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2006年11月30日

思い出のホテル

 今日、東京千代田区永田町のキャピトル東急ホテルがその歴史にピリオドを打った。私にとっては本当に思い出深いホテルである。

 残念ながらヒルトンホテルだった時代は知らない。私が初めてこのホテルに行ったのは、ヒルトンからキャピトルに経営が変わって1年半あまり経った84年の夏頃だったと思う。後楽園で馬場さんのサイン会があり、その取材の帰りに馬場さんと元子さんから「一緒に御飯を食べよう」と初めてお誘いを受けた時だった。全日本の新入社員だった三井クン(現在はノア)と2人で緊張して『オリガミ』の席についた。「好きなものを注文しろ」と馬場さんは言うが、メニューを見てビックリ。とにかく高い。高いものは頼めないし、一番安いものを頼むのもアレだと思い、チキンカレーを注文したと思う。

 それ以後、私は馬場さんの取材のたびにこのホテルに通った。このホテルは馬場さんの庭だった。G・BABAと刻印された専用のマッチがあるのにも驚かされたし、『オリガミ』は洋食レストランなのに、馬場さんが「天ぷら定食が食べたいなあ」と言うと、ちゃんと天ぷらが出てきた。

 私も随分慣れて、カレーから卒業してパーコーメンやインドネシア風フライドライス(ナシゴレン)を注文するようになったし、馬場さんをつかまえなければいけない時には『オリガミ』の馬場さん係のウエイターさんに「今日、馬場さんは来てますか?」と電話したものである。馬場さんが好きだったのはチーズバーガー&チリ・スープ、そしてアイス抹茶。『オリガミ』の他にもお寿司屋さん、中華レストランにも連れて行ってもらった。そして、私は馬場さんからキャピトル東急ホテルでホテルでのマナーを教わったのである。

 馬場さんが海外から帰ってくると、ロビー・ラウンジで私、東スポの川野辺さん、デイリースポーツの宮本さん、日刊スポーツの川副さんがお出迎えし、面白い話が聞けるまで粘ったなあ。一度、腰を落ち着けたら馬場さんが「帰る」と言うまで我々も帰れない。元子さんに向かって「かあちゃん、そろそろ帰るか!」と言うと、いつもホッとしたものだ。

 馬場さんに最後にインタビューしたのもキャピトル東急ホテルのロビー・ラウンジ。98年5月3日…全日本初の東京ドーム興行を終え、ハワイに発つ当日のことだった。

 最後に行ったのは、今年の馬場さんの命日(1月31日)。元子さんが「今年でキャピトルも閉館だから」と開いたささやかな宴だった。

 何かとりとめもないことを書いてしまったが、このホテルは私を新人記者時代にタイムスリップさせてくれる初心に戻れる大切な場所。建物はなくなってしまっても、ずっと心に収めておきたい。

投稿者 maikai : 19:45 | コメント (0)

2006年11月27日

丸藤の姿勢

 今日は午前中からダイアリーを更新。なぜかというと、これから帰京して夜にはサムライTVの『S-ARENA』があるからだ。

 そう、今現在、私は札幌のホテルにいる。昨日はノアの札幌2日目だった。この2日間で印象に残ったのはGHCヘビー級王者・丸藤正道のプロレスに対する姿勢。

 2日間、丸藤は自分の出番の2試合前まで第1試合から花道の袖で試合を観ていた。もちろん、リング上だけでなく観客の反応も。丸藤は頂点に立っても浮かれていない。むしろ、これからのノアをどう牽引していくかを考えている。その心構えは秋山に挑戦する前からできていた。

「俺って、社長と同じで仕事とプライベートを分けて考えるタイプなんですよね。ところが今はプロレスを、俺のプロレスをどうすべきかをずっと考えている。そしてノアのことも。いつまでも上の人に頼っていたら、好きなプロレスで飯が食えなくなっちゃいますからね。今、この時期に俺だけじゃなく、俺と同じ世代の人間が頑張らないと…」

 そんな話を聞いたのは、秋山に挑戦する1ヵ月半前のことだった。そして王者になった今、第1試合からジックリ観て、さらにいろいろなことを考えている。やはり丸藤は王者に、団体を引っ張っていくエースにふさわしい器量を持った男だと思う。

投稿者 maikai : 10:03 | コメント (0)

2006年11月26日

大谷はノアでもあちち!

 昨日から札幌に来ている。ノア札幌2連戦の取材だ。いつも思うことだが、STVスピカという会場は、なぜかお客さんの反応が静か。これは選手もやりにくいだろう。

 そんな中、昨日の初日を沸かせたのは大谷晋二郎。村上和成とのコンビでGHCタッグ王座決定トーナメントに出場したわけだが、勢いに乗っている森嶋&ヨネ相手に弾けてくれた。奇襲をかけて会場全体を掻き回し、「ノアはこんなもんか!」「レフェリー、お前もグルだろう!」と悪態をつきながら、観客もすべて敵に回そうとする。とにかく熱いのである。

 そんな熱さは当然、客席にも伝わる。ワルに徹してもオオタニ・コールが自然発生したのだ。どこでも、どんな試合でも熱い。それが大谷晋二郎という男だ。試合後には、
「大技バクハツのノアの皆さんよ、俺は技なんかに負けねぇ!(胸を指しながら)ここでは負けんのじゃ!」
 と吠えたが、実に説得力があった。そんな大谷が好きだなあ。

 さて、午後4時から2日目。昨日の追い込み作業後の夕飯は午前2時過ぎのサンクスの弁当。今日も同じようなことになるはずだから、せめてラーメンでも食べてSTVスピカに行こう!

投稿者 maikai : 12:51 | コメント (0)

2006年11月24日

ハッスル・マニア

 昨日のハッスル・マニアは、私にとって1年ぶりにナマで観るハッスル。つまり昨年のハッスル・マニア以来ということになる。

 まず最初に書いておきたいのは、関わっているスタッフ、レスラーは真剣に取り組んでいる。GMの坂田が「去年より、いろいろ困難なことがあった今年の方が感慨深いものがある」と言っていたが、それは本音だったと思う。そして出場する芸能人もプロレスをリスペクトして、一生懸命取り組んでいることも理解できた。鈴木みのる&東京愚連隊と試合をしたRGは、それこそ体を張っていたと思うし、ジャイアント・バボ相手にデビュー戦を行なったグラビア・アイドルの海川ひとみも数週間、必死に練習したのだと思う。

 そうした努力は認める。だが「しかし!」なのだ。いくらRGが体を張っても、普通のプロレスよりレベルが落ちるのは当然だし、海川ひとみがいくら頑張ったって、チケット代を払ったお客に見せるファイトができるはずがない。いくら「一生懸命、頑張りました」と涙ながらに訴えても「プロレスを舐めるな!」と野次られたら、それで終わりなのだ。

 去年のハッスルマニアは和泉元彌、HG、インリンを投入することで世間的にも話題になった。実際に彼らはパフォーマーとして一流のところを見せたし、私自身は芸能人を“客寄せパンダ”にすることで、どうあれ一般の人たちの目をプロレスに向けさせ、その上でクォリティーの高いプロレスによってファンにしてしまえばいいと思っていたから、ハッスルの手法をよしとしていた。

 だが、1年経ったら、主役は芸能人でプロレスラーは脇役。当然、芸能人のプロレスには限界があるから、試合も演出頼りになってしまう。リング外のストーリー・ラインはどんなに面白おかしくても構わない。でも、リング上だけは実の部分があってほしい。“闘い”があってほしい。

 ハッスルはファイティング・オペラと称しているが、昨日のハッスル・マニアはソープ・オペラの部分だけでファイトがなかった。そこに“闘い”がなかったと思う。

 一番、残念だったのはエスペランサーとHGのメイン。髙田自身、こういう形で再びリングに上がるのは葛藤があったと思う。だが、敢えて出てきたところに私は男気を感じていた。髙田とHGなら、そこそこの攻防ができたと思うし、何よりエスペランサーの奥底にある“髙田延彦”をチラッとでもいいから見たかった。だが、この試合も演出に頼る形で終わってしまったのである。

 果たしてハッスルはどこに向かおうとしているのか。今、仕切り直しの時を迎えていると思う。今のままでは、とても“新しいプロレス”として根付くとは思えないのだ。

投稿者 maikai : 10:47 | コメント (2)

2006年11月23日

武藤の反省

 今日は昼12時から後楽園ホールで行なわれた全日本のテレビ解説、その後に5時から横浜アリーナのハッスル・マニアと気忙しい1日だった。ハッスル・マニアについては明日、書くことにして、まずは全日本の最強タッグだ。

 19日の開幕戦は超満員の入りだったものの、試合後の観客のボルテージは今ひとつだった。メインのテンコジVS諏訪魔&ロージーが時間切れに終わってしまったからだ。それもガンガンやり合う30分というよりは、中途半端な感じでの時間切れだから観客が不完全燃焼になるのも当然。

 大会終了後、たまたま武藤社長とトイレで連れション状態になった。武藤は試合を「作品」と捉えているから、勝敗よりもむしろ内容を気にするタチだ。
「何かさあ、メインの観客の沸きがイマイチだったみたいだけど、良くなかったの?」
「時間切れは仕方ないにしても、何か両チーム共に今一歩、踏み込めない感じだったから、お客さんが不満を持ったと思いますよ」
「そうか…。天山と諏訪魔、ロージーは初めてだったし、そこで行けない部分があったのかもしれねぇな。やっぱさ、プロレスは魔物だよ。プロレスは難しいよねえ」

 そんな会話があっての今日の大会。目玉は武藤&川田VSテンコジだった。普通に考えるなら、この試合こそ時間切れ引分けと見るのが妥当なところ。ところが武藤はあくまでも勝負をかけた。試合タイム、実に29分29秒。それも自らの膝にリスクがかかるムーンサルト・プレスで天山を強引にフォールしたのだ。これが武藤敬司の心意気である。

投稿者 maikai : 22:37 | コメント (0)

2006年11月22日

これからやりたいこと

 約3週間のご無沙汰です!久々にダイアリーを書かせてもらいます。

 さて、今週の週刊ゴングを読んだ方はご存知だと思うが、先週、アパッチプロレス軍の佐々木貴のインタビューをした。私が彼の存在を認識したのは、00年暮れだったように記憶している。プロレス名鑑の取材で渋谷のclub ATOMにDDTの試合を観に行った時だったと思う。それまでDDTはなかなか観るチャンスがなかっただけに新鮮だった。お客さんは若い女性が多く、いわゆるメジャー団体のことはさっぱりわからないのにDDTのストーリーにはやたらと詳しい。ちょっとしたカルチャー・ショックだった。そして、そのリングにDDTの風紀を守る生徒会長として出場していたのが佐々木貴だった。

 彼の素の生真面目な部分が見えてハズしていたのが、やけに印象に残った。赤レンジャーズになってからもそれは変わらず、ようやく彼本来の魅力が出てきたのが大日本のデスマッチに進出してからである。きっと命懸けのデスマッチが彼の余分な要素を削ぎ取って、本来の生真面目な魅力が出てきたのだろう。

 今回のインタビューは私にとって念願だったもの。どうしても依頼される仕事は新日本、全日本、ノアなどの大きな団体のものが多いが、今はフリーとして自分のために時間が使える立場だけに、なるべくインディー系の団体に顔を出して、それぞれの魅力に触れているだけに、それを誌面に出したいのだ。

 たとえ小さな団体でも光っている選手、面白い選手をピックアップしていくことも、自由な私にできる仕事。リング上のアングルとは関係なく、そうした選手の人生観やプロレス観を引き出すインタビューというのを、これからチャンスがあればやっていきたいと思っている。魅力的があっちこっちに散らばっているのだから。

投稿者 maikai : 18:36 | コメント (0)

2006年11月01日

鈴木みのるの魅力

昨日はTAJIRIについて書いたが、今日は鈴木みのるだ。鈴木とは福岡大会の翌日の10月30日、福岡空港でバッタリ会った。前夜、ロージー相手に三冠王座を防衛したが、投げっぱなしのパワーボム(というよりはパイルドライバー)で脳天からキャンバスに突っ込んでしまっただけにダメージが大きそう。「首が回らないよ。アバラも痛いし…」と苦笑いだ。

「三冠のベルト? 俺のオモチャ。三冠王者の鈴木みのるじゃなくて、鈴木みのるが三冠のベルトっていうオモチャを持ったんだよ」「面倒臭ぇなあ。また、俺のところにベルトが戻ってきちまったよ。荷物が増えるんだよ」などと言って、ベルトをブンブン振り回したりする鈴木だが、実は三冠への思い入れ、先人たちへのリスペクトの気持ちは強い。全日本では新たに1本のベルトを作る方向だが、鈴木はこれに対しては反対。

「俺がベルトを持って戦いのど真ん中にいることで、初代のチャンピオンも喜んでいると思うよ。初代って…三冠の初代じゃないよ。それぞれのベルトを巻いた人たちのことだ。全日本がベルトをどうこうしようっていうなら、俺から力で取ってから言ってくれ。チャンピオンは俺なんだ!」
 と、昔からの全日本ファンだったら喜びそうなことを言ってくれる。

そして、鈴木は三冠戦で、同日に行なわれていたノアの武道館、新日本の神戸、大日本の札幌とも勝負していた。これは団体を背負うチャンピオンの自覚と同じ。鈴木みのるは紛れもなく全日本のエースである。

だが、本人のスタンスは「俺は遊びに来てんじゃねぇぞ。助っ人でもねぇ。俺は全日本プロレスに喧嘩を売りに来てるんだ!」。そんな鈴木みのるは魅力的だ。

投稿者 maikai : 14:01 | コメント (0)