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2005年09月30日

曙効果の次は…

 今日は後楽園ホールで全日本プロレスの特別興行。曙は出場しなかったものの、その代わりに会場を爆発させるニューフェイスが現れた。チーム3Dこと、あのババ・レイ&ディーボンの元ダッドリー・ボーイズだ。

 ファンは最初からノリノリ。第5試合で本間&諏訪間と対戦したが、ゴングと同時に「ウィ・ウォント・テーブル!」の大合唱。ここはECWか、あるいはWWEか!? 何せファンとのコミュニケーションが重要視されるECW、WWEでトップを取っていただけに、2人はファンを掌に乗せることなど朝飯前。本間、諏訪間それぞれに3D(ダッドリー・デス・ドロップ)をお見舞いする大サービスだ。

 ファンがもっとも見たがっていたパワーボム・オン・ザ・テーブルは出なかったが…これは、もったいをつけただけのこと。2日後のW-1GPを見据えたメインの武藤&石森VS健介&中嶋の試合後に、この日のクライマックスが待っていた!乱入するブードゥー・マーダーズ。そこに現れたチーム3D。ここで世界一の嫌われ者YASSHIにパワー・ボム・オン・ザ・テーブルが炸裂したのだ。

 諦めていた技が、最後の最後に思いがけない場面で見られるなんて…。これで後楽園ホールはバクハツ。メインの熱闘を、この1発が吹き飛ばしてしまった。

 それが許されるのが今の全日本プロレス。逆に言うと、メインがいい試合でなければ、最後の3Dの出現も生きなかった。会場のムードは、まるで強豪外国人、まだ見ぬ強豪にファンが熱狂した古き良き全日本プロレスのようだったから、不思議。団体はまるっきり変わってしまったが、その遺伝子は形を変えて残っているのである。

投稿者 maikai : 23:17 | コメント (0)

2005年09月29日

フリーとしての良識

 今日の内外タイムスの紙面で、中嶋勝彦のW-1GP出場についての記事を書いた。これもフリーの活動の一環である。今後も同紙には原稿を書いていくことになると思う。

 だが、フリーと言っても、どこにでも書くというわけにはいかない。そこには自分なりのルールを作っている。まず第一に、私の基盤となっているのは週刊ゴング。ゴングにマイナスになる活動はしたくない。それに何でもかんでも仕事を受けるという気はない。ギャラがよくても断らざるを得ない仕事もあるし、多少、ギャラが少なくても「やりたい!」という仕事もある。会社員のような制約がない分だけ、自己管理が重要。自分を生かすも殺すも、すべて自分の姿勢次第なのだ。

 今、リング上では天龍さん、健介、鈴木みのるがフリーな立場でいろいろな団体に上がっているが、感心するのは、その団体に上がる時には他団体の匂いを消して、その団体の闘いに集中していること。新日本9・17三重大会に取材に行った時、鈴木みのるにW-1GPについて聞きたかったが、
「今日は新日本なんで、答えられないですね。オフの時に聞きに来てください」
と、断られてしまった。この姿勢は翌日のノア日本武道館大会の時も同じ。このけじめ、団体への気配りはさすがである。だからこそ、鈴木みのるは引っ張りダコなのだろう。

 フリーは毅然たる態度と姿勢、良識を持っていなければ、流されていくだけだ。

 

 

投稿者 maikai : 17:55 | コメント (0)

2005年09月28日

夢見る心

 ちょっと古い話になってしまうが、25日の日曜日に東京・狛江市の坂口道場完成披露パーティーに出席した。坂口さんの63歳になっての夢の実現。素晴らしいことだと思う。

 何より素晴らしいのは、その坂口さんの夢を奥さんの利子さん、長男の征夫さん、次男の憲二君がバックアップしていることだ。スタッフには元週刊ゴングの編集部員で、その後に新日本プロレスに転職した山本貴弘君もいた。そういえば山本君は一昨年の暮れに週刊ゴングで坂口さんと天龍さんの対談をやった時に坂口さんのお付きとして来ていたし、事務所ではいつも坂口さんと昼食を摂っていた。きっと坂口さんの人間性に魅せられているのだろう。

 正直なところ、この坂口道場が具体的に何を目指しているのかはわからない。でも、昔からやりたかったことを、こうして実現できたのは喜ばしい限り。やっぱり坂口さんを支えているのは柔道であり、プロレスなんだなあと実感させられた。坂口さん、おめでとうございます!

投稿者 maikai : 19:48 | コメント (0)

2005年09月27日

熱血!小笠原先生

A.JPG
 昨日の『NEWS侍!』には、ゼロワンMAXで空手軍として活躍している小笠原和彦がゲスト出演してくれた。40過ぎてプロレス大賞の新人賞に選ばれたり、ゼブラーマンになったりと、ユニークな人という印象があったが、実際に会ってみて、すごく真っ直ぐな“いい人”だということがわかった。

 空手時代からプロレスが大好きだったという小笠原先生は空手軍を名乗りながらも、プロレス愛に満ちている。だから、どの試合にも真剣に取り組むのだ。明後日の新木場大会では松永光弘と一騎打ちを行なうが、松永の凶器ざんまいのファイトのVTRに「ウワーッ」と顔をしかめていたのが印象的。

 それでも「何をされても覚悟はできていますよ。空手で100戦以上やって修羅場はくぐってきているし、橋本(真也)さんともいきなり一騎打ちをやった自分ですからね!」と気合い十分。

 考えてみれば、空手軍団は、この小笠原先生(なぜか先生と呼んでしまう雰囲気がある)、青柳館長、松崎(和彦)クンと“いい人”と呼べるメンバーばかり。でも“いい人”が怒ったら、怖いぞ!

投稿者 maikai : 20:49 | コメント (0)

2005年09月23日

やられた!

 今日は後楽園ホールでGAORA全日本中継の解説だったが…ブードゥー・マーダーズにやられた!

 ドラゴンゲートの実況もやっているためか、いつもTARUの標的になっている松崎アナ。今日もTARUは入場するや、自慢の650(ムチ)で松崎アナをメッタ打ち。ここまでならいつものこと(?)だが、何と次の瞬間、赤い毒霧を噴射したのだ。私はシャツ、ネクタイ、スラックス、取材用ノートに浴びただけで済んだものの、顔面を直撃された松崎アナは医務室へ。

 実況アナ不在で中継はどうなるのかと思いきや、何と足を骨折して欠場中のYASSHIが勝手に放送席に座り込んで実況を始めてしまったから、もうムチャクチャ。

「このカス野郎!」から始まって、放送禁止用語を連発するYASSHI。もはや実況中継というよりは、YASSHIと私の口論になってしまって、果たして放映できるのか不安…。でも、正直な感想としては、YASSHIの喋りはうまい!

 問題は試合後。シャツもスラックスも赤い毒霧がかかって、まるで返り血を浴びたような感じ。とてもじゃないが、これでは電車に乗ったりできない。阿部リングアナにTシャツを貰い、下は会場近くの量販店で短パンを買って何とかしたが、今後は中継がある時には、いい物は着れないし、着替えも持ってこなくては。実は一番、ショックだったのは、お気に入りのハワイアン・ネクタイが毒霧の餌食になってしまったこと。今日のダイアリーは…まあ、そういうこっちゃ!(TARU口調)

投稿者 maikai : 18:07 | コメント (0)

2005年09月22日

11年ぶりのお酒

 昨日、11年ぶりに三沢光晴とプライベートでお酒を飲んだ。私と三沢が一番密接だったのは92年~94年夏まで。この期間、私は全日本に出入りしていなかったため、2人の間に仕事の関係がまったくなかったから、完全なる飲み友達だった。その場には浅子や井上雅央もよくいた。浅子、雅央は私が全日本担当記者を降りてから全日本に入門してきた選手。つまり、顔見知りになったのはプライベートな場だったわけだ。

 94年8月、私は週刊ゴングの編集長に就任。以後は仕事の間柄となり、私も三沢も忙しくなってしまったから一緒に飲むことはなくなった。現在はノアの社長と取材する人間の関係である。三沢の私に対する態度は変わらないが、私は「三沢社長」と呼んで、敬語で話をする間柄。三沢がプロレス業界のリーダーに成長したのは嬉しくもあり、反面、寂しくもありという感じだったが…昨日は「小佐野クン」「みっちゃん」に戻ってのお酒。

 昔、一緒に飲んでいたお店はなくなってしまったけれど、久々に上野に繰り出して、仕事の話は一切抜きで楽しく飲めた。振り返れば、こうして飲むのは週刊ゴングの編集長になる前だから、11年ぶりのことだったかもしれない。

 みっちゃん、昨日は楽しかったよ! これからまた、お互いの立場で頑張りましょう!

投稿者 maikai : 17:50 | コメント (0)

2005年09月20日

谷川氏の才覚

 今日、午後3時にFEGの谷川代表と曙がノアの事務所を表敬訪問し、10・2国立代々木体育館第一競技場で開催されるW-1GPで三沢&小川良成VS曙&スコーピオが行なわれることが正式に決定した。

 ノアのリングに上げたい、完全なるノアの空間で曙に試合をさせたいという谷川代表の希望をノアの三沢社長がすべて呑んだのわけだが、そうした発想をする谷川氏はさすがだと思う。
「今、曙選手は全日本の武藤さんのところで修行をしていますが、今度はプロレス界でもっとも輝いているノアさんも体感させてあげたい。パートナーとしてはK-1の選手や全日本の選手も考えましたが、あえてノアさんの選手にしていただいて、純粋にノアというものを曙選手に感じてもらいたいというのが私の希望です。プロレスは奥深いものだと思っていますので、できる限り、より多くの経験を積むことが曙選手の財産になると思います」
 と谷川代表の経緯説明はピシッと筋が通っていた。記者会見でも、自ら経緯を説明した後、「三沢さん、お願いします」「曙選手、抱負は?」「何か質問はありますか?」と、まるで司会者のようにスムーズに進行。元々、紙媒体の人だから、記者が何を求めているかを理解しているのだ。

 その姿を見ると、今の仕事が本当に合っているのだと思う。今の谷川さんにかつての編集記者者の匂いはない。マスコミ心理を熟知した切れ者のプロデューサーという感じである。この人がいる以上、K-1は侮れないぞ!

投稿者 maikai : 21:03 | コメント (0)

2005年09月19日

イメージと現実のギャップ

 今の私は会社というバックボーンがないフリーの身。とりあえず肩書きは“編集企画ライター&コメンテーター”ということになる。知り合いの中には「へえーっ、フリーのスポーツ・ジャーナリストですよね。何かカッコイイじゃないですか」と言ってくれる人もいるが、多分、私の生活は想像してくれているようなものとは違うはず。

 だいたい、マスコミというとカッコイイというイメージがある人が多いようだし、何年か前に福山雅治主演の月9ドラマでプロレス記者を題材にしたものがあったけど、あんなお洒落な生活が送れるはずがない。特に若い記者は食べるのと、寝るのと、風呂に入る時間をどう確保するかが最重要事項なのだ。

 先週末の私の生活もきつかった。17日の土曜日は4時間半かけて三重県営サンアリーナに行って新日本の取材。試合後に伊勢市のビジネス・ホテルにチェックインし、まずは食料の確保のために近くのコンビニでオニギリとお茶、ビールを購入。モバイル・ゴングの試合速報の原稿を仕上げてから、週刊ゴングのカラー・グラビアを作り、終わったのが午前5時。ここで買っておいたオニギリとビールで夕食(朝食?)を取ったのはいいが、なぜか私の部屋だけ冷蔵庫がなくて、ぬるいビールを飲む破目に。6時ごろ寝て10時に起きるとシャワーを浴びて11時にチェックアウト。またまた4時間半かけて東京に戻り、東京駅から日本武道館に直行。ノアの追い込み作業をやって家に着いたのが午前3時過ぎだ。

 そして今日も昼前に起きて依頼原稿を仕上げた。これで夜は『NEWS侍!』に出演する。そして家に帰ると、日付が変わっているのだ。でも、こういう生活って実は嫌いじゃない。仕事をバリバリやれるっていうのは幸せなことだ。だって、いくらやる気満々でも仕事がなくちゃ、何もできないもんね。これって、レスラーが「上がれるリングがあるのは幸せ」というのと、同じ感覚かな?
 

投稿者 maikai : 15:47 | コメント (0)

2005年09月18日

嫌われ者の時代

 今日はノアの日本武道館大会。力皇VS三沢には考えさせられるものがあったし、小橋&田上VS秋山&天龍は随所に面白さ満点だった。だが、ひとつ話題をあげるとすればGHCジュニア戦のKENTAとSUWAの試合だ。

 あのノアにあって、SUWAのワルぶりは筋金入り。一度は1分34秒で反則負けとなって場内騒然。再試合となっても立会人のジョー樋口さんをいじり、アイドルKENTAの金的をあらゆる手段で攻撃した。16500人の大観衆を本気で怒らせたのだから大したものだ。

 もはやヒールなどというプロレス用語の枠を超越した、悪役というよりも嫌われ者。本当の嫌われ者がいることでベビーフェイスが光るのである。今、本当に嫌われ者と言えるのは、このSUWAと全日本でVMとして暴れるYASSHIぐらいか。それを考えると、この2人を輩出したかつての闘龍門、今のドラゴンゲートは素晴らしい!

投稿者 maikai : 22:21 | コメント (0)

2005年09月17日

新日本・三重大会

 今日は新日本の三重県営サンアリーナ・サブアリーナの取材。9日前の宇都宮に行った時には東京ドームのカードがまったく出てないためか、選手のモチベーションも上がらず“明日が見えない大会”だったが、今日はドーム発表第1弾の翌日とあって活気が出てきた。

 元WWE戦士との試合が決まった永田と中西は「これは元WWEじゃなくて、かつて日の丸を背負って世界と闘った者が再び集まったチームJAPANが、再び世界と闘うということ」と解釈しているのはいいことだし、ブラックとのIWGP&NWAジュニア統一戦が正式決定したタイガーも乗っていた。ゼロワンMAXとの対抗戦に乗り出す金本&井上亘も元気いっぱいだ。

 今の新日本を見ていて、一番しっかりしているのはジュニア戦線。7・25新潟におけるIWGPジュニア・タッグ戦に向かって本隊とCTUが一丸となって闘っているのだ。こうした日々のせめぎ合いが本番での濃密な試合につながるのである。

 とにかく東京ドーム大会は業界全体から見てもコケられたら困る。あと3週間…どう盛り上げていくのか注目したい。そして厳しい目を持ちつつ、協力していくことがプロレス・マスコミの務めだと思う。

投稿者 maikai : 23:18 | コメント (0)

2005年09月16日

永島オヤジ

 最近、何度か永島勝司さんにお会いしている。元東京スポーツの記者、アントニオ猪木の片腕、長州力と共に平成の新日本黄金時代を築いた仕掛け人、そしてWJで多額の借財を背負ってしまった、良くも悪くも業界の名物オヤジだ。

 私が永島さんに初めてお会いしたのは東京スポーツの新日本担当記者時代だから…もう20年以上も前のこと。永島さんが平気な顔をして維新軍の控室に入る。それを見ていた私は「ああ、入っても大丈夫なんだ」と思ってドアを開けると「出てけ!」の長州の怒声。“顔の違い”を思い知らされたものである。

 週刊ゴングの編集長になってからは、新日本の仕掛け人になっていた永島さんを何度も直撃取材。酒が入ると舌が滑らかになるのが面白かった。仙台で天龍さんを交えて朝まで飲んだこともある。

 今の永島さんは「お世話になった人を裏切るわけにいかないからよお」と、WJで背負った借金を払う日々。それでも強気で前向きな姿勢は変わらない。今はWJのイメージを払拭しようと頑張っている。

「近々、動き出すから!」と言う永島さん。62歳になった今、一体何を仕掛けるのか注目したい。

投稿者 maikai : 15:02 | コメント (0)

2005年09月15日

今日は独立記念日

 ちょうど1年前の9月15日、私は日本スポーツ出版社を退社した。アルバイト時代から含めて24年6ヵ月在籍した会社を辞めたのだ。当時、私は精神的に限界にきていた。仕事を続ける気力がなくなっていたし、人間関係のしがらみにもうんざりしていた。

 そうそう、紙の爆弾という本に日本スポーツ出版社の記事が載っていたことがあったが、あそこに書かれているのは事実ではない。一部、当たっているところもあったが、何も核心を衝いていない記事だった。一体、誰をどう取材したら、ああいう記事になるのだろうか? もし取材を受けた人間がいたとしたら、それは会社の事情をまったく知らない人間である。そう言い切れるのは、当時の私は経営者と現場の間に立つ執行役員という立場で、もっとも事情を知る人間だからだ。

 そんなことはどうでもいい。当時の私はそれまでのすべてを断ち切ってゼロ…白紙の状態にリセットしなければ、その先の人生を前に進めない状況だった。新たに社長に就任した前田大作氏から、
「いろいろ大変だったでしょうから、1~2ヵ月、休職して、気分をリフレッシュして戻ってきたらどうですか?」
 という有り難い言葉も頂いたが、それに甘えるわけにはいかなかった。

 正直な話、1年前に退社する時にはプロレス業界に残るかどうかも決めていなかった。そんな中で現在ビッグマウスの代表である上井さんは、
「小佐野さん、この業界で生きなきゃ駄目ですよ!」
 と、励ましてくれた。馬場元子さんも心配して電話をくれ、
「あなたのキャリアをプロレス界に活かさなきゃ。でも、焦らないで、ゆっくり休んでからね」
 と、労ってくれた。天龍さんは退社の日に「お疲れ様でした」とメールをくれた。

 そうした人たちがいてくれたから、1年経った今、プロレス業界で仕事をしているのかもしれない。今は退社した会社が重要な取引先になった。仕事のオファーもあれば、こちらからの売り込みも、ギャラの交渉もある。明日も今後の打ち合わせのために日本スポーツ出版社に行く。人生って不思議なものだ。

 組織から個へ…9月15日は私の独立記念日である。

投稿者 maikai : 14:09 | コメント (0)

2005年09月14日

ハワイ番組

 私の趣味はテレビで旅番組を見ること。昔はトレンディー・ドラマも好きだったけど、仕事の都合でビデオが溜まっちゃったりすると結局は見なくなってしまうので、最近はもっぱらストーリーなど関係ない旅番組を見て「ああ、今度はここに行きたいなあ」などと想像を膨らますのがリラックス・タイムなのだ。

 で、先日の土、日連続でハワイ番組があった。土曜は高木ブー、ダチョウの肥後さん(昔はよく御徒町で三沢、川田、LLPW勢などと飲みました)、吉岡美穂のトリオが主役で、日曜の方は石田純一、さとう珠緒をメインにしたもの。キャスティングがキャスティングだけに、それぞれ特徴が出ていた。

 まず前者はホノルル・マラソンのコースをオリオリ・トロリーで巡り、吉岡美穂がクアロア牧場で乗馬、肥後さんがダイヤモンドヘッド登頂、そしてブーさんのウクレレ。ハワイの番組というとショッピングにグルメ、スパのテンコ盛りというのが多いだけに、ユルーイ番組作りには、それはそれで好感が持てた。

 で、後者は対照的にゴージャス! オープニングがシェラトン・ワイキキ最上階のハノハノ・ルームのバー・カウンター、その後は宿泊先としてロイヤル・ハワイアンのカメハメハ・スイートを紹介。ディナーはレストラン・ロウにあるルースズ・クリス・ステーキハウス(ハワイ・ベスト・レストラン2004-05のベスト・ファイン・ダイニングに選ばれた店)、翌朝のブレックファーストはシェラトン・モアナ・サーフライダーのバニアン・ベランダ、その日の夜はコロニー・サーフ・ホテルにあるミッシェルズでディナーを食し、その後にリムジンでタンタラスの丘に行って夜景を楽しむ。その他、あっちこっち…。おいおい、この番組の通りに過ごしたら、いくらかかるんだっつーの! でも嫌味にならないのは石田純一だからかな。

 それぞれに面白かったけど、私的には石田純一の方の番組に軍配。というのも、シェラトン50周年記念限定アロハの存在を知ったのと、10月のハワイ旅行で行こうと思っていたラニアケア・ビーチ(野生の海ガメがいるビーチ)の映像が見れたから。

 ということで、昨日の辛口から一転…今日はTVウォッチャーとしてダイアリーをお届けしました!

投稿者 maikai : 16:01 | コメント (0)

2005年09月13日

駄目なものにはNO!

 昨日の『NEWS侍!』で新日本9・11相模原大会のゼロワンMAX乱入劇の映像を見た。コメントを求められた私は「何もかも中途半端!」と答えた。

 だって、そう思わない? バスで選手全員が会場まで乗りつけてリングに上がったのに、これといった主張をしないで引き揚げるゼロワンMAX勢。リングに土足で上がられたのに、なぜか視殺戦止まりの新日本。あの熱い男・大谷率いるゼロワンMAXらしくなかったし、おっとり構えているから新日本も駄目なのだ。それこそ、大仁田がフェンスの中に入ろうとした時に「跨ぐなよ!」と言った長州の方が正しい。

 私の発言はサムライTVに迷惑をかけたかなとも思ったが、スタッフのひとりは「小佐野さんがズバッと言ってくれてすっきりしましたよ」と言ってくれた。

 駄目なものをいいとは言えない。駄目なものは駄目、NOを言うのがプロレス・マスコミの役目だと私は思う。プロレス業界とプロレス・マスコミはお互いに協力し合って共存共栄していくという構造を私は否定しない。だが、だからこそ、この厳しい時期に駄目なものに対しては駄目とハッキリ言って軌道修正させていくのが本当の協力と言えるのではないか。

 ここから新日本VSゼロワンMAXが急展開を迎えて盛り上がったとしたら、私は素直に「これは凄い」「これは面白い!」と言います。

投稿者 maikai : 16:12 | コメント (1)

2005年09月12日

日本スポーツ出版社移転

 週刊ゴングを発行する日本スポーツ出版社が東京・文京区白山から中央区新川(茅場町)に移転した。旧社屋が5階建てのビルになったのは84年春。私はそれよりも4年も前の80年3月からアルバイトとしてゴング編集部に潜り込んだわけだが、その時は旧社屋が狭くなったということで、ゴングの編集部だけ近くのビルに部屋を間借りしていた時代。今の日本スポーツで、この借家住まいを経験しているのは、現在は日本スポーツ編集顧問になっている竹内さん、週刊ゴングの企画部長になっている清水さん(ドクトル・ルチャ)、レイアウターの鈴木容子さんだけだ。

 私は、この借家住まい、白山の本社ビル、本社ビル近くに借りた岡本ビルの3つを経験している。今はフリーになった私だが、今回の超近代的ビルにも机を用意してくれた。

 ハッキリ言って、仕事が関係なくなれば、もう白山に行くこともないだろう。18歳の時から通っていた土地だけに一抹の寂しさがあるというのが正直なところ。だが、仕事に関して言うなら…オファーをしてくれる会社があって、そこに仕事ができる環境さえ整っていれば、OK!今の私のホームタウンは、事務所兼用となっている自宅なのだ。

投稿者 maikai : 17:57 | コメント (0)

2005年09月11日

希望のHikaru

 昨夜、週刊ゴング1089号でのHikaruとの約束通り、新宿FACEにフラッシュ7初興行=Hikaru復帰戦を観に行った。

 相手は小学校4年生の時からの憧れだった豊田真奈美。この試合に際してHikaruは「ヤベエと思うようなホラー映画の豊田さんが出てくれなければ」と言っていたが、この日の豊田は本当に鬼気迫るムードを漂わせていた。ハッキリ言って試合運び、技の斬れと強さ、パワー、スタミナ…何ひとつHikaruが勝る要素は無かった。やはり怪我によるブランクは大きかったと言わざるを得ない。肉体改造で体が軽くなったことによって、かつての技のパンチ力が無くなった。これは体を変えたレスラーが、その当初に直面する共通の課題でもある。今までの感覚とは違うはずなのだ。

 だが、Hikaruには誰もが欲しても手に入らない独特のオーラがある。表現するのは難しいが、かつてのクラッシュギャルズのような人を惹きつけるムードがあるのだ。あの熱狂的な女性ファンは女子プロレス界にとって宝と言っていい。このファンの熱さに負けないレスラーに成長してほしい。これからはファンと己のステップアップの競争である。

 深夜2時前、Hikaruがわざわざ電話をかけてきてくれた。
「次は…すぐじゃなくて、半年後の私の試合を観に来てください!」
その心意気がいい。半年後、大きく成長したHikaruに会えることを楽しみにしよう。

投稿者 maikai : 23:47 | コメント (0)

2005年09月10日

めでたい!

 今日9月9日、タカシ君とワカナちゃんが入籍した。交際期間苦節(?)3年…ウオッチャーとして随分、楽しませてもらった。この2人は誰かって? いちいち説明すると長くなるので4~5月のダイアリーをチェックしてください。何回か登場している、トシが10歳以上も離れている友達です。

 それにしても、人が幸せになるっていいなあ。周りの人間の気持ちもハッピーになる。このカップルとは昨年10月にハワイで合流。そして1年後の今年の10月、ハワイで結婚式をするのだ。
「ハワイで結婚式? そんなの西洋かぶれですよ。日本人は神社ですよ!」
と言っていたタカシ君も、すっかりハワイに魅了されて、帰国してからは「アロハの精神」が口ぐせになり、今年の5月もカップルでハワイへ。今度の結婚式を入れれば、何と1年に3回もハワイに行く計算に。うらやましい!

 もちろんハワイ結婚の先輩として、ウチの夫婦も夏休みをかねて10月ハワイ行きが決定! これまた、めでたい!

 今日、私はHikaruとの約束で新宿FACEまでフラッシュ7興行を見に行くが、同じ時間帯に妻チエコ、新婚カップル、両家代表者はハワイ大新婚旅行ツアーのミーティングを行なうのだ。きっと珍道中になるんだろうなあ…。

 ともあれタカシ君&ワカナちゃん、おめでとう!

投稿者 maikai : 12:31 | コメント (0)

2005年09月09日

明日は見えるか?

 昨日、新日本の宇都宮大会に行ったが、1ヵ月後に迫った10・8東京ドームがまるで見えてこなかった。藤田の右足負傷はアクシデントだから仕方がない。それよりも、大きな大会に向けてのうねりが皆無なのだ。

 選手たちは日々の試合を精一杯戦っている。だが、その選手たち現場サイドとフロント・サイドに意思の疎通があるように見えない。選手たちも先が見えないから、その日の試合だけに集中するしかない感じ。新日本は新体制になったばかりだけに、まだまだ組織的に固まっていないのだろうが、それはファンにとって関係のないこと。本来、日々の戦いの中から「これはドームでやらなければ仕方がない」という流れが自然で、「東京ドームが決まってしまったが、さてどうしよう?」では本末転倒。ビッグ・サプライズに期待するしかないが、これで本当に新日本の明日は見えるのか?

投稿者 maikai : 17:35 | コメント (0)

2005年09月08日

メジャー感

 昨日の夜はテレビでHERO’Sを観戦。それにしても今年誕生したばかりの総合格闘技大会が21時~23時に放映されるなんてプロレス側から見たら羨ましい限りである。

 当初は、いきなりミドル級世界最強王者決定トーナメントを謳うのは無理があるようにも思えたが、納得してしまうメジャー感がある。出場している選手にも個性の強い山本KID徳郁、宇野薫、須藤元気、シドニー五輪出身の宮田ら、スター感、大物感が漂っていた。KIDと宇野の試合が宇野の出血でストップになってしまったのは残念だったものの、全体的にはそれぞれの持ち味が発揮され、スピーディで面白かったと思う。そして決勝は大晦日と、きっちりレールが敷かれている。いきあたりばったりの今のプロレス界とは違うのだ。

 ちゃんとした舞台があり、相応しい選手が揃えばメジャー感が出る。プロレスもテレビがいい時間帯を提供してくれれば、世間に十分アピールできると思うのだが。その場合、バラエティー的な要素は不要。プロレスがたまにいい時間帯に放映されると、なぜか無縁のタレントが出てきたり、放送席がはしゃぎ過ぎたりする傾向にあるが、プロレスはリング上自体がバラエティーに富んでいるのだから、普通のスポーツ番組として扱う方が、よりプロレスの独自性が出るはずだ。ああ、いい時間帯でのプロレス番組が見たい!

投稿者 maikai : 10:58 | コメント (0)

2005年09月07日

GAORA全日本中継

 GAORAスポーツの全日本プロレス中継の解説者を務めてから、もう3年以上にもなるだろうか。「書くより喋る方が楽でしょ」という人もいるが、書くのは書き直しができても、解説の場合、現場での収録ではやり直しがきかない。一発勝負のプレッシャーがある。また、何が起こるかわからないので、リング上とモニターに集中しながら喋るというのは、結構、エネルギーを消費するものなのだ。放送席に座る以上は「喋りのプロではないので…」などと言っていられない。

 現在、この番組の制作をしているのはブロンコスという会社。この会社の社長・関巧さんは元々、プロレスの大ファン。テリー・ファンクが好きだったから社名もブロンコスにしたという。そして好きなだけにプロとして放送を見る目は厳しい。先日の9・1札幌大会ではフロア・ディレクターを自ら務めていたが、私と松崎年男アナの喋りを細かくチェック、試合後の食事会では、ソフトな口調ながらも的確なダメ出しをされてしまった。

 だが、ちゃんと指摘してくれるのは嬉しいこと。私も松崎アナもいい番組を作りたいのだ。私の場合はプロレス・マスコミという立場がある以上、何でも無条件に褒めるわけにはいかない。そこに批評精神がなければ、私の喋りが面白いわけがない。書いていることと喋っていることが違うわけにはいかないのだ。そのあたりは関社長も理解してくれている。

 緊張感のある放送席からお届けする臨場感あるGAORA中継を今後とも、よろしく!

投稿者 maikai : 14:47 | コメント (0)

2005年09月05日

誕生日!

 今日は私の誕生日! 1961年9月5日、神奈川県横浜市鶴見区の平和台病院で生を受けて…44年が経ったわけだ。大学入学前の春休みにゴングでのアルバイトを始めたわけだから、今まで生きてきたうちの半分以上の25年6ヵ月もプロレス界で生きてきたわけだ。四半世紀以上も不規則な生活をしてきたことを考えると、健康でいられることに感謝するしかない。

 昔は40過ぎというと、凄くオッサンのイメージがあったけど、自分的には20歳ぐらいから精神年齢が変わっていないから、いつまでも若者気分。そりゃあ仕事上、付き合っているレスラーが若いし、読者も若い。だから、いつまでも若者気分でいられるわけだ。よく「ベテラン記者の…」とか「古株の…」とか言われるが、どうもピンとこない。マスコミ関係者も若い人間が多いし、同じ土俵で仕事をしている以上はキャリアにふんぞり返っていたり、「もうトシだから…」なんて言っていられない。天龍さんがKENTAや鼓太郎とムキになって戦っているように、私も若者以上に仕事をやって「どうだ!」とキメたいところ。

 44歳の抱負? もちろんバリバリ仕事をやり…でも、仕事だけでなく豊かな人生を送りたい。人や土地との出会いはかけがいのないもの。楽しく飲んで語り、どこか旅でもしたいなあ。

投稿者 maikai : 17:13 | コメント (0)

2005年09月04日

多面体の健介

 気付いたら9月に入ってもう4日。最近、ダイアリー更新のペースがガタ落ちになって反省している次第です。ちょこっと言い訳させてもらうと、どうしてもその日のことを書きたくて、そうこうしているうちに夜になり、ハッと思った時には日付が変わっているという今日この頃。仕事に振り回されている今の状態を何とかコントロールしていかなければと、思案中の私なのです。

 仕事をうまくコントロールしているプロレスラーといえば佐々木健介。フリーとして様々な団体に上がりながら、体を常にベストにキープして、きっちりとこなしている。その姿勢を見習わなければいけない。

 その健介と9月1日の全日本・札幌スピカで久々に話ができた。健介と私は、20年前に健介がジャパン・プロレスに入門した時からの付き合い。海外修行中もカナダ・カルガリーやドイツから電話をくれたりした。ジャパン・プロが全日本を離脱した後は、健介は私の担当の選手ではなくなってしまったが、それでも久しぶりに顔を合わせたりすると、新弟子時代と変わらないニコッという無邪気な笑顔を見せてくれていたのが嬉しかった。

 新日本→WJを経て、フリーになってからの方が話す機会が増えたが、それでも仕事抜きに喋るのは年に数度。今は昔と違って控室に出入りできないから、ちゃんとした取材以外には、なかなか選手と話す機会がないのだ。そういった面では、今の若い記者はかわいそうだと思う。

 今回の札幌では健介に週刊ゴングの101人インタビュー用の取材。ただ、私はGAORAの全日本中継の解説の仕事が入っていたので、全試合が終了するまでリングサイドを離れることができない。そこで全試合終了後まで待ってもらったが、勝彦と2人でずっと控室で待っていてくれた。

 取材は15分程度のものだったが、そのあとの雑談は30分以上だったか…。いつの間にか、他の選手はバスで会場をあとにしていた。健介はそんなことはお構いなしに過去のこと、家族のこと、今のこと…思っていることをいろいろと話してくれた。高校を卒業したばかりの坊主頭の青年は、プロレスラーとして、夫として、親として逞しい大人になっていた。

 プライベートな話は書けないが、プロレスに関してはこんなことを言っていた。
「俺って、昔は1面のレスラーだったよね。見たまんまのものしかない。まるで1枚の写真だったよ。でも、今は多面体になったと思うんだけど、どう? いろんな角度から見てもらえるっていう」

 かつての健介は強さ、勝敗のみのレスラーだった。ハッキリ言って味はまったくなかった。だが、フリーになって殻を破って自然体になってからは強くて怖い健介、明るく陽気な健介、家族思いの健介、バラエティー番組では恐妻家の健介…と、いろんな健介をごく自然な形で出せるようになった。それは「ありのままの自分を見せても、わかってくれる人がいる」という気持ちも大きいと思う。健介は健介ファミリーを守るために必死に闘い、健介ファミリーはそんな健介をしっかりと支えているのだ。

投稿者 maikai : 15:02 | コメント (1)