« 2006年08月 |メイン|2006年10月 »

2006年09月26日

三沢特集終了

 明日発売の週刊ゴングでは、担当した3週連続の三沢光晴25周年特別企画の最終回。ハッキリ言ってキツかった。何がキツイかというと、写真探し。できるだけ懐かしい写真、ベストショットを使いたいが、どうしても無いものは無い。悔しい思いをしながら倉庫でゴソゴソと写真を探していた。でも、これってプロレス雑誌の編集をする上での基本。すごーく地味な作業だが、探すのにはコツと記憶がいるし、こだわりがあるから人任せにはできないのだ。

 考えてみれば、三沢をデビュー当時から見てきているのは、週刊ゴングで仕事をしている人の中では私と清水さん、2代目タイガーマスクの仕掛け人のひとりでもある竹内さんだけ。その中でも、私は歳が1つだけしか違わないので、三沢も「小佐野クン!」と話しやすかったはずだ。

 私にとって悔やまれるのは、三沢25周年の歴史において、マスクを脱いだ後の90年夏から94年の夏までの“レスラー、三沢光晴”を知らないこと。当時、私はSWS→WARと担当が変わり、また“大人の事情”で全日本に出入りできなかったからだ。この時期、私が知っているのは“友達のみっちゃん”だけ。でも、今回の連載で、改めて空白の4年間を検証できて、本当によかった。

 私と三沢はスレ違いが多かった。94年夏から、4年ぶりに全日本に出入りするようになった私だが、00年6月の分裂騒動で、私は全日本もノアも両方とも成功してほしいと願いつつ、元子さんの要請で天龍さんに全日本への復帰の話を持って行った。そこにはもちろん私自身の、天龍さんにもう一度、全日本のリングに上がってほしいという気持ちもあった。だが、それをしたことで、何となくノアとは疎遠になってしまった。

 そんな私がノアに頻繁に足を運ぶようになったのはフリーになってからのこと。週刊ゴングのノア担当だった木幡クンが今年に入って編集長になり、現場にあまり出られなくなったことで、私にノアの仕事のオファーが来ることが多くなったことも大きい。ほとんどのレスラー、スタッフが昔からの知り合いだから、ノアの会場は落ち着く。

 そんな中で9・9日本武道館大会のパンフの三沢25周年の記事の執筆と編集を依頼された。「昔から社長を知っている小佐野さんに」というのが、その理由。これは光栄なことだった。2~3年前だったら、ノアから仕事が来ることなんて考えられないことである。ありがたく、やらせてもらった。

 三沢社長は相変わらず。知らないうちに大社長になってしまったが、私に対する態度は昔と一緒。囲み取材でも、普段は真面目ないい回しで答えているが、私が何かを振ると、途端に「それを聞いちゃあ、おしまいじゃん!」とか、「ぶっちゃけさあ」という調子。だから、他の記者に迷惑にならないように、ホントに聞きたいことは個人的に聞くようにしている。そして“ぶっちゃけ話”の方が本音だから面白いのだ。今、私ができることとしたら、かしこまったインタビューより、三沢のナマの人間性を伝えることか…。

 とりあえず、限られた材料と限られた時間の中でつくった三沢特集のラストを明日発売の週刊ゴングで読んでみてください。

投稿者 maikai : 16:19 | コメント (0)

2006年09月25日

いい夫婦

 昨日の続きをちょいと。それにしても維新力&詩子夫妻は、いいカップルだと思う。結婚したのが94年6月だから、もう12年半も経つのに仲の良さは相変わらず。リキちゃんはウタちゃんに頭が上がらないようだが、ウタちゃんはちゃんとリキちゃんを立てている。そのバランスは絶妙だ。

 リキちゃんは相撲時代から大のプロレス・ファンで、よく週刊ゴング編集部に遊びに来ていた。プロレスラー転向がSWSだったから、プロレス入りと同時にSWS担当記者だった私の取材対象になったわけだ。そしてウタちゃんと知り合ったのは93年の2月ぐらい。元々、女子プロを取材したことがなかった私だが、神取忍と風間ルミは知っていて、そこから飲み友達という形でLLPWのレスラーと知り合った。

 穂積詩子はアイドル系だったが、外見と性格はかなり違う。サバサバしていて男っぽい。最初、紹介してくれたのが社長の風間だったから「初めまして、穂積詩子です」と最初はヨソいきだったが、1時間も飲んでいたら「オーイ、小佐野! 飲んでるか!?」と見かけによらないハスキーボイスでニタリ。そこから一気に打ち解けた。年齢が妹と同じというのも、私が親近感を持つ要因だったように思う。

 さて、リキちゃんとウタちゃんが付き合っているのを知ったのは偶然から。その年の夏、ウタちゃん&半田美希(ウタちゃんとジャパン女子の同期で仲が良かった)と飲んでいたら、店にリキちゃんから電話がかかってきて合流。その態度を見れば、付き合っているかどうかは一目瞭然だ。私は彼らとの付き合いを完全にプライベートにしていたので、記事にするつもりはない。そこからは、仲間内では公認カップルとなった。ある時などは「今、リキさん、ウタちゃんと一緒にいるんだけど、アツ過ぎて耐えられないから、来てー!」と半田からSOSの電話が来たこともあった。

「結婚が決まったら、小佐野さんが一番最初に記事にして」と2人に言われていたが、結局、最初に記事になったのは日刊スポーツ。その後、本人たちと風間社長から了承をもらって、プライベートで撮った写真を週刊ゴングに掲載したっけ。

 男っぽいウタちゃんだったが、結婚が近くなってからは料理の勉強をしたり、リキちゃんがあまり飲まないので、馬鹿騒ぎして飲むこともなくなった。一途な女性なのだ。そしてリキちゃんはとにかく優しい。

 そんな2人の仲むつまじい姿を見ていると、嬉しくなってしまう。これからも仲良くね!

 さて、昨日のダイアリーで訂正が。保坂が怪我をしたのは3年前の5月ではなくて、2004年6月10日の長野・塩尻市体育館。ディーロ・ブラウンとのシングルマッチでトペを放った際に、体勢が崩れて右足をフロアに着く形で着地し、その衝撃で右膝の下の方の骨が縦に割れて、さらに陥没してしまったのだ。本人が3年と言ったのは、この2年間が3年分の辛さを味わったから記憶違いをしているのだと思う。いずれにせよ、頑張ってほしい。

 

投稿者 maikai : 16:18 | コメント (0)

2006年09月24日

祝!保坂秀樹復帰

 今日は新宿FACEの維新力30周年記念大会へ。リキちゃんはお相撲時代からのお付き合い。奥さんのウタちゃん(詩子夫人)と付き合っている頃は、一緒に飲みに行っていたし、何だかんだと縁があるのだ。

 だが今日、一番嬉しかったのは保坂が復帰したこと。3年前の5月に右膝の骨を折って、その後、5ヵ月は車イスと松葉杖の生活。全治1年で、リハビリに1年半も要した。そんな中で全日本も解雇になってしまった。精神的ストレスからか、顔面麻痺にもなってしまったという。いろいろなことを乗り越えての復帰だった。

「生活のこともあるし、プロレスを辞めようとも考えました。実際に今、仕事もしてますしね。でも、ここで辞めたら後悔すると思って。苦しい3年でしたけど、天龍さん、健介さん、北斗さんが励ましてくれて、ここまでこられました。今日もホントは天龍さんの付人だけで来るはずだったんですけど、天龍さんが“お前、もう試合できるだろ?”って、維新力さんに口をきいてくれて、リングに上がれることができました。この3年間を思えば、何だってできますよ。最後まで天龍さんに付いていきます」

 と、笑顔を見せてくれた保坂。そう、この3年間を思ったら焦る必要はない。そして、この3年間の思いをリングにぶつければいい。復帰、おめでとう。そしてこれから頑張れ!

投稿者 maikai : 18:22 | コメント (3)

2006年09月20日

伝統

 昨日は近くの会館でやっていた演芸を見に行った。落語、漫才、漫談、浪曲など、いろいろあったが、一番印象に残ったのは漫談家・宮田章司さんの江戸売り声。

 売り声とは「イーシヤキ~モー、ヤキタテ!」などの口上みたいなもの。私の子供の頃は金魚屋さんとか竿竹屋さんとか、いろいろいたが、今はほとんど見なくなった。それを舞台で再現しているのが宮田さんで、この売り声をネタにしているのは、日本で宮田さんひとりだとか。

 朝顔の苗売り、飴売り、納豆屋、おでん屋、カリン糖売り、屑屋、薬屋…など、様々な売り声を再現してくれた。お客さんは年配の方が多く、みんなウンウンと頷いていた。

 気付けば、知らないうちに失われていく伝統は多い。今73歳の宮田さんは80歳まで現役でやると言っているが、宮田さんの後にやる人がいなければ、いずれ『売り声』という伝統は忘れ去られてしまうだろう。

 古くても残したいもの、残すべきものは沢山ある。それはプロレスにも言えること。ここ数年、昭和プロレスという言葉が多く使われるが、それは懐古趣味だけでなく、昭和プロレスを伝承しなければという危機感も大きいと思うのだ。

投稿者 maikai : 12:44 | コメント (0)

2006年09月19日

画伯

919.JPG
最近のサムライTV『SーARENA』出演時の楽しみは『教えて小佐野さん!』という番組の最後にやっている質問コーナー。FAXやEメールで受け付けているんだけど、そこに毎回、送られてくるメンズ・スズキなる人物のFAXが私、三田さん、スタッフの間で大ウケなのだ。
 彼の場合は質問はどうでもよくて、私と三田さんの似顔絵に命を懸けている。これがウマイ! 通常は私がシリアス調、三田さんはかなりデフォルメされていて、顔が三日月だったりする。
「ウーン、メンズ・スズキさんは私のことをキライなのかしらん?」と三田さん。
 ということで、昨日の放送では三田さんが「今日は、小佐野さんをギャグ調、私をシリアス調に描いて送ってくださいね!」と呼びかけたら…ちゃんと来ました。それがここに掲載しているやつ。
 普段は放送開始後5分ぐらいで届くんだけど、昨日は15分。思わぬ要求をされてメンズ・スズキ画伯も動揺してしまったようだ。ほとんど毎日、イラストをFAXしているそうだけど、来週もよろしく。

投稿者 maikai : 09:39 | コメント (1)

2006年09月18日

解説ではない全日本

 昨日は後楽園ホールで全日本の開幕戦。普通、後楽園での開幕戦は、私が解説を務めているGAORA中継だが、昨日はサムライTVのニア・ライブ。ということで久しぶりに観客と同じ目線で全日本の風景を見ることができた。

 解説席だと至近距離のリング上のみで会場全体を見渡すことができないし、ヘッドセットを付けていると観客の声もダイレクトには入ってこない。それだけに久々に“ただの観戦”は新鮮だった。で、やっぱり全日本プロレスはパッケージとして面白いなと思った次第。

 全6試合、すべて試合のカラーが違う。1試合目は荒谷が笑わせ、2試合目はAHIIとブードゥー・マスクのルチャ的な試合、3試合目のカズ&中嶋VS土方&雷陣は、雷陣が頑張って、ガンガン行くシビアな試合になった。休憩後は武藤VS鈴木のタッグ対決、RODとVMの解散をかけた8人タッグ、そしてメインは小島VS近藤と、どれもがそれぞれに見どころがある試合。これだったら見ていて飽きない。

 全日本のあったかいムードをぶち壊す鈴木のファイトはよかったし、ディーロ&ブキャナンが裏切ってのROD解散は誰もが想像しなかった結末。メインの小島VS近藤は、純粋にシングルマッチとして素晴らしかった。世界ジュニア王者・近藤の小島にパワー負けしない実力には、思わずコールが飛び、その近藤を引き出した小島もさすが。最後に小島が週刊ゴングでのハンセンとの対談で言っていた“相手をロープに振ってのハンセン式ラリアット”を使ったのもミソ。

 今、全日本はどんなファンが見ても楽しめるプロレスだと思う。解説をやってるから書くわけじゃないけど、お薦めです!

投稿者 maikai : 18:15 | コメント (0)

2006年09月17日

いいぞ、ミラノ!

 昨日は久々に新日本の取材。久喜大会に行ってきた。私のお目当てはミラノコレクションA.T.。本心としては新日本よりも全日本で武藤と組んだ方が合っていたんじゃないかなと思っていたが、そんな心配は無用だった。

 蝶野、バーナードと組んで棚橋、永田、田口との試合。ヘビー級の棚橋、永田相手でもパワー負けは感じられない。新日本ではキッチリ自己主張しないと周囲の激しさに負けてしまうが、ちゃんと自分の色も織り交ぜてのファイトをしているのだから大したもんだ。やはり1年半近く、アメリカで揉まれたのはダテじゃない。

 ウチに遊びに来て、当時はイタリア人を名乗りながらも実は白いゴハンが大好きで、鮭のオニギリを喜んで食べていた闘龍門時代のあんちゃんのイメージが強いのだが、もはや立派なレスラー。かつてのFMW練習生が、こうやって新日本のリングで蝶野と組んで長州らと堂々と渡り合っているのだから、やっぱりプロレスは夢だね。無名の若者が逞しく成長してスター選手になっていくのを見ることができる仕事をやっているのは嬉しい限りだ。

 今後はジュニア戦線に参入するというが、新日本ジュニアにないファイトは必ず注目されるはず。いいぞ、ミラノ!

 

投稿者 maikai : 16:10 | コメント (0)

2006年09月10日

時代は動いている

 昨日のノア日本武道館大会の主軸となったのは、紛れもなく若い力だった。それを象徴したのが26歳の丸藤のGHCヘビー級王座奪取。丸藤については水曜日更新のプロレスコラムで改めて書くつもりだが、もはや番狂わせでも何でもないと思う。8月中旬、別冊ゴングの取材でインタビューしたが、本当に彼はプロレスというもの、ノアの今後を真剣に考えていたし、昨日の試合前には飲んだ水を吐いてしまうほど緊張していたという。ベルトを獲って有頂天になるのではなく、ベルトを預かる重みを理解している若者だけに今後に期待したい。何か16年前に素顔の戻ってジャンボ鶴田に勝った時の三沢を思い出した。

 ジュニア・クラスがヘビー級のチャンピオンになってもいいではないか。スーパーヘビー級テンコ盛りのWWEでもエディ・ゲレロ、クリス・ベノワ、レイ・ミステリオがチャンピオンになっているし、KENTAだってROHでは、日本では想像がつかないほどの高い評価と人気を得ている。USAコールをした客がKENTAコールに潰されてしまったというのだから凄い話。KENTAがROHヘビー級王者になる確率もかなり高いのだ。

 さて、話は武道館に戻って…セミでは弾ける力皇&森嶋が高山を青息吐息にさせたし、久々に登場した柴田勝頼が田上にムキになって突っかかっていったのもよかった。柴田のような殺伐としたムードを持った男もノアには必要。緊張感を持ち込んでくれるだろう。

 小橋の欠場というのは大きいが、もはやノアは三沢、秋山、田上らから丸藤、KENTA、森嶋、力皇らに移行しつつある。。そして、それは自然の流れであり、健全なことだと思う。

 

投稿者 maikai : 18:33 | コメント (0)

2006年09月09日

良き友たち

 今日もまたまた私事をひとつ。昨日の夜は新宿で高校時代の友達3人と飲んだ。1980年に卒業して以来だから実に26年ぶり!

 みんな会社帰りということでピシッとした格好をしているのに、私だけアロハにキャップという超お気楽なスタイル。人生それぞれだから、これでいい。

 昔は「40にして惑わず」と言ったものだが、現在は40代が最も大変な世代。家のローンやら子供の養育費やらでお金がかかるし、会社では責任あるポストに就いて仕事もハードだったりする。でも、みんな逞しく生きている。家庭を持つ者として、家族のために一生懸命働いているのは素晴らしい。みんなからパワーを貰うことができた。まあ、私の風変わりな人生も面白おかしく見えただろうし、非日常的な刺激を与えてあげることもできたかな。とにかく心は高校時代に戻って楽しいお酒が飲めた。

 来月もまた飲み会が決定。さらに人数を増やそうということになった。またまたオイシイ酒が飲める!

 

投稿者 maikai : 15:24 | コメント (0)

2006年09月08日

遺伝子

 私事で恐縮だが、今年の夏、一番インパクトがあったのは妹の息子…つまり甥っ子に8年ぶりに会ったこと。長野で新聞記者をしている弟は残念ながら帰京できなかったが、実家に私たち夫婦、妹の家族が9年ぶりに集まったのだ。

 甥っ子に会うのは8年ぶりとは言っても、8年前は生後1ヵ月の赤ん坊だったから初対面に等しい。ところが、この甥っ子は全然、人見知りしない。

 そして、よく食べる。まるでサザエさんちのカツオ君かと思うくらい食べる。ピザ、ハンバーグ、寿司…気持ちいいくらい食べる。

 そして、よく喋る。オヤジ・ギャグに凝っているようで、常にネタを考えている。

 ウーン、こういう子供、いつかどこかで見たような。私も食べることが好きだったなあ。漫画に出てくる原始人の骨付きの肉を食べてみたいと真剣に思っていた。そしてお喋りだった。ギャグも好きだった。小学生の頃はドリフターズに入りたいと思っていたっけ。

「大人になったら、何になりたい?」「恐竜博士!」。そうか、私は怪獣博士になりたいとも思っていた。

 なるほど、これが遺伝子というものか!

投稿者 maikai : 14:43 | コメント (0)

2006年09月07日

純な小島はナイスガイ!

 今週号の週刊ゴングを読んだ方はおわかりだろうが、小島とハンセンの対談を取材した。とにかく可笑しかったのは小島がプロレス・ファン時代の子供に戻っていたことだ。

 取材したのは8月28日午前10時30分から。両国大会の翌日、しかもこの日は後楽園のアパッチ興行で有刺鉄線ボードを初体験するにもかかわらず、小島は30分も早い10時には取材場所の九段会館へ。私が到着した時には、すでにスタンバって、ヤル気満々。
「いやあ、これが天山だったら遅刻しても平気なんですけど、ハンセンさんとなるとそうはいきませんからねえ。寝坊しちゃいけないと緊張しましたよ」とコジ君。

 いざ対談になっても、かしこまって照れ笑いを浮かべ、とても元三冠王者の貫禄はない。ハンセンを初めてナマで見た中学2年の頃に完全に戻っていた。

「いつもハンセンさんの前だと緊張しちゃうんですよねー」と言うコジ君は、読者プレゼント用の寄せ書きサインを「1枚くださーい」。オイオイ、あなたはプレゼントする側でしょう。

「自分のサインなんて持ってないじゃないですか。ましてや他のレスラーとの寄せ書きなんて凄い貴重ですよ!」と大喜びで、しかも折れないように色紙を自分のバッグにしまう姿が可愛かった。

 純なゆえに、キャリアの割には試合にエグ味や嫌らしさが出ず、ちょっと物足りなさもある小島だが、それはそれで魅力のひとつ。トップレスラーになってもなお、プロレス・ファンの心を失っていないというのは何だか嬉しい。いつまでもファンの目線で物事を考えられるはずだ。

「有刺鉄線…痛いんでしょうね。怖いなあ」と言いながら、永遠のプロレス少年・小島聡は全日本の事務所に向かった。

投稿者 maikai : 18:55 | コメント (1)

2006年09月06日

再開します

 1ヵ月近くダイアリーをさぼっていましたが、今日から再開します。楽しみに覗いてくれていた人たちには迷惑をかけました。

 空白ができてしまったのは、この1ヵ月、イレギュラーな仕事が結構多くて時間が本当になかったこと。そして不特定多数の人たちとコミュニケーションを取るのに疲れたというのもあります。まあ、そういうことです。

 さて、昨日で私は45歳になった。特に抱負というのはないが、自分で年齢という限界点を作らないで頑張っていこうとは思う。不思議なもので、仕事というのはなぜか一時に集中してしまう。コンスタントに来てくれたら楽なのになあと思うが、とにかく仕事があるというのは幸せなこと。ひとつひとつを丁寧にこなしていきたいと思う。

 忙しい時には無理して更新せず、気楽に書いていこうと思うので、興味のある方は気楽に楽しんで下さい。ということで、これからもよろしく!

投稿者 maikai : 13:48 | コメント (6)