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2005年08月31日

インタビュー

 昨年12月からフリーとして週刊ゴングに関わるようになって、いろんな人にインタビューした。先週のマグナムTOKYO、カブキさんと宮本の対談、三沢特集で三沢、ムタ特集でムタ、川田特集で川田、その他に天龍さん、天龍さんと高山の対談、坂口さん、栗栖さん、永源さん、他の出版社で長州さん…そして来週号の101人インタビューでも新しい出会いがあった。

 考えてみれば、99年1月に週刊ゴングの編集長から編集企画室長になってからはインタビュー取材の機会はほとんどなかった。増刊号用に天龍さん、サクラダさん、坂口さん、メガネスーパーの田中八郎会長、川田、冬木さん、小川良成、武藤を取材したぐらい。週刊ゴングの助っ人として天龍さん、天龍さんとマグナム、天龍さんと坂口さんの対談を手掛けたぐらいか。

 普段、喋っている人でも、インタビュー取材となると違う。何か新鮮な気持ちになれる。それは相手側も同じだろう。昔から知っている人を掘り下げてみたいし、まったく接点のなかった人に私なりの視点で話を聞いてみたい。これからの出会いが楽しみだ。

投稿者 maikai : 15:52 | コメント (0)

2005年08月30日

久々の長州力

 なかなかダイアリーを更新できず、ついつい古い話題になってしまうが…台風11号が東京を襲った8月25日の午後、ある出版社の依頼で久々に長州力にインタビューした。

 リキプロの道場に行くのは初めて。長州さんを個人的に取材するのも11年ぶりぐらいだろう。だが、長州さんは私にとって、21年前には取材対象だった。当時、私は全日本担当記者。長州さんはジャパン・プロレスとして全日本プロレス・マットに殴り込みをかけたのだ。当時の長州さんは一番ピリピリしている時期で、本当に取材には苦労させられたものだ。週刊F誌の記事に激怒して「マスコミはみんな一緒だ!」と、インタビューをドタキャンされそうになって「約束は約束じゃないですか!」と食い下がったこともあったし、胸倉を掴まれたこともある。

 だが、それも今となっては昔の笑い話。「昔の話したってしょうがないじゃない」と長州さんも苦笑いするばかり。思えば、この人にいっぱしの記者と認めさせるのが20代前半の私のひとつの課題でもあった。

「小佐野ともさ、いろいろあったけど…あの時代、確かに同じ橋を渡ってたよな!」
 という言葉は嬉しかった。今の長州さんは昔からは考えられないぐらい丸くなった。それは怖い時代を知っている者としては、ちょっと寂しくもある。確かに、長州力は私の青春の1ページに刻まれているレスラーなのだ。

投稿者 maikai : 22:52 | コメント (0)

2005年08月27日

屋外の試合

 昨日はノアの静岡・駿河健康ランド大会の取材。海に面した駐車場という久々の屋外の試合だった。
会場の向こうに海が見え、海風と波の音、そして松の木というロケーションに何とも風情がある。セミとメインでは花火の演出…と、まるで夏祭りだ。

 こうした屋外の試合は昔から好きだった。雨が降ったら降ったで、選手も客も以上にテンションが上がって盛り上がるし、リングの上をバッタが跳んだりして、それはそれで味わいがあった。90年4月には全日本プロレスが大分県別府のオリアナ号のデッキの上で試合をしたこともあったっけ。

 夕涼みがてらプロレスを楽しんでいる人たち。プロレスの原点は大衆娯楽なんだということを実感させられた一夜だった。

 

投稿者 maikai : 23:45 | コメント (0)

2005年08月24日

今週号の三沢光晴

 今日発売の週刊ゴングをご覧いただけただろうか? カッコイイことを言わない、写真撮影でもカッコつけない三沢光晴の特集だ。ページを割いて三沢を取材したのは、タイガーマスクから素顔になったばかりの時のスタジオ撮影が最後だから…実に15年ぶり!

 週刊ゴングの編集長時代は巻頭記事を書くのに会場で話をしたり、それより以前はよく一緒に飲んでいたが、ノアになってからは今年に入るまでほとんど会うことがなかったから、本当に久しぶりにジックリと話をした気がした。

 それにしても三沢は本当に忙しい。インタビューをしたのはシリーズ突入前だったが「練習をしたいから」ということで、指定されたのは事務所で午後9時からだった。約束は1時間だったものの、アッという間に10時をオーバーして、インタビュー後も社長室でオフィスワーク。まったく頭が下がる。

 記事でも書いたが、まるで馬場さんのようなオーラがあってビックリ。事務所の人間の応対を見ていると、昔のように気軽に「ねえ、みっちゃん…」などと言えない雰囲気だったが、取材時間がオーバーしても付き合ってくれたし、写真撮影でもガウンをはおってくれるようにリクエストすると「いいよー」。三沢の私に対する態度が昔とまったく変わらなかったのが嬉しかった。

 自分なりには満足できる特集が出来たと思っているが、いかがでしたか?

投稿者 maikai : 20:00 | コメント (0)

2005年08月21日

早くも曙効果!

 今週は仕事のスケジュールがタイト過ぎて、気付くと日付が変わっているという状態。すっかりダイアリーもご無沙汰してしまった。サボッている間に全女の松永国松元社長が自殺するという悲しい事件も起こった。これについても思うところはいろいろとあるが…今日は、今終わったばかりの全日本・後楽園大会の曙について書きたい。

 プロレスコラムで曙の参戦はプラスと書いたが、早くも曙効果が表れた。まず客入りだが、チケット完売の超満員札止め。このところ全日本の後楽園は日曜開催が少なかったため、当初から今回のチケットの伸びはよかったというが、曙参戦でそれに拍車がかかった。3日前に京平さんと話をしたが、その時点で「もう札止めは間違いなしだよ!」とのことだった。やはり会場は超満員で熱気ムンムンに限る。

 さて注目の曙は諏訪間とタッグを組んで嵐&雷陣との対戦。嵐は元々、大相撲の卓越山だけに味のあるマッチメークだ。ちなみに曙と嵐は相撲界ですれ違い。嵐が廃業して全日本に入門後、曙はハワイからやってきた。

 いきなり結論から書くと、曙はプロレスに向いている。私が注目したのはタックルやチョークスラム、ギロチン・ドロップなどの大技ではなく、ロックアップが実にサマになっていたこと。基本をみっちりとやっているのである。相撲で横綱まで登りつめた人だから、基本の大切さを知っているのだろう。そしてリングの上を走れることにも驚いた。声もよく出ていた。昔、馬場さんは一流レスラーの条件として走れること、声がでることを挙げていたものだ。

 そして何より、いい意味で曙が楽しそうに伸び伸びとプロレスをやっていたことが嬉しかった。本人が楽しくなければ、見ている方が楽しくなるはずがない。私は元横綱としては輪島さん、北尾さんを取材してきたが、この2人も当初は希望に燃えた明るい顔をしていた。それがいつしか、曇ってしまったことが妙に記憶に残っている。曙には、今の目の輝きをいつまでも持っていてほしい。

投稿者 maikai : 22:02 | コメント (0)

2005年08月17日

カブキさん

 昨夜は、かつての記者仲間の日刊スポーツの川副さんと『ちゃんこ かぶき』に行った。川副さんと会うのが2年ぶりなら、カブキさんの店で飲むのも2年ぶりぐらいか…。

 川副さんは昔のプロレス記者気質の人で、プロレス担当になったばかりの頃、長州に向かって「馬場、猪木は知ってるけど、アンタなんか知らないよ!」と言ったサムライ。天龍同盟を取材していた頃は、地方に出ると毎晩のように無茶したものだ。川副さん、東京スポーツの川野辺さん、内外タイムスの栗原さん、そして私は天龍シンパの4K(本来なら私のイニシャルはOのはずだが、名前の景浩から強引にK)として問題児扱いされていたのだ。

 カブキさんに初めてお会いしたのは24年前…81年テキサス州ダラス。ゴングのアルバイト時代の大学2年の夏休みにアメリカに行き、面識もないのに図々しくカブキさんのウェイコのアパートに転がり込んで日本食をいただいたのが最初だった。以後、全日本→SWS→WAR→反選手会同盟(平成維震軍)→東京プロレス→IWAジャパンと、ずっとお付き合いさせていただいている。私のプロレスの先生は馬場さんであり、佐藤昭雄さんであり、このカブキさんである。

 昼にはランチ、そして夜の営業と大忙しのカブキさん。大変そうだけど、充実した顔をしていたのが嬉しかった。幼稚園のイメージしかなかった娘さんが中学生になっていたのにもビックリ!11時過ぎにはカブキさんもカウンターに座って焼酎を飲み始め、私たちの輪に加わってくれて、昔話に花が咲いた。心が和んだ一夜でした。

投稿者 maikai : 22:01 | コメント (0)

2005年08月16日

お父さんのバックドロップ

 DVDをレンタルしてきて宇梶剛士主演の『お父さんのバックドロップ』をようやく見ることができた。話としてはプロレスを通じての父と子の心の交流…単純なストーリーのハッピーエンドだが、ハッピーな気分になれたからOKという感じ。

 田口トモロヲ主演の『MASK DE 41』は去年、映画館で見たが、両作品に共通しているのは、プロレスラーのかっこよさをクローズアップするのではなく、レスラーの素の部分の葛藤を描いているということ。プロレス・ファン向けの映画というわけではないが、今、みんなが興味を持っているのは、上っ面のプロレスではなく、職業としてのプロレスであり、プロレスラーの影の部分なのだろう。そうなると、プロレス・マスコミの報道の仕方も変わらざるを得ない。昔みたいな「ガッデム、殺してやる!」みたいなインタビューは誰も読まないでしょう(笑)。もっとも、あくまでもキャラを押し通すレスラーは、それはそれで魅力的ではあるのだが。

 それにしても、両作品共にプロレスに対するリスペクトが感じられたのも心地好かった。宇梶剛士も田口トモロヲも体作りは大変だったと思う。『お父さんのバックドロップ』のAKIRA、『MASK DE 41』のハヤブサのプロレス技術指導、役者としての演技もさすがでした。

投稿者 maikai : 18:26 | コメント (0)

2005年08月14日

長州VS柴田!

 今日はリキプロ1周年の後楽園ホールに行ってよかった。長州さん、服部さんと久々に喋ることもできた。21年前にジャパン・プロレス担当記者だっただけに、やっぱり懐かしさがこみ上げてくるのだ。そうそう、昨日は両国でカルガリー・ハリケーンズだったヒロ(斉藤)ちゃんとも話ができたしね。

 あと今日はもうひとり…柴田勝頼のお父さん、柴田勝久さんとも久々の再会。柴田さんはおっとりした優しい人で、高校生のファンクラブ時代に何かとお世話になった。改めて、ありがとうございました。

 と、懐かしがってばかりいられない。リキプロに行ってよかったのは、何といってもメインの長州VS柴田がよかったから。詳しくは17日発売の週刊ゴング1087号のリポートを読んでいただきたいが、健介戦で男を下げた長州が本気モード! 柴田の無鉄砲な攻撃を受けて立ち、その代わりに久々となる物凄いバックドロップ、渾身のラリアットを打ち込んだ。そんな長州を引き出したのは、もちろん柴田。全力のラリアットを真正面から受け止める気概は素晴らしかった。早くも秋山効果が出ていたと言っていいだろう。

 試合後の柴田は「とにかく凄ぇ存在感…のみ」「別に嬉しくも何ともないですけどね」「やっぱり凄ぇのかな…って、じゃあ今までのは何だったんだ」「怖かったんじゃないですか。俺は怖くなかったけど」などというコメントを並べ立てていたが、言葉とは裏腹に、充実感で今にも顔がほころんでしまいそう。そんな素直で、でも突っ張っている柴田には好感が持てた。リングを降りた柴田は、お父さんに似て、実に柔らかい表情をしているのだ。

 でも、このまま突っ張って、いつか大輪の花を咲かせてほしい。そして…長州力がやっぱり長州力だったのは本当に嬉しかった。若かりし頃、取材で追いかけた人がいつまでも元気でいてくれることは、私の励みにもなる。

投稿者 maikai : 23:07 | コメント (1)

2005年08月13日

明日の長州VS柴田

 明日はG1の優勝戦ではなく、リキプロの長州VS柴田を取材することになった。時間的にはリキプロ終了後、両国に駆けつけても間に合うだろうが、締め切りの都合上、それは無理。こうなったら長州VS柴田に大きな期待をかけるしかない。

 今日、取材の下準備として両国に行く前に8・4W-1GPの秋山VS柴田と長州VS健介をビデオでチェック(8月4日はG1開幕戦=福岡の取材でW-1GPに行けなかったため)。秋山VS柴田は噂通りにいい試合だった。主役はやはり秋山。最近の秋山はノアの裏方の仕掛けが楽しいようで、リング上ではそれほどの大きな試合がなく、もったいないと思っていたが、この柴田戦での秋山は懐の深さを存分に見せてくれた。あの柴田の無鉄砲な蹴りを正面から受け止める一方で「舐めるなよ!」と喧嘩ファイトでの強さも見せつけた。この秋山に必死に食い下がったことで柴田の魅力も引き出されていたと思う。

 長州VS健介は…寂しい気持ちにさせられた。長州のコンディションの良さがわかっただけに、それとは相反する試合への淡白さは何としたことか。明日の長州VS柴田の注目ポイントは、長州があの柴田を正面から受け止められるかである。同じ目線で向き合うことができるかである。

投稿者 maikai : 23:45 | コメント (0)

2005年08月12日

あれから20年…

 今日8月12日は、羽田発大阪行きの日航機123便が群馬県多野郡御巣鷹山に墜落してからちょうど20年となる。今でも、あのニュースは鮮明に覚えている。お盆で山梨の小佐野本家にいる時にテレビで知ったのだ。

 当時、週刊ゴングの全日本担当記者として1年3ヵ月のキャリアを積んだ私の仕事は充実していた。全日本VSジャパン・プロレスの抗争で盛り上がる中、取材で日本全国を飛び回っていたのである。もちろん、毎週のように飛行機で移動していたし、飛行機こそ一番安全な乗り物だと信じていたから、日航機墜落事故には背筋が寒くなった。以来、シリーズの日程が発表されると、飛行機に何回乗らなければならないのか数えたものだ。

 そして2年後の87年11月28日、ハル薗田さん夫妻が南ア航空機墜落事故で亡くなった。薗田さんは結婚したばかりで、南アフリカでの試合後、ヨーロッパに新婚旅行に行くことになっていた。この悲しいニュースは、私が小中学生時代を過ごした横浜市港北区綱島にあった故・大熊元司さんの焼き鳥屋さんのテレビで知り、急いで全日本の事務所に向かった記憶がある。

 今も仕事、プライベートの両方で飛行機に乗る機会は多い。最近の航空機トラブル続出のニュースは本当に腹立たしい。人が死ぬということは、その人の命と、それまで歩んできた人生が一瞬のうち絶たれてしまうということ。そして残された人間の人生も変わってしまうのである。事故ではないが、14歳の時に母を亡くした私は人の命の重さと尊さ、人生の大切さを自分なりに思い知らされた。

 航空関係者のより一層の努力を望むと同時に、そうした悲惨な事故が2度と起こらないように切に願う。多くの犠牲者を出した事故からの教訓は大きい。絶対にそれを風化させてはいけないと思う、今日8月12日です。

投稿者 maikai : 19:43 | コメント (0)

2005年08月07日

今日のG1ベストバウト

 今日でG1も3戦目。連夜のホテル徹夜作業&コンビニ夕食で、少々お疲れ気味の私だが、それを吹っ飛ばしてくれる試合があった。それは中西学VS吉江豊!

 新日本の試合は、どうしても似たカラーが続いてしまうが、この2人のぶつかり合いは異色中の異色。筋肉だけの130キロ(中西)と太鼓腹(吉江)の160キロの激突は日本人レスラーにはないスケール感と迫力を生む。まるで全日本のROD対VMの名物ガイジン対決のようだ。あの吉江の体に中西がまったくパワー負けしないのがいい。

 相手が互角にぶつかってくるから吉江も燃える。あの体でトップロープからダイビング・ボディアタックをやったのだから凄い。この技は相手がしっかりと受けられるという前提があって、初めてできる技。そうでないと仕掛けた本人が怪我をする可能性があるのだ。吉江にここまでさせた中西もまた凄いのである。

 フィニッシュは中西が160キロを完璧な形で肩の上に担ぎ上げてのヘラクレス・カッター。ウーン、やっぱり、こいつは野獣だ。

 ところで今回のG1、吉江は今日だけでなく、連日にわたっていいファイトをしている。初日の福岡で「今回は160キロからのスタートだね!」と話しかけたら、
「昨日もモツ鍋、今日もモツ鍋…去年の反省を踏まえて、今年は最終戦まで体重を増やし続けます!」
 と、何とも頼もしい言葉が返ってきた。そう、それでいい。レスラー全員が卵の白味を食べて、無駄のない体になったら、面白くも何ともない。デブは癒し系…今のトレンドなのだ。

 ああ、吉江対ジャマールが見たい!

投稿者 maikai : 23:20 | コメント (0)

2005年08月06日

G1第2戦

 今日は大阪でG1第2戦。開幕戦の福岡は試合時間が長く、正直言って取材する方も疲れてしまい、どうなることかと思っていたが…今日は大会の進行もよく、試合もメリハリが利いていてよかった。

 スリリングだった藤田VS棚橋、蝶野を徹底的に潰さずにはいられなかった天山、藤波の奮闘によってスイングした藤波VS川田、喧嘩腰の永田VS鈴木…などなど。中邑との初対決で張り切っていた真壁が左アキレス腱を断裂してしまったのは残念。真壁の気持ちを思うと胸が痛むが、こうしたアクシデントがあるからプロレスは怖い。

 さて、今日の試合で私自身が理屈抜きに楽しめたのは西村VSカシン。延々と続く回転エビ固めの応酬、観客が「もう止めろ!」というぐらいしつこいエルボー・スマッシュ合戦。変わり者同士の対決は妙に味があるのだ。

 それにしてもカシンのヘンなこだわりは凄い。初日の福岡における藤波戦では、背中に“ドラゴン探検隊”“ダークドラゴン”“コンニャク”“世の中の流れを東スポで知る男”“ネバーギブアップ”と書かれたTシャツで入場、しかも入場曲は藤波の歌声入りの『マッチョ・ドラゴン』だった。そして今日の西村戦では“無我”“いかレスラー”と書かれたマスク、入場曲は、これまた西村の歌声入りの映画『いかレスラー』のテーマ曲。明日の川田戦でも何か趣向を凝らすのだろうか? こうしたネタを考えている時って、凄く楽しいんだろうなあなどと思ってしまう。やっぱりカシンはオモシロイ!

投稿者 maikai : 23:20 | コメント (0)

2005年08月05日

久々の出張気分!

 昨日の福岡から明日&明後日の大阪2連戦まで、G1取材のための5日間出張。こんなに長い出張をするのは週刊ゴングの編集長になる前だから、実に11年ぶりということになる。

 最近もゴングの仕事で地方に泊りがけで行く機会はあるが、今はインターネットが発達したために日曜夜、あるいは月曜の試合だって締め切りに間に合ってしまうということで、ホテルに缶詰になることがほとんど。6月のノア札幌2連戦にしても、夕食は2回ともコンビニ弁当だった。最近の記者は出張の楽しみもないのかと思うとかわいそうだ。

 昨日は締め切り的に余裕があるので、ホテルに帰った後は8月1日からスタートしたMobileゴングの原稿をメールしただけでゴングの出張スタッフと食事へ。名物のモツ鍋を堪能した。テーブルは違ったが、同じ店には週プロのスタッフや東スポの記者も…。

 やっぱり地方では、その土地の美味しいものを大勢でワイワイ言いながら食べるのがいい。思えば日本スポーツの社員時代(週刊ゴング時代)は、地方に行くと食事をし、酒を飲みながら、無礼講で若い人間の考えていることを聞いていたし、こっちも思っていることを言っていた。そういうコミュニケーションは大事。これぞ、同じ釜の飯を食うということだ。

 でも今日から早くもコンビニ生活に突入。これが日曜の夜まで続く。かなしい…。

投稿者 maikai : 23:29 | コメント (0)

2005年08月04日

G1初日

 今日は福岡でG1初日の取材。いきなり公式戦8試合…大会のすべてがシングルマッチというのは正直な話、観る方も覚悟がいる。前半4試合のうち、棚橋VS矢野、西村VS鈴木の2試合連続で30分時間切れというのは、内容はともかくとして観客も疲れたと思う。

 そんな中、メインで天山を下した川田は試合後、こう言ってた。
「チャンピオン・カーニバルの場合はタッグマッチがあって、6人タッグがあって、お客さんが盛り上がったところで公式戦なんだけど、G1は1試合目から8試合目まで、すべてシングルの公式戦でしょ? 無駄をなくした良さと、無駄をなくしたがためのバランスの悪さ…どっちを取るかだよね。今日は2試合も引き分けがあったし、お客さんも疲れたと思う。天山が頑張ってくれたから、お客さんもついてきてくれたと思うよ」。

 この言葉を聞いて、やはり川田は全日本出身者だとつくづく思った。G1は星取りがすべての大会。この日、川田は前年優勝の天山と当たったわけだが、その難敵・天山に勝つことだけでなく、1~8試合のすべてがシングルという大会のトリを取る責任まで感じていたわけである。まず、お客さんありき。無所属になろうが、川田は川田。どこの団体に出場しても変わることはない。

投稿者 maikai : 23:18 | コメント (0)

2005年08月03日

マレーチャン

 昨日は久々に仕事の予定がないフリーの日。昼間は、溜まりに溜まった領収書やらを整理して経理のお仕事。フリーになると、経理から何から全部自分でやらなければならないから、結構、忙しいのだ。

 で、夜は5月24日~28日までのランカウイ旅行の反省会と称して池袋にあるマレーシア料理の店『マレーチャン』へ。メンバーは私、妻チエコ、一緒に行ったシゲミさん、リエコちゃんの4人(マサヤさんは翌日の仕事が早いということで棄権)。シゲミさんは最近、マレー料理に目覚め、料理本を常に持ち歩いているのだ。

 さて、『マレーチャン』は昔からあるマレーシア料理の店。オーナーは、ある大学教授の奥さんでマレーシア・フリーク。年に3~4回、自ら現地に買出しに行き、店では食材の他に雑貨も売っているし、マレーシア語教室もやっている。店員さんのほとんどはマレーシアからの留学生だ。98年に初めてランカウイに行ってマレーシアにハマってしまったウチら夫婦は、これまでこの店で2回も結婚記念日を過ごしている。

 つい最近、テレビ東京の『出没!アド街ック天国』で紹介されたためか、店は大盛況。予約を入れておいて大正解だった。マレーシアはマレーシア人、中国系マレーシア人、インド系マレーシア人がいるので、料理も純粋マレー、中華系、インド系とバラエティに富んでいる。昨日はテンペサラダ、サテー、オタオタ、ロティジャラ、レモンチキン、空芯菜のマレーチャン・ソース炒め、カレー・ビーフン、それにワイン2本を注文して大満足。シゲミさんもリエコちゃんも満足してくれたようで、よかった!

 ハワイもいいけど、やっぱりアジアは和むなあ。

投稿者 maikai : 16:12 | コメント (0)