聞いたのは15日…後楽園ホールにおけるノアの開幕戦の日だった。それでも私は予定通りノアの仕事をやったし、17日の全日本・両国、18日の新日本・両国の追い込み作業もやった。もちろん週刊ゴングのスタッフも徹夜して黙々と21日発売の本を作っていた。彼ら現場の人間は、発売日に間に合うように本を作るしかないである。

 私がプロレスから学んだのは“SHOW MUST GO ON”の精神。レスラーはリングに上がったら、試合中にどんなアクシデントやハプニングがあろうとも、最後まで試合を成し遂げなければならないのだ。だから私も一度引き受けた仕事は、たとえ何が起こっても責任を持って遂行する。

 そこから先は…日本スポーツ出版社、週刊ゴング編集部が心意気と誠意を見せてくれることを願うばかりである。

投稿者 maikai : 19:32 | コメント (0)

2007年02月15日

里村に注目!

12日の両国国技館におけるLLPW。懐かしいメンバーに会えた。穂積詩子、半田美希、紅夜叉、レオ北村、キャロル美鳥、長島美智子…みんな十何年か前の飲み仲間である。紅はあんなキャラで全然飲めなかったし、レオは酒グセが悪かったなあ。幼稚園の頃のイメージしかない半田の長男が小学校4年生になっていたのにはビックリした。

 それはさておき、試合の方だ。大会の軸となるトーナメントは神取が里村明衣子を破って優勝した。だが、神取は議員としての活動もあっていっぱいいっぱいの感じ。関節技への入り方など、あそこまで必死な神取を見るのは久しぶりだったような気がする。

 そんな神取を引き出した里村は、やはり只者ではない。鋭い眼光は魅力的だし、発するオーラが他のレスラーと違うのだ。もちろんファイトも間の取り方は巧いし、人を惹きつける凄味が感じられる。神取VS里村は、女子ではなく男子の試合の趣があった。

「私は同世代ではなく、名前のある上の人と戦って、吸収して、そして勝ちたい!」とは試合後の里村の言葉。敢えて“名前”“記憶”を相手に闘おうという姿勢はチャレンジ精神に満ちている。そこには常に「何かを引っくり返してやろう!」という野心を持っていた長与千種の遺伝子が組み込まれている。遠い昔、長与と神取のドリームカードが話題になったことがあったが、今になって神取が長与の遺伝子を持つ里村が激突するというのも面白い巡り合わせだ。

 ハッキリ言って、里村が神取を倒す日は近い。里村は混沌とする女子プロにあって、主役になるべき逸材であると11日の両国で確信した。里村よ、時代を呼び込め!

投稿者 maikai : 10:34 | コメント (0)

2007年02月14日

中嶋勝彦に共感!

 最近、私が共感を覚えているレスラーは中嶋勝彦。27歳も年下で息子のようなレスラーだが、彼の3年間を見てきて、常に「頑張れ!」と思わずにはいられなかった。

 15歳でデビューした勝彦。普通なら高校生活を満喫する年齢だが、彼はいきなり大人の世界に飛び込んだ。それもプロレスという特殊な社会に健介にくっついて2人きり。これだけでも「大変だろうなあ」と心配だった。比較にはならないが、私がこのプロレス業界に足を踏み入れたのは大学1年生になったばかりの18歳。それまで高校生だったのが、大人の社会に入って随分と戸惑ったものだ。当時のプロレス・マスコミは当然、大人ばかり。一番下っ端の私は、レスラーや団体関係者はもちろんのこと、他の記者やカメラマンに「よろしくお願いします」と頭を下げて歩く毎日だった。救いは新日本プロレスに同い年のヒロ(斎藤)ちゃんがいることぐらいだった。そんな経験をしているから、上下関係の厳しいプロレスラーの世界に入った幼い勝彦が気になってしょうがなかったのだ。

 まだ体ができていないから怪我も心配だった。潰されないかと心配だった。だが勝彦はすべてに打ち勝って、ここまで来た。5日にサムライTVの『S-ARENA』に出演した時に「3年間で30キロ…だいたい1年に10キロのペースで太ることができました。ただ太るんじゃなくて、筋肉で太るのは大変だったですけど」と勝彦は笑っていたが、その体力と精神力は半端じゃない。もちろん、そこには健介、北斗の家族愛溢れたサポートがあったことを忘れてはいけない。

 団体としてスタートした健介オフィスにあって、勝彦の役割りも重くなる。道場長として後輩たちの面倒を見なくてはならない。レスラーとしては先輩でも、健介オフィスでは後輩となる三島は大人、新弟子3人中2人は年上だけに、勝彦がどう統制を取っていくか見ものだ。

 少年から青年期に入ったが、3年前と変わらず礼儀正しく、常に前向きな勝彦。彼は次代の日本マット界を照らす希望の光である。

投稿者 maikai : 13:31 | コメント (0)

2007年02月13日

癒しの時間

 1週間のご無沙汰となってしまったが、実は6日~10日までボルネオ島のコタキナバルに行ってきた。コタキナバルはボルネオ島マレーシア領最大の都市。マレーシア・サバ州の州都だ。99年6月以来だから9年ぶりだった。海に囲まれ、ジャングルに覆われたボルネオ島は自然の宝庫。前回はマングローブの川をクルーズしたり、オランウータンの餌付けを見たり…とアクティブに過ごしたが、今回はノンビリ。
 ホテルのプールで昼寝して、ハッピーアワーになるとビールやカクテルを飲む。ホテルの横の港からボートで15分も行けばトゥンク・アブドゥール・アマーン海洋公園の島があって、シュノーケリングも楽しんだ。そしてホテルのシャトル・バスでコタキナバル市内へ。8年前と打って変わって道路は完璧に舗装され、多くのショッピング・センターが立ち並び、マックはもちろん、スタバもある。「欧米か!」と叫びたいほどの都市になっていた。自然と都会が両立しているから、これからさらに栄えるんだろうなあ。

 海外にエスケープするのは、私にとって心の薬。年末から年の区切りがなくフルスロットルで過ごすのが例年のパターン。気付いたら、今年に入って仕事をしなかったのは元旦だけだった。これじゃあ、体にも心にもよくない。だいたいが、私はゆっくり休むことが出来ない人間だ。子供の頃は夏休みの宿題は早めにやらないと気が済まないタイプだったし、大人になってこの仕事をするようになってからも、締め切りより早く原稿を仕上げないと落ち着かない。ちょっと暇になると「連載モノを書き溜めておこう」とか「今のうちに調べものをしておこう」などと思ってしまう。スイッチを切り替えるには仕事をやろうにもやれない環境に身を置かなきゃ駄目なのだ。でも、旅行に行くとなると、その間の仕事を終えておかなければいけないから、その分、行く前には忙しくなってしまう。そして旅行に行くにはお金がかかるから、必然的に働かなければならない。結局は堂々巡り状態なわけだ。

 さて、帰国したら仕事モードへ。11日はディファ有明で健介オフィス旗揚げ戦の取材をし、週刊ゴングの追い込みをやって朝6時に帰ってきたと思ったら、昨日は朝10時には家を出て、後楽園ホールで全日本のGAORA中継の解説。これが終わるや総武線に飛び乗って3時スタートのLLPW両国大会。両国から大江戸線で麻布十番に向かって夜9時からサムライTVの『S-ARENA』出演。いきなり日付の区切りもわからないような状況になってしまった。これが日常なのだ。こうした日常があるから、非日常の海外が癒しになるんだろうね。よし、次はハワイに行けるように頑張ろう!

 PS=明日からはプロレス関係のことを書きます。

投稿者 maikai : 15:11 | コメント (0)

2007年02月05日

イキイキ真壁

 昨日は後楽園ホールで『LOCK UP』興行。メインは真壁にマンモス佐々木が挑戦した金網デスマッチだが、真壁が本当にイキイキしていた。金網デスマッチは難しい。金網を使うことばかりにとらわれると、試合が単調になってつまらなくなってしまう。ところが真壁は攻撃の間合いといい、お客の挑発の仕方といい、実に巧かった。私は花道のソデから本間朋晃と一緒に試合を見ていたが、本間も感心していた。

 私にとって真壁といえば、同期もいない孤独な若手時代の印象が強い。私が真壁と初めて喋ったのは長州の付人をやっていた頃。ある地方での試合後に長州に話を聞こうと思って控室に行ったら「すみません、入れません」と立ち塞がった真壁。奥から「真壁、いいから!小佐野、入れよ」と長州の大声が飛んできて、真壁はバツが悪そうだった。そこから話をするようになったのだ。

 その後に棚橋、柴田、井上らが入ってきたときには「やってきたことが違いますよ。あいつらには絶対に負けないから」と言っていたっけ。とにかく負けん気の強い若者だった。

 そして今、WEWのチャンピオン。冬木さんをルーツとするインディーのベルトだが、真壁はこのベルトを誇りに思い、そして価値を高めようとしている。アパッチのリングでも伸び伸びとファイトしている。そんな姿を清々しく思った。

 この日、もうひとつ嬉しかったのは、リキプロの和田城功が2年半ぶりにカムバックしたこと。デビュー当初から怪我が多く、ここ最近はリキプロの料理長のイメージが強かったが、よくぞ諦めずに復帰まで漕ぎ着けたものだ。体もシェイプされ、いかに練習を積んできたかがわかった。とりあえず、おめでとう!

投稿者 maikai : 14:40 | コメント (0)